三菱F-1戦闘機その2(空自の日本防空史30)

文:nona

F1-2
http://www.sjac.or.jp/common/pdf/toukei/50nennoayumi/4_4_nihonnokoukuki5-6.pdf
日本の航空宇宙工業50年の歩み 第5章 60年代以降:国際共同開発の本格化
F-1に搭載されたTF40エンジン

 
今回はF-1が空中戦を生き延びる奇抜なテクニックを紹介します。

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F-1は「劣勢機」

 日本航空機産業の総力を結集したものの、国の懐事情やら色々あり、微妙な仕上がりとなったF-1戦闘機。

パイロットによるF-1の評価について特に極端なものをまとめると、


「飛行機ではない」「飛ばしにくい機体」(ブルーインパルス経験者の窪田博氏。)
「劣勢機(三沢・第3航空団司令経験者の佐藤守氏)」
「F-1は戦争してはいけません(テストパイロット経験者の渡邉吉之氏)」


といったものがあります。

 窪田博氏は後に「我が愛するF-1」とも記しているので、必ずしも悪い印象ばかりではないようですが、高翼面荷重から来る旋回性能の低さは、窪田氏をとても困惑させています。

 F-1が高翼面荷重の機体であるのは、原型のT-2練習機が低推力のTF40エンジンでマッハ1.6に達するために空気抵抗を減らした為であり、

 この特性を引き継いだF-1も、低空高速飛行において乱気流に煽られにくく、射爆撃時の姿勢安定による精度が向上する、といった恩恵も得られたのですが、

 これら超音速の訓練や攻撃任務に用いた際に得られるメリットであり、亜音速で空中戦を行う際はデメリットが目立ったのです。


エンジンもパワー不足

 F-4EJ飛行隊長を経てF-1部隊の司令となった佐藤守氏は、搭載エンジンのパワー不足、さらにアフターバーナー使用時の微妙な操作制限を問題視しています。

 これには佐藤氏もかなり驚いたようで、某エンジンメーカーの幹部に「こんなボロエンジンの戦闘機で、私の優秀な部下たちを出撃させる訳には絶対にいかない。マリアナの七面鳥狩りの再現はお断りです!」と啖呵を切った程でした。

 F-1が搭載するTF40エンジンの推力は3310kgの双発で、戦闘時重量における推力重量比は0.85程度でした。

 またTF40のターボファン方式は、従来のターボジェットのように押し込み効果が弱く、高高度高速域の性能が伸びない、という欠点がありました。この欠点はターボファンエンジンにも言えるのですが、元の推力が弱いTF40では特に目立ったようです。

 F-1に3733時間もの搭乗経験を持つ高部充博氏は「ほんの1~2割のパワーアップがあれば」と願っていたとのことですが、最後までそうした措置は取られなかったようです。

 その一方でイギリスおよびインドのジャギュア攻撃機は80年代に推力増強型TF40(推力3600kg)の換装を実施しており、一部の機は(推力3800kg)に換装されたそうです。特にインドのような高温環境ではエンジンパワーが弱まるため、初期のTF40では離陸すらおぼつかないのです。


F-1のハンデ

 そんなF-1が他機とDACT(異機種空中戦訓練 )を行う場合、特に第四世代戦闘機に対しては全く歯がたたないとして、F-15の場合4対2、F-16の場合は3対2のアドバンテージをつけてもらう場合がありました。

 それでもF-1が勝つことは稀だったようで、三沢基地に駐留するF-16部隊は、F-1から得られる経験値の少なさを嘆き「3機では意味がない。6機でやって来てほしい」と要望したそうです。これを聞いた佐藤氏は「悔しさを通り越し怒り心頭」だった、とのこと。

 特に爆装したF-1は空気抵抗で運動性能が落ちるため非常に脆弱でした。1992年に実施されたF-15J部隊との合同訓練では、護衛役のF-15Jこそいたものの連携に失敗し、16機のうち12機のF-1が撃墜されたことさえあったようです。


劣勢のF-1が戦闘機達と渡り合うには

 F-1の基本的な戦法は、囮役F-1と攻撃役F-1を臨機応変に入れ替えながら、敵の背後をつく、というものだったようです。これはF-4EJやF-104Jも用いる戦法ですが、F-1の場合は数の優位があっても引き分けに持ち込むのが精一杯でした。

 ただし、いくつかの奇抜な技を組みわせた場合、稀に勝利を得ることもありました。その一つがエンジンの推力を絞って赤外線誘導ミサイルのロックオンを阻止する、という戦法です。

 この戦法は、囮機がエンジンの推力を落とし、排気口を水平尾翼で隠しながら逃走。緒戦で敵から身を隠した僚機の援護を待つ、というもの。

 推力不足で失速しないよう、予め上昇して位置エネルギーを確保するのですが、高度が下がりきればおしまい、というシビアな戦法でもあります。

 高部氏はこの戦法をF-16との戦いで使用し、僚機との連携でF-16の撃墜に成功したこともあるそうです。

 その時のF-16パイロットはサイドワインダーのロックオンができないことに焦るものの、相手は推力を絞ったF-1。撃墜のチャンスもそのうちやって来る、と考えたに違いありません。

 F-16はさらに接近し、ガン射撃を試みたようですが、高部氏はジンキングで照準を回避。これによりF-16のパイロットはますます追撃に熱中します。

 そして周囲の警戒は疎かになり、味方からの無線警告も耳に入らず、とうとう高部氏の僚機に撃墜されてしまったのです。


レーダーを欺く戦法

 F-1はチャフ散布装置を固定装備できなかった機体ですが、エアブレーキの隙間にチャフ片を挟むことで、一度だけそれを使用できる裏技が存在しました。(エアブレーキがある機ならF-1以外でも可能かもしれません)

 高部氏はエレメントリーダー資格の試験にて、敵役のF-4EJを欺くために活用しています。

 F-4EJがAIM-7発射のためレーダーロックを試みたタイミングでF-1からチャフを放出すると、F-4EJのレーダーはチャフをロックオン対象と誤認し、側から逃げてゆくF-1を見失ってしまうのだそうです。

 この隙を利用すれば、F-4EJの背後を取ることも難しくないのですが、せっかく背後をとっても運動性能の差から逃げられてしまうことが欠点だったようです。


目くらまし作戦

 佐藤氏の部隊はF-1に密集編隊を組ませてレーダー上の機数を欺瞞する「目眩まし戦法」を用い、F-16を撃墜するチャンスを作ったことがありました。

 その戦いは3:2の戦力差で実施したものの、F-16側のレーダーからは2機しか映らず、レーダーの捜索範囲外に3機目がいるとだまし、F-16をうまく誘導したのだそうです。

 この戦法はF-16部隊が対策をとったこともあり、訓練では二度と通用しなくなったのですが、実戦では互いの機数を示し合わせることもないので有効、と佐藤氏は語ります。

 もっとも、現在の第四世代機はレイド・アセスメント(密集編隊を分離して検出するレーダー機能)を搭載していますから、場合によっては密集編隊の目くらましも見破られる可能性があります。


F-1の魅力

 F-1は機体性能に不利があり、その上ECMやチャフやフレアなどの能動的な自己防御装置を持たない機体でしたが、パイロット達は創意工夫で敵方のセンサーを欺き、有利な状況に持ち込みました。

 高部氏は F-1の戦法について「小柄で華奢な体に、比較的小さなパワー。これらをなんとか技術力でカバーし、それでも不足するところは緻密な運用法を練る。そして最後は精神力?」と語ります。

 劣勢機ならではの創意工夫と奇抜な戦法がF-1の魅力といえるかもしれません。

 次回はF-1シリーズ最終回、防空活動の記録について解説いたします。


参考資料


航空自衛隊T-2F-1(イカロス出版 ISBN978-4-87149-593-6 2004年11月20日)
戦闘機屋人生 元空将が語る零戦からFSXまで90年(前間孝則 ISBN978-4-06-213206-0 2005年11月29日)
世界の傑作機 No.117 三菱 F-1(ISBN978-4-89319-141-0 2006年10月5日)
自衛隊エリート・パイロット(菊池征男他 ISBN978-4-87149-982-8 2007年8月31日)
実録・戦闘機パイロットという人生(佐藤守 ISBN978-4-7926-0515-5 2015年2月24日)
戦闘機パイロットの世界“元F-2テストパイロット”が語る戦闘機論(渡邉吉之 2017年9月10日)


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