無題Name名無し23/07/15(土)19:49:10 No.551579
https://www.aerotoons.com/blog/ww2_aircrew_lunch.html
軍用機内食スレ
画像は甘味主体のWW2時のエアクルーランチ
無題Name名無し 23/07/15(土)19:50:48 No.551580
画像引用(U.S. Air Force photo by Senior Airman Jacob Skovo)
現在の米空軍の空弁
サンドイッチ・ポテチ・オレオなど他菓子・果物・ジュース・水などで構成されている模様
無題Name名無し 23/07/15(土)19:53:20 No.551581
https://gigazine.net/news/20170219-food-wf2017w/
単座機の搭乗員が片手で食べやすいように細巻にしたいわゆるラボール(ラバウル)巻き
中身には傷みにくく味覚の鈍る高高度でも味わえるよう干瓢・梅干・カツオ節醤油など味の濃い具材用いていたとのこと
無題Name名無し 23/07/15(土)19:59:56 No.551582
https://tmbi-joho.com/wp-content/uploads/2022/05/%E3%83%9E%E3%83%84%E3%82%B3%E3%81%AE%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E4%B8%96%E7%95%8C-%E8%87%AA%E8%A1%9B%E9%9A%8A%E3%83%A1%E3%82%B7%E4%B8%80%E8%A6%A7-%E6%A9%9F%E4%B8%8A%E9%A3%9F%E3%81%AE%E5%BC%81%E5%BD%93%E5%90%84%E7%A8%AE.jpg
現在の空自の機上食
AWACS等長時間の任務となる場合は一食は生鮮品、二食目は冷凍品を中心とした弁当になる模様
通常は基地で配給される給食と同じ材料で調理法を変えているとのこと(基地でネギトロ丼の場合弁当はネギトロハンバーグなど加熱品に)
ほか輸送機など機上で2食以上を摂るような場合は基地調理品の他に一般業者から1食分は納入することという規則があったようだが現在は不明
無題Name名無し 23/07/15(土)20:06:44 No.551583
https://s.abcnews.com/images/Politics/ht_air_force_1_meals_03_kb_150430_4x3_1600.jpg?w=1600
米大統領専用機いわゆるエアフォースワンで提供されているものと同等とされるステーキ
事前に仕入担当スタッフが身柄を隠した上で購入した食品を素材毎にパッケージングし、機上で簡易調理して提供されるとのこと
ある程度豊富なメニューから選べる(オバマさんが以前ハンバーガーを頼んで話題になった)が、利用者にはその後料金が請求されるとのこと
無題Name名無し 23/07/15(土)20:09:47 No.551584
https://www.nhk.or.jp/politics/wp-content/uploads/2019/02/0206jumbo15.jpg
一方我が国の政府専用機で提供されたとされる機内食
概ね民間航空会社のビジネスクラス相当の食事が供されるとのこと
いわば大統領のビジネスジェットのようなエアフォースワンと異なり、政府所有の(自衛隊で運用される)機上での食事官品のため税金で賄われるとのこと
無題Name名無し 23/07/15(土)20:13:30 No.551585
https://worldairphotography.files.wordpress.com/2014/09/p1000471.jpg
こちらもWW2期に活躍したPBY-5カタリナの機内ギャレー
長時間の哨戒任務のときは上記のエアクルーランチのほかに缶詰や各種生鮮食品が搭載され、ギャレー内で簡易調理が可能だった模様
…調理中にエアポケットに落ちたら火傷しそう
無題Name名無し 23/07/15(土)20:20:17 No.551586
http://may.2chan.net/39/src/1689420017182.jpg
U-1偵察機の搭乗員向け機内食
30000mという超高空を飛行することから搭乗員はアポロ時代の宇宙服のようなスーツを身につけるため、金魚鉢ヘルメットの穴から突き刺す形で飲食物を摂取する
中身はミートパテやチョコレートソースなどだった模様
無題Name名無し 23/07/15(土)20:25:19 No.551587
https://prd-sc101-cdn.rtx.com/-/media/ca/newsroom/images/2022/interiors/atgl-on-c17---galley-side.jpg?rev=d9a3702e347741899f4baeb7069b08c7&w=1600&hash=4EA6B861510CEAB8D2B9231A2676AA89
他にも戦略輸送機のような長距離飛行を行う際にはこのように民間機のギャレーをコンテナ化したようなユニットが搭載されることもある模様
同じように飛行時間が丸1日以上になるような戦略爆撃機にも機内には仮眠スペースやギャレーがある…とのことですが、こちらは機密性が高いのかあまり情報がありませんですな
無題Name名無し 23/07/15(土)20:31:30 No.551588
リスク管理のため機長とコパイは絶対に同じ食材を食べないとか何とか
無題Name名無し 23/07/15(土)21:46:38 No.551590
>エアフォースワンで提供されているものと同等とされるステーキ
このステーキの上にかかってるソースはアルゼンチンのチミチュリか?
いやダイストマトっぽいからブラジルのモーリョかも?
まあアメリカでも南米料理は一般的だしおかしくはないか
ていうかステーキ火を通しすぎでは・・・パサついててまずそう
事前調理してあるだろうからしょうがないのか
無題Name名無し 23/07/16(日)09:24:12 No.551599
https://scrolller.com/flight-deck-of-a-convair-b-36-peacemaker-4n6itt6wfg
1940年代後半、米空軍ではレシプロ6発(+ジェット4発)の巨大戦略爆撃機B-36が就役し始めるんですが、20名以上の搭乗員を乗せて長時間のミッションをこなす同機の為に、新たな機上レーションの開発も並行して行われていたんですとか
当初採用されたのはIF-2もしくはIF-3と呼称される缶詰型のレーションであったそうなんですが、コレは機内に設置されていたホットカップ型の小型食品ヒーターで暖めることを前提にしたもので、メニュー内容はビーフにポーク、骨付きチキンにミートボールスパゲティ、桃やアプリコット缶にパン・クラッカー・様々なデザートが用意され、アクセサリーとしてプラスチック製の食器やナプキンもちゃんと用意されていたそうなんですが、メニューの一つに「ハンバーガー」もあったそうです
ホットカップに収まる缶の中に収まる「ハンバーガー」の缶詰、丸ごとであったのか、それともバンズは別だったのか、どっちだったんでしょかね
無題Name名無し 23/07/16(日)09:28:07 No.551600
続いて採用されたのが冷凍食品型の機上食で、元々はWW2から米海軍航空隊で使用され始めていたモノであったそうなんですが、12×18×12インチというコンパクトな対流式電気オーブンで、金属のトレイに盛られた調理済みの食品を解凍する仕様になっていたそうです
オーブンは機内トンネルで結ばれる前後の搭乗員室に一つづつ搭載され、「調理」には15分間を要したとのことですが、提供されるメニューは肉料理1種に野菜2種の組み合わせが基本で、ローストチキン、スイスステーキ、テンダーロインステーキ、ローストターキー、ビールシチュー、ライマビーンズ、人参のダイスカット、マッシュポテト、スウィートポテトなどにパンやクッキー、コーヒーにお茶、牛乳、フルーツカクテルや各種デザートなど、地上の兵隊さん達と遜色ない内容を提供できるものであったんだそうで
無題Name名無し 23/07/16(日)09:29:26 No.551601
これらの冷凍食品はドライアイスと共にアルミニウム製の冷凍庫に入れられ、使用時まで保管されていたそうなんですが、冷凍食品を用いることで、細菌による食中毒のリスクを大幅に軽減できる点でも優れていると見做されていたそうです
もっとも、当時のB-36に関する資料等を見ると、更に進んでごく普通にフライパンで調理ができる電熱器型のコンロを備えた機内ギャレーが付いた機体などもあったようです(画像)
おそらく当時種々の試行錯誤が繰り返されていたと思われるんですが、「モニター」のB-36クルーの方々の中に、やっぱり冷食はイヤだ!手作りの料理が食べたい!なんて主張する、グルメな意見の持ち主がおられたんでしょうか…w
無題Name名無し 23/07/16(日)14:34:16 No.551608
https://i.ebayimg.com/images/g/8kwAAOSwGUNhfWrd/s-l500.jpg
こちらがWW2に活躍したB-17の機内ギャレー
結構ちゃんと鍋してるのでシチューや缶詰の湯煎も可能そうですが、揺れる機内で熱い汁物を扱うのはなかなか難儀しそうですね
>ていうかステーキ火を通しすぎでは・・・パサついててまずそう
>「調理」には15分間を要したとのことですが、提供されるメニューは肉料理1種に野菜2種の組み合わせが基本で、ローストチキン、スイスステーキ、テンダーロインステーキ、ローストターキー、ビールシチュー、
米軍の嘗ての糧食話にはちょくちょくステーキやローストビーフの缶詰…が現れるのですが、あまり資料がないですな
密封後加熱殺菌するという調理法ゆえに火加減が調節できないことと、シンプルな味付けでは風味が飛んでしまったのではないかと思われますが、いわゆる大和煮やコーンビーフ以外の形態をとっている牛缶は興味をそそられますのう
無題Name名無し 23/07/16(日)20:54:43 No.551614
http://adventure-world.info/photo/MRE/Mre_01/P71000040004.jpg
とはいえ話は逸れるものの、米軍のMREのビーフステーキが画像のような形成肉であることからも伺えるように、ロースト(炙り焼いた)牛肉も各種ロイン系部位ステーキも、所謂カップ焼きそばの如く言ったもん勝ちになってそうな気はします…
無題Name名無し 23/07/17(月)03:38:24 No.551619
朝鮮戦争中に、B-29爆撃機のクルーの為の「ボックスランチ」の機上食を用意する日本人従業員さんたちの図だそーです
スモトリめいた方の後ろや右奥に積まれている紙箱から大きさが想像できます
メインのオカズは缶詰っぽい(スープ?)ですが、保存食でないパンにカップケーキみたいなものも見えますですねえ
因みに、B-36のパイロットだったフランシス・ハロルド・ポッター=サンという方の回想記に、同機で飛行中に取った「フライト・ランチ」の想い出話も出てくるんですが、こちらは缶詰もしくは冷凍の既製レーションではなく、やはり飛行前にグランド・クルーが用意してくれるこうした紙箱入りのお弁当が中心であったとのこと
無題Name名無し 23/07/17(月)03:39:34 No.551620
ポッター=サンによれば、8から10時間に及ぶ飛行の間、食事は重要かつ楽しいひとときであったそうなんですが、ミッションに持ち込める食物は基地内で製造されたものに限定されていて(衛生上の理由なんでしょね)、1食当たりの負担は40セント
メニュー内容はサンドイッチが一つか二つに茹でたまご、セロリか人参スティックというのが定番で、これにいくらかのポテトチップスやクッキー・キャンディーバーなどの間食が付いた他、初期には煙草も毎食3本ほど付属していたそうです
サンドイッチの中味のお肉はハムやビーフなどが番号でメニュー指定され選べたそうで、前日に各個が希望をリクエストしておくと、飛行前に各人の名前が蓋に書かれた「靴箱ほどの」白いボール紙製のランチボックスが各機に届けられる仕組みであったそうで
無題Name名無し 23/07/17(月)03:40:50 No.551621
他にも2ガロン入りの魔法瓶にコーヒーも携帯していたいったそうなんですが、コチラは機内の電熱式ホットカップで温めて直して飲んでいた由
食事の時間は特に定めず、各クルーがお腹の好き具合と手の空き具合に応じて好きな時に包みを開けたとのことで、時に20名以上の乗員の各2~3食分とあって出るゴミの量は相当であったそうなんですが、ごく最初のころは行儀悪く山岳地帯や機上で「空中投棄」していたそうです(すぐにプラスチックの袋に入れて持ち帰るよう改めたそうですが)
食べ残しは各自で持ち帰れたそうですが、ポッター=サンのおうちでは息子さん達がこれを待受けていて、パパが帰宅した翌日、冷蔵庫の中に入っている手つかずのサンドイッチやカップケーキ、スポンジケーキを見つけ出すのを何より楽しみにしていたんですとか
今日のおやつは…USAAF特製フライト・ランチ!
無題Name名無し 23/07/17(月)13:51:52 No.551627
https://ameblo.jp/52mechanic/entry-12674909726.html
>No.551581
のラボール巻き以外にも、大艇など複数の搭乗員がいる場合は比較的しっかりとした弁当も用意されたようで
しかし食事が楽しみとはいうものの、死地に向かう前の最後の食事をしっかりと味わうことはできたのでしょうか
そういう向きではないでしょうが、洋の東西を問わず中にはアルコールやメタンフェタミンなどの覚醒剤を練り込んだチョコレートを配給していた例もあるようです
無題Name名無し 23/07/17(月)16:45:34 No.551630
https://www.militaryimages.net/media/cold-war-bomber.114354/full?d=1521520043
B-36に続いて米陸軍航空隊に採用されたB-47「ストラトジェット」爆撃機、ジェット6発に後退翼とまさに次世代機のスタンダードを表した先進的かつスマートな姿だったんですが、乗員わずか3名のコンパクトな機内にギャレーを設置する余裕はなかったようです
とはいえ飛行中にもお腹は空くわけで、機首席に座るナビゲーターさんがすぐ後ろのレーダー用パワーアンプから発生する熱で、冷凍食品を解凍する裏技が流行ったそうなんですが、不慣れな搭乗員さんが火傷を負うこともまたしばしばであったんですとか
コレを憂慮したのが米空軍上層部であったそうで、更に強力なレーダーを搭載する後継機B-52では、アンプの周りに遮熱シールドを設置して安全確保に努めたそうなんですが、何故か現場からは大ブーイングを受けてしまったそうで(棒)
無題Name名無し 23/07/17(月)16:46:52 No.551631
http://may.2chan.net/39/src/1689580012347.jpg
そんなB-52では機内空間は大分広がったものの、やはり当初は正式な調理設備は設置されておらず、クルーの方々が自腹で用意した簡易なポータブルストーブを持ち込んだりもしたそうなんですが、ようやくB-52H型の開発・就役前に行なわれた「ヒューマン・ファクター」研究の結果の一つとして、400度まで加熱できる電気オーブンが標準装備されるようになったとのこと
因みに1970年代に、同爆撃機の乗組員だったストゥ・アンダーソン=サンという方の回想談によると、氏の場合は牛肉の小片をいくつか個別にアルミホイルに包んだモノを機内に持ち込んで、電熱式のホットカップに水と共に入れて加熱、火が通った所でお湯は機内トイレに捨てて、自分の射出座席に戻ると包みを開けて出来立ての「ステーキ」を楽しんだりもしていたそうです
無題Name名無し 23/07/17(月)16:48:21 No.551632
http://may.2chan.net/39/src/1689580101128.jpg
更にアンダーソン=サンは自分の頭上のエスケープハッチの裏張りを剥がすとその裏側に、「およそ半ガロンほどのアイスクリームを収納できるスペース」があるのに気付くと、高空の外気で程よく冷やされるそこを飛行中の冷たいデザート収納庫に転用、十数時間のミッション飛行の終盤にも冷たいスウィーツを仲間に提供して喜ばれたんですとか
B-52の機内調理レシピは他にもやはりホット・カップにチーズと豆を入れて加熱した具のブリトー、小型の機内オーヴンに入る大きさの焼きたてのピザなどがあるそうなんですが、「調理担当」は大抵電子戦士官(EWO)が引き受けることが多いとのこと
乗員の胃袋を満たすことも、乗機を守る電子戦士官の任務の一つ…ということなんでしょうか…w
無題Name名無し 23/07/17(月)18:18:59 No.551635
http://may.2chan.net/39/src/1689585539724.jpg
>因みに1970年代に、同爆撃機の乗組員だったストゥ・アンダーソン=サンという方の回想談によると、氏の場合は牛肉の小片をいくつか個別にアルミホイルに包んだモノを機内に持ち込んで、電熱式のホットカップに水と共に入れて加熱、火が通った所でお湯は機内トイレに捨てて、自分の射出座席に戻ると包みを開けて出来立ての「ステーキ」を楽しんだりもしていたそうです
ははぁアルミ焼き(蒸し)ステーキとは
彼らの感覚ではロース肉であれさえすればステーキ足り得るのかも…ちと目先を変えて画像は米軍UGRに内包のブレックファーストステーキですが、こちらも調理前はパウチ状態で湯煎や野外では化学式加熱ユニットで温められるようになっているとのこと
兵士の長距離輸送中なんかにはギャレー含めて配食しやすくて便利かもしれませんですな
無題Name名無し 23/07/17(月)18:25:11 No.551637
しかし現場の兵隊さんは空海陸問わず創意工夫で食の充実を図ってますなあ
電子機器の排熱の利用然り、爆撃機の外装を使ったアイスクリーム作り然り…
無題Name名無し 23/07/17(月)20:34:44 No.551640
こう思うとU-2・SR-71・B-58辺りは狭くて性質上強ストレス下でシンドそう…
無題Name名無し 23/07/17(月)23:46:39 No.551649
さてこちらはルフトヴァッフェのパイロット
コックピット内で平皿ちスプーンを用いて何か食事をしているようですが、揺れでこぼしたりしないか心配ですねい
無題Name名無し 23/07/18(火)06:46:48 No.551651
U307を雷撃せよだったかな小説内でアーレイ・バーク級のイージスシステム不調の原因がフェイズドアレイレーダの前にアルミホイルに包んだ芋を掲げていた乗員という話があったけど
あれ結構現実味がある話だったのかしらん
無題Name名無し 23/07/18(火)08:22:49 No.551652
https://www.flickr.com/photos/danlin/5729576412/
>U307を雷撃せよだったかな小説内でアーレイ・バーク級のイージスシステム不調の原因がフェイズドアレイレーダの前にアルミホイルに包んだ芋を掲げていた乗員という話があったけど
>あれ結構現実味がある話だったのかしらん
こと航空機の場合加熱(電熱調理)・冷却(外気利用)・攪拌(振動等)の調理方法はとれそうではありますなあ
いずれにせよ航空での味覚の低下や任務への緊張も手伝って、少しでも目先の変わったものをたべたいという搭乗員の気持ちは十分理解できますのう
無題Name名無し 23/07/18(火)08:30:28 No.551653
https://ameblo.jp/gensai/image-10423230320-10359011867.html
で、画像は貨客混載の米軍輸送機機内ですが、この画像の左側のテーブルに軽食や菓子等が置いてあり、搭乗者は自由に食べて良いスタイルとなっているようです
この他にも大規模配食用のケータリングが搭載・配食されることもあり、嘗て空自のC-130輸送機がPKO任務でカンボジアに飛んだ際には中継地搭載したケータリングミールや、途中機内で年越しを迎える際には国内から持ち込んだカップ麺のたぬきそばなどが供されたと、不肖宮嶋の著書にありましたのう
…昨今の邦人救出のC-2や、ジブチ派遣の哨戒機などは航続距離伸びたことから飛行時間が伸びるとともに食事の機会も増えることでしょうし、どのように変わったのか興味がありますねい
無題Name名無し 23/07/18(火)20:22:50 No.551665
IJAの空中勤務者で、99式双軽に搭乗しておられた湊正次さんという方の手記によりますと、南方戦線での前線勤務中、飛行中の機内での定番のオヤツは飛行中に上空で良く冷やされたパイナップルであったそうです
ただある日の連絡飛行の際、いつものように程よい所でパイナップルを取り出そうとしたところ、確かに積んだはずのものが何故か見つからず、アチコチ探してみたそうなんですが、結局見つかったのはなんと爆弾倉の中
どうもこの日、パイナップルを積んでおくよう頼んだ新人隊員さんが真面目というかスレていない人で、まさか内緒の間食とは思わず、ああ、前線基地への差し入れかな…?と深く考えず爆弾倉に納めたらしい…と見当はついたものの、小さなのぞき窓からすぐ前に見えながら、決して手の届かないよく冷えたパイナップルを、無念の表情で眺めるしかなかったそうで…w
無題Name名無し 23/07/18(火)20:24:04 No.551666
因みに同じくIJA航空隊で、4式重爆「飛龍」装備の飛行第98戦隊所属だった溝口隆夫さんという方の回想記にある話なんですが、昭和20年4月、沖縄周辺海域の米艦船への夜間雷撃に出撃した際、往路の機内で機首に行って見ると、海軍サンから航法と雷撃操作の為に派遣されて同乗していた下士官搭乗員二人が仲良くコンビーフを肴に、ウィスキーの瓶をかたむけていたそうです
溝口さんの姿を認めても悪びれるでもなく、「少尉どの、いっぱいやりませんか?」とすすめてきたそうなんですが、
「平時ならもちろん大目玉ものだが、数時間さきのいのちもわからぬ状況下では、否も応もない」
…ということで、
「私は立ち上がりながら、『ウィスキーもいいが、雷撃のほうもしっかりたのむぞ』と」
…声を掛け、笑って腕を叩き頷く姿を後に、持ち場に戻られたんですとか
無題Name名無し 23/07/18(火)20:25:55 No.551667
そんな溝口さんが次に後部に行って見ると、後上方銃座では同期の金田さんという少尉サンが引き金を握って待機しておられたそうなんですが、声をかけた溝口さんに
「いや、今から試射があるんだ。ちょっと待て。すんだらウィスキーを出す」
…と答えてきたそうで、どうも陸海搭乗員の方々は共に「飛龍」の機上で、仲良くウィスキーで景気づけして進撃しておられたようです
もっとも、そのほんの数刻後、敵艦隊に突入した溝口氏の乗機は熾烈な対空砲火と夜戦の追撃を受け、魚雷発射には成功したものの、機首の海軍下士官二人組と、後上方銃座の金田少尉はいずれも敵弾を受け戦死、機体も暗夜の海上に不時着水して、数時間の漂流後、辛くも救助船に拾われ生還されたとのこと
同じ機に乗っていた方々にとってこのウィスキー、ある方たちには末期の水に、別の方には友人と、最後に酌み交わした杯になってしまったみたいですなあ…
無題Name名無し 23/07/18(火)21:10:00 No.551669
>No.551666
>No.551667
いやはやなんとも
出撃前に水盃交わした特攻隊員ならずとも、今生の別れに一杯やれただけでも悲しくも救われる話ではありますな(救われないか)
IJAの雷撃機にもIJNの兵隊サンが同乗しておられたのですね
末端はそれほど陰険ではなかったとのことですが、それでもやはり一人当たりの費用が異なる(人員が少ない)分や伝統から陸軍サンからみて海軍サンはやはり良いもの食ってるなァ…というのが亡き祖父も感じたことだったやうです
無題Name名無し 23/07/19(水)00:26:13 No.551672
日本は高度を飛ぶ時に気圧差でお腹が張ってしまい苦しいのでオナラで
体内の気圧を下げる為に屁が出やすい芋や納豆を食べていたとか・・
あとラムネを飲もうとすると開封した瞬間に中身が大噴出して大変とか
支給されたチョコレートに怪しい薬が入っていて妙に元気になるとか
無題Name名無し 23/07/19(水)21:10:11 No.551687
>日本は高度を飛ぶ時に気圧差でお腹が張ってしまい苦しいのでオナラで体内の気圧を下げる為に屁が出やすい芋や納豆を食べていたとか・・
>あとラムネを飲もうとすると開封した瞬間に中身が大噴出して大変とか支給されたチョコレートに怪しい薬が入っていて妙に元気になるとか
搭乗員飲食あるあるでソース元は忘れましたがラムネは飲んでからすぐゲップしておけば問題ない、ただし鯖なんかは逆に息が臭くなるので嫌われたということですな
無題Name名無し 23/07/19(水)20:23:09 No.551681
高高度飛行の際のONARAというか腸内ガス対策は旧軍でもかなり真剣に研究されていたそうで、「低圧性鼓腸」を予防する為の「航空整腸錠(主成分活性炭、飛行前夜に10~15gを服用)」や「活性炭菓」などのサプリメントが製造・提供されていたんですとか
他にも乳酸菌の整腸効果を期待した「乳酸菌菓(乳酸菌と粉糖、ミルクを混合し、無熱処理で圧縮固型化したもの。夕食後に1個食べる)」などもあったとのことなんですが、陸軍航空研究所で航空糧食の研究に従事されていた、岩垂壮二さんの回想によると
「『おならの出ない食べものを研究しろ』という命令が陸軍航空本部から来た。昭和19年になり(略)B29が日本を自由に爆撃してきた。B29は1万mの高度を飛行するため、日本の戦闘機は急激に1万mまで急上昇する」
無題Name名無し 23/07/19(水)20:24:53 No.551682
「(※パイロットさんの)腸内にガスが溜まっていると、ボイルシャルルの法則で、1/3気圧になると腸内ガスが3倍に増える。空中操縦士は(略)失神し、飛行機が墜落してしまう」
「アメリカでは乳酸菌がよいというデータがあった(略)日本女子医大の吉田教授と共同研究を乳酸菌で研究していたが、東京農大の関根教授の指導で納豆菌でやったところ、乳酸菌よりも良い結果が出たのであった」
…なんてこともあったそうです
コレと直接関係が有るのかははっきりしないんですが、やはり戦中、こちらはIJA航空審査部で軍属として働いておられた児童まんが家のわちさんぺいさんの回想記にも、やはり航空機パイロットの腸内ガス対策に纏わるエピソードが出てきまして、曰く
無題Name名無し 23/07/19(水)20:29:55 No.551683
「高高度のおならとなれば、空気圧が低いので、地上でピンポン玉くらいのガスが、上空では倍以上にふくらむので、下っ腹は張るし、容易には出てくれない(略)苦しむのは、(※自粛)と(※自粛)の間にあるガスが出口へ移動してくれないからである」
「百式司偵の4型の排気タービンテストで、岐阜(略)の古い旅館に泊まり込んでいたとき、片倉隊長以下、数名のスタッフのほかに、当時、航空糧食の研究をやっていた立川航空技術研究所のスタッフが、旅館の調理場にいたのを、ぼくらは中途まで知らなかった」
「旅館の夕食などは、この戦時下に似合わぬ贅をつくしたもの(?)で、生まれてはじめて口にするおいしい料理が多かった」
「が、なんと料理の中に”高高度用の研究材料”が混入されていたのである」
無題Name名無し 23/07/19(水)20:30:52 No.551684
「下腹部を(略)腹鼓のようにたたくと、一発はかならず出してみせた”名人”古川クンのおならが、このところ出なくなった」
「また、連発式に、しかも会長に毎朝あったぼくの”大”が、連発でなくなり、1尺近い長さのものに変わったのである」
…なんてコトがあったそうです
何やら岩垂氏の命じられた研究と関係が有りそうな話なんですが、当時食べ盛りの少年だったわちせンせいとしては、
「腸内における(※自粛)と(※自粛)の空間をなくし、しかも便秘させないという研究」
…の内容は正直どうでもよく、ただ
「おいしい食事で、ご飯のおかわりができるのが嬉しかった」
…とのこと
詳細が分からないのは残念なんですが、果してどんな研究結果が反映された献立であったんでしょうかねえ…
無題Name名無し 23/07/19(水)21:16:05 No.551688
>詳細が分からないのは残念なんですが、果してどんな研究結果が反映された献立であったんでしょうかねえ…
食物繊維が多いと腸内で発酵してガスになり、消化できなかった残滓たるアレもということから、タンパク質中心の食事になってたのかもしれませんですと推測
これも出所失念ですが肉食の米兵が米を食った後の日本兵のアレの量に驚いたという話があったと思います…とはいえそのようにタンパク質摂取中心で濃縮されたガスが与圧された機内で放出された日には(以下略)
無題Name名無し 23/07/20(木)08:13:03 No.551692
https://twitter.com/flightorg/status/810884271120388096
下の話が続いたので閑話休題…
排泄とおなじように、愛煙家とは切っても切れない関係である食後の一服
現在航空機内での喫煙はプライベートジェット除いては考えられませんが、30年ほど前までは国内の民間航空会社でもまだ喫煙席があったりしましたなあ
当然軍用機も禁煙化が進んでますが、嘗ては画像の用にキャビン内でスパスパ、コックピット内でもスパスパやっていたようです
先述の空自輸送機がPKOで国外派遣された頃も、コックピット内では普通モクモク吹かしてたようです…精密機器への副流煙による影響が気にならんでもありませんなぁ
無題Name名無し 23/07/20(木)15:51:44 No.551696
独のツェッペリン飛行船では、軍用型も旅客型も飛行中の機内喫煙は固く禁じられていたそうです
理由は言わずもがなですがw
因みにWW1中の1916年9月、エゲレスエセックス州に撃墜された独L-32飛行船の残骸を調査した結果によると、乗組員さん達が最後に飛行船内でとっていた食事は
「脂ぎった戦時パン、ベーコン、スライスしたじゃがいも」
…というメニューであったそうです
固定翼機の飛行時間がごく限られていたこの時代に、長時間飛行を行う軍用飛行船内で取られていた食事が、「軍用機内食」のルーツということになるんでしょかね
無題Name名無し 23/07/20(木)15:53:40 No.551697
因みに日本でも運用されていた軍用飛行船、昭和6年3月14日に半硬式飛行船「第8飛行船」が12名の乗組員を乗せて、連続50時間の滞空飛行に挑戦した際塔載したおよそ4日分の航空糧食の内容は、
「いなりずし、のり巻き、パン、ビスケット、サンドウィッチ、飲料水、ウィスキー、カルピス、ブドウ酒」
…という内容であったそうなんですが、着陸後乗組員の体重の総計を測定した所、離陸前より増加している、つまり飛行中に便秘気味となってしまっていた、という問題点もまた発覚したんですとか
無題Name名無し 23/07/20(木)15:54:46 No.551698
更にそれからおよそ7年後の昭和13年5月、62時間以上に及ぶ連続滞空記録を樹立した航研機では、搭乗者のために陸軍糧秣本廠が実地試験を兼ねて様々な「航空食」を用意していたそうなんですが、その中の「巻きサンドイッチ」ではハムのようなオーソドックスなものだけでなく、あえてキュウリや「きんぴらごぼう」のような和風の具も用意されていたそうです
これは日本人の乗組員さん達の嗜好に合わせるだけでなく、飛行中身体から水分が失われる中で、どうしても便秘がちになりそうなトコロに通じを付ける為に、あえて採用されたものであったとのこと
お腹の不調の為に、操縦に支障を来さないよう配慮されたものであったそうなんですが、飛行船時代以来日本でも、飛行中の環境に適した特殊な食事については営々と研究が積み重ねられていたみたいですねえ
無題Name名無し 23/07/20(木)20:39:18 No.551709
http://www.shipboard.info/blog/archives/2006/08/_-_9.html
>独のツェッペリン飛行船では、軍用型も旅客型も飛行中の機内喫煙は固く
>禁じられていたそうです
>理由は言わずもがなですがw
ものの文献によると大爆発で有名なヒンデンブルク号のカソウBデッキには喫煙室があるにはあったようですが…詳細な文献がなく画像のような図も導線に矛盾があったりして実際のところは不明なようですね…曰く
下層のBデッキには洗面所、乗員用食堂と喫煙ラウンジがあった。グッドイヤー・ツェッペリン社のアメリカ側代表者であるハロルド・G・ディックは次のように回想している。『漏れた水素が一切侵入しないように加圧された喫煙室への唯一の入り口は、回転するエアロックドアを持つバーの向こう側にあった。出ようとする乗客は、火の付いたタバコやパイプを持ち出さないかどうか、バーのスチュワードによってとことん調べ上げられた。』(Wikipediaより)
とのことですな…当然豪華とされていたダイニングルームで供されていた食事ももう少し手の込んだものが用意されていたのではないかと思われるのですが、米独片道丸3日で火を使わずにコールドミールだけ…というのはいくら品が良くてもしんどそうです
無題Name名無し 23/07/20(木)20:45:39 No.551711
そこまでやっても炎上原因が静電気かあ
無題Name名無し 23/07/20(木)23:25:27 No.551715
正直そこまでせんでも……気嚢から水素漏れしたとしてゴンドラの下層デッキになんてまず入ってこないように思われるが
無題Name名無し 23/07/21(金)03:12:14 No.551717
事故の原因はヒンデンブルグ号船体外皮の酸化鉄・アルミニウム混合塗料であると発表している
まんまテルミットじゃないですか
無題Name名無し 23/07/21(金)10:05:26 No.551723
>事故の原因はヒンデンブルグ号船体外皮の酸化鉄・アルミニウム混合塗料であると発表している
>まんまテルミットじゃないですか
最近主流の静電気テルミット反応説だとすると、たとえヘリウムでも外皮は爆発的に燃えてしまうのでは…
そうでないにしても機関部とか乗客サービスとか熱を持つ機関が可燃ガス満載の気嚢のすぐ下にあるのは精神衛生上よろしくないですなあ
軽飛行機の揺れの無さは魅力ですが
無題Name名無し 23/07/21(金)11:56:19 No.551724
https://ja.wikipedia.org/wiki/LZ_129_(%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E8%88%B9)#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Bundesarchiv_Bild_147-0640,_Luftschiff_Hindenburg_(LZ-129),_Speisesaal.jpg
>軽飛行機の揺れの無さは魅力ですが
失礼しました軽航空機の間違いです
上記のヒンデンブルク号の搭乗者によると、立てたコップやペンが倒れること無く飛行機酔いは皆無だった、中には離陸したことにすら気づかなかった乗客すらいたとのことですな
もう少し信頼性と搭載力含む経済性が改善されたら、所謂クルーズ船のような需要には良さそうです…かの飛行船の豪華ラウンジでも調度品はアルミの骨組みなどを用いた軽量家具を搭載していたようなので
閑話休題でした
無題Name名無し 23/07/21(金)12:05:33 No.551725
https://www.lpgc.or.jp/corporate/webreport/images/201510lpgday7.png
なお、ヒンデンブルク号においてはギャレー設備はオール電化で賄われていたらしく、この辺りはUボート内の設備との類似性がありそうですな
献立の内容としては
1936.8.17の献立
クリームスープハミルトン風
舌平目のグリル・パセリバター添え
鹿背肉ローストボーヴァル風
チーズ盛り合わせ
と、乗組員向けはともかく乗客向けにはそれに見合ったランクの献立が供されていたようです。
また、船内のバーでもカクテルなど各種飲料が提供されたようです
無題Name名無し 23/07/21(金)19:54:09 No.551729
>出ようとする乗客は、火の付いたタバコやパイプを持ち出さないかどうか、
ニコチンパッチやベテル・チューイングでなら…ベテルは品が無いか
>米独片道丸3日で火を使わずにコールドミールだけ…
今ならカイロやシウマイ弁当方式ならば…
無題Name名無し 23/07/22(土)10:16:30 No.551743
毎度ジャワで一〇〇式重爆を操縦していた亡父の話で恐縮ですが…
軍隊で納豆が出たことは内地でも外地でも一度も無いそうです
関西出身には珍しく納豆が好物だったので出たら憶えているはず、とのことでした
長距離飛行時の弁当ですが「普段のこと」はあまり記憶に残らないもので
カリジャチから昭南(シンガポール)までの「要人輸送」らしき任務の時
突発的な飛行で弁当が間に合わなかったものか大きな「すき焼き缶詰」が上がったとか
野戦用か大きな円盤状で開けてそのまま火に掛けられるものでしたが
機内で開けることなく現地で売って金にしたとか(軍紀が弛緩しているような)
この大型すき焼き缶、コンビニができはじめの頃に
カップライスなんかと並んで売られていた記憶がありますが今は生産されてないようで
無題Name名無し 23/07/22(土)15:11:24 No.551744
昭和4年にドイツの大型旅客飛行船「グラーフ・ツェッペリン」号が世界一周旅行の際日本に立ちよった際には、同号のクルーも滞在した東京の帝国ホテル特製の「スキヤキ」缶詰が「補給物資」として搭載されたそうですw
同年の朝日新聞の記事によれば、その後のツェッペリン号上でのある日の特献立は
・朝食:スライスド・オレンジ、コーンフレーク、ベーコンエッグ
・昼食:ホテージ・ミーニュトラ(※ママ)、「牛肉スキヤキ、ご飯」、その他3品
・晩食:トマト・プロマ、コンビネーションサラダ、その他4品
…という内容であったとのことで、普通に乗客向けの料理の一品として出されたみたいなんですが、流石にコチラはその御市販されたようなものとは、内容はだいぶ異なっていたんでしょかね
無題Name名無し 23/07/22(土)15:12:02 No.551745
因みにWW2中の昭和18年、IJN航空隊の飛行艇乗りとして南太平洋マーシャル群島・ヤルート島基地におられた本間猛さんの手記によると、日々の長距離哨戒飛行が一回およそ進出距離1200km、測定76km、午前3時出発で帰って来るのが午後2時と、およそ11時間ほどの行程であったそうなんですが、機上で朝食と昼食の2回を取るのが常であったそうです
午前5時頃に朝食をとると、若い搭乗員さんが機内のメンバーにお茶を注いで回ったそうなんですが、腹も満たされ、赤道直下の陽光と高度3千m程度の気温が釣り合った機内は「春の野辺の日向ぼっこ」、襲ってくる睡魔を追い払うのが一苦労であったとのこと
本間氏曰く
「この睡魔は、二式大艇のわれわれだけでなく、大型機搭乗員全般の問題として、海軍の航空関係では種々の対策がなされた」
無題Name名無し 23/07/22(土)15:12:29 No.551746
「その方法として、いねむり防止食が与えられたり、濃い紅茶類が出されたりした」
…とのことなんですが、とにかく睡魔の誘惑を乗り越えて、最も緊張する索敵線先端に到達するのが出発から6時間ほど後
とくに緊迫した数十分の時間を過ごした後、帰路に就いたところで昼食となるわけですが、
「昼食のお菜は、いつもの主計科の心づくしの苦心作が並べられるのだが、なにしろ南洋の孤島でのこと、卵焼きなどがせいぜいで、缶詰類、漬物類などが主であった」
「ところがいつも相変わらず顔を出しているものがあった。それはほかならぬ梅干である」
無題Name名無し 23/07/22(土)15:13:43 No.551747
「梅干が兵糧に欠くことのできないものであることは、支那事変はもとより(略)戦国時代にも重用されたと聞いてはいたが、太平洋戦争中には南海の飛行機の上まで、日の丸弁当はお供していたのであ」
…ったんですとか
その後、ようやく基地近くまで辿り着けば、徐々に機内の空気も解れてきて「操縦員はオートパイロットにして腕組みしている。みかんやパイナップルなど、果物の缶詰がきってまわされる。ひやっとするほど冷たくなっている」
…のに疲れを癒してようやく帰投するも、地上に降り立つと途端に襲ってくる酷暑と疲れにクルーの皆さんはたちまち汗だくに
それでも裸で夕食を取ったのち、ドラム缶の露天風呂に浸かりながら南十字星を見上げて、ああ、今日も無事に生きている…としみじみ感慨に浸られておられたそうです…
無題Name名無し 23/07/22(土)16:27:55 No.551749
>因みにWW2中の昭和18年、IJN航空隊の飛行艇乗りとして南太平洋マーシャル群島・ヤルート島基地におられた本間猛さんの手記によると、日々の長距離哨戒飛行が一回およそ進出距離1200km、測定76km、午前3時出発で帰って来るのが午後2時と、およそ11時間ほどの行程であったそうなんですが、機上で朝食と昼食の2回を取るのが常であったそうです
厚木あたりに住んでると往年のP-3やP-1が日暮れにお勤め帰りで相模川に沿って飛んできますな
当時とは情勢も異なるとはいえ日本海まで飛んでいって半日哨戒して…まあご苦労様です
ただ海さんは空さんの早期警戒機なんかとは違って機長からタコさんまで持ち場離れられないので自席で弁当頬張ってるみたいですねえ
無題Name名無し 23/07/23(日)01:03:55 No.551753
>いねむり防止食
この「いねむり防止食」とはどんな代物なんでしょうか?
カフェインが大量に練り込まれてるとか・・・?
無題Name名無し 23/07/23(日)01:57:51 No.551755
>この「いねむり防止食」とはどんな代物なんでしょうか?
疲労がポンと抜けるドリンクの固形版とか?
無題Name名無し 23/07/23(日)05:48:10 No.551757
>>この「いねむり防止食」とはどんな代物なんでしょうか?
>疲労がポンと抜けるドリンクの固形版とか?
カフェイン添加チョコレートのたぐいだった模様
>https://www.nishinippon.co.jp/item/n/583675/#google_vignette
まあ同時代ドイツのショカコーラあたりと似たようなものだったのでは
無題Name名無し 23/07/23(日)08:53:53 No.551761
IJNの「居眠防止食」は規定では一回の支給量が30グラム、緑茶を主成分にした(おそらく)タブレット状のお菓子だったそうですが、詳しいレシピは不明でしたり
一方、IJAの方にも「防睡菓」なる陸軍糧秣本廠製造の居眠り防止用のお菓子があって、空中勤務者さん達のみならず、自動車の運転手、飛行場警備の歩哨さんたちなどにも支給されていたそうなんですが、成分は
・ココア粉末(0.9g)コーヒー粉末(0.9g)挽茶粉末(0.9g)カフェイン(0.3g)
・粉糖(20.15g)グルコース(0.3g)メントール粉末(0.3g)食塩(0.2g)
…という内容
合計24gを2グラムづつ直径1.8㎝、厚み0.6㎝の錠子(タブレット)に整形したものが細長い紙包みで支給されて、1回に付き2錠ずつ使用することとされていたんですとか
無題Name名無し 23/07/23(日)08:56:58 No.551762
ただ、戦中97式重爆の搭乗者だった久保義明さんの回想記には、ニューギニアでの作戦中の
「われわれは眠気をとるため、覚醒剤のような錠剤をのんでいたが、それが降りてから効いて眠れなかったり、また暑いのとあわせて、身体の疲労も大きかった」
…なんて苦労話が出てきましたり
当時IJAの空中勤務者さん達には陸軍技術研究所から衛生材料廠、民間の食品会社や製薬会社、大学などの共同研究で開発された種々のサプリメントが支給されていたそうで、久保さんが服用されていた錠剤の種類を完全に特定するのは難しいんですが、うち「戦力増強錠」などはベンツェドリン硫酸塩0.002gと、ビタミンB・C・白糖、乳糖、タルクなどが配合された完全な覚醒剤であったそうです
無題Name名無し 23/07/23(日)08:59:56 No.551763
他にも「航空活力錠」などは成分は不明なものの、
「服用後10時間くらいは睡眠をもよおさないので、服用には時間的考慮を必要とする。その作用は精神を爽快にして活力を増強させ、疲労感を抑制し、催眠を防止する。さらに酸素欠乏、または飛行中に発生する加速度障害を克服する」
…ものであったそうなんですが、
「高血圧疾患、胃アトニー、不眠症などの者」
…が服用を禁じられtていたうえ、乱用しないよう注意がなされていたとのこと
…一体ナニがはいってたんでしょうかね、コレ
無題Name名無し 23/07/23(日)13:50:41 No.551773
>「高血圧疾患、胃アトニー、不眠症などの者」
>…が服用を禁じられtていたうえ、乱用しないよう注意がなされていたとのこと
>…一体ナニがはいってたんでしょうかね、コレ
まさにアンフェタミンやメタンフェタミンなどの覚醒剤の可能性もあるかと
思考に必要なブドウ糖が主材料とおもわれますが、中枢神経系への刺激と瞳孔散大による夜間視力の向上を狙ったまさに「覚醒」用途に
無題Name名無し 23/07/23(日)14:03:14 No.551776
危険な薬物より温かいカフェイン飲料の方が良いよね
やっぱり紅茶っすよ紅茶(英国脳
無題Name名無し 23/07/23(日)19:02:04 No.551784
>危険な薬物より温かいカフェイン飲料の方が良いよね
>やっぱり紅茶っすよ紅茶(英国脳
しかし日本人は下戸が多い代わりに欧米人よりカフェイン耐性が高い傾向があるそうな
実際コーヒー某怪物ジュース飲んでシャキン!ってのは感じたことがなかとです…
無題Name名無し 23/07/23(日)20:11:40 No.551786
https://www.fujimilk.co.jp/company/story.html
IJNの零戦パイロットだった岩井勉さんの回想記に、昭和18年、ラバウルの基地からポート・モレスビー攻撃に出た際の話が出てくるんですが、
「空戦をやれば、強いGがかかり、喉がカラカラに渇くので、帰途に飲むようにと、コーヒー牛乳を1本ずつ配給されたのを、飛行機のズボンのポケットにしまっておいた」
「だが進撃の途中で考えが変わり、戦場で死んでからでは飲めないので、こんなおいしいものは、生きている間に飲んでおくに限ると思いなおし、行く途中で飲んでしまっていた」
…そうです
因みに、当時のコーヒー牛乳は今の私達にお馴染みのあの紙蓋ではなく、金属の王冠で打栓されたものであったとのこと
無題Name名無し 23/07/23(日)20:12:49 No.551787
「コーヒー牛乳」を日本で初めて開発したという守山乳業社の社史によれば、1923年から一般販売を始めた瓶入りの製品、当初は駅弁のお供として国鉄の駅で販売を始めたそうなんですが、研究を重ねて保存期間は3ヶ月にまで延び、鉄道省のお墨付きも得てたちまち全国の駅で販売されるヒット商品に成長したんですとか
同社沿革によると、昭和18年には「珈琲牛乳が軍需品として指定され」たそうなんですが、ソレが海を越えてはるばるラバウルにも送られていた、というハナシになるんですかしら
一方、コーヒーの魅力的なアロマにはIJAも注目していたらしく、空中勤務者向けの「疲労回復剤4号」などは、酸性燐酸ソーダ、ブドウ糖、果糖などを添加した、アルコール含量8%のコーヒーリキュールであったそうです
無題Name名無し 23/07/23(日)20:13:44 No.551788
更にもちろんカフェインの防睡効果に期待して、前述の「防睡菓」の他にも、ベネズエラ・コーヒーを熱湯で煮だして抽出した原料を用いるコーヒー飴なども研究されていたそうなんですが、熱湯で抽出するとコーヒー特有の香味とそれによる爽快感が台無しになってしまう…
ということで、アルコールやエーテルなどを溶剤として低温抽出するなどして、風味の揮散を防ぐ方法が模索されていたそうです
如何に本格的なコーヒーの風味を保ったままキャンディーを作れるか、というこの研究、戦後の製菓会社さんあたりに引き継がれていたら面白いんですが…どうなったんでしょかね
無題Name名無し 23/07/24(月)02:29:35 No.551791
海上自衛隊の話なのですが、元哨戒機パイロットでノンフィクションを書かれておられる岡崎拓生さんの書籍『飛べ 海上自衛隊航空学生』にはP2V-7のコパイとしてリムパックに参加した際の様子が書かれておりまして、ある夜間飛行の際に出されたのはボール紙のランチボックス。
その内容はサンドイッチ、フライ、サラダ、ゆで卵、ピクルスにポテトチップスまで入った物だったそうなのですが、問題は食べる場所が夜間の軍用機の機内という事。
無題Name名無し 23/07/24(月)02:30:22 No.551792
つまりモニターが見やすくかつ敵にすぐ見つからないように計器以外の照明を落とした暗闇であり、僅かな照明といえば暗順応に適した赤色灯によって照らされた赤暗い空間な訳でして、盛り付けされた時は食欲をそそられる色とりどりメニューなのでしょうが、夜間飛行では食べるものが全て赤色になる訳です。
そして横では機長も「まずいポテトチップスだな……なんだ、卵の殻か、暗くてわからなかったな」とつぶやきつつ退屈な哨戒飛行の貴重な暇潰しでもあったようです。
画像:https://twitter.com/jmsdf_5aw/status/1325565019124244481/photo/1
無題Name名無し 23/07/24(月)02:31:59 No.551793
またこちらは『世界の傑作機ロッキードP2V/川崎P-2J』に寄せられたエピソードなのですが、搭乗員仲間では「装具は忘れても、弁当は忘れるな」という鉄則があるくらい重要視されていたようです。この時の航空弁当は冷蔵庫なんてものが無いいわば「戦後の大戦機」とも言えるP-2Vなので、スリットの入った通気性の良いアルミの箱を受領し、後部区画のもっとも涼しいと思われる所に保管していたようです。
通常の訓練飛行は5~6時間なのでたいていは1食なのですが、それを超える飛行時間では2食分、10時間を超える場合は3食でした。
この時の3食目は食中毒防止のために加熱した缶詰飯で、2食目までが航空弁当なのですが、ある時の内容はご飯、フライ、ハムソーセージ類、焼き卵、焼きちくわ、スパゲッティ、酢の物にサラダとデザートというボリュームの内容を、発泡スチロールの容器に脇からはみ出るくらいにぎゅう詰めにして、「機上食」の文字とP-2Jのイラストを印刷された紙でくるんで渡されるものでした。
無題Name名無し 23/07/24(月)02:33:59 No.551794
http://may.2chan.net/39/src/1690133639902.jpg
基本的には絶対に食中毒が出ないよう細心の注意をもって作られるであろう物なのですが、やはり時間がたてばどうしても食べ物の腐敗はどうしても避けられないものであり、極めてまれに起こる食中毒は2食目以降に当たる事が多く、経験談では喫食後3時間後きっかりに"来る"ようです。
ある時、硫黄島沖のソ連艦監視任務を受けて朝8時に飛び立ち16時まで監視と情報収集ののちに着陸1時間前にその日の2食目となる早めの夕食を摂ったのですが、着陸して2時間後に一部の搭乗員が吐き気を訴え、同時に腹がゴロゴロと"来た"ところにクルーの一人が「焼きちくわがおかしかった」と一言。
画像:『海上自衛隊航空部隊』
無題Name名無し 23/07/24(月)02:35:06 No.551795
http://may.2chan.net/39/src/1690133706792.jpg
「馬鹿野郎!なぜそれを報告しないか!」とりつけたが既に手遅れ、その後悪寒と激しい嘔吐、腹痛、下痢に見舞われ、硫黄島では手の打ちようが無いので下総基地に緊急電をうち、医師を乗せたYS-11で下総に搬送されてからヘリで横須賀の病院に直行し1週間の入院となりました。
正規のクルーであれば気軽に会話出来たもの同士報告してくれる筈だったのですがこの時は臨時のクルー編成、初顔合わせ同士ではクルーコミュニケーションの不具合が意外なところにも出てしまうものだったようです。
画像:『海上自衛隊航空部隊』
無題Name名無し 23/07/24(月)20:22:45 No.551801
https://ameblo.jp/52mechanic/entry-12684539760.html
こちらのサイトでIJNの航空弁当(ほうれん草飯弁当)を再現してますが、副食に恵まれた現代人に何をオカズにご飯を食べ勧めていけばいいのか悩みどころになるかもしれませんねい
無題Name名無し 23/07/24(月)20:27:03 No.551802
そして所謂「軍用」ではないものの、民間航空会社のケータリングも巡航中は味覚が鈍る、ということで地上の料理より味を濃い目にしてあるのが有名ですねい
さらにIJAの標準調理法が記載されていると思われる軍隊調理法(下記)でも、分量通りに作るとかなり塩っぱいものが出来上がることもあるので、潜水艦航海食同様、航空弁当も相当味が濃かったんではないですかねい
http://www.gokoku.gr.jp/cooking/menu.html
無題Name名無し 23/07/24(月)20:42:02 No.551803
http://may.2chan.net/39/src/1690198922878.jpg
WW2後、冷戦期のエゲレス哨戒機アヴロ・シャクルトンの飛行中の機内でくつろぐクルーの方々の図
お茶!飲まずにはいられないっ!!
因みに「シャクルトン」の機内ギャレイには簡易ながら電熱調理器具が備えられていて、缶詰を温め直す程度の簡単な調理ながらも、
「チキンスープ、ステーキ、キドニーパイのポテト・エンドウ豆・ニンジン添え」に「クリーム添えのマンダリン・オレンジ、コーヒー」
…と、少なくとも3品以上からなる「コース料理」が取れるのが自慢の種であったそうですw
無題Name名無し 23/07/24(月)20:43:28 No.551804
一方、WW2中から戦後にかけても長く使われたショート・サンダーランド飛行艇にも、ケロシン燃料の二口コンロを備えた機内調理室が設けられていたそうなんですが、乗組員さんのたちの飛行中の機内食の定番はサンドイッチに機内で調理されるベーコンエッグといったところで、寒い日にはマトンシチューなども用意されたそうです
調理人役は大抵ガンナーさんが勤めたそうなんですが、凝った人は秘蔵のレシピ用にハーブを持ち込むなど、各機ごとに機上での食事を快適にすべく様々な工夫を凝らしておられたんですとか
そんな「サンダーランド」のクルーで、WW2後極東や南アジア方面で勤務されていた方の回想録に出てくる話なんですが、1952年に英王室メンバーのマリナ王女(ケント侯爵夫人)が10日間の日程で北ボルネオを巡ったさい、氏の乗機がお召艦ならぬ「お召し艇」に指定されたことがあったんだそうで
無題Name名無し 23/07/24(月)20:45:55 No.551805
当時周辺には、旅客機が離発着できる陸上飛行場が十分整備されていなかったが故の選択であったそうなんですが、殿下と息子のエドワード王子ら超VIPの一行を迎えるとあって、機内色を綺麗に塗り替えたりコーヒーテーブルやソファーなど調度類を整えたり、真っ白な特別誂えの飛行服に着替えるなど準備は大わらわ
最長で1度に5時間と予定される飛行中の食事の準備の為に、元からのガナークルーのアマチュアコックに代わって、ロンドンの有名レストラン「サヴォイ」で修業したプロの料理人さんが乗り込んできたそうなんですが、お気の毒な事にこの方、飛行機が大の苦手であったそうですw
それでも、「サンダーランド」の貧弱なプリマスストーブとホットプレートを最大限に駆使して、鮮やかに様々な料理を準備する水際立った手腕はさすがプロ、違うなあ…とクルーの面々を唸らせたそうです
無題Name名無し 23/07/24(月)20:46:53 No.551807
更にロイヤル・ファミリーの旅行に同行した余禄で最高に嬉しかったのは、豪華な機内食のお相伴に預かれたことであったそうで、毎飛行の旅機内ギャレイに持ち込まれたアイスボックスに用意される冷たいカナッペやよく冷えた飲物等は、殿下とご家族はごく上品なお召し上がり方であったので、大半はクルーの方々が有難く残りを頂戴したとのこと
時に上陸した一行の帰りを待つ間、翼の上に座って、
「フォアグラのサンドイッチ、よく冷えた白ワイン、マコーウィッツのブラック&ホワイトの煙草」
を楽しみながら、熱帯ジャングルの壮観な夕焼を眺めていたというこの機の面々、おそらく数居る「サンダーランド」乗りの中でも、一際豪勢な食生活を経験したクルーということになるんではないですかしら
無題Name名無し 23/07/24(月)20:48:22 No.551808
余談ですが、マリナ殿下の夫ケント公は海軍軍人であられたそうなんですが、WW2中の1942年、奇しくも自ら操縦する「サンダーランド」飛行艇の事故により亡くなられていたりするんだそうで
というわけで殿下を迎えるクルーの方々も、もしかしてこの旅で辛い思い出を呼び起こすことになるのでは…と危惧されていたそうなんですが、恙なく行程を終えたおよそ10年後、英本土の基地で再会した際には、昔ながらの友人に会うように接してくれたそうです
或いは「ロイヤル仕様」のサンダーランドの機上で、飛行艇乗りの方々の心づくしの歓待を受けながらの旅の想い出は、古い記憶の痛みを和らげて余るに足る体験であったのかも知れないですね
無題Name名無し 23/07/26(水)19:36:06 No.551862
http://may.2chan.net/39/src/1690367766820.webp
1980年代に、日本の厚木基地に配備されていた米海軍所属の電子偵察機EP-3の搭乗員だったジョン・グーテカンスト=サンと言う方の回想談によると、当時飛行中のクルーの食事は各自が好きなものを購入して持ちこめたそうなんですが、新人さんがやらかしがちだった失敗というのがカップ麺や日本のコンビニの薄っぺらいサンドイッチだけで済まそうとすることで、大抵10時間にも及ぶ偵察飛行の途中でひもじさに耐えきれず、機内を放浪して他のクルーの方々に食べ物をねだり始めるので、目を合わさずにいるのが大変だったそうです
そしてその点では抜かりなしのジョン=サンの「機内食」の定番は、基地の近くにあった日本人の経営するお店でテイクアウトしてくるYAKITORIであったんですとか
無題Name名無し 23/07/26(水)19:37:05 No.551863
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職人肌の親父さんは不愛想ながら、愛想の良い美人の看板娘姉妹がいて(重要)何十年も継ぎ足しつつ受け継がれてきたTAREに付けて焼かれる串は冷めても絶品、中でもジョン=サンのお気に入りだったのがCHICKENとNEGIを交互に挟んだNEGIMAで、毎回フライトの度、自分の座席にこっそりと(よこどりされないよう)焼き鳥の入った油紙の包みを持ち込んでいたとのこと
そんな氏の乗機が、北朝鮮から中国、ソ連のウラジオストク付近の空域を飛びながら無線傍受と解析のSIGINT任務をこなしていたある日のこと、いつものようにNEGIMAの包みを開いて食事をとろうとしていた所に、スクランブルしてきたソ連側の戦闘機Su-15が1機忽ち接近してくると、氏の乗機にぴったり張り付き並行飛行を始めたんだそうで
無題Name名無し 23/07/26(水)19:38:05 No.551864
http://may.2chan.net/39/src/1690367885915.jpg
緊張の一瞬とは言え、ソ連戦闘機との接触はよくあること、氏はYAKITORIを頬張ったまま、バブルキャノピー越しにSu-15のコクピットのソ連パイロットに向け、いつものように作り笑いと共に親指を立ててフレンドリーさを演出、「ミサイルの発射についてよく考えるもらえるよう」促したんですとか
ソ連側パイロットからは何のリアクションもなかったものの、やがてSU-15は翼を翻して去っていき、ほっと一息ついたのも束の間、Su-15が消えて行ったのと同じ方向に一点の機影が見えたかと思うと、急速に間近にその姿を露わにしたのはやはり武装したMigー23戦闘機
邀撃機のお代わりは今までに経験したことのない事態、慌ただしくなった機内で無線傍受の仕事を続けながらも、ジョン=サンが思っていたのはただ一つ、「生きている間に、このYAKITORIを全部食べ終えるぞ」ということだけであったそうです
無題Name名無し 23/07/26(水)19:39:04 No.551865
http://may.2chan.net/39/src/1690367944495.jpg引用元:http://may.2chan.net/39/res/551579.htm
そんなわけで、仕事を半ば機械的にこなしつつも、ひたすらNEGIMAを口の中に詰めこんでいたそうなんですが、幸いMigー23の方も、結局窓越しにサムズアップを受けると何事もなく引き返していったとのこと
ジョン=サン曰く、その後の人生でもYAKITORIを食べる機会は幾度もあったものの、生涯最後の食事になるかもしれない…と思いつつ食べたこの日の美味しさに勝るものはなかったそうなんですが、案外ソ連側では
Su-15パイロット:
「おおい!何かアメリカンスキーが美味そうなものを食ってるでスホイ!」
Mig-23パイロット:
「マジか!?すぐ上がって見に行くでミグ!!」
…なんてやり取りをしてたのかも知れませんですな…w


























コメント
トイレの数だ馬鹿
タラワのエピだな、スパイじゃなく空撮の写真からトイレの数を数えて守備隊の人数を積算した話。
なので機内食は濃い目の味付けが一般的。
逆に機内で配布される持ち帰れる類のお菓子類は既製品の場合、地上で食べるより味が薄く感じる。
なので出汁や薄味文化のある和食で微妙な味加減を機内食で再現するのって実は結構難しい。
同時に味付けが元々薄い機内食を提供する航空会社は評判を落としがち。
ついでに低温時も同様に味覚は鈍感になるので低温低圧の機内食アイスなんかはかなり味を濃くする必要がある。
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