防衛大綱から読み解く”事実上の空母”の正体
 第一回:空母に関するよくある間違い
 「空母と言えばやっぱり真珠湾攻撃?」

文:誤字脱字 ツイッターブログ

  
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旧日本海軍の空母赤城から今まさに飛び立とうとする攻撃隊。空母と言えば真珠湾攻撃のこのような光景を思い浮かべる人が多いだろう。(画像:Wikimedia Commons[a]
 

 先日閣議決定された「防衛計画の大綱」に関して、マスコミ各社が一斉に”事実上の空母保有”と報道[1]して大きな話題になりました。
しかし「空母保有!」という言葉が先行し、なぜそうなったのかよく分からない人も多いのではないでしょうか?
 特に日本では「戦闘機と言えば零戦」と同じぐらい「空母と言えば真珠湾攻撃」という雰囲気があり(注:独自研究)この認識に引っ張られた反応が多々見られます。
 今回はこの”事実上の空母保有”について「防衛計画の大綱」の該当部分を参照しつつ独自研究マシマシで7回程度にまとめて連載してみようと思います。



大前提 空母に関する常識や非難とその間違い


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    海上自衛隊の護衛艦「いずも」、この船が改修の上”事実上の空母保有”になるというのが、それは空母「赤城」と同じような船になるという事なのだろうか?(画像:海上自衛隊[b]

 先日発表された「防衛計画の大綱」に関して、”事実上の空母保有”という点に注目して多くの非難が寄せられています。
 東京新聞論説兼編集委員の半田 滋氏は現代ビジネスの記事で
『空母は攻撃には絶大な威力を発揮するものの、自分で自分を守れないほど、相手からの攻撃に対しては弱い。護衛艦や潜水艦による護衛が必要となり、日本防衛の場面ではかえって足手まといになる可能性がある』
『「いずも」の空母化は「空母運用の必要性があるから改造する」という当たり前の道筋とは真逆の、「空母化ありき」なのだ』
 と空母の脆弱性と政府主導の動きを非難しています。[2]
 朝日新聞は社説で
『空母の導入が日本の防衛にどれほど役立つのか、巨額な費用に見合う効果があるのかについては、自衛隊や専門家の間にも疑問の声がある』
 とし、対案として
『太平洋の防空を言うなら、自衛隊のレーダーや哨戒機の運用を見直すのが筋だろう』
 と主張しています。[3]
 日本共産党の小池晃書記局長もいつも通り
『「米国と肩を並べて戦争できる国」にしようとするもの』
『政権の大軍拡と「戦争をする国」づくりは、世界史的な平和の流れに、有害な流れを持ち込むだけである』
『軍拡と海外派兵を推し進め、「海外で戦争をする国」をつくろうとする時代錯誤の、この危険な戦略と計画にきびしく反対』
 と「戦争をする国」のための時代錯誤の動きと断定する談話を発表しています。[4]

 より軍事的な面からの非難としては、海上自衛隊元自衛艦隊司令官の香田洋二氏は産経新聞のインタビューに対して
『対潜ヘリコプターはF35Bの分だけ搭載数を減らさなければならず、対潜能力に大きな穴があく。本末転倒だ』
『米空母にとって最大の脅威である潜水艦を排除し、来援基盤を整えるのが海上物流の確保と並ぶ海自の最大の任務だ。最近、離島防衛の重要性ばかりが強調され、米軍の来援基盤維持が忘れられているようで危惧している』
 と対潜能力の低下と米軍来援への影響を危惧しています。[5]

 これらの非難の一部は妥当なものもあるのですが、一方で「空母と言えば真珠湾攻撃」的な時代錯誤な認識を感じさせる点もあり、「防衛計画の大綱」に示された21世紀の新時代に合わせた技術的・軍事的・外交的な要求により提案されている多用途運用護衛艦「いずも」の運用には当てはまらないものが多数含まれることを指摘せざるを得ないでしょう。

 このような問題認識の元、”事実上の空母”について
1:そもそも一般に見られる「空母と言えば真珠湾攻撃」の間違い
2:「防衛計画の大綱」で”事実上の空母”がどのように書かれているか?
3:”事実上の空母”が必要とされている現在の安全保障環境とはどのようなものか?
4:大胆予想、現在と将来における”事実上の空母”の使われ方
 といった項目に対して、「防衛計画の大綱」の該当部分を参照しつつ独自研究マシマシで6回程度にまとめて連載して”事実上の空母”の中身とその背景について明らかにしてみようと思います。

 初回は「防衛計画の大綱」に示された内容に踏み込む前に、導入として「空母と言えば真珠湾攻撃」という考えについて軽く反論をしてみます。

空母は攻撃任務が主で防御には使えない?


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米海軍のカサブランカ級護衛空母「ガダルカナル」 本艦は船団護衛や対潜掃討作戦の他にも各種訓練に利用された。特筆すべき戦果として独潜水艦U-505を「エニグマ」暗号機と一緒に捕獲している。(画像:Wikimedia Commons[c]

 空母に関する議論でよく見られるのが、空母は攻撃に使えるが防御に多くの兵力が割かれて足手まといだ、という類の非難です。
 「空母と言えば真珠湾攻撃」な発想では確かに攻撃しかしていないようですが、現実には空母にも色々と種類があってWW2期には”護衛空母”という正にその通りの名前の艦種がありました。
 米海軍カサブランカ級に代表されるこの艦種は比較的小柄な船体、少ない艦載機数、遅い速力と「赤城」のような日本の大型空母に劣る点が多々ありましたが、船団護衛や対潜任務などに多用され高い評価を受けています[6]

 また”攻撃”や”防御”をどのように捉えるかでも評価が変わります。
 例えば空母「赤城」をはじめとする日本海軍の空母機動部隊が多くが失われた「ミッドウェー海戦」では日本側は空母をミッドウェー島”攻略”という”攻撃”任務の為に利用しましたが、対する米海軍はミッドウェー島の”防御”の為に空母を利用し、米軍の艦載機は日本側の空母が”防御”の為に発艦させた「零戦」部隊の隙を突いて”攻撃”を成功させ、ミッドウェー島の”防衛”を達成しています。
 また有名な戦艦「大和」が沈んだ坊ノ岬沖海戦は、沖縄”攻略”を行う米軍を”攻撃”して沖縄”防衛”を実現する出港した戦艦「大和」を、米軍空母部隊が”防御”の為に「大和」を”攻撃”して撃沈した戦いです[7]
 このように現実の戦闘では”攻撃”と”防御”は複雑に交差するものであり、両者を分割して取り扱えるように考えるのは大きな間違いだと言わざるを得ないでしょう[8]

空母の脆弱性

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第二次世界大戦末期、シブヤン海で米軍の猛烈な攻撃を受ける日本海軍艦隊。左の大きな船が戦艦「大和」で右の黒煙は同型艦「武蔵」のもの。個々の艦が如何に堅牢でも航空機の支援が無ければ現代戦は一方的な展開になるのだ。(画像:Wikimedia Commons[d]

 空母の脆弱性に対しても考え方次第で大きく評価の変わる問題です。
 確かに真珠湾攻撃で活躍した空母「赤城」もその後のミッドウェー海戦では米軍の爆撃機の攻撃を受けて瞬く間に炎上・大破してしまいました。一方で同じ戦いに参加した米空母「ヨークタウン」は前月に受けた損傷を三日間の突貫工事で修理して出撃、爆撃を受けて炎上するも迅速な応急修理によりすぐに艦載機が発着艦が可能になるなど粘り強さを見せました[9]

 また古代から海上の艦艇は単独行動する事の方が稀で、基本的に隊列を組み相互に連絡を取り合いながら行動して個々の艦艇の弱点を補い利点を生かすようになっています。
 「空母は脆弱=だから必要ない」 というのなら、より脆弱な対潜ヘリコプターや掃海艇、輸送艦・補給艦も必要ないという話になってしまうのではないでしょうか?
 必要なのは個々の艦の脆弱性に囚われず、艦隊としての戦力バランスや陸海空を俯瞰して戦略的な役割を考える事です。
 例えば日本海軍の空母は確かに米軍の攻撃に対して脆弱性を示しましたが、脆弱な空母亡き後は堅牢なはずの戦艦「大和」や同型艦「武蔵」でさえ航空攻撃になす術がなく、ほとんど何の戦果もあげずに撃沈されてしまいました。
 これは艦隊における航空戦力の不足が個々の艦艇の脆弱性を簡単に覆す事例として考えるべきでしょう。

 また空母の戦略的な役割を考えるのに、第一次ソロモン海戦における空母の役割は注目すべきものがあります。
 太平洋戦争序盤の1942年8月、米軍が日本軍がソロモン諸島のガダルカナル島に建設中であった前線航空基地を占領して対日反攻作戦を開始しました。
 これに対して日本軍は重巡洋艦「鳥海」を旗艦とする第八艦隊を派遣、巡洋艦艦隊による大胆な夜間ガダルカナル泊地殴り込み作戦を計画しました。
 この際に課題になったのが米軍の空母の存在で、日本海軍第八艦隊は夜明けまでに空母の攻撃圏内から退避する為に作戦時間を大きく制限され、結果として多数の米豪の巡洋艦を撃沈しながら無防備で脆弱な輸送船団を前に撤退を開始、米軍のガダルカナル島攻略を阻止できずにガダルカナル島攻防戦で日本軍敗北の遠因となります。

 このように個々の艦艇の脆弱性というのものはダメージコントロールや艦隊での運用、作戦・戦略的な役割で簡単に覆るものであり「脆弱な艦だから足手まといになる」という安直な結論には気をつけなけらばなりません。

”事実上の空母”とはどんな船なのだろうか?

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第二次世界大戦太平洋における大型空母の戦いを実感したければこの作品が最適だろう、艦載機の上げ下ろしからパイロットの配置まで内容盛りだくさんである。とりあえず偵察機と攻撃機は消耗品(白目


 「自衛隊に空母「赤城」のような大型空母を導入しても日米同盟を基軸とした専守防衛という日本の防衛戦略には合致しない。厳しい財政事情なのでもっと費用対効果にあった方法を考えるべきだ」というのはよく聞く自衛隊への空母導入に対する反論で、これはいくつかの前提の元では正しいのですが、一方で自明的に扱っている前提に変化が生じていることを指摘せざるを得ないでしょう。
 確かにかつての空母「赤城」のような大型空母を導入して真珠湾攻撃のような作戦を行うのは現在の自衛隊では考えられない話です。
 しかしながらこれまで示してきたように空母の役割とは「赤城」のように真珠湾攻撃に使うだけでなく、カサブランカ級護衛空母のように船団護衛や対潜任務に利用する場合もあります。

 それでは自衛隊が導入するという”事実上の空母”とはどんな船でどんな作戦に使うのでしょうか?
 空母「赤城」のような大型空母でしょうか?
 カサブランカ級護衛空母のように船団護衛や対潜任務に利用する小型空母でしょうか?

 結論から言いますとこのような第二次世界大戦の空母[10]の理解では収まらない、まさに「多用途運用護衛艦」の名にふさわしい複雑で現代的な前提のもとに導入が求めれている艦なのです。
 次回以降「防衛計画の大綱」を紐解き”事実上の空母”の正体を明らかにしていきます。

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