空自の日本防空史34
最強戦闘機F-15を手にするまで その3


文:nona

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航空自衛隊のF-15J戦闘機。

ファイターパイロットの世界―ターボと呼ばれた男の軌跡
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パイロットの第一印象

 1980年7月、日本人として初めてF-15の機種転換訓練をうけた3名のうち1人となった田中石城氏は、アリゾナ州のルーク基地でF-15と対面。その時の印象は「とにかくデカい」でした。

 重量に関してF-15はF-4より数百キロは軽く設計されているのですが、平面図上の面積でいうとF-15は97.5m2とF-4の69.7m2より一回り大きく、小型戦闘機のF-5の34.8m2とは明確な差が存在しました。

 田中氏いわく「大きいと感じている間は、その機体が手に入っていない」とパイロットの間ではよく言われたそうですが、

 大柄の機体は空中戦において悪目立ちしやすく、特に小型機が相手の場合に欠点となりえます。小型機のパイロットがF-15をぎりぎり視認できる距離を維持した場合、F-15からは小型機を見つけることが困難になるのです。

 かつて岩崎貴弘氏がF-104Jで米空軍のF-15から撃墜判定を得た時も、両者の大きさの違いがF-15のハンデになっています。

 もっとも、F-15が大きすぎるというのはあくまで相対的な話。F-15が仮想敵としていたMiG-25や、F-15の対抗として作られたと言われるSu-27シリーズも概して大柄の機体です。彼らと戦う上では、然したる欠点ではないようです。


F-15J運用開始

 1982年12月、宮崎県・新田原基地の202飛行隊がF-15Jの機種転換を開始し、マザースコードロンとして要員の国内育成を実施しました。1985年までに、4個飛行隊でF-15Jが運用されました。

 F-15Jの導入予定数は77年の時点では100機導入の予定でしたが、1982年に155機、85年に187機、1990年に223機へ増加しています。

 これによりF-104Jの7個飛行隊、(97年に支援戦闘機へ転換した)F-4EJの1個飛行隊、飛行教導隊のT-2を置き換えを実施し、作戦部隊へ予備機を含む25機の配備がなされる予定でした。

 1992年にはF104Jよりも事故損失が少ないことを理由に、予備機が削減され210機導入に下方修正されています。

 ところが、上記決定の前後で事故が多発したため(うち1機はパイロットのミスによる誤射で撃墜された)95年末に213機で再修正され、最終機は1999年に納入されました。

 F-15Jの総生産数は単座のJ型165機、複座のDJ型48機でした。


50年使わなければ

 田中氏はF-15の初見時、「でかい」という感想に加え「50年は使わなければならないだろう」とも思っていたと回想しています。

 当初F-15は従来機と同等の寿命が要求されていたのですが、メーカーが高い安全率で設計しており、ASIP(航空機構造保全プログラグラム)の適用で長期間運用が可能になる見通しでした。

 F-15の寿命は10000~7000飛行時間(まもなく8000時間で固定)とされ、空自のように年間200時間の運用を想定した場合、50年運用ができることは想像に難しくありません。

 F100エンジンに関しては、モジュールごとに1250時間ごとのオーバーホールと部品交換により、半永久的に使用が可能とされています。

 ただし、初期に導入したF-15(J型の99号機、DJ型の13号機以前)はMSIP(多段回能力向上プログラム)に未対応。後になってアップデートが困難であると問題になっています。


G-LOC

 F-15Jの増勢に伴い、Gの問題も広く認識されています。
 F-15Jは機体性能の向上により、従来機より高速で急旋回を可能としたものの、その代償としてパイロットがG-LOC(loss of consciousness Gによる意識喪失)に陥る危険が高まりました。

 元戦闘機パイロットの岩崎貴弘氏によると、あるパイロットがG-LOCで意識を喪失、僚機の呼びかけで意識が戻ったものの、機体が急降下していたため強く操縦桿を引いてまたG-LOC、という例があるそうです。

 上記の例ではF-15Jの許容範囲を超える、14ないし16Gが記録されており(Gの数値は計測箇所により変動)、主翼交換が必要になるなど少しばかり特殊な例ではありますが、許容範囲内の9GでもG-LOCは頻繁に起きうるものでした。


Gに抗う方法

 対策としてGスーツの締め付けを強くしたり、高G下の酸素供給量増加などのハードウェアによる対策も検討されたものの、アメリカ空軍は筋力トレーニングがもっとも有効だと結論し、空自も筋力トレーニング機材を導入しています。

 筋肉には骨や関節を保護する効果があり、高G機動中に力ませることで血管を強く締め付けて血圧を上げ、高G状況で脳へ血液を送る手助けができました。

 岩崎氏は地上の耐G訓練において、パイロット達が唸り声をあげながらいきんでいる様子を「滑稽な姿」としていますが、この所作が空中戦ではとても重要だったのです。

 ちなみに、米空軍では水泳がもっとも効果的な訓練法と考えていたようで、田中氏と交流のあった米軍パイロット達の多くがプール付き一戸建てを構えていたそうです。

 岩崎氏は部隊でのランニングを提案したそうですが、ランニング(の血管拡張効果)がG耐性を弱めるのではないか、とする意見があり無理強いじできなかった、としています。


Gの後遺症

 過度なGはG-LOC以外にもパイロットの体に様々な悪影響を与えました。
 首関節を回したときの異音、足のももや腕の付け根に生じる内出血のアザ、Gスーツの締め付けによるみみず腫れ、腰痛など、体中に異常が見られるそうです。

 岩崎氏によると所属部隊の長身のパイロットが3cm縮んでしまい、元戦闘機パイロットの安宅耕一氏は8.5GのスプリットS機動を反復訓練した際に奥歯が緩んで抜けてしまった、とも語っています。

 田中氏も一時はフットペダルを押せないほどに足を弱らせてしまったのですが、当時珍しかったカイロプラクティック療法で回復できた、としています。

 あまりの過酷さから元テストパイロットの渡邉吉之氏も「身内には戦闘機乗りにはなってほしくはありませんね」と語っています。

 とはいえGを低減する画期的な技術は存在せず、無人機では有人機の役目を果たすことはできないこともあり、しばらくの間パイロットによるGとの戦いは続くことになりそうです。


 次回はF-15Jと同時期に配備がスタートした早期警戒機E-2を解説します。


参考

F-15イーグル 世界最強の制空戦闘機
(ジェフリー・エセル著 浜田一穂訳 ISBN978-4-562-01667-1 1985年12月1日

F-15完全マニュアル 豊富な写真と図解、データで解き明かすF-15のすべて
(スティーブ・デイビス,ダグ・ディルディ著 佐藤敏行訳 ISBN978-4-8022-0387-6 2017年6月25日)

エアマンシップ 消えたファイター・パイロットたち
(田中石城 ISBN978-4-906124-14-5 1996年1月18日)

ファイターパイロットの世界
(村田博生 ISBN978-4-87687-245-9 2003年4月18日)

軍用機知識のABC改訂版
(イカロス出版 ISBN4-87149-077-7 1997年1月15日)

最強の戦闘機パイロット
(岩崎貴弘 ISBN4-06-210672-8 2001年11月20日)

自衛隊エリート・パイロット
(菊池征男他 ISBN978-4-87149-982-8 2007年8月31日)

日本の防衛戦力③航空自衛隊
(読売新聞社編 ISBN4-643-87032-X 1987年5月14日)

戦闘機パイロットの世界“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論
(渡邉吉之 2017年9月10日)

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