第38回 連載「フォークランド紛争小咄」パート16
炎上するシェフィールド 前編
文:nona
4月25日のサウスジョージア島奪還、5月1日の空襲成功と空中戦の勝利、翌日のベルグラノ撃沈と優位に戦いを進めたイギリス。戦局も楽観しつつあったようですが、5月4日の午前11時、ついに自身も無傷ではなくなりました。
http://en.mercopress.com/2012/03/08/bbc-documents-reveal-french-double-role-during-the-falklands-conflict
エグゾセ対艦ミサイル。仏語で「トビウオ」の意味。写真の母機はミラージュF1
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5月4日朝、イギリスの機動部隊はスタンレー南東75海里にありました。この日は未明にバルカン爆撃機による2度目のブラックバック作戦、朝にハリアーのグースグリーン飛行場への再空襲、そしてリンクス哨戒ヘリコプターによる警戒レーダー網の電子偵察が予定されています。[1]
ところがアルゼンチン側も防御を強めており、以前のように一方的な勝利を得られませんでした。
バルカン爆撃機は燃費を改善するための飛行プラン見直しが行われ、順調にリレー給油を進めたものの、最期の爆弾攻撃では目標を外しています。これはアルゼンチン側のローランド地対空ミサイルを警戒し、投下高度を下げられなかったことに起因するそうです。
アルゼンチン軍のローランド地対空ミサイル。射高は6000m程度だったが、低・中高度の水平爆撃を妨害した。
http://www.aviacionargentina.net/foros/preguntas-y-respuestas.31/7193-cuando-se-da-de-baja-los-roland.html
さらにグースグリーン飛行場ではシーハリアーが初めて撃墜されています。低空から飛行場に接近した所、投弾直前で1機が35mm機関砲らしき砲火で撃墜。パイロットも同時に戦死しました。[1][3]
この被害で敵の対空砲火の巧みさに気付いたパイロット達は、ハリアーによる低空からのピンポイント爆撃を避けるようになります。代わって遠距離から爆弾を投弾できるトス爆撃を基本とするようになりますが、投弾精度の低下を避けられませんでした。
こうしたフォークランドの防空システムの向上をうけて、イギリスはバルカン爆撃機にはレーダー網を破る対レーダーミサイルを、ハリアーには遠方からピンポイント爆撃ができるレーザー誘導爆弾と、それぞれ対策装備の緊急配備に踏み切ります。 [1][3]
http://www.taringa.net/posts/imagenes/15136332/Armamento-terrestre-de-la-Fuerza-Aerea-Argentina.html
アルゼンチン軍の35mm機関砲。
一方海上では数日ぶりに天気が穏やかになり、朝から7~10マイルの視界がありました。襲来が予想されるアルゼンチン軍機を警戒するため、空母から18海里前方の地点に42型駆逐艦のコヴェントリー、グラスゴー、そしてシェフィールドの3隻を前進配置。さらにシーハリアーによる戦闘空中哨戒を開始しました。[2]
http://www.ussalbion.co.uk/sheffield.html
42型駆逐艦のシェフィールド。全長125m、満載排水量4350t。シーダート艦隊防空ミサイルを備え、1975年に就役した。
一方のアルゼンチンでは朝5時にP-2ネプチューン哨戒機が離陸。機動部隊を探すべくフォークランドへ飛び立ちます。
http://www.taringa.net/posts/info/19006288/La-Armada-Argentina-a-la-caceria-de-dos-OSNI-en-la-Patagonia.html
アルゼンチン海軍のP-2哨戒機。紛争中に運用限界に達し5月14日に飛行停止になった後、そのまま退役した。
P-2はフォークランドを一回りして帰投する予定でしたが、その途中で42型駆逐艦のレーダー反応を傍受。迎撃を避けるため距離を保ちつつ電波情報を収集し、艦隊を数時間にわたって監視しました。[1][2][3]
http://fdra.blogspot.jp/2015/06/ashm-el-legendario-exocet-en-combate-22.html
P-2哨戒機の動き。
P-2哨戒機からの報告を元に9時45分、アルゼンチン本土南端のフエゴ島リオグランデ基地からエグゾセを積んだ2機のシュペルエタンダールが離陸。同機は空母用の航法装置が未実装のため陸上機として地上に配備されていましたが、対艦攻撃の切り札であるエグゾセを装備していました。[2][3]
2機のシュペルエタンダールは離陸15分後にKC-130のよる空中給油を開始。5月1日の作戦は空中給油に失敗、作戦は中止されていましたが、今回のリトライでは給油に成功しています。[2][3]
http://www.taringa.net/posts/apuntes-y-monografias/16820626/Los-KC-130-durante-la-Guerra-de-Malvinas.html
給油を受けるシュペルエタンダール。
そしてP-2哨戒機が発信する機動部隊の無線情報を受信しつつ、敵の水上艦から姿を隠すため海面高度15mへ降下。
わずかでも操作の狂いもゆるされない危険なフライトですが、アルゼンチン海軍航空隊は日常の訓練で超低空飛行に長けており、配備から間もないシュペルエタンダールを十分に操ることができました。[3]
http://www.naval.com.br/blog/wp-content/uploads/2013/05/The-Sheffield-Demise-DPA.jpg
超低空飛行で艦載レーダーを回避するシュペルエタンダールのイメージ。アルゼンチン海軍ではシェフィールドと同型の42型駆逐艦を輸入しており、その弱点も理解していた。
この上空にはシーハリアーの哨戒網がありますが、同機のブルーフォックスレーダーはルックダウン能力が低く、海面すれすれのシュペルエタンダールに気付くことはなかったようです。[1]
そして10時56分、艦隊の外縁に到達すると、120フィート(36.5m)へ上昇し自身のレーダーで洋上を再捜索。近くに2つの反応(シェフィールドと、その同型のグラスゴー)があり、さらに遠方に1つの大きな目標(空母と思われる)があることを確認します。この反応は射程外にあったのか、2機は再び降下して接近を継続しました。[1][2]
この索敵行動の瞬間をグラスゴーのESM(電波探知装置)がキャッチ。シュペルエタンダールが発する捜索レーダー波のスイープを3度捉えた、と周囲に警告します。 [1][2]
しかしシェフィールドのESMでは傍受に失敗。捜索レーダー波と衛星通信機の電波が混信状態にあったため、と後に分析されています。グラスゴーでは敵機が来る昼間の衛星通信を避けるようにしていましたが、シェフィールドでは徹底されていませんでした。[2]
https://www.youtube.com/watch?v=yDYx84DdJ-w
衛星通信の電波と重なるエタンダールのレーダー波のイメージ
またグラスゴーの警告無線についてもシェフィールドのUFHでは全てを受信できず、HF無線機に至っては配員がされていませんでした。さらに作戦室(CIC)の対空班は8名のうち3名が退席中で、責任者は室外で(紅茶ではなく)コーヒーで休憩中。シェフィールドは排除海域内にありながら、少々気が緩んでいたようです。 [2]
最初の警告から2分後の10時58分、グラスゴーはレーダーでシュペルエタンダールを捉え「2つの低空のボギー(敵味方不明機)、南西方向、25マイル」と再警告。11時00分には敵機から自身を隠すためチャフを打ち上げます。 [2]
ようやく警告を受け取り、作戦室の警戒レベルを高めたシェフィールドですが、作戦室の外でコーヒーを飲んでいた責任者がすぐに戻らず、艦内中を戦闘配置にすることもありませんでした。そして衛星通信は送信電波を即座に停止できず、ESMも盲目のまま。 [2]
https://navalmatters.wordpress.com/tag/decommissioning/
2000年代の42型駆逐艦の作戦室(米軍のCICに相当)。
対応の不手際が目立つシェフィールドですが、空母インヴィンシブルの対空調整室(CDC)が誤報と判断するなど、機動部隊全体でまともな警戒態勢をとりませんでした。インヴィンシブルでは、もし本物だとしても無誘導爆弾しか積めないミラージュ3戦闘機だろうと、安易な予想も立てていました。[2]
事実シュペルエタンダールのレーダー波形はミラージュ3戦闘機のそれと酷似しており、誤報が相次いでいました。グラスゴーが出したような警告は以前に何度もありましたから、今回の警告もオオカミ少年のように扱われていました。[2]
グラスゴーの最初の探知から4分後、シュペルエタンダールがエグゾセを発射(時刻には諸説あり)。1発は遠方の大型目標へ、もう1発はチャフすら撃たなかったシェフィールドへ向けられました。遠方へ発射された1発は燃料切れで落下した、と考えられていますが、もう1発のエグゾセはシェフィールドを射程に収めていました。 [1][2]
http://www.taringa.net/posts/imagenes/14145036/Confirmado-Empezaron-a-Modernizar-los-SUE-a-SEM-5.html
エグゾセの発射。アルゼンチンは空中発射型エグゾセを6発(1発は試験用)しか入手できなかったため、片翼に1発だけエグゾセを装備していた。
さらに発射から約2分後、命中の5秒前に(15秒前とも)シェフィールド艦橋の乗員が右舷の海面に煙の帯を発見。シェフィールドに突進するエグゾセの排気煙でしたが、対策をとる時間はもうありませんでした。[3]
そして11時3分(4分とも)にエグゾセが時速1100kmでシェフィールド右舷船体に突入。外板を貫いて艦内30フィート(9m)へ侵徹します。[3]
後に最高司令官のフィールドハウス海軍大将は「数名の主要な幹部に未熟な問題はあるが、「シェフィールド」は以前アルゼンチンが行った航空攻撃の無能さにだまされ安心していた。エクゾセ・ミサイルのように海面すれすれに飛行するミサイルは特に危険であり対処の難しい脅威である」と綴っています。[2]
http://arasantisimatrinidad.blogspot.jp/2011/05/4-de-mayo-ataque-al-hms-sheffield.html
エグゾセを被弾し炎上するシェフィールド。
後編に続く
出典
[1] RAH The Falkland Islands Campaign Air and naval actions between 2nd May and 16より
[2] フォークランド戦争史 P81,P186~190
[3] 空戦フォークランド P11, P74~76
参考書籍/WEBサイト
狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕 (朝日新聞外報部ISBN 9784022550200 1982年8月20日)
空戦フォークランド ハリアー英国を救う (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日)
海戦フォークランド―現代の海洋戦 (堀元美 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日)
SASセキュリティ・ハンドブック (アンドルー・ケイン&ネイル・ハンソン ISBN 4562036664 2003年7月10日)
サッチャー回顧録 ダウニング街の人々 上巻 (マーガレット・サッチャー ISBN4-532-16116-9 1993年12月6日)
フォークランド戦争史 (防衛省防衛研究所 2015年9月8日取得)
「島嶼問題をめぐる外交と戦いの歴史的考察」(防衛省防衛研究所 2015年11月1日取得)
The Falkland Islands Campaign (イギリス空軍公式サイト内 2015年12月10日取得)
フォークランド紛争(日本語版wikipedia 2015年12月20日取得)
コメント
とても興味深い記事で、いつも楽しみにしています!
>アルゼンチン海軍ではシェフィールドと同型の42型駆逐艦を輸入しており
これエエエェェェ(´Д`)ェェェエエエエって思ったんですが…
仮にも自国との領土問題を抱えた国に兵器を売ってしまうなんて
フォークランド前は両国の関係悪くなかったんでしょうか?
>>責任者は室外で(紅茶ではなく)コーヒーで休憩中。
ここで思わず笑ってしまったww
シェフィールドの次に建造されるぐらい早いな。
同じマクドネルダクラスのF4とF15が戦闘するという例が有るとは言え珍しいな
後に鹵獲して五百島、八十島と改名して使った
※3
イラン革命前に輸出したのとはいえ、プレイング・マンティス作戦では互いにハープーンを撃ち合っていたりするし。
しかし魔が差すっていうのはこういうのを言うんだろうなぁ
英国紳士もたまにはコーヒー飲みたくなるんやなw
エタンダールの貧弱な自動操縦装置で、海面50feetの進出とか、とんでもない技量だよ
レーダーも必要最小限の使用に抑えて、きっちりNOEに戻ってるし。
哨戒機との連携も含めて、正直第三世界の空軍レベルとは思えない
当時、流行りではあったけど、まだ誰も実戦してなかったドクトリンを世界で初めて
実証したのが、途上国だったってのは、なんとも不思議な気がするね。
実戦に使えるエクゾセミサイルが僅か5発だからかな。
途上国軍隊はその経済規模による大きな制約を受けながら戦わざるを得ないのでグダグダな戦いになりがちだけど、時としてこういうガッツを見せてくれる点非常に好き。
今回もアルゼンチン軍は ①哨戒機による電波情報の収集とそれを活用した攻撃隊の誘導 ②攻撃隊は敵レーダーの低空感知能力の低さを利用した低空奇襲 ③捜索は敵に見つからないように遠距離での電波情報収集か短時間のレーダー捜索 と、現代的対艦攻撃のお手本のような流れで攻撃を成功させているね。
それを受けるイギリス軍も対策はとっているのだけど、主に人間のミスが重なって大きな損失に繋がっていて、やっぱりどんな高性能な機械を用意しても最後は人が大事なんだと示していて面白い。
>アルゼンチン海軍ではシェフィールドと同型の42型駆逐艦を輸入しており
調べてみたらアルゼンチン向けの42型駆逐艦は二隻あり、一隻はイギリスで、もう一隻はアルゼンチン国内で作ってるみたいね。
アルゼンチンは80年にドイツからMEKO 140型フリゲートの設計図を買って建造しているみたいだし、ここら辺は欧州人は商売としてあんまり気にしていないか、軍事クーデターによる混乱が日常茶飯事の南米の情勢を読みきれなかったのか、どちらなのかちょっと判断付かないな
本日後編が投稿される予定とのことです
1様
「仮にも自国との領土問題を抱えた国に兵器を売ってしまう」
まぁ...割とよくある事例...です...
2様
私も驚きましたが、どうやらイギリスは思いの外コーヒー党なんです
当時の英軍のレーションにもインスタントコーヒーが2パックも入っています
食糧の資料も集まってきたので、
そろそろレーションの記事でも書こうかと思案中です
3様
アルゼンチンの42型駆逐艦
エルクレスとサンティシマ・トリニダードですが、
紛争中には基幹部品の禁輸を受けていたそうです
ところが部品不足の効果がでたのは紛争後という話です。
4様
そんな経歴の軍艦があったとは...
確か日本の南極観測船宗谷も元はソ連が発注した船らしいです
両国が満州国境でにらみ合っていた時期に発注したようです
名無しのミリヲタ(39年もの)様
僚艦がちゃんとしていただけに、シェフィールド側の不手際は目立ちますね
ちなみに不具合の根源はアンテナの取り付け設置のミスだったそうです
・・・様
アルゼンチンの周到な索敵行動は私も興味深く感じました。
パイロット達の訓練について
「空戦フォークランド」で詳しく紹介されています
シュペルエンダールへの機種転換は紛争勃発からほんの数ヶ月前でしたが
長年の経験で上手くカバーしていたようです
8様
もう一つイギリス人とコーヒーの話題を
「007シリーズのジェームズ・ボンドは紅茶が嫌い」という設定があります
元諜報員である作者の嗜好を反映したそうですが
9様
アルゼンチンは今でこそ途上国同然ですが、
第2次大戦による大戦景気で一時期はかなりの資本を蓄えていました
その資金でドイツの軍人や技術者を呼んで兵器の独自開発を目指していますが
工業化の失敗と、バラマキ政策でお金を使い果たしたようで...
悲しいことに、結局あぶく銭に終わっています
10様
後編で紹介の予定ですが
「エグゾセの戦力化は中断された」というフランス人の空言
イギリス側が鵜呑みにしていたようです。
さらに、5月4日までエグゾセ攻撃がなかったことから
現場では本当のことだと思い込んでいたようです。
誤字様
私もアルゼンチン軍機の用意周到さに驚かされるばかりです
ところで、近年のアルゼンチン軍装備ですが
何やら中国製兵器を導入する、という報道がなされています
近年は中国も食糧需給率問題を抱えているらしく(特に家畜飼料)
アルゼンチンから食糧を得る代わりに、兵器を導入するとか
軍事面以外では、すでに中国製鉄道車両や原発の導入が締結されています
将来、第二次フォークランド紛争が起きれば
欧米製の兵器部品、弾薬は軒並み禁輸になるでしょうから、
代わって中国兵器が活躍する可能性も...
S-2や42型駆逐艦、シーダート、シュペール・エタンダールなど冷戦末期の兵器が懐かしいですね。
この戦争により、エグゾゼ対艦ミサイルの価格が1発4000万円から2億6千万円に急騰したことを思い出します。流石にnano様もご存知ないかと思われます。
軍版で取り上げるべきかはわかりませんが、当事国の指導者、サッチャー首相やガリチェリ大統領、レーガン大統領の話なども紹介していただけるとありがたいですね。
その話なら私も資料で見ましたよ!
眉唾ものだとは思いましたが
当時は話題になったのでしょうか!?
朝日新聞社の「フォークランド紛争の内幕」によると
定価20万ドルのエグゾセをペルーがイタリアから1発75万ドルで買いとり、
さらにペルーがアルゼンチンに100万ドルで売り行ける、というものでした。
なんとも怪しげな魅力のある話だと思います。
マッコイじいさんは本当にいたのかな、なんて思ったり。
指導者については、政治的な話題になるので
あまり突っ込むのは難しいかもしれませんが
うまくやってみます。
エグゾゼ対艦ミサイルの価格高騰は、当時の読売新聞に記事がありました。子ども心にも大変驚いた記憶があります。
ペルーがエグゾゼをアルゼンチンに転売していたことは、不勉強で知りませんでした。
完結後で構いませんので、このようなエピソードを集めて、「フォークランド紛争こぼれ話」のような記事を書いてくださるとありがたいですね。
なんだか勝手なお願いばかりで申し訳ありません。どうも少年時代を思い出してワクワクしてしまいます。
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