空自の日本防空史53
味方から恐れられた愛国者
文:nona
2015年に百里基地で公開されたパトリオットのレーダー装置。フェイズドアレイ式のIFFアンテナが装備されている。
今回は2003年のイラク戦争で問題になったパトリオットの誤射問題を解説いたします。
パトリオットに誤射された2機の戦闘機
イラク戦争中にパトリオットが引き起こした最初の誤射は、3月23日に発生しました。
この日の深夜、英空軍のトーネードGR.4戦闘爆撃機がクウェート北部のアル・セーラム飛行場へ帰還しようと降下を開始したところ、米陸軍のパトリオットが対地ミサイルと誤認し、同機を撃墜、乗員2名を殺害してしまったのです。
続く4月2日から翌3日にかけ、米海軍のF/A-18CがPAC-3弾によってイラク中部のカルバラ県で撃墜。またも乗員は死亡しました。このときF/A-18Cは弾道ミサイルと誤認されたのです。
このほか、誤射に至らないものの友軍機をロックオンした例が多数報告され、米空軍機の場合、30機がこの被害にあっていました。
ランド研究所のベンジャミン・S・ランベス氏いわく「多くの連合軍パイロットがイラクのどんな地対空ミサイルよりもパトリオットが大きな脅威になると信じていた」とのことです。
原因は電磁干渉と頻繁な移動?
上記の事故からは、なぜパトリオットが高高度を高速で弾道飛行する弾道ミサイルと、それよりも低い高度を亜音速で直線的な飛行をする戦闘機を見誤まるのか、またIFFによる識別に失敗したのか、という疑問がわきますが、陸軍防空砲兵のハワード・Bブロムバーグ少将(当時)は「(2003年のイラクは)我々が見た中で最も過密な戦場」であり、友軍同士の電波干渉が敵味方識別に悪影響を及ぼした、という旨の釈明をしています。
イラク戦争において有志連合軍は約1600機の航空機を投入、3月20日の開戦から4月15日までに41000ソーティが実施されました。一方のパトリオット部隊も湾岸戦争の2倍となる62射撃ユニットが投入されています。
こうしたパトリオットが過密気味で配置され、隣接する対砲兵レーダーや航空機の電子妨害装置などの電波が干渉したことで一種の電波妨害環境下におかれ、目標の探知精度や識別精度を落としていた、というのです。
(そういう意味ではパトリオットのECCM能力に不足があった、とも言えます。)
また、イラク戦争では1991年の湾岸戦争よりも広範囲で地上戦が進行しており、パトリオット部隊は地上軍に随伴しイラク領内を転戦しました。
これによりパトリオットの迎撃ゾーン、友軍機の安全な飛行を保障する飛行回廊の位置は頻繁に変更され、混乱を生じる危険を高めたのです。
さらに、砂漠の長距離移動が精密機械であるパトリオットシステムに悪影響を及ぼした、との報道もあります。ABCニュースいわく、そうした部隊では不測のシャットダウンがほぼ毎日発生していた、とのことです。
誤射が米英同盟にヒビを入れた?
前述のトーネードGR.4誤射に関し、米陸軍と英空軍は互いに異なる主張をしています。
米陸軍はこの事故でトーネード側がIFFに応答せず、パトリオットの要員が見極めのため1分間見守った後、交戦規定に従いやむなく攻撃した、などと被害者側の過失を暗に示しつつ自身の正当性を強調しました。
一方の英空軍はトーネードのIFF装置が離陸前に点検されていたこと、撃墜の直前に他空域でIFFの切り替え操作を適切に行った証拠がある、と反論します。
すると米陸軍はトーネードのIFF装置が故障しても搭乗者に警告する機能がなく、誤射された時点で機能不全となっていた可能性を指摘しました。
事故の責任の全てがパトリオットにあったのか、それともトーネード側にも過失があったのか、はっきりとしたことはよくわかりません。
IFFの限界
IFF装置による識別がうまくいかない理由として、機器の故障のみならず前述の電波干渉の影響も疑われました。
そこでパトリオット迎撃ゾーン内の飛行回廊を通行する友軍各機に対し、軍用のIFFモード4のみならず、軍民共用のモード3の併用も要請されたそうです。
IFFモード3の応答波は暗号化・秘匿化されておらず、偽の質問電波に反応し自機の位置を暴露する危険があります。
よって通常は敵地で使用されないのですが、イラク戦争は終始有志連合軍が優勢でしたので、大きな問題とならなかったようです。
パトリオット VS F-16
2003年3月25日、ナジャフの南30マイルを飛行していたF-16戦闘機がパトリオットにロックオンされました。例によって弾道ミサイルと誤認されたようです。
通常、自機がパトリオットにロックオンされた場合、パイロットは大慌てでAWACSの管制官と交信し、パトリオットへの射撃中止を訴えます。(戦闘機とパトリオット間の直接交信は難しかったようです)
しかし、このF-16(CJブロック50型)のパイロットはイラク軍の地対空ミサイルに狙われたものと判断。パトリオットに向けて対レーダーミサイルを発射しました。
一方、パトリオットの対レーダーミサイル用の囮電波装置は機能せず、レーダーは「harm(損害)」をうけたようです。
幸い人的な被害はなかったようですが、パトリオット部隊に随行したCBS KTVTの記者いわく、その場の全員が迫撃砲の攻撃と誤解したそうです。
この一件はF-16側の誤認によって生じた不本意な事故とされますが、意図せず味方航空機を脅かしていたパトリオット部隊に対し、誰も殺すことなく「お仕置き」ができた訳ですから、空軍のパイロット達は溜飲が下がる思いであったはずです。
ヒューマンインザループの重要性と限界
頻発したパトリオットの誤射誤認の原因の一つとして、(1991年の湾岸戦争と同じく)要員が識別のプロセスをオートモードに頼りすぎている、との指摘もありました。
パトリオットのレーダーは要員の操作で個々の目標速度や高度を精密に調べたり、NCTR(非協調型目標識別)機能で航空機の種別を識別する能力があります。要員はこれを活用すべき、という訳です。
こうした識別手段に加え上級指揮系統と連携することで、仮にIFFが機能しなくとも(電波干渉やら故障などの問題がない限りは)実用十分な識別ができるそうです。
ただし、パトリオットが飽和攻撃や高速弾道弾の迎撃に投入される場合、あるいは敵味方複数の航空機が入り混じった空域で戦闘する場合、要員が一つずつ目標を精査する余裕はなかったりします。
この場合、結局はオートモードに頼るほかになく、多少の誤射もやむを得ない...というのが当時のパトリオットの難しいところです。
次回は1980年代に本格化した硫黄島の基地利用について解説いたします。
参考
Patriot System PerformanceReport Summary
(Defense Science Board Task Force(アメリカ国防省の文民諮問委員会) 2005年10月)
https://www.acq.osd.mil/dsb/reports/2000s/ADA435837.pdf
Vaunted Patriot Missile Has a 'Friendly Fire' Failing
(ロサンゼルスタイムズ Charles Piller著 2003年4月21日)
http://articles.latimes.com/2003/apr/21/news/war-patriot21
Patriot missile: friend or foe?
(the Register.uk Lester Haines著 2004年5月20日)
https://www.theregister.co.uk/2004/05/20/patriot_missile/)
Radar Probed in Patriot Incidents
(ワシントンポスト Bradley Graham著 2003年5月8日)
https://www.washingtonpost.com/archive/politics/2003/05/08/radar-probed-in-patriot-incidents/b37723fb-4a94-4d08-9405-25d78d50fc42/?noredirect=on&utm_term=.6b8fb7d8b8c7
U.S. F-16 fires on Patriot missile battery in friendly fire incident
(F-16.net Lieven Dewitte著)
http://www.f-16.net/forum/viewtopic.php?t=3161
F-16 Fires on Patriot Missile Battery
(FOXニュース Bradley Graham著 2003年3月25日)
https://www.foxnews.com/story/f-16-fires-on-patriot-missile-battery
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コメント
記事を読んだ個人的な感想としては電波干渉
のせいで電波妨害環境になってた事が一番の原因かなと感じました。
そういえば米軍の対レーダーミサイルAGM-88は、2012年ごろ行われたE型へのアップグレードでは友軍への誤爆を減らすことも重要な要求だったようで、イラク戦争での戦訓も大いに参考にされたんだろうな〜
イラク戦争が特別多数の航空機と対空ミサイルが投入されたから問題になった と言えなくも無いが、一方でイラク側の戦闘機や電子的な抵抗が少ない上に一月も程度でこんな問題になるんだったら敵味方の戦闘機と電波が飛び交うような大規模衝突になったらヤバイことになりそう(汗
今後データリンクとか無人機とかジャミングとか増えるばっかりだろうから、誤射誤爆への配慮はさらに必要となりそう。
そういえば今回の防衛大綱でも「宇宙・サイバー・電磁波」を並べて新領域として設定して重視する姿勢を示しており、中期防衛力整備計画で
「陸上総隊の隷下部隊にサイバー部隊及び電磁波作戦部隊を新編する」
「防衛省・自衛隊における効果的・効率的な電磁波の利用に係る企画立案及び他府省との調整機能を強化するため、内部部局及び統合幕僚 監部にそれぞれ専門部署を新設する」
と部隊の新編、部署の新設が記載されており、ここら辺本格的に力を入れていく姿勢を示している。
電波を使う兵器が多くなると帯域幅がアレコレ使われまくってパンクすることになる、こういった部署では電波妨害への対応と共に、電波混信の問題への対応も求められるようになりそう。
特に日本は10年遅れても不思議でない感じ
自衛隊の改修アップデートは遅いので
しばらくはここで問題となったモード4のまんまですねえ
調達情報見る分には自衛隊は早くから導入していってる。
お隣の国は・・・・F-15KやT-50(FA-50除く)はいいとして、主力のKF-16が未対応(改修の契約で揉めてる)とかヤバイ。
米軍もこれからMEADSに移行するし、いつまで使うのかな?
そして、記事お疲れ様でした。
誤射問題を考えると、航空拒否圏と航空部隊の作戦区域は明確に分けないと危ないですよね。
WW2でも高射砲の弾幕区域と迎撃空域は分けられてましたものね。
アメリカより電子装備の質が劣る国の方がよほど危ないんじゃないかと思う
能力面なら西側ミサイルの方が圧倒的に実績あるしね
ロシア製は芳しくない
最近のイスラエルF16撃墜でも40発近くミサイル撃った結果で、一落とすのに数十発はいる感じ
問題の本質は航空機の過密さであった事
原型は古いと言ってもアホみたいにバージョンアップしてますからね
電子装備はもちろんの事、ロケットモーターの改良もでほとんど別物
艦艇のSM2、SM3なども元はスタンダードミサイルで調達開始は1967年との事
サイドワインダーなんかはもうどんだけ
PAC2代替分と考えてもARHじゃ無理かな
今どきの広域SAMみたいに広域レーダー足すなり高速ミサイルにヘッドオンするFCS導入するとかならなんとかなるかもね
ミサイルの射程はもちろんレーダシステムも、火器管制レーダが両者ともに回転式で、MEADSが早期警戒用の回転式UHFレーダを持つのに対して、中SAMには「下志津駐屯地から名古屋上空(=300km先)の航空機を探知できる」とされ射撃管制能力もある移動式4面固定AESAレーダのJTPS-P25が統合されてる
両者の違いと言えば、MEADSには弾道ミサイル迎撃能力があり、中SAM・中SAM(改)には自律捜索や他センサーとの連携による高い巡航ミサイル迎撃能力があるという点かと
5年ほど前に行われた、2040年代の将来SAMの構想だと
・極超音速巡航ミサイル・弾道ミサイルを迎撃する高高度用の赤外線誘導式SAM
・主にAir Breathing Threat(巡航ミサイル、航空機)を迎撃する長距離SAM
・同じくABTを迎撃する中距離SAM
これらを適宜混ぜながら、各種センサーと組み合わせて運用するつもりらしい
あと共通性の項目から、ABT迎撃用SAMにダクテッドロケットを採用する気はない様子
ペトリオットはBMD能力があるけれど、長距離ミサイルがない上に日本の国土に散在する各種センサとの統合も難しそうだから、やはり国産BMD用SAMを作る流れだろうか
JTPS-P25って移動式レーダーサイトで
管制までするのは03式のグルグル回るレーダーの方では
P25ってカマボコついてないけどミサイルと通信できるん
自衛隊から目をそらしてだれも聞いてないのにお隣の韓国ガー…
新年からなんだかなぁ…
新鋭のレイピアが役に立たないので、目視+無線操縦のシーキャットやタイガーキャットが一番確実というトホホなことに…。
限度を越えた集中配備や異軍種間の合同作戦によって起こる問題は、実戦でないとなかなか起きにくい状況だけに、事前の演習でも洗い出すのが難しい…。
こういう問題はパトリオットを保有する空自に限らず、全自衛隊で起こり得る話だと思うけど、こういう戦訓から事前にある程度でも対策してあるものだと思いたい…(パトリオットと03中SAMとイージス艦の電波干渉とか、実際にありそうで怖い)。
ポンチ絵:https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e1-8e/ddogs38/folder/420863/53/29430053/img_6?1354142350
資料:www.mod.go.jp/atla/research/dts2012/R3-6p.pdf
上の資料で中SAM改が「LOR・EORが可能」とされてること、また22年度予算のポンチ絵でP25を外部センサーとして中SAM改の防護範囲が拡大していることから、中SAM(改)がP25を用いてEORを行うことはできるようですが
イラスト:https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn%3AANd9GcRrRFzxfup6Q8dXgGdJHNegX5XsQHkKO9PudMfqjGPH63qsQNcn
装備庁のHPにある上のイラストだと、ミサイルへの指令誘導はどうも回転式のFCレーダが担っているようでP25にミサイル管制機能はなさそうですね、おっしゃる通りかもしれないです
謎だったんだけどLCSってリアルタイムな戦況マップやり取りするんじゃなく
link16で今までどおりのやり取りするってことでいいんだよな?
主レーダーCバンドなんだから被ってるし
隊の名前にしようず。
"パトリオットバスターズ"
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