鋼鉄と真空管
(空自の日本防空史26)

文:nona

 
ミコヤンMiG-25、MiG-31 (世界の傑作機 No.172)

 「MiG-25の技術レベルは低い」との誤解を招くきっかけとなった、2つの材料の秘密に迫ります。

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  MiG-25を削る

 
MiG-25の構成材料を調べるため、機体各所をわずかにヤスリで削り、得られた金属粉を得る、といった手法がとられています。

 
これは、かのアルチョム・ミコヤンがイギリス・ロールスロイス社のジェットエンジン工場を視察した際、靴底に金属の切削くずをくっつけて持ち帰り、材料を研究した、という逸話を彷彿とさせるものです。

 
上記の調査結果の詳細は不明ですが、後に知られるMiG-25の構成材料は、重量比で鋼(ニッケルなどの合金による耐熱ステンレス鋼)80%、アルミ合金11%、チタン合金8%、その他1%(一例として、エンジンの放射熱対策に銀を使用)です。

 
MiG-25は多量のチタン合金が多用されている、との予想もありましたが、実際の資料率はF-4戦闘機の9%と同等であり、F-15戦闘機の25.8%、SR-71偵察機の92%に遠くおよびません。

 
しかし、MiG-25が鋼鉄の機体を採用したのは、生産性・耐熱性・燃料タンク設計の容易さを重視した結果であり、ソ連の技術レベルの低さが招いた妥協の産物という訳ではありません。

 
アメリカにおいてもXB-70爆撃機が(比率は定かではないものの)MiG-25と同様に耐熱ステンレスを多用した機体として知られています。


 鋼の機体の欠点

 
ただし、鋼鉄の機体は重量が過大(鉄の比重はアルミの約3倍、チタンの約1.7倍)という欠点があるのは事実で、設計者が鋼鉄をアルミのように扱っていたらMiG-25は自重だけで50トンに達し、離陸できなくなっていたでしょう。

 
そこでMiG設計局は外板や構造材を薄くすることで対処したのですが、薄い鋼鉄の構造材は厚いアルミの構造材と比べ剛性に劣り、MiG-25が許容できるGは最大で4~4.5G、燃料満載時では2Gとなりました。

 
もし燃料満載時に2.2G以上の荷重をかけた場合、燃料タンクが破裂する恐れがあった、とベレンコ氏は語っています。

 
ただし、こうしたG制限は西側の高速機においても珍しいことではなく、航空機設計者の鳥養鶴雄氏は、4Gの強度設計でYF-12(SR-71の戦闘機型)との航空戦をこなせる、と推測しています。


 溶接で組み立てられる稀有な航空機

 
MiG-25は鋼材が多用されたこともあり、機体パーツの76.5%が溶接で組み立てられ、他機で一般的なリベットやボルトによる接合箇所は23.5%に留まっています。

 
MiG-25の組み立てに必要な溶接線は5km、スポット溶接140万点に達するため、MiG設計局は他分野の技術者達と協力し、新たに自動溶接機やNC機械を開発しています。

 
設計局内では鋼製溶接構造の実現を危惧する声もあったようですが、最終的に生産は順調に行われています。年間作業量の溶接線全長450kmに対し、極めて少量の燃料滴が2点ばかり発見された程度でした。

 
さらに、溶接箇所は運用現場における修理が可能で、駐機場でMiG-25を溶接する姿も見られた、といいます。(耐熱ステンレスは溶接しにくそうですが)

 
なお、MiG設計局はリベット接合箇所のうち、空気抵抗となりにくい場所に丸鋲を使用した、としていますが

 
実際に調べてみると沈頭鋲は少なく、丸鋲があちこち出っ張っており、日本の専門家たちを中央線や山手線といった電車の車両(かなりの旧型でしょう)を見ているかのような錯覚に陥らせた、という話を元空自戦闘機パイロットの田中石城氏が紹介しています。


 真空管の謎

 
MiG-25Pの電子装置の一部で真空管が使用されていた件は、事件当時から話題となっていました。

 
これに関連し、ジョン・バロン氏は、日本人技術者(誰かは不明)の言葉として「F-4EJとミグ-25の火器管制装置を比較することは、小型化されたモダンな精密オーディオ製品と旧式の大型蓄音機を比較するようなものです」という証言を紹介しています。

 
F-4EJのAN/APQ-120火器管制装置は完全にソリッドステート化されていたらしく(進行波管などの電子管は使われているはずですが)この二者の比較からMiG-25、ひいてはソ連は電子技術において遅れている、そう見なされたのかもしれません。

 (F-14のAN/AWG-9がレーダー回路に真空管を搭載し、クラッター除去のために使用した、という話がありますが、確証は得られませんでした。)

 
ただし、MiG-25は真空管を搭載する一方で、RSIU-5データリンク装置などソリッドステート化された高度な電子機器も搭載しており、全ての電子機器で真空管を使用していた、というわけではありません。

 
また、MiG-25は核戦争時の電磁パルス対策として真空管を用いた、との説があり、ロシアのニュースサイトでもその説が掲載されています。

 
しかし、上記のようにソリッドステート化された機器を搭載しているわけで、対策としては中途半端にも思えます。


 MiG-25の自爆装置

 
MiG-25は真空管のみならず、レーダーや通信装置など機密性の高い部品を破壊する目的で、機首に自爆装置を搭載していました。同機のコクピットには赤いスイッチが設置されており、これを押す(?)とパイロットが機を離れた頃合いで起爆します。

 
ただし、ベレンコ氏のように機体を亡命の手土産にする場合や、かつてのアクタン・ゼロのようにパイロットが戦死、あるいは負傷した場合、この装置は無意味となります。

 
さらに、スイッチを入れた瞬間にパイロットを巻き込んで爆発するかもしれない、との噂が防空軍内で恐れられており、実際に真面目にスイッチを入れるパイロットがいたかも謎です。

 
なお、函館に着陸したMiG-25の爆薬は、百里基地への移送前に除去されていますが、アメリカから派遣されたソ連機の専門家集団「ミグ屋」達は安全な建物の影に隠れ無線で指示を飛ばし、除去作業は日本側にやらせていた、と田中氏は語っています。

 
合理的な判断の上でそのような措置をとったのかもしれませんが、なんとも嫌な話です。


 次回はMiG-25のウエポンシステムについて解説いたします。


 参考資料

ミグー25ソ連脱出―ベレンコは、なぜ祖国を見捨てたか(ジョン・バロン著, 高橋正訳 1982年3月30日)
P12,P16-17,P43-44,P121-122,P218-241

ミグ戦闘機 ソ連戦闘機の最新テクノロジー(ビル・スウィートマン著 浜田一穂 訳 ISBN4-562-01944-1 1988年7月30日)
P151-195

F-4 ファントムⅡの科学(青木謙知 ISBN978-4-7973-8242-6 2016年)
P23

スクランブル 警告射撃を実施せよ(田中石城 ISBN4-906124-26-7 1997年4月27日)
P163-165

世界の傑作機 No.172 ミコヤンMiG-25、MiG-31 (文林堂 ISBN978-4-89319-243-1 2016年5月5日)
P26-33,P56-71,P84-113

「ミグ25」の6つのおもしろい事実 ロシア・ビヨンド(ロシアNOW)
 2014年3月15日 エカチェリーナ・トゥルィシェワ
https://jp.rbth.com/science/2014/03/14/256_47533

ソ連の日本亡命でMiGに恩恵 ロシア・ビヨンド(ロシアNOW)
2016年9月29日 ラケーシュ・クリシュナン・シンハ

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