空自の日本防空史64
「空飛ぶダンプ」から「空飛ぶおじいちゃん」へ
文:nona
最後のF-4EJ改飛行隊となる第302飛行隊所属のF-4EJ改。2018年の百里基地航空祭で撮影。
F-4の寿命
かつて空自が運用したジェット戦闘機の耐用命数は、F-86で1800時間(主翼の換装で3000時間強)、F-104とF-4で3000時間、F-1が3500時間、と見積もられていました。
昭和期の空自戦闘機の平均な運用間隔では大多数の機体が20年で寿命を迎える、はずでしたが、F-4は1982年以降、ASIP(航空機構造保全プログラム)の適用されたことで、5000時間への延命が認められ、長期に渡る運用がなされました。
IRAN
ただし、機体の寿命延長が認められたと言っても、あくまで適切な検査と補修が前提でした。
F-4はIRAN(機体検査と必要に応じた修理、の意味)の際に、工業用内視鏡など非破壊検査装置を用いた精密検査をうけ、必要に応じ補強を実施することで延命が認められています。
三菱重工でF-4のプロジェクトマネージャーを務める真田雅央氏によると、同機は特に翼端と翼の付け根部分に金属疲労がでるそうですが、これは原設計に存在した主翼に折り畳み機構が、そのまま残っているのが原因、とのことです。
かつての開発元からの支援
ASIPで先行したのはアメリカでしたが、有人型F-4シリーズの運用は1996年3月に終了しており、F-4開発元のマグドネル社もダグラス社との統合を経て、1997年にボーイング社に吸収。社名は消えています。
しかし、三菱重工には将来の運用時間に応じた金属疲労対策のキットが提示されており、これを参考に機体を修繕しているそうです。
また、ライセンス契約も引き継がれており、すべての情報は開示されないものの、質問も受け付けに対応しており、アメリカ側では過去の担当者の元に出向いて確認をとることもあるらしいです。
ただ、修繕の内容によっては三菱重工側が独自に検討し、アメリカ側に「お墨付きをもらう」という形が多いのだそう。
錆びるF-4
1986年から2016年までの30年間、沖縄県那覇基地の第302飛行隊にF-4EJ/EJ改が配備されていましたが、同隊の保有機では特に塩害による機体の腐食が問題となっていました。
ライターの小峰隆生氏は、腐食した部品のサンプルについて「海の底から引き揚げられた旧海軍機の部品」と見まがうものだった、と記しています。
元来、海軍機として設計されたF-4が錆びやすい、というのも少し不思議ですが、三菱重工でIRANに携わる広瀬充男氏は「一世代前の古い素材を用いている」と、理由を解説しています。
対処療法的な塩害対策
那覇基地をはじめとする自衛隊の航空基地では、真水の洗浄装置で塩分を落とす装備がありますが、真田氏によると、同基地の一帯は「空気中に塩分が含まれている感じです。」とのことで、対策としては不十分だったようです。
また、駐機中のF-4はキャノピーが開放状態の場合が多く、雨が入って機内にもサビが生じていました。こうした運用法もエンジニアの悩み、だそうです。
1997年6月に那覇基地で実施された佐藤守空将のラストフライトでは、かつての愛機、F-4EJ 336号機が用意されていますが、やはりコクピット内にサビが浮き出ていたそうです。(この機はF-4EJ改へ改修されることなく、退役しています)
F-4のコクピット内が腐食した場合は、床材を剥がして点検を実施した後、部材の交換や補強が行われます。骨材まで腐食している場合もあるようですが、骨材すべての交換は困難なため、腐食箇所だけを切り取り、別の部材を入れて補強するそうです。
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/sentouki/sonota/1th/03.pdf
戦闘機の生産技術基盤について(日本航空宇宙工業会 2010年6月)より、F-4に発生した腐食や、そのほかの疲労。
事故の原因は本当に経年劣化なのか?
F-4の長期運用に関し、近年でもいくつか事故が発生していますが、はじめは機体の老朽化も原因として疑われたものの、調べるとそうではなかった、というケースもあります。
2001年6月、北海道の島松射撃場における射撃訓練中に、F-4の機関砲が突然暴発し、民間施設や車両に命中した、という事故がありました。
当初は電気系統の老朽化が原因、とも考えられたのですが、後に機体整備のミスで武器配線が損傷しており、機関砲が暴発したことが判明しています。
さらに、2017年10月18日、茨城県百里基地をタキシング中のF-4EJ改 408号機の左主脚が折れ、増槽が地面に接触し発火する事故がありましたが、第7航空団の整備補給群検査隊に所属する堀江史郎1曹によると、主脚のメッキ処理時に水素吸収が生じ、水素脆化現象で折れやすくなっていたのが、事故の原因であるそうです。
航空機がらみの事故に関し「古い機体だから」とはよく言われますが、上記の例のように、新鋭機でも起こり得る可能性は十分にあるため、安全対策は機体の新旧と切り離して考える必要はありそうです。
共食い整備とニコイチ整備
のべ140機導入され、最盛期で6個も飛行隊が存在したF-4EJですが、F-15Jの配備で3個、F-2の配備で2009年に2個、2019年4月からはF-35の配備で1個(第302飛行隊)と減勢し、2020年度に全部隊の退役が予定されています。
トルコ空軍のF-4E 2020は6000時間までの寿命延長に対応しているそうですが、空自では寿命の再々延長を実施しているかは不明です。
ともかく、現場部隊は機体ごとの耐用命数を考慮したローテーションを組むことで、部隊を維持しているそうです。
第301飛行隊の整備小隊長によると、既に部品の枯渇が始まっているそうですが、用途廃止機からLRU(列線交換ユニット)化された電装品を取り外し、在庫として確保しているそうです。
いわゆる「共食い整備」というやつですが、現役機同士の共食は起きないよう配慮されているようです。
また、正常に動作しない部品同士を一つに組み合わせて正常品とする、いわゆるニコイチも実施されており、F-4EJ改の退役の日まで、戦力として維持するそうです。
「空飛ぶおじいちゃん」
20世紀のファントムライダーである佐藤守氏や村田博生氏はF-4を「空飛ぶダンプ」と呼んでいましたが、現在の同機は設計の古さと老朽化の目立つ存在でもあり、RF-4の整備に携わっている女性士長は、たわむれで「空飛ぶおじいちゃん」と呼んでいる、とのこと。
しかし、士長が同機に愛着を持っていることに変わりはなく、引退の日が来ることを寂しく感じているそうです。
これまで、F-4の話ばかりが続きましたが、次回は新BADGEシステムや早期警戒管制機の導入事業について解説いたします。
参考
永遠の翼 F-4ファントム(ISBN 978-4-89063-378-4 小峰隆生 2018年12月20日)
航空自衛隊F-4(イカロス出版 ISBN978-4-86320-202-3 2009年11月5日)
F-4 ファントムⅡの科学(青木謙知 ISBN978-4-7973-8242-6 2016年)
実録・戦闘機パイロットという人生(佐藤守 ISBN978-4-7926-0515-5 2015年2月24日)
戦闘機の生産技術基盤について(日本航空宇宙工業会 2010年6月)
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/sentouki/sonota/1th/03.pdf
2002年度防衛白書 機関砲誤発射事故
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2002/honmon/frame/at1405010205.htm
F4が機関砲訓練を再開 那覇で誤射事故後初めて(京都新聞 2001年9月14日)
https://www.kyoto-np.co.jp/kyodo/CORENEWS/ALL200109141323KIIASA41210.html
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コメント
過去に赤塗装のファントムがあったのか?
302飛行隊の30周年記念塗装が紅白ですな。
他にも301の30周年記念塗装がドでかい日章旗で面白い。
赤さで言えば306飛行隊のF-15Jがエスコンのエース機並の真っ赤っかw。
岐阜基地100周年の緑ファントム迷彩は模型で再現するには気が狂いそう...。
アメリカ海軍のCAG塗装もだいぶ大人しくなってしまった現在これからハイビジ塗装は更に減っていくんかな.....。
ただオジロワシ良いよね〜
確かZOIDのサラマンダーもこのマークを模したシールが入ってたよ
部隊マークでこれを超えるデザインって無いんじゃないかしら
※3
海外のもありだったら、VFA-103の「ジョリー・ロジャー(Jolly Roger)」もあるワニ。
宙返りとかしたらギックリ腰起こしそうなイメージが。。。
俺の相棒がそこまで現役なら俺様のナニもそこまで現役だHAHAHA!
当時50年以上も前の武器と言えばガバメントくらいですかね…意外ともっとあるかな
ボフォース40mmは若干足りないか
何年か前に、共食いのエサ用にイスラエルから中古のF-4を輸入したという話を、某軍曹さんが語ってましたなぁ。
※7
「おい、こいつF-110のことをF-4なんて言ってるぞ!
きっと海軍かマクナマラの手先に違いねえ、こんな奴さっさと簀巻きにしてアンクル・ホーにプレゼントしちまえ!」
※10
ご長寿兵器で銃器を持ち出してしまうと、キリがなくなるのではないかと…。
フランス軍で今も現役のFR-F2は戦前生まれのMAS-36で、旧ユーゴ圏の一部で現役のマウザーM-98は1898年採用のKar.98だし、英連邦の一部でまだ現役を張るリー・エンフィールド小銃は、Mk.Iまで遡ると1895年採用の超古株という。
ついつい事故が起こると機体の古さに着目しがちだけど、事故は油断すると新鋭機でも起こるので注意したいところ。
20世紀は飛行機が急速に進化していったために機体の交換が早かったからな〜
二次大戦前後ってだけでもう別次元の話、それからも機体は取っ替え引っ替え消耗品な様相だったように感じる(輸送機や爆撃機などは一部例外はあるが・・・
それが21世紀になって飛行機の進化は停滞してきて分電子機器の進化が異常なレベルになって、今度は電子機器を取っ替え引っ替えするようになったw
今や機体の性能は推力や運動性能じゃなくて載っている電子機器の性能で語られている感じ、戦闘機マフィアが滅びてステルス最強論に、ミサイル万能論が電子機器万能論に取って代わったと言えなくも無い? 今後は無人機万能論とか出てきそうw こんな感じで兵器のトレンドやあり方は変わっていくのだろうな〜
「いずれはファントムも全てイーグルに入れ替わる」
「何も今日明日で全て入れ替わる訳では無いでしょう」
といった太田司令と栗原のやり取りを思い出す...
まさか新谷センセもこんなに長生きするとは思わなかったろうなぁ
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