空自の日本防空史33
最強戦闘機F-15を手にするまで その2
文:nona
F-15JのF100エンジン。導入時においてもスタグネーション・ストールを引き起こす不具合は完全が残されていた。(投稿者撮影)
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ブラウン国防長官発言の真意
1977年にアメリカのブラウン国防長官がF-15とAIM-7Fミサイルについて「不満」と評したことが騒ぎになったのですが、防衛庁は真相を以下のように解説しています。F-15の射撃管制装置APG-63について、ECCM・耐クラッター性などにおいて要求を大きく上回ったことが確認された。
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一方のAIM-7Fも当初の要求は達していたものの、APG-63程の飛躍した性能はなかった。
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このため、電波妨害下や超低空目標対処においてAPG-63が目標のロックオンに成功していても、AIM-7Fのシーカーでは目標を追えない場合がある。
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これを不満とした米軍はAIM-7の改良を開始。高性能なモノパルス式シーカーの搭載を検討したものの、小型化に手間取り実用化が遅れている。
以上が「要求性能を満足するようなスパローミサイルは今後5年くらいの間にできるとは思われない」と発言したブラウン長官の真意とのこと。
この解説はすぐには受け入れられなかったようですが、防衛庁はAIM-7Fの性能は要求に達しており問題もないとして、配備方針を固持しています。
AIM-7FとM
前述のモノパルスシーカー型AIM-7は、1983年にAIM-7Mとしてアメリカ軍への配備が開始され、湾岸戦争ではF-15の主力兵装として25機撃墜の戦果を挙げています。(古い資料ではAIM-7Fを使用とする場合があります。)
1つの目標に対し2発以上の発射を行う場合、54.5ないし59.4%の確率で目標を撃墜できる優秀なミサイルでした。
ちなみに元テストパイロットの渡邉吉之氏はAIM-7(型番には触れず、おそらくF型)の射程について、向かってくる目標に正面から射撃する場合、ジャンボジェット級の反射波が得られれば100㎞離れていても撃墜できるとするも、反射波が戦闘機級であると50㎞あたりが命中を期待できる限界、としています。
さらに目標が海面近くなどクラッターに紛れている場合はシュートダウン能力が低下し、15㎞に制限されることもあり得る、とのこと。
対空ミサイルの射程というのは、全く不可解なものですね。
F-15のお値段
先のAIM-7Fの疑惑問題が落ち着きつつあった1977年12月、延期されていたF-15の導入の政府決定がなされます。
初年度導入のF-15はFMS、ノックダウン、ライセンス生産の3方式で計23機調達され、価格はFMS機のFAC価格で約45億円、ライセンス機の場合で69億円となる予定でした。ライセンス機に予備部品を含めると83~88億円です。
1977年の予算で追加したF-4EJの価格が37憶7000万円でしたから、その価格はざっと2倍。またアメリカ軍価格のF-15Cは78年で1390万ドル(1ドル260円換算で35億円)と、こちらも2倍の価格差がありました。
そのうえ調達価格は年を追うごとに上昇していき、100億円の大台はすぐに突破。最も高い年で136億円に達しました。
F-15のライセンス生産事情
F-15Jのセンセーショナルな価格のために、野党からはFMSで輸入してはどうか、との声は何度もあがったようです。
それでも防衛庁は国防の観点からライセンス生産の利点が大きいと、これを続けた訳ですが、実のところF-15Jの中にはライセンス生産認められていない部品がありました。
その一例が電子戦装置で、F-15Jでは代替として国産のレーダー警報装置J/APR-4、ECM装置J/ALQ-8を搭載しています。
またF100エンジンについても部品の国産化率は78パーセントに留まりました。
かつてIHIがライセンス生産したJ79エンジン(F104/F4EJ用)は95%、TF40(T-2/F-1用)は98%の国産化率に達していましたが、F100は技術開示制限が課されていたのです。
国内メーカーにとってライセンス生産は外国の技術を吸収する絶好の機会でもあるため、国産化率の低下は残念なことでもありました。
エンジントラブルが頻発
1979年1月、F-15は初飛行から5年で累計135000飛行時間を達成したのですが、それまでに9機の喪失事故があり(10万時間の事故率は6.7機)、うち5機はF100エンジンのスタグネーション・ストールに起因したことが判明します。
スタグネーション・ストールとは、吸入気流の乱れを発端に、タービンが低回転で停滞(スタグネーション)するとともにTIT(タービン入り口温度)が異常上昇、エンジンが融解・発火する現象です。1979年までは1000時間に1.6回の頻度で発生していました。
スタグネーション・ストールはあらゆる条件下で発生しうるのですが、特にアフターバーナーの使用中に発生しやすく、一時は機動中のアフターバーナーの点火と消火が禁止されました。
それでもF-15は安全
この現象はF-16のF100エンジンではほとんど発生しておらず、F15の可変エアインテイクに起因する問題とされ、アメリカでF-15の導入を懸念する声が上がります。
この批判に対する反論として、国防省は過去の米軍戦闘機の事故率を示すことで、F-15がむしろ安全な飛行機である、とアピール。
国防省いわく、F-100/F-104/F-4戦闘機の運用初期135000時間までの事故率を10万時間あたりに換算した場合、F-100が39.1件、F-104が46.0件、F-4と24.8件になる、としています。
さらに国防省は、エンジンの改修でアフターバーナーの操作制限の一部を解除しており、さらなる改修でスタグネーション・ストールの発生数を1000時間に0.1回まで抑制する、という目標を掲げています。
ただし1984年までのある時期においてスタグネーション・ストールは1000時間に0.6回ほどの割合で発生していました。
改修型F100エンジン
空自のF-15Jは、この問題をはらんだまま配備することになったのですが、
1991年にDEEC(デジタルエンジン電子制御装置)を採用したF100-IHI-220E型の供給が始まり、翌年から既存エンジンへの改修が実施され、スタグネーション・ストールは大幅に減少した、とされています。
同時に初期型F100で課されていた制限が撤廃され、最大推力と応答性が回復(あるいは向上)しています。
ただし2003年時においても4割程度のF100が旧型のままであったようで、空自ではわりと長期にわたり不完全なエンジンと付き合っていたようです。(それでも性能は十分であったようですが)
次回に続く
参考
Six Decades of GuidedMunitions(2006年1月26日CSBA Barry D. Watts)
https://web.archive.org/web/20160303223150/http://www.dtic.mil/ndia/2006psa_winter_roundtable/watts.pdfF-15Jの科学
(青木謙知 ISBN978-4-7973-8079-8 2015年10月25日)F-15イーグル 世界最強の制空戦闘機
(ジェフリー・エセル著 浜田一穂訳 ISBN978-4-562-01667-1 1985年12月1日F-15完全マニュアル 豊富な写真と図解、データで解き明かすF-15のすべて
(スティーブ・デイビス,ダグ・ディルディ著 佐藤敏行訳 ISBN978-4-8022-0387-6 2017年6月25日)航空自衛隊F-15
(イカロス出版 ISBN978-4-86320-079-1 2008年8月20日)戦闘機パイロットの世界“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論
(渡邉吉之 2017年9月10日)日本の航空宇宙工業 50年の歩み 一般社団法人 日本航空宇宙工業会
第5,6章 60年代以降:国際共同開発の本格化 ,航空エンジン工業の歩み第080回国会 内閣委員会 第1号 77年5月19日
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/080/0020/08005190020016a.html
第081回国会 内閣委員会 第1号 77年8月11日
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/081/1020/08108111020001a.html
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コメント
そら湾岸戦争でも言われたように、ヘリの撃墜も難しいですね
低速ヘリではあっという間に追い越してレーダー圏外になり誘導不能に
アクティブ方式でもミサイル側シーカーの能力が問われそう
そして大型ジャンボのRCSが100ぐらいで、F-15のRCSが25ぐらいみたいなので計算的にはおかしくないっぽい。
まぁレーダーの減衰は拡散以外にも色々あるし、100kmってのはよく見られるAIM-7Fの射程以上なんで色々と複雑な要素があった上での話だと思うけど・・・
RCS参考:https://www.globalsecurity.org/military/world/stealth-aircraft-rcs.htm
海面近くなら15㎞ ってのはミサイル側のシーカーが自分が捉えている電波の反射が目標機からなのか海面・地面からなのかを区別できない って話だろうから、指令電波のビーム幅の問題になるんじゃなかろうか?
よくわからんが、どうも旧来のAIM-7はコニカルスキャンで反射波の強い方に誘導してたのに対して、AIM-7Mの装備するモノパルスシーカーなら時間的に目標機からの反射波のみを選別することで地面からの反射波の影響を大きく減じることが出来るようだ。
参考
https://en.wikipedia.org/wiki/Inverse_monopulse_seeker
http://www.ausairpower.net/TE-Radar-AAMs.html
新型機のAPG-63レーダーがパルスドップラーで低空目標を発見できるのに、ミサイルの方が旧型のコニカルスキャンで低空目標を攻撃できない! ってなるとそりゃ不満も言いたくなるわな〜
しかし要求は満たしたのに出来過ぎな相棒と比較されて不満を買った形なので、AIM-7Fが不憫というか(´・ω・`)
F14がミサイル発射後、急上昇したら自身の撃ったミサイルにぶつかったなんてよく知られた事例
目標到達まで時間もかかるし、同じ距離でも相手が逃げる運動してれば追いつけず、逆なら届く
相手が自機より低空にいれば滑空距離も延びてミサイルの射程はより長くなる
相手高度が高ければ短くなる
(ステルスで見つからずに高空占位できるF22の優位性の要因のひとつ)
回避運動されれば無駄に飛翔する距離も増える
条件次第で射程距離なんて変わる
公表されてる射程なんて機密もあるし、いい加減な数字にしかすぎないのだがな
公表されている潜水艦の可潜深度のようなもので間に受けるようなものではないんだが
ともかく圧倒的に優勢な支援を受けた湾岸戦争時点でアメリカのミサイルでさえ二発で五割程度…
ロシア製なら推して知るべしって感じ
一機落とすのにどれだけミサイルが消費されているのか
やはりミサイル万能なんて無いね
じゃミサイル万能論が言われてた頃はドンダケ誇大広告してたんでしょう
そりゃ実態がばれたら皆怒るよね
向き不向きがあるミサイルの性能を充分に発揮できる位置を真っ先に占めるための性能が、現代の制空戦闘における機動力の定義であり、最近ではそこステルス性能の要素まで加わって、さらに複雑怪奇なことに…。
コメントをいただけて嬉しいのですが
すべての方への返信は難しい状況です。
今回は湾岸戦争におけるAIM-7Mの撃墜率について
追記します。
1発で34%
2発で本文の54.5ないし59.4%
3発で71%前後です。
またAIM-7Mの目視外距離の発射は43%にとどまっており、
かなり近距離で撃ったようです。
これだけみると高価な割に使えないミサイルに思えますが、
旧世代のAIM-7D,E,E-2の平均である撃墜率8.2%より各段に向上しており
湾岸戦争では制空型F-15の戦果の2/3がAIM-7Mによる、という実績もあります。
ちなみに残りの1/3についてもAIM-9Mによる戦果で
ガンによる撃墜は記録されていないようです。
>100kmってのはよく見られるAIM-7Fの射程以上なんで色々と複雑な要素があった上での話だと思うけど・・・
ttp://www.alternatewars.com/SAC/AIM-7F_Sparrow_III_SMC_-_January_1977.pdf
上の資料の表ではAIM-7Fの「AERODYNAMIC RANGE(空気力学的射程)」が「53NMI(=98km)」とされてる一方併記される「SEEKER RANGE」は「連続波200Wを照射、RCS2m^2の目標の場合22海里=約40km」とされてる
つまり「飛翔体としてなら100km飛ぶが、目玉で小型航空機を探知できるのは40km程度」ってことで、RCS値がデカいジャンボなら100km先でもシーカーに捕捉し、飛翔能力をフルに発揮して撃墜可能ってことでは?
AIM-7に限らずLOBLが前提だった時代の対空ミサイルの射程は基本的にシーカーの探知距離に左右されてたもよう
逆に「SM-1→SM-2」「AIM-7→AAM-4」「AAM-3→AAM-5」などは、LOALが可能になった(COLOSやINSの中間誘導を導入した)ことで、大きさはほぼ据え置きのまま射程が何倍にもUPしてる(もちろんロケットモータの性能向上も射程延伸の一因ではあろうけど)
あと連続波ではなくモノパルス式のシーカーが低空目標を探知可能になるってのは、パルスドップラーレーダー同様ドップラーシフト(目標の移動速度)を検知可能だからなのでは…?
たしか新型のAIM-7の尾部には小型アンテナがついていて、そこで母機が発する生の電波を探知し、シーカーに反ってくる反射波を比較分析することができたはず
たとえば敵機が当初の任務(爆撃や敵対する戦闘機の排除)を諦めて射程外へと逃走した場合は、F-15が放ったAIM-7が目標に命中せずともミッションキルが成立して迎撃任務や制空任務は達成されることにはなる
米軍側が圧倒的に優勢でなおかつF-15という最強戦闘機を誇った湾岸戦争やコソボ紛争やイラク戦争では、なおのことイラクやセルビアの航空機は早々に任務を放棄して回避・逃走に専念したことだろうし
命中率をもってミサイルの有効性を疑問視するのは違うかと…もちろん60年代ごろまでのミサイル万能論が正しいというわけではないが
失礼。
ミサイルを疑問視というより、ミサイルが百発百中という幻想はやはり無いなあとの再確認でした
ミサイルが最上の手段である事は理解しておりますよ
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