無題Name名無し 20/03/02(月)23:40:14 No.1298386
無題Name名無し 20/03/02(月)23:49:49 No.1298387
無題Name名無し 20/03/03(火)21:56:14 No.1298452
無題Name名無し 20/03/03(火)22:36:14 No.1298453
無題Name名無し 20/03/03(火)23:56:55 No.1298460
無題Name名無し 20/03/04(水)01:40:19 No.1298469
無題Name名無し 20/03/04(水)06:52:49 No.1298479
無題Name名無し 20/03/06(金)16:56:25 No.1298616
無題Name名無し 20/03/06(金)17:57:25 No.1298619
無題Name名無し 20/03/04(水)01:33:08 No.1298466
無題Name名無し 20/03/04(水)07:31:38 No.1298481
無題Name名無し 20/03/04(水)07:32:38 No.1298482
無題Name名無し 20/03/04(水)10:43:49 No.1298490
無題Name名無し 20/03/04(水)07:50:14 No.1298484
無題Name名無し 20/03/04(水)12:28:47 No.1298493
無題Name名無し 20/03/04(水)12:46:42 No.1298494
無題Name名無し 20/03/04(水)16:20:09 No.1298502
無題Name名無し 20/03/04(水)17:02:27 No.1298508
無題Name名無し 20/03/04(水)18:05:16 No.1298515
無題Name名無し 20/03/04(水)18:05:33 No.1298516
無題Name名無し 20/03/04(水)22:31:26 No.1298535
無題Name名無し 20/03/05(木)21:49:52 No.1298586
無題Name名無し 20/03/06(金)02:00:14 No.1298596
無題Name名無し 20/03/06(金)18:54:45 No.1298621
無題Name名無し 20/03/06(金)22:48:30 No.1298632
無題Name名無し 20/03/07(土)00:01:54 No.1298640
無題Name名無し 20/03/07(土)00:12:44 No.1298641
無題Name名無し 20/03/07(土)02:11:04 No.1298650
無題Name名無し 20/03/07(土)03:38:21 No.1298651
無題Name名無し 20/03/07(土)11:13:09 No.1298661
無題Name名無し 20/03/08(日)08:12:05 No.1298706
無題Name名無し 20/03/07(土)12:33:42 No.1298667
無題Name名無し 20/03/07(土)15:25:17 No.1298674
無題Name名無し 20/03/07(土)15:42:14 No.1298675
無題Name名無し 20/03/08(日)03:10:07 No.1298704
無題Name名無し 20/03/08(日)06:59:43 No.1298705
司馬史観の誤り。ロシア軍総司令官が恐れた乃木希典の歴史的真実
https://article.yahoo.co.jp/detail/4537b7bd68b4e0ab9d985b2566ee4f44f438a7d6
乃木希典と日露戦争の真実 司馬遼太郎の誤りを正す (PHP新書)
posted with amazlet at 20.03.09
桑原 嶽
PHP研究所
売り上げランキング: 23,219
PHP研究所
売り上げランキング: 23,219
無題Name名無し 20/03/02(月)23:49:49 No.1298387
>死者約1万5000人
脚気でその倍死んでるから怖い
無題Name名無し 20/03/03(火)21:56:14 No.1298452
坂の上の雲読んだけど
むしろ乃木には同情的にかかれてなかったか?
司馬がこき下ろしてたのは参謀の伊地知の方だろ
無題Name名無し 20/03/03(火)22:36:14 No.1298453
伊知地はこき下ろされてたけど乃木は褒めてはいないけど悪いやつじゃないってトーンだったかな
無題Name名無し 20/03/03(火)23:56:55 No.1298460
能力ではなく藩閥で選ばれ、軍事知識は古く伊地知の提案を断れない。突撃しか出来ない将扱いだったと思う。
大山や児玉を持ち上げるために、劣った乃木って描写だったような記憶。
無題Name名無し 20/03/04(水)01:40:19 No.1298469
>能力ではなく藩閥で選ばれ、軍事知識は古く伊地知の提案を断れない。突撃しか出来ない将扱いだったと思う。
>大山や児玉を持ち上げるために、劣った乃木って描写だったような記憶。
引っ張り出して確認してみたがそこまでこき下ろすような描写はないよ
作戦家ではなく人格で兵を率いるタイプで基本的に作戦は司令部の参謀任せだった
部隊の和を尊ぶ性格が旅順攻略ではマイナスに作用して参謀たちの暴走を食い止める機会を逸したと言った書き方だね
また途中から参謀たちの意見に反して203高地に戦力を集中させるよう指示を出した(司馬はこれを正しい判断としている)のは乃木だとしている
そしてそれの判断を否定した伊地知をこき下ろしている
無題Name名無し 20/03/04(水)06:52:49 No.1298479
>大山や児玉を持ち上げるために、劣った乃木って描写だったような記憶。
俺も高校時代に読んだ頃にそんな印象だわ
児玉源太郎が超人で乃木が凡将、児玉が指揮してればとか考えた。
大学時代に第一次世界大戦の塹壕戦や、ちゃんとした史書を読んで、乃木は名将だと認識したけど。
無題Name名無し 20/03/06(金)16:56:25 No.1298616
>大山や児玉を持ち上げるために、劣った乃木って描写だったような記憶。
司馬遼太郎作品読むとそういう構成の作品多い気がする
第一小説だし物語を元にした歴史観で歴史を見てしまうのは司馬遼太郎のせいじゃなくて読者の責任だと思うな
無題Name名無し 20/03/06(金)17:57:25 No.1298619
>第一小説だし物語を元にした歴史観で歴史を見てしまうのは司馬遼太郎のせいじゃなくて読者の責任だと思うな
殆どを歴史的事実に拘束されている坂の上の雲は小説と呼べるか疑わしい
とか司馬遼太郎自身が大層意識の高い事書いてるからその理屈もどうかと
無題Name名無し 20/03/04(水)01:33:08 No.1298466
佐藤大輔が酷評してたのは覚えてる
無題Name名無し 20/03/04(水)07:31:38 No.1298481
![]()
【書評】『坂の上の雲』の旅順攻略戦は読み飛ばした方がいい理由
https://www.mag2.com/p/news/230332
無題Name名無し 20/03/04(水)07:32:38 No.1298482
![]()
【書評】おかしな司馬史観。乃木希典が愚将ではないこれだけの証拠
https://news.nicovideo.jp/watch/nw4726372
無題Name名無し 20/03/04(水)10:43:49 No.1298490
>No.1298482
でもこの本はこの本で乃木の崇拝者向けに書かれた本だよね
無題Name名無し 20/03/04(水)07:50:14 No.1298484
『坂の上の雲』では、この203高地への攻撃目標の変更は、児玉源太郎(満州軍総参謀長)が乃木から指揮権を取り上げて強引に行なったことになっているが、実際には児玉が旅順に到着した時には、既に203高地への攻撃は開始されてた。
また、児玉は28サンチ砲等の配置転換も命じたことになっていまるが、これも実際には行なわれていません。これ位のサイズの大砲になると当時は短時間で配置を変更できなかった。
無題Name名無し 20/03/04(水)12:28:47 No.1298493
中学のころ最初に「坂の上の雲」読んだころは乃木司令部に腹が立ったけど
作戦とか戦術のこと知らずともその後第一次大戦の話をちょっと聞いたら
「あれ、10年後にもっとひどいこと4年もやってる?」となって
いろんなことに疑問を持ち、いろんな主張を疑問の目で見るようにはなった
(その姿勢が人生にプラスに働いてるのかそうでもないのかはわからない)
無題Name名無し 20/03/04(水)12:46:42 No.1298494
司馬史観 誤りだらけって事で終わりにして
陸軍記念日も近いことだし、その話題に変えないか?
無題Name名無し 20/03/04(水)16:20:09 No.1298502
司馬史観っていっても所詮ノンフィクションですらない
小説の内容であって小説家個人の見解
乃木の旅順攻略の戦いから第二次大戦に至る旧軍の歪み
みたいなのを見たのかもしれんね
無題Name名無し 20/03/04(水)17:02:27 No.1298508
兵数が同数で、大砲は2倍でベトンで固められ機関銃のある要塞を落としたのは普通に凄いと思うけどな。
世界初の塹壕戦で、これだけの実績を挙げてれば名将なんだがな。
そのあとの奉天会戦でも活躍しているしさ。
死者の数は、脚気に患った兵士の方が多いし。
確か、死者のような患者達が機関銃を恐れずに突撃したことが、ロシア兵が恐怖したって言うし。
無題Name名無し 20/03/04(水)18:05:16 No.1298515
連発式ボルトアクション小銃を構えて塹壕に籠った敵を突破する方法って結局第一次大戦でも部分的に確立されたにすぎないという認識。
ブルシーロフが先鞭をつけた浸透戦術がそれなんだろうけど、それだって塹壕帯は突破できるけど突破した後は歩兵の足の速度の限界から戦果(不動産獲得の観点から見て)の拡大とか一回の攻勢での決定的な勝利は難しかったように思える。(相手がそういう戦術をとることが分かっていれば陣地の縦深を深めるとかで対策されたみたいだし)
あと、日露戦争の旅順みたいな比較的狭い山がちなところに敵が包囲されていると迂回・浸透がうまく行とは想像しにくい。
砲兵による準備射撃に関してもWW1で何日もぶっ続けで撃ったあげく防衛機能の破壊には失敗ということもあるし。(ただしこの点はもし旅順のロシア軍が塹壕に散るんではなくて「いかにもな要塞」である堡塁に籠ることが多かったんだとすれば、28㎝砲は有効だったのかも?)。
無題Name名無し 20/03/04(水)18:05:33 No.1298516
「ああしていればこうしていれば」はいろいろあっただろうけど戦争は相手がいて相手だって頭脳はあるんだからこちらが違う手を打てば何かの対策は考えるし実行する。
定理定式で戦争に勝てるんなら苦労はない。
このころの戦争って相手が損害に音を上げて負けを認めるしか勝つ方法が無いように思える。だから消耗の交換比率をできるだけ良くする必要があるけどそれには時間がかかる。
旅順を落とさないと北進はできないしバルチック艦隊も来ちゃうんで急がなきゃいけない。(黄海海戦でロシア艦隊が実質機能を停止していたことは途中では分からないし)
そんな板挟みの中で乃木希典は戦線に近くて自分の息子二人と多数の部下の死を直視する立場にあっただろうからそのことで心理的に傷ついて、苦しんだんだろうな、と思う。
無題Name名無し 20/03/04(水)22:31:26 No.1298535
あの本は明治の精神論は綺麗な精神論と言わんばかりの事書いてるのが
なんだかなぁってなる
無題Name名無し 20/03/05(木)21:49:52 No.1298586
そもそもが昭和中期の価値観で書かれた小説だからね…
「割って城を」で「武勲ではなく茶の湯で成り上がった軟弱者」として描かれた
古田織部も「へうげもの」でイメージ塗り替えられたし
司馬遼と同等以上の熱意で史料にあたって執筆すれば
司馬史観を書き換える事も出来るでしょ
今は当時より史料にアクセスしやすい令和の時代なんだし
無題Name名無し 20/03/06(金)02:00:14 No.1298596
>古田織部も「へうげもの」でイメージ塗り替えられたし
俺は「織部好み~」で塗り替えられてしまった。
無題Name名無し 20/03/06(金)18:54:45 No.1298621
出版当時から、元軍人や歴史研究家達から誤りを指摘されたが
司馬遼太郎は頑なに、間違いを変えなかったそうだ。
無題Name名無し 20/03/06(金)22:48:30 No.1298632
司馬先生といえば戦車のヤスリがけ。
無題Name名無し 20/03/07(土)00:01:54 No.1298640
小説や映画はそもそも娯楽の具なんだから作者がどういうつもりで何言おうが参考程度以上に受け取る方のリテラシーに問題があると思う。(作者が単に愚かだったりより悪質で悪意があったりする場合の作者の責任とはまた独立して)
まあ、それを言ったらニュースや新聞、思想書や学術書だって程度の差はあれ「参考程度」には変わらないと自分は思ってるけど。
人間の恣意が入らざる得ない文系分野は何もかも疑う前提でないと危ないと思う。
それは正解など無く自分で考えなきゃいけないことも多いとても面倒でコストもかかることだけど、しょうがないと思う。
だから自分はできるだけ「今の」「自分は」「こう思う」という表現を使うようにしてる(文章が冗長になるときはまあ、省略するけど)。
無題Name名無し 20/03/07(土)00:12:44 No.1298641
軍事以外でも県名と県庁所在地の名称が違う県は幕末の朝敵っていう説を広めた片棒担いでるからなあ司馬遼太郎
>司馬先生といえば戦車のヤスリがけ。
削りに対する硬度と物質の靭性をごっちゃにしちゃってるのが実にアレ
無題Name名無し 20/03/07(土)02:11:04 No.1298650
三国志演義を史実と違うと言ってるようもん
小説を入口にして自分で調べるのが良いと思うわ
無題Name名無し 20/03/07(土)03:38:21 No.1298651
俺は、教師から「坂の上の雲」は歴史書として優れてるから読めと言われた世代
無題Name名無し 20/03/07(土)11:13:09 No.1298661
学研の歴史まんがと同じ存在でしょ
歴史に興味持たせる入り口にはなるけど、物語を面白くさせるための演出が入っている以上、娯楽作品であって史書ではない
盲信するのも、やたらと敵視して否定しにかかるのも野暮
無題Name名無し 20/03/08(日)08:12:05 No.1298706
>学研の歴史まんがと同じ存在でしょ
ふと小学校の頃を思い出した。頼朝の巻を見て、
「泣く泣く弟を切ったんやで」ってニュアンスだったのに、次に義経の巻を見たら
「生意気な弟切ったろ」なニュアンスになってて……
あれが歴史の見方を教えてくれたわ
無題Name名無し 20/03/07(土)12:33:42 No.1298667
ドラマは当時の小説描写と現在の歴史的評価をいかにしてすり合わせるか
脚本などスタッフが苦労してる印象はあった
無題Name名無し 20/03/07(土)15:25:17 No.1298674
ロシア側の失敗ってあったのかな?
革命でやる気を失せて十分に戦えたのに
撤退、降伏になったと昔TVで見た
無題Name名無し 20/03/07(土)15:42:14 No.1298675
青物が食えなくて壊血病になってた
無題Name名無し 20/03/08(日)03:10:07 No.1298704
モヤシ作れてたらロシアが勝ってた。
無題Name名無し 20/03/08(日)06:59:43 No.1298705
原爆作れてたら日本が勝ってた引用元:https://cgi.2chan.net/f/res/1298385.htm
というレベルに近い話
坂の上の雲 第3部 ブルーレイBOX [Blu-ray]
posted with amazlet at 20.03.09
ポニーキャニオン (2012-03-21)
売り上げランキング: 3,852
売り上げランキング: 3,852




![坂の上の雲 第3部 ブルーレイBOX [Blu-ray]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51dGJYiusTL._SL160_.jpg)

コメント
当時の製造担当してた人が「指定されてた材料無かったので普通の鉄で作ったんやけど」という
ぐだぐだな落ちがついたとどっかで聞いた記憶が(大分うろ覚え
あれ以上、兵数的に守るのは厳しかったみたいだけどな
兵力の補充がきかない要塞側は消耗戦に持ち込まれれば終わりよね
それを踏まえていうと乃木が名将はやはり持ち上げ過ぎな気はする。軍事面では普通じゃないかな。統率面では見るものはあったと思う。
50年以上前の小説家に、彼らはいったい何を負わせているんだろうか。
日露戦争終わった後の講演会で私が貴方達の親兄弟殺した乃木大将ですって名乗って謝ってる。
名将に持ち上げられてるのはロシアの新聞に敵国の司令官なのに絵付きで載ったり
クロパトキン?司令官が乃木が迫ってきてるって聞いて逃げようって言ったからかね?
今やらせたらもっと似てるかも
小説家なのに歴史家として持ち上げてる人もいたし小説の内容を史実と誤認してる教員もいた。
良くも悪くも影響力持ったんでしょ。
その姿を見てきた乃木さんゆえ、明治天皇崩御の際に夫婦で自害。
凄いと思わんか?
自害する前に自分の人生経験や失敗、こうすればよかったことを
きちんと後世の研究材料に残しておかないと。
敗軍の将兵を語らず、という話があるが、あれはその上で
敗軍の将から教訓を聞き出した韓信を称えるものだから
そもそも日露戦争後に旅順での責任とって辞めるはずだったけど明治天皇が自分が生きてる限り引退を許さなかった。
後奥さんの自決は予想外だったでしょ、辞世の句や遺書を渡してたのに。
それと朝日だが新聞紙は古い価値観と批判して夏目漱石らが先生?で作品で対抗するあたり当時でも賛否両論だった。
ただ乃木大将のやり方は悪い例の根性論や精神論に歪められてる。
評価が回り続けてるんだよな
特別無能でも有能でもなかったって判断にいつかは落ち着くでしょ
短編だが、芥川龍之介も短編だが乃木将軍についての話書いてるな
どんな人物だったか少し匂わせてくる
そもそも自害したのは西南の役で軍旗奪われたからなんやろ?
ワイの読んだとき「ヤスリで削れない鉄ってあるんか。はぇ~…」
伊地知は(WW2の能力も人格も破綻していた一部の日本軍将官たちにダブらせて)ボロクソであったのに比べ、
乃木は凡庸だが、旧士族階級の倫理観の一典型として一定の評価はしてたのは間違いない
死ぬ原因を作った挙句、抗議した軍医を権謀術数で左遷して、
自分の責任を死ぬまで認めなかった森鴎外でしょ。
代表作の舞姫も自分がハニトラにかかった体験談だし、
日露戦争の一貫して乃木ばっかりが論争になる風潮はなんかおかしい。
森鴎外が学んだドイツ医学が悪い(責任転嫁)。
乃木さんは良くも悪くも新世代の戦いを引いてしまったある意味ハズレくじの人やね。塹壕戦に移行した段階で、タイムリミットまでに少ない犠牲で旅順を陥落させるには3倍の重砲を持ってくるくらいしか対応策がない。
ISRの重要性を教えてくれていると思えば、事実関係がいろいろ問題があったとしても、有益な部分もあるとはいえるんじゃないかなぁ。
203高地の内容は小説としてみれば圧巻だよ。あれほど陰鬱な気分にさせる内容をあれだけ書き続けられたのはすごい。
それがあるからこそ日本海海戦の大勝利のカタルシスがあるわけで。
でもやっぱり小説と事実は分別しないとね。
少なくとも地図の一点を打つために何人も機関銃でミンチになるなんてことはなくせたと思うけど。
海軍としてはバルチック艦隊が来る前に旅順落とさないと艦隊決戦に支障が出るから。
それにドローンあっても第一次大戦みたく泥沼の塹壕戦になって余計に死者が出てたかもな。
乃木神社で成人式やるしね。ファンが凄いやってくる。
後、乃木神社に奉納されてる絵馬を見るとビックリするよ。
舞姫はハニトラにかかった体験ではないだろ。ちゃんと読んだのか?
無理だと思う。火点が解ってもどうにかする手段が無かったわけで。
それに旅順戦の損害の多くは実のところ機関銃というよりロシア軍火砲と地形のあまりに不利さによることがおおきい。
植栽の無い見晴らしの良い斜面を100メートル以上も上るんは地獄よ。
旅順戦の途中から第三軍は鹵獲したロシア軍の小型火砲(47ミリ程度のやつ)を歩兵砲として近接援護に使っていくらか効果を上げている(これはロシア軍の戦法を真似たもの)。
掩蓋付きの火点を作られると野砲や九センチ臼砲(迫撃砲的な小型砲)では対処できず、ピンポイントで狙えない(あてにならない)重砲の支援に頼るか、歩兵の数で押して側面や背後に出て包囲的に攻撃するしかなかった。
砲撃だけじゃ防御拠点を潰しきれないよ。最終的に坑道を掘削して永久堡塁を爆破して歩兵が突入したのも28センチ砲をもっていしてもべトンの防御術工物は潰せなかったから。残りの防御施設は破壊できても、すぐに予備兵力が入って来て再使用してしまうので無理にでも占領するしかなかった。
旅順戦は戦術を追いかけてみてもいろいろ面白いよ。
今でも売れてるからしょうがない
日本人てこうゆうのメチャクチャ弱いのよね。
昔は軍隊に入ると白米が食べられるのがメリットだったという話を聞いたことがある。徴兵されて士気が低いからこそ、メンタル面を維持するに白米は有効だった。
海軍は実態は伴わないけど、志願制で士気が高く、比較的お金があった人か街の人が多くて白米に拘らなくても良かったという話も聞いたことがある。
後世の小説での乃木なんかより、現実に神格化してしまった東郷平八郎の方がまずかったんじゃないかなあと思う
わけのわからない東郷の神秘性なんかより、藤井 較一さんのロジスティックさをですね
乃木さんも神格化された訳で。ところが戦後になって「機密日露戦史」が発売されて実は旧軍の陸大でも乃木将軍は無能扱いだったんだ、じゃあ神格化は何だったんだということになった。
司馬もその路線で「坂の上の雲」の旅順戦描写へと。
ちなみに戦前から乃木無能論があったことは宿利重一の本とか第三軍参謀だった佐藤鋼次郎の回想録を読むと解る。
初めて読んだ時から娯楽作品だとしか思わなかったが
アレを史実だと思い込む方々に教育者が居るとはね架空戦記を真実だと言われた気分だ
その昔、防大で学生に「坂の上の雲」を読ませて感想のレポート書かせた教官もいるからまあね。
> その後第一次大戦の話をちょっと聞いたら
だよなぁ……。
あれ?、戦死者の桁が違う作戦をなんでこう繰り返すんだ?と思ったよ。
という事に尽きる話だと思いますけどね。
それに乗る人も反発する人も居て評価のシーソー状態になるという
歴史上有名な人のよくあるースですのですから
こういった流れ自体が一つの教科書の様に残ってくれればよいのですが
それができないので、繰り返されるのでしょうね。
それはともかく「司馬史観」という言葉はいつ、誰が作ったんでしょうね
その直後に乃木神社に置かれている学会誌=同人誌で乃木伊地知の擁護されたものを読んでも「苦しい言い訳w」程度にしか思えないほどの影響を受けてしまった。
でも坑道戦術という後に塹壕戦に繋がる先方の確立といい、砲撃の拠点すり潰しと援護射撃・支援射撃といいベストではないがベターな回答を導き出していると思う。そもそも運動エネルギーそのものを破壊に当てる直射砲、かつ徹甲弾ならともかく初速の遅い臼砲に近い28cm榴弾砲やら当時の重砲を戦線から数キロ近づけたところで危険にさらされるだけでは、と思う。大砲の曲射、間接照準が行われたのも日露戦争だったような記憶がありますが、西南戦争とおなじ「従来の戦術を踏襲するには武器の性能が上がり過ぎた戦場」というものを感じる。
「坂の上の雲」は元々産経新聞に連載されていて、司馬遼太郎自身も産経の関係者だったから懇意にしていた 司馬史観というのは90年代後半、例の保守系歴史教科書運動と共に言われ始めて、再掲載されたんだよね
ただその後一部の保守論客から批判が出始めて、次第にハブられるようになっていった そこから司馬の作品全般への批判も始まった、というのがジジイな私の記憶
司馬史観って言葉や概念は、やはり司馬本人が死去してから取り沙汰されたものだったと記憶しています。
もちろん生前から抽象的に使われた事はあったかも知れませんが、万人が共通の意識を持った言葉になったのは、死後に彼の言行を総括しようとする「まとめ」的な評論に伴って、出来上がった概念だと思いますよ。
最後の長編韃靼疾風録以降は紀行文や随筆ばかりでしたから、作家というよりも日本史や文化に関する大家という存在でした。死後に自身の司馬史観が云々と言われている令和の状況を知ったら、泉下の本人も面倒臭えと感じるでしょう。
これが戦車マガジンだかの雑誌で取り上げられて、いやあれは溶接のため表面高架処理をしない装甲に変えたんだという意見が出されたんだけど。
これに対して生産現場にいた人から、いや確かに装甲材質は落としてたよという話が出て、今にいたるもよく解らないということに。
読んでくれる人いるかな。
コメントする