第74回 連載「フォークランド紛争小咄」パート29(最終回)
イギリス軍の個人装備と食事場
文:nona
74日間のフォークランド紛争、語るべき話は尽きませんが、今回をひとまずの最終回といたします。今回は「付録」のようなものですが、イギリス軍の兵士達の装備、および戦闘食にまつわる話題を紹介いたします。
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http://www.telegraph.co.uk/history/world-war-one/11011316/Military-kit-through-the-ages-from-the-Battle-of-Hastings-to-Helmand.html
1982年海兵コマンド大隊の隊員がフォークランドに持ち込んだ品
上の画像は海兵コマンド大隊がフォークランド紛争に持ち込んだ装備品です。番号を追っていくと、[1-1]
1 ブーツ(極地用ではない、防水性の劣る通常タイプ)
2 ブーツ用NBC保護カバー
3 巻脚絆(?)と靴下3足
4 防水極地用ミトン
5 革手袋と綿手袋。
6 下着とNATO-G10スペックの腕時計
7 お金、タバコ、ライターなどのわずかな私物。陸軍の第三空挺大隊では夜戦中に火の着いたタバコを自身の位置を示すための手段とした。
8 極地用パーカー
9 断熱ライナー入りジャケット
10 ズボン2つと裁縫キット
11 雪中専用のナイロン製迷彩服カバー
12 迷彩防風ジャケット、ウールジャンパーとシャツ
13 イギリス海兵隊のトレードマーク、緑のベレー帽。空挺大隊やSASは赤、スコットランド近衛大隊はベージュ、など色で所属を示した。
14 カモフラージュ付きヘルメット
15 防寒帽
16 水筒
17 スカーフ
18 地雷埋設位置の記録などに使用される筆記具、コンパスと分度器、缶切り付き折りたたみナイフ(肥後守)
19 35mm判のフィルムカメラ
20 懐中電灯
21 石鹸、カミソリ、くしや歯ブラシなど
22 NBC防護服
23 F6防毒マスクと予備のフィルター
24 止血帯
25 除染キット
26 ガスマスクのゴム部保護用の酸性白土と滑石粉。両者は汚染物質を吸着する性質をもち、対象に塗布することで内部への浸透を抑える。
27 有毒物質検出用の試験紙
28 ナイフ、フォーク、スプーンと缶切り
29 アルミ製食器
30 ヘキサミンの固形燃料(RDX爆薬の原料ともなる。)
31 極地用24アワーレーションと艦内売店で買ったMarsチョコレートバー。
32 プラスチック製マグカップ
33 2組の防水されたゲイター(日本では登山用のゲートル、脚絆、ロングスパッツ、レギンスと呼ばれ、定訳はない模様)34 土嚢袋
35 防水ベルゲン・リュックサックと極地用寝袋
36 円匙
37 M72 LAW使い捨て対戦車ロケットランチャー
38 4倍率の小銃用照準器(正式名はトリラクス歩兵照準器ユニット、略称はSUIT)
39 光増幅式暗視照準器(AN/PVS-4?)
40 小銃用クリーニングキット
41 汎用機関銃用の弾帯
42 マガジン6個
43 絶縁テープと発煙手榴弾
44 L2A2破片手榴弾(M26手榴弾)
45 スロートマイク(咽喉マイク)とクランズマン349 VHF無線機
46 銃剣
47 綿製の50発予備弾帯
48 マガジンローダーと照星プロテクター
49 L1A1セルフローディングライフル(FN-FALのイギリス軍での呼称)
50 ドッグタグ
これらの荷物は最大で130ポンド(59kg)に達したものの、イギリス軍はヘリコプター輸送を活用することで、展開速度を維持し、さらに兵士の体力消耗を防ぐ予定でした。しかし、ヘリ輸送船のアトランティック・コンベアーが撃沈されたことで、隊員自身が大荷物を背負い荒野を往くことになったのです。[2-1][3-1]
http://www.royalmarines.uk/threads/yomping.48972/
L1A1小銃を杖にする兵士達。記念撮影的なポーズなのか、実際の情景かは不明。
こうした兵士達のエネルギー源が、イギリス軍の「24アワーレーション」。
https://www.youtube.com/watch?v=3fl9xilsawE#t=2m03s
レンジカードがプリントされた 24アワー・レーション の外箱
「24アワー・レーション」は1日分の食糧とマッチ、トイレットペーパーなどの小物を詰め込んだ小箱。1日1箱あるいは1袋、と言った形のレーションは数多くありますが、「24アワー」の呼称はイギリス軍にとって、第二次大戦期以来の伝統でもあります。まさに「24時間戦えますか」のキャッチコピーを地で行くネーミングですね。[4-1]
https://www.youtube.com/watch?v=3fl9xilsawE#t=0m30s
24アワーレーションのメニュー例
82年当時のメニューは少なくとも7種類は存在したようですが、フォークランド紛争で主に使用されたものはアーキテック・レーションと呼ばれる冬季用レーションでした。当時のメニューの一例を以下に示します。[6-1]
朝食
オートミールのブロック
缶入りベーコンバーガー
メインミール
乾燥テールスープ
缶入りキンディープディング(肉のプディング)
ガリバルディ・ビスケット(レーズン入のビスケット)
缶入りスパゲッティ
乾燥リンゴとアプリコット
軽食
プレーンビスケットAB(ハードタック)
缶入りビーフスプレッド(コンビーフ)
ミルクチョコレート
ドロップ・キャンデー
Rolo(チョコレート菓子)
Dextrose Tablets(タブレット菓子)
チューインガム1
飲料
紅茶のティーバッグ4
インスタントコーヒー2
砂糖の小袋6
ミルクの小袋6
ビーフストック(コンソメスープ)1
アクセサリー類
食塩
缶切り
マッチ
トイレットペーパー
いくつかの実食レポートによると、特にガリバルディ・ビスケットは(硬さを覗けば)美味であるようです。また紅茶を始めとして、飲料のレパートリーが多いのも印象的ですね。これ以外のメニューについてはおお察しください。[4-1][5-1]
なお、飲料水についてはほとんど補給がなく、各隊員は固形燃料で雪を沸かし、それを紅茶やコーヒーにして飲んでいました。しかし、それらを得られない状況では、文字通り「泥水を啜り」ることになり、腹を下す隊員も少なくありませんでした。[7-1][8-1]
http://www.taringa.net/posts/info/14633622/Algunas-armas-utilizadas-en-la-guerra-de-Malvinas-por-ambos.html
沸かした湯を注ぐ海兵隊員(おそらくSBS隊員)
http://www.zona-militar.com/foros/threads/im%C3%A1genes-del-conflicto-de-malvinas-fotos.258/page-1231
イギリス軍宿営地の給水所
ちなみに食糧や飲料は島民から提供や、アルゼンチン軍からの接収、さらに狩猟による現地調達もわずかながら行われていました。[9-1]
http://www.taringa.net/posts/info/14633622/Algunas-armas-utilizadas-en-la-guerra-de-Malvinas-por-ambos.html
海鳥を運ぶ空挺隊員。左の隊員が手にしているのはL42A1狙撃銃。リー・エンフィールド小銃を7.62mm NATO弾仕様に改造したもの。
http://www.zona-militar.com/foros/threads/im%C3%A1genes-del-conflicto-de-malvinas-fotos.258/page-1219
グースグリーンの空挺隊員。手にしているのはバカルディ・ライト・ドライ(アルコール度数40°のラム酒)こうしてイギリス兵はラム漬けになっていく。
一方のアルゼンチン軍は、固定防御の戦略をとったため、各陣地にフォールドキッチンが置かれました。ただし、メニューの栄養は海上封鎖の影響で偏ったものだったようです。兵士に焼いたパンが給得されず、紛争の末期にはたんぱく質も欠乏していた、ともされます。それでも、作りたて食事を得られた点については、イギリス軍よりも少しだけ恵まれていたのかもしれません。[2-2]
http://www.zona-militar.com/foros/threads/im%C3%A1genes-del-conflicto-de-malvinas-fotos.258/page-1224
アルゼンチン軍のフィールドキッチン
http://www.zona-militar.com/foros/threads/im%C3%A1genes-del-conflicto-de-malvinas-fotos.258/page-1210
アルゼンチン軍のフォークランド紛争期のレーション。聖画像、タバコ、ブランデーなど古典的な内容物も見られる。
http://www.zona-militar.com/foros/threads/im%C3%A1genes-del-conflicto-de-malvinas-fotos.258/page-1229
トイレ(?)
半年間に渡り長々と続いた「フォークランド紛争小咄」。ご覧頂き、ありがとうございました。<(_ _ )> 政治面や後方支援に関する記事は割愛いたしましたが、ご要望があればいつかは公開するかもしれません。
出典
[1-1]デイリー・テレグラフ紙 Military kit through the ages: from the Battle of Hastings to Helmand
[2-1]フォークランド戦争史 pP281~285
[2-2]同P318
[3-1]RAF The Falkland Islands CampaignよりActions, losses and movements on land and sea
[4-1]世界のミリメシを実食する―兵士の給食・レーション(菊月俊之 ISBN 978-4846526122 2006年9月5日) P130~131
[5-1]戦闘糧食(コンバット・レーション)の三ツ星をさがせ! ミリタリー グルメ (大久保義信 ISBN 978-4-7698-1365-1 2006年11月6日)P169~179
[6-1]healthy teeth devon Comparison of a British Soldiers Rations 1802 and 1982
[7-1]平成25年度戦争史研究国際フォーラム報告書 フォークランド諸島奪還に向けたイギリスのロジスティクス 1982年P
[8-1]Youtubeより South Today BBC June 1982 - Part 1/3 - Falklands ration packs
[9-1]SASセキュリティ・ハンドブック P25
参考
狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕 (朝日新聞外報部ISBN 9784022550200 1982年8月20日)
フォークランド戦争 鉄の女の誤算(サンデー・タイムズ特報部 ISBN-562-01374-5 1983年10月20日)
海戦フォークランド―現代の海洋戦 (堀元美 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日)
空戦フォークランド ハリアー英国を救う (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日
SASセキュリティ・ハンドブック (アンドルー・ケイン&ネイル・ハンソン ISBN 4562036664 2003年7月10日)
サッチャー回顧録 ダウニング街の人々上巻 (マーガレット・サッチャー ISBN4-532-16116-9 1993年12月6日)
兵器ハンドブック湾岸戦争・フォークランドマルビナス紛争 (三野正洋、深川孝之、二川正貴 ISBN 4-257-01060-6 1998年6月20日)
世界の特殊部隊作戦史1970‐2011(ナイジェル カウソーンISBN978-4-562-04877-9 2012年12月16日)
フォークランド戦争史 (防衛省防衛研究所 2015年9月8日取得)
平成25年度戦争史研究国際フォーラム報告書(防衛省防衛研究所 2015年11月18日取得)
The Falkland Islands Campaign (イギリス空軍公式サイト内 2015年12月10日取得)
フォークランド紛争(日本語版wikipedia 2015年12月20日取得)
thinkdefence.co.ukよりタグfalkland
原書房
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コメント
英軍の方々が59キロ近くもの荷物を抱えたまま泥まみれで戦っていたなんて驚きです。
こうしてみるとアトランテッィクコンベアーの撃沈は英軍にとって大きな痛手ですね
とても面白く、更新の度に楽しんで読んでいました
お疲れ様です、ありがとうございました!
より近代的な西側兵器同士の戦闘結果は特に興味深いものでした。
また最初から読み返してみようと思います。
一つ前の投稿記事でフライングしてしまいましたが、長きにわたる連載お疲れ様でした。
とは言え両軍のレーションにラム酒やらブランデーやら・・・・
どんな有事でも酒浸りの兵士にライフルやらロケット弾を持たせたくないような?
ロシアだとウォッカ漬けの兵士が装甲車で民家に突入していましたしね。
毎回楽しみに読みました。この戦いが戦訓となって今の戦略や兵器、戦術にフィードバックされているのですね。興味深かったです
フィールドキッチンとか見てるともう少し英軍の展開が遅れていたら結果はまったく違うものになっていたんじゃなかろうかと思わずにはいられません。
※6
今も昔もお酒とタバコは過酷な戦場を耐え抜くための必須アイテムだぜ! さぁみんなもウォッカを飲んで突撃だ!
う~ん、実際問題フォークランドのような何もない戦場で兵士たちが何を慰めにして日々を過ごしていたのかも少し気になるな。
最近の戦場なら気軽にゲームとか映像機器とか持っていけるしネットでいつでも本国のことを知れるけど、当時はそんなものないよな~
アルゼンチン制作のフォークランド紛争(マルビナス戦争)映画「ステイト・オブ・ウォー」では、主人公たち三人が現地の羊を狩ってこっそり肉を楽しんだけど、後から上官にばれて「私は泥棒です」の札を付けさせられて懲罰を受けるシーンがあったなあ
最後の「トイレ?」が一生懸命水洗化しようとした努力が伺えて好きです。
読みやすくもあり、読み応えもあり、自分は途中からでしたが、非常に面白く読ませて頂きました
>泥水を啜り
だいぶ前に見たフォークランド紛争のドキュメンタリーでは、ちゃんとした飲料水の確保に難儀して、やむなくその辺の泥水に消毒薬をぶっかけて飲んで、それで部隊全員が酷い下痢になっちゃうんだけど、用を足すのにいちいち部隊の足を止める訳にはいかないので、ナイフで戦闘服のズボンを切って、文字通り垂れ流しながら行軍を続けたという英軍兵士の回想が…
こんな状況が何日も続いたら、それだけで精神がどうかしてしまいそう
※9
自分もその映画見ましたけど、アルゼンチン兵の主人公は最初から最後までずっと腹を空かしてましたね
1日にビスケットが数個とスープが1杯だけしかもらえないとかで、フィールド・キッチンがあってもこれじゃあ…
ありがとうございます!
アトランティック・コンベアーではチヌーク3機喪失しておりますが
1ソーティで40名(無理をすれば80名)運べますから、
恐らく紛争終結が10日は早まったかもしれません。
自衛隊にもチヌークがありますが、
非情に頼もしい限りです。
2様
ありがとうございます!
3様
ありがとうございます!
ただ初期の4作は長期連載の予定出なかったので、番外記事扱いでお願いします。
4様
ありがとうございます!
(^^♪
名無しのミリヲタ(40年もの)様
重ねてお礼申し上げます!
ありがとうございます!
兵士の荷物は20kg、重くても30kgと聞きますから
イギリス軍の59kgは異常ですよね。
前進の遅れは許容する方針だったのかもしれませんが。
6様
イギリス軍と酒といえば結構なエピソードも残っています。
件の空挺隊員のように英軍とラム酒は切っても切れない関係にあるようです。
「グロッキー」なんて言葉もイギリス海軍も発症の言葉ですね。
7様
この紛争では現代戦で通用するのか疑問のある
兵器や戦法が思わぬ活躍したことが印象的ですね。
それこそ色物なハリアー戦闘機や、古典的な銃剣突撃などでしょうか。
ただ紛争から30年も経ち、
当時には無いテクノロジーもありますから、
どうなることやらと思う次第です。
フォークランド関連のものとされる記録写真中に
アタリのTVゲーム機やポルノ写真集(^^;)を
並べた写真が残っています。
紛争後のものかとは思いますが
やはり彼らも人の子なんでしょうね。
http://www.gettyimages.co.jp/detail/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%86%99%E7%9C%9F/father-christmas-with-representatives-of-british-army-units-%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9%E5%86%99%E7%9C%9F/90759354
9様
「ステイト・オブ・ウォー」
恥ずかしながら未見の映画でした。
今度見てみます。
10様
もしかするとあの小屋はトイレではない
可能性もありますが、
どうも「その」設備に見えて仕方ないのです。
・・・様
「栄光の代償 兵士が語るフォークランド戦争」でしょうか。
恐ろしい限りです。
つい最近またしても問題に成りそうな材料が出て来た模様です。
http://www.excite.co.jp/News/world_g/20160528/Harbor_business_95761.html?_p=3
英軍好きとしては外せないフォークランド紛争ネタを詳しく丁寧に解説してくださり
本当にありがとうございました! とにかく不発&不発&銃剣の連続でワクワクできました。
しかし、朝からオートミールなんですね…。
現代戦を理解するにも、このフォークランド紛争は欠かせない要素だけに、毎回楽しみに見さしていただきました!
最近はまともに軍事版をまとめるサイトが少なくなってきてると思うので、これからも記事更新頑張って下さい〜
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