第70回 連載「フォークランド紛争小咄」パート27
両軍の最終決戦 中編(ワイヤレスリッジの戦い&SASのスタンレー襲撃)

文:nona

 6月13日夜、イギリス地上部隊は2日ぶりの前進を再開。北のワイヤレスリッジを攻めるのは、グースグリーンの戦いで活躍した第2空挺大隊。ワイヤレスリッジの攻略には勇猛さだけではなく、強力な支援火力と、それを継続させることにあると確信していました。

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http://www.naval-history.net/F57-2_Para-Battle_for_Wireless_Ridge.htm

 6月13日の晩、スタンレーのメネンデス少将はガルチェリ大統領と直接交信し、大統領へ「まさに今晩彼らは最終的攻撃をかけてくる」「スタンレーの運命は風前のともしびにある」と切迫した現状を報告します。しかしガルチェリ大統領、「結構、貴官の持つあらゆるものをスタンレーの周りに配置するのだ。我々はそこを守らなければならない。」と徹底抗戦を命じています。[1-1]

 一方のイギリス軍地上部隊は、メネンデス少将の読み通り2日がかりの準備を終え、イギリス陸軍の第2空挺大隊とスコットランド近衛大隊が内郭防衛線へ秘密裏に前進していました。攻略目標はスタンレー北5kmの内郭防衛線上のワイヤレスリッジと、西方のタンブルダウン・ウィリアム山。[1-1]

 前者のワイヤレスリッジはスタンレー北西の東西に平行してそびえる2つの稜線。標高は最高でも90m程度で、地形的には攻略は容易でした。ここを守るのはアルゼンチン陸軍第七歩兵連隊のA中隊とC中隊。欠落しているB中隊は、11日夜にロングドン山に配備されていたために、一部の生き残りを覗いて全滅していたのです。[1-2]

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https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Mount_Tumbledown
ワイヤレスリッジ(写真右奥の丘)

 ここを攻略するのが、グースグリーンを戦ったイギリス陸軍第2空挺大隊。中隊長には戦死したジョーンズ中佐に代わり、新しく派遣されたチャンドラー中佐が着任。臨時大隊長のキーブル少佐は再び副隊長に戻されています。可哀想。[1-2]

 なお、このチャンドラー新大隊長は、冷徹な一面もある人物。ワイヤレスリッジの攻撃開始の直前に、部隊の進路が地雷原になっている、との地図情報を届けられた際、部下に地雷の情報を伝えずにそのまま歩かせています。作戦を遂行する上で必要かもしれませんが。[1-2]

 彼らの支援には第29コマンド砲兵連隊の105mm砲2個中隊12門、21型フリゲートのアンバスケード、ロングドン山の第3空挺大隊から迫撃砲と機関銃小隊を編入し、さらにシミター偵察戦闘車とスコーピオン軽戦車を2両づつ、とグースグリーン以上のバックアップを準備しています。ただし隊員達は地上戦が始まってからの3日間ほとんど寝ておらず、休息も不十分ではありました。[1-2][2-1]

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http://www.naval-history.net/F57-2_Para-Battle_for_Wireless_Ridge.htm
ワイヤレスリッジにおける第2空挺大隊の動き

 第2空挺の作戦は、まずC中隊が開始線までの進路を偵察、準備砲撃の後にA,B,D中隊でワイヤレスリッジの北の2つの拠点を制圧。そしてワイヤレスリッジへD中隊が突入し、残りの中隊が側面から援護射撃を行う、というもの。[1-2][2-1]

 なお第3空挺大隊は他の大隊と異なり、独自の陽動は実施しなかったものの、代わりにイギリス特殊部隊合同チームがスタンレー港の燃料と弾薬備蓄施設の襲撃を計画していました。[2-1][3-1]


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https://en.wikipedia.org/wiki/Offshore_Raiding_Craft#/media/File:British_and_French_Amphibious_Assault_Craft_on_Ex_Corsican_Lion_MOD_45154560.jpg
イギリス海兵隊の襲撃艇チーム(イメージ)

 この合同特殊部隊チームはSAS・D中隊を中心に、第3SBSの1個班6名、海兵隊のリジットレイダー襲撃艇4隻とその操作員からなる総勢60名。[3-1]

 4隻の襲撃艇は昼の間にヘリコプターでフォークランド沿岸に運ばれ、スタンレーの北5kmのキドニー島で待機。スタンレー湾にはSBSの監視所が設けられ、スタンレー港の対岸のマレル高地には機関銃とミラン対戦車ミサイルを持つSAS部隊も潜伏していました。[3-1]

 そして13日夜、マレル高地から援護射撃が開始され、襲撃艇部隊がスタンレー港へ突入しました。目標はスタンレーの燃料基地と弾薬集積所でした。[2-2][3-1]

 しかし、襲撃艇部隊は係留されていたアルゼンチンの病院船バイア・パライソに発見されてしまい、アルゼンチン軍からの猛攻をうけて撤退。ただし幸い3名が軽症を負っただけで、スクリューを失った1隻もなんとか後退に成功しています。[2-2][3-1]


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http://www.zona-militar.com/foros/threads/im%C3%A1genes-del-conflicto-de-malvinas-fotos.258/page-1157
病院船バイアパライソ。

 合同特殊部隊チームは目標を達成できなかったものの、第2空挺大隊の攻撃が延期されることはありませんでした。21時15分からワイヤレスリッジに榴弾砲6門と迫撃砲、4両の戦闘車両による準備射撃が実施され、21時45分に第2空挺大隊が開始線内に突入しました。[2-1]

 準備射撃では黄リン弾や空中炸裂弾など、泥炭地でも十分に威力を発揮し、かつ威圧感もある砲弾が使用されています。これによってアルゼンチン兵が一目散に逃げていく様子も目撃されました。またヘリコプターによる砲弾輸送も継続され、前線では無線と赤白緑の色付きのトーチで着陸位置の指示が行われました。[2-1][4-1][5-1]

 しかし、第2空挺大隊がワイヤレスリッジ北の陣地を制圧した直後、アルゼンチン軍が155mm榴弾砲で反撃を開始。これは第2空挺大隊が確保したばかりのアルゼンチン軍陣地や、第2空挺大隊の進路に向けられています。そこで洋上のアンバスケードがアルゼンチン側の砲兵陣地を射撃、これを乗り切りました。[1-2]

 そしてD中隊がワイヤレスリッジを西の尾根から前進し、A、B中隊は側面からワイヤレスリッジを攻撃。この乱射乱撃雨霰の猛攻でワイヤレスリッジのアルゼンチン兵士達は次々に倒れ、生き残った兵士は敗走。[1-2][3-1]


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http://www.naval-history.net/F57-2_Para-Battle_for_Wireless_Ridge.htm
一連のフォークランド紛争絵画の中でも、ワイヤレスリッジの弾幕はずば抜けて濃密だった。

 ただし、火力支援に加わろうと前進したシミターとスコーピオンのうち、2両が先の155mm榴弾砲のクレーターに落下、行動不能となっています。[1-2]

 14日の明け方にアルゼンチン側は2回ほど車両を有する小隊が反撃を仕掛けますが、どちらも容易に撃退されています。ワイヤレスリッジを第2空挺大隊が制したことは明白でした。[1-2]

 この戦闘でアルゼンチン側の死者は約100名に達し、捕虜は37名、後の数百名は逃走。対する第2空挺大隊の死者は3名、負傷者は11名と、グースグリーンの闘いよりも少ない損害に抑えています。支援火力を総動員し、さらに補給を続けたことでアルゼンチン軍の抵抗の意志を砕くことに成功したのです。[1-2]

 ただし戦闘中に味方榴弾砲の誤爆によって1名が死亡し1名が負傷、さらに前述のように戦闘車両2両が自損事故を起こすなど、作戦は完璧といかなかったことも記録されています。また時期は不明なものの、FV106サムソン戦車回収車が渡橋中に橋から転げ落ちるなど、フォークランドにおいては、車両の運用にはかなりの苦労があったことも伺えます。[1-2][2-1]


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http://www.taringa.net/posts/info/15383009/El-minado-defensivo-en-la-guerra-de-Malvinas.html
橋から転げ落ちたV106サムソン戦車回収車。



出典

[1-1]フォークランド戦争史 P318~
[1-2]同 P325~327
[2-1]RAF Battles of the Falklands ConflictよりWireless Ridge - 13/14 June 1982 
[2-2]RAF Battles of the Falklands ConflictよりMount Tumbledown and Mount William - 13 and 14 June 1982
[3-1]世界の特殊部隊作戦史1970‐2011 P105~106
[4-1]フォークランド戦争 鉄の女の誤算P233~234
[5-1]空戦フォークランド P248~249

参考
狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕 (朝日新聞外報部ISBN 9784022550200 1982年8月20日)
フォークランド戦争 鉄の女の誤算(サンデー・タイムズ特報部 ISBN-562-01374-5 1983年10月20日)
海戦フォークランド―現代の海洋戦 (堀元美 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日)
空戦フォークランド ハリアー英国を救う (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日
SASセキュリティ・ハンドブック (アンドルー・ケイン&ネイル・ハンソン ISBN 4562036664 2003年7月10日)
サッチャー回顧録 ダウニング街の人々上巻 (マーガレット・サッチャー ISBN4-532-16116-9 1993年12月6日)
兵器ハンドブック湾岸戦争・フォークランドマルビナス紛争 (三野正洋、深川孝之、二川正貴 ISBN 4-257-01060-6 1998年6月20日)
世界の特殊部隊作戦史1970‐2011(ナイジェル カウソーンISBN978-4-562-04877-9 2012年12月16日)
フォークランド戦争史 (防衛省防衛研究所 2015年9月8日取得)
平成25年度戦争史研究国際フォーラム報告書(防衛省防衛研究所 2015年11月18日取得)
The Falkland Islands Campaign (イギリス空軍公式サイト内 2015年12月10日取得)
フォークランド紛争(日本語版wikipedia 2015年12月20日取得)
thinkdefence.co.ukよりタグfalkland

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