防衛大綱から読み解く”事実上の空母”の正体
 第四回:各国との防衛協力の重要性
「同盟=日米同盟or三国同盟 はダメなんです!」

文:誤字脱字 ツイッターブログ

艦上ヨガを行いました
インド海軍からインストラクターを迎えて艦上ヨガを行う護衛艦「いせ」の隊員たち、今日の軍隊・自衛隊においてはこのような国際交流が何よりも重要となっている。
 

 前回は「防衛計画の大綱」から安全保障環境の切迫とその対応としての”事実上の空母”と呼ばれる「いずも」の位置付けを示しました。
 今回は「防衛計画の大綱」で日米同盟とそのほかの各国との協力がどのように言及されているかを読み解き、それによって「いずも」にどのような役割が期待されているのかを考えて行きます。



同盟 = 日米同盟 or 日独伊三国同盟?

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日独伊三国防共協定の宣伝葉書、「仲よし三國」というタイトルとは裏腹に日独伊の思惑はバラバラでお互いの足を引っ張りあったと言わざるを得ない。(引用:Wikimedia Commons[a]

 日本では「空母と言えば真珠湾攻撃」と同じぐらい「同盟と言えば日米同盟か日独伊三国同盟」という雰囲気があります(注:独自研究)
 しかしながら日米同盟ほど密接な関係を持つ同盟はあまり一般的ではなく、日独伊三国同盟は成功した同盟とは言い難いです。
 結果として日本では同盟、特に多国間の防衛同盟や軍事的な協力について偏った認識があるように感じられます。

 今の世の中一国自主防衛というのはすでに非現実的で、複数国との防衛協力がなければ国の安全は保てません。
 そんな国際情勢の中で、日本は、自衛隊は、どんな考えで日米同盟や各国との協力を行おうとしているのでしょうか? そしてその中で”事実上の空母”と書かれた多用途運用護衛艦「いずも」がどんな意味を持つのでしょうか?
 今回も「防衛計画の大綱」を使い読み解いて行きます。

日米同盟について

在日米海兵隊「わたしたちの同盟」
日米同盟50周年を記念して在日米軍が作成した解説マンガ、驚くべきことに米軍公式である。日米の陸海空にとどまらない協力関係は前述の三国同盟とは大きく異なるものがある。(画像:在日米海兵隊[b]

「防衛計画の大綱」では当然日米同盟の重要性にも度々言及されています。
 例えば「策定の趣旨」では
『日米同盟は、我が国自身の防衛体制とあいまって、引き続き我が国の安全保障の基軸であり続ける。上述のとおり、我が国が独立国家としての第一義的な責任をしっかりと果たしていくことこそが、日米同盟の下での我が国の役割を十全に果たし、その抑止力と対処力を一層強化していく道であり、また、自由で開かれたインド太平洋というビジョンを踏まえ、安全保障協力を戦略的に進めていくための基盤である。』
 と日米同盟が日本の独自の防衛体制と共に安全保障の基軸であるとしているのです。

防衛力としての日米同盟

トランプ米大統領ツイッター
NATOの公平な負担(軍事費増大)について言及するトランプ米大統領、国家間協力は一方が一方の制度に”タダ乗り”する関係では無い点に注意が必要だ。

 さて、以上のような認識のもと、具体的にどのような方針で日本はこれから動いていくのでしょうか?
 「防衛計画の大綱」では
『防衛の目標を確実に達成するため、その手段である我が国自身の防衛体制、日米同盟及び安全保障協力をそれぞれ強化していく。』
 とあり、ここでも日本の防衛体制と日米同盟、そして安全保障協力を並び立つものとして記述していきます。
 さらに踏み込んで
『我が国の防衛力は、日米同盟の抑止力及び対処力を強化するものであるとともに、多角的・多層的な安全保障協力を推進し得るものであることが必要である』
『防衛力は、平時から有事までのあらゆる段階で、日米同盟における我が国自身の役割を主体的に果たすために不可欠のものであり、我が国の安全保障を確保するために防衛力を強化することは、日米同盟を強化することにほかならない』
 と書かれています。
 つまり日本の防衛力は『日米同盟の抑止力及び対処力を強化するもの』であり、『防衛力を強化することは、日米同盟を強化することにほかならない』と書かれるほど、防衛力と日米同盟の関係は切っても切れない関係と位置付けているのです。

 そのため
『国家間の競争が顕在化する中、普遍的価値と戦略的利益を共有する米国との一層の関係強化は、我が国の安全保障にとってこれまで以上に重要となっている』
 としているのは当然のことでしょう。
 一方で
 『日米同盟の一層の強化に当たっては、我が国が自らの防衛力を主体的・自主的に強化していくことが不可欠の前提』
 という記述もあり、日米同盟は日本が米国の言う事を一方的に聞くだけの関係でも、逆に米国が日本の安全を無条件に担保するようなものでもない という点に注意が必要です。

米国以外との関係

日米英三カ国での共同訓練
日米英三カ国での共同訓練を行う海上自衛隊、日米同盟と並んで米国以外との協力が重要になっている。

 さて、「防衛計画の大綱」では各国との防衛協力についてもかなり言及されています。
 先ほど紹介した『策定の趣旨』には
『今や、どの国も一国では自国の安全を守ることはできない。日米同盟や各国との安全保障協力の強化は、我が国の安全保障にとって不可欠であり、我が国自身の努力なくしてこれを達成することはできない。』
 と、「日米同盟」と「各国との安全保障協力の強化」を並べて「不可欠」としているのです。
 他にも
『国際社会もまた、我が国が国力にふさわしい役割を果たすことを期待している。』
 と国際社会から日本に寄せる期待についても言及しています。

我が国を取り巻く安全保障環境

南シナ海情勢
各国の主張が複雑に絡み合う南シナ海情勢、時に暴力的な衝突を伴う領有権の争いを如何に平和的に解決していくかは海上輸送路の多くがこの海域を通る日本にとって決して無視できない問題なのだ。(引用:外務省資料[c]

 日本、そして日本に期待を寄せる国際社会は現在どんな状況にあるのでしょうか?
 防衛大綱には「現在の安全保障環境の特徴」として
『国際社会においては、国家間の相互依存関係が一層拡大・深化する一方、中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。こうした中、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。』
 と懸念を示しており
『国際社会においては、一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題が広範化・多様化している。宇宙領域やサイバー領域に関しては、国際的なルールや規範作りが安全保障上の課題となっている。海洋においては、既存の国際秩序とは相容れない独自の主張に基づいて自国の権利を一方的に主張し、又は行動する事例がみられ、公海における自由が不当に侵害される状況が生じている。また、核・生物・化学兵器等の大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散及び深刻化する国際テロは、引き続き、国際社会にとっての重大な課題である。』
 と具体的な事例を列挙していますが、この中で『公海における自由が不当に侵害される状況』と暗に中国による南シナ海の活動を非難しているのは注目に値するでしょう。

我が国の防衛の基本方針

軍楽隊の能力構築支援事業
防衛省・自衛隊が行う活動は単純な共同訓練や演習だけでは無い。動画はパプアニューギニアにおける軍楽隊の能力構築支援事業に関するもの。この軍楽隊は直後に同国で行われたAPEC首脳会談という”実戦”の場で訓練の成果を示した。

 「防衛大綱」では、このような国際社会の中にあって日本は
『防衛の目標として、まず、平素から、我が国が持てる力を総合して、我が国にとって望ましい安全保障環境を創出する』
 と自らの手で『望ましい安全保障環境を創出する』と積極的な姿勢を示しています。
 そのために『総合的な防衛体制の構築』という項では
『特に、宇宙、サイバー、電磁波、海洋、科学技術といった分野における取組及び協力を加速するほか、宇宙、サイバー等の分野の国際的な規範の形成に係る取組を推進する。』
 と重点分野を示した上で
『我が国の防衛力は、日米同盟の抑止力及び対処力を強化するものであるとともに、多角的・多層的な安全保障協力を推進し得るものであることが必要である』
 とし、具体的な動きとして
『地域の特性や相手国の実情を考慮した方針の下、共同訓練・演習、防衛装備・技術協力、能力構築支援、軍種間交流等を含む防衛協力・交流を戦略的に推進する』
 と書かれています[1]

 そのために『防衛力が果たすべき役割』として
『我が国の防衛力は、我が国にとって望ましい安全保障環境を創出するとともに、脅威を抑止し、これに対処する』
 と掲げ、具体的に「平時からグレーゾーンの事態への対応」として
『積極的な共同訓練・演習や海外における寄港等を通じて平素からプレゼンスを高め、我が国の意思と能力を示すとともに、こうした自衛隊の部隊による活動を含む戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進する』
 としているのです。

防衛協力とコミュニケーション

南シナ海での対潜訓練
南シナ海で対潜訓練を行う海上自衛隊とベトナムに寄港した海自潜水艦。潜水艦の訓練、しかも南シナ海で行われたものが公開されるのは異例である。興味深いことに一連の動きは東方経済フォーラムで開催された日中首脳会談の直後に行わており、 外交と連携して地域でのプレゼンスを示す好例と言えるだろう。

 複雑怪奇な国際社会で自国にとって望ましい環境を創り出すためにはどうすれば良いのでしょうか?
 残念ながら言葉だけで「お願いします」と言ってもあまり意味はありません。
 外交によって文化・経済的な結びつきを強めるのはもちろんのこと、相手国の求めに応じて政府開発援助(ODA)などで支援を行う方法などが考えられます。
 しかし南シナ海のような不安定な地域においてはこれだけでは不十分で、そういった時には「防衛協力・交流」が大きな効果を示すことがあるのです。
 典型的な例として、2018年4月に中国は南シナ海の海南島沖で空母「遼寧」も参加して同国史上最大規模の海上閲兵を行いました。これは中国がこの海域で自国の主張を押し通すという『意思と能力を示す』分かりやすい例と言えるでしょう[2]
 こういった中国軍の動きに対して日本はフィリピンに自衛隊の「TC90」練習機を供与すると共にその乗員訓練や整備能力構築の支援を行い、またキロ型潜水艦を新たに配備したベトナムに海自潜水艦が寄港して隊員が交流を進めるなど南シナ海沿岸各国の警戒監視体制の強化に貢献しています[3]
 これらの活動は中国による一方的な現状変更の試みを阻害して日本にとって望ましい環境を創る具体的な例であり、自衛隊による安全保障協力が他の外交的・経済的手段では得られない大きな意味と効果を持つのがお判り頂けるでしょう。

 この時に注意しなくてはならないのが「戦略的コミュニケーション」の観点です。
 日本・自衛隊の活動がうまく地域の国々や人々に伝われば少しの行動でも日本にとって望ましい情勢を得ることが可能なります。しかし日本・自衛隊の活動が思わぬ形で伝わったり、あるいは曲解して流布されると自衛隊、そして日本や国際社会にとって大きな害となりうるのです[4]
 そのために『戦略的なコミュニケーションを外交と一体となって推進』して相手国のみならず自国民や周辺国民にもしっかりと『意思と能力』を示し、自衛隊の、日本の活動の効果と意義を最大化しなければなりません[5]
 このように外交と防衛は排他的な関係ではなく、文民統制の下、時にお互いを一体として国家国民のために力を尽くすのが理想的な姿と言えるでしょう。

まとめ

世界の辺境とハードボイルド室町時代
国際的な対立・協力関係と書くと分かりにくいが、個人的には前近代的な世界の辺境や室町時代と似たようなものであるように感じられる。無力な中央政府(国連)が定めた法がある一方、地域間の古い取り決めや暴力的な制裁も幅を効かせており、時々によって都合の良い解釈を持ち出しつつ社会の安定を維持しているのだ。

 以上のように「防衛計画の大綱」では米国との関係を引き続き深めると共に、国際社会の期待に答えつつ望ましい安全保障環境を創出するために日本・自衛隊が主体的に様々な国家間協力を進める姿勢を強く示しています。
 そのような流れと共に出てきた”事実上の空母”、ことF-35B導入と多用途運用護衛艦「いずも」は、当然この国家間協力を進める姿勢を見据えたものと考えるのが妥当でしょう。
 米国海兵隊でも多数のF-35Bが運用される以上、それらの補給基地ともなれる「いずも」の存在は日米同盟の深化にも有益なものです[6]
 また最新鋭ステルス機を搭載した「いずも」が海外の港に寄港すれば将兵から一般市民まで高い関心を集め、自衛隊の、そして日本の『意思と能力』をより効果的に示すことが出来るでしょう。
 平時から国際的なプレゼンス[7]を高めることは複雑な国際社会では大きな力となり、それは時として戦争の勝敗を左右するほどの影響力を持ち得ます[8]

 このようにF-35Bを搭載した「いずも」は多くの国々の力で日本の、そして世界の平和を守れる安全保障環境を創るのに重要なツールとなり得るのです。
 そのため「いずも」は海自の護衛艦だとか空母だとかに止まらず、まさに「多用途運用護衛艦」の名にふさわしい重大な任務も期待されていると、私としてはそう思わずにはいられませんし、その視点に立って考えるとF-35Bと「いずも」の費用対効果は計り知れないものがあると言えなくも無いわけです[9]

 以上、駆け足でしたが「防衛計画の大綱」から関連項目を読み解くことによって”事実上の空母”の正体を明らかにしました。
 今北人のために産業でまとめると
「グレーゾーン事態って面倒な状況に対応するのに監視体制強化が必要
それに一国じゃ面倒だから外国との連携・交流を深めないとならない
どっちをやるにもF-35Bと「いずも」が便利だからガンガン使うぜ!」
 といったところでしょうか?

 第一回で紹介した”事実上の空母”への異議に対して、今なら妥当な形で反論が出来ると思います。
 一方で改めて議論を整理すると新しい疑問点や反論も出てくるはずで、さらなる議論を通じて人々の防衛問題への関心を深め、より良い防衛・自衛隊・日本のあり方が見出されていくのではないかと感じています。

 日本・自衛隊を取り巻く国際的な環境は日々大きく変化を続けています。
 ”事実上の空母”という話題から、そんなダイナミックな世界の動きとその中にいる日本・自衛隊の役割についてなんとなくでも感じていただければ幸いです。

 なお繰り返しますが記事としてまとめるためにいささか強引な箇所やF-35Bと多用途運用護衛艦に関係する項目に焦点を絞った書き方をしています。
「防衛計画の大綱」には宇宙、サイバー、電波などなど他にも興味深い話題が満載ですので”書かれていない点”についても「防衛計画の大綱」の該当部分をチェックしてみたり、気になる点について書物やネットでアレコレ調べてみると面白いでしょう。

 次回は具体的に現代(2035年まで)と将来(2035年以降)に分けて、F-35Bと多用途運用護衛艦「いずも」の使われ方について妄想多めで考察してみたいと思います。

 まだ記事は完成していないので次回投稿まで間が空きそうです。
 ツッコミや疑問点、提案などありましたらお気軽にコメント下さると新しいネタが出てくるので助かります♪


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