第60回 連載「フォークランド紛争小咄」パート24
敵防空網を制圧せよ!ブラックバック作戦再び 前編
文:nona
イギリス軍地上部隊がスタンレーへ迫る中、ブラックバック作戦も1か月ぶりに再開されました。その任務は滑走路の爆撃から防空網制圧に変更されたものの、目的がアルゼンチン軍防衛体制の切り崩しにあることは一貫していました。
(引用元)http://kplanes.tumblr.com/post/109539416920/k-planes-episode-50-the-falklands-war
バルカンに装着されたAGM-45Aシュライク対レーダーミサイル
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イギリス空軍のバルカン爆撃2機とヴィクター給油機15機を用いた壮大な飛行場破壊作戦、ブラックバック作戦が初めて実施されたのは5月1日のことでした。[1-1]
ブラックバック作戦に参加したヴィクター給油機は、相互に空中給油を施しながら、フォークランド島を目指し南下。途中に発生した機体トラブル、と乱気流内の空中給油を乗り越え、スタンレー上空にバルカン爆撃機を送り込んでいます。[1-1]
この奇襲攻撃にアルゼンチン軍は大きなショックを受け、アルゼンチン本土が爆撃されることを過剰に警戒。そのため防空戦力を分散せざるを得ず、フォークランド上空の空中戦でも苦戦を強いられています。[1-1]
ただし、バルカンが投下した21発の1000ポンド爆弾のうち、滑走路に命中したものはわずか1発のみ。開いた破孔もすぐに塞がれてしまいました。イギリス空軍は5月4日、第2次ブラックバック作戦で再び滑走路の破壊を狙ったものの、今度は全弾が飛行場をそれています。[1-1]
第2次作戦の失敗の理由の一つとして、アルゼンチン軍が空輸した最新鋭のローランド近距離地対空ミサイルを警戒し、バルカンがローランドの射高(高度6000m)よりも降下できなかったことにある、とされています。[2-1]
(引用元)http://fly.historicwings.com/2013/06/black-buck/
第一次、第二次ブラックバック作戦で投下された爆弾の破孔。なお英語版wikipediaでは、アルゼンチン軍の滑走路延長を妨害するため、あえて滑走路の端を狙った、と解説している。
また、この時期はイギリス空軍に誘導爆弾が緊急配備される直前の時期でもあり、さらにバルカンの空襲は反撃を受けにくい夜間に限られていました。このため照準に旧来のレーダー爆撃に頼らざるをえなかったのです。[2-1]
そして9日後の5月13日に第3次作戦が実施されたものの、悪天候で作戦が中止。この間にイギリス軍によるフォークランド上陸が開始され、同時期にアルゼンチン軍へのブラフとして、偽のブラックバック作戦の情報をリークしています。が、実際にバルカン爆撃機が戦闘に参加することはありませんでした。[1-1][2-1]
この空白の時期に、バルカンの前進基地となっていたアセンション島に、アメリカ製のAGM-45Aシュライク・対レーダーミサイルと、AS.37 対レーダーミサイルが到着。バルカンもこの新装備を搭載できるよう、改造が施されました。[1-1][2-1]
(引用元)http://www.britmodeller.com/forums/index.php?/topic/47392-typhoon-weapon-colours/
AGM-45A。改造母体となったスパロー(スズメ)にちなんだものか、シュライク(モズ)という愛称が与えられた。
AGM-45AはAIM-7スパロー空対空ミサイルを母体とした、黎明期の対レーダーミサイル。スパローは発射母機となる戦闘機のレーダーの反射波を検知して目標を追尾しますが、シュライクは地上のレーダーが発する電波そのものを検知、追尾できるように改造されています。[1-1][2-1]
一方のAS.37 はイギリスとフランス共同で設計した大型の対レーダーミサイル。バッカニア攻撃機の装備でもありましたが、ブラックバック作戦では使用されませんでした。[3-1]
(引用元)http://www.hollilla.com/reader.php?action=thread&thread=3015571
バルカンに搭載されたAS.37
さらにバルカンの爆弾庫に燃料タンクを増設。16000ポンド(7257㎏)の追加燃料を得ています。バルカンはこの燃料のおかげで、45分ほど目標捜索のための滞空(loiter)が可能になりました。[1-1]
SEAD(敵防空網制圧)機となったバルカンは、5月28日の第4次ブラックバック作戦に参加する予定でしたが、この日の作戦も開始から5時間でキャンセル。原因は給油装置の故障でした。[1-1][2-1]
バルカンようやく、フォークランドまで再到達したのは5月31日のこと。ブラックバック作戦は第5次作戦になっていました。この時のバルカンは第四次作戦と同じ、マクドーガル少佐ら5名が搭乗したXM597機。少佐はバルカンの操縦歴20年のベテラン機長でした。[1-1][2-1]
マクドーガル少佐の操るバルカンは、フォークランド島の450kmに迫ると、警戒レーダーによる探知をぎりぎりまで回避するため、徐々に高度を落としています。さらにスタンレーの直前の数十キロで 高度4900m(15000フィート)に再上昇。ここで複雑なレーダー捜索飛行に入り、スタンレーのレーダー郡を測位しています。[2-1]
当時スタンレーには複数のレーダーが配置されていましたが、特にAN/TPS-43広域三次元レーダーとAN/TPS-44二次元戦域警戒レーダーが重要な目標とされていました。[1-1][2-1]
2つのレーダーのうちAN/TPS-44は市街地に設置されたため、イギリス住民を巻き込む危険を考慮し、攻撃を禁止されていました。一方のAN/TPS-43はスタンレー郊外に置かれており、こちらは攻撃を許可されていました。[2-1]
(引用元)http://www.thinkdefence.co.uk/black-buck-runways-1982-falkland-islands-conflict/conflict/
AN/TPS-43広域三次元レーダー出典
(引用元)http://www.mobileradar.org/Documents/43E_Tactical%20Radar%20System.pdf
AN/TPS-43(E型)のスペックシート。最大探知距離表への探知距離は445㎞。
バルカンの乗員郊外の警戒レーダー(AN/TPS-43)を捕捉すると、AGM-45Aの射程まで前進。[2-1]
途中エリコン35mm機関砲を制御するスカイガード・射撃管制レーダーに捕捉されますが、バルカンは機関砲の射程外となる高度4900mを維持。さらに電子戦担当のトレバスカス大尉の操作でチャフを発射することで、レーダーの注意を逸らしています。[2-1]
(引用元)http://www.armyrecognition.com/germany_german_army_artillery_vehicles_systems_uk/skyguard_iii_3_oerlikon_air_defense_system_cannon_missile_technical_data_sheet_specifications.html
アルゼンチン軍のスカイガードレーダーとエリコン35mm機関砲
そしてトレバスカス大尉がAN/TPS-43めがけ、2発のAGM-45Aを4秒間隔で発射。初弾はAN/TPS-43の至近に着弾し、導波管を損傷させています。[1-1][2-1]
ところが、2発目のAGM-45AはAN/TPS-43から完全に外れ、完全破壊には至りませんでした。初弾が与えた損害も空輸された部品で修復され、36時間後までには復旧しています。[1-1][2-1]
2発目が外れた原因は、レーダーの操作員が対レーダーミサイルに気付いてレーダーを停波させたか、あるいは初弾の影響で偶然にレーダーが停波したため、と考えられます。当時のAGM-45Aはロックオンしたレーダー反応が消えると、一切の誘導が効かなくなってしまうのです。[1-1][2-1]
この翌日の6月1日の夕方、スタンレー沖を飛行していたシーハリアー1機が、ローランド地対空ミサイルによって撃墜。乗員のモーティマー大尉したものの、アルゼンチン軍の防空網が依然として脅威であることを印象づける結果になりました。[2-1]
(引用元)https://www.pinterest.com/pin/322077810829390193/
アルゼンチン軍のローランド地対空ミサイル。誘導方式はイギリス軍のレイピア対空ミサイルと同じ半自動指令照準線一致方式。射程は7~8km。
この時撃墜されたシーハリアーは、スタンレーを武装偵察する任務を帯び、乗員のモーティマー大尉は地上からローランドが発射される様子も視認していました。ただし、大尉は自機とスタンレーの距離から、このミサイルは自機まで届かないだろう、と考えていました。
ところが大尉の測位に誤りがあったのか、ハリアーはスタンレーから12kmにあると思われていた場所でローランドを被弾することになったのです。[2-1]
この頃にはサンカルロス橋頭堡までAGM-45が空輸されており、一応ハリアーも防空システムに対抗する手段を持ち合わせていました。
ただ、ハリアーには運用上の制約を抱えていましたから、対レーダーミサイルを扱うならバルカン爆撃機が適任であるとして、6月3日に第6次ブラックバック作戦で再びのSEADミッションが実施されることになりました。
攻撃を担うのは、前回と同じくマクドーガル少佐チームとバルカンXM597機でした。[2-1]
後編に続く
[1-1]The Falkland Islands CampaignよりOperation Black Buck - 1st May to 12 June 1982
[2-1]空戦フォークランド P203~207
[3-1]blackburn-buccaneer.co.ukよりMartel' Missile System(Maritime Strike)
参考
狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕 (朝日新聞外報部ISBN 9784022550200 1982年8月20日)
フォークランド戦争 鉄の女の誤算(サンデー・タイムズ特報部 ISBN-562-01374-5 1983年10月20日)
海戦フォークランド―現代の海洋戦 (堀元美 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日)
空戦フォークランド ハリアー英国を救う (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日
SASセキュリティ・ハンドブック (アンドルー・ケイン&ネイル・ハンソン ISBN 4562036664 2003年7月10日)
サッチャー回顧録 ダウニング街の人々上巻 (マーガレット・サッチャー ISBN4-532-16116-9 1993年12月6日)
兵器ハンドブック湾岸戦争・フォークランドマルビナス紛争 (三野正洋、深川孝之、二川正貴 ISBN 4-257-01060-6 1998年6月20日)
世界の特殊部隊作戦史1970‐2011(ナイジェル カウソーンISBN978-4-562-04877-9 2012年12月16日)
フォークランド戦争史 (防衛省防衛研究所 2015年9月8日取得)
平成25年度戦争史研究国際フォーラム報告書(防衛省防衛研究所 2015年11月18日取得)
The Falkland Islands Campaign (イギリス空軍公式サイト内 2015年12月10日取得)
フォークランド紛争(日本語版wikipedia 2015年12月20日取得)
thinkdefence.co.ukよりタグfalkland
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コメント
アラームにパラシュートがついてるのはフォークランドの戦訓が合ったからなのかな…
YouTubeに動画があります。
太平洋戦争では帝国海軍の機銃は25mm、投弾前に攻撃できず
一方アメリカ海軍は40mm、爆弾落とす前に攻撃可能
なお、これを映画化した『イントルーダー 怒りの翼』は…
ブラックバック2の爆弾が飛行場を逸れたのはわざとということですが、飛行場を狙う場合は投弾間隔を長く設定すると聞いたことがあるので、この集中した着弾痕を見るに、あながち負け惜しみとも言い難いか?
それにしても、微妙に旬を過ぎた兵器がこれでもかと使い倒される様は、我が国の金剛型や5500t級軽巡を彷彿させる…
もしも今現在同じような作戦を行うなら、巡航ミサイルで敵防空網を疲弊させた後にJDAMみたいな誘導爆弾で一発必中の爆撃が出来るんだろうな
1かい読み切りで面白いかもww
「空母浮いて国沈む」になっていたかもしれないけど。
これ以外にも偵察衛星による情報を半ば公然と英国に渡していたな。
AIM9のL型だったはず。全方位赤外線追尾ができるやつ。ハリアーの活躍はこのサイドワインダーに負うところだろうね。
1様
恐らくは、そうだとは思います。
滞空時間の伸長したい、というのは
フォークランドの戦訓でしょうか。
2様
私が生まれた頃には全機退役していたので
むしろ新鮮です。
個人的には不細工な見た目の
ヴィクターが一番好きです。
3様
40mm砲は
ラウンドテーブル級でも数門搭載していました。
ただ戦果は共同撃墜で1機だけ、だったと思います。
・・・様
『イントルーダー 怒りの翼』Youtubeで見てみました。
想像以上の高機動で驚きました。
*ttps://www.youtube.com/watch?v=MvyBrX1eK4I&nohtml5=False
5様
すごい作戦ですが何度も延期や中止もあったので
よくやったとは思います。
誤字様
訓練もそこそこに高度な新兵器を使いこなせるのも
凄いことだと思いました。
それまでの経験の積み重ねもあるのでしょうが。
7様
一発ネタとしては一考の余地ありですね。
名無しのミリヲタ(40年もの)様
正規空母が維持できていれば
紛争すら起きなかった可能性も指摘されていますからね。
先任伍長様
米国政府は本当にイギリスに協力的でした。
(アルゼンチンにとっては裏切られた形でしたが)
ただAGM-45は1世代古いA型を提供したようです。
技術的なものなのか、政治的なものなのかは不明ですが。
10様
イギリスは本国や領内のNATO基地から
ミサイル以外の備品も平然とを持ちだしていたとか。
11様
対レーダーミサイルの改修方法は不明ですが、
バルカンには燃料タンクを増設した給油機型があるので、
これの流用ではないか、と思います。
先任伍長様
AIM-9Lの魅力の一つは全方位赤外線追尾ですが
故障知らず、というのも重要かもしれませんね。
(保管環境の影響もあるかとは思いますが)
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