第10回 自衛隊の最新レーダー研究(MIMOレーダ・対潜望鏡レーダー・スマートスキンレーダー)
文:nona
前回、前々回と過去の3次元レーダー技術について紹介してまいりました。現代のレーダーについては網羅しきれず、物足りない記事であったかもしれませんが、少なからず読者の方に読んでいただけたようで嬉しく思います。将来のレーダー技術に関するコメントも頂いておりまして、今回は防衛技術研究本部のMIMOレーダ・対潜望鏡レーダー・スマートスキンレーダーついて解説いたします。
■MIMOレーダー■
「MIMOレーダー」のフライト試験 まもなく開始 ステルス機の探知が可能に
(軍事系まとめブログ様の2015年06月17日の記事より)
http://www.mod.go.jp/trdi/research/gaibuhyouka/pdf/MIMO_25.pdf
MIMOレーダーは分散型レーダー群を一つの大開口アンテナに見立てることで、「狭い受信ビームを形成」し、ステルス機や遠方の弾道ミサイルを探知しよう、という装置です。[1]
装置を分散できるため冗長化に繋がり、個々の機器の小型化によって運用面で様々なメリットが得られます。ただしレーダー同士の合成処理が困難であるそうで、この点が実用化のハードルとなるでしょう。
なお対ステルスレーダーにはパッシブ・レーダーという技術もあります。これはステルス機があさっての方向へ反射させたレーダー波や民間の放送電波など「散乱波」を離れた場所に設置した受信機で捉え、元の電波源との位置関係から目標位置を推測しよう、というものです。[2]
自身は電波を発さないため、対レーダーミサイルからの攻撃を受けないというメリットもありますが、精度は…とされています。
http://www.mod.go.jp/trdi/research/gaibuhyouka/pdf/MIMO_25.pdf
ここで上記のレーダーを用いての対ステルス戦シナリオをを想定してみます。
①パッシブ・レーダーでステルス機のおおまかな位置を掴む。
②①からの情報を元にMIMOレーダーが怪しいエリアを集中的に捜索。
③ステルス機の位置をつかみ次第、データリンクで味方の戦闘機を誘導
④敵に悟られない方向からステルス機に近づき、補足できしだい攻撃する
上記は私の(勝手な)推測ですが、これならステルス機も撃墜できる…かもしれません。ただパッシブ・レーダー、MIMOレーダー共に現時点では試験装置ですから、このまま実用化されるかは不明です。
ちなみに民生技術におけるMIMOは「複数のアンテナを使った通信」という意味合いで使用する場合があります。例えばMIMO技術が適用されたwifi規格の802.11nは最大4 本、802.11acは8 本までのアンテナで情報を並行に送信することで、転送速度を4~8倍まで向上できると謳われています。[3]
http://buffalo.jp/products/catalog/item/w/wzr-g144nh/
MIMO技術を採用した2006年型の無線LAN親機(上)と従来機(下)。
■HPS-106と潜望鏡探知レーダー(?)■
目撃され始めた、試験艦あすかに搭載されている新型レーダー
(軍事系まとめブログ様の2014年07月31日の記事より)実のところ試験中のレーダーが対潜望鏡レーダーであるとは明言されていない。
http://www.mod.go.jp/j/approach/hyouka/seisaku/results/24/jizen/sankou/01.pdf
防衛省が公開した25DDとあきづき型との装備比較。25DDの対水上レーダーは潜望鏡自動探知識別機能を備える。
潜望鏡探知レーダーは「試験艦あすか」で本年夏まで試験されたと伝えられ、現在建造中の平成25年度計画艦型護衛艦「25DD」での装備化が想定されています。この潜望鏡探知レーダーのベースはP-1対潜哨戒機のHPS-106側方監視レーダーであると考えられています。
HPS-106はXバンドのAESA(アクティブ式フェイズドアレイレーダー)です。1992年から~2001年にかけてP-Xへの搭載を目指し試作と試験が行われています。この時点ですでに潜望鏡探知機能が要求されていました。[4]旧来の水上レーダーでも「海面を複数回スキャンし、変化の多い反射(波)をノイズとしてはぶき、動きのない反射波を目標とする手法[5]」で、反応の弱い物体でも探知できるのですが、近年の潜望鏡の「露頂時間の短縮化[7]」で高速スキャンができるAESAレーダーが必要になったのです。
現代の潜望鏡は映像の録画に対応したことで、[6]常に潜望鏡を海上に出さなくても高度な状況判断と作戦行動が可能になっています。このためスキャン途中で隠れてしまうと旧来のレーダーでは潜望鏡を探知できないのです。(ソナーもあるわけですが、こちらは高速航行による高騒音下など、特定の状況で探知能力が低下します)このため短時間で波を識別できる固定式AESAレーダーで「一瞬のチャンス」を逃すことなく潜望鏡を探知しよう、という方針に至ったのかもしれません。
http://www.thales7seas.com/html5/products/202/Optronic_Masts_CM010_1.pdf
「そうりゅう型潜水艦」にも採用されたタレス製のCM 010潜望鏡。ESMアンテナを統合したことで「電子光学マスト」とも呼ばれ、従来の潜望鏡と区別される場合がある。[7]
■スマートスキンセンサーとフレキシブルアンテナ■
スマートスキンセンサーは機体外板とレーダーを一体化させ、全周囲をくまなく捜索できる次世代のセンサーシステムです。前述のHOS-106の側面レーダーよりもアンテナを大幅に軽量化し、戦闘機に搭載することも可能です。しかも射撃管制に用いることも想定されているようです。[8]
http://www.mod.go.jp/trdi/research/gaibuhyouka/pdf/SmartSkin_22.pdf
このスマートスキンを実用化するため、技術研究本部でフレキシブルアンテナを試作しています。高G機動で期待がたわんでも機能するように装置には曲げ耐性があり、さらに曲がった状態で電波の放射方向を補正する機能があるようです。[9]
ただし防衛技術シンポジウムのポスターによると発熱による出力限界があるそうで、レーダー出力にも制限を与えているようです。
http://www.mod.go.jp/trdi/news/1310_1.html
フレキシブルアンテナ装置
防衛技術シンポジウム2014で公開されたフレキシブルアンテナ。投稿者撮影。
なお、今回を持ちましてレーダー関連記事の投稿はいったん休止いたします。調査するにしたがいレーダーというものが益々理解できなくなりつつありまして、現在は別方面の記事を製作中です。次回の内容は相当ゆるいものになるかとは思いますが、今後もお付き合いいただければ幸いです。
出典(最終閲覧日2015年8月31日)
[1]防衛省技術研究本部「分散型レーダ技術の研究」に関する外部評価委員会の概要 p3~5
[2]防衛省技術研究本部「パッシブレーダ要素技術の研究」に関する外部評価委員会の概要 p3~6
[3]シスコ テクノロジー解説 MIMO(Multi-Input Multi-Output)
[4]防衛省技術研究本部 技術研究本部50年史航空機担当 p27
[5]神戸大学若林研究室(電子航法研究室) 12NInst03-5 p13(雑音の判別 小さな物標と雑音の見分け方)
[6]防衛省 哨戒機搭載システムの対潜能力向上の研究 p1
[7]タレス Optronic Masts CM010 p2
[8] 防衛省技術研究本部 スマート・スキン機体構造の研究 p1~5
[9] 防衛省技術研究本部 フレキシブルアンテナの研究
防衛技術協会
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コメント
Bf110Gやモスキートのレーダーってどんな機能だったんだろう。
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