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パイロットの第一印象
1980年7月、日本人として初めてF-15の機種転換訓練をうけた3名のうち1人となった田中石城氏は、アリゾナ州のルーク基地でF-15と対面。その時の印象は「とにかくデカい」でした。
重量に関してF-15はF-4より数百キロは軽く設計されているのですが、平面図上の面積でいうとF-15は97.5m2とF-4の69.7m2より一回り大きく、小型戦闘機のF-5の34.8m2とは明確な差が存在しました。
田中氏いわく「大きいと感じている間は、その機体が手に入っていない」とパイロットの間ではよく言われたそうですが、
大柄の機体は空中戦において悪目立ちしやすく、特に小型機が相手の場合に欠点となりえます。小型機のパイロットがF-15をぎりぎり視認できる距離を維持した場合、F-15からは小型機を見つけることが困難になるのです。
かつて岩崎貴弘氏がF-104Jで米空軍のF-15から撃墜判定を得た時も、両者の大きさの違いがF-15のハンデになっています。
もっとも、F-15が大きすぎるというのはあくまで相対的な話。F-15が仮想敵としていたMiG-25や、F-15の対抗として作られたと言われるSu-27シリーズも概して大柄の機体です。彼らと戦う上では、然したる欠点ではないようです。
F-15J運用開始
1982年12月、宮崎県・新田原基地の202飛行隊がF-15Jの機種転換を開始し、マザースコードロンとして要員の国内育成を実施しました。1985年までに、4個飛行隊でF-15Jが運用されました。
F-15Jの導入予定数は77年の時点では100機導入の予定でしたが、1982年に155機、85年に187機、1990年に223機へ増加しています。
これによりF-104Jの7個飛行隊、(97年に支援戦闘機へ転換した)F-4EJの1個飛行隊、飛行教導隊のT-2を置き換えを実施し、作戦部隊へ予備機を含む25機の配備がなされる予定でした。
1992年にはF104Jよりも事故損失が少ないことを理由に、予備機が削減され210機導入に下方修正されています。
ところが、上記決定の前後で事故が多発したため(うち1機はパイロットのミスによる誤射で撃墜された)95年末に213機で再修正され、最終機は1999年に納入されました。
F-15Jの総生産数は単座のJ型165機、複座のDJ型48機でした。
50年使わなければ
田中氏はF-15の初見時、「でかい」という感想に加え「50年は使わなければならないだろう」とも思っていたと回想しています。
当初F-15は従来機と同等の寿命が要求されていたのですが、メーカーが高い安全率で設計しており、ASIP(航空機構造保全プログラグラム)の適用で長期間運用が可能になる見通しでした。
F-15の寿命は10000~7000飛行時間(まもなく8000時間で固定)とされ、空自のように年間200時間の運用を想定した場合、50年運用ができることは想像に難しくありません。
F100エンジンに関しては、モジュールごとに1250時間ごとのオーバーホールと部品交換により、半永久的に使用が可能とされています。
ただし、初期に導入したF-15(J型の99号機、DJ型の13号機以前)はMSIP(多段回能力向上プログラム)に未対応。後になってアップデートが困難であると問題になっています。
G-LOC
F-15Jの増勢に伴い、Gの問題も広く認識されています。
F-15Jは機体性能の向上により、従来機より高速で急旋回を可能としたものの、その代償としてパイロットがG-LOC(loss of consciousness Gによる意識喪失)に陥る危険が高まりました。
元戦闘機パイロットの岩崎貴弘氏によると、あるパイロットがG-LOCで意識を喪失、僚機の呼びかけで意識が戻ったものの、機体が急降下していたため強く操縦桿を引いてまたG-LOC、という例があるそうです。
上記の例ではF-15Jの許容範囲を超える、14ないし16Gが記録されており(Gの数値は計測箇所により変動)、主翼交換が必要になるなど少しばかり特殊な例ではありますが、許容範囲内の9GでもG-LOCは頻繁に起きうるものでした。
Gに抗う方法
対策としてGスーツの締め付けを強くしたり、高G下の酸素供給量増加などのハードウェアによる対策も検討されたものの、アメリカ空軍は筋力トレーニングがもっとも有効だと結論し、空自も筋力トレーニング機材を導入しています。
筋肉には骨や関節を保護する効果があり、高G機動中に力ませることで血管を強く締め付けて血圧を上げ、高G状況で脳へ血液を送る手助けができました。
岩崎氏は地上の耐G訓練において、パイロット達が唸り声をあげながらいきんでいる様子を「滑稽な姿」としていますが、この所作が空中戦ではとても重要だったのです。
ちなみに、米空軍では水泳がもっとも効果的な訓練法と考えていたようで、田中氏と交流のあった米軍パイロット達の多くがプール付き一戸建てを構えていたそうです。
岩崎氏は部隊でのランニングを提案したそうですが、ランニング(の血管拡張効果)がG耐性を弱めるのではないか、とする意見があり無理強いじできなかった、としています。
Gの後遺症
過度なGはG-LOC以外にもパイロットの体に様々な悪影響を与えました。
首関節を回したときの異音、足のももや腕の付け根に生じる内出血のアザ、Gスーツの締め付けによるみみず腫れ、腰痛など、体中に異常が見られるそうです。
岩崎氏によると所属部隊の長身のパイロットが3cm縮んでしまい、元戦闘機パイロットの安宅耕一氏は8.5GのスプリットS機動を反復訓練した際に奥歯が緩んで抜けてしまった、とも語っています。
田中氏も一時はフットペダルを押せないほどに足を弱らせてしまったのですが、当時珍しかったカイロプラクティック療法で回復できた、としています。
あまりの過酷さから元テストパイロットの渡邉吉之氏も「身内には戦闘機乗りにはなってほしくはありませんね」と語っています。
とはいえGを低減する画期的な技術は存在せず、無人機では有人機の役目を果たすことはできないこともあり、しばらくの間パイロットによるGとの戦いは続くことになりそうです。
次回はF-15Jと同時期に配備がスタートした早期警戒機E-2を解説します。
参考F-15イーグル 世界最強の制空戦闘機
(ジェフリー・エセル著 浜田一穂訳 ISBN978-4-562-01667-1 1985年12月1日F-15完全マニュアル 豊富な写真と図解、データで解き明かすF-15のすべて
(スティーブ・デイビス,ダグ・ディルディ著 佐藤敏行訳 ISBN978-4-8022-0387-6 2017年6月25日)エアマンシップ 消えたファイター・パイロットたち
(田中石城 ISBN978-4-906124-14-5 1996年1月18日)ファイターパイロットの世界
(村田博生 ISBN978-4-87687-245-9 2003年4月18日)軍用機知識のABC改訂版
(イカロス出版 ISBN4-87149-077-7 1997年1月15日)最強の戦闘機パイロット
(岩崎貴弘 ISBN4-06-210672-8 2001年11月20日)自衛隊エリート・パイロット
(菊池征男他 ISBN978-4-87149-982-8 2007年8月31日)日本の防衛戦力③航空自衛隊
(読売新聞社編 ISBN4-643-87032-X 1987年5月14日)戦闘機パイロットの世界“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論
(渡邉吉之 2017年9月10日)
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コメント
高G負荷時は毛細血管が破裂することで腕とかに特有の赤い反転が出来てしまうってイーグルパイロットの方が言ってました。
人体は瞬間的な負荷に対して存外タフ(階段降りだけでも結構な負荷が掛かる)な構造らしいですが、長時間となると脆い物ですな。
逆に言えば超射程・広射角高機動ミサイルの発展はなるべくしてなった感。
※1
F-4とF-2分はF-35でしょうがF-15pre分がどうなるかは防衛省もまだ明言してませんね。F-3(仮)事業では2030年代には配備を開始したいようなので希望的観測だけで言えばF-15分はpreも全てF-3(仮)で置き換えたいでしょうけども。
そのまま200機置き換えてもF-22と同じ生産数しか稼げないのがなんともw
やりようによっては10Gオーバーでも運用できたり…?(流石に無理か
恐るべき耐用年数
ちなB52のエンジン換装は八発で決まりのようだ
四発だと操縦系統などの改修が手間らしい
F-15が配備された頃は、まさかこれを200機以上導入することになるとは思わなかったなぁ。
>大きいと感じている間は、その機体が手に入っていない
「背中でテニスの試合ができる」というやつですな。
これだけ大きいのにムダなものは何もないという。
>Gロック
確か旧海軍の羽切松雄はテストで8.5Gに耐えて「海軍一の強心臓」と驚かれたそうで、Gスーツなしだとどんな頑張っても9Gが限界ということだけど、これを超える荷重に耐える現代の戦闘機乗り達の苦労は想像を絶するものが…。
>奥歯が緩んで抜けてしまった
『ガンダム・センチネル』で、超機動のGに耐えるのに歯を食いしばり過ぎて、奥歯を噛み砕いてしまったパイロットがいたのを思い出した。
一応、F-15pre機も全解体して組み上げ直せば地上滑走中の暴走事故起こした
42-8832号機よろしくJ-MSIPに改修は可能みたいなんですよね
後、未確認情報では有りますがF3の情報流してくれていた某モサモサした人曰くプレ機にも違いがあるらしく
何でも初期生産分の3分の1程度は組み立て直しても改装無理とかなっとるとか何とか
強度試験と実際の運用通じた見積もり見直したらA~Dまでは想定設計飛行寿命8,000時間……だったのが
実際に運用した結果8,600時間級どころ10,000時間超えの機が出現
更にC延命改修と同様の整備すれば12,000~16,000時間越え、
2040C仕様準拠に改修する場合F-15A~Dの寿命は20,000時間行くとかいう話が出て来てるとか(白目
なお、ボーイングの疲労試験だとC/Dが18,000時間、E型系は32,000時間行くんでねえのとかいう結果も出てるそうで……
マクロスのガルドじゃないけど肉体がミンチになっちゃう恐れもあるからそりゃ身内には戦闘機パイロットになってほしくなくなるわな。
やったら空中分解するんじゃないの
格闘戦は遷音速域の話だろう
1様
残存寿命を考えると勿体ない限りですが
新型機で代替えになりそうな動きですよね。
名無しの対艦誘導弾様
ご指摘のアニメの箇所を確認しましたが
パイロットよりも作画班の寿命を気にしてしまう映像でした
3様
広射角高機動ミサイルといえば
70年代初頭に
AIM-82というオフボアサイト照準対応ミサイルも
研究されていましたね
そのあとAIM-95計画と統合され、
ASRAAM(AIM-132)に再統合されていますが
開発が長引いたようで
結局従来のAIM-9をベースに作った
AIM-9Xを運用しています。
実戦配備はR-73に先を越されていますし
何が計画を遅らせたのでしょうね。
4様
私の調べた範囲では
残念ながら画期的なG対策はないようです。
F-16で射出座席がキャノピーに収まるように斜めに傾けたら
Gを軽減する効果も得られた、という話もありますが
効果の程は不明です。
F-15Eは機体構造が強化されているため
人間や携行兵装のことを考えなければ
12Gまで制限が緩和されるそうです
5様
ジェットエンジンは8発のままですか。
ということはコクピットの8本スロットルも続投なのでしょうか。
実は6記事くらいになりそうだったのですが
色々端折って3記事にまとめました。
他機と比べると資料が豊富なもので
ついつい記事も増えてしまうのが悩みどころです。
F-15の表面積だとテニスコート半面くらいなので、
テニスは難しいかもしれませんね(笑
そういえば1年くらい前にAn-2の主翼で空中テニスに興じる
動画が上がっていました。
ジョコビッチ選手もちょっとだけ映っています。
ガンダムシリーズでは
Gで吐血したり死人が出る描写ってけっこうありますよね。
最近の作品だと嘔吐もあった気がします。
嘔吐といえば
訓練されたパイロットでも
複座機など他者に操縦をまかせる状況では
そのような気分になるそうです。
急なGに身構えることができないのが理由だとか
おろろろろ
7様
ブラジル空軍だったでしょうか
F-5の機内配線を1553B規格に貼りなおしたそうです。
やはり手間の問題なのでしょうね。
寿命に関しては
F-15の開発期に空軍機が要求安全率を従来の2倍から4倍に引き上げており
過剰とも思えるほど堅牢になったようです。
あとはASIPによる所も大きいでしょうか。
F-4EJが3000→5000時間に延長されましたし(現在はもっと伸びていそうですが)
F-16も12000時間まで延長できる、という話がありますね。
F-2もF-16と同じくらい延命できるならば2050年くらいまでは
安泰な気もするんですがどうでしょうか。
渡辺氏はGが与える影響は外傷はもちろんのこと
「脳細胞が死んで頭がパーになる」
ことも危惧されていました。
陸戦への従軍経験者で問題になっている
TBI・MTBIなど脳のダメージは、若いころは影響が表れにくく
高齢期になってからアルツハイマーの発症リスクが高まる
という話です。
おそらくはパイロットも同じなのでしょう。
本当に大変な仕事だと思います。
私たちが何もできないのが残念な限りですが。
10様
格闘戦は遷音速域よりも亜音速域が適しているかもしれません。
遷音速域では機体の旋回半径もGも大きくなりますし
空力上好ましくない影響を及ぼす場合もあります。
前回解説したAIM-7Fも
マッハ1.1~1.3で発射した場合
スピンに陥り誘導できなくなる、という不具合がありました。
これは70年代のAIMVAL試験で発覚したもので、
対策されたものと思われますが...
返答ありがとうございます
F2の寿命に関しては低空飛行する関係で機体消耗が他の機体と比べても
かなり大きいので、あまり期待できないとか何とか(´・ω・`)
噂が諸々上がってきてるF3が362020年代中盤あたりで量産調達開始との
話もあるので間に合うならば無理させず置き換え路線でしょうね
アメリカのTVの特集でやってたけど、F-22の新型Gス-ツはパイロットをレーザーで三次元測定したデータを基に造る特注品で、性能上は12Gまで耐えられるそうです(耐えられるとは言っていない)。
いや、まぁ無人機で格闘戦やら地上攻撃とか…プログラムの長さとか複雑さは考えたくないなぁ…各国が争って開発してますけど実用化はいつになることやら…観たいなぁ…ぜひとも人間が乗っていたら出来ない機動をする無人迎撃機や戦闘機、はたまた爆撃機が観たいなぁ…
というよりかは複合材一体成型翼なので、耐用時間を超えると前兆現象なく突然壊れるおそれがあるとかで延命は難しいんだとか。そうだ、主翼ごと交換してしまえば・・・・・。
そういえば、現在開発中のXF9-1エンジンってF110と同寸なんんだよなあ・・・、なんでもないです。
もし無人機が20G位で機動出来ても、ミサイルは50Gで機動出来るからなあ。
それに機体自体も頑丈にしないといけないので、すごく重くなるよ。
ゆえに戦闘機パイロットは国家の命運を背負う外交官で、各国とも相応の教育を受けた士官しか戦闘機パイロットにはなれないことになってる
だから空中外交官としてのパイロットを戦闘機から降ろすことはできないよ
もちろん戦闘開始の指示だけ貰って後は全自動で戦うウィングマンUAVとかなら実現するかもしれないけど
近年の対テロ戦争なんかだと、小規模な地上部隊を指揮する下士官クラスの人間ですら、時に人道・国際法を鑑みて迅速に判断しなければならないってのが問題になってるらしいし
しかし現状としてはステルスミサイルプラットフォームの方にシフトしてるし、いわゆる格闘戦での高機動は求められていない様子
ミサイルも全方位発射可能化、高機動化しとるし無理に背後を取りに行くような空戦では無くなってきてるし
高機動でのエネルギー消費で次第に回避力が落ちるのもどうなのか
初弾がかわせても次が
というよりかは、単純に脳と心臓との距離が短い方(要は小柄な方)がGに対しては耐性が強いようですよ?
意外と女性の方がGに対して強いそうな(妄想が捗る)。
そこが今後の無人機の将来を左右する問題なんでしょうね。
現実に今の無人機の運用に対しても、攻撃のトリガーを引くのは必ず軍人でないといけないというキマリがあるし、じゃあAiにその高度な判断が出来るの?失敗したら誰が責任取るんだ?ってのが議論されてますね。
っていうか既に国連含めた国際的な各団体から、自律無人攻撃兵器について禁止する動きが大きくなってるからそのうち国際的な禁止条約が作られるかも。
民間プラントに偽装してこっそり開発してそうだな。
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