日本陸軍が行った後期防衛戦闘について  
「日本陸軍、破滅の道をひた走る ペリリュー島の戦い5 訓練と戦技」

文:YSW

 非常にゆっくりと進むこの投稿、今回は訓練と戦技について。といっても大きな議論は如何にして敵の砲爆撃に耐えられるか、に重きを置いています。

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陸戦の女神である野戦砲のように艦砲は上陸戦の女神足り得るのか?

戦技、戦闘方の訓練
陸上作業
・敵上陸前に行う艦砲・空爆対策。
 兵員、機材等心的物的戦力を温存するとともに敵が上陸しようとするとき、機を失せずその手元に付き入り、これを水際で撃滅するため水際拠点における待機位置の選定とその施設に関し再検討を加えるとともにこの目的達成のための戦技の工夫と訓練の徹底を期せよ。
 この際、必中の射撃開始時期の看破に着意するとともに敵の上陸用舟艇われに近接するに従い、敵は艦砲、爆撃の目標を変換し、または射程を延伸することに着目する必要がある

・水際拠点の強化なかんずくその独立性の増強と対戦車対策。
 水際拠点は、先に指示した様に、その位置の選定、施設工事などに万全を期するとともに、一層その独立性の強化に努めよ。
独立性強化のために拠点内各支点相互の交通施設などに関しさらに注意せよ。
 なお重要拠点は必ず対戦車肉薄攻撃を敢行し得るごとく、あらかじめ人員機材を準備するとともに、その訓練を徹底せよ。

・水際への反撃力の確保
 敵は絶対優勢なる兵力(上陸用舟艇約200隻を一挙に使用し、2~3kmの正面であれば少なくとも一万の兵力である)を一挙に上陸させることは最近の傾向に鑑み(ガダルカナルやパラオの話だろう)敵を水際着岸前に撃滅することは必ずしも期待できないので、わが水際拠点を利用し、上陸用舟艇群を擾乱(じょうらん)撃破することを務めるとともに、陸岸に上陸した敵に対して、残存する拠点などにより火力を集中し、混乱させ、壊滅に導くほか、遅くとも翌払暁までに上陸した敵に対しあらかじめ計画準備したところに基づき強力な反撃を実施する。これが非上陸正面から抽出する兵力による反撃により先立ち、またはその中核として、あらかじめ控置する最も精強な予備隊を使用する。この予備隊は幹部以下もっとも精強なものを選抜し、なおかつ徹底した海岸堡覆滅訓練を施し、かつ必要な装備資材を増加配備する(嘉数の戦いのブラッドフォード特攻隊と同じようなものだと考えられる)

敵海岸堡の覆滅作業

・海岸堡攻撃部隊は陣地戦の要領に順次、その大なる縦深戦力を    もって突破する。限定正面を穿貫突破した後はすみやかに敵後方から突進し、翌払暁までに全海岸堡を潰滅する。

・敵の上陸正面に確実に判定し、機を失せず予備隊を同正面に移動させ、なおかつ非上陸正面からなし得る限り、多くの兵力を抽出して第二の反撃力とし、好機に乗じ反撃する。予備隊の抽出兵力の戦場機動は、艦砲、空爆による過半な戦力損耗防止のため薄暮を利用し反撃準備位置につける。

・肉薄、切り込み隊の準備と訓練は敵海岸堡の一夜覆滅を容易ならしめるごとく、なし得る限り多数かつ相当の肉攻能力を付与する。
地形、地物、地皺、弾痕(砲撃だろう)戦火の間断を利用しつつ疎開匍匐などにより敵の海岸堡へ迅速に移動することは絶対の条件である。

・各種兵器機材(重擲弾筒、迫撃砲、工兵爆薬投擲器、火炎放射器、消防用ホースの隠密推進によるガソリンの放射焼却攻撃、煙弾、発煙筒その他各種応用奇襲器材)等の終結使用による瞬間集中的震駭威力の発揮と、これを利用する肉攻隊、切り込み隊および反撃部隊の果敢なる突入覆滅作業

・徹底した指揮掌握と上下左右の通信連絡の確保。

2海上作業

 海上作業の目的は陸上における各種の海岸堡覆滅作業と密に連繋し、これを迅速確実かつ容易ならしめるにある。

・海上遊撃隊
 選抜少数人員、小舟艇、ガソリン又は重油ドラム缶(発火具を含む)、機雷、爆雷、小口径砲等により編成装備する海上遊撃隊を多数、広正面にわたり薄暮夜暗に乗じ「シラミ」のごとく敵上陸点の後方海面に這い出させ、陸上攻撃部隊の行動に呼応し、敵舟艇を爆破炎上、砲撃するなど、敵上陸部隊の後方海面を擾乱する。

・決死上陸遊泳隊
 沖縄漁夫なかんずく「糸満」出身者を特選し、小舟艇、筏、浮木を携行し、決死の海上奇襲戦闘を敢行する。
海軍は水陸両用戦車または魚雷艇により、敵輸送船、艦艇などに突進し、あるいは敵上陸点に近く擾乱攻撃する。

・逆上陸部隊
 逆上陸部隊は敵の上陸近迫時、夜暗を利用して機動基地に進出掩蔽し、敵上陸時敵選定に追尾して逆上陸し、上陸した敵を背後から攻撃擾乱、陸上反撃に策応する。陸上反撃が薄暮以降の場合、逆上陸部隊はこれと結合し、その時機を待って結構、陸海統一戦力の発揮に努める。

第三 決戦準備及び訓練実施要領について

 一 決戦班の編成
  1 集団決戦班
 集団参謀部に決戦班を設け、専任の将校三名をもって決戦準備及び訓練に関し主として左(この場合は下)の関係業務に専念させ、関係部局部隊と連絡し、本方策の迅速徹底的な具現に質する。

・関係兵器、資材の整備補給及びその創意工夫と製作

・戦法、戦技の改善工夫と普及及び各部隊の訓練の促進

・その他戦闘作戦準備諸(労力、特技者の配当、築城その他作戦路の整備、情報特に海象、気象、特異な敵の動向、戦訓など)
※特技者の配当とは選抜射手などの事だろう。日本軍にはドイツ軍のような狙撃手用の学校は無く、実弾射撃で5発中3発を標的に当てられれば狙撃兵になることを勧められたという。[1-1]

  2各地区隊(派遣隊)決戦班
 集団決戦班に準じ、専任する将校以下を設け、本方策の迅速徹底的な具現に資する。

 二 決勝訓練の迅速徹底的な具現に関し、各地区隊(派遣隊)長は超重点を指向し、死力を尽くす。

 三 訓練方法とその成果の検討指導

1海岸堡覆滅作業なかんずく諸戦力の集中的統合発揮については各種状況を設想し各地区隊(派遣隊)ごとに兵棋、現地幹部教育などを実施し、その要領を会得させるとともに速やかに実兵により訓練検討し、実際の場合に生ずる幾多の障害と過誤を未然に排除する対策を講ずる。

2陸海総合戦闘訓練
あらかじめ組織的に準備及び訓練する。

3斬込隊、肉攻隊、海上遊撃隊、同決死隊の訓練は特に幹部要員の基礎教育(爆薬の扱い、敵戦車、火砲、通信施設、弾薬、燃料などの爆破、傷痍および敵指揮中枢の覆滅要領)を深刻に実施する。

4各地区隊、派遣隊各部隊は本指示に基づき、訓練及び査問計画を作成し、各項目にわたり、実施後逐次所見を速やかに報告する。集団司令官及び幕僚は逐次各地区隊を視察し、本決勝訓練を査問指導する。

付記

一 本指示は準備と訓練の進捗に伴い逐次増補改訂することを予期する。

二 状況の如何を問わず、最後までわが飛行場を火制しえる堅固なる拠点の構築、万一最悪の事態を考慮し複郭陣地を構成し、これを拠点として果敢に前方に斬り込み、執拗に遊撃戦を展開し得る如く準備すること等に関しては、本指示にかかわらず、あらかじめ指示したところによるものとする。

 
以上注釈以外は「戦史叢書 中部太平洋陸軍作戦2 P131~P135」より引用。


 以下考察に移ります

敵空爆および砲撃に関して
 敵砲爆撃の記述で面白い点は「敵の砲爆撃が海岸線から移動した時上陸部隊が来るよ」としている点です。この海岸線への砲撃は「破壊射撃」[2-1]と「掩護射撃」と呼ばれる砲撃ではないかと考えられます。

破壊射撃について
 破壊射撃とは上陸実施前に大量の代役を使い長時間にわたり、海岸線より若干の縦深にわたり、機関銃陣地やトーチカ、高射砲、艦艇砲撃陣地などの海岸砲や野戦砲、重要な橋梁を破壊する目的の射撃です。
[2-1]

 
これに関して、敵軍戦法早わかりでは、サイパン島上陸時とグアム島の上陸時のものを例として挙げています。

掩護射撃について
 確かに陸戦においても砲撃とともに部隊が前進するという事は多々あり、それと同じ(または経験として同じだった)と考えたのでしょう。敵軍戦法早わかりでの艦船の掩護射撃群についての説明では八隻の戦艦・四隻の戦艦・三十四隻の駆逐艦をもって三個師団の上陸援護をする時の例を使い説明している。

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(復刻版 敵軍戦法早わかりP35より)

 全体の見取り図。三個師団上陸って結構な大きさの作戦ですよね…。
 
一個師団は上陸時三つの部隊に分けられて上陸すると想定しています。この際一個掩護射撃群もA/B/C掩護射撃群に分けられます。
 多くの場合、一個の部隊の直接支援射撃は駆逐艦からなる艦艇群が当たり、頑強なる陣地には巡洋艦や戦艦が当たります。

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(復刻版 敵軍戦法早わかりP36より)

 一個師団正面見取り図。ちゃっかり弾幕射撃を行っている。
 
しかし特別な例としてシチリア上陸時(ハスキー作戦)に一個連隊の一個戦闘単位部隊につき2隻の巡洋艦と2隻の駆逐艦からなる掩護射撃群があたったというものもあります。[2-2]

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(画像引用 Wikipedia ハスキー作戦より)

 こういう話を聞くとドイツ軍・イタリア軍が日本軍と同盟関係であったと思い出す。
 
上陸後の攻勢の際は海岸より深くを砲撃し、逆襲部隊と後退部隊の集結を妨害しようとします。これを弾幕射撃と呼びます。
 この弾幕射撃で特に重要なのは、海岸付近の目標を迅速に攻略する場合は、該当目標の後方に弾幕を構成するため、弾幕射撃と呼ばれているという事です。[2-2]

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(復刻版 敵軍戦法早わかりP34より)

 
逆襲と後退する防衛部隊の集結地点に砲撃を行っている。

日本側の砲撃の評価
 「敵軍戦法早わかり」において上陸前の砲爆撃をこう表現しています。
「上陸前ノ砲爆撃ハ上陸ノ前奏曲ニアラズシテ実質上ノ主体トモ称スベク豊富ナル鉄量ヲ以テ圧倒的ニ実施スルヲ常トス従来ノ作戦ニ徴スルモ其ノ鉄量ハ逐次飛躍的ニ上昇シアリテ所謂「思フ存分」ニカツ広範囲ニ実施スルヲ例トス」[2-3]
 また威力についても、「~前略~物質的威力ノ特徴ハ一弾ノ効力ニ非ズ寧ロ多数弾ノコウカニアルモノノ如ク爆撃ニ比シ長時間ニワタリ連続的ニ然モ状況ニヨリテハ瞬間的ニ一つノ目標ニ密度大ナル射撃ヲ集中シ得ル事ニ在リ」としています[2-4]
 
水際防御の対応で、強固な陣地を築くというのは当たり前の話ですが、施設の独立性も重視されています。これはタラワの戦いで艦砲射撃により電話線が切断され、各陣地が独立行動をとらざるを得なくなった事が戦訓として伝えられたからと考えられます。

上陸後の歩兵の対応
 戦技内において「敵海岸堡の覆滅」「敵上陸舟艇の擾乱」という言葉が多く見られます。では何故このような多くの言葉がみられるのでしょうか。これは海も地上戦の延長線上とみていたからではないからでしょうか。
 揚陸艦は地上戦での後方基地に当たり、浸透戦術の際はここと前線の接続を断つという事が重要視されます。日本軍が使用した戦術は浸透戦術とは似ているようで似ていないものである「戦闘群戦法(侵入式戦法とも)」を日中戦争勃発直前である1937年5月に歩兵操典を改正した歩兵操典草案として配布、また導入しています。
 これは敵陣地の間隙に軽機関銃を持った(つまり分隊支援火器!)分隊が侵入し、突破するというものでした。
 この際、陣地は「敵海岸堡」と後方にある「揚陸艦」であり、覆滅すべき目標は前線陣地である「敵海岸堡」と補給・兵隊である「敵揚陸舟艇」と考えてもおかしくないのではないでしょうか。
 このため「敵海岸堡の覆滅」と「敵上陸舟艇の擾乱」が重要視されたのでしょう。
 「非上陸正面から兵力を抽出し逆襲の~」はペリリュー島の戦いでも実際に使われました。
 深くの陣地からやると弾幕射撃を受けます。そのため「中核は~」の部分が生まれたのでしょう。[2-2]

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弾幕を受ける逆襲する防衛部隊

 この「敵海岸堡の覆滅」は水際作戦において一番重要とも言えます。水際での防御の際、敵主力は上陸して、内地に引き入れてから叩くものではなく、洋上又は水際、つまり橋頭保ではない浜辺で防御をする、というものだからです。少なくともこの時期のパラオ地区集団では水際作戦および洋上での機動戦は破棄されておらず、良い意味でも悪い意味でもペリリュー島の防御計画に反映されていくことになります。

歩兵の訓練について
 特筆すべきところは特にありませんが、しいて言うならば各地区隊の司令官に訓練を視察せよとしている点でしょうか。
 これにより中川大佐以下幕僚はペリリュー島の兵士に多くのアメリカ軍の戦術と、それに対応する方法を教えられたのかも知れません。
 
次回はペリリュー島の防御計画2です。
 12月中にペリリュー島の戦いに入れたらな、と思っています。


引用文献
米軍が恐れた「卑怯な日本軍」 P130
2-1 復刻版 敵軍戦法早わかり P32
2-2 P33
2-3 P29
2-4 P39
また全般的に戦史叢書 中部太平洋陸軍作戦2を引用しています。
その他参考文献
上記に加え
日本陸軍式 島の守りかた
ペリリュー・沖縄戦記
写真で見るペリリューの戦い

を参考にしています。

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