無題Name名無し26/02/01(日)12:50:41 No.569253

1769917841217
本日2月1日!
というわけで2式単座戦闘機スレ



無題Name名無し 26/02/01(日)12:54:23 No.569254
調査した連合軍曰く「最良のインターセプター」と呼ばれたスゴいヤツについてなんでも語ってどうぞ!

無題
Name名無し 26/02/02(月)10:09:53 No.569259
一式戦の保険だったとか、とりあえずヨーロッパで重戦が流行っているから日本でも作ってみよう…という動機だったとか、中島の自主的な開発だったとか、いまいち開発の動機とか経緯がはっきりしないんでしたっけ?
結果的にはB-29が来た時に少しは戦力になったわけですから結果オーライかもしれませんが…?

無題
Name名無し 26/02/02(月)10:38:31 No.569260
>開発の動機
結果論ですが技術者で本土空襲予想して
インターセプター重視すべきって考えた人いたんでしょうか

無題
Name名無し 26/02/02(月)13:02:34 No.569263
>結果論ですが技術者で本土空襲予想して
>インターセプター重視すべきって考えた人いたんでしょうか
完成後の運用や雷電と機体の性格が(一見)似ている事から誤解されていますが
二式単座戦闘機は侵攻作戦用の制空戦闘機として開発されています

無題
Name名無し 26/02/02(月)12:57:28 No.569262
https://may.2chan.net/39/src/1770004648866.jpg
>No.569259

昭和13年の航空兵器研究方針で生まれた重単座戦闘機として開発された機体なので開発理由に不明な点などは特にありません

無題
Name名無し 26/02/05(木)18:53:23 No.569281
>No.569262
戦争末期の頃に突貫で開発された一部の機体を除けば
陸軍は航空兵器研究方針
海軍は性能標準
を調べれば開発目的などに不明瞭な点はほぼなくなるけど
機体個々の開発史には興味があってもそっちの存在自体知らない人はまだまだ多いよね…

無題
Name名無し 26/02/02(月)12:26:56 No.569261
同じエンジンでもうちょっと機体を大きくして航続距離を増やせばよかったのにな

無題
Name名無し 26/02/02(月)18:04:34 No.569265
ちなみに本土防空の主体は陸軍で海軍は要地防空の割り当て
大規模空襲が常態化したら曖昧になったけど

無題
Name名無し 26/02/02(月)21:02:55 No.569266
実際の設計思想や要求が実は基地防空だこれは本土防空なんだこれは艦隊防空だと細かく別れていても
現実の運用や末期になればどうせ全部ごっちゃにまとめて防空か特攻の二択か、ついでに他の任務も適当に押し付けられたりが当たり前だからセーフ

無題
Name名無し 26/02/03(火)08:20:45 No.569268
侵攻時に使うには足が短すぎたよね
え?野戦飛行場をどんどん整備すれば良いじゃなかって?

無題
Name名無し 26/02/03(火)13:05:05 No.569269
三式四式とか余計なもん作らないで同じエンジンで隼並みの航続距離の機体にすればよかった
機銃だけ12.7mmx4→20mmx4で強化していって

無題
Name名無し 26/02/07(土)09:15:32 No.569290
>三式四式とか余計なもん作らないで同じエンジンで隼並みの航続距離の機体にすればよかった
>機銃だけ12.7mmx4→20mmx4で強化していって
キ44は最大速度600km/hを達成するために滞空性能etcを妥協した機体だから
エンジン変えずにキ43並の航続距離持たせて20mm積める主翼にすると
最大速度550km/h切って上昇力も運動性も特筆するものがない機体になりますが…

無題
Name名無し 26/02/07(土)09:23:40 No.569291
後年の印象と違い陸軍の本命はキ43ではなくキ44なんですよね
ひとまず完成はしたものの色々と不満があったキ43の抜本的な改良型としてキ44Ⅲが計画され
最終的に予算の都合などでキ84の名称が与えられて完成したのが四式戦

無題
Name名無し 26/02/07(土)09:31:13 No.569292
書類上の都合で開発経緯が勘違いされているのは三式戦も同様で
キ60(重戦)とキ61(軽戦)が並行開発されてキ60は失敗したがキ61が成功して三式戦になったと思われていましたが
実際は軽戦として開発される予定だったキ61(キ10をの近代化版)は実機の制作前に開発中止となり
キ60の開発継続(キ60としての開発予算は使い切った)ため名称をキ61に変更したというのが実態だったり

無題
Name名無し 26/02/07(土)17:38:34 No.569307
鍾馗はパーツぐらいしか残っていないんだよな
剣とか残すぐらいなら一機ぐらい残しても良かったのにね

無題
Name名無し 26/02/07(土)17:41:21 No.569308
https://may.2chan.net/39/src/1770453681624.jpg
鍾馗

無題
Name名無し 26/02/07(土)18:35:20 No.569309
https://may.2chan.net/39/src/1770456920645.png
故松本零士せンせいの短編集「四次元世界」に、二式単戦闘機が主役機の「緑の環」という話が収録されているんですが、名無しの主人公さんが乗る二式単戦はハ-145
・2千馬力エンジンを搭載する「鐘馗3型」とされているんですよね

昔中野ブロードウェイのま○だらけでこの話を立ち読みした幼いワタクシ、「鐘馗」は2型までだろ…しかもハ145エンジンて…「誉」の陸軍型は「ハ45」だろ?随分地味な架空機だなwwwwwいっそ「震電」の陸軍型でも出せよwwwwwwwwwww
…等、随分失礼なことを思いながら読んでいた記憶があるんですが、後年、どちらも実在した機体とエンジン(ハ45の発展形)と知り、大いに恥じ入った次第

…せンせい…あの時はすみませんでした…!

無題
Name名無し 26/02/07(土)18:36:36 No.569310
https://may.2chan.net/39/src/1770456996712.png
因みにキ44Ⅲ型、碇義朗せンせいの「戦闘機疾風」などでは、1941(昭和16年)初頭、当時試作段階だったキ44の速度向上案が生き詰まっていたところに、中島飛行機の小山(悌)技師長が兵舎で開発中の新型2千馬力級エンジン(ハ45)を装備すれば大幅な速度向上が見込めます!という話がIJAの航空技術研究所側に持ち込まれたのが発端だったものの、開戦直後の1941年末には「キ44Ⅲ型」の計画を切り替えて、新たにキ84(=後の4式戦「疾風」)として開発された…というコトになっていて、こちらでは結局ペーパープランで終わった…としている感じでしたり

一方、碇氏の著書に、ハ45搭載を持ちかけられた側のIJA航空技術研究所技官として名前の出てくる安藤成雄さんご自身の手記によりますと、まず昭和16年4月1日付で作成された「次期飛行機試作計画に関する意見」なる文書で
「『キ44』は『ハ109』換装の第1次性能向上(※後のⅡ型ですね)にて満足することなく、『ハ45』を以って第2次性能向上を実施するを要す」
…としていたそうで、こちらでも技研内でも「ハ45」搭載案の具体的な検討を進めることになった…
としております

Name名無し 26/02/07(土)18:38:43 No.569311
https://may.2chan.net/39/src/1770457123869.png
面白いのは、このキ44第2次性能向上案を、「『キ63』と見做すを至当とする」なんてしていることなんですが、その数か月後の同じく安藤氏作成の「次期飛行機試作状況並に性能向上に関する意見(10月14/15日)」によれば
「本年度初頭より『ハ45』を装備して第2次の性能向上を計画せるも、重心位置及び武装の関係上、実現不可能なることを確かめ得たり」
…とあって、いったん進捗は挫折、
「状況前記の如く設計室の空気も沈滞しあるが如き感あるを以って、本機は『キ63』の基礎要項を改変して新たに会社に指示するを適当と認む(略)本機の研究に当たっては『ハ45』『ハ145』の二案につき研究せしむるを要す」
…とあったりします
素直に読めばキ44へのハ45搭載は不可能と判定、同系のエンジンの新型重戦の開発を新たに中島に命じるべき…という意見のようで、或いはコレがキ44Ⅲ→キ84への転換点であったのかも知れないんですが、不可解というか、同じ安藤氏の手記によると実際には昭和18年、結局「ハ145」搭載のキ44Ⅲ試作機が作られ、審査も受けたとも記されておりましたり

無題
Name名無し 26/02/07(土)18:40:36 No.569312
https://may.2chan.net/39/src/1770457236614.png
キ84(4式戦)の試作が命じられたのは昭和16年12月ごろ…というのは碇氏の著作以外にも関係者の方々の証言が複数あり、確度の高いところではあるんですが、一方でキ84の試作機完成昭和18年3月に対し、キ44Ⅲ型の試作機完成が同年6月、審査完了が12月

既にキ84が好成績を示していたため、不採用に終わった…というのが定説なんですが、そうするとキ84に発展的解消したはずのキ44Ⅲプロジェクトが結局キ84試作の本格始動後も同時に進められていて、ほぼ同時期に並行して試作機が作られていた…ということに

キ84の保険的に継続が決められたものか、或いは両機に違う役割を割り振る目論見が当初はあったものか、中止になっていた計画が何らかの事情で復活したものか、どういう事情があったんでしょかね、コレ

無題
Name名無し 26/02/07(土)18:42:45 No.569313
https://may.2chan.net/39/src/1770457365006.png
余談ですが「緑の環」の舞台はWW2も終盤の昭和20年4月26日、「鐘馗3型」は最終型にして「くずれゆく祖国の空を駆けた最後の戦闘機」であるとされています

B-29の夜間空襲を護衛する米夜間戦闘機隊(陸海軍合同!)の排除が任務の精鋭部隊用機で、主人公さんもP-61「ブラックウィドウ」1機、F6F夜戦1機、B-29重爆1機を話中で撃墜する辣腕なんですが、搭乗機が2000馬力型とはいえ4式でも5式でもなく敢えて2式単戦という設定…

或いは昭和16年時の第二次性能向上計画が史実よりスムーズに進んで、2式戦ファミリーが戦争全般を通じてIJA主力戦闘機になり、3式戦も4式戦も5式戦も生まれなかった世界線の話…ということなんでしょうか…w

無題
Name名無し 26/02/07(土)19:26:24 No.569315
https://may.2chan.net/39/src/1770459984429.jpg
>昔中野ブロードウェイのま○だらけでこの話を立ち読みした幼いワタクシ、「鐘馗」は2型までだろ…しかもハ145エンジンて…「誉」の陸軍型は「ハ45」だろ?随分地味な架空機だなwwwwwいっそ「震電」の陸軍型でも出せよwwwwwwwwwww


幼いという年代で二式単戦の型式を突っ込んで出るのはどうよと言うのはともかく
御大のマンガで出てくる兵器が実際にあったと後で知るのはミリオタ戦場マンガ読者あるあるですなあ
まあこうのもたまにだしますが

無題
Name名無し 26/02/08(日)10:03:08 No.569324
>No.569315
そりゃ松本せんせーの父親は陸軍のテストパイロットだったから
何かの情報を聞き及んでたかも知れないし
戦後空自に誘われるも敵国の戦闘機には乗らねー、と
断った逸話持ちの人だそうで

Name名無し 26/02/08(日)07:29:46 No.569323
疾風が量産されるまでは鍾馗しかないわけだし、性能向上研究として続けてたのかな?
でも完成が疾風より後になっちゃったのか

無題
Name名無し 26/02/08(日)18:53:23 No.569327
>No.569312
キ84の試作1号機だけ主翼面積が19㎡で2号機以降は21㎡なんですよね…
キ44Ⅲとして製作開始された機体がキ84に再採番された形の様ですが
書類などが一斉に書き換えられたわけではないので
関係者の間でも情報の錯綜や誤認が起きていたのかもしれません

無題
Name名無し 26/02/10(火)09:26:55 No.569345
あるいは疾風の試作機用予算の名目で鍾馗の改良型作ってたのかも・・・
名目上開発は打ち切った(疾風に切り替えた)けどつくるだけは1回やってみよう、みたいな・・・

無題
Name名無し 26/02/10(火)22:02:02 No.569358
https://may.2chan.net/39/src/1770728522091.jpg
拾い物の画像だけど
あのエンジンで600km/hを達成するために機体全体を出来る限り小さく作ってるので
あれ以上装備増やしたり燃料積もうとすると必然的に大型化して飛行性能が低下してしまうので
根本から弄らないと発展性が乏しい機体なのよね

無題
Name名無し 26/02/12(木)17:12:21 No.569389
https://may.2chan.net/39/src/1770883941968.png
再び碇義朗せンせいの「戦闘機疾風」の話になるんですが、同著によればキ84試作機の初飛行が行なわれたのが昭和18年3月、操縦者は中島のテストパイロットで当時はまだIJA審査部所属だった吉沢鶴寿という准尉さんとのことで、主翼面積19平方mの試作1号機が初めて空を飛んだ際のことが活き活きと描写されているんですが、

「吉沢ははじめて中島に行ったとき、キ44をやさしくするにはどうしたらいいか、という質問にたいし、
(一)翼先端をのばして翼面積をふやす
(二)尾翼面積をふやす
(三)垂直安定板を大きくする、舵も大きく、手ごたえを重くする
…の三点をあげ、相当熟練したパイロットでないと乗れないのは困るから、せめて『隼』程度にしてほしい、と答えたことがあった」

…なんてエピソードも紹介されていたりします

無題
Name名無し 26/02/12(木)17:13:10 No.569390
https://may.2chan.net/39/src/1770883990749.png
一方、昭和31年に酣燈社から刊行された「航空情報」3月号に、「キ87高高度戦闘機の思い出」なる記事が掲載されておりまして、元中島飛行機技師長としてキ43、キ44、キ84などの開発を統括した小山悌さんらを筆頭として中島飛行機出身者による紙上座談会…という体になっているんですが、此方にこの吉沢さんも参加されており、司会の編集者さんに中島の戦闘機つながりでキ44について話を振られるんですが、

吉沢「私が昭和21年(略)に、GHQに呼ばれて尋問された時、オーストラリアの少佐はキ44のことを大分聞きましたね」
小山「日本では評判の悪い飛行機で困った(笑)」
馬場(※司会)「黒江(※保彦)さんは、ほめていますよ」
小山「あの方クラスの熟練したパイロットならよい」
吉沢「そうですね。しかし、誰でも乗りこなせるという飛行機ではない。キ44の3型で、翼や尾部を伸ばしたりしてテストしましたが、大分乗りよくなりましたよ」

…と、サラッと「キ44Ⅲ」の乗り心地について触れておられましたり

無題
Name名無し 26/02/12(木)17:18:12 No.569391
https://may.2chan.net/39/src/1770884292192.png
先述の通り、吉沢氏は中島飛行機のベテランテストパイロットで、自身が初飛行を行ったキ84初号機とキ44Ⅲを混同したというのはちょっと考え辛い所ですし、同席しているのは設計部の親玉の小山さんですから、その場でいやキ44Ⅲなんてのはないよ、それはキ84の初号機のことだよ…というならすぐ訂正が入るハズとも思えるんですよね

ともあれ、吉沢氏にとってはキ44Ⅲ型はかつて中島に付けた改善要求が盛り込まれた良い飛行機だった…という思い出のようなんですが、航空研究家の秋元実せンせいによれば、Ⅲ型は発動機は離昇出力2000HPのハ145、翼幅は約70㎝増大して19㎡、方向舵と昇降舵も増積されプロペラは定速4翅に換装、総重量は2886㎏で重量増加により離着陸性能はそれほど変わらなかった…とのことなんですが、面白いのはやっぱり発動機が「ハ145」であった、とされているところ

ものの本ではハ45に2段3速過給機を付けた高高度性能向上型…とあるんですが、大抵の記述では試作のみに終わったとあるのみ

無題
Name名無し 26/02/12(木)17:19:39 No.569392
https://may.2chan.net/39/src/1770884379751.png
ただ前述安藤氏の著書にもあるように、ハ145自体はまだハ45系列自体が実用機に搭載される大分前の昭和16年頃から、将来の次期主力機に搭載予定のエンジンとして期待されていたようで、同エンジンを積んだ計画、若しくは研究機の計画が随分とあったようです

そんな所からも或いはキ44Ⅲ型、ハ145エンジンの空中テストベッド、若しくは搭載機のモデルケースの役割もあったんでは…とも思われるんですが、まあそこはあくまで個人の妄想の域を出ない話ではあります

とはいえ仮に実用化されていたならば、増大した主翼面積と高高度対応型の大馬力発動機、甲で20㎜×4、乙で20㎜×2プラス30㎜×2という強武装を活かして、キ44Ⅱ型装備の防空戦闘機部隊が大いに苦しんだ初期のB-29重爆の高高度邀撃戦の様相を変えうる、切り札になっていたかも知れないですねえ…w

無題
Name名無し 26/02/12(木)22:15:16 No.569393
でも・・・誉エンジンなんでしょ?(小声

無題
Name名無し 26/02/13(金)09:22:59 No.569398
着陸速度が早い飛行機はどの国でも嫌われるけど当時の世界水準に比べて
それほど速いわけでもないのよね
まあ頭が長すぎて前下方見るのは大変そうだけど…

無題
Name名無し 26/02/13(金)18:53:33 No.569413
>着陸速度が早い飛行機はどの国でも嫌われるけど当時の世界水準に比べて
>それほど速いわけでもないのよね
世傑に載ってた47戦隊の一楽少尉のインタビュー記事では着陸速度180キロとのことで
フォッケやP47よりやや速いか同じくらいみたいね
丸メカ疾風の一冊で同じく47戦隊の大石少尉の記事では鐘馗の事故原因として舵が軽かった事を上げてた
着陸中舵を引きすぎると機首が浮いて尾翼が地面に叩きつけられて折損し前部胴体が転倒
操縦席が押しつぶされるのだとか
大石少尉曰く隼しか乗ったことのない200時間程度の操縦者が離着陸速度だけ聞いて乗せられたら
そら事故を起こさない方が不思議だろうとのことで殺人機というにも相応の理由がある様子
両名とも慣れたら舵が軽く機敏でスパっと降りられる降下速度も重戦闘機らしくて良きと
何のかんの欠点を上げながら鐘馗を大変気に入ってたみたいだけど

無題
Name名無し 26/02/13(金)09:37:19 No.569399
1770943039166

アメリカ軍は鹵獲(ろかく)した二式戦闘機「鍾馗」(キ44)の性能テストを実施し、その卓越した上昇力と急降下性能、そして高速域での運動性を高く評価した。第2次世界大戦における日本軍の迎撃戦闘機(インターセプター)として最高レベルの評価を受け、大戦中の日本の飛行機の中で特に優秀な機種の一つとみなされた。
アメリカ軍による鍾馗の評価と特徴
傑出した性能 (Excellent): 急降下能力、上昇力、高速時の安定性に優れ、B-29爆撃機などに対抗する「迎撃機」として最適と評された。
第2次大戦中最高の日本軍迎撃機: 三式戦、四式戦、雷電、紫電など他の鹵獲機と比較しても、高い迎撃能力が認められた。
意外な運動性能: 当初は一撃離脱向けの高速機として評価されていたが、実際の飛行試験では、アメリカ側が予想していたよりも旋回・運動性能が優秀であった。
高度な設計: エンジンに強力なハ41を採用し、小翼面積の主翼と蝶型ファウラーフラップを組み合わせた設計が高い性能を実現していると分析された。
この評価により、鍾馗は高い上昇力を活かした一撃離脱戦法で、特に重爆撃機を相手に有効な戦果を挙げたとされる。

無題
Name名無し 26/02/13(金)21:19:43 No.569415
着陸速度の速さによる離着陸難易度は飛行場の整備具合や長さにも左右されるからね。
内地のよく整備された大型飛行場なら問題は少なくても、戦地の急造飛行場なんかだと影響はでかくなるだろうし

無題
Name名無し 26/02/16(月)12:08:55 No.569446
試験機や鹵獲機のテストは基本的に①本国のよく整備された大型航空基地で、②飛行機の操縦を知り尽くしたその国のトップレベルのベテランが行うから、技量で補えちゃう着陸難易度と言った短所よりも、補えない長所の方に評価が行きがちになっちゃうんだよな。

逆に前線部隊だと①滑走路が短ったり路面や設備不良と言った悪条件の小さな前線飛行場で、②これまた配属されたばかりのヒヨッコパイロット集団に事故を起こさせずに戦力化するとこを重視するから、尖った性能よりもとにかく初心者でも扱えやすく事故を起こさない安全な機体を欲しがるのもまた道理。

優れた飛行機と優れた兵器は必ずしも一致しないってことですな。

無題
Name名無し 26/02/16(月)15:37:52 No.569449
IJAの飛行第87戦隊の空中勤務者だった、加藤武さんという方回想記に曰く

「苦楽を共にしたこの鐘馗、人は悪口をいうが私にはこよなく好きな恋人である。シートにあさく腰をかけて、弾丸のように白雲を突き抜けて大空を急降下するとき、私はいつも男の幸運を味わった」

…とのことで、二単を乗りこなした他方々同様、やはりそのツッコミの切れ味が魅力的であったようです

因みに飛行第87戦隊は戦争末期の南部スマトラで、パレンバン油田の防空部隊として配備されていた部隊なんですが、昭和20年の1月24日と29日、来襲してきたエゲレス機動部隊の艦上機部隊と激しい攻防戦を繰り広げておられるんだそうで

無題
Name名無し 26/02/16(月)15:39:27 No.569450
https://may.2chan.net/39/src/1771223967530.png
英艦上機部隊は装甲空母4隻を母艦としてグラマン「アベンジャー」艦攻、「ヘルキャット」艦戦、ボート「コルセア」艦戦、スーパーマリン「シーファイア」艦戦、フェアリー「ファイアフライ」戦爆のごちゃ混ぜ編成に対し、守る日本側は87戦隊の「鐘馗」、26戦隊・33戦隊の「隼」、21戦隊の「屠龍」といった面々、日本機もエゲレス機も両方好き!という私のような人間にはとても興味を惹かれる戦いであるんですが、日本側戦史によると例えば24日の戦闘で87戦隊は

「終日に渡る激戦に健闘し、稲山英明中尉のように4回出撃した者もあり、他戦隊や高射砲と合し、28機(うち不確実13)撃墜の戦果を報告したが、わが方も空中で14機、地上で35機を失い(略)87戦隊は、金福准尉以下操縦者8名が戦死し、伊藤飛行隊長は3機撃墜後不時着、重傷を負った」

…とのことで、前述加藤氏も24日の戦闘で「アヴェンジャー」2機を撃墜したものの、後続して離陸しようとしていた僚機は「コルセア」の地上掃射により炎上、操縦者さんも戦死されるという苦戦であったそうです

無題
Name名無し 26/02/16(月)15:40:23 No.569451
1771224023089

もっとも英側から見ても不手際や失敗は数多くあったそうで、ざっと上げただけでも
・「シーファイア」艦戦は航続距離不足で作戦参加不能
・洋上補給の不手際で当初3回の予定の攻撃は2回で打ち切り
・日本側航空基地への同時先行制圧襲撃のタイミングがずれ、防空戦闘機の発進を許す
・事前の写真偵察で防空阻塞気球の存在を見落とす
…等山積みで、「ファイアフライ」戦爆部隊などは戦場上空で急遽その20㎜機関砲で阻塞気球の撃墜を命じられたものの、既に日本側戦闘機隊との交戦で無線通信が混乱する中でその命令を受領できたのは数機に留まり、おまけに徹甲弾と炸裂弾が主体の弾種では薄い外膜の水素気球の撃墜は困難とあって効果は不十分

気球とその垂下するケーブルを避けて危険な飛行を強いられ、実際接触して墜落した機も出た「アベンジャー」部隊から、奴らはどこで何をしていたんだ?フネの待機室でポルノ小説でも読んでいたのか?なんて痛烈な皮肉を浴びせられてしまう羽目になってしまったとのこと

無題
Name名無し 26/02/16(月)15:42:32 No.569452
もっとも、やはり加藤氏の空戦記には
「灰色の阻塞気球に敵の戦闘機がむらがって、銃撃をやっている。メラメラと燃えてゆっくりかたむくように、一つ、二つと落ちていく」
…なんて描写もありまして、けっしてサボっていたわけでないことが日本側の証言に残っているわけですが、エゲレス人に言わせると「ファイアフライ」は運動性能の良い日本戦闘機相手に意外な健闘を見せていて、29日の戦闘では「ハンプ」1機、「オスカー」2機の撃墜を報じているんですとか

「ハンプ」…零戦32型は明らかに翼長の短い「鐘馗」の誤認と思われ、「オスカー」の1機は24日の戦闘でも1機を撃墜し、「ファイアフライ」による初めての空中戦スコアを記録したデニス・レヴィット中尉機によるものだったそうなんですが、その後退避する「アベンジャー」機の盾となって日本戦闘機群と戦闘に入った氏の機は未帰還となり、戦死と認定されておられるそうです

無題
Name名無し 26/02/16(月)15:44:39 No.569453
ともあれ、単発複座で大型、鈍重なイメージのある「ファイアフライ」が軽快な日本機相手のドッグファイトに引けを取らなかったのは、独特のユングマン・フラップの活用のおかげである…なんて記されていたりしまして、この辺、翼面荷重の高い機体でありながら、「蝶型フラップ」の活用で格闘戦でも意外に運動性の高さを発揮した…とされる「鐘馗」と共通する所があって面白いんですがw

かつて重要戦略拠点の油田上空で「鐘馗」と「ファイアフライ」が死力を尽くして激突したのも今は昔、昨今は日英が協力して次期主力戦闘機を一緒に作ろうじゃないか…という御時世なわけですが、今後出来上がる未来の主力戦闘機、かつての「トージョー」のように優秀なインターセプターであると同時に、「ファイアフライ」並みに様々なミッションをこなせるマルチロール機としての能力も併せ持つ、素敵な機体に仕上がるとイイですねえ…

無題
Name名無し 26/02/17(火)08:34:09 No.569456
ファイヤフライみたいな奇怪な見かけと二式単戦の癖の強さを合わせ持った機体になったら・・・どうしようか・・・

無題
Name名無し 26/03/15(日)18:34:44 No.569794
「1940年(昭和15年)夏、参謀本部は南進計画に伴い南方作戦緒戦で上陸戦を行う船団を南部仏印より掩護可能、また遠隔地まで爆撃機護衛および制空が可能な航続距離の長い遠距離戦闘機(遠戦)を要求する。仮想敵であるイギリス軍新鋭戦闘機スピットファイアに対抗可能と考えられ、本来は陸軍主力戦闘機となるべきキ44(二式戦)の配備が間に合わないことと、陸軍飛行実験部実験隊(航技研審査部門の後身)のトップである今川一策大佐の進言もあり、一転してキ43試作機型に一定の改修を施した機体を制式採用することが決定。」wikiより
三式戦の主任設計者だった土井武夫氏が「堀越君のいうように、零戦は1200馬力級の発動機を装着すべき戦闘機ではなかったのかも知れない。」と語っているように、陸軍も今川大佐がキ‐44を進言して1200馬力級のエンジンを最初から採用していたら、総生産数も増えたかな?

無題
Name名無し 26/03/16(月)22:43:42 No.569803
>三式戦の主任設計者だった土井武夫氏が「堀越君のいうように、零戦は1200馬力級の発動機を装着すべき戦闘機ではなかったのかも知れない。」と語っているように、陸軍も今川大佐がキ‐44を進言して1200馬力級のエンジンを最初から採用していたら、総生産数も増えたかな?

キ44は最初から1200馬力級エンジンでしょ?

無題
Name名無し 26/03/17(火)12:22:15 No.569810
100式爆撃機でもエンジンの具合が悪かったって言われるけど具体的に何が故障したとかって記録あんのか?
金星より大きいシリンダーでノッキングでも起こすのかな

無題
Name名無し 26/03/19(木)21:08:21 No.569851
ハ5系エンジンは毀誉褒貶色々あるけど刈谷大尉が自著で言う分にはエンジン本体の故障は少なかったとか
細々とした処では手間が掛かるが小まめに面倒見てやればよく働くとも
例えば吸気管と気筒を繋ぐゴム接手が緩み易く定期的な増し締めしてやらないと二次エアでも吸ってるのか
ブースト変動や馬力低下の原因になるのだと
問題はキャブレターにあって燃調を調整するエコノマイザーの不具合で異常燃焼がよく起こってたらしい
「離昇時0ブーストで開く追加燃料弁にガタ止めに麻糸が巻かれて動きを阻害していた」とか
「墜落した機体の燃え残った気化器のバルブガイドに麻糸が絡まっていた」とか書籍毎に若干記述の仕方に
差異はあったけどキャブについてる加速ポンプの板バルブの製造誤差を麻糸で誤魔化して納品されてた事を
知らずエコノマイザー装置でいくら調整しても中々不具合解消に至らなかったという感じなのかしらん

無題
Name名無し 26/03/20(金)13:24:01 No.569866
>製造誤差を麻糸で誤魔化して納品されてた事
戦争中最後まで日本の足を引っ張った製造規格の乱立とお粗末な品質管理、戦後のデミング博士の指導が入るまで解決しなかったほどの難問
たかが空冷1200馬力のエンジンの補機系さえ量産が儘ならなかったのは当時の日本の工業力の限界だった様で、機械式自動コントローラーのコマンドゲレーテをバカバカ量産してたドイツとは偉い違いがあるよな

無題
Name名無し 26/03/20(金)17:51:44 No.569869
>たかが空冷1200馬力のエンジンの補機系さえ量産が儘ならなかったのは当時の日本の工業力の限界
特定のエンジンの話なのに当時の日本の全エンジンがそうだったかの様に言われてもなぁ…

無題
Name名無し 26/03/21(土)09:06:12 No.569874
>100式爆撃機でもエンジンの具合が悪かったって言われるけど具体的に何が故障したとかって記録あんのか?
>金星より大きいシリンダーでノッキングでも起こすのかな
亡父はジャワで一〇〇式重爆を2,000時間ほど飛ばしていたが
(洋上哨戒と昭南との連絡飛行が主な任務だったので日数の割に長い)
エンジン絡みで聞いていたことは
『回転計は目安にもならない。左右の発動機は耳で同調させる。スロットルレバーは少しずれた状態で操作する』
『発動機の下は常に潤滑油で汚れる。汚れていなければ潤滑油が入っていないと判る』
くらい
ただ戦後も『エンジンは三菱に限る』と言って
初期型のコロナを三菱のエンジンに換装させて乗り料にしていた
(当時は自動車整備の人も戦時中は飛行機の整備やってた人が多かったか)
申し訳ないが一〇〇式と言うだけで型式などは聞いていない
引用元:https://may.2chan.net/39/res/569253.htm