無題Name名無し23/10/17(火)22:35:47 No.553664
Hs129スレ
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:01 No.553665
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:09 No.553666
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:20 No.553667
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:30 No.553668
無題Name名無し 23/10/17(火)22:37:59 No.553669
無題Name名無し 23/10/18(水)05:16:35 No.553675
無題Name名無し 23/10/22(日)04:04:49 No.553772
無題Name名無し 23/10/22(日)09:58:20 No.553777
無題Name名無し 23/10/22(日)09:58:44 No.553778
無題Name名無し 23/10/22(日)09:59:34 No.553779
無題Name名無し 23/10/23(月)12:09:11 No.553793
無題Name名無し 23/10/23(月)12:29:59 No.553794
無題Name名無し 23/10/23(月)18:17:02 No.553801
無題Name名無し 23/10/24(火)20:02:52 No.553811
無題Name名無し 23/10/25(水)20:36:23 No.553827
無題Name名無し 23/10/25(水)20:38:00 No.553828
無題Name名無し 23/10/25(水)20:41:21 No.553829
無題Name名無し 23/10/25(水)20:44:28 No.553830
無題Name名無し 23/10/26(木)05:41:57 No.553840
無題Name名無し 23/10/26(木)13:23:12 No.553845
無題Name名無し 23/10/26(木)17:59:29 No.553846
無題Name名無し 23/10/27(金)19:45:46 No.553880
無題Name名無し 23/10/27(金)19:48:25 No.553881
無題Name名無し 23/10/27(金)19:49:29 No.553882
無題Name名無し 23/10/27(金)19:51:39 No.553883
無題Name名無し 23/10/28(土)12:25:55 No.553899
無題Name名無し 23/10/29(日)07:28:13 No.553914
無題Name名無し 23/10/29(日)11:40:35 No.553921
無題Name名無し 23/10/30(月)00:25:02 No.553932
無題Name名無し 23/10/30(月)00:25:52 No.553933
無題Name名無し 23/10/30(月)00:27:05 No.553934
無題Name名無し 23/10/30(月)00:27:37 No.553935
無題Name名無し 23/10/30(月)00:28:18 No.553936
無題Name名無し 23/10/30(月)12:00:24 No.553938
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:09 No.553666
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:20 No.553667
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:30 No.553668
無題Name名無し 23/10/17(火)22:37:59 No.553669
無題Name名無し 23/10/18(水)05:16:35 No.553675
空飛ぶ缶切り
>No.553669
操縦席が狭いので計器をエンジンカウリングにつけて直接見るという割り切りよう
無題Name名無し 23/10/22(日)04:04:49 No.553772
Hs129のコクピット周りの
バスタブ式の装甲板は後のA-10の防御の先駆と言える
無題Name名無し 23/10/22(日)09:58:20 No.553777
WW2時の独空軍戦闘機総監だったアドルフ・ガーランド=サンが、1942年5月頃から東部戦線に配備され始めたHS129について43年3月の報告書で、42年6月には早くもハリコフ攻防戦でソ連戦車23両を破壊した、と述べておられるそうです
ガーランド=サンは他にも
「1月2日(1943年)、ヴォロシロフグラド~ミレロヴォ戦線上空で、敵を求めて行動中の地上攻撃機(※=Hs129)が、支援の戦車を伴ったソ連軍の歩兵部隊を発見した。この部隊は、小さい村の中に包囲されている孤立したドイツ軍部隊を攻撃中だった」
「機関砲装備の地上攻撃機は敵部隊に爆弾を投下したのち、ソ連軍戦車を攻撃してT-34二両を破壊(略)残った戦車と歩兵部隊は退却して行った」
無題Name名無し 23/10/22(日)09:58:44 No.553778
「地上攻撃機のパイロットの一人はこの戦闘で敵弾を受けたが、無事に不時着陸して味方の地上部隊に救出された。包囲されていた部隊(第575装甲擲弾兵聯隊)は、まさに最後が迫った時、ちょうど良いタイミングで地上攻撃機が戦闘に参加し、危うく全滅をまぬがれたと報告した」
「危機を救われた将兵には、不時着したパイロットが、”超自然的な存在”のように思われ、誰もが彼を見、彼に触れ、彼と言葉をかわそうとして、負傷者までも彼に向かって手を差し延べた」
「この戦闘団の指揮官である老年の大佐は、パイロットを自ら歓待しようとしたが、1本の煙草さえも持っていなかった(略)、敵の手に渡すのを防ぐために、すべてを破壊、焼却してしまったためである」
無題Name名無し 23/10/22(日)09:59:34 No.553779
「擲弾兵はそれぞれライフルの銃弾、最後の10発を持っているだけだった。地上攻撃機がこの状況を救ったのである」
…なんて戦闘の一例についても詳細に報告されていつんですが、地上の歩兵さんたちにとって危機的な状況下で駆けつけてくれる航空支援がいかに有難く、時に神々しくすら見えるというのは、いつの時代も変わらないんでしょかねえ
無題Name名無し 23/10/23(月)12:09:11 No.553793
装甲と武装に対してアンダーパワー気味であまり使い勝手は良くなかったみたいね
操縦席からの視界も最悪だったそう
無題Name名無し 23/10/23(月)12:29:59 No.553794
>装甲と武装に対してアンダーパワー気味であまり使い勝手は良くなかったみたいね
>操縦席からの視界も最悪だったそう
エンジンがフランス製だってのは初めて知った
700馬力の双発か・・・
九九式双軽の方がまだスペック的にはマシだってのも
無題Name名無し 23/10/23(月)18:17:02 No.553801
https://may.2chan.net/39/src/1698052622985.jpg
>No.553794
Hs129に使用されたGnome-Rhône 14Mエンジンは当時のフランス空軍の主力空冷エンジンで、
Potez630シリーズやBréguet690シリーズに使われていた。
適度に性能が有って量産されてるから信用性もあり
安価に数が調達できる見込みがあったから採用されたのではないかと思います。
又は、当時独空軍主力のBMWやユモやDB社のエンジンは戦闘機や爆撃機に集約したかったのかもしれません。
無題Name名無し 23/10/24(火)20:02:52 No.553811
Ju87とかfw190F/Gとの棲み分けってどうなってたの?
対戦車攻撃もするんでしょ?
無題Name名無し 23/10/25(水)20:36:23 No.553827
WW2中のドイツ空軍パイロットで、ブルーノ・マイヤー=サンという方がおられるんですが、この方はHs123襲撃機のパイロットとしてWW2開幕時から戦い、1941年8月21日には既に200回以上の戦闘飛行の達成とその戦功により騎士十字章を授与されている大ベテランであったそうです
そんなマイヤー=サンは、1942年2月には新鋭機Hs129で編成された部隊の指揮官に命じられ東部戦線で活動、同年5月にはウクライナのクビャンスク近郊のソ連軍陣地攻撃で戦闘飛行500回目に到達
その後短期間のチュニジア派遣を挟んで再び東部戦線に戻ったマイヤー=サン、地上攻撃各飛行隊の各Hs129中隊を統合指揮して戦い更に戦功を重ね、1944年5月1日には戦闘飛行は遂に1000回目に
その後空軍上層部での幕僚勤務後、FW190及びJu87装備の地上攻撃飛行隊の指揮官としても勤務、ほぼ地上支援攻撃一筋の軍歴であったんですとか
無題Name名無し 23/10/25(水)20:38:00 No.553828
wikipedia
一方、アルフレッド・ドゥルッシェル=サンというやはり独軍のパイロットさんは、マイヤー=サンと同じくHs123襲撃機のパイロットとしてWW2の開幕を迎え、BOBの最中にはBf109の部隊に転属となるも、その任務は戦闘爆撃機としての地上攻撃が主であったそうです
氏の率いる部隊はBf109からFW190に機種転換するも、その任務は変わらず地上攻撃航空団(シュラハトゲシュヴァーダー)の一隊としての地上攻撃で、主に東部戦線で出撃を重ね、1943年には800回以上の戦闘飛行達成と戦功により柏葉剣付騎士鉄十字章を受章
その後やはり幕僚勤務を経て、1944年12月に第4戦闘航空団司令官として前線任務に復帰しますが、1945年1月1日から西部戦線で行われた大規模な航空反攻、いわゆるボーデンプラット作戦に部隊を直率して出撃した際乗機が連合軍の対空砲火に被弾、そのまま消息不明となられておられるそうです
無題Name名無し 23/10/25(水)20:41:21 No.553829
そんな主用機種は違えど、地上攻撃一筋だったお二人が轡を並べて戦ったとして有名な戦闘が生じたのが、1943年のクルスク大攻防戦の最中の7月8日であったんだそうで、まずこの日の早朝、Hs129の小編隊を率いて戦場上空を哨戒していたマイヤー=サンが、味方のSS装甲軍団の側面に当る森林地帯で、まさに攻撃に移らんとする戦車と歩兵からなるソ連軍旅団を発見したんですとか
マイヤー=サンは直ちに攻撃に移るとともに無線で応援を要請、程なく駆け付けた増援と共に行われたHs129による地上攻撃は恐るべき威力を発揮して、1時間余りで凡そ50輌の敵戦車が炎上してソ連軍部隊は壊滅
そしてこのHs129が敵戦車を襲う間、対人破片爆弾を投下して、ソ連軍歩兵及びあわてて配置される対空火器の対空砲火を制圧したのが、ドゥルッシェル=サン率いるフォッケウルフ戦闘機隊であったとされているそうです
無題Name名無し 23/10/25(水)20:44:28 No.553830
もっとも、50両以上というこの「大戦果」、実際にはどうも某〇ール・カレル=サンの著書などで盛られた数字が通説となっているようで、地道にソ連軍側の資料等も調査された方々の検証によれば、実際に撃破された戦車の数はせいぜい一桁、またときに航空攻撃のみで得られたように語られるこの日の戦果も、実情は地上攻撃部隊との協同によるものであった可能性が高いようです
それでも、ソ連側の戦史にもこの日の独軍の航空反撃が効果的であった旨の記録は確かに見受けられるそうですし、機関砲装備の上、低速乍ら反ってピンポイント攻撃に向くHs129が戦車攻撃に専念して、高速のFw190は地上の対空火力を叩いてソレを支援する…というやり方自体は、それなりに理にかなった分業であったように思えますですなあ
無題Name名無し 23/10/26(木)05:41:57 No.553840
>地道にソ連軍側の資料等も調査された方々の検証によれば、実際に撃破された戦車の数は
>せいぜい一桁、またときに航空攻撃のみで得られたように語られるこの日の戦果も、
>実情は地上攻撃部隊との協同によるものであった可能性が高いようです
「缶切り」の有名なクルクルの戦果が眉唾物であったとは
むう・・・
無題Name名無し 23/10/26(木)13:23:12 No.553845
攻撃力の高い代わりに低速で打たれ弱い攻撃機隊を支援するために、高速の別動隊がレーダーサイトやSAMを潰す
…というのは、ジェット機時代でも変わらぬ定石ですよね
ある意味、やはりドイツ空軍は先進的だったといえるのかもですね…?
無題Name名無し 23/10/26(木)17:59:29 No.553846
エンジンパワーや搭載量の問題で制空攻撃両用が不可能なら他の選択肢無いが
無題Name名無し 23/10/27(金)19:45:46 No.553880
マイヤー=サンはやはりクルスクの戦いの最中の43年7月19日、Hs129に搭乗しての偵察飛行中、ソ空軍のYak-9の攻撃を受けブリャンスクの附近の鉄道沿いに不時着を余儀なくされたそうなんですが、そこで偶々無数の念入りにカモフラージュされたソ連戦車の大部隊が潜んでいるのに出くわしたんですとか
コレは独軍の後方を遮断するべく密かに進出していたソ連第70戦車旅団の一隊であったそうなんですが、マイヤー=サンは直ちにまだ生きていた自機の無線機を使ってその位置を通報(最寄りの地上部隊に駆け込んたとも)、やがて友軍のFW190が250kg爆弾を抱き次々飛来して猛撃を加え、同旅団の戦車の大半を破壊し、戦線の危機を救うことに成功したそうです
ある意味、これもHs129とFW190の協同作戦の戦果!ということになるのですかしら…w
無題Name名無し 23/10/27(金)19:48:25 No.553881
もっとも、こうした各Hs129部隊とそのパイロットさんらの奮戦の数々にも関わらず、同機体そのものへの独空軍上層部の評価は必ずしも高くはなかったようで、前述のガーランド=サンなどは同機について、この型が本当に効果を発揮するのは、戦線を突破して、地上の対戦車防御が弱い地域で行動している少数の敵戦車に対する攻撃である…として、同機の大量配備にはあまり積極的でなかったそうです
また数か月の実戦での使用経験により、広範囲が装甲防御されている胴体に対して、左右2基のエンジンが無防備に近いこと、またグノーム・ローンエンジンが「正札付きのダスト食らい」と整備員に揶揄されるほど、野戦運用に向かないデリケートなエンジンで、東部戦線では当たり前の無舗装滑走路での運用が大幅な稼働率の低下を招いた…など、深刻な問題点も幾つか明らかになっていたんですとか
無題Name名無し 23/10/27(金)19:49:29 No.553882
1943年5月の対戦車攻撃機戦訓分析では、「敵からの攻撃による被撃墜の内、少なくとも75パーセントが歩兵の火器射撃によるエンジン被弾である」…とされているそうですので、Hs129のこの面での脆弱性は大いに問題視されていたであろうことが窺えるんですが、一方ではいよいよソ連側の巻き返しが始まり戦局が苦しくなりつつあったクルスク会戦終了後の状況を踏まえ、独空軍最高司令部作戦部長だったルドルフ・マイスター=サンは、ソ連側の戦車生産の劇的な拡大と、それに支えられる機甲部隊による戦線突破・急進撃戦術に対抗する手段として、対戦車航空隊が今後の防御戦で非常に重要になっていく、と述べておられるんだそうで
そして、今後対戦車攻撃機に要求される最低限の性能条件についても明確にしているんですが、その内容は最も強力な対戦車兵器(50㎜ないし75㎜機関砲)を持つこと、高速であること、適切な防御武装を持つこと、エンジン1基が停止しても帰還できること…というものであったそうです
無題Name名無し 23/10/27(金)19:51:39 No.553883
ただ、Hs129や機関砲装備の対戦車型Ju87などを含む、この時期の現用機にこの条件を全て満たせるものはなく、後継機も実用化の目途が立っていないことから、マイスター=サンは
「現用の対戦車攻撃機には弱点が多いが、これを装備した部隊を注意深く節約して運用し、長持ちさせねばならない」
…と結論
地上における対戦車兵器の不足を補う対戦車攻撃部隊を、集中運用する為の組織改編なども同時に行なわれたそうなんですが、結局これらの飛行隊は事実上、否応なくガランド=サンの言うような、「戦線を突破して後方地区に進入した敵戦車に対する攻撃」という、火消し役にとしての用途に限定して運用されることになったそうです
積極的に防御の硬いトコロに突っ込ませるような勇ましい運用は、性能的にも独軍自体の懐具合からしても、既に許されなくなっていた、という事なんですかしら…
無題Name名無し 23/10/28(土)12:25:55 No.553899
生産数がたった900機弱じゃあ、性能以前に全然数が足りてないよなあ
アホほど作りまくったIL2ほどとは言わないが、せめてもう一桁は増やさないと・・・
無題Name名無し 23/10/29(日)07:28:13 No.553914
>生産数がたった900機弱じゃあ、性能以前に全然数が足りてないよなあ
>アホほど作りまくったIL2ほどとは言わないが、せめてもう一桁は増やさないと・・・
でも占領下のフランスで微妙な出力のエンジンを900x2で予備考えたら2000基を越える数を生産させるのって案外困難な行政って気がするんだけど……
無題Name名無し 23/10/29(日)11:40:35 No.553921
30mm機関砲の戦車破壊実績がどのくらいあるのか
無いならJu87では何が困る…?って感じなんだけど
無題Name名無し 23/10/30(月)00:25:02 No.553932
鈍足(Hs129も同様ですが)かつ脆弱なJu87はやはり敵戦闘機の跳梁する空域では使用が困難ですし、戦争後期のキビシイ状況下では使いづらい面があったんではないでしょかね
その点、地上攻撃機隊の主要機材になっていったFw190は実用化されている地上攻撃機の中では最速の上、戦闘機型に準じる空戦能力もあるわけで、そのパイロットの中には空戦で116機の撃墜戦果を挙げると同時に、地上車両も100両以上を撃破したとされるアウグスト・ランバート=サンのような、対空対地戦のWエースなどもおられるそうです
急降下爆撃こそできませんが、主翼下にゴンドラ式で30mmの大口径機関砲搭載もできますから、対戦車「スツーカ」の後継としてはベストではないにしてもベターな存在ではあったんではないでしょうか
無題Name名無し 23/10/30(月)00:25:52 No.553933
ただそれでも、どんどんカタく大きく頑丈になっていくソ連戦車相手に、フォッケが積んで飛べる程度の機関砲程度では歯が立ちがたい…ということで、更なる武装強化策として対戦車ロケットの搭載が試験されたそうなんですが、当初はとにかく火力!火力こそ正義!!ということで、口径280㎜の大型地対地ロケットをそのまま搭載できるか試されたとのこと
もっとも、見た目からして無茶そうなこの試み、実際に試してみるとやはりイロイロと無理があることが分かって計画は変更、より常識的な大きさのロケットで開発が進められたそうなんですが、「パンツァーブリッツ」の名を与えられたこの新兵器はそれなりに有効で、成形炸薬弾頭の採用などいくつかの改良を加えられながら、戦争末期の地上攻撃機隊でFw190の武装として有効に使用されたそうです
無題Name名無し 23/10/30(月)00:27:05 No.553934
https://may.2chan.net/39/src/1698593225959.png
一方、爆弾や機関砲以外の対戦車攻撃手段は、Hs129でもテストが行われていたそうなんですが、1944年には77㎜という大口径の無反動砲を装備しての運用も行われているんだそうで
機体への装備方法は6門の砲身をまとめて、胴体上下をブチ抜いてほぼ垂直に(後方へ8度傾斜)設置するという豪快なものなんですが、考案者はポール・ハッケマン=サンという独の工学博士さんで、元々垂直発射式の地上攻撃システムについてアイデアを温めていたところに、うってつけの機体がHs129であった…という流れであったとのこと
ハッケマン=サン曰く、
「パイロットは地平線を見て目標を確認し、射撃の時間を知るだけで済みます。ターゲット上を垂直に飛行できなかった場合でも、飛行機を傾けることによっていつでも垂直軸をターゲットに通過させることができます」
無題Name名無し 23/10/30(月)00:27:37 No.553935
「ターゲットまでの距離が近いため、要求される調整精度は低くなります。したがって、位置合わせプロセスは、銃を前方に発砲する場合よりもはるかに簡単」
…というのがこのシステムの利点であるそうなんですが、最終的に完成して試験に供された構成は、Hs129の機首に装備されたT字型の磁気アンテナで敵戦車の金属反応を検知、その上空を通過する際に自動的に発射される…という自動式の凝ったシロモノなんですが、鹵獲された戦車などを使用したテスト結果はまあまあ順調に作動したんですとか
もっとも、確実に作動する高度はわずか10m、敵上空で極低空の水平飛行を行う飛行技術が要求されるのみでなく、試験に当ったHs129のベテランパイロットさんなどは、これじゃあ命中した敵戦車の爆発に巻き込まれるんじゃあないか?と言う危惧を抱かざるを得なかったそうです
無題Name名無し 23/10/30(月)00:28:18 No.553936
それでも自信満々なハッケマン博士の指揮の下開発と試験はその後も続けられ、地上攻撃機隊の主力機材になりつつあったFw190にも搭載が試みられたそうなんですが(こちらは左右両主翼に搭載)、結局最終的には制式採用は見送られたとのこと
全自動式の新型缶切りは、ついに戦場の空に現れずに終わったようなんですが、或いは何かの間違いでこの試みが上手く進んでいたなら、この一種異様な装いのHs129あるいはFw190が、WW2末期の欧州戦線上空で乱舞する光景が見られたのかも知れないですねえ…
無題Name名無し 23/10/30(月)12:00:24 No.553938
戦局の差し迫った中で無駄に凝った新兵器の開発に延々と人手と
時間を費やして結局間に合わない・・・
まさに典型的なドイツ軍仕草
無題Name名無し 23/10/30(月)14:30:38 No.553950使用機体なんてスツーカのままでもいいんだよ 無題Name名無し 23/10/30(月)21:13:47 No.553955 ゆくぞガーデルマン! 無題Name名無し 23/10/30(月)22:06:16 No.553958
無題Name名無し 23/10/31(火)00:31:33 No.553964 無題Name名無し 23/10/31(火)00:35:06 No.553965
無題Name名無し 23/10/31(火)00:36:11 No.553966 https://may.2chan.net/39/src/1698680171224.jpg 無題Name名無し 23/10/31(火)00:36:41 No.553967 https://may.2chan.net/39/src/1698680201113.png 無題Name名無し 23/10/31(火)00:37:17 No.553968 https://may.2chan.net/39/src/1698680237450.png 無題Name名無し 23/10/31(火)13:50:02 No.553973
無題Name名無し 23/11/01(水)06:40:39 No.553991 「たかが片足吹き飛ばされた程度で痛いだなんてみっともないですよ大佐、いい大人なんだから我慢して」 無題Name名無し 23/11/01(水)06:54:00 No.553992 結局戦争後半は米英の戦略爆撃対策で戦闘機生産が最優先になるからね 無題Name名無し 23/11/02(木)16:22:01 No.554012
無題Name名無し 23/11/02(木)16:24:10 No.554013
無題Name名無し 23/11/02(木)16:25:20 No.554014
無題Name名無し 23/11/02(木)16:27:51 No.554015
無題Name名無し 23/11/02(木)16:28:50 No.554016 引用元:https://may.2chan.net/39/res/553664.htm |
































コメント
フランス占領の際、ゲーリングさんはフランスの航空関連製造機器を戦利品として接収してドイツに送ったが、本国では労働力不足もあり倉庫に眠ったまんま
フランスで生産させるにも製造機械がないという状況に
戦力が整わない内はチェコの工業力をフルに活用したが、フランス占領の頃には勝った気分になってしまい熱心にやらず
損耗や生産力ヤバいとなってからようやく
行政は楽
フランス人に難癖つけて収容所や強制労働、武装ss入隊か好きなの選ばせれば済むのでー
占領されるってそういう事
本題から脱線になっちゃうけど
Gnome(妖精のノームも同じスペル)のGが黙字になったのは英語ローカルであって
フランス語だとGも発音するからグノームの方が近いらしいよ
英語はヨーロッパ諸語の中でも黙字が多い
日本版Wikipediaだと英語読みの「ノーム」にされちゃってるけど
チェコに送られた元フランス兵たち、反乱起こすでー
ベルリン攻防戦で最後まで奮戦したのはフランス人や北欧の武装SS、義勇兵だぞ
ナチス協力者なので国に帰れない
その話は当然知ってるけど、チェコ(実際はスロバキアでした間違った)に送られた
元フランス兵が反乱起こして1943年のスロバキア軍の蜂起に合流したのも事実ですよ。この元フランス兵は協力者じゃない方でスロバキアで抑留されて労働させられてた人達。
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