<終戦時の日本海軍航空隊 その保有機数と内訳>
文:加賀谷康介(サークル:烈風天駆)
太平洋戦争終戦の時点で、日本海軍航空隊がどれだけの航空機を保有していたのか、その具体的な数字に関心を持つ方は多いのではないだろうか。もしポツダム宣言を受諾せず戦争が継続していた場合、来るべき本土決戦に海軍航空隊がどれだけの兵力を準備できたか?という疑問は、(その是非はともかく)本土決戦が発生した場合のシミュレーションを行う上で不可欠な情報の一つであろう。
その回答となるのが「海軍各基地における終戦時の保有機種・機数(昭和20年9月1日現在)」と題する資料である。この資料は、昭和20年の終戦直後、マッカーサー総司令部の「昭和20年9月1日現在の海軍各基地における保有機種・数を調査報告せよ」との命令に基づき海軍省軍務局が作成したものである。原本は英語であり、防衛省防衛研究所が現在も保管しているとされるが、日本語訳も存在しており、本稿では『海軍飛行科豫備学生・生徒史』(海軍飛行科豫備学生・生徒史刊行会編。昭和63年刊)収録分からその内容について解説したい。
なお、この資料は基地毎に保管機種とその機数を列挙した体裁になっているが、出典図書で6ページ分にも及ぶ長文の内容であるため、とても全文は掲載できない(決して入力が面倒だから嫌だという理由では…。おや、誰か来たようだ?)
よって今回は、9月1日時点で「内地(朝鮮・台湾を含む)」に存在した海軍機の合計数と機種ごとの数字を抜粋し、六つの大分類に応じて集計した。
一 戦闘機(艦戦・陸戦・局戦・夜戦・水戦。練習戦闘機を含む)
96艦戦38(別に二式練戦2)
零戦1,117(別に零式練戦239)
雷電172
紫電376(恐らく紫電改を含む)
月光39
二式水戦22
強風31
合計2,036機
二 攻撃機(艦爆・陸爆・艦攻・陸攻。特殊攻撃機晴嵐を含む)
96艦爆54
99艦爆134
彗星317
流星58
96艦攻16
97艦攻127
天山187
96陸攻64
一式陸攻159
銀河182
晴嵐8
合計1,306機
三 偵察機(艦偵・水偵・潜偵・飛行艇・哨戒機・観測機)
二式艦偵2
彩雲173
95水偵50
零観130
瑞雲25
94水偵78
98水偵7
零式水偵145
零式潜偵17
97大艇5
二式大艇4(別に晴空3)
東海62
合計701機
四 輸送機
96輸送機7
零式輸送機49
一式輸送機2
合計58機
五 練習機
三式初練16
二式初練63
93中練2,223(別に93水練568)
二式中練78
90機練115
白菊365
零式初水練3
合計3,431機
六 陸軍機
内訳不明34機(恐らく技術交流機等)
合計
一 戦闘機2,036機(26.9%)
二 攻撃機1,306機(17.3%)
三 偵察機701機(9.3%)
四 輸送機58機(0.8%)
五 練習機3,431機(45.3%)
六 陸軍機34機(0.4%)
合計7,566機(出典図書は7,567機としているが合計すると7,566機となる)
さらに、それぞれの機種における傾向と特徴は次のとおり。
※輸送機・練習機・陸軍機の解説は省略
※生産数は原則として、各機種のウィキペディア該当頁による。一部除く
戦闘機
96艦戦…二式練戦と合わせ生産数1,118機に対する残存率は3.5%。旧式機であり、また使用環境も過酷であったことから残存率はかなり低い。
零戦…零式練戦と合わせ生産数約11,000機に対する残存率10.1%。損耗は最も激しかったと思われるが、それにしても昭和19・20年の生産実績に対しこの残存数はやや少なすぎるような気がする(加賀谷の主観です)。
雷電…生産数621機に対する残存率27.6%。残存率は零戦より高いが、一部蘭印を除くとほぼ本土防空戦でしか活動していないことを思えば意外に損耗している(その理由は事故が大半だろう)。
紫電…紫電改と合わせ生産数1,422機に対する残存率26.4%。奇しくも雷電と拮抗する結果となった。残念ながら「紫電」としか分類されていないので、紫電改に相当する分の残存率はわからない。
月光…二式陸偵と合わせ生産数477機に対する残存率8.1%。活動が広範囲に渡るうえ、失速特性に問題があり離着陸時の事故が多いなど損耗は激しい。なお原型である二式陸偵が月光分に含まれるのかは不明(偵察機枠に二式陸偵の集計がない)。
二式水戦…生産数327機に対する残存率6.7%。残存率はかなり低いが、戦闘被害に加えて波浪の影響や海水の浸食など水上機特有の損耗理由を踏まえれば不自然な値ではない。
強風…生産数97機に対する残存率31.9%。妙に高い残存率については、濠北やマレー方面で少数使用されたほか使い道がなく、内地の倉庫で埃をかぶっていた。等々の不人気機種であったことが理由だろう(一応終戦時までは配備は続けられている)。
攻撃機
96艦爆…生産数428機に対する残存率12.6%。開戦時にはほぼ前線を退いており、練習機として使用されていたことを思うとこの数字は妥当な線だろう。ただし本土決戦となった場合は、その出自から当然爆装して特攻機としての使用が検討されたと思われる。
99艦爆…生産数1,486機に対する残存率9.0%。開戦以来長く第一線で使用され、彗星普及後も特攻機として多数投入されたことを思えば、終戦時点でこの数字はほぼ妥当な残存率と言える。
彗星…生産数2,253機に対する残存率14.0%。零戦に次ぐ海軍単発特攻機の主力であり、戦闘損耗及び特攻使用は多数に上ったが、生産数もそれに応じて多いため攻撃機中最多の残存数となっている。
流星…生産数114機に対する残存率50.8%。戦争最末期の登場であり、残存率が高いのは当然としても、実戦参加が終戦直前の機動部隊攻撃ほぼ1回きりの割に50機近くもどこで損耗したのだろう?
96艦攻…生産数約200機に対する残存率8.0%。同世代の96艦爆の約半分の生産数であり、残存率もそれに応じて2/3低い数字になっている。
97艦攻…生産数約1,550機(中島製・三菱製合計)に対する残存率8.1%。戦歴の長い機体であり、奇しくも戦争前半のコンビであった99艦爆(9.0%)に近い残存率となっている。なお中島製・三菱製の内訳はわからない。
天山…生産数1,266機に対する残存率14.7%。先述の99艦爆/97艦攻と同じく、こちらも戦争後半のコンビであった彗星(14.0%)に近い残存率となっているのは奇遇である。
96陸攻…生産数1,048機に対する残存率6.1%。こちらも戦歴の長い機体であり、後継機の登場後も対潜哨戒や再び攻撃任務に酷使されたため残存率は低い数字となっている。
一式陸攻…生産数2,435機に対する残存率6.5%。開戦以来の大量損耗が悪い印象を残しているが、残存率ベースでは先輩96陸攻とほぼ同じ数字に落ち着いている(戦歴が短い分、一式陸攻のほうが損耗頻度が高いという事実は覆せないが)。
銀河…生産数1,102機に対する残存率16.5%。戦争後半の登場で残存率的には有利な立場だが、それでも戦争後半の過酷な航空戦を戦い抜いての残存率16%超という数字は、銀河自体の優れた飛行性能を証明している。
晴嵐…生産数28機に対する残存率28.5%。残存の8機のうち陸上機型(南山と通称される)の占める割合は明らかでない。なおウルシー泊地攻撃に向う伊400、伊401艦上の晴嵐は終戦直後に海中投棄されたため、9月1日現在のこの数字には含まれていないと判断する。
偵察機
二式艦偵…彗星の一派生型と呼べる機種(ただし登場はこちらが先)だが、彗星とは別に計上されている。二式艦偵は生産数が判然とせず、また完成機も使用部隊によって夜間戦闘機や元の爆撃任務に用途変更されたと言われるため、ここで言う2機とは終戦時オリジナルの偵察機状態にあった機体を指すものと思われる(加賀谷の推測)。
彩雲…生産数398機に対する残存率43.4%。銀河と同じく戦争後半の登場で残存率的には有利な立場だが、その点を差し引いても高速の米軍戦闘機相手にこの数字は立派なものである。さすが「我に追いつくグラマンなし」の逸話は伊達ではない。
95水偵…生産数約750機に対する残存率6.6%。残存率自体は低い数字であるが、本機の長い戦歴や、活動の幅広さを考慮すると、それだけ万能機として随所で活躍したことが伺える。
零観…生産数約700機(別に約1,000機説もあるが、本稿では700機説に従う)に対する残存率18.5%。95水偵の事実上の後継機として、激戦地を含む各方面で幅広く活動したことを踏まえると、この残存率はかなり高い数字と言える(1,000機説の場合でも13%あり、やはり高めの残存率となる)。
瑞雲…生産数約220機に対する残存率11.3%。本機も残存率の算出的に比較的有利な戦争後半の登場機であるが、水上機ながら第一線攻撃機としてフィリピン・沖縄で奮戦した結果損耗も大きく、同時期の機種と比較してやや低めの残存率となっている。ただし、偵察301及び302の両飛行隊を合計しても残存25機とは、やや少なすぎる疑念もある(加賀谷の主観)。
94水偵…生産数530機に対する残存率14.7%。この表の第一線機の中で最も古い機種であり、約11年と非常に長い戦歴を有する。その期間を通して各種の任務にあたりながら残存率15%弱という数字は、三座水偵が一度に多数機を消耗する場面が少ないことを考慮しても、本機の並外れた安定性と信頼性を証明する数字と言えよう。
98水偵…生産数16機という珍品だが、意外にも終戦時7機が残存しており残存率は43.7%というトップクラスに高い数字なのは面白い。実際にどの程度使用されたのかが不明で憶測によるが、機体を傷めやすい飛行艇型の構造でこの残存率なら、本機の飛行安定性と離着水性能は結構優秀なのかもしれない。…という訳で提督のみんな、今後明らかに戦争末期っぽいイベント海域が登場しても、緑色の改二になっても、98水偵は違和感なしに飛ばして大丈夫だぞ(笑。
零式水偵…生産数1,423機に対する残存率は10.1%(ただし本機は終戦時の外地に56機も残存しており、これを含めると14.1%まで上昇する)。こちらも各方面で空戦以外のあらゆる任務をこなしながら、10%以上の残存率をキープしたことは誇ってよい数字である。
零式潜偵…生産数138機に対する残存率12.3%。潜水艦搭載水上機という用途自体がきわめて特殊であり、戦争後半ほとんど実用の機会を得なかったとはいえ、飛行性能・構造共に貧弱な本機が終戦時に10%以上残存していたことは意外な事実である。
97大艇…生産数179機に対する残存率2.7%。ここで解説した機種で残存率は最も低い。やはり制空権を失った戦場で、本機のように武装・防弾防火装備の貧弱な大型機が生き残るのは極めて厳しかったのだろう。
二式大艇…生産数167機に対する残存率4.1%。先輩97大艇より辛うじて上とはいえ、やはり最低ランクの残存率となっている。これは二式大艇の性能如何と言うより、陸上機ですら生還の覚束ない前線偵察任務を飛行艇隊に割り当てた運用の問題であろう。
東海…生産数153機に対する残存率40.5%。残存率自体は高い数字だが、活動期間は実質一年未満、活動範囲もほぼ本土近海に限られることを思えば、対潜哨戒機としてはむしろ高い損耗率と表現することもできる(当時すでに本土近海が事実上の最前線であった)。
上記の他に、内地以外の占領地や支配地(出典図書では「外地」と表現)における残存機228機が存在し、それぞれの機種に加算の対象となるが、その配置が広範囲であり、かつ本土における戦闘に寄与できない範囲であることから本稿の統計からは除外している(出典図書でも内地と外地の統計は別々に集計している)。
絶対的な残存数や相対的な残存率を見比べて、意外に多い/高いと思う機種もあれば、その逆と感じられる機種もあると思う。また練習機(とくに93中練/93水練、つまり赤とんぼ)の残存数やその割合(約2,900機。全体のほとんど5割弱に近い)を見て、当時の参謀たちが特攻による戦力化を熱心に考えたのも理解できない話ではないと気付かされる(数字の上では理解できても、道義的に納得できる問題ではないが)。
また、この表の対象は制式機・もしくは事実上制式機同様に使用されていた機種に限られており、いわゆる試作機に関する記述はない(例えば三沢基地に当時あったとされる烈風試作機などの統計はない)。同様に見逃せないのが有人ロケット爆弾「桜花」の存在で、表には桜花に関する一切の記述が存在しない。
桜花に滑空機としての型式番号(MXY-7)は確かに存在するが、この表で桜花に一切触れていない点からしても、当時の海軍が有人の桜花を航空機としてではなく、爆弾や魚雷と同じ「弾薬」としか捉えていなかったことの一つの証と言えるだろう。
<著者紹介>
加賀谷康介(サークル:烈風天駆)
第2次大戦期の航空戦に関する研究を行う。
代表作に『編制と定数で見る日本海軍戦闘機隊』
URL:https://c10028892.circle.ms/oc/CircleProfile.aspx
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コメント
流星の消耗率についてですが主に訓練での消耗が激しかったのでは無いでしょうか?
昔読んだ流星の記事に訓練中の損失が多かったとの一節がありました。
勿論、全機が撃ち落とされたのでは無く用廃やら事故やら故障やらでの
損失もコミコミなのは判ってるけどね
でも開戦時は400機もなかったんですよね
ttp://www.d4.dion.ne.jp/~ponskp/yamato/imperialnavy/yamato-0.htm
(手元に資料がないのですみません)
(質はともかく)数はあったのだからと、
徹底抗戦を訴えた人の気持もわからなくは...
偵察機でも機体の能力で生存性が大きく変わることが伺えるな
簡単ですが応えられる部分についてお返事します。
>1
『流星戦記』(大日本絵画社)にも流星の大事故はたびたび登場しますね。
事故の原因は主脚、補助翼等操縦系統、燃料供給系統の異常が主です。
>2
雷電などは明らかに戦闘損失より事故損失の方が多いはずです。
94水偵などは戦闘損失より機体寿命による用途廃止が減耗の主たる理由だと思います。
>3
次の投稿で少し詳しく書こうと思いますが、終戦時の厚木基地には相当数の戦闘機がありました。
厚木以外にも100機近い戦闘機を保管していた基地は数か所あり、素直に敗戦を直視できない搭乗員も当然いただろうと思います。
>4
偵察機は飛行性能(特に速度)が生存率に直結する分野ですからね…。
ただし、零観の残存率が高いのは全金属製で頑丈な構造、それに1943年が500機台、1944年に200機台という生産時期の傾向もあると思います。
>5
後発の紫電/紫電改の2分の1以下ですね。
個人的には紫電改もさることながら、あの短期間で紫電を1,000機近く作ったことが驚きです。
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