将来の宇宙兵器はこうなる⁉︎ 前編:新機軸の小型衛星を中心に

文:誤字脱字 ツイッターブログ

訓練中にPRC-117戦術衛星通信装置を展開する米空軍の兵士。現代戦において衛星の活用は大きな意味を持ち、”宇宙兵器”とはつまり偵察衛星や通信衛星であると言っても過言ではないだろう。(画像:アメリカ国防総省
 

 前回は宇宙防衛の入門書を紹介しましたが、もっと具体的に今後”主戦場”となる宇宙防衛の様相とそこで使われる”宇宙兵器”の話が気になる人も多いのでは無いでしょうか?
 SF映画に出てくるような派手な”宇宙兵器”は今の所は公表されていませんが、現在進められている民間の宇宙関連の動きや提案されている研究から宇宙の軍事利用と”宇宙兵器”の未来について考えてみたいと思います。

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現在の偵察衛星の能力とは?

 偵察衛星といえば軍用衛星の典型のように思われるかもしれませんが、現在では民間の商用地球観測衛星の性能が飛躍的に向上しており国家機関の保有する高性能偵察衛星を補完する関係になっています。
 例え大型高性能な偵察衛星であっても少数では広大な地球全体を毎日撮影する事は出来ません、一方で最近の民間宇宙開発は侮れないもので米国プラネット社は100機以上もの小型画像衛星を打ち上げて全世界全地点を最低一日一回撮影可能な体制を構築しました。[1]
 プラネット社の衛星網は大型偵察衛星の観測の隙間を埋め、軍組織の情報収拾を強力にサポートするレベルにまで達しているのです。

プラネット社の画像衛星が宇宙から撮影したロケット打ち上げの動画、最新の衛星ではこのレベルの動画が一般に販売できるようになっているのだ。(動画:ユーチューブPlanet社チャンネル

 このような多数の小型衛星を組み合わせた「小型衛星コンステレーション」は今後の宇宙開発・宇宙の軍事利用を考える上で重要な動きなので、今回はまずこの動きを紹介します。


「小型衛星コンステレーション」による地球観測衛星網

 「小型衛星コンステレーション」とは何なのでしょうか?
 ある目的のために複数の衛星を軌道上に打ち上げて構築されたサービスは「衛星コンステレーション」と呼ばれており、我々が普段利用しているGPSも米空軍が運用している15〜20トン程度のGPS衛星約30基を組み合わせた「衛星コンステレーション」により実現しています。[2]

File:ConstellationGPS.gif

GPS衛星がどのように軌道上を回っているかの模式図。人工衛星も地球も常に動き続けているのでこのように複数衛星の組み合わせが重要となる。(動画:Wikimedia Commons:El pak

 従来はGPS衛星のように数10トンの大型衛星を少数打ち上げて運用することが多かったのですが、最近の技術革新により小型衛星[3]でも必要十分な機能を得られるようになりその活用が大きく広がっているのです。
 例えば前述のプラネット社が運用する小型衛星「Dove」の大きさはわずか数十センチ四方で重さは5kg、それでいて約3メートルの地上分解能をもち地球観測には必要十分な性能を持っています。
プラネット社の紹介動画、多数の小型衛星により一日一回全世界の地表を撮影するほか、その情報をデータベースとして販売している。(動画:ユーチューブPlanet社チャンネル

 当然技術進歩は世界各国で進んでおり、中国の宇宙ベンチャー企業は500kg以下ながら分解能約1mという高い解像度をもつ小型衛星「吉林一号」シリーズを開発、プラネット社の「Dove」よりも高い画質でロケット打ち上げを動画で撮影したほか、飛行中の旅客機や入港中の米空母の動画、さらに宇宙にある国際宇宙ステーションまで撮影してその高い技術力を見せつけました。
 開発企業は「吉林一号」60基による「世界最大のリモートセンシング衛星ネットワーク構築」を目指しており、宇宙分野においても中国は米国に対して強烈な追い上げを見せています。[4]


そのほかの「小型衛星コンステレーション」

 他にも米国HawkEye360社は重量わずか15kg、3機1組の超小型電波監視衛星を開発して世界初の商用電波観測衛星、実質的なSIGINT/ELINT(信号情報/電子情報)衛星の運用を初めており、不審船の追跡やレーダー電波発信源の特定に利用できるとしています。[5]

 こういった衛星を運用する会社にとって防衛当局をはじめとする政府機関は重要な売り込み先で各社は公式ホームページ上で防衛分野での活用を掲げている他、日本の防衛当局と関係の深いスカパーJSAT社が前述のHawkEye360社の電波監視衛星について販売代理店契約を締結するなど様々な動きを見せています。[6]

 通信衛星の分野でもこの「小型衛星コンステレーション」の波は押し寄せており、従来は高度3万6千キロの静止軌道にある大型衛星により行われていた衛星通信に対して、新しく高度数百キロに数百kg程度の小型衛星を何千何万と打ち上げて全地球規模の超高速通信衛星インターネット網を構築する計画が多数進行しています。
 この新しい通信衛星は欧州軍需産業大手のエアバス社関連企業も計画を進めており、もしもこの種の計画が実現すれば全地球規模で従来の静止軌道衛星による通信とは別次元の高速回線が可能となるのです。[7]

エアバス・ディフェンス・アンド・スペースが公開した小型通信衛星コンステレーションのイメージ動画、大量の通信衛星により全地球規模の高速インターネット提供を目指す。(動画:Airbus Defence and Space公式チャンネル

 2003年のイラク戦争では米軍の衛星通信における商用衛星への依存度は80%に達したという話もあります。[8]
 現代の戦場において無人機の活用や指揮統制のネットワーク化により軍用通信の量は膨大なものとなっているため、全地球規模で高速衛星通信を可能とする新たな取り組みは民間のみならず軍事分野においても多大なる恩恵があるのは間違いありません。
Global Hawk Block 30 arrives for ASIP testing
整備のため機首のフェアリングを外したRQ-4 グローバルホーク。フェアリング内部のアンテナにより衛星経由で操縦するので運用時には高速衛星通信回線が必須となる。(画像:アメリカ空軍


提案段階の日本のユニークな次世代衛星

 全く新しい種類の衛星コンステレーションを考えているのが日本のJAXAで、従来の人工衛星では考えられない超低高度をイオンエンジンを使って飛ぶ衛星の実証試験を行っています。
 この技術を利用した衛星を使えば800kg以下の小型衛星により分解能25cmの光学衛星や分解能0.5mのクラスのSAR(合成開口レーダー)衛星、さらにLIDAR(レーザー画像検出と測距)観測衛星による2次元高精度 風向・風速観測が可能とされています。

 以上多数の小型衛星による「小型衛星コンステレーション」を見てきましたが、大型衛星の開発も負けてはいません。
 川崎重工の黒瀬らは「宇宙大型アンテナアレイ」を提案、宇宙での大型構造物に適した展開トラス構造物の研究成果を応用した40メートル四方の管制/警戒監視レーダ衛星により『数㎡RCS以上のターゲットを探索でき,民間航空機からステルス機まで,すべての飛行物体を捕捉できる可能性がある』としています。
 また今年度に日本国政府の宇宙政策委員会に提出された資料では静止光学観測衛星の研究が紹介されていますが、それによれば高度3万6千キロの静止軌道に有効直径3.6メートルを持つ4トンの衛星を打ち上げることで広大な範囲を10メートル以下の分解能で動画撮影可能、これにより移動している大型船舶や旅客機の観測も可能とされています。[9]
研究開発ビジョンの衛星
防衛省が先日発表した研究開発ビジョンには上記超低高度衛星や宇宙大型アンテナアレイを意識したと思われるイメージが存在する。(画像出典:防衛装備庁 令和元年8月研究開発ビジョンP5より一部抜粋



最新衛星は戦争の姿を変えるはず・・・?

 偵察と通信は古今東西あらゆる戦争で重要な役割を担なって来た事は言うまでもありません。宇宙空間の軍事利用も当初から偵察衛星と通信衛星が大きなウェイトを占めていたのはその重要性の反映といっても過言では無いでしょう。
 日進月歩の宇宙開発は今回紹介したように観測衛星や通信衛星の分野に革命的な進歩をもたらしつつあり、これら新世代の人工衛星によって各国の軍事組織が受ける恩恵は計り知れません。
 実際のところこれらの技術にはそれぞれに長短あるので完全に万能であるとは言いませんが[10]、しかし新しい技術を利用した偵察衛星や通信衛星は正に戦況を左右する”宇宙兵器”であり、この兵器の優越はステルス機や航空母艦さえも打倒する可能性を秘めているのです![11]
File:DF-21A TEL - Chinese Military Museum Beijing.jpg

中国人民解放軍ロケット軍のDF-21準中距離弾道ミサイル、このミサイルを対艦弾道ミサイルに改造したDF-21Dは衛星情報を利用して遠距離洋上の空母を狙うと推測されている。(画像:Wikimedia Commons:Max Smith

 ただし新しい技術・兵器が発展すればそれを防ぐ技術・兵器も発展するのが軍事業界の習わしです。
 航空機による偵察・観測が始まるとこれを妨害する為に戦闘機が生まれたように、あるいは無線電信による遠距離通信が実現するとこれを傍受・標定・妨害を行う為に電子戦が発達したように、新技術を用いた新兵器に対しては常にそれに類似する新しい対抗兵器が開発されてきました。
 次回はそういった衛星を無力化する兵器、「衛星攻撃兵器」などを紹介したいと思います。


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