第15回 連載「フォークランド紛争小咄」パート 1
アルゼンチンの新旧潜水艦戦記 後編
文:nona
後編はアルゼンチンが保有していた209型潜水艦の解説です。
前回お伝えしたように、騒音問題のため1番艦サルタの活動はほとんど記録がありません。2番艦サンルイスはフォークランドの海底に潜み、記録では最低2回の待ち伏せ攻撃を実施しています。
http://www.taringa.net/posts/info/15425782/Submarino-nuclear-Argentino.html
フォークランド紛争を戦った、アルゼンチン海軍の209型潜水艦サンルイス
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■サンルイス最初の攻撃■
記録に残るサンルイスの最初の攻撃は5月1日にスタンレー沖に接近した21型フリゲートの「ブリリアント」と12M型フリゲートの「ヤーマス」に対して行われました。
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Falkland_Islands_placenames
スタンレーの位置
この日はバルカン爆撃機によるスタンレー空港破壊を狙った「ブラックバック作戦」の開始日でもあります。同日にハリアー戦闘機による爆撃も開始、これを迎え撃つアルゼンチン軍機との空中戦が繰り広げられました。
ブリリアントとヤーマスの2隻は(戦闘救難、もしくは艦砲射撃の為)スタンレーへ接近していました。この行動中にアルゼンチンのキャンベラ爆撃機が接近しますが、ブリリアントが察知しチャフを展開、ハリアーが1機を撃墜し、僚機は撤退しています。[1]
この戦闘の後、隠れていたサンルイスが2隻へ(または1隻?)魚雷を発射します。しかし、魚雷は命中せず逆にブリリアントの搭載機であるシーキングのディッピングソナーに探知されてしまいます。そして2隻の水上艦と、後から加わった3機のシーキングによって、20時間もわたる掃討戦が行われました。[2]
https://en.wikipedia.org/wiki/Westland_Sea_King#/media/File:SeaKingHAS6_HMS_Invincible_2004.jpeg
イギリス海軍のシーキングヘリコプター(2004年の撮影)
イギリス側は対潜迫撃砲、爆雷、魚雷による攻撃を実施し、一方のサンルイスは捕鯨船の残骸や鯨の遺骸に隠れつつ、海底に沈座します。このためサンルイスの発見は困難になり、イギリスは追跡を断念。サンルイスはなんとか危機を脱します。[2]
■サンルイス2回目の攻撃■
2回目の攻撃は5月10日にフォークランド海峡に侵入した21型フリゲート「アラクリティ」と「アロー」へ行われました。
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Falkland_Islands_placenames
フォークランド海峡の位置
5月10日の2300、 両艦は上陸作戦の準備のため、機雷敷設の有無を確認するためフォークランド海峡へ侵入します。このとき前進していたアラクリティはアルゼンチンの輸送艦ロス・エスタードスを北スワン島で発見します。これに砲撃を加えて同艦の爆発を確認したところで、アルゼンチン側が限界態勢に入ったと判断、敵艦の救助は行わず0230に通峡します。[3]
http://www.geocaching.com/geocache/GC20W8B_in-the-navy
21型フリゲートアラクリティの模型
このとき2隻がサンルイスの哨戒域に入り、サンルイスは雷撃を開始します。ところが、またもトラブルが発生。魚雷が直進せず、攻撃に失敗しています。この攻撃を察知しなかったのか、2隻は反撃してきませんでした。しかし2度目の攻撃失敗のためサンルイスは戦線を離脱、5月17日にアルゼンチン本土へ帰還しています。その後は不具合の改修に努めたようですが、紛争終結までに復帰することはありませんでした。[2]
なお、戦後にドイツによって不具合を調査した結果、魚雷内の電源ケーブルの電極を反転して接続していたことが判明。これはアルゼンチン船員の不手際だったようですが、この他の問題があったとも言われています。[2]
また専門家によると不慣れな新型のSST-4魚雷ではなく、旧式で扱い慣れたMk37魚雷を使用すべきだったとの意見もあるようです。[2] イギリスも原潜コンカラーが巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノを雷撃した時は最新のMk24タイガーフィッシュ魚雷ではなく、特性や信頼性の関係で、あえて旧式の無誘導魚雷Mk.8を使用していました。[4]
■潜水艦不在のフォークランド■
5月11日以降、アルゼンチン潜水艦はイギリス艦船を沈めることなく、全てがフォークランドを離れていたと考えられます。しかし事情を知らないイギリス海軍は対潜活動を継続、機動部隊も結局最後までフォークランド島へ近づけませんでした。このため臨時飛行場の稼働まで、ハリアー戦闘機は航続距離の制限を受けています。
さらに厳重な潜水艦対策を取るあまり、虚探に右往左往する事態もあったようです。4月19日、フォークランドから6000km離れた、アセンション島を出港したばかりの補給艦が、鯨を潜望鏡の航跡と誤認、複数の対潜ヘリと戦闘艦で鯨を捜索することもありました。[6]こうした問題は経験の蓄積で次第に解決されたのですが、実戦に参加して間もない艦では依然として虚探が頻発したようです。
フォークランド紛争に参加したウッドワード中将は「初期に参戦した艦がそうであったように、新参の艦も海中のエビの群れを見つけるたび、潜水艦を発見したと誤報した」と語っています。[5]
■紛争後のアルゼンチン潜水艦■
http://souvenirs-de-mer.cloudns.org/spip.php?article342
退役後に保管中の209型潜水艦サンルイス(右)と、財政難で組み立てが中断された後継のTR-1700型潜水艦(左)
戦後アルゼンチン海軍はサルタとサンルイスの改修を行いつつ、かねてから計画していたドイツ製のTR1700型潜水艦の導入を決定します。同艦は日本語版Wikipediaに記事のないマイナーな艦ですが、水中最高速力25ノットを発揮できる世界的にも珍しい通常動力潜水艦です。1980年代にはオーストラリアへ売り込んだこともあります。(ただしオーストラリアはスウェーデンの設計によるコリンズ級を採用)
アルゼンチン海軍では2隻を輸入し、4隻を国内建造する予定だったのですが、長く続いた経済難のため、2010年の時点で4隻とも建造途中で保管されています。209型のサンルイスも一緒に保管状態にあるようですから、いつか復帰する時がくる…かもしれません。
なお次回は「フォークランド諸島の軍用飛行場事情」を解説いたします。フォークランド紛争関連でのリクエストもありましたらどうぞ。
出典(最終閲覧日2015年9月9日)
[1] 防衛省防衛研究所 フォークランド戦争第2部第8章 海上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P157(PDF版P9)
[2] 英語版 Wikipedia ARA San Luis (S-32)
[3] 防衛省防衛研究所 フォークランド戦争第2部第8章 海上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P157~159(PDF版P9~11)
[4] 防衛省防衛研究所 フォークランド戦争第2部第8章 海上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P176~177(PDF版P28~29)
[5] Aプライス&Jエセル著、江畑謙介訳 空戦フォークランド ハリアー英国を救う ISBN 4-562-01462-8(1984年5月10日)P219
[6] 防衛省防衛研究所 フォークランド戦争第2部第8章 海上作戦の観点から見たフォークランド戦争 P155(PDF版P7)
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コメント
勝ったけど英国って米がいないと弱いんじゃなかって思う
作戦を大きく制限する潜水艦らしい成果だったわけだな
やっぱり、陸戦の記事は外せませんね!あと食事も
実は、18回目までの記事が出来上がっているので、
リクエストの反映ができるのは、来月になってしまうかもしれません。
もうしばらくお待ち下さい。
金掛けて色々準備訓練してこうなる事があるのがきついな
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