無題Name名無し25/08/19(火)10:08:34 No.566830
本日8月19日はバイクの日!
というわけで古今東西軍用バイクスレ
無題Name名無し 25/08/19(火)10:10:36 No.566831
エンジンに跨がって戦場を駆ける現代の騎兵についてなんでも語ってどうぞ!
無題Name名無し 25/08/19(火)11:44:36 No.566832
まさかかつてアメリカ陸軍と世界最強の座を争った東側最大の陸軍の末裔が
はるかに弱小のはずの相手に装甲車と戦車を使い尽くして
軍用ですらない市販品のバイクに即成で運転覚えさせた新兵を乗せて
使い捨て同然に突っ込ませる戦法頼りになるとは…
読めなかった!この名無しの眼を以てしてもっ!!
無題Name名無し 25/08/20(水)08:25:36 No.566838
https://may.2chan.net/39/src/1755645936391.jpg
ドローン避けに金網付きのバイクまで出たと表のスレで見たなあ・・・
さすがに視界悪すぎるのか一般的にはならなかったみたいだけど
無題Name名無し 25/08/21(木)15:54:51 No.566849
1942年発行の雑誌「機械化」9月号に、「未来兵器 突撃オートバイ」と称した架空兵器の活躍想像図が掲載されているんですが、「新案兵器 突撃自動自轉車(オートバイ)」と題するこのオートバイ、附記された解説によるとハンドルの両側に軽機関銃を二挺備え、発射しなが
ら突撃できるのが売りとのこと
エンジンが座席の下、燃料タンクの一部が後輪横に設置される設計なのは前方からの被弾を考慮してるのかな?とも思われるんですが、見たところ勇ましく発砲しながら突撃する運転手さんを保護するのは曲面ガラスの風防のみ
…ぼ、防弾なんですよね…?
無題Name名無し 25/08/21(木)15:55:36 No.566850
まあコレは架空兵器ですが、米国ハーレーダービッドソン社では1940年に陸軍向けに装甲と機銃を装備した側車付のモデルを実際に製作したこともあったそうです
残された写真を見ると、機動隊の盾めいた運転手保護用の角ばった装甲板の他に、前輪と側車の搭乗者保護用の湾曲した装甲板が付けられ、水冷バレル付きの機関銃が側車に搭載されているんですが、背面や側面はほぼ無防備
移動機関銃座的に使うにしても、ちょっと防備面では不安が残る気がしますが、どういう状況で使用する想定であったんでしょかね、コレ
無題Name名無し 25/08/21(木)15:56:47 No.566851
一方欧州でのこと、スウェーデンでは1930年頃から自軍向けに輸入したハーレーダビッドソンの装甲化モデルの製作がランズヴェルク社で行われていて、初期のL-190と称されるタイプはやはり側車付の形式に装甲版をリベット止めするものでしたが、後のハーレー社自身製作の物より武骨な外見ながら、操縦者と同乗者の保護範囲はより広いものであったようです
更に1932年、デンマーク陸軍から安価な将来装甲車両の試作を依頼されたランズベルク社ではやはり側車付のハーレーダービッドソンベースに、ほぼ全周を保護する溶接装甲に軽機1挺を装備するL-210を製作しているんですとか
無題Name名無し 25/08/21(木)15:57:59 No.566852
もっとも装甲強化により700㎏を越える車重は如何に1200㏄・30馬力のハーレーのパワーを以てしても荷が重く、機動性に不満があるとして結局不採用に
ランズヴェルク社で検討されていた軽量化改良案も結局お蔵入りしてしまったそうなんですが、その数年後、当時ヴェルサイユ条約の制限化でおおっぴらに装甲戦力の開発が出来なかった当時のナチスドイツが何処からかコレを嗅ぎ付け、メキシコを拠点に活動していた中南米プロパガンダ担当、フリードリヒ・カール・ヨハネス・フォン・シュレブルッゲ男爵を通じて1台が発注され、1938年に1万スウェーデン・クローナで引き渡されたそうです
こちらも結局その後陽の目を見ず終わったようなんですが、罷り間違えばWW2初期、欧州全土を席巻した独機甲部隊の1号2号戦車の隣を、「装甲バイク」の大群が随伴する…なんて光景が見られたですかも…
無題Name名無し 25/08/21(木)17:27:02 No.566854
そういえば九三式/九七式側車付自動二輪車も陸王経由でハーレー系でしたな
無題Name名無し 25/08/21(木)17:50:24 No.566855
バイクです!通してください!!
無題Name名無し 25/08/21(木)18:56:35 No.566856
ハーレーの国産版の陸奥は品質面で米国製に劣ってたんよね…
工作機械とかアメリカからの輸入だったのに
無題Name名無し 25/08/22(金)00:19:26 No.566867
>ハーレーの国産版の陸奥は品質面で米国製に劣ってたんよね…
>工作機械とかアメリカからの輸入だったのに
くろがねの陸王だよね、
おまけに言うと米本国では既に旧式化したエンジンをわざわざライセンスしてるんだよね
理由は当時の日本ではハーレー社現行の新形式エンジンは技術的に量産化出来ないので無理だったから
ライセンス時にハーレー社から本当にそれで良いのかと問い合わせされた位だと言う
無題Name名無し 25/08/22(金)17:31:03 No.566883
WLAとかR75っていまだに大戦時のものがバリバリ現役で動いてるんだよね
凄いよなぁ
一度でいいから乗ってみたいもんだな
・・・いやバイクの免許持ってねぇけど!
無題Name名無し 25/08/22(金)17:47:35 No.566884
1936年頃に独BMW社では「シュネークラート」なる試作車両の製作が行われていたそうなんですが、こちらは同社のR-12オートバイを改造、その前後輪を連結するように一列の履帯を装備した装軌オートバイとも言うべきユニークな形状であったんですとか
一説では独陸軍の来るべき欧州戦で冬のアルプス越えに使用するつもりで発注した…とも言われているシュネークラート、雪上車の一種であったそうなんですが、牽引車や橇形式の側車を装着してのテスト中らしき写真は幾らか残っているものの、試作車1台切りで終わっているそうです
無題Name名無し 25/08/22(金)17:49:20 No.566885
一方、翌1937年の日本で発行された「軍事と技術」誌の1月号に、「雪の進軍」と題するコラムが掲載されているんですが、曰く
「装甲モーターサイクルのサイドカーより弾丸を発射する新式軍用自動自転車のトラクターが最近アメリカで発明され雪や氷の上を高速度ですべっている」
「この新式戦闘機械には幅の広い鋼鉄製鎖のベルトが付いていてモーターサイクルの車輪に連結され(略)モーターサイクルの前輪を曲げれば舵が把れて橇で走っている如く車輪の蝕軌面を一方の側にそらして車を左右に方向を変え得るのである」
…と紹介しているアメリカの新型の装甲雪上バイク、同年の「科学と模型」誌に活躍想像図が紹介されているんですが、シュネークラートを装甲化したような見かけなのは偶然なのですかしら
無題Name名無し 25/08/22(金)17:51:36 No.566886
残念ながら「軍事と技術」誌の記事には引用元がなく、何処の何という人の創案なのか、はたまた果たして本当に実際に製作されたものなのか…までは追跡できなかったんですが、このまたさらに翌年の1938年、米国の「モダン・メカニクス」誌にはフランスでレ・エトゥール?=サンなる方が発明したという、別の「トラクター・サイクル」なる履帯式バイクが紹介されておりましたり
こちらも前輪と後輪を連結する履帯の上に搭乗者が跨る…という点で一緒なんですが、モダン・メカニクス誌には早速機関銃を備えたトラクターバイクに跨り突撃する、仏兵士さんの勇姿(※想像図)が描かれておりましたり
1936年のベンベ社の試作品の情報が影響したものか、はたまた独自に同じようなモノを考え付いた人がちょうど同時期に各国にいたのか…どちらであったんでしょかね
無題Name名無し 25/08/23(土)17:34:55 No.566910
変な話だが旧陸軍のオートバイ兵の軍装は乗馬本分者扱いなのか徒歩本分者なのか
所属部隊が捜索連隊(旧騎兵連隊)なら前者で歩兵連隊なら後者のようなことになっていたのだろうか
無題Name名無し 25/08/24(日)10:34:51 No.566929
かつてエゲレスに存在していたバイクメーカーに、オズボーン・エンギニアリング・カンパニーというトコロがありまして、戦中は英国の本土決戦用秘密兵器として有名なパンジャンドラム用の特殊部品なども生産していたりするそうなんですが、1929年に英陸軍の次期オフロード用車輛試作要求に答えて、特殊な三輪バイクを製作したことがあったそうです
一般的なトライクと違い、後輪二つは鉄道車両の車輪めいた架台にタンデムに配置され、更に取り外し可能な履帯を必要に応じて後輪に装着することで半装軌バイクに変身、特に軟弱地盤での走破性を大幅に向上させる…というコンセプトであったものの、英陸軍による試験結果は逆に軟弱地盤以外の条件下では走行困難で、更にハンドルを切っても直進し続ける傾向まである…という散々なもの
3台の試作車が作られたものの、結局採用には至らなかったんですとか
無題Name名無し 25/08/24(日)10:36:06 No.566930
一方1931年頃から、ドーバー海峡を渡って反対側のフランスでも、やはり当時存在していたルネ・ジレット社というバイクメーカーが、仏陸軍の要請により、車輪を装軌化した不整地用バイクの開発に取り組んだことがあったんだそうで
最初に製作されたモデルはどうも三つの車輪を全て履帯に置き換えたもののようだったんですが、総重量600㎏を超えるこちらは将来性に乏しいと判断され、前輪は車輪、後部に2列の履帯という2番目の試作車両が1934年に完成
もっとも此方のテスト成績も芳しいものではなく、故障が続発した上に常にエンジンが過熱状態で10㎞ごとにクールダウンが必要、最大速度も時速36km程度で6㎞あたりの平均速度は時速26㎞弱
ルネ社も他の軍用車両生産に多忙とあって、結局正式採用に至らずプロジェクト終了となったとのこと
無題Name名無し 25/08/24(日)10:43:55 No.566932
それでも「半装軌バイク」に仏陸軍は未練を残し続けていたらしく、その後も数社の製品をテストしていたりするそうなんですが、パリ在住のスイス人アドリアン・メルシエ=サンの設計で、1937年頃から試験を受けたものは、後輪ではなく前輪を履帯化したものであったりしましたり
ユニークな形状のこちらの半装軌バイク、トライアルではライバル格のセビターメ社の仏軍制式バイクより高いクロスカントリー能力を示したものの、最大速度と燃費、泥濘地での行動力では劣ったとのこと
それでも尚仏陸軍側はエンジン出力を向上した改良型の製作を依頼したものの、メルシエ=サン側がもうこれ以上労力を費やすのは無理ですぅ…と拒否、1939年に開発は打ち切りとなっているそうです…
無題Name名無し 25/08/24(日)12:10:50 No.566933
インディ・ジョーンズと鉄の竜騎兵のせいで
すごい活躍した量産されたイメージあるけど
サイドカー付きって実際は走破性が下がるし
それほど好印象、量産されたものじゃないんだよね?
無題Name名無し 25/08/24(日)19:45:35 No.566944
単車に比べたら直進ではコケづらいはずだから
不整地だらけの当時では悪くはなかったんじゃね?
側車付きは乗ったことすらないけど
無題Name名無し 25/08/24(日)21:32:03 No.566945
大戦中のドイツ軍や日本軍のサイドカーって伝令や連絡の他にも、小さな雑用や2人で行うパトロールでも使われていたからな。
アメリカなら「2人乗り探してんの?でもジープが山ほどあるんだからそれ使ってけよ。どうせ運転免許もあるやろ?」で終わりだろうけど。
無題Name名無し 25/08/25(月)04:23:26 No.566948
ジープが山ほどあるのがアメリカの強み無題Name名無し 25/08/25(月)19:41:13 IP:219.115.*(zaq.ne.jp)No.566961そうだねx2
戦は数
>ジープが山ほどあるのがアメリカの強み
今でも当時物の未使用品が倉庫に山積みになってるとか。
無題Name名無し 25/08/25(月)15:08:01 No.566955
1950年代末のイタリアでのこと、当時物資輸送手段を未だラバさんに頼っていた精鋭山岳部隊の為に、国防省はモト・グッツィ社に依頼して新たな山岳地帯用輸送車両を製作させたそうなんですが、完成した「機械のラバ(MuloMeccanico)」 は三輪駆動のトライクで、後輪には必要に応じてクローラーを装着できるテンショニングローラーが装着されていたそうです
もっとも、直線の急斜面の登攀能力こそ優れていたものの、三輪車故に横方向への安定性に欠けていた他、本物のラバさんなら普通にすり抜けられるような小さなコーナーや障害物に屡々手こずるとあって、せっかくの新兵器も早々に生産終了となってしまったんですとか
まあ、全てのスペックに於て凌駕しているはずのメカ○○が、オリジナルのナマモノ故の意外な利点の前に敗れ去る…というのは、怪獣モノやヒーローもののフィクションのお約束ではありますですね…w
無題Name名無し 25/08/25(月)15:10:16 No.566956
因みにコレは余談ですが、戦前の広島に宍戸健一・義太郎さんというご兄弟が創立した宍戸製作所というバイク製造会社が有りまして、宍戸から名付けてSSD号なる多種多様な国産オートバイを製造しておられたそうです
昭和2年には自ら自社製品のIJAへの採用を陸軍大臣に申請、コレを受けて4日間にわたり、碓氷峠、笠取峠、和田峠、鳥居峠等を回る運行試験が行なわれたそうなんですが、IJA側の判決は
「機関馬力過小のため能力不十分、各部の構造やや薄弱であるので、兵器として採用の価値なきものと認む」
…という非情なもの
それでもヤる気のあるところが買われたものか、その後も前輪をスキーにした「雪上オートバイ」を陸軍の依頼で製作したこともあったとのこと
無題Name名無し 25/08/25(月)15:12:17 No.566957
昭和8年にはIJAの次期国産側車付自動二輪車の試作コンペに東京の日本内燃機と共に参加、試作車の性能は劣らなかったものの、審査終了までどうも経営状態が持たなかったらしく宍戸製作所は解散、93式側車付自動二輪車は「陸王」が採用されることに…なんてちょっと悲しいお話も残されているんですが、そんな宍戸製作所が同じころ、やはり陸軍の依頼で試作した不整地用特殊バイクは「泥濘地通過を容易にするため、後輪は2個の小車輪を縦に配列した二軸起動式とし、必要に応じベルト製履帯を装着する」
…ものであったそうです
この和製半装軌バイク、説明を読む限り前述の英OECの試作3輪バイクに非常に似通っていて、時期的にも近い辺りもしかしたら技術導入があったのかな?とも思われるんですが、会社自体が戦前に消滅したこともあり、どうも詳しい情報が残されていないようなのはちょっと惜しまれるところですかも…
無題Name名無し 25/08/25(月)23:05:09 No.566966
日本のくろがね4起なんかはサイドカーの延長上の開発経緯らしいね
なるべく安く作れる汎用車両は欲しくても、積載量とか考えるとやっぱりサイドカーより4輪!ってなるのかな・・・?
無題Name名無し 25/08/26(火)03:24:59 No.566969
https://may.2chan.net/39/src/1756146299027.jpg
マツダは戦前からオート三輪を売ってて、これが特に売れる主力商品だったらしいのですが、戦時中は「自動車こそが戦時に最も必須」という自社の主張を突っぱねられて小銃や部品の生産のみ許可されるかたちに
ついに戦後までオート三輪の製造を中断させられるところまでいったらしいのですが
これがもしマツダ号シリーズのオート三輪を日本軍が採用していた世界線も気になりますね
無題Name名無し 25/08/26(火)06:10:13 No.566970
ノモンハンとシンガポールとかアフリカ戦線で
マツダのテクニカルが活躍したらおもしろそうですね
無題Name名無し 25/08/26(火)06:30:28 No.566971
>和製半装軌バイク
宍戸製作所の「SSD路外走行車」がこれらしいですね
無題Name名無し 25/08/26(火)06:30:35 No.566972
無題Name名無し 25/08/26(火)06:32:44 No.566973
ちなみに日本軍のオート三輪も海軍では一式で制式化されて陸軍でも使われてはいたらしいんですが、あまり情報が無いんですよね
無題Name名無し 25/08/26(火)06:32:55 No.566974
無題Name名無し 25/08/26(火)06:33:20 No.566975
無題Name名無し 25/08/26(火)06:33:59 No.566976
無題Name名無し 25/08/26(火)19:50:57 No.566992
>No.566972
戦後に出た農林業用のデルピス号に割と近いなと
無題Name名無し 25/08/27(水)12:16:15 No.567008
>>和製半装軌バイク
>宍戸製作所の「SSD路外走行車」がこれらしいですね
情報と画像ありがとう御座います(喜)
こうしてみると細部のディテールはかなり違いますので、単なるOED社のコピー製品ではなかったみたいですねえ…
余談ですが映画監督の新藤兼人さんという方は、戦中IJNの宝塚航空隊に配属されていた際、本土空襲に供えた防火隊の一員でおられたそうなんですが、「バケツ4名、ノコギリ4名、フック6名、伝令1、衛生兵1、旗持ち1、運転手1」の計18名の防火隊、隊外での火災発生時は旗持ち係の人が「『海軍航空隊宝塚分遣隊防火隊』と大書した幟を目立つようにおした」てて、「18名はオート三輪に鈴生りになり」現場に駆け付けたそうです
…じ、18人…?
無題Name名無し 25/08/27(水)12:17:33 No.567009
因みに個人的に旧軍で試作された自動自転車関係で一番気になるのが、昭和9年発行の雑誌「糧友」10月号にトピックスとして紹介されております「電気炊事オートバイ」なるもの
本文記事によれば、先行して開発された「電気炊事自動車(※後の97式炊事車)」が好成績を収めているので、「オートバイにこの理を応用した炊事車を考案工夫し目下製作中」で、「完成せらるれば、自動車の通らない困難な道路にても驀進することが出来るので、大いに期待せられている」そうなんですが、97式炊事車と炊事機構が同形式とすればバクシン走行中でもごはんが炊けるはずのこの炊事オートバイ、残念ながらその後の「糧友」誌には調べた限りでは続報が見つけられませんでしたり
やっぱり、ポシャっちゃったんですかしら
無題Name名無し 25/08/27(水)12:18:58 No.567010
https://may.2chan.net/39/src/1756264738489.jpg
ただ、コレはまた別の話になりますが、IJAの野戦重砲兵第9連隊の観測中隊員だった古田幸男さんという方の回想録によりますと、終戦を満州東寧で迎えた吉田氏、進駐してきたソ連軍機甲部隊の捕虜になった際
「戦車や装甲車が百台位並んでいる間をオート三輪車が、日本のお粥を薄くしたようなスープを炊きながら、食器も八十人分位積んで走り廻り、ソ連人は主食が黒パンなので、どこでも食べることが出来るようになっていて、兵隊は全員銃だけ持って行動しているのを見て驚」
…いた、なんてことがあったそうです
ソ連兵に熱いカーシャを配って回っていたというこのオート三輪、
この部隊独自の改造品だったのか制式品だったのは分かりませんが、
果たしてどんなカッコだったんでしょかね…?
無題Name名無し 25/08/27(水)19:18:50 No.567012
https://may.2chan.net/39/src/1756289930702.jpg
アメリカ軍の基地内カートとか見ると今は省力化がトレンドだし
短距離連絡用にオート三輪復権あるんではと思った
かつて問題だった高速走行時の安定性というのも本来四輪にすべき2トン積みの過積載も三輪にして、それもサスペンション技術も古い時代に時速60kmとかで飛ばしていたかららしいが
現在の技術で適切な大きさと適切な速度なら問題にならないらしいし
無題Name名無し 25/08/27(水)19:55:35 No.567015
>かつて問題だった高速走行時の安定性というのも本来四輪にすべき2トン積みの過積載も三輪にして、それもサスペンション技術も古い時代に時速60kmとかで飛ばしていたかららしいが
東名/名神高速もまだない時代に大形の三輪トラックが
青森から遙々関西までリンゴを売りに来ていたなあ
日本海側の国道あたりを運転交代しながら走りっぱなしだったんだろうか
無題Name名無し 25/08/27(水)19:21:12 No.567013
https://may.2chan.net/39/src/1756290072143.jpg
ちなみにラストワンマイル輸送で復権する動きもあるらしい
無題Name名無し 25/08/28(木)11:40:43 No.567022
ウクライナ戦線でももうトラックはドローンの格好の的だから
前線近くの輸送は2輪が頼りになってるとか他スレで見たなあ・・・
無題Name名無し 25/08/31(日)13:48:08 No.567087
https://may.2chan.net/39/src/1756615688020.png
戦前から自転車や「アサヒ号」として知られる国産オートバイのメーカーだった宮田製作所さんの社史によると、昭和18年にIJAの依頼で雪上バイクならぬ雪上自転車を試作したことがあったそうです
「前輪の代わりに短いスキー状の橇のついたもので、前ホークは長く、通常の車ほど曲がっておらず、後輪にはタイヤを付してそれをチェーンで巻いて滑り止めとしてあ」
…ったというこの雪上自転車、大陸の氷上積雪地での使用を想定していたということで、当時赤坂の溜池に在ったアイススケートリンク場で夜間密かにテストが行われたものの、試験結果はあまり良好ではなく、試作のみで終わってしまったとのこと
また、同じく同社社史によると、大東亜戦争勃発直前の昭和16年、やはり軍からの要請で、自社製オートバイユーザーから販売車の買戻しを行ったことがあったんですとか
無題Name名無し 25/08/31(日)13:49:31 No.567088
https://may.2chan.net/39/src/1756615771709.png
買い戻したオートバイは175㏄型150台、200㏄型20台、集荷後に同社工場で再整備と点検を行ったのち軍に納入され、初期のマレー及びジャワの攻略作戦に投入された…とのことなんですが、IJA側の資料によりますと、この時南方作戦用に急速調達が検討されたオートバイは
・アサヒ号自動2輪車(宮田製作所製180㏄)
・陸王自動2輪車(陸王内燃機製350㏄)
・メグロ号自動2輪車(目黒製作所製350㏄)
…の3車種で、富士滝ケ原、十里木峠、大磯海岸等で行われた各種地形通過や運行試験の結果、「アサヒ号」が適当と認められたそうです
一番小型かつ小排気量のアサヒ号が選ばれた理由は、速成教育で未熟練、標準体格の兵隊さんでも、不整地でも十分乗りこなせそうだから…というものだったそうですが、何より買い上げで急速に必要台数を揃えるために、民間保有台数が十分あるもの…というのも大きかったんだそうで
無題Name名無し 25/08/31(日)13:51:39 No.567089
https://may.2chan.net/39/src/1756615899537.png
ともあれ試験を経て宮田製作所の協力のもと買い戻された中古のアサヒ号により、
「関西の師団の歩兵部隊に自動二輪車部隊が編成され(略)マレー作戦に活躍した」
…そうなんですが、一方で
「同部隊の選兵は自転車に乗れることが資格で、自動車の取扱に無知であったので、ガソリンにオイルを混入(アサヒは二衝程エンジン)することを知らず、焼着続出の電報が」
…舞い込んできた、なんて余談もあったそうです
2サイクルエンジンの扱いどころかそもそもバイクに乗ったこともないです…という兵隊さんでバイク部隊を編成せざるを得ない…というのが当時の実情であったみたいなんですが、逆に言えばそんな兵隊さんでもなんとか乗りこなせるくらいには、扱いやすいバイクであったんですかしら…
無題Name名無し 25/08/31(日)23:17:44 No.567106
>メグロ号
ゴジラマイナスワンで主人公が乗ってたやつだっけ
ともあれ戦前の日本とか自転車でもわりと高級品だったらしいしね
まあ自転車乗ったことがあるなら同じ二輪だしあとは精神力でなんとか
なるはずだ(暴論
無題Name名無し 25/09/01(月)09:23:00 No.567115
陸軍とは恐ろしいところだ…
無題Name名無し 25/09/01(月)12:43:16 No.567117
ウクライナ紛争で物資輸送や負傷者の後送に小型UGVがテスト
されてるの見ると案外現在でもケッテンクラートくらいの車体
規模の小型輸送手段のニーズはあるんじゃないかって
…まあ別にそれがバイクとのハイブリッド構造な必要はないが
無題Name名無し 25/09/02(火)17:37:41 No.567140
>ケッテンクラートくらいの車体規模の小型輸送手段のニーズ
農家から盗んだトラクターがロシア兵に重宝されていたようだけど
鈍足ゆえドローンに吹っ飛ばされまくっていたな
無題Name名無し 25/09/02(火)20:49:48 No.567144
>>ケッテンクラートくらいの車体規模の小型輸送手段のニーズ
>農家から盗んだトラクターがロシア兵に重宝されていたようだけど
>鈍足ゆえドローンに吹っ飛ばされまくっていたな
RSO「涙無しには語れんな」
無題Name名無し 25/09/08(月)15:55:00 No.567253
https://may.2chan.net/39/src/1757314500207.png
IJNの戦闘機搭乗員だった陰山慶一さんという方の回想記によると、戦争末期、本土の基地に来襲する米艦上機がたまに飛行場に増槽タンクを落としていくことがあったそうなんですが、
「整備員が、その燃料を海軍が当時使用していたダイハツのオート三輪車に入れ、エンジンをかけ運転してみると、爆発性能があまりにもよく、シリンダーにひびが入った」
…なんてことがあったそうです
まあ、普通燃料車にハイオク入れたらそりゃあいけないですよね…w
無題Name名無し 25/09/08(月)15:56:27 No.567254
https://may.2chan.net/39/src/1757314587432.png
因みに、やはりIJNの搭乗員でこちらは陸攻隊の指揮官だった巌谷二三男さんの著書に、戦争末期マリアナ諸島への空挺特攻作戦(剣作戦)の話が出てくるんですが、その中に
「陸戦装備をした陸戦隊8名、搭乗員7名計15名の人員の他に、中隊長機には小型オートバイ、その他の機には自転車を搭載する」
…予定であった、なんて記されておりましたりします
ではどんなオートバイを積んでいくつもりだったのか…というのが当然気になるところなんですが、同じく同作戦で殴り込み戦術の主役を務める予定だった特別陸戦隊(山岡部隊)の隊史によると
「広大なB29飛行場の滑走路に無事着陸し得てから、攻撃目標である分散待機中のB29に近迫して(略)爆破してゆくには『足』を早くすることが絶対必要である」
無題Name名無し 25/09/08(月)15:57:22 No.567255
https://may.2chan.net/39/src/1757314642837.png
「行動力発揮の為、オートバイが考えられ、集まって来たのは数台で、重すぎ大きすぎて(略)断念した」
「自転車にしようかと考えてあの国内物資欠乏の時期に(略)その頃にしては相当の(そうして現在から考えれば誠に情無い)台数が集まる(略)結論的には自転車を各機3台~5台搭載ということにする。99
式重機の牽引運搬用の車も作ってもらう」
…とのことで、実際にはオートバイの使用は見送り、自転車のみでの作戦となる予定だったようです
前述宮田製作所さんなどでは空挺作戦用の折り畳み自転車なども軍の依頼で製作していたようなんですが、「剣作戦」での使用予定の自転車はどうもそこまで本格的なものでなく、記述から察するに雑多な寄せ集めであったみたいなんですが、ともあれ日本陸海軍の最後の作戦は、空挺銀輪部隊による予定だった…ということになるんですかしら…
無題Name名無し 25/09/09(火)10:54:27 No.567266
https://may.2chan.net/39/src/1757382867701.jpg
>行動力発揮の為、オートバイが考えられ
>重すぎ大きすぎて(略)断念した
英国に於いても同様に空挺部隊の「足」としてオートバイが考えられ
小型軽量の折り畳みオートバイ「ウェルバイク(Welbike)」が開発・生産
あの悪名高いマーケット・ガーデン作戦にも投入された
無題Name名無し 25/09/09(火)10:54:50 No.567267
しかしながら98ccエンジンの非力さと小径車輪による悪路走破製の低さは明らかで
このスレの上にも記されている通りジープが運べるグライダーが普及すれば
そちらの方が使い勝手が良いことは素人了見でも想像に難くないところで
これも上に出ているベスパ150TAPにしても後継・類似の兵器を聞かないし
戦場で「大は小を兼ねる」状況は「バイクでなければならない」状況よりも
多いんですかねえ
無題Name名無し 25/09/09(火)15:43:55 No.567275
>まあ、普通燃料車にハイオク入れたらそりゃあいけないですよね…w
ちょいとハイオクについて誤解がありそうなので
ハイオク=高エネルギーガソリンではないですハイオクとは耐ノック性が高い自己着火しにくいガソリンの事をいいます自己着火がしにくいため点火タイミングを圧縮ぎりぎりまで引っ張れますそうするとガソリンの爆発エネルギーを最大に受け取ることができるので出力とか上がるのです
くだんのエンジンに関してはそれほど高オクタンのガソリンの使用を前提にしていないためエンジンそのものの強度が高くなかったところに想像ですが整備兵という事で点火タイミングをギリギリまで遅くしたのではないのでしょうか
そのため本来の設計時点での許容強度を超えていたのかも点火タイミングを変えていなければ多分普通に調子のいいエンジンで終わったと思いますよ
無題Name名無し 25/09/10(水)14:05:24 No.567298
>No.567275
丁寧なご教示ありがとうございます
つまりガススタに行った時普段レギュラーだけど今日は奮発してハイオクにしよう…とか適当な気分で変えちゃいけないってことですね!(全然理解していない顔で)
余談ですがIJAの工兵将校だった山口英治さんという方の回想によると、戦前対ソ戦準備の一環として、チタ方面の湿地帯で偵察に使用する「湿地オートバイ」なるものが試作されていたそうです
「前の車輪を大きくし、タイヤを取って空気袋だけで浮くようにし、後は(略)浮嚢舟(※湿地車というやつですね)と同じ空気枕のキャタピラにし、これに斥候が単独で乗るんです。これも軽快に、どんなところでも動くようになりました。もちろん、固い道路に来たって平気です。ノモンハン事件のころに、ハルビンの近くの大湿地帯で、後宮師団と協力して実験を行い成功しました」
無題Name名無し 25/09/10(水)14:06:18 No.567299
https://may.2chan.net/39/src/1757480778109.png
…とのことなんですが、その後どうなったんでしょかね、コレ
因みに戦後の陸上自衛隊で第一空挺団長を務められた倉重翼さんという方の回想録によりますと、創設当初の重装備として80㎜重迫撃砲が採用されたものの、当時の使用機は米軍おさがりのC-46輸送機であったため
「ジープの投下が出来ないので、火砲や弾薬を運ぶのにリヤカーか担送以外にない」
「そこで耕運機を使うことを考え市販のものを投下してみたり、メカニカルミュール(自走式荷車とも言うべきもの)を作ってもらってC-46の扉口から投下できないか研究したり、随分と智慧を絞ってみましたが、C-46の機体の構造上如何ともし難いものでした」
無題Name名無し 25/09/10(水)14:08:06 No.567300
https://may.2chan.net/39/src/1757480886868.png
「指揮連絡に使う自転車は、組立て式のものを購入して投下には成功しましたが、制式化には至りませんでした」
「オートバイも80CCならば投下できることを確かめたのですが、これでは路外性が乏しいということで、これまた制式化には至りませんでした。しかし情偵小隊の増加装備として、2、3年間は演習のときに活躍していました」
…とのこと
こうした問題の多くは、後に輸送機自体がより高性能のC-1に交代したことで一挙に解決されたそうなんですが、陸自空挺団創設初期にちょっとだけ使われていたというこの80CCバイク、どこのメーカーのどんな製品だったんですかしら…
無題Name名無し 25/09/15(月)15:18:50 No.567442
https://may.2chan.net/39/src/1757917130002.png
M3ブラッドレー(騎兵戦闘車の方)なんかは後部戦闘室内に偵察用のオフロードバイクを搭載する予定だったのが、車内に無防備の燃料タンクがあるのは防御上問題がある…というので沙汰やみになった…なんて書かれたものを読んだことがありますけど、実際どうだったんでしょかね
余談ですが、1950年後半ごろのソ連では、キエフ高等航空技術士官学校の教官だったヴェ・エヌ・コジョヒン=サンなる方の指導により「エア・オートバイ」なるものが製作されていたそうです
要はごく小型のホバークラフトなんですが、エンジンその他にオートバイ用の物を流用したこの車両(?)、最大浮揚高度数㎝、最大速度時速30㎞程度ながら、泥濘地や雪上などでそれなりに良い成績を収めたとかなんとか…
無題Name名無し 25/09/15(月)15:19:45 No.567443
https://may.2chan.net/39/src/1757917185614.png
因みに同じころ日本では、陸上自衛隊の管区隊から師団制への改編に伴い、師団偵察隊内にオートバイ装備の斥候班が新設されることになったそうなんですが、陸修偕行社出版の機関紙「偕行」の記事によれば
「オートバイはその小径通過能力により、国土の80%に及ぶ山地を克服利用するともに、平地に網目状にある片点線路まで有利に活用して軽快な機動性を発揮できる長所を持っている」
「軽オートバイ(原付を含む)、中オートバイ、重オートバイを運用研究および実用試験の結果、中オートバイが採用された。特注することなく、市販品をそのまま調達することとなっている(略)が、研究・試験時の教訓が現在の市販オートバイの構造機能に、採り入れられている」
無題Name名無し 25/09/15(月)15:21:07 No.567444
https://may.2chan.net/39/src/1757917267674.png
…とのこと
では創設期の陸自自衛隊偵察隊で採用された「中オートバイ」とはなんぞや…と調べてみましたら、昭和30~40年代まではホンダの250㏄2気筒の「ドリーム号」の市販型を色だけオリーブドラブに塗り替えてそのまま使用
しかしその後初のオフロードタイプとなったホンダSL250およびXL250型では逆に自衛隊型が市販型の原型となったとされていて、そのまた後のXLR250では再び市販型を導入…という流れであったそうです
他に警務隊用にホンダドリームCB360CC、教習専用のホンダVFR400Kなども導入されていたそうなんですが、初期の陸自偵察隊用バイクの開発は、まさにメーカーさんとの二人三脚状態であった…ということみたいですねえ
無題Name名無し 25/09/15(月)15:22:08 No.567445
https://may.2chan.net/39/src/1757917328955.jpg引用元:https://may.2chan.net/39/res/566830.htm
また前記「偕行」の記事によりますと、自衛隊オートバイ斥候の新設時、将来の姿として論議され、運用研究の対象となったものとして
「超小型ヘリまたはワンマンコプターの開発改良により、ヘリコプター斥候の実現」
…があったそうです
今日でもまだ、偵察オートバイに代る一人乗り有人偵察ヘリはまず導入されそうにないですが、各種小型偵察飛行ドローンが導入され、偵察隊が空中からの眼を持つようになりつつある…というのは、ある意味師団偵察隊創設当初の念願が叶った、ということなのですかしら…




























コメント
アメリカ軍では空軍特殊作戦コマンドがカワサキのKLX110R-Lを採用
臨時滑走路の設営から空爆の誘導、前線航空管制といった潜入時に空輸して利用
陸上自衛隊も日米共同演習で偵察オートによる情報収集能力が注目された
状況次第でバイクは歩兵に多大な機動力を与える事が出来る優秀な手段
一方でロシア軍のようにUAVによる対地監視網のある前線をバイクで強引に突破しようとすれば簡単に補足され機関銃によって簡単に無力化される
いくらUAVで装甲車両がチープキルされるとはいえ、ソフトスキン車両はウクライナ軍でも装甲車両の数が揃った段階で早々に後方利用に切り替わった位には脆弱
ウクライナの平原を徒歩で人海戦術突破させてた(!?)ロシア軍からしたら進歩的なのやもしれんが、まぁ無理しかない
バイクの強みは走破性の高さと森林地帯等の障害物を物ともしない機動力、そしてなにより小ささから来る隠密性と乗降性の良さだろう
四輪が通れないようなルートを人間の足では到底不可能な速度で走破出来る
ただし積載量に関しては荷台を利用しても個人が携行出来るサイズと同等程度
※物理的には積めるが積み込み過ぎると走破性が著しく落ちる
ニッチな代物である事には変わりないが、うまく使えれば現代戦でも有用なのは意外
WWⅡだとゲシュタポのサイドカーのイメージしかないな。
ハーレー擁するアメリカ軍すらバイクの陰は薄い。
アメリカ軍=ジープだし。
架空の人物だが、どこをどう転戦して南方で捕虜になったんだろう。
2丁機関銃付きのバイクでポストアポカリプスみたいな世界を延々と走るんだよね
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