無題Name名無し24/02/22(木)13:49:27 No.556652

F-14D_Tomcat_conducts_a_mission_over_the_Persian_Gulf-region

222!
にゃんにゃんにゃん!!
本日猫の日!!!
というわけで古今東西グラマン戦闘機スレ


無題Name名無し 24/02/22(木)13:50:52 No.556653
F-14over_USS_Carl_Vinson_CVN-70

アメリカ海軍の歴代の愛猫についてなんでも語ってどうぞ
グース!ちゅーるをくれ!グース!!

無題
Name名無し 24/02/24(土)02:21:00 No.556681
F4F-3WildcatOHareAirport-DLighting (1)
Raysonho @ Open Grid Scheduler / Grid Engine

零戦の好敵手といえば
F6FやF4Uがまず挙がるでしょうけど
戦法次第でも対等に渡り合え
なおかつ開戦劈頭の12月11日に
100ポンド爆弾で駆逐艦「如月」を沈めたこともある
F4Fワイルドキャットも捨てたもんじゃない

無題
Name名無し 24/02/24(土)07:10:23 No.556683
471px-Crop_Duster

戦闘機では無いが猫一族なので入れてあげて
グラマン・アグキャット、農業用の機体だが頑丈なのでアクロバットにも使われる、散布している農薬をパイロットが吸わないように操縦席は与圧式

無題
Name名無し 24/02/24(土)10:27:17 No.556685
F5Fスカイロケット「あ、あのっ!」

無題
Name名無し 24/02/24(土)10:36:48 No.556686
1708738608476

ゼロ戦キラーとして生まれたが勝敗は決まってて出番がなかった猫
無題Name名無し 24/03/11(月)07:01:55 IP:124.143.*(home.ne.jp)No.556880そうだねx2
    1710108115693.jpg-(165956 B)
165956 B
>ゼロ戦キラーとして生まれたが勝敗は決まってて出番がなかった猫
そのF8Fは戦後リノ・エアレースでエアレーサー機として活躍し
1989年8月21日にはレシプロ機として世界最速の時速850.26キロをマークした

無題
Name名無し 24/02/27(火)21:39:42 No.556757

F-5タイガー

無題
Name名無し 24/02/29(木)19:36:23 No.556779
Pilots_of_F14-IRIAF

滝沢聖峰せンせいがイラン空軍のF-14戦闘機隊を題材にまんがを書かれてましたねー

イラン・イラク戦争でマッハ3で飛ぶイラク空軍のMiG25を「フェニックス」ミサイルで撃墜したエピソードとか面白い話が山盛りでしたけれど、「フェ
ニックス」だけで「スパロー」「サイドワインダー」から機銃まで、当時のトムキャットが運用する全武装を活用した実戦データとか、米軍でも是非手に入れたかったはずで、当時はイラク側を支援する側だった米側としては、自国生まれの猫さんの活躍ぶりには複雑な心境だったんじゃないでしょかね

無題
Name名無し 24/02/29(木)19:37:59 No.556780
1709203079768

因みに「スパロー」なんかはWW2中に構想が生れたミサイルだとかで、1940年代後半に開発がスタートしているんですが、空中試験のテストベッドにはF6F「ヘルキャット」戦闘機も使用されていたそうです

レシプロ機の翼下に「スパロー」を携行した姿はなかなかマッチョでカッコよろしいんですが、ある意味ではグラマン社の猫一族の中で初めてAAMを塔載した機体は「ヘルキャット」だった、というハナシになるんですかしら…w

無題
Name名無し 24/03/01(金)09:57:51 No.556782
1709254671376

ロングセラーのAAM「サイドワインダー」に最初に撃墜されたのもヘルキャット(の無線操縦ドローン型F6F-5K)だったそうでございます。

無題
Name名無し 24/03/01(金)16:24:58 No.556787
>No.556782
レシプロ機相手でも赤外線誘導当たるんだ。

無題
Name名無し 24/03/01(金)11:38:00 No.556783
イラン空軍のトム猫はまだ現役なんだっけ・・・
下手すれば対F-35の空戦とか経験しそうやな

無題
Name名無し 24/03/01(金)21:29:51 No.556790
F6F-5_1950

「スパロー」ミサイルのF6Fによる空中発射試験も、実際にはドローン改装型で無人遠隔操縦により行なわれたそうなんですが、なんでも、ミサイル発射後の噴流により主翼が損壊する危険性を考慮してのことだったんだそうで

因みに、グラマン社のテストパイロットだったペート・パーヴィス=サンの回想によると、1973年6月20日、当時最新鋭機であるF-14の胴体下部兵装ステーションからの「スパロー」ミサイル空中発射実験を行ったそうなんですが、左右エンジンに挟まれた胴体下からの発射については、飛行中の空力的な影響や、発射後に若干頭上げの傾向がある「スパロー」ミサイルの特性もあり、いくらか不確定要素が見込まれる中での実証実験であったんですとか

無題
Name名無し 24/03/01(金)21:30:57 No.556791
https://may.2chan.net/39/src/1709296257017.webp
もっとも、0G水平飛行状態でも十分に機体から(ロケットモーター点火前に)ミサイルを分離する発射機構の準備や、機体周辺の気流の影響の計算等は勿論事前に綿密になされており、また既に主翼下や胴体中央および前部からの発射試験自体は成功に終わっていたこともあって、この日の胴体下部後部に装着された「スパロー」の発射実験も、概ね安全ヨシッ!というわけで決行されたそうです

しかしながら、実際にはミサイルは分離後に機体とのクリアランスが十分確保されず、発射直後にF-14の胴体下面に衝突、燃料タンクを破損した「トムキャット」は、たちまち空中火災に見舞われてしまったとのこと

無題
Name名無し 24/03/01(金)21:33:27 No.556792
https://may.2chan.net/39/src/1709296407823.webp
ただベトナム帰りの経験豊富なベテランパイロットだったパーヴィス=サンと、後席の相棒であるRIOビル・シャーマン=サンは、共に墜落する機体より射出座席で脱出、幸いどちらもキャノピーに頭を強打することもなくw無事生還されておられるそうなんですが、つまりはトムキャットをAAMで初めて撃墜した機体もまたトムキャットになった…いうことなんでしょかね(曲解)

余談ですが、パーヴィス=サンによるとこの試験の日の午後には、「グラマン・リーグ」の名を冠する社内ボーリング大会が開かれていたんだそうで、勿論帰還した氏も参加されたそうなんですが(棒)
氏によれば、幸いこちらの方では

「自分の投げたボールが自分の足の上に落ちるようなことは無くて」

…済んだそうです…w

無題
Name名無し 24/03/02(土)10:58:15 No.556795
そんな「F-15を空戦で撃墜したのはF-15だけ」みたいな・・・

無題
Name名無し 24/03/02(土)12:17:16 No.556796
やはり昔の米軍のジェット戦闘機で、あまりに自機が高速すぎて、自分で発射した機銃弾に当たって
墜落してしまった機体とかもありましたよね
今ならコンピューター上で精密にシミュレーションを繰り返せるんでしょうけれども、当時は実際に
やってみないと分からないことがおおかったんでしょうね…

無題
Name名無し 24/03/02(土)23:42:08 No.556802
機種は忘れたけど、曳航しているターゲットへの射撃訓練で緩降下しながらガンを発射したら空気抵抗で減速した弾丸が戻ってきてインテークから吸い込んでエンジン損傷って話だったような。

無題
Name名無し 24/03/03(日)09:26:00 No.556803
調べてみたら自分の撃った機銃弾で落ちたのもやっぱりグラマン社のF11Fタイガー艦上戦闘機なのね
緩降下しながら射撃したら勢いを無くした弾に追いついちゃった?らしい・・・

無題
Name名無し 24/03/03(日)22:16:35 No.556810
>>緩降下しながら射撃したら勢いを無くした弾に追いついちゃった?らしい・・・
同速の弾頭にぶつかって墜落するものなの?

無題
Name名無し 24/03/03(日)23:05:31 No.556811
>No.556810
エンジンがFODしたら致命傷ですね。

無題
Name名無し 24/03/03(日)23:25:50 No.556812
https://may.2chan.net/39/src/1709475950757.jpg
>>>緩降下しながら射撃したら勢いを無くした弾に追いついちゃった?らしい・・・

>同速の弾頭にぶつかって墜落するものなの?
機体はF11F-1タイガー、機銃弾は20㎜、パイロットはTom Attridge
水平飛行時に射撃を行った後に機体を降下させたところ、弾道を描いて落下する機銃弾に追いつくようなかたちになって被弾し墜落したよ。
ちなみに、2019年にもオランダ空軍のF-16が自機の20㎜を被弾して損傷しているんだってさ。

無題
Name名無し 24/03/03(日)15:19:59 No.556805
>幸いどちらもキャノピーに頭を強打することもなくw
グースかよ。今気づいた。
F-14試作機はこれ含め3機も墜落してるんですよね。

無題
Name名無し 24/03/03(日)19:45:09 No.556807
755px-F6F-5Ks_Bikini_1946

WW2終結の翌年、太平洋上のロイ島基地に集結したF6Fドローン猫さん達

見慣れたネイビーブルーと真逆な真っ赤なボディに、一部の機体は更に尾部が色々と塗り分けられてカラフルですが、識者さんによれば無線操縦帯域の違いを示しているんですとか

そしてこのヘルキャット達に与えられた任務と言うのが、折からビキニ環礁で行われる原爆実験「クロスロード」作戦中のデータ収集であったんだそうで

無題
Name名無し 24/03/03(日)19:46:07 No.556808
https://may.2chan.net/39/src/1709462767843.webp
空母「シャングリラ」艦上から無線操縦で発艦したF6Fドローンは空中で別の誘導母機に操縦を引き継ぎ、爆発直後の実験海域上空のキノコ雲湧き上がる空域に突入、翼下に吊るした集塵観測装置で大気のデータサンプルを採取したり、周辺状況の写真撮影を行ったそうなんですが、当然母艦には帰還せず、クウェゼリン環礁にあったロイ島の基地に着陸させられたそうです

陸軍側でもB-17の無人型を用いて、同様の観測を行っていたそうなんですが、或いはこれが米海軍における、空母艦上からの本格的な無人機運用オペレーションの始まり…ということになるんでしょかね

無題
Name名無し 24/03/03(日)19:48:17 No.556809
F6F-5K_drone_at_Roi-Namur_Island

コチラは帰投してきたF6Fの集塵ボックスから、フィルター用紙を回収する米海軍人さんの画像で、長い棒で直接触らないようサンプルを回収する姿が印象的なんですが、おつかいを果してきたドローン猫さん本体も、やっぱり再利用されずそのまま放棄されちゃったんですかしら

ともあれ、F6Fドローン1機が事故で失われたものの、概ね無人機によるサンプル採取自体は成功裡に終り、無人機運用ノウハウの蓄積の面でも貴重な経験が得られた…というのが米海軍の評価であったそうです

F6Fドローンの撮影した写真の中に、実験のとばっちりを受けて悶え苦しむ巨大海洋爬虫類の姿とかはなかったようなんですがw
仮に向こうでアメリカ版ゴ●ラ-1とか製作されることになったなら、ラストであの中に突っ込むのは、震電ではなく、遠隔操縦型ヘルキャットになったりするのかも知れません…?

無題
Name名無し 24/03/04(月)11:29:03 No.556820
レシプロ時代からぐらまん戦闘機のダイブ速度には定評があるから・・・(震え声
>No.556809
戦争中は日本機には死神みたいなというか、アメリカ艦隊の守護神めいた存在だったのが、戦争が終われば使い捨てのドローン・・・
まあ兵器ってのはそういうものかも知れないけど、世の無常を感じる話やね

無題
Name名無し 24/03/06(水)17:03:10 No.556839
パンサーとかクーガーとか居たけどなんでキャットやめたの

無題
Name名無し 24/03/07(木)17:40:53 No.556850
1709800853240

射撃訓練用のF6Fドローンの中には、双発エンジンのジェットエンジン機をエミュレートする為、主翼の両端に赤外線フレア発生用の翼端ポッドを増設したタイプもあったそうです
やっぱり、R-2800エンジンからの排熱だけでは、赤外線追尾ミサイルの標的としては使いづらかったんでしょかね

因みにそんなF6Fドローンもそろそろお役御免になりつつあった1956年8月16日のこと、カルフォルニアの海軍基地からミサイル射撃訓練用に発進したF6Fドローン1機が、何らかの機材トラブルで操縦不能に陥ってしまったそうなんですが、気まぐれに飛びつづけるF6Fはやがて人口密集地のロスアンゼルス市に機首を向けてしまったんだそうで

無題
Name名無し 24/03/07(木)17:42:04 No.556851
F89-D_Scorpion_Air_Force_interceptor_1958

直ちに空軍基地から防空戦闘機隊のF-89Dジェット戦闘機2機が発進、両翼端のポッドに各機208発ずつ搭載する無誘導のMk4空対空小型ロケット弾の斉射により、迷走ドローンも忽ち撃墜され事なきを得た…となるはずだったんですが、実際には高度に自動化されていたFCSシステムの作動不良により、唯一の搭載兵装であるロケット弾の自動発射が不能となってしまい、予備の照準器も機銃もない状態で数回にわたり行われた発射では、1発の命中弾も得ることができなかったとのこと

ただ幸いなことに、やがて燃料切れで墜落したF6Fドローンの落ちた先はほぼ無人の砂漠地帯で、その際電力会社の送電線を切断したのが唯一の迷い猫による被害であったそうです

無題
Name名無し 24/03/07(木)17:44:11 No.556852
1709801051093

もっともF89Dのパイロットさん達と関係者の方々には気の毒ながら、追跡中に各地上空で発射した208発に及ぶロケット弾が流れ弾として落下した結果、森林や市街地に火災や破片被害が多数生じて、中にはトラック一台を完全に撃破…という余分な「戦果」が付く始末に

焼失面積は400haを超え、死者こそ出なかったものの、2日間にわたり延べ500人の消防士が投入され対応に当たるという大騒動に発展してしまったんですとか

「ヘルキャット」に結局かすりもしなかった空対空ロケット弾、その愛称は「マイティ・マウス」であったそうなんですが、やはりネズミだけに、本能的に猫には近寄りがたかったんでしょうか…w

無題
Name名無し 24/03/07(木)18:49:23 No.556853
F-86LならD型からの改造でリードコンピューティングサイトを装備していたから、至近距離からのマイティマウス攻撃で命中させられたはずです

無題
Name名無し 24/03/08(金)06:43:56 No.556856
ハイテクシステム完成!もう戦闘機に機銃なんていらないぜ!
↓
やっぱり機銃がないとダメだったよ・・・

この流れ、何回かやらかしてないすかね米エアフォースさん・・・

無題
Name名無し 24/03/08(金)08:20:16 No.556857
それだけ格闘戦は避けたい(長距離から一方的に攻撃したい)ものなんだろう。

無題
Name名無し 24/03/08(金)11:30:41 No.556858
https://may.2chan.net/39/src/1709865041263.jpg
F-14って、退役がちょうどデジカメが普及する前あたりで、高画質の画像ってなかなか無いですよね。
三菱F-1とかも。F-104に至っては往年の方のデータをスキャンしたもの位したのしか見れないし。
あと10年早く1眼デジカメ普及していたらと思う。

最後の厚木基地の飛行ショーを現地で見れてよかった。

無題
Name名無し 24/03/10(日)14:47:05 No.556869
>No.556858
昔ファイナルカウントダウンってハリウッド映画があって、内容はベトナム戦時の空母ニミッツが真珠湾攻撃寸前のハワイ沖にタイムスリップするというもの
ゼロ戦とトムキャットがドッグファイトするシーンがあったりするんだけど、米海軍が撮影に全面協力したおかげで、今見ると当時の米空母と艦上機の貴重な資料映像にもなっている…なんて話を思い出した(笑

無題
Name名無し 24/03/11(月)10:05:02 No.556882
>当時の米空母と艦上機の貴重な資料映像
万能機F-18登場前の古き良き空母航空団の機体が見られますね。

無題
Name名無し 24/03/11(月)12:47:48 No.556883
>万能機F-18登場前の古き良き空母航空団の機体が見られますね。

空対艦ミサイル登場直前のあの時期、航空機による対艦攻撃はどのような形だったのか興味を惹かれるとです
ズーニで露払いしてレーザー誘導爆弾でトドメ?

無題Name名無し 24/03/08(金)14:19:03 No.556859
ペルシャ猫の撮影も難しいだろうしな

無題
Name名無し 24/03/08(金)17:18:21 No.556860
1709885901979

ドローンヘルキャットは爆装して目標に突入させる「誘導ミサイル」としての運用も研究されていて、朝鮮戦争中の1952年にはペンシルヴァニア州ジョンズビルの海軍航空開発担当部隊において、運用実験のため第90誘導ミサイル隊(GMU-90)が臨時に編成されているんですとか

用意されたF6FKは6機、フライトシステムは基本的に無人標的型と共通のものながら、主翼下にTVカメラを収容するポッドが懸架されていて、誘導母機のオペレーターさんはその中継画像を見ながら遠隔操縦する形式であったそうです

無題
Name名無し 24/03/08(金)17:19:11 No.556861
1709885951794

遠隔操作母機は電子戦用の複座型「スカイレーダー(AD-2Q)」2機、エセックス級空母「ボクサー」に派遣されたGMU-90は52年8月28日から9月2日にかけて実際に朝鮮半島各地の目標に対し実戦出撃しているそうなんですが、その模様は(カメラ中継画像も含め)乗艦していたマスコミ特派員にも公開されていたそうで、9月18日付のNYタイムスの「海軍、ロボットミサイルを韓国で使用」と題する記事には

「遠隔操作に対する無人機の敏感な反応に驚いた」
「テレビ画面のおかげで、管制官は最後の瞬間まで無人機を目標上に維持することができ、ミサイルに信じられないほどの精度をもたらした」

…なんてあるそうなんですが、GMU-90指揮官ローレンス・カーツ=サンなどは別紙の取材に対し、いまや米国は大規模な「ロボット作戦」を継続するに足る準備が整った、などと豪語されているんだそうで

無題
Name名無し 24/03/08(金)17:21:26 No.556862
1709886086315

もっとも、実際の所、中継画像による無人攻撃機誘導突入作戦自体は、既にWW2の時点で行われていたものですし、6機の「ドローンミサイル」の内、実際に命中したのも1機のみ、残り5機の内1機は途中放棄(通信トラブルですかね)、4機はミスと言うあまり芳しい戦績ではなかったとのこと

朝鮮戦争に参加した「ヘルキャット」は結局このドローンミサイル6機のみ、訓練を除けばこれが米国におけるF6F一族の最後の御奉公というか実戦参加になった…のかも知れませんが、ある意味では現代も続く米海軍の艦上発射巡航ミサイル、もしくはドローン艦上機運用の起源になったミッションであったということにはなるんですかしら…

無題
Name名無し 24/03/09(土)12:59:10 No.556868
第二次大戦中にケネディ大統領の兄が戦死したのもそういう無人機作戦なのよな
当時はまだ技術が未熟で、離陸だけは有人でやらないといけなかったところで
脱出する前に空中で爆発事故だったかな?

無題
Name名無し 24/03/13(水)07:13:36 No.556907
>第二次大戦中にケネディ大統領の兄が戦死したのもそういう無人機作戦なのよな
>当時はまだ技術が未熟で、離陸だけは有人でやらないといけなかったところで
>脱出する前に空中で爆発事故だったかな?

まあ、見てるだけでも不安定で怖いですよね

https://www.youtube.com/watch?v=B6R-KEfcZTg

無題
Name名無し 24/03/11(月)06:51:40 No.556879
たまにはF4Fの話題もあってもいいんじゃないの?
というわけでF4F-3Sワイルドキャットフィッシュ
F4Fの水上戦闘機型
・・・と言っても試作止まりだったけどね
https://teambtrb.com/2018/03/29/f4f-3s-wildcatfish/

無題
Name名無し 24/03/13(水)23:22:39 No.556918
子供の頃TVの洋画劇場で「トコリの橋」という朝鮮戦争の映画をやっておりまして、ミリ好きの自分は空母だ!ジェット戦闘機だ!と詳しい機種などは分からないまま楽しく見ていたんですが、ハリウッド映画らしくどうせ主人公はハードなミッションで危機一髪も何とかクリア!最後はヒロインと幸せなキスをしてハッピーエンド!!な展開だろうなあ…と思っていましたら、思いのほかハードな展開と結末で見終わった後呆然とした記憶がありましたり

因みに朝鮮戦争で米海軍及び海兵隊が直接の戦闘及び戦闘中に喪失した航空機は620機に及ぶそうなんですが、他にその他の原因で作戦行動中に失われた628機と合わせると計1248機、戦争期間中1日につき1機以上が失われた勘定になるそうです

喪失数が多いのはやはり危険な地上戦闘支援に当たった機種で、敵側の反撃で失われた内、最も多いのがF-4U「コルセア」の312機になるんですとか

無題
Name名無し 24/03/13(水)23:25:39 No.556920
「スカイレーダー」も124機を失っているそうなんですが、次いで64機で3番目の喪失数となっているのが、「トコリの橋」でも主役機であったグラマンF9F「パンサー」戦闘機であったんだそうで

朝鮮戦争で派遣された米海軍/海兵隊の「パンサー」飛行隊は計32個(他に若干の偵察機型装備分遣隊)、直線翼で新味の少ない設計ながら、グラマン社伝統の頑丈な機体構造と素直な飛行特性はそれなりにパイロットさん達に愛されて、F4Uやスカイレーダー隊の護衛や地上攻撃任務に大いに活用されていたとのこと

エセックス級空母「プリンストン」の戦闘機隊(VF-153)所属のパイロットだった、リチャード・クリナイト=サンと言う方もそんな「パンサー」の頑丈さに救われた一人で、1953年のある日、尾部を対空砲火で激しく損傷したものの、なんとか母艦まで帰り着けたそうです

無題
Name名無し 24/03/13(水)23:26:43 No.556921
とはいえ乗機は応急修理では手に負えない状態、日本の母港に帰るまでは飛行不能…と思われたそうなんですが、そこに折よく?また一機、今度は機体前部に大損傷を受けた別の「パンサー」が帰還してきたんだそうで

創意工夫の精神に富む「プリンストン」の整備班は早速徹夜で損傷した2機の使える部分を結合、クリナイト=サンの新たな愛機をでっち上げて、「米国にとっても約50万ドルの節約」に成功

もっとも、クリナイト=サンの愛機は試験的にジェラルミン金属生地地色剥き出しであったところに、ネイヴィー・ブルーのもう1機の尾部を継いだため、出来上がった機体は前後でチグハグのカラーリングとなり、「ブルー・テイル・フライ」なる仇名で呼ばれることになってしまったんですとか

無題
Name名無し 24/03/13(水)23:27:44 No.556922
「ブルー・テイル・フライ」は試験飛行で安全性が確認された後、クリナイト=サンと共に12回の危険なミッションを無事達成してから、オーバーホールの為米本国に送り返されたそうなんですが、ある意味ではパイロット2人を生還させた2機分のツキを併せ持つ、ゲンの良い機体であったのかも知れないですなw

ただ、「ブルー・テイル・フライ」の返納後、別機で出撃したクリナイト=サンは再度対空砲火に被弾、ベイルアウトを余儀なくされるんですが、降下した海面が強風で荒れており、パラシュートに巻かれてクリナイト=サンは溺死

残念ながら1953年4月から5月にかけて、「プリンストン」が戦闘で失った7名のパイロットの一人になられてしまったそうです…

無題
Name名無し 24/03/14(木)11:48:01 No.556925
F7Fタイガーキャットなんかも、本来の夜間戦闘機としては第二次世界大戦には間に合いませんでしたが、夜間飛行能力を生かして朝鮮戦争では夜間地上攻撃に活躍したそうですね
まだジェット機とレシプロ機が同等というか、お互いに向いた任務があった時代なんでしょうね…

無題
Name名無し 24/03/14(木)14:09:18 No.556926
CAS機には高速でもすぐ去って行ってしまう機体よりむしろ低速でも現場の上空に留まり続けて反復攻撃してくれる機体の方がありがたい、てのは現代でも変わらないよね
まあ誘導兵器やらドローンやらの発達で色々状況が変わりつつはあるけれど

無題
Name名無し 24/03/14(木)21:05:32 No.556932
「パンサー」がまだ正式採用前の試験飛行中のこと、海軍の陸上基地で着艦フックによる模擬着艦テストが行われたそうなんですが、フックが地上のワイヤを捉えた瞬間、その衝撃で尾部がそっくりもげるという事故が発生してしまったんですとか

ところが機体前半には異状なく、エンジンも正常に作動し続けていた為、テストパイロットさんは咄嗟に機体が静止しないのは単にワイヤを捉え損ねたと判断、そのまま出力を上げて再離陸しようとしたため、慌てて地上から無線で制止した…なんて椿事もあったそうですw

とはいえ、諸々の初期トラブルを解決して実戦配備された「パンサー」はグラマン社の「アイアン・ワークス」の伝統の名に恥じない機体で、多くのパイロットにその頑丈さを賞賛されているそうです

無題
Name名無し 24/03/14(木)21:08:09 No.556933
宇宙飛行士として有名なジョン・グレン=サンは、海兵隊飛行隊の「パンサー」パイロットでもあったそうなんですが、朝鮮戦争の際、対空砲火で垂直尾翼に「頭と肩が通れるほど大きな穴が開いた」り、「主翼に2フィートの穴を開け」られたりした経験の持ち主で、愛機「パンサー」について後に
「これほど頑丈な飛行機でなかったら、私は今ここにいない」
…なんて回想されておられるんだそうで

また、やはり後に宇宙飛行士として人類初の月面着陸を果したニール・アーム・ストロング=サンは、空母「エセックス」から発艦して地上攻撃中に対空砲火に被弾、更に対空阻塞ワイヤ(電線とも)に接触して右主翼の先を6フィートばかりもぎ取られてしまったそうなんですが、「パンサー」は空中分解することなく、将来の月面着陸船船長が安全な空域に達してベイルアウトするまで持ちこたえたとのこと

無題
Name名無し 24/03/14(木)21:09:53 No.556934
因みに多くのミッションでグレン=サンの僚機だったテッド・ウィリアムズ=サンと言う方は、WW2中に海軍で操縦資格を取得して、朝鮮戦争の際予備役から召集、ジェット機の操縦訓練を受けた後部隊配属となったそうなんですが、WW2の時点で既に米大リーグレッドソックス所属で年間三冠王候補というスラッガーで、7年ぶりに軍用機パイロットに復帰する直前の試合でも、ホームランを放っておられるそうですw

朝鮮戦争では39回の戦闘ミッションをこなし、3度の不時着も経験しておられるそうなんですが、野球選手としてのキャリアも最盛期だったテッド=サン、ベイルアウト時に選手生命に関わる身体故障が生じることを恐れて、敢て煙を吹く機体での不時着陸を選んだこともあったそうなんですが(棒)兵役解除後無事大リーグに復帰して、数シーズンを好成績で終了、後には野球殿堂入りも果たし、大リーガーと海兵戦闘機パイロットの二刀流を全うされておられるんですとか

無題
Name名無し 24/03/14(木)21:11:39 No.556935
更に空母「オリスカニー」の戦闘飛行隊所属だったロイ・ウィリアムズ=サンと言う方は、1952年11月18日、僚機と共に優勢のMIG-15の編隊相手に35分間と言う長時間にわたる空戦で4機撃墜を果しておられるそうなんですが、相手が当時公式には非交戦国であったソ連空軍機であった為、リアルで映画「トップガン」並というその功績も、ながらく公には認められないままであったそうです

飛行性能で劣る相手に、頼りは優秀なFCSと比較的小回りの効く操縦性、そして己のワザマエだけであったわけですが、搭載した20㎜機関砲760発を全て射ち尽くし辛くも帰艦した氏の「パンサー」には、無数の大口径機関砲弾片による損傷が見られたとのこと

氏の戦果については、ソ連崩壊後の情報公開でも裏付けが取れているそうなんですが、そんな海軍の隠れミグキラーさんが生還できたのもまた、「パンサー」のタフネスのおかげであったというわけなんですかしら…

無題
Name名無し 24/03/15(金)21:20:44 No.556948
1940から50年台に、グラマン社のチーフテストパイロットを務めたコーウィン・メイヤー=サンによると、同社は伝統的に「新しいことに取り組む際には、慎重な思慮深さのもとに」というのが企業ポリシーであったそうです

そんなわけで「パンサー」の開発時にも、海上を飛行する信頼性重視のカイグン機に得体の知れないエンジンは積めん!というわけで、米国内のメーカーが開発中だった新型エンジンはすべて拒否、ジェットエンジン先進国のエゲレスまで出かけると信頼と実績のあるロールスロイス社製「ニーン」エンジンを購入、量産機にはプラット&ホイットニー社でライセンス生産して塔載することに

同社初の後退翼艦上戦闘機となった「クーガー」も、実質的には機体構造の大半が同じと言う「パンサー」の発展型という手堅い設計であったそうなんですが、おかげで開発作業はわずか数カ月で済んだとのこと

無題
Name名無し 24/03/15(金)21:22:30 No.556949
もっとも、そんなグラマン社と言えども無論新機軸や技術に無関心であったわけではなく、WW2終結後にはドイツからもたらされた様々な革新的情報を取り入れた次世代機の構想も早速検討していたそうです

米海軍もグラマンはんが乗り気でいらはるなら…というわけでグラマン社に既に開発が進んでいた「パンサー」の性能向上型のついでに後退翼の新型戦闘機の開発を依頼、コレに応えてグラマン社が提出したのが、社内名称デザイン83と言う設計案であったんですとか

「パンサー」と同じ米国版「ニーン」エンジン(J42)塔載ながらアフターバーナー付き、胴体形状はやはり類似していましたが主翼は独技術に基いてデルタ翼を採用、平面形はダグラス社のA-4「スカイホーク」に似てなくもいないんですが、ともあれ1948年4月にはXF10F-1として正式に2機が試作発注される運びになったんだそうで

無題
Name名無し 24/03/15(金)21:24:35 No.556950
ところが風洞試験を続けるうちに、どうもデルタ翼は思ったより抵抗が大きい、じゃあ後退翼に切りかえるか…となったのを皮切りに、米海軍当局からも、もっと強力なエンジンに換えたい、レーダーももっと大きくして、あ、航続距離ももっと欲しいなぁ…と要求仕様が次々追加

機体規模はどんどん大きくなり重量も増加、それじゃあまたもっと推力の大きいエンジンを探さないと…というわけで、エンジンも最終的にウェスティングハウス社でまだ開発中の新型(J40)に変更

更にどうも後退翼は艦上での離着艦時の低速飛行時にどうしても迎え角が大きくなり、機首上げ姿勢で視界が悪くなる…というので、コレを解決するために主翼全体を迎え角可変にする、ヴォート社のF-8「クルセイダー」みたいな機構を採用することにしたそうです

無題
Name名無し 24/03/15(金)21:25:29 No.556951
ところが必然的に主翼が高翼配置になったため、主脚を収容する胴体は更に大型化、そこにまた細々と仕様変更が加えられ設計重量は当初の予定の1.5倍を超過、これではもはや迎え角可変でもどうにもならない…ということで、やはり独生まれの可変後退翼にまたまた主翼を変更することにしたんですとか

可変後退翼自体、まだ米国業界でも実際に使いものになるか試験中の段階だった上、可変機構で機体構造は複雑化、当然自重増加も避けられないわけですが、背に腹は代えられない…というわけで採用に踏み切ったグラマン社、ある意味もはや吹っ切れたのか、他にも重量軽減のための新たな人力操縦システムや新考案のパドル式スポイラーなど、様々なアイデアが山盛りに詰めこまれることになったんだそうで

今から見れば、この時点で色々とヤバい気配が漂ってきているのが明白なんですが、それでも1950年6月に朝鮮戦争が勃発すると、米海軍は早速この新型機「ジャガー」の量産発注に踏みきっているんだそうで

無題
Name名無し 24/03/15(金)21:26:57 No.556952
もっとも肝心の開発現場の方は、そもそも「クーガー」の開発と作業が競合して遅れていた上に、肝心のJ40エンジンの完成が大幅に遅延、更にようやく1952年になって完成した試作機も、エンジンや新操縦システムにトラブルが続出、前述マイヤー=サンが何度も命の危険に晒されながらテストフライトを重ねたものの、結局最後までエンジンの信頼性と操縦性不良を改善することができず、遂に1953年4月にプロジェクトは中止、量産発注も取り消しに

ただテスト中、唯一もっともトラブルの元になりそうだった可変後退翼機構のみはスムーズに働き続けたそうで、後のやはり可変翼の「トムキャット」開発にあたり、貴重な経験となった…と評価する向きもあるそうです
新機軸の機体に未完成のエンジンを組合わせて見事に爆死した「ジャガー」の失敗、やはりグラマン社の伝統のポリシーが正しかったことを証明したのか、それとも堅実一本槍の社風とは言え、時に思い切って挑戦してこそ、新しい時代に適応する技術が得られるという教訓となったのか…
…どちらだったんでしょうかね?
引用元:https://may.2chan.net/39/res/556652.htm