空自の日本防空史44
1980年の短SAM問答
文：nona
茨城県の百里基地で展示される81式短距離地対空誘導弾（写真中央）と、指揮統制車（左奥）
今回は基地防空隊の装備の一つである81式短距離地対空誘導弾（短SAM）に関する興味深い議論について解説します。
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短SAMは役立たず?
1981年に制式化された81式短距離地対空誘導弾は、陸自のみならず空自や海自向けとしても調達される計画でしたが、配備完了までに約3000億円の予算が必要ということや、比較対象として西独のローランドSAMが存在したこともあり、導入時には批判の声もありました。
短SAM否定派であった大内啓伍議員は1980年に国会で「役に立たない可能性が強い」「どうしてそんなモノを買うのですか」と語り、以下のような欠点を羅列しています。
・短SAMの赤外線誘導は雲など天候の影響をうけやすく全天候性能を欠く（当初の短SAMは電波弾が存在しなかった）
・飛翔時に白煙の航跡を残し、目標に回避の機会を与える可能性がある（短SAMは稀煙化されていなかった）
・発射後に無力化できないため、誤射を防止できない（当初の短SAMは時限爆破機能のみ搭載されていた）
・国内に射撃訓練場がない。（制式化時点で短SAMの射場が決定していなかった）
・競合のローランドSAMより高価（大内議員の調べでは短SAM1セットが15億8800万円に対し、ローランドが13億3000万円。ミサイル1発の価格はそれぞれ4590万円と1997万円）
装備局長の回答
大内氏の指摘された問題の多くは、1995年に制式化された短SAM改でフォローされてはいるものの、1980年当時は技本で改良型を細々と部内研究していたに過ぎず、現行の短SAMの配備を延期する訳にはいきません。
そこで防衛庁の和田裕装備局長は国会答弁で短SAMを擁護し、配備を進める方針を示します。
まず全天候性の疑問について和田装備局長は、雲中への短SAM射撃実験で四発中三発の命中があり、性能に問題がないと回答しました。
短SAMの詳細な全天候性は明示されなかったものの、短SAMには射撃統制装置が計算した位置まで飛翔した後に目標を空中でロックオンする機能があります。
雲や霧などを突き抜けてから空中ロックオンを行う場合、天候の影響をうけにくくなるのかもしれません。また短SAMでは太陽や地熱の識別能力も高められています。
ただし、後にフレア等の赤外線妨害へ対抗する必要があるとして、短SAM改ではアクティブレーダーホーミング誘導の電波弾も併用されています。
白煙問題
続けて和田局長は白煙問題にも言及。開発時に無煙推薬と有煙推薬を比較した結果、有煙のほうが推進力も高く、結果として命中率も高いため短SAMに採用された、と語ります。
続けて和田局長、パイロットがミサイルを認めてから退避行動を終えるまでに「十何秒かかる」との実験例を紹介、短SAMの白煙を認めた時点での回避は「不可能」とまで解説。
ただし、改良型の短SAM改においては、さらなる推進力向上は求められなかったのか、稀煙化ロケットモーターが採用されました。
混戦時は撃たない、実際撃てない
短SAMの発射後無力化に関して和田局長は、自爆機能は指令誘導方式のローランドと異なり、ホーミング誘導の短SAMでは必須のものでないとした上で、誤射そのもの可能性を「（基地上空にて）敵と味方の飛行機が入り乱れて交戦するというような場合は、きわめて少ないのではないか」と想定、さらに、万が一混戦状態となった場合「諸外国もそういった場合には一般的にはミサイルを撃たない、実際撃てない」としており、短SAMで誤射は起き得ない、という主張を崩しませんでした。
実際のところ、大陸においては飛行場上空での乱戦や誤射は珍しくなかったのですが、日本本土の地理を考慮すると、その可能性は低いようです。（北海道周辺は例外でしょうが）
なお、短SAM改は中間コース指令用のリンク機能が搭載されたことで、遠隔操作での自爆にも対応しています。
訓練射場の問題
短SAMの訓練射場は1980年当時は検討段階でしたが、後に北海道の静内対空射場が指定されました。
他では硫黄島への射場開設も検討されたようですが、この計画は流れています。
ただし訓練場があっても実射訓練は費用がかかるため頻繁に実施できず、他のミサイル兵器と同様に訓練内容のいくつかはシミュレータで代替されました。
また機材操作の訓練においては、配備基地で離着陸する空自機を標的とする場合がある、とのこと。
短SAMは高すぎる?
「国産よりも海外の兵器のほうが安い」という批判は短SAMに限った話ではないものの、国民に理解していただくには、ある程度は筋の通った丁寧な説明が必要です。
和田局長はアメリカ向けローランドの調達価格が高騰し導入計画が縮小した例を引き合いにだした上で、「日本の場合には国産短ＳＡＭの方が経費効果的により有効な武器体系であろう」としています。
ただし、短SAMの調達価格は当初よりも高くなる傾向にあり、年度ごとの調達数も一定ではなかったようですから、導入数の少なかった1985年度は1セット28億円に達する、といった問題はあったようです。
またミサイル１発の価格差が2倍以上ある点に関しては、和田局長は言及していないものの、ローランドではミサイルに指令誘導方式を採用したことで、ミサイルに使い捨てのホーミング誘導シーカーを搭載せず、低コストでの生産が可能だったようです。
この方式は純粋な命中精度においては問題がなかったものの（フォークランド戦争では航空爆弾2発を空中で撃破したとの話があります）、短SAMのような打ち放し能力を持たないなど、機能面で劣る場合もありました。
短SAM改の登場
茨城県の土浦駐屯地で公開された81式地対空誘導弾(C)の電波弾と光波弾の模擬弾
国会で和田局長は国会で短SAMを擁護していたものの、技術研究本部は1980年の時点で短SAM改良型の部内研究を開始しており、1995年に81式地対空誘導弾（C）として制式化されます。
短SAM改はアクティブレーダーホーミングの電波弾が新たに導入され、システム全体での全天候性と光学赤外線妨害への耐性を高めています。さらにロケットモーターの希煙化、遠隔自爆機能の追加など、かつて大内議員が指摘した問題もフォローされました。
ただし、空自は短SAM改の導入を見送り、従来の短SAMを運用し続け、現在は基地防空用地対空誘導弾（11式短距離地対空誘導弾）へ換装中です。
短SAM改の導入を見送った経緯について解説する資料を見つけられなかったのですが、稀煙化や赤外線の妨害耐性などの改良はあくまで有人機への対抗策とも言えます。
このころ巡航ミサイルや誘導爆弾など無人の誘導兵器の迎撃を想定しつつあった空自では、費用をかけて改造を行う程のものでない、と考えられたのかもしれません。
次回は基地施設の抗堪化工事等について解説いたします。
参考
三菱重工 パイロットの話 コックピットから その16 「MISSILE」
(現在削除済み Web Archive Oogが 2013年8月11日取得)
日本の防衛戦力③航空自衛隊(読売新聞社編 ISBN4-643-87032-X 1987年5月14日)
防衛庁技術研究本部五十年史 II技術研究開発 5.技術開発官 誘導武器担当(防衛庁技術研究本部 2002年11月)
国会議事録
第93回国会 衆議院予算委員会 第２号 昭和55年10月11日
第93回国会 衆議院安全保障特別委員会 第2号 昭和55年10月21日
第95回国会 衆議院行財政改革に関する特別委員会 第３号 昭和60年04月23日
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コメント
基本的に完璧な兵器なんて無いし、運用していく中で改良・洗練させていく部分も大きいし
短SAMに関しては今日の数あるミサイルの単著となった存在 訳知り政治家に潰されなくて良かった
当時、短SAMとスティンガーのどちらも赤外線誘導だと不安になるのは分からなくもない。
米国の火星探査機「マーズ・パスファインダー」の最終減速用固体燃料ロケットを開発するとき、着陸地点を汚染しないようにアルミを使わない固体燃料を開発したものの燃焼が安定しなくなり、結局は予算と期間の都合に加えて「最後はエアバッグで地表を転がるからアルミによる汚染は心配しなくていい」という理由でアルミを使った在来型の固体燃料を使ったという話もあったりするし。
「ローランドに負けてるのは搭載車両の路外機動性だけ」とまで断言しておられたので、相当に自信があったのでしょうね。
しかし、短samがキャニスターに入ってないのはなんでだろ？
耐候性や整備性の上でキャニスターに収容した方がいいのは分かっていたそうですが、3トン半トラックの積載量ギリギリだったので断念したそうです(超過すると路外機動性が大幅に悪化するらしい)。
後継の11式では発射機の構造を一新して軽量化し、キャニスター化してますね。
T社は経営状態があんな調子で、今後防衛省向け器材の受注はどうするんでしょうかね。
ずっとT社が受注していた移動用沿岸レーダ装置もJTPS-P80はMELCOが受注しちゃったし･･････。
過積載は防衛関係なく危ないですからねぇ…仕方無いですね
東芝は中国系の外資が親会社にならないなら、また復帰出来るようになるんじゃないですかね？何分、防衛規格を達成できる企業は少ないですし…
曲がりなりにも民主主義国家の武装組織としては、こういったことも国会内で広く議論されるほうが健全だと思います
なんでコストを勘案しつつ要求をどこに絞って取捨選択するかというスタートラインが重要になってくる。
日本に限った話でもないけれど、基本的に研究開発段階では大内議員のように議会側からツッコミを入れる余地が少ない分、完成後の配備段階になって「そんな物に予算出せない」というのは中々議論としては難しい。
特に新装備等の導入に関してはリスクを取る必要も出てくるから説明が苦しくなっても導入せざるを得ない事もしばしば。
最近だとイージス・アショアなんかもその手の議論に掛かってるが、正直北の脅威が一切低減されてない現状無きゃ困る→価格的に厳しいから機能を絞るって具合。
まぁ2箇所しかない設備から遠方目標に低高度で飛翔する巡航ミサイルに対処するのが効率的かどうかは分からん。
※8
大内啓伍は民社党の議員で、防衛政策に理解があるマトモな人でした。昔の国会の防衛問題に関する議論はそれはそれは非道いモノで、大出俊とか楢崎弥之助とか「？」な陰謀論を「暴露」する輩がいて、「真面目にやれよ！」と言いたくなりました。PKO法案あたりからかな、少しはマトモになってきたのは。日米同盟なんて言葉は薬にしたくても絶対出てこなかった。
防衛政策に限らず、実のある議論、建設的な提案を期待したい。
81式最大飛翔速度マッハ2.6、射程7.0km、射高3km
ローランド1/2は速度マッハ1.6、射程6.2km、射高5.5km
と顕著な違いがあるな〜
速度の詳細はわからないが、81式の方がローランドより射程が長く、速度は顕著に早いので単純に「煙が目立つので避けやすい」と言うのは大きな間違いだと分かる。
一方で射高について見てみると81式はローランドの半分ぐらいと低め。
ローランドの光学照準は日中の低高度用かジャミング対策（by英語版ウィキペディア）みたいで、当時のレーダー技術を考えれば低高度ではグランドクラッタが排除出来ずにレーダー誘導が相当困難であったことが伺える。
ローランドのレーダー誘導がどちらかというと中高度用なのに対して、81式は低高度迎撃に特化した低空侵入絶対許さないミサイルだと考えれば導入経緯にも頷ける。
自衛隊は専守防衛で基地航空隊の支援が受けやすく、さらに長距離にはナイキJ、中距離にはホークと防空コンプレックスも揃っていたので低高度向けでジャミングにも強く撃ちっぱなしの出来る赤外線誘導ミサイルの需要が高い。
一方で中高度向けのレーザー誘導はホークなど他の手段があったので優先度が低かったんだろうな〜
速度も速くて射程もじゃっかん長いんだから相対的に高く上がれる気がするんですけど、高射が低いのはやっぱり誘導方式の違いなんでしょうかね。
それとも単に上がる分の推進力を射程と速度に振っているのか。
ランチャーが照準装置に追随して動くのが面白かった。
外れたとはいえ、この81式はギャオス相手の交戦が可能だったというのに、ゴ…ジラをロックオンすらできなかったヘルファイアときたら…（ハープーンはちゃんと当たってるので、レーダー誘導型なら命中できたんだろうか）。
先輩にあたるレイピアや初期型のローランドがATMとほぼ同じ半自動光学指令誘導で、ローランドが81式に近い誘導能力を獲得するのが、81式の配備と同時期なのを考えると、開発中に懸念されたほど悪い買い物ではなかったのではないかと。
ただ空自が81式改ではなくて11式を採用したのは、81式改の巡航ミサイル対処能力に不満があったからと言われてたりしますが（空自の防空隊の想定する脅威を考えれば、さもありなん）。
米国だって新兵器の配備や部隊改変の案件を議会の軍事委員会が討議の末に潰してる事例がたくさんありますしね
公費で軍事を賄う以上、国民の代表たる議会でのチェックを受けるのは民主主義を標榜する国家にとっては当然ですね
調べてみたら81式が五秒程度で一気に燃料を燃やして射程と速度を稼ぐのに対して、ローランドの方は最初にブースターで最高速まで加速して、そのあとは補助ロケットが十何秒も動いて速度を維持するタイプのミサイルのようです。
動画で見るとわかりやすい、ローランドは発射から命中まで煙は少ないがずっとロケット炎が見える
M109 Roland SAM System
https://www.youtube.com/watch?v=kv9idx9FDVQ
一方で81式は最初こそ盛大に煙と炎を発するが、すぐに燃焼が終了して見えなくなる。
陸上自衛隊 81式短SAM 発射
https://www.youtube.com/watch?v=jfJ59mUfAR8
ローランドが回避しても追いつくミサイルなのに対して、81式は回避する前に撃ち落とすスタイルな感じ。
見比べて見ると同じ短距離SAMとはいえ全然別の思想で作られているのがよく分かるな〜
ローランドのロケット燃焼についてはこの資料２ページ目あたりも参照
https://www.forecastinternational.com/archive/disp_old_pdf.cfm?ARC_ID=1097
なるほど凄く分かり易いです。
ありがとうございます。
11式に至ってはクレーン必須なわけだから何らかの作業車があるはずだけど・・・
81短SAMに専用の弾薬運搬車はありません。
普通のトラック(ユニック付き)に載せて運びます。
誘導弾は、移動状態では発射機の両サイドに搭載したコンテナの中に入っています。
コンテナから発射機への装填作業はリモコン操作で行います。
発射状態になると、コンテナが載っているステップ状のパーツ(誘導弾装填装置)が左右に展開して地面に近い高さまで降りてきます。
そこへ誘導弾入りのコンテナを載せてやれば、次発以降は繰り返しになります。
「81式短距離地対空誘導弾」で画像検索すると、その様子を撮影した画像が多数見つかると思います。
コレは有意義なコメント！
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