無題Name名無し24/01/08(月)12:19:17 No.555595
今年2024年は辰年!
というわけで四式重爆「飛龍」スレ
無題Name名無し 24/01/08(月)12:20:42 No.555596
日本陸軍最後の制式重爆について語って、どうぞ
無題Name名無し 24/01/08(月)17:24:01 No.555605
同時期の疾風がかなり量産されてたから飛龍も多かったと思っていたら銀河のほうが多くてびっくりしたが、生産開始が早かったおかげかな?
誉を二基使う銀河よりも飛龍に生産を統合したほうがよかっただろうとは思う
無題Name名無し 24/01/09(火)20:47:52 No.555625
その四式重爆(キ67)をベースに
75ミリ砲を装備した対B-29迎撃用戦闘機にしたキ109
しかし高高度性能の不足から
本土決戦に備え対舟艇の攻撃用として用いるために温存されてる間に終戦となった
無題Name名無し 24/01/10(水)13:57:03 No.555635
・運用法が違う。いくら運動性が良いとはいえ、飛龍に急降下爆撃は無謀
・飛龍の搭載する発動機は海軍では運用されてない。火星に換装すればワンチャンあるがそうなると一式陸攻と変わらんやんけ!となる
無題Name名無し 24/01/11(木)15:37:53 No.555647
>運用法が違う。いくら運動性が良いとはいえ、飛龍に急降下爆撃は無謀
「四発でさえ降爆は可能である! 成せば成るのである!!」
by エルンスト・ウーデット技術局長
無題Name名無し 24/01/11(木)00:40:43 No.555644
つーか飛龍って、海軍でも
「靖国」って名前で採用してなかった?
無題Name名無し 24/01/11(木)18:57:29 No.555648
大戦後半の対米艦隊攻撃戦では陸海協同作戦の為に、「飛龍(キ67)」を装備するIJA航空隊にIJN側から人員が派遣されて、洋上対艦戦闘ノウハウのアレコレを伝授していたそうなんですが、IJA飛行第98戦隊に電信訓練の為派遣されていた松田憲雄さんと言う方の回想に依ると、「キ67」の乗り心地は
「キーンという金属音も頼もしく飛び上がると、双発機としては海軍の最新鋭陸上爆撃機『銀河』より軽快で、高度4000メートルから一気に降下する壮快さは、いうべき言葉もないというのが実感だった。これこそ救国の雷撃機で『銀河』陸爆に優る爆撃機と感じた」
…というものであったそうですw
無題Name名無し 24/01/11(木)18:58:39 No.555649
また、海軍内でも「飛龍」を借り受けて自前の操縦員に操縦訓練を行っていたそうなんですが、攻撃708飛行隊所属の一式陸攻の搭乗員だった山崎優男さんと言う方は、「キ67」について
「両機を操縦して、『キ67』の機動性とスピードは爆撃機として抜群の性能を持っていたことが記憶に残」
…っておられるそうなんですが、一方IJA98戦隊の空中勤務者だった吉川實さんは、鹿屋基地で海軍側でも「キ67」の操縦員訓練を行っていたことに触れた上で、
「いずれ、大量に生産が行われる時がくれば、海軍に転用する計画がある──と聞きました」
…と述べておられましたり
操縦要員をある程度まとまった数養成していたことも併せれば、実際IJN側でも自前で「飛龍」の部隊を編成するつもりが、あったのかも知れないですなあ
無題Name名無し 24/01/11(木)20:55:13 No.555651
搭載量が少なくて運動性が良くたって意味がないんじゃ…
無題Name名無し 24/01/12(金)02:03:01 No.555654
一応魚雷は積めるからねえ
一式陸攻なんかよりは確実に高性能なわけだし・・・
無題Name名無し 24/01/12(金)13:40:56 No.555658
「靖国」なんて名前、普通に考えたらかなり縁起の悪いものだと思うんですが…
海軍側のブラックユーモア的な呼称だったんですかね?
無題Name名無し 24/01/12(金)20:21:37 No.555664
>「靖国」なんて名前、普通に考えたらかなり縁起の悪いものだと思うんですが…
靖國は国を靖(安)んずるという意味、なんで縁起が悪いと思うのか意味不明
無題Name名無し 24/01/13(土)04:07:37 No.555667
「靖国で会おう」が最後の別れの挨拶になる時代だからなあ・・・
制式の名称ではなかったみたいだが
無題Name名無し 24/01/12(金)14:10:19 No.555659
昔歴史群像かなんかの雑誌で「飛龍は銀河にくらべ防弾が考慮されてなかった」って記事を見た記憶があるから、仮に海軍が飛龍を採用したところで「ややスピードが出て航続距離の短い一式陸攻」が増えただけって評価されそう
あとこれは後付けだけど、東海地震の影響モロに受けてロクに数が揃わず、銀河作っとけばってなりそう
無題Name名無し 24/01/12(金)15:14:25 No.555660
機体の方は中島製銀河の製造ライン流用でどうにかなるな
無題Name名無し 24/01/13(土)21:04:51 No.555671
海軍は爆撃機の名称規定って無かったのか? 山シリーズは艦攻だけ?
無題Name名無し 24/01/14(日)06:42:04 No.555675
>海軍は爆撃機の名称規定って無かったのか? 山シリーズは艦攻だけ?
その辺は時期によっても変わるんだけど、攻撃機が山になる頃の大戦後半期はwiki転記すると
>攻撃機=山(天山、連山、深山、南山、泰山など)
>爆撃機=星(彗星、銀河、流星、明星など)
一見銀河と流星って無関係に見えるけどね
無題Name名無し 24/01/14(日)12:21:47 No.555688
旧IJA航空隊関係者の方々が編著された「(続)陸軍航空の鎮魂」と言う本に、「詠陸軍飛行第98戦隊雷撃隊小史」と題してハイクの連作が収録されているんですが、
「元朝を 先ずは愛機に 酒と餅」「夏濤に ひたすら挑む 雷撃機」
…なんてのに混じって
「四式重を 飛燕の如く 操りて」
…という句、「四式重」には「ヤスクニ」とルビがふってありましたり
一般にIJAの各部隊内では「飛龍」もしくは「4式重爆」の呼称はあまり使われず、「ロクナナ」「キのロクナナ」が主な愛機の呼び方であったそうなんですが、一応IJA側でも「靖国」の愛称があったことは認知されていたか、もしくは自らそう呼んでいた方もおられたのかも知れないですね
無題Name名無し 24/01/14(日)12:24:20 No.555689
因みに航空戦史家の渡辺洋二せンせいなんかは、「ロクナナ」装備の部隊関係者への取材を重ねた上で、
「『飛龍』の海軍呼称は『靖国』とされるが、麾下の陸軍部隊が持つ機材で、制式採用兵器ではないから言わば俗称だ」
「関係部隊の士官などの知識にあるだけで、海軍一般には使われなかった。『飛龍』を用いなかったのは、喪失空母と同名だからではないか。陸軍側で『靖国』を知る者はごく少ない」
…などと推測しておられましたり
無題Name名無し 24/01/14(日)12:24:59 No.555690
一方、同じく戦史家の神野正美さんによると、「靖国」名称の由来は不明としながらも、
「一説には操縦席の後部に装着された防弾板に、靖国神社の鳥居を溶かした金属が含まれていた──からとも言われるが、靖国神社によれば、鳥居が供出された事実はない」
「現存する、昭和19年末から20年にかけての海軍側史料には(略)6例が認められる」
「海軍指揮下で作戦中の陸軍雷撃隊──飛行7戦隊、98戦隊の雷撃機仕様型と他の陸軍部隊の爆撃機型を明確に書き分けている。また、沖縄戦になると、『キ67』を『靖国』となんのわだかまりもなく呼称している」
…とのことで、当初はIJN側では雷撃仕様の「飛龍」のみを「靖国」と称していたのが、次第に形式に関わらず「靖国」と呼ぶようになった可能性を示唆されております
無題Name名無し 24/01/14(日)12:27:08 No.555691
また当時IJA飛行第7戦隊の戦隊長だった、高橋猛さんの手記には
「尾翼に靖国と書いてあったので、海軍では『靖国」と呼んでいた」
…なる一文があったりするんですが、ごく簡潔な描写なため、果して尾翼に書かれていたという「靖国」の文字が、当時の部隊マークめいたものの一部であったのか、一部の機体のパーソナルマークだったのか、もしくはメーカー出荷時に「武運長久」のような意で製作側でペイントされたものだったのか、或は「靖国」の文字を含む団体名での献納機が存在した可能性なども考えられますが、詳細な背景までは判然としませんでしたり
「靖国」という呼称自体が存在したのは確かとはいえ、どういう意図で誰が言い始めて、どのような経緯で広まったのか、確かなトコロは未だはっきりしないみたいなんですが…実際はどうだったんでしょかね
無題Name名無し 24/01/14(日)14:23:43 No.555694
四式重爆の海軍呼称の「靖国」はすごい違和感がずっとありましたが
要は誰言ったかわからないし特に定着した呼称でもないって事でしたら納得
Wikiのこれに近いのかも
>なお、海軍では、海軍指揮下の陸軍雷撃隊を「靖国部隊」と呼び、それに所属した雷撃機型の四式重爆「飛龍」のことを「靖国」という名称で呼んだが、これは海軍部隊内部における非公式な通称であり正式なものではない。
無題Name名無し 24/01/14(日)14:33:44 No.555695
あまり陸海軍飛行部隊の共同作戦のなかった大戦中にしては
かなり踏み込んだ運用されたのよね
海軍独自のあだ名がついた陸軍機とか他にあまり無い気がする
無題Name名無し 24/01/14(日)21:42:09 No.555700
>きりしないみたいなんですが…実際はどうだったんでしょかね
調べてみると尻尾が掴めなくなっちゃうパターンなんですね。
もし疾風が海軍に供与されていたら、どんな名称になってたんでしょうね。
局戦扱いにして電シリーズ?
無題Name名無し 24/01/15(月)11:56:16 No.555709
甲戦扱いで風シリーズ、そのまま疾風と書いて「しっぷう」とかでいいんじゃないの
無題Name名無し 24/01/15(月)19:38:49 No.555728
台湾沖航空戦時にIJN指揮下で作戦した飛行第98戦隊では、それまで部隊の秘匿名称としてIJA式に「隼第9125部隊」または「高第9125部隊」を用いていたのを、所属することになった第62航空戦隊が各航空隊に「嵐」「輝」「曙」など気象用語に関する漢字一文字を部隊名に用いていた(”気象部隊”と称していたとか)のにならって、「颯」部隊と自称することにしたそうです
因みに同じIJNでも第61航空戦隊のほうは”アニマル部隊”が通り名で、98戦隊が一時所属した761空(1式陸攻装備)には「龍」部隊の名称が付けられていたんですとか
或いはこちらの方が「飛龍」に相応しい部隊名であったかも知れませんがw
その後第62航空戦隊隷下の762空「輝」の所属となった98戦隊の「飛龍」は、「ハヤテ」の名の下に戦うことになった、ということみたいですなあ
無題Name名無し 24/01/15(月)19:39:17 No.555729
因みに旧IJN水雷関係者の方々編纂の「海軍水雷史」の中に、「陸軍雷撃隊」なる一章が収録されているんですが、それによるとIJA雷撃隊の編成は
「ある日突然参謀本部の浦(茂)陸軍少佐(略)が海軍航空本部に雷撃課長の愛甲大佐をたずねてきた。
浦少佐『愛甲さん、魚雷を下さい』
愛甲『魚雷をどうしようというのですか』
浦『海軍の雷撃隊がボヤボヤして敵の艦船がでしゃばるから陸軍も雷撃隊をつくって海軍の作戦に協力しようと思うのですよ』
愛甲『それは有難いですが、浦さん、魚雷は爆弾とちがいますよ』といって(略)そう簡単に雷撃隊の編成ができるものでないことを説明した」
「浦『よくわかりました。ご承知のとおり陸軍にはキ67(4式重爆)があり雷撃機としても適当であると海軍の人からも折紙をつけられています」
無題Name名無し 24/01/15(月)19:40:28 No.555730
「『愛甲さんなんとかして協力してください』」
「愛甲『よくわかりました。キ67のことは私も一度見ましたからよく知っています。雷撃機として適当な飛行機と思っています』」
…というやりとりから始まっているんだそうで、その後上司の航空本部長さんが犬猿の仲の陸軍への協力に難色を示した際にも
「陸軍にはキ67という雷撃機として最適な飛行機と熟練な搭乗員もいます。いま本部長は優秀な攻撃機がなくてこまっておられます」
…と説得に当たって、許可を取り付けたとのこと
陸サンが自前の雷撃隊保有を思い付いたのも、カイグン側が協力を受け入れたのも、ある意味では「飛龍」という優秀な機体の登場あってのことだった、というハナシになるんですかしら…?
無題Name名無し 24/01/16(火)14:30:48 No.555745
前作の中島の呑龍がいまいちパッとしない機体だったからねえ
そこに颯爽と登場した飛龍はさぞかし眩しく見えたんだろうなって・・・
無題Name名無し 24/01/18(木)06:57:25 No.555761
陸軍は米陸軍機にダンピールとかで散々な目に合わされてるしな引用元:https://may.2chan.net/39/res/555595.htm
こちらの海軍機があてにならないならない自前で倍返しだ!となってもやむ無し…














コメント
的なことはあるのかどうなのか
陸軍的には軽快な爆撃機でないとダメと思ってたということなら、大型化では解決しないのかな?
機体が大きくなればそのぶん飛行場も大がかりで頑丈に造らないといけないし、機体重量が増えると足回りも強化しないと事故に繋がる
四式重爆も主脚が折れるタイヤがパンクすることが初期型では多発してて足回りの強化とタイヤをより丈夫な一式陸攻用に切り替えて対処してる
雷撃ができるから採用されたけどそれができなかったら当時の陸軍としてはわざわざこの程度の爆撃機を運用コスト増大を吞んでまでは用いなかったろうね
ドイツと同じくエンジン供給数に問題あったから双発なんです
双発独特の理由で作ってたとかではなくただの妥協?
ただ機体が足りなかったらしくて、訓練終了後は搭乗の機会なく、長野県伊那の飛行場管理部隊で終戦を迎えた、って言ってたよ。
戦訓で、優勢な敵航空戦力に苦戦し制空権を取らなければ話にならんという結論に陸海軍ともなっており、戦闘機戦力重視にドクトリンが変更されてきていた
海軍はいつも通り戦訓の反映は鈍かったが
陸軍は攻撃面は減らしても戦闘機中隊を倍増させる大転換を行った
いずれにしても資源や生産力のリソースを戦闘機中心に振り向ける方針で、リソースの大きい四発機どころでは無くなってしまった
海軍は空母航空隊が殲滅されて育成の容易な基地航空隊の対艦攻撃力も重視せねばならなかったけど
日本陸軍の爆撃機は30年代に飛行場爆撃を主目的としてそこに地上部隊への攻撃をする単発の軽爆、長距離を高速力で速やかに攻撃する双発の重爆、さらに敵奥地へ進み要地を攻撃する四発の超重爆に分かれた
四発機は双発機のバージョンアップではなく違う目的のための機体なのでキ19(双発重爆)とキ21(97重爆)の間のキ20は四発の九二式重爆として開発され、その後もキ49(百式重爆)とキ50(四発重爆)、キ67(四式重爆)とキ68(四発重爆)のように常に双発重爆と四発重爆は並んで研究された
しかし当時の日本では四発爆撃機の開発ノウハウがないので外国からの輸入機を基にしようと目論むもうまくいかず実用機としての四発重爆はついに保有できずに終わる
日本軍が四発重爆を持たなかったのは開発能力の問題で上手く開発に成功していたら四発重爆は採用されていた、海軍では九七飛行艇、二式飛行艇と四発機を運用していたし、日本以上に生産能力の低いイタリアでも超長距離攻撃の必要からP.108という四発機を運用してるように
いつも隼のあの細い身なりで250kgをよく2発も運べるよなぁと感心してしまうんだよな
ハ41やハ109が2つの100式重爆でさえ発動機不調で相当困ってたのに、それを4つなら困らないと何故思ったのか
コメントする