航空自衛隊防空史4
F-86F「旭光」その2  ガンファイト編

文・写真:nona

 

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http://www.avialogs.com/index.php/item/56117.html
T.O. 1F-86F-1 Flight Manual F-86F (1960年5月27日)ページ 6-9
F-86Fのマニュアルに記載される対爆撃戦闘の射法。エアブレーキの使用を解説している。

 6門の12.7mm機関銃AN/M3とMA-3FCS

 F-86戦闘機の固定武装は6門の12.7mm機関銃AN/M3。各門300発の弾丸を搭載し、6門合計で1800発となります。

 
AN/M3は基本的にはブローニングM2重機関銃の発展型ですが、給弾に電動ブースターを用いることで、1門あたり連射速度は1200発/分に達し、6門斉射で秒間120発を発射可能でした。発射音は後のガトリング式機関砲のように「ブーン」と聞こえたそうです。

 
F-86はこの機関銃をそれまでのように主翼ではなく、機首に集中配置したことで、機動時の主翼のたわみによる精度低下を抑制していました。加えてF-86Fの良好な操縦性も正確な射撃に貢献しています。

 
機体設計のレベルから高い射撃精度を有したF-86ですが、新たな試みとしてMA-3 FCS(火器管制装置)の搭載したことで、射撃精度が飛躍的に高まった、とはよく言われます。

 
MA-3FCSの動作の流れは

①AGP-30測距レーダーが正面の目標機の距離を計測。有効距離は2海里3.7kmで、目標機を補足するとランプが点灯し、計器に距離が表示される。

②ジャイロが自機の加速度を検知し(同じ機動をしているであろう)目標機のおおよその機動を仮定。

③目標機までの距離と自機の加速度、弾丸の速度や落下率を考慮しつつ、目標機の未来位置を機械式計算機が算出。

④A-4照準器が相手との距離を示すレティクル(10個の小さなダイヤモンドの環で、目標機までの距離によって環の大きさが変化する。)とピパー(レティクルに囲まれた2ミリラジアンの照準点)を表示。

⑤パイロットが目標機とピパーが重なって見える状態で引き金を絞る。

このようにして射距離が絶えず変化し相手が機動している状況でも、機関銃が命中弾を得られる、という仕組みになっていました。


 機関銃の欠点

 
ただしF-86Fの機関銃とMA-3FCS、どちらも弱点を抱えていました。

 
AN/M3機関銃の場合、特に12,7mm弾の威力不足が最大の欠点。朝鮮戦争の停戦直後、国連軍はF-86によってMiG-15を792撃墜と宣伝したのですが、後に

 
・撃墜確実192機
 ・撃墜未確認のもの119機
 ・損害を与えたと認めるもの818機

 
とする資料が公表されています。撃墜のチャンス生かせなかった局面も多々あったことが想像に難しくありません。さらに1980年代のグラスノスチ以降、ソ連パイロットからもF-86の機関銃の威力不足を指摘する声が聞かれるようになりました。

 
MiG-15は自重こそF-86より1トン半も軽量ですが、頑丈な設計で要所の防御も抜かりがなく、40や50発程度の被弾であれば、問題なく帰還できました。

 
アメリカ空軍も朝鮮戦争中に機関銃の威力不足に気付き、F-86Fに20mm機関砲を4門を搭載した改造機を試作しています。

 しかし砲口から出る発射ガスでエンジンが停止し、3機が墜落する事故が発生。20mm機関砲はF-86Fにとって手に余る存在であり、結局20mm搭載を前提として設計変更がされたF-86H/K型が登場しています。


 故障したままのFCS

 
航空自衛隊のF-86FではFCSが頻繁に故障していたことも、特に新人パイロットにとって悩みのタネになっていました。

 
F-86Fで使用されたA-4照準器は、「風防にチューインガムでも貼り付けておいたほうがマシだ」と蔑まれたA-1CM照準器よりは改善されたようですが、F-86のパイロットであった佐藤守氏によると、レーダーに故障が多く、そのままの状態で射撃訓練を行うことも多々あったそうです。

 
同じくF-86パイロットの服部省吾氏は、射撃訓練で標的の曳航索を何度も切った罰として、照準器が故障した機体で射撃訓練をさせられていました。

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http://www.avialogs.com/index.php/item/56117.html
T.O. 1F-86F-1 Flight Manual F-86F (1960年5月27日)ページ4-24,25
F-86Fのマニュアルに掲載されるA-1CM照準器とA-4照準器



 予測不能の動きに追従できないFCS

 
これはF-86FのE-4FCSに限らず、後の時代のFCSも共通する問題ですが、もし相手機が一定の方向へ一定の旋回率で回避するのではなく、ランダムな機動を取る場合、FCSは正確に計算ができないそうです。

 
F-4EJやF-15の搭乗経験のある三菱重工のテストパイロット(元航空自衛隊員)によると、相手機が4秒に1回機動パターンを変えた場合、機関砲の命中率は0%になる、と解説しています。

 
FCSを信頼できない場合、第二次世界大戦時のように射距離と相手の機動をパイロット自身が考える必要がありますが、航空自衛隊のF-86Fではこうした状況がよくあり、依然としてパイロットに神業的職人芸が求められています。


 絶対に機関銃が命中する近接射撃戦法

 
ただし射撃にはセンスも要求されるため、パイロットなら誰でも神業の域に達するとは限りません。

 
そこで服部氏は(特に戦闘機を相手とする場合)目標機の後方30m台まで接近し、1秒ほど射撃を加え、衝突する前に追い越す、という戦法を考案しています。

 
これは第二次大戦中のイギリス人パイロット、アドルフ・マランが提唱した「相手の白目が見える(距離)まで(射撃を待て)」という教えに基づく考えで、マランの他には、ドイツ空軍のヴァルター・クルピンスキーと彼の影響をうけたエーリヒ・ハルトマン、日本では坂井三郎らが、各々の間合いは異なるものの、近接射撃を多用していました。

 
ただし至近距離で敵を撃破すれば、自機が破片を浴びエンジンが煙を吸い込む危険があり、爆撃機など銃座を有する機体には使いづらい戦法です。

 
ハルトマンは自身の被撃墜16回のうち8回は、撃破した敵機の破片を浴びたことが原因とされ、坂井三郎も敵機の銃座からの逆襲で、片目を失明する重症を負っています。ただし名前を挙げた4名とも大戦を生き延びた、という点は考慮する必要があります。

 
航空自衛隊も空中衝突の危険から、曳航標的まで800フィート(240m)以内での射撃を禁止したものの、戦闘機同士のACM訓練ではそこまでの制約はなかったようで、訓練中に服部機は相手機に異常接近を繰り返し、相手に嫌がられたそうです。


 次回は爆撃機を落とす確実な方法と考えられた、ミサイル兵装について解説いたします。


 参考

最強 世界の軍用機図鑑(坂本明 ISBN978-4-05-405771-5 2013年9月10日)
P74

世界の傑作機 No.93 ノースアメリカンF-86セイバー (文林堂 ISBN4-89319-092-X 2001年5月5日)
PP32,34,88

ジェット空中戦(木俣慈朗 ISBN4-89409-041-4 1992年7月10日)
P51

クリムゾンスカイ(J.R.ブルーニング 著 手島尚 訳 ISBN4-7698-2331-2 2001年12月15日)
P400~401

自衛隊エリート・パイロット(菊池征男他 ISBN978-4-87149-982-8 2007年8月31日)
P34~35

オスプレイ軍用機シリーズ38 朝鮮戦争航空戦のエース(ロバート.F.ドア著 藤田俊夫 訳 ISBN4-499-22817-4 2003年10月10日)
P95

操縦のはなし(服部省吾 ISBN4-7655-4392-7 1994年2月10日)
P116,P175~180

T.O. 1F-86F-1 Flight Manual F-86F (1960年5月27日)
http://www.avialogs.com/index.php/item/56117.html
ページ 6-9

スクランブル 警告射撃を実施せよ(田中石城 ISBN4-906124-26-7 1997年4月27日)
P78~86

HANDBOOK MAINTENANCE INSTRUCTIONS USAF SERIES F-86F RIRCRAFT (1954年9月10日)
http://www.avialogs.com/index.php/item/56224-t-o-1f-86f-2-handbook-of-maintenance-instructions-f-86f-aircraft.html
P591

三菱重工 パイロットの話 コックピットから その15 「AIR to AIR GUN」(2011年12月)
http://www.mhi.co.jp/discover/pilot/chapter15.html(リンク切れ)
http://web.archive.org/web/20130830072234/http://www.mhi.co.jp/discover/pilot/chapter15.html(WebArchive 2013年8月30日取得版)