航空自衛隊防空史7
儚き月光F-86D FCS&武装解説編

文:nona


ハセガワ 1/72 F-86D セイバードッグ 航空自衛隊コンボ
  今回はF-86DのFCSとロケットが(正確に動いている前提で)解説いたします。

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 F-86DのE-4 FCS

 F-86DはAPG-37レーダー、AN/APA-84コンピュータなどから構成される、E-4 FCS(火器管制装置)を有し、F-86Fでは対応できない夜間や悪視界下での不明機対処及び有事の迎撃を可能としています。

 
ただしこのFCS、非常にデリケートでした。その一例として、F-86Fの最大Gが7Gであるのに対し、F-86Dは5Gに制限されています。これはFCSに過荷重をかけると真空管がソケットからずれて機能が停止してしまうためです。

 
さらに整備面においても真空管ごとの使用時間を記録し、寿命が来る前に適宜交換する必要がありました。ただし航空自衛隊は当初時間管理をしておらず、後にその必要に気づいても、記録がないうえ交換用の真空管も入手が困難、と大変な苦労をした模様です。

 
高射砲から打ち出しても壊れないVT信管を作れる国が、なぜこうも脆弱なFCSを、と思わずにはいられませんが。そこは使い捨てと交換品の差かもしれません。

 
またE-4FCSの起動完了に4分30秒を要するものの、このほとんどの時間は真空管のウォームアップに費やしていました。緊急発進の際は早い段階でウォームアップを開始する必要があるようです。


 不明機および目標の捜索

 
F-86Dの突き出た機首にはAPG-37レーダーが格納されており、これを用いて不明機及び目標を捜索しました。

 
ただし当時のレーダースコープはグラウンドクラッターや、エンジェルエコーが除去されずに表示されるため、とても見づらいものでした。後席のナビゲーターに見てもらうのが理想ですが、単座のF-86Dはそうもいきません。

 
このためAPG-37はスペック上は大型目標で30浬(約56km)、小型目標で20浬(約37km)の距離で探知可能とするも、経験の少ないパイロットの場合12浬(約22km)ほどに低下しました。

 
さらに捜索を開始してから攻撃を完遂するまでの間、パイロットはレーダーを注視する機外を見る余裕がないため、昼夜関係なく計器飛行を強いられますこの場合は夜間のほうが、周囲が暗くレーダーが見やすく、空気が澄んで無線もよく聞こえやすいため、F-86Dは幾分か力を発揮しやすかったようです。


 不明機および目標のロックオンと迎撃コース誘導 

image1
https://www.youtube.com/watch?v=s-VzmXPxQ
1950年代の迎撃機で使用された、ステアリングドット方式の目標追尾モードが表示されるレーダースコープ(上のリンクから動作の様子が確認できます)

 
F-86Dから目標までの距離が16浬(約29km)に達するとロックオンが可能になります。この状態ではレーダースコープ上にステアリングとドットが表示され、パイロットへ進路が伝達されます。

 
パイロットはこのガイドに従うことで、理論上は迎撃管制官の指示を仰ぐことなく、目標の側面へ先回りするように接近、コンピュータが計算した最適のタイミングで空対空ロケットが発射される仕組みになっていました。

 
目標の側面方向へビーム機動で接近するのはF-86Fとも共通しますが、F-86Dの場合は攻撃も側面で実施されました。これは相手の投影面積が大きくなることで空対空ロケットの命中率を上げる、爆撃機の尾部に設けられた火器管制レーダーの可動範囲を回避する、空中に散布されるチャフを区別しやすくる、といった意味がありました。


 目移りするE-4FCS

 ところがE-4によるロックオンが最後まで正確に行われるとは限らず、編隊を追う場合にロックオン対象が勝手に切り替えられたり、大型機を狙う場合に翼端や胴体などロックオン位置が変わることがありました。

 
こうした目移りが射撃直前に発生すると、射撃計算がやり直しなり、射撃のタイミングを失ってしまいす。

 
さらに回避機動をとる目標、グラウンドクラッターと重なる低高度の目標、電波妨害下でもFCSは苦手としていました。

 
もしFCSが正常に機能しない場合、F-86Dは迎撃管制官の指示で目標へ接近し、バックアップの光像式照準器により空対空ロケットを発射することとされました。もちろん昼間に限られる方法ですが。


 空対空ロケットの発射

image2
https://youtu.be/XotLODzbe0M?t=495
F-86D(L)から発射された空対空ロケットが空中で炸裂する瞬間。(上のリンクから動作の様子が確認できます)

 
ここまで繊細な飛行を要求されたF-86Dですが、攻撃そのものは豪快です。

 
F-86Dのただ唯一の武器は胴体に格納された2.75インチ(約70mm)の無誘導空対空ロケット。型式はMk4 FFAR、マイティ・マウスの愛称で知られます。アイディアの元は第二次世界大戦でドイツ空軍が、連合国軍の戦略爆撃機に使用した空対空ロケットでした。


 発射機は通常は胴体内に格納され、射撃直前に射撃位置までせり出します。このときの空気抵抗増による機首下げを防ぐため、自動で姿勢補正が適用されます。

 
パイロットは事前に24発12発6発の発射モードを選択し、24発を選択した場合は0.4秒で一斉射されました。発射されたロケットは1.7秒で1215ヤード(約1100m)を飛翔し、このとき最高速度の985m/秒に到達します。

 
最大有効射程は4kmとされますが、小さな訓練標的に対しては1000ヤード(900m)ほどで発射する場合もあるようです。ただしあまり近づきすぎると安全装置が解除されず不発となりました。

 
弾頭サイズは3インチ砲弾に匹敵し、直撃時の威力はMiG-15が搭載する37mm機関砲の10倍と見積もられました。

 
命中弾を得るには24発の斉射が望ましいのですが、アメリカ空軍で一時期使用されたMk2ロケットモーターを使用すると、噴煙でエンジンが停止する危険がありました。このため一斉射は6発に制限され、25000フィート以上の高度では発射のそものを禁止されたこともあるようです。もっとも有事はその限りではなかったようですが。


 F-86Dが生んだ結束

 
わずか10年で運用を終えた航空自衛隊のF-86D。元パイロットからは運用当時の独特の気風を懐かしむ声も聞かれます。

 元F-86Dパイロットで事故の経験もある平野晃元航空幕僚長は「F-86FやF-104J部隊のパイロットは肩で風を切って歩くようなところがあった。F-86Dの場合は、レーダーサイトの協力がなければ何もできんので、チームワークを重視する。粘り強く、じっと待つことができる気風が育ったんですな」と語っています。

 
F-86DはF-86FやF-104Jのように、パイロットが自由に動かせる機体ではなかったものの、これが迎撃管制官との結束を強めることになったのです。迎撃管制官とパイロットが、レーダーサイトと航空団を行き来してミーティングや合同訓練を行うのはF-86FやF-104のパイロットも同様ですが、F-86Dパイロットの場合、訓練後に連れ立って近くの温泉に繰り出し、酒を飲んで騒ぐほどに仲を深めたようです。

 
昨今は職種の垣根をこえた付き合いはあまりないそうで、F-86Dの退役で、その気風が失わせたのはちょっと寂しく感じます。


 次回は国土を守る最後の要、航空自衛隊のナイキ地対空ミサイルを解説いたします。


 
参考

世界の傑作機 No.93 ノースアメリカンF-86セイバー (文林堂 ISBN4-89319-092-X 2001年5月5日)
P64~73, P99~100

航空ファン2005年3月号 航空自衛隊50年の歩み「翼の回想録」空自を作り、育てた人 第10回 全天候要撃機
(宮本勲 文 文林堂 編  2005年3月)
P76~80

航空自衛隊五十年史 資料編(航空自衛隊50年史編さん委員会編 防衛庁航空幕僚監部発行 2006年3月)
P56~57

最強 世界の軍用機図鑑(坂本明 ISBN978-4-05-405771-5 2013年9月10日)
P76~77

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