第35回 連載「フォークランド紛争小咄」パート14
5月1日の航空戦 後編

文:nona

 5月1日1645時、アルゼンチン軍はついに本格的な航空攻撃部隊を開始しました。上空にミラージュ、ダガー戦闘機がハリアー戦闘機を抑え、この隙に爆装したダガー戦闘機、キャンベラ爆撃機でフォークランド沿岸にいる5隻の水上艦を攻撃する目論見でした。[2] [3]

image001
http://www.ww2incolor.com/forum/showthread.php/4177-The-air-war/page4

1/72IAIダガー フォークランド
ウイリング
売り上げランキング: 663,197

アルゼンチン軍のあらたな動きを察知したグラモーガンは、僚艦と共に東へ全速力で離脱。さらにハリアーを敵戦闘機まで誘導。ハリアー2機は11000フィートにありましたが、対するミラージュⅢ2機はさほど高い位置に占位せず、奇妙な梯次隊形(縦並びの編隊)で接近していました。この動きはイギリス空軍もWEBサイトで「poor」と紹介するほどです。[2] [3]

 対抗する2機のハリアーは1番機がそのまま前進してミラージュ編隊の頭を抑え、2番機はミラージュ編隊の後方に回り込むことになりました。ミラージュⅢ編隊と正対し続ける1番機はロックオンを狙ったものの、これに失敗。距離8kmで先にミラージュからミサイルを撃たれてしまいます。[3]

 しかしミラージュ編隊が放った2発のミサイルはどちらも狙いを外しています。うち1発に至ってはまともに直進すらせず、旋回しながら落下していきました。[3]

 どちらも攻撃に失敗したハリアーとミラージュⅢはわずか30mの距離ですれ違い、互いの背後につこうと旋回を開始。ハリアーの二番機は側面から機関砲を発射し、さらにミラージュ編隊の背後上方の占位に成功します。ミラージュⅢの2番機をロックしたハリアーは、ミラージュⅢの背景が寒空になるように自らの高度を落とした後、約1マイルの地点でAIM-9Lを発射します。[2][3]

image002
http://www.naval-technology.com/projects/fa2-sea-harrier/fa2-sea-harrier4.html
AIM-9L
を発射するシーハリアー

 ミラージュⅢはこれに気づかなかったのか、回避行動も殆ど取らずにAIM-9Lを被弾。爆発で機体は前後に真っ二つになり、海へ落下していきました。ハリアーからはパラシュートを確認できなかったため、乗員は戦死したものと見做しますが、実はタイミング遅れで自動開傘し、パイロットも生還しています。[2] [3]

 そして残るミラージュも、ハリアー1番機から放たれたAIM-9Lの追尾に追われました。こちらのミラージュはAIM-9Lに気付くと下方の雲に隠れるべく急降下。ハリアーは命中の瞬間を確認できませんでした。[3]

 このミラージュⅢは直撃だけは免れたものの、機体は損傷し燃料が漏出。燃料が本土まで持たないことを悟ったパイロットはスタンレー飛行場に不時着すること計画します。しかし防空部隊が敵機と勘違いし、誤射によりミラージュⅢはとどめを刺されてしまったのです。[2] [3]

 この勘違いの原因は、ミラージュⅢが捨てた増槽を爆弾攻撃と勘違いした、とも言われます。[2]

 ミラージュの戦いと同じ頃、2機のハリアーが空対空装備のダガーと交戦中でした。ダガー戦闘機はミラージュⅢから高性能な電子装置を省いたイスラエル製のマッハ2級の戦闘機。見た目はミラージュⅢとそっくりで、空対空装備のダガーはしばしばミラージュⅢと混同されています。[1][2][3]

image003
http://www.ww2incolor.com/forum/showthread.php/4177-The-air-war/page4
ハリアーとダガーの空中戦。

 対するハリアーの1機はレーダーが故障していたものの、目視でダガーを正面上方13キロに発見。しかしミラージュⅢの時と同じく、先にミサイルを発射されてしまいます。[2]

 ハリアーはチャフを放出しながらエアブレ-キをかけながら垂直で降下。チャフは不要でしたが、何らかの理由でミサイルのロックが外れ、そのまま外れてしまったようです。これも先ほどのミラージュⅢのミサイルと同様でした。

 この間にもう1機のハリアーがダガーめがけAIM-9Lを発射。最初にミサイルを撃ったダガーは逆に撃墜されてしまいました。[2]

 上空の戦いではハリアーが勝利したものの、水上のグラモーガン、アラクリティ、アローの3隻に危機が迫っていました。爆弾を抱えた3機のダガーが超低空で迫っていたのです。3隻は対艦攻撃を予見しており、チャフを展開し全速力で東へ離脱を試みていました。[1] [2] [3]

image004
http://www.ww2incolor.com/forum/showthread.php/4177-The-air-war/page4
ダガー戦闘爆撃機による。初の対艦攻撃。

 しかしどの艦も超低空目標に対処できる装備がなく、超低空飛行に入ったダガーを迎撃できません。打ち上げたチャフも、目視で突進してくるダガーには無意味でした。ダガーの編隊長は各機に別々の艦を狙うよう指示し、全機ほぼ一斉に爆弾を投下。上空を通過する直前に30mm機関砲も射撃されました。[3]

 この攻撃でグラモーガンとアラクリティは至近弾の破片で損傷、爆弾を受けなかったアローも機関砲弾で煙突部にいくつか穴が空き、乗員1名も腕に負傷しています。損害は軽微なものでしたが、この手の攻撃に旧式の水上艦の防空システムが脆弱であることが明らかになりました。[2] [3]

image005
http://www.thinkdefence.co.uk/2013/02/that-famous-runway-at-stanley-part-3-post-conflict/
アローの煙突に機関砲弾が開けた穴。

 一方、フォークランド沿海で対潜戦闘中のヤーマスとブリリアントにもキャンベラ爆撃機が迫っていました。しかしキャンベラは低空飛行に入る直前に艦上レーダーに発見されるミスを犯し、ハリアーを呼び寄せてしまいます。[2] [3]

image006
https://www.flickr.com/photos/shanair/11119171424
アルゼンチン空軍のキャンベラ爆撃機。

 キャンベラは高度15mの超低空で飛行、追うハリアーは燃料不足のため、AIM-9Lの射程限界でミサイルを発射。1機の命中を確認し、途中で引き上げていきます。 [2][3]

 生き残ったキャンベラは対艦攻撃を放棄し、燃料がなくなるまで墜落直前に脱出したキャンベラの乗員を捜索。この捜索はスタンレーを出港したアルゼンチン哨戒艇が捜索を引き継ぐことになりました。[3]

 この哨戒艇はイギリスが監視されることになり、夜間にシーキングが接近したときには銃撃で退けています。しかしシースクア対艦ミサイルを積んだリンクスヘリコプターを呼び寄せてしまい、13km離れた場所から2発のミサイルで哨戒艇は爆沈。[2][3]

image007
http://www.naval-technology.com/projects/lynx/lynx3.html
リンクスとシースクア対艦ミサイル

 さらに翌朝、再捜索に向かった哨戒もリンクスと鉢合わせてしまいます。哨戒艇からの銃撃で一旦は退散するように見せかけたリンクスでしたが、再びのシースクアによる攻撃で哨戒艇を攻撃。哨戒艇は大破し8名が戦死、キャンベラの乗員や最初に沈んだ哨戒艇を救助することも叶いませんでした。[2][3]

image008
http://tca2000.co.uk/oldsite/deathlewiston.htm
シースクア2発を被弾したアルゼンチン哨戒艇。

 結局5月1日の戦いでアルゼンチン軍はスタンレーとグースグリーンの飛行場を損傷し、空戦にも敗北。アルゼンチン軍は空戦の敗北によってフォークランドのエアカバーを諦めるようになります。特にミラージュⅢは航続距離の限界から十分に性能を出せないため、バルカン爆撃機を警戒する首都ブエノスアイレス方面に再配備されてしまいました。[1][2][3]

 一方低空からの爆弾攻撃について、イギリスはアルゼンチン軍の練度の高さと、自身の能力不足を痛感しました。しかし夜間であれば対艦攻撃は事実上不可能なため、イギリス艦艇の完全に阻止には到りませんでした。事実、グラモーガンらは2040時になって艦砲射撃を再開。スタンレー飛行場の修理と兵士の休息を妨害し、英艦の健在を示したのです。[1] [2]



出典
[1]フォークランド戦争史7,8章 P79,P156~157,P192
[2]The Falkland Islands CampaignのThe first fleet and daylight air actionsより
[3]空戦フォークランド P54~68

参考書籍/WEBサイト
狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕  (朝日新聞外報部ISBN 9784022550200 1982年8月20日)
空戦フォークランド ハリアー英国を救う  (Aプライス&Jエセル ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日)
海戦フォークランド―現代の海洋戦  (堀元美 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日)
SASセキュリティ・ハンドブック (アンドルー・ケイン&ネイル・ハンソン ISBN 4562036664 2003年7月10日)
サッチャー回顧録 ダウニング街の人々 上巻  (マーガレット・サッチャー ISBN4-532-16116-9 1993年12月6日)


フォークランド戦争史 (防衛省防衛研究所 2015年9月8日取得)
「島嶼問題をめぐる外交と戦いの歴史的考察」(防衛省防衛研究所 2015年11月1日取得)
The Falkland Islands Campaign (イギリス空軍公式サイト内 2015年12月10日取得)
フォークランド紛争 (日本語版wikipedia 2015年12月20日取得)