無題Name名無し22/12/16(金)12:10:58 No.545620

1671160258738
本日は戦艦大和の竣工日だそうですわよ
というわけで戦艦スレ


無題Name名無し 22/12/16(金)12:12:43 No.545621
1671160363740
戦艦が簡単に沈むか!
というわけで古今東西各国のバトルシップに関することならなんでもどうぞ

無題
Name名無し 22/12/16(金)15:54:23 No.545626
スレ画のように「数の劣勢を火力で補う」のではなく
火力防御力には多少目をつむってでも
改金剛級とでもいうべき高速戦艦を増産すれば
…そもそも増産できませんねそうですね

無題
Name名無し 22/12/16(金)17:08:46 No.545631
>火力防御力には多少目をつむってでも
>改金剛級とでもいうべき高速戦艦を増産すれば
>…そもそも増産できませんねそうですね
それだと敵(アメリカ)がその改金剛級をちょっと上回る程度の戦艦を倍以上建造するだけなので、そもそも長門型や大和型のようにボアアップしたのは少しでも敵より遠くから有効射を増やす事でこちらの被弾機会を少しでも減らすという苦肉の策なんだよね
そもそも実際に天城型を建造しようとしたんだけどワシントン海軍軍縮条約で中止になり、その為アウトレンジ火力型戦艦と空母の拡充に力を注いだのが史実の戦略であって、かといって堂々とワシントン海軍軍縮条約を無視すればどうなったかと言えば軍拡競争が更に激化して開戦前に既に倍以上の格差を付けられていたであろうという・・・
加えて遠からず航空戦力の時代になるので、空母建造のリソースが食われる分史実より更に苦しい戦いを強いられていたのではないかと

無題
Name名無し 22/12/17(土)13:23:27 No.545660
戦艦大和を作った日本軍が空母機動部隊の有効性を世界で最初に示して
それで戦艦時代を終わらせてしまったのだから皮肉なものよの

無題
Name名無し 22/12/18(日)17:27:51 No.545682
1671352071296

日米開戦のほぼ6年前、昭和10年12月ごろのことであったそうなんですが、造船官だった福田啓二さんが、後の戦艦「大和」の設計作業に忙しくしていたところに、海軍航空本部長に就任した山本五十六さんがやってきて

「一生懸命なところに水をさすようで申しわけないが、君たちはいずれは失職するぜ。これからは海軍にあらず、空軍の時代さ。大艦巨砲などいらなくなる」

…なんて言った、という有名なエピソードがあるんですが、福田氏によればこの話には後日談というか、、後日いざ完成した「大和」を見た山本さんが

「うーん、これなら」

…と、ひどく感心していた、というオチがつくんですとか

無題
Name名無し 22/12/18(日)17:29:35 No.545683
因みに1942年2月16日、「長門」から連合艦隊旗艦を引き継いだばかりの「大和」へ、鮫島具重侍従武官が視察に訪れているんですが、艦内での昼食会の折、武官が「大和」初代艦長の高柳儀八さんに
「艦長、『大和」が米英の最新式戦艦と対戦するとしたら、何隻を相手に戦闘出来ますか?」
…と質問してきたそうで、高柳さんが答えに戸惑っていると、同席していた山本五十六司令長官がさっと右手の指3本を伸ばして
「これだけですよ!」
…と答えたそうです

「大和」の実際の戦歴や評価は取り敢えずおいても、出来上がった実物にはなんというか、例え戦艦なんていらないよっ!という人であっても、
「でも…男の子ってこういうの、大好きなんでしょ…?」
…と目の前にお出しされたら、思わずうん…いっぱいしゅき…となってしまうだけのアヤシイ魅力がやはりあったんではないですかしら…

無題
Name名無し 22/12/18(日)19:26:17 No.545686


個人的には大和のアヤシイ魅力は艦橋が獅子舞の獅子の顔に見えるからだと思う。艦首から艦橋を見ればまるで大きな怪物を見上げている様に思えたのではないか?案外大和を最初から使って消失したくなかった最大の理由かもね。

無題
Name名無し 22/12/19(月)12:24:43 No.545701
おっぱいと大砲は大きなほど良いに決まっていよう!

無題
Name名無し 22/12/19(月)13:19:52 No.545703
昔の仮想戦記で、戦艦大和を建造するのを取りやめてその代わりに超高性能の潜水空母を
量産する…というストーリーだったのに、巻数が重なると読者のリクエストで「やっぱり戦艦が活躍するのが見たい」という声が出てきて、結局戦艦を出さざるを得なくなった…
というのが作者のあとがきにあったのを思い出しました(笑
やっぱり分かりやすく活躍ぶりが映える艦ってのは人気が出るんでしょうね…

無題
Name名無し 22/12/19(月)15:48:16 No.545706


やまと といえば、お勧めはこの本

佐藤大輔の-征途-
三部作ですね
書店でカバーイラストに魅かれて購入した
1944年10月24日シブヤン海~1995年8月15日沖縄 嘉手納宇宙港
までの「やまと」を描くシュミ―レーション仮想戦記

たぶん、映画、アニメ化は限りなく不可能かな
模型は誰か、作ってたけど

無題
Name名無し 22/12/19(月)19:25:22 No.545711
1671445522285

戦艦「武蔵」は1944年3月29日、パラオ近海で米潜水艦「タニー」からの雷撃を受けて艦首に被雷、戦死者7名、浸水およそ2千630トンという被害を受けているんですが、内地帰投後、呉で入渠した「武蔵」からは、大量の「羊羹」が陸揚げされたんだそうで

この羊羹、全部最下甲板にあった酒保倉庫に収納されていたものが、被雷の際水浸しになってしまい、ようやくドックで水を抜いたのち回収されたとのことなんですが、親指よりやや太い15センチほどの長さの棒状、ゴムに包まれた製品で、乗組員さん達には「虎屋の羊羹」の名で親しまれていた酒保の人気商品であったそうです

おそらく、赤坂の虎屋さんが「海の勲」の名で製造・納入していた製品と思われるんですが(因みに陸軍向けは四角形の『陸の誉』)、とりあえず4斗樽二つに山盛りにされて、船渠の片隅に置かれていたんですとか

無題
Name名無し 22/12/19(月)19:25:40 No.545712
1671445540500

「武蔵」掌経理長だった中山勝平さんなどは、海水に浸かっただけですし、水洗いすれば問題ないのでは…と考えていたそうなんですが、軍医長さんから衛生的見地から反対され、結局5千から6千本もあったという羊羹は、全て廃棄処分と決められたとのこと

もっとも、乗組員さん達の多くは「ゴムに入った羊羹食って、なにが身体に悪いものか」と考えるひとが大半で、陸揚げされた夜から「ギンバイ」行為が続出、一説には工廠の職工さんも含む多くの胃袋に水漬け羊羹が収まったんですとか

これが「武蔵」副長さんの耳にも入り、すぐに4斗樽には番兵が付けられたほか、数日後には呉港内の三子島までランチで運ばれ、土中に埋められたそうです

ともあれ、やはり羊羹のような重要物件を塔載する場所は、やはりバイタル・パートの中に設けるか、もしくは艦首艦尾など複数個所に分散して塔載すべきであった、という戦訓になるんでしょうか…?

無題
Name名無し 22/12/19(月)20:29:33 No.545714
>おそらく、赤坂の虎屋さんが「海の勲」の名で製造・納入していた製品と思われるんですが
この「武蔵」の羊羹一件については堀元美(元技術中佐)の「続・鳶色の襟章」にも記述がありましたが被雷箇所は「一番前部の水防区画のすぐ後ろ」の左舷側、倉庫などがあるところで

被害に備えてそのあたりの水防横隔壁は全然開口や通路を造らず、上甲板から真直ぐに六層もある甲板にそれぞれ昇降口を設けTて、蓋をあけると上から下まで見通せる「荷物の揚卸に便利な」構造になっていたとか

無題
Name名無し 22/12/19(月)20:31:02 No.545715
この「武蔵」では以前にも艦底塗替えで呉に入渠していたときに集団食中毒を出して
出港が何日も遅れるという経験があったことから、副長が断固として処分を命じたのだろうと著者は推測しています
この時の中毒の原因は「河原石かどこかの漬物屋が納めた沢庵漬」に
「鼠の糞から伝染する、たしかゲシュトネル菌とかなんとかいう細菌」が混じっていたため、とのことでした

無題
Name名無し 22/12/20(火)12:26:32 No.545722
ラムネ製造機はあったのに羊羹製造機はなかったのかな?
まあ、主計がその気になれば作れるんだろうけど・・・

無題
Name名無し 22/12/20(火)13:23:58 No.545724
ラムネは消火用二酸化炭素発生機を応用して作れたけど、
軍艦内に羊羹製造に応用できそうな機械なんてないからねぇ。

無題
Name名無し 22/12/20(火)14:20:17 No.545729
羊羹それ自体は江戸時代から作られている物ですし
大量生産となれば相応の器材が必要としても作る事自体は小豆、砂糖、寒天に型があれば可能かと

無題
Name名無し 22/12/21(水)00:33:46 No.545761
1671550426402


戦艦「武蔵」には、掌衣糧長考案の「にぎりめし製造機(型抜き式)」があったそうですが…w

因みに「武蔵」乗組みの主計科員だった、浜口博さんという方の手記に、補給物資の積み込みの際の様子も描かれているんですが、曰く

「米麦運搬、格納は特別の武装方式である。第一、二、三と露天甲板にある格納口から最下甲板にある米麦庫までの、長い筒状の袋のなかへ米麦の袋を縦にしてどんどん投入する。すると倉内には体力、腕力とも充分な主計兵が、ときにはフンドシ一つでがんばっていて、五袋ずつならべ天井までつみあげる」
「この筒状の袋も掌衣糧長の発明で、米麦の袋をほどき運用科で縫合してもらった新兵器で、他の艦にはぜったいにない高能率な器具」

…であったそうです

流石、IJN最新鋭戦艦といったところですかしら

無題
Name名無し 22/12/21(水)00:35:12 No.545762
1671550512779

余談ですが浜口氏によれば

「あるとき、トラック泊地でたのんでおいたキハダマグロが入荷したとの連絡がはいった。私はさっそくそれをとりにいって、その日の献立を刺身にした」
「ところが点検食で藤木軍医長から伝染病の危険があるからとクレームがつき、ねぎま汁につくりかえたこともあった。せっかく艦の兵食としてよろこんでもらいたかったのにとおもうといまでもうらめしい」
…なんてこともあったそうなんですが、
「だが、いまだからあかすが、あのとき主計科だけは、”研究献立”としてマグロの刺身をたべていたのであった」

…んですとか

…うん、まあ研究なら、しょうがないですよね!

無題
Name名無し 22/12/21(水)13:36:59 No.545781
なんか大和型戦艦の話ばかりだから
アイオワ級戦艦の話もしましょうね
スティーブン・セガール主演の『沈黙の戦艦』も有名ですけど
戦艦の映画と来ればやはり『バトルシップ』も捨てがたい
BB-63ミズーリの砲撃シーンに記録フィルムも混ざってるなど突っ込みどころも多いけど
やっぱりミズーリの元クルーの爺さんたちが集結する場面にグッと来てしまう
それに蒸気タービンの始動の方法もやってくれるなど心憎い演出がいい
https://note.com/chihok/n/n009644d86fbb
https://www.youtube.com/watch?v=Kv4_H8dLDHQ

無題
Name名無し 22/12/21(水)14:20:03 No.545788
軍医さんはまた嫌われ役で気の毒だけれど、戦艦なら乗員数は何千人になるわけだしね
衛生管理が行き届かないなら加熱食品オンリー!て言うのは仕方ない
まして食中毒の前例がある艦ならなおさらだし・・・

無題
Name名無し 22/12/21(水)14:57:25 No.545789
戦艦はいいぞ、最高だ!
アメリカ戦艦には当然アイスクリーム製造機が載っているとして…
他国艦には紅茶製造機やウォッカ製造機が載ってたのかな(笑

無題
Name名無し 22/12/21(水)21:06:10 No.545804
独戦艦「ビスマルク」では2千名を超える乗組員さんたちの食糧として、牛300頭、豚500頭におよぶ食肉が搭載されたそうなんですが、保存の為の冷凍庫から調理場まで、巧妙なリフトシステムによって運ばれるシステムがちゃんと整備されていたそうです

艦内に2ヵ所設けられていた酒保では、チョコレートやビスケット、煙草などと共に、勿論ビールが販売されていたとのことなんですが(1/2リットル入りのグラスで30ペニヒ)、50リットル入りのビール樽の搭載量は、乗組員さんの証言によれば500から1000樽に達したそうで、しかも保存中に気の抜けてしまったビールに、再び炭酸を添加する特別な装置まで用意されていたんですとか

無題
Name名無し 22/12/21(水)21:07:11 No.545805
そんな「ビスマルク」が1941年5月27日、エゲレス海軍によって撃沈される直前の最後の二日間の艦内の食事メニューは
・25日
朝:コーヒー・ジャム・バター 昼:ジャガイモとプティング 夕:紅茶・バター・卵・ソーセージ
・26日
朝:コーヒー 昼:スープ・肉とジャガイモ・レモン 夕:コーヒー・バター・チーズ・ソーセージ
…という献立であったとのこと(コレにパンが付くんでしょうね)

「最後の晩餐」にしては簡素というか質素な気がしますが、英艦隊と接触してのち、絶え間なく水上艦艇や艦上機との交戦が続いた「ビスマルク」艦上ではあまり落ち着いて食事をとる雰囲気でもなかったでしょうし、調理場としてもこれでも精いっぱいのメニューであったのかも知れないですな

ともあれ、その後勇戦空しく沈んだ「ビスマルク」艦内には、遂に抜かれることのなかったビールの樽の山が、今も一緒に眠り続けているんですかしら…

無題
Name名無し 22/12/22(木)04:43:25 No.545815
ドイツ海軍は艦上飲酒OK組だったんだな
というかほんとに禁酒だったのはアメリカ海軍だけか・・・

無題
Name名無し 22/12/22(木)08:32:55 No.545818
http://may.2chan.net/39/src/1671665575850.png
武蔵で魚雷20本前後、大和で10本前後耐えたという話だが

イタリアの海戦を調べていたら出てきた
プリエーゼ式水雷防御システムこちらだともっと耐えるんだろうか?
なんか大層な名称に弱く凄いシステムに感じられちゃう

無題
Name名無し 22/12/22(木)12:02:26 No.545822
>プリエーゼ式水雷防御システムこちらだともっと耐えるんだろうか?
製造の手間が掛かる割に効果は限定的だったと言われているね

無題
Name名無し 22/12/23(金)16:41:09 No.545861
>プリエーゼ式水雷防御システムこちらだともっと耐えるんだろうか?
>製造の手間が掛かる割に効果は限定的だったと言われているね

横から「プリエーゼ式」の問題点を追加。
被雷した以上は帰投して、それなりの造船所なり、工廠で修理する必要がありますが、「プリエーゼ式」で被雷しまうと、その水雷防御そのものだけでなく、周辺の水密区画まで歪みが及ぶので、総取り替えしなければならない破目に陥るそうです。
要は、従来型の単純な隔壁構造の方が「工期短め→安上がり→戦線復帰も早い」ので「プリエーゼ式」は良さげに見えても運用とか修復の事迄考慮すると問題が多い防御システムだったみたいです。

無題
Name名無し 22/12/23(金)18:12:45 No.545862
触雷すると中に充填された水密鋼管、つまり鉄パイプが隔壁やら突き破る二次被害もおきるとか

無題
Name名無し 22/12/23(金)20:17:28 No.545865
>プリエーゼ式水雷防御システムこちらだともっと耐えるんだろうか?
更に横から「プリエーゼ式」の問題点を追加。
艦首付近に魚雷等で被雷するとその衝撃が、有ろう事かプリエーゼ式の内筒を通じて艦尾付近まで伝わり、返って船体全体に損害が拡大すると言う欠陥がありました。

無題
Name名無し 22/12/23(金)23:04:33 No.545869
プリエーゼ式水雷防御ダメダメやん
魚雷30本ぐらいいけるいけるだと思ったのに

次期戦闘機でイタ公と組むのが不安になってきたw

無題
Name名無し 22/12/24(土)00:00:11 No.545870
>プリエーゼ式水雷防御ダメダメやん
バルジを張らずに同じ防御力を得られる触れ込みだったのよ
高速性能を維持したいイタリア戦艦には最適の防御システムだったはずなんだ

無題
Name名無し 22/12/24(土)11:24:45 No.545879
>>プリエーゼ
とりあえず一回の戦闘で十分な防御効果を発揮してくれれば、「われらが海」が主戦場であるイタリア海軍艦艇は航空機と水雷艇に守られた本土の港でばっちりみっちり修理が行える目論見もあったかも?

金と資材と、時間orそれに置き換えられるマンパワーが揃ってる国ならば全然ヘーキヘーキ。
実際どうだったかは皆さんご存じだが。

無題
Name名無し 22/12/23(金)23:04:33 No.545869
プリエーゼ式水雷防御ダメダメやん
魚雷30本ぐらいいけるいけるだと思ったのに

次期戦闘機でイタ公と組むのが不安になってきたw

無題
Name名無し 22/12/24(土)00:00:11 No.545870
>プリエーゼ式水雷防御ダメダメやん
バルジを張らずに同じ防御力を得られる触れ込みだったのよ
高速性能を維持したいイタリア戦艦には最適の防御システムだったはずなんだ

無題
Name名無し 22/12/24(土)11:24:45 IP:153.168.*(ocn.ne.jp)No.545879+
>>プリエーゼ
とりあえず一回の戦闘で十分な防御効果を発揮してくれれば、「われらが海」が主戦場であるイタリア海軍艦艇は航空機と水雷艇に守られた本土の港でばっちりみっちり修理が行える目論見もあったかも?

金と資材と、時間orそれに置き換えられるマンパワーが揃ってる国ならば全然ヘーキヘーキ。
実際どうだったかは皆さんご存じだが。

無題
Name名無し 22/12/24(土)12:26:33 No.545883
http://may.2chan.net/39/src/1671852393354.webp
プリエーゼ式水雷防御システムで話題のローマの艦内写真
まるで何処ぞの豪華客船と見違える様な内装です。
これでも飽くまで戦艦ですよしかも戦争最中

無題
Name名無し 22/12/24(土)12:27:58 No.545884
http://may.2chan.net/39/src/1671852478371.jpg
更に追加写真
同じ枢軸同盟の旧帝国海軍との違いは大きいですね。

無題
Name名無し 22/12/24(土)18:01:05 No.545890
まぁ士官用の船室なんでしょうけど
兵員用だったら凄すぎる

無題
Name名無し 22/12/24(土)19:42:00 No.545894
http://may.2chan.net/39/src/1671878520180.jpg
司令部施設なら(画像は三笠)
まあ火災の恐ろしさを本当に知っているのは太平洋で闘ったアメリカと日本の海軍だけとも聞くが

無題
Name名無し 22/12/25(日)02:44:41 No.545903
1671903881606

何故かプリエーゼ式水雷防御欠陥論が一部でも根強いんだが、
例えばタラント空襲で着底したカイオ・ドゥイリオはそもそも戦艦金剛の翌年に進水した老朽艦で、海軍休日時代の条約型戦力整備を間に合わせるため無理やり改装したのが1937年なんだけど、本来高度な溶接技術が必須なプリエーゼ式を採用するには元の戦艦も古過ぎたが当時想定し得る水雷防御と機動性の両立はそれしか方法が無かった事。
そもそもタラント空襲の被雷事例はプリエーゼ式水雷防御と関係無く艦底部で魚雷が炸裂した理想的なバブルパルス破壊状態でありかつ水深の浅い海底からの反射波で威力が増大した事。
最初からプリエーゼ式水雷防御を設計に組み込んでいるヴィットリオ・ヴェネト級では設計の目的通りに機能しているんだよね。
もっとも戦後の魚雷設計は艦底起爆によるバブルパルス破壊が主力になるから廃れるわけだが。

無題
Name名無し 22/12/25(日)02:49:24 No.545904
ヴィットリオ・ヴェネト級は1941年のプロパガンダ映画「La Nave Bianca」で
その美しい姿を外見も中身も惜しげもなく曝け出していますね
戦時中なのに軍事機密とか防諜の概念が欠片も見当たりません正気でしょうか
https://youtu.be/krFxUrZsYqw

無題
Name名無し 22/12/25(日)22:40:06 No.545925
>戦時中なのに軍事機密とか防諜の概念が欠片も見当たりません正気でしょうか

どだいこの国の威信をかけた糞デカい物を隠匿しようってのが無理な話で
戦中にはそれ程、大和の知名度はなかったというが
陸軍は知ってる、呉在住の民間人も知ってる、東京の民間人は知らないぐらいだろうが
肝心の米軍は特攻も知っててぎりぎりまで艦隊戦ができないか検討してたが
残念ながらタイミングが合わず空母で仕留めるのにGOサインが出てしまったって事は

これはほぼ正確な性能情報も掴んでいたと見るべきでしょう

無題
Name名無し 22/12/25(日)23:06:24 No.545926
>戦時中なのに軍事機密とか防諜の概念が欠片も見当たりません正気でしょうか
イタリア海軍「戦艦の大きな役割は存在自体による抑止力なのにアピールするどころか徹底的に隠すってアイツら正気か?」

無題
Name名無し 22/12/22(木)21:23:41 No.545844
http://may.2chan.net/39/src/1671711821334.png
近代戦艦の革命児「ドレッドノート」には、魚雷発射管も5門ほど搭載されていたそうなんですが、以降に続いた各国のド級及び超ド級戦艦でも、暫くは魚雷も戦艦の重要な兵装の一つとして、艦内に発射管と魚雷本体、調整施設を設けるのが普通であったんですとか

WW1最大の海戦であるシュトランド沖海戦の際も、英独の戦艦および巡洋戦艦の一部は実際に魚雷を発射していて、例えば21インチ(約53センチ)発射管2門と魚雷14発を塔載していた英巡洋戦艦「ライオン」の場合、海戦中に独巡洋戦艦部隊に対し6発、軽巡「ヴィースバーデン」に1発の計7発、塔載量の半分、英主力艦中でも最多の本数を発射しているそうなんですが、内命中したものはゼロであったそうです

一説では英独主力艦全体での合計発射数も英13発、独6発に過ぎなかった上、やはり一発も命中したものはなかったと判定されているとのこと

無題
Name名無し 22/12/22(木)21:24:10 No.545845
1671711850298

発射数自体が少なかったこと、適切な発射機会に乏しかったこと、彼我の交戦距離が長すぎて、有効射程に至らなかったこと…などが不振の要因であったそうなんですが、それでも互いの主力艦の「雷撃能力」への懸念が心理的影響を与えた…と評価する声もなくはないんだそうで

もっとも、「ライオン」と激闘を繰り広げた独巡戦「リュッツォー」などの場合、両舷水線下に各舷1門ずつと、艦首艦尾に1門ずつの計4門の魚雷発射管を持ち、艦の全周に向けて発射管を備える設計でしたが、海戦中英巡戦隊に向けて発射した2発はやはり命中せず、逆に英艦隊からの反撃の砲弾が前部魚雷室を貫通、ここへの大浸水が後に致命傷となって、遂には艦を放棄せざるを得なくなってしまったそうです

独側ではこの戦訓を重く見て、海戦後同型艦の艦首魚雷室を廃止しているそうなんですが、殴り合い前提の主力艦の艦内に、魚雷用区画を広く取るのは、やはり防御面からはおすすめ出来ない設計なんでしょかね…?

無題
Name名無し 22/12/23(金)00:30:29 No.545851
>彼我の交戦距離が
>長すぎて、有効射程に至らなかったこと…など
WW1時代の魚雷は35ノットで6000mほどの射程とのことでユトランド沖での交戦開始距離10~15kmから近づくのは難しい上に35ノットじゃ遅すぎて相当数撃たないと命中は期待できないでしょうね

無題
Name名無し 22/12/23(金)12:18:09 No.545860
ドイツ海軍だったかは魚雷を山程積んで大口径主砲も備えた重雷装巡洋戦艦も企画していたはず・・・
まあ、どう考えても被弾時の二次被害が洒落にならなかなくなっただろうけど

無題
Name名無し 22/12/23(金)20:09:37 No.545863
http://may.2chan.net/39/src/1671793777254.jpg
WW1終結後、エゲレス海軍の方では戦艦塔載魚雷について必ずしもその価値を失ったとは考えておらず、むしろシュトランドでは性能不足で活用できなかった?ならばもっとスッゴイ魚雷を積めばよいではないかっ!?という結論に至っているんだそうで

そんなわけでワシントン条約締結時「ネイバル・ホリデイ」前に最後に建造された「ネルソン」型戦艦では、新たに開発した速度・射程を大幅に伸ばせる新兵器酸素魚雷が搭載されることになったそうなんですが、それまで英戦艦では伝統的であった水中の舷側に設けた発射管も、魚雷に垂直に当る水流が与える悪影響を考慮して、新戦艦では艦首にむけて潜水艦めいた形式で装備すると共に、酸素魚雷の運用・調節・格納の為の広大な魚雷室を艦内に備える設計になったそうです

無題
Name名無し 22/12/23(金)20:11:01 No.545864
1671793861457

この「ネルソン」型向けの酸素魚雷開発が、なにかエゲレス人がえらい魚雷を開発しているらしいぞ!と日本海軍の興味を引き、それがきっかけで後にIJNの伝家の宝刀となる日本版酸素魚雷の開発に繋がった…という話は有名なんですが、多大な労力とコストを費やしたであろう「ネルソン」型の新型魚雷装備も、結局実戦では「ロドネー」がビスマルク追撃戦の際、数発を発射したのみで、もしかしたら命中したかも…命中してたらいいなあ…というのが唯一の使用例であったんですとか

「ネルソン」に至っては戦中、イタリア潜水艦が放った魚雷がよりによって「魚雷室」に命中し、高価な酸素魚雷を大量にオシャカにされたうえ、雷装設備もその後破棄されたとのこと

やっぱり戦艦には向かない装備だったのかもですが、少なくとも「実戦で最後に戦艦で魚雷を使用した」という名誉?だけは、英海軍に帰することになったわけですな…w

無題
Name名無し 22/12/25(日)04:53:46 No.545905
1671911626447

シュトランド沖海戦の際勇戦したエゲレス戦艦「ウォースパイト」が、戦闘中被弾した敵砲弾は各種合計計29発に及んだそうなんですが、16番目の命中弾はちょうど艦の兵曹長サンたち用の調理室に命中してこれを破壊したそうで、ちょうどその下にいたある機関員さんは思わず
「俺の晩飯がなくなった!」
…と叫んでしまったそうですw

また、同艦の信号手だったジョン・チェスマン=サンの回想によると

「ぼくの友だちに(略)信号手のハーバート・ポーターがいるのだが、彼が猛烈な砲撃の間に(略)上甲板に行ったとき(略)砲弾がパン貯蔵所を貫通して中で爆発し、パンをあらゆる方向へまき散らした」
「パンの塊が一つか二つハーバートの頭にぶつかり、彼は気絶して甲板へ倒れた。その直後、二人の負傷兵検査係がその現場にやってきた」

無題
Name名無し 22/12/25(日)04:54:45 No.545906
「一人がもう一人へ言った。
『おい、ここにも一人いるぞ。見ろ、爆発にやられたみたいだ』
相棒が脈拍と呼吸を調べようとした。ちょうどそのとき、ハーバートのまぶたがまばたきし、そして彼らが驚いたことには、ハーバートがつぶやくのが聞こえた。

『畜生、やつらはパンの塊で俺を撃ちやがった』」

…なんてことがあったんですとか

人の頭に激突させたら気絶させられるほどの硬さのパンを、日常的に水兵さん達に食わせていただなんて…

なんて非人道的であったんでしょう、エゲレス海軍は(棒)

無題
Name名無し 22/12/25(日)11:54:32 No.545913
イギリス人「プリンスオブウェールズは不沈艦だぞ(不沈艦じゃなかった)」

無題
Name名無し 22/12/25(日)14:54:28 No.545918
>イギリス人「プリンスオブウェールズは不沈艦だぞ(不沈艦じゃなかった)」
あれは相手が悪かったというか・・・
というか当時の各国の戦艦であの状況を生き残れる艦はほとんどなかったと思う

無題
Name名無し 22/12/25(日)13:48:31 No.545915
なんでも鑑定団で400万円の値が付いた食堂の長椅子の板って
使用当時の写真って残ってたっけ?

無題
Name名無し 22/12/26(月)01:52:00 No.545928
1671987120144

1941年12月10日、マレー沖で日本軍によって撃沈された巡洋戦艦「レパルス」の当日の朝食は、乗艦されていた従軍記者のC・H・ギャラハー=サンによれば
「マーマレード、ハム、ソーセージ、それにバナナという献立だった」
…とのこと

氏によればIJNの陸攻による攻撃開始が、ちょうど昼食時であったそうですので、コレが文字通り「レパルス」艦上でとった最後の食事になってしまったという、乗組員さん達も多かったのではないですかしら

因みに、この日「レパルス」と運命を共にした戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」は、極東への回航の途中、インド洋上のアッズ環礁の基地に燃料補給のため寄港しているそうなんですが、守備隊員だった英海兵隊員エリック・ウィンター=サンによると、同艦の来訪は

「(基地での)主食は固い乾パンで、それに副食はニシンやイワシやトマトと缶詰ばっかり、それと粉末卵といった生活ぶりです」

無題
Name名無し 22/12/26(月)01:52:18 No.545929
1671987138895

「そんなところへ来てくれたプリンス・オブ・ウェールズでしょう。みんな泣くほど喜びましたよ。艦じゃさっそくクリスマスの御馳走を料理してとどけてくれました」

「焼きたてのパンに果物に肉に新鮮な野菜その他(略)ビールもくれましたし、ひと口ずつでしたけど海軍ラムにまでありつけました。みんな久しぶりに王様にでもなった気分で、たらふく飲んだり食ったりでした」

…という、なんとも嬉しい出来事であったそうですw

もっとも、少し早めのクリスマス・プレゼントを運んできてくれた、海に浮かぶ鋼鉄のサンタクロース=サンが、その後再びアッズ島を訪れることは遂になかったわけですが…
引用元:http://may.2chan.net/39/res/545620.htm