「めちゃくちゃすごい音」の意味するところとは?韓国駆逐艦レーダー照射事案、公開された音声を解読する。

文:誤字脱字 ツイッターブログ


 

 先日防衛省より海上自衛隊のP-1哨戒機が韓国海軍駆逐艦クァンゲト・デワン(広開土大王)から火器管制レーダー「STIR-180」を照射される事案が発生しました。
 この事案を受けて日韓双方の協議が続けられていましたが、協議は平行線をたどり平成31年1月21日に日本側が探知レーダー波を音に変換したデータを公開した上で韓国側との協議を打ち切りました。
 この探知レーダー波は日韓の実務者協議でも持ち出されたものであり、「機密の塊」として日本側からも公開には慎重になるような意見が見受けられましたが何がそれほど重要だったのでしょうか?
 今回は公開された探知音の解析から現代戦の要と言える電波情報とそれを用いる電子戦について考えてみます。



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現代軍艦レーダー概説

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現代軍艦のレーダーの特徴と種類(出典:防衛省・自衛隊[a]

 現代軍艦に装備されている火器管制レーダーの主な用途はミサイル誘導用です。
 駆逐艦クァンゲト・デワンには対空兵器として16発のRIM-7P シースパロー短距離艦対空ミサイルが装備されていますが、このミサイルはセミアクティブ方式という比較的古くからある誘導方式を採用しています。これはミサイル自体にはレーダー発信装置などは搭載されておらず、ミサイルを発射した艦艇が目標に対して誘導電波を出すことでミサイルを誘導する方式です。
 クァンゲト・デワンにはこのミサイル誘導のために2基のSTIR-180火器管制レーダーが装備されており、ミサイルは火器管制レーダーから発せられる誘導電波を頼りに目標に進むことになります。

 一般には通常の探索用レーダーと火器管制レーダーを比較すると
・探索用レーダーは360度一定速度で回転しながら間欠的に電波を出すことで広範囲の目標の位置と距離を捉えるが、火器管制レーダーは単一目標を捉え続けて連続的に電波を発することでミサイルを誘導する。
・捜索用レーダーは精密な測距などは難しいが遠くまで届く周波数の低い電波を使うが、火器管制レーダーは精密な測距などが可能だが遠くまでは届きにくい高い周波数の電波を使う。
・探索用レーダーは平時から常に動かしており一般的な警戒・監視活動でも利用されているが、火器管制レーダーは基本的に攻撃を行う時以外には使われない。
 と火器管制レーダーは探索用レーダーとは異なるミサイル誘導に適した特徴を多く有しています。

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P-1を照射した韓国駆逐艦のSTIR-180火器管制レーダー(出典:防衛省・自衛隊[b]

公開されたSTIR-180火器管制レーダーの音は甲高い連続音で、これを自分の耳で聞くだけで「連続音なので捜索用レーダーでは無くて火器管制レーダーであろう」ということは分かります。しかし耳で音を聞くだけではこの音の何が「機密の塊」なのかはよく分かりません。

 今回公開された音はP-1哨戒機の上部に装備されているHLR-109B ESM(電子支援対策)装置によって受信した電波信号を音声に変換したものです。
 電波信号を音声に変える場合は数ギガ(数十億)ヘルツ、送信時数百キロワットにもなるレーダー電波を適当に加工した上で人間の可聴域である20ヘルツから2万ヘルツ程度の音声に変える必要があります。
 こうすることで音を聞くだけで捜索レーダーか火器管制用レーダーかと言う単純な判別を行えるようにするほか、音の特徴=電波の特徴から今自分が聞いているレーダーがどこの国のどのレーダーか? というところまで判別出来るようにしていると考えられます。
 このため公開された音声波形にはSTIR-180火器管制レーダーの能力とP-1哨戒機の電波受信能力に関する秘密がそのまま隠されており、この音声の特徴を解析することでSTIR-180火器管制レーダーの特徴とP-1哨戒機の能力、そして現代戦に必須の電子戦に関する重要なヒントを暴くことが出来るのです。

 試しに公開された音声を無料の音声編集ソフトAudacityに取り込んで音声をスペクトログラム(周波数ー振幅ー時間)表示すると、単純な機械音ではなくて下の画像のような複雑な周波数を持つ音声であることがわかります。
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 この画像は音声データを元に横軸に時間0秒から18秒を、縦軸に周波数0.0kから15.0kつまり音声周波数0ヘルツから15000ヘルツまでを表示したものです。
 白や赤の横シワが目立ちますが、白や赤が大きな音、青や紫が小さな音、灰色部分が無音の領域を表しています。
 例えば中心の白い線は長時間一定の周波数で続いている大きな音で、上部に縦に伸びている細長い青線は短時間の高く小さな音になります
 それぞれ詳しく見ていきましょう。

6500ヘルツがメインのレーダー電波?

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 まずは白い横シワの部分=もっとも強い周波数領域を見て見ましょう。
 上の画像は5.0kから7.5k、つまり音声周波数5000ヘルツから7500ヘルツの部分を拡大した画像です。
 画像から6.3kから6.8kの間、つまり音声周波数6300ヘルツから6800ヘルツの間に一番白くてハッキリした横線が何本か通っているのが分かります[1]。電波を音波に変換する際には当然一番強い(受信電力が高い)周波数がもっとも大きな(振幅の大きい)音として変換されるはずで、この白い線がSTIR-180火器管制レーダーの主な電波周波数領域であると推測できます。
 白い横線は途中いくつか途切れていますが、興味深いことに白線が途切れている部分はその下の周波数、5.7kから6.0kの間に白い縦線が生じています。これは火器管制レーダー側が意図的に周波数を変えて電波妨害の防止や連続波での測距に利用しているのではないかと推察できます[2]
 また音声の後半、9秒を過ぎたあたりから白い線が乱れて複数の線が1つになっているように見えますが、ここの部分は火器管制レーダーが何かしたか、電波を受信しているP-1哨戒機が変針して電波の受信環境が変化したか、少なくともこの2つの可能性が考えられるでしょう。

探索レーダーと周波数ホッピングっぽい信号

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 次に先ほどよりも少し高周波側、6.5kから9.5k、つまり音声周波数6500ヘルツから9500ヘルツのあたりを見て見ましょう。
 この範囲では先ほどと異なり青くて細い縦線が確認できます。
 この細い縦線は火器管制レーダーでは無くて探索用レーダーのパルス信号だと推測できます。
 なぜなら探索用レーダーは短いパルス信号を発しながら回転して探索を行うので、このようなに短時間の信号が周期的に現れる可能性が高いからです[3]
 画像の下側6.6kあたりの火器管制レーダーの横線と探索用レーダーの縦線を見比べると両者の反応が全く別物であることが分かるはずです。

 これとは別に8.5k、つまり音声周波数8500ヘルツのあたりにある横線も興味深いものがあります。
 この横線の周囲には多数の四角いものがありますが、これは他の領域とは異なる非連続的な電波が探知されたことの反映であると推測できます。
 多数の四角が並んでいるために短時間に周波数を頻繁に変えた電波を受信したものと推測できますが、このような電波の特徴は最近のレーダーがジャミング対策として利用している短時間に頻繁に周波数を変える「周波数ホッピング信号」と言われる信号と似ており、この特異な領域はSTIR-180火器管制レーダーが「周波数ホッピング信号」を使った照準を行なっていることを表しているのかもしれません[4]

 また前述のメインな電波領域とは大きく離れた場所にあり信号強度も弱いことからこの領域はメインの領域よりも明確に高い領域の電波を使っている可能性があります。
 STIR-180は電力220 kWのXバンドと電力20 kWのKバンドの2つを使えるようなので、もしかしたらメインの信号はXバンドを使っている一方でこの四角が目立つ領域はKバンドを利用している電波領域なのかもしれません[5]

解析結果のまとめと電子戦的な意義

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航空自衛隊の電子戦技術隊の看板、今日の戦場においてどこの国においても電子戦の重要性は計り知れないのだ(画像:航空自衛隊飛行開発実験団[c]

 以上、音波信号からSTIR-180火器管制レーダーの電波信号を推測してきました。
 音波信号よりSTIR-180火器管制レーダーの特徴をまとめると
・音声周波数6.3kから6.8kヘルツの間に主たる電波領域がある。
・上記と並行して音声周波数5.7kから6.0kヘルツの領域も短時間利用している。
・音声周波数8.5kヘルツのあたりで周波数ホッピング信号を行なっている
 という可能性が高いわけです。

 さて、電子戦的な意味で以上の結果を利用しようとするとどのようなことなるでしょうか?
 まず意識すべきことは電子戦装置、例えば電子支援対策・ESMにしろ電子攻撃・ジャミングにしろ利用する電波の周波数帯は狭ければ狭いほど都合が良い という事です。
 相手の電波を傍受する際には広い周波数をいちいち全部確認するよりかはピンポイントの周波数に注意を絞る方が効果的な傍受が行えます。
 同じようにジャミングも広い周波数帯に広がって行えば個々の周波数帯では弱まってしまい威力が大きく減じてしまうので、ピンポイントで相手が利用している周波数帯に必要十分な出力の妨害を行なうのが望ましいのです。

 もしもSTIR-180火器管制レーダーの相手をするのであれば、まずは電波の強かった音声周波数6.3kから6.8kヘルツの領域に注意すれば安易に電波照射を発見することが出来るでしょう[6]
 さらに妨害を行う場合は音声周波数6.3kから6.8kヘルツを主にし、これに加えて音声周波数5.7kから6.0kヘルツと8.5kヘルツにも対策を行うことでかなりの効果を発揮できるようになると考えられます。
 さらに音声周波数5.7kから6.0kヘルツが測距用に使われているのであれば、この領域に不定期に測距用電波に酷似した妨害電波を発する事でレーダーが距離を測定するのを妨害する事が出来るかもしれません。
 適当に怪しい周波数帯、例えば5.5kヘルツから9.0kヘルツまで満遍なく妨害をかけると3.5kヘルツの領域に妨害電波を広げなくてはなりませんが、このようにして傍受した電波情報を利用して妨害領域を0.9kヘルツの領域まで絞れば単純計算4倍近い効率で電子戦を行えるようになるのです[7]

探知レーダー波音声公開の影響

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海上自衛隊のP-1哨戒機、広大な排他的経済水域を有する日本にとって哨戒機による監視活動は毎日欠かすことの出来ない任務なのだ(画像:海上自衛隊[d]

 このように音声データの周波数を見るだけでもSTIR-180火器管制レーダーに対する電子的な対抗手段を色々と示すことが出来ました。
 実際には電波と音波は全然別物な上に公開された音声にも機密を守るための保全措置が施されていますし、またSTIR-180の側もある程度は利用する電波周波数帯を工夫することが出来るはずですので今回提示した妨害手段がそのままうまく行く訳ではないでしょう[8]
 しかしながら他国の関係者、特に電波の取り扱いや妨害に関心のある軍や兵器企業の関係者などはこのような加工された情報からでも電波利用方法や技術水準・運用思想などもっと奥深いことを読み取って自国の兵器開発や軍の運用に活かすことが出来るはずです。

 特に日本にとって心配なのはこの音声データからP-1哨戒機の能力の一端が知られたことです。
 今回見たように今回海上自衛隊のP-1哨戒機は照射されたレーダー情報をかなり緻密に記録しており、その高い電子偵察能力を内外に広く知らしめることになりました。
 今後日本と敵対する各国はP-1哨戒機の動向にこれまで以上に気を使い、哨戒や偵察の任務に無用な警戒や妨害が行われる可能性が高まりそうなのは残念なことです。

 なかなか難しいところもありますが、普段知ることが出来ず、そのために注目される事も少ない自衛隊の電子戦的な側面が広く世間に知られたのは怪我の功名です。これを機に電子戦に対する注目と理解がもっと深まればええのにな〜 と一趣味人としては願わずにはいられません。

 今回は慣れない音声解析と難しい電子戦の記事だったので至らない点もあるかもしれません。
 今後は音声・電波・電子戦に詳しい人がそれぞれ公開された音声データを色々と分析し、さらにいろんなことが分かり電子戦オタク仲間が増えてくれるんじゃないだろうかと期待していますw


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