ソ連軍の秘密戦史32
船頭多くして船山に上る


文:nona


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https://nsarchive2.gwu.edu/nsa/cuba_mis_cri/photos.htm

B-130とされる画像

B-130

 10月29日の夜、B-130は西インド諸島、カイコス水道北東の300マイル付近で充電のため浮上していました。

 B-130が3基搭載するディーゼルエンジンのうち2基はこの頃までに故障しており、残る1基も不調。出力は3割しか出せずにいました。
 バッテリーへの充電はゆっくりとしたものでしたが、規定の交換寿命を過ぎていたことから充電で加熱。電解液は120℃に達し艦内に塩素臭を発していました。
 幸い周辺は雨が降り海面も荒れ模様だったため、レーダー探知を避けるには有利な条件だったのですが、そのような状況にもかかわらず哨戒機に発見されてしまいます。

 B-130は急速潜航したものの、バッテリーの充電が完了していなかったため2ノット程度でしか航行できず、ASW部隊によって包囲されてしまいます。

 そのさい、船体に「くそペーパー爆弾」が接触し、直後に炸裂。耐圧殻の内側に爆音が響きます。

 艦内の湿度が極端に高いため、衝撃でまった埃を核として結露し、艦内に霧が生じました。

 B-130は17時間にわたって海中を低速で逃げ回ったものの、ついにバッテリーが切れたことから、午後6時30分にやむなく浮上。

 このとき、海上の駆逐艦が誤って砲口をB-130に向けていたため、シュムコフ艦長も通常魚雷を装填した発射管前扉を開くよう命令。双方に緊張が走ったものの、駆逐艦が間違いに気づき砲口を正面に戻したため、大事には至りませんでした。


核魚雷の準備を

 危うく魚雷を発射しかけたB-130ですが、海中に身を潜めていた時に艦長は核魚雷の発射準備を命じていました。

 周囲に緊張が走り、核魚雷を管理するために特別に乗艦していた特殊兵器保全士官は狼狽。

 艦内電話で「参謀本部の特殊兵器部長からの特別命令書なしに魚雷の発射準備ができない」と憔悴しきった様子で伝えると、艦長は保全士官を罵倒。「言われたとおりにやれ」と言い返します。

 これを聞いた保全士官はついに卒倒したのですが、艦長は副長にこっそりと「あれを発射するつもりはない」と語ります。

 艦長としては、目付け役の政治将校に核魚雷の発射準備を整えたことをアピールするのが目的だったようです。保全士官はかわいそうですが。

 アピールの理由は定かではないものの、刺し違える覚悟で浮上した、とみせたほうが艦長の保身になると考えたのかもしれません。


B-4の孤独な戦い

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対潜海域 キューバ危機幻の核戦争P143より引用(ジャスパーコミュニケーションズ社、オーストラリア、シドニー提供(C)1998)
B-4の司令塔の横で海水浴に興じる(?)乗員

 ソ連海軍がキューバへ派遣した4隻の潜水艦のうち、B-36、B-59、B-130は相次いで浮上させられ、米艦の監視のもと、東への航路を余儀なくされました。

 しかし、B-4だけは米艦による継続した追跡を受けることなくカリブ海に潜み続けます。

 28日にキューバのミサイル基地は解体されたものの、米国は安全を確認できるまで海上隔離措置と戦略空軍のDEFCON2は維持。

 米国への刺激を避けるためにB-4はキューバへ入港できず、その海岸を眺めながら、周辺海域で哨戒を続けました。

 そんな中で艦長のケトフ中佐と、B-4に同乗する戦隊司令アガフォノフ中佐の間に摩擦が生じ、11月2日に二人は激しく対立します。

 きっかけは海中通信の不通でした。

 司令は本国との通信を維持するため、電波状況のいい海上で定時放送を受信すべきと主張。対する艦長は潜望鏡から哨戒機が見えたとして、浮上を拒否したのです。

 このとき、司令は自ら潜望鏡を覗き、哨戒機の姿がないとして再び浮上を要請。しかし、司令は視野の狭い指揮攻撃潜望鏡で哨戒機を探していました。

 対空監視では広視野の航海用潜望鏡を使う必要があり、艦長もこれを指摘したはずですが、すでに険悪な関係だったのか素直に聞き入れなかったようです。

 司令は艦長よりも役職では上位にありましたが、潜水艦乗りとしての経験は艦長ほどではなかったのです。

 口論の末、ついに艦長は自身を解任するように申し出ると、自室に引きこもってしまいます。

 その後、司令の指揮でB-4は浮上したものの、案の定哨戒機に発見されてしまいます。
 
 司令は急ぎ再潜航を指示したものの追跡から逃げきれず、結局艦長を呼び戻し、彼の操艦で追跡を回避しました。


B-4の勝利

 この一件の後もB-4は米海軍の追跡をかわし続け、11月20日に米国が海上検疫を解除すると、ようやく本国から帰還を指示されました。

 B-4が浮上を強要されずに任務を続けられた背景には、艦長の腕前に加え、新型パッシブソナーRG-10の存在も大きかったようです。

 このソナーは4隻の中で唯一B-4だけが搭載しており、米艦を早期に探知するのに一役買っていました。

 とはいえ、出港した時点では正常に動作しておらず、一人の電子技術員が3週間以上かけて調整し、ようやく動作した代物でした。

 なお、艦長と戦隊司令の対立ですが、司令が特に自己中心的な人物ではなく、口下手で損している一面もあったようです。

 彼は帰還時に乗員の待遇改善を上層部に具申するなど、部下への配慮も忘れませんでした。


参考
対潜海域 キューバ危機幻の核戦争(ピーター・ハクソーゼン 著 秋山信雄 神保雅博 訳 ISBN4-562-03622-2 2003年6月26日)