第27回 連載「フォークランド紛争小咄」パート10
極地のサウスジョージア島奪還計画・パラケット作戦  前編

文:nona

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http://earthobservatory.nasa.gov/IOTD/view.php?id=80994

奪還作戦の実施された4月ごろのサウスジョージア島。(撮影は2013年4月13日、国際宇宙ステーション)

 サッチャー首相の派兵宣言から半月後の1982年4月22日、イギリス417.9任務群はフォークランド南東1000kmのサウスジョージア島沿岸に接近。この島はイギリスにとって最初の奪回可能な目標と認識され、今後の戦いを占う試金石でもありました。

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■作戦の背景■

 サウスジョージア島奪還計画は4月X日に始まり、4月10日に海軍参謀本部内に別室が設けられ、計画は極秘で進められました。なお、一般メディアや諸外国はサウスジョージア島についてフォークランドほど注目しておらず、アルゼンチンへ事前の警告を与えずに計画を進めることができました。

 作戦名にはパラケット(Paraquet)というコードネームが与えられています。インコの種類であるパラキート(Parakeet)を意味しています。ただし現場はパラコート(Paraquat)と読んでいました。これはイギリス生まれの除草剤で、その強力が知られていました。[1]



■双方の兵力と作戦計画■
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http://datafortress2020.com/conflictsa/falk.html
サウスジョージア島地図。比較的大きな島ではあるものの、実際の戦闘も東岸中央部のグリトヴィケン港とリース港の周辺で行われた。


イギリス軍(317.9任務群)

海兵隊第42コマンド大隊M中隊 150名
SAS特殊空挺部隊 D中隊および19分隊(山岳極地戦に特化)
SBS特殊舟艇部隊 第2分隊先遣偵察チーム(水陸両用戦に特化)
(SAS、SBS合わせて約70名)

カウンティ級駆逐艦「アントリム」+ウェセックスHAS.3 1機
22型フリゲート「ブリリアント」+・リンクスHAS.2 2機 (アルゼンチン潜水艦に対抗するため24日に合流)
12M型フリゲート「プリマス」+ワスプ HAS.1 1機

タイド型給油艦「タイドスプリング」+ウェセックスHU.5 2機 (24日に戦闘エリアから退避)
氷海警備船「エンデュアランス」+ワスプ(型式不明)2機

 作戦の手順は、まず洋上偵察を実施し周辺海域の状況を把握、安全を確認した後艦艇がサウスジョージア島へ接近します。次にSAS、SBSなど特殊部隊員の小隊が隠密に上陸して島内のアルゼンチン軍を偵察。最後に海兵隊150名が夜間に上陸し、翌日に艦砲射撃の支援のもと白昼強襲する、という計画でした。[1]

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イギリス海兵隊

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ウェセックスHAS.3

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ワスプヘリコプター

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給油艦「タイドスプリング」とワスプ

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氷海警備船「エンデュアランス」とワスプ
http://www.britlink.org/overseas-territories/south-georgia/
http://www.helicoptersonstamps.co.uk/page193.html


アルゼンチン軍

海兵隊 約60名+約40名(24日深夜に潜水艦サンタフェで到着)

潜水艦「サンタフェ」

 彼らはサウスジョージア東岸にいくつかある廃港のうち、最も大きいグリトヴィケン港とリース港に陣取っていました。ただしレーダーや監視哨、防御陣地は設置されていません。また海軍最高司令官のアナヤ大将は「攻撃を受ければ抵抗せよ、しかし戦力差が圧倒的であれば投降を許す」という指示があり、徹底抗戦の意思はなかったようです。[2]


■偵察飛行の開始■
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http://yellowairplane.com/Adventures/Falkland_Islands_War_Guestbook/A3-Air_craft_falklands_malvinas_War.html
アセンション島に展開したヴィクター給油機。

 1982年4月20日0250時、奪還作戦の第一段階として、アセンション島から4機のヴィクター空中給油機が出撃。各機48トンの燃料を搭載してリレー給油しつつ南下、最後に残った1機(偵察機型?)がサウスジョージア島近海の偵察を開始します。[3]

 ヴィクターはサウスジョージア島北部の海域38万4000平方キロ(日本列島とほぼ同じ面積)を捜索。その後12000kmに及ぶ超長距離偵察飛行を終え、アセンション島に帰還しました。この偵察で周囲の海域に敵艦がなく、また流氷が戦闘地域まで及んでいないことも確認されたようです。

 この偵察結果をもって翌日21日から艦艇がサウスジョージア島に接近、特殊部隊によるサウスジョージア偵察が開始されました。


■SASの偵察部隊■
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https://en.wikipedia.org/wiki/Fortuna_Glacier
SASがヘリボーン降下したフォーチュナ氷河。

 先陣を切ったのは「アントリム」と「タイドスプリング」に乗艦したSASのチーム。

 SASはヘリコプターでアルゼンチン軍陣地から約15kmのフォーチュナ氷河へ潜入し、内陸からいくつかの廃港を偵察してアルゼンチン軍を捜索する予定でした。

 着陸ポイントのフォーチュナ氷河はアルゼンチン軍の予想位置に近く、なおかつ察知されにくい、という観点から選定されたものの、詳しい地形や気象が不明なエリアでした。当時「エンデュアランス」に避難していたサウスジョージア駐在の南極観測隊員達にとっても未知の場所だったのです。

 そこで偵察のヘリコプターを0630時と0800時に飛ばしたところ、フォーチュナ氷河の平均風速23m、最大風速36m、視界不良に965hPaと低気圧で、かなり危険な天候が観測されました。さらに地形に由来する下降気流や地表のクレバスなど、降下には危険を伴うことが判明します。

 しかしSASとヘリコプター部隊は危険を承知で氷河への進出を開始。1100時の最初のアタックは吹雪のため一旦帰投を強いられたものの、1300ではSAS隊員の降下に成功します。しかし、このときも最大風速31mが観測されるなど、非常に危険な状況で実施されました。


■SAS D中隊第19分隊、雪嵐の退却■
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http://www.iwm.org.uk/collections/item/object/205062586
SAS隊員の救助に向かったものの、逆にホワイトアウトで墜落したウェセックスヘリコプター。

 この後天候はさらに悪化し、氷河上のSAS隊員は猛吹雪に晒されました。彼らはSASでも山岳、極地戦に特化したD中隊の第19分隊員といえども、マイナス20℃以下の極寒と風力10の猛吹雪の中、5時間弱かけて進むことができたのはたった500mに過ぎません。

 夜になっても風が収まらず、持ち込んだ4つのテントは2つが強風で吹き飛ばされてしまいました。テントへ入れない隊員は過酷なサバイバルを強いられました。

 このため翌日には偵察を中止し、救援のヘリコプターを要請します。しかしこの日も猛吹雪のため、1度目の捜索はSASを発見できず。2度目の捜索では収容に成功したものの、2機のウェッセクスHU.5が相次いで墜落してしまいます。

 2機のウェッセクスHU.5は地上輸送型で、ウェセックスHAS.3のようにレーダーや高度な航法装置を備えておらず、無視界飛行に弱い、という欠点がありました。そのため雪と雲で視界が真っ白になる「ホワイトアウト」現象にパイロットは対処できず、機体を地表へ衝突させてしまったのです。

 唯一残ったウェセックスHAS.3は出来る限り隊員を乗り込ませ過積載の中、たった1機で帰投します。

 この1機は再び墜落現場に戻ったものの、悪天候のため三度続けて引き返しています。そして薄明の1630時、事故現場に残った隊員の救出に成功。機体は重量オーバーで1tもの過荷重の中、なんとか帰還に成功しました。

 結局SASの偵察は中止され、さらに2機のヘリコプターを墜落で喪失したものの、奇跡的に1人の死者もありませんでした。さらにアルゼンチン軍は騒ぎに気付かなかったのか無反応。パラケット作戦全体への影響が小さかったことが幸いだったようです。

 そして陸で失敗したSASに代わり、海からSBSによる偵察が開始されるのですが…(後編に続く)

 なお、ウェセックスの活躍は、ナショナルジオグラフィックチャンネルでも紹介されています。再現CGの氷河が写真のフォーチュナ氷河とは異なりますが、迫力満点です。

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https://www.youtube.com/watch?v=8LviECWdQsQ


出典
[1]防衛省防衛研究所 フォークランド戦争 第2部 第9章 陸上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P244(PDF版P47)

[2]防衛省防衛研究所 フォークランド戦争 第2部 第9章 陸上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P249(PDF版P52)

[3]Aプライス&Jエセル著、江畑謙介訳 空戦フォークランド ハリアー英国を救う ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日 P18~21

[4]防衛省防衛研究所 フォークランド戦争 第2部 第9章 陸上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P246~247(PDF版P52)

[5]Aプライス&Jエセル著、江畑謙介訳 空戦フォークランド ハリアー英国を救う ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日 P21~23

 

参考

日本語版wikipedia  フォークランド紛争

防衛省防衛研究所 フォークランド戦争史 (2015年9月8日取得)

防衛省防衛研究所 平成25年度戦争史研究国際フォーラム報告書「島嶼問題をめぐる外交と戦いの歴史的考察」 (2015年11月1日取得)

アメリカ海軍 Lessons of the Falklands Accession Number : ADA133333

RAF(イギリス空軍)  The Falkland Islands Campaign

朝日新聞外報部著 狂ったシナリオ―フォークランド紛争の内幕 ISBN 9784022550200 1982年8月20日

Aプライス&Jエセル著、江畑謙介訳 空戦フォークランド ハリアー英国を救う ISBN 4-562-01462-8 1984年5月10日

堀元美 著 海戦フォークランド―現代の海洋戦 ISBN 978-4562014262 1983年12月1日

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