第3回 「陸戦にイノベーションを!」普通科対戦車装備の要、中距離多目的誘導弾

文:nona

 多目的誘導弾は2009年から調達が開始された陸上自衛隊の最新鋭対戦車ミサイル。

コンセプトは
「87式対戦車誘導弾及び79式対舟艇対戦車誘導弾の後継として、普通科部隊に装備し、多様な事態において敵部隊等を撃破するために使用する装備。」

他に例を見ない「同時多目標攻撃能力」が新たな戦術を可能にした一方、導入価格はなんと1セット約4.81億円(後述)。それでも配備は順調であり、ここまで中距離多目的誘導弾が望まれる理由は、陸上自衛隊の低下しつつある対戦車能力の改善にありました。

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防衛技術シンポジウムで展示された模型。(スケール違いに注意) 地上布置発射機なるものは照準装置や旋回用の三脚架がない簡易的なもの。
歩兵用というより次期IFV用?
撮影:nona


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■性能と汎用性を両立する弾頭■

 未だ謎が多い中距離多目的誘導弾の威力ですが、公開資料(pdf)では「反応装甲付き複合装甲に対して、想定した着角の範囲内において目標性能以上の効果があることを試算により確認した。」と解説しています。(おそらく試射以前の記述であるため「試算」とされている)弾頭は「タンデム弾」(タンデムHEAT弾)とのことなので、他国のATMとも遜色のない性能を持っていると考えられます。


 また「爆点切換方式」の弾頭によって「目標に応じて弾頭の威力切換を実現」と記述されています。おそらく弾着時の起爆タイミング調定機能であり、核弾頭のように威力が可変するものではない、と考えられます。装甲貫通性を重視したい場合は瞬発信管を、非装甲の舟艇や建造物の内部で起爆させたい場合は無延期信管(弾着時の急減速に反応するため、起爆をわずかに遅らせる効果がある)を、とい調定が可能になります。以前から陸上自衛隊では弾種の単一化がなされたものが存在し、96式多目的誘導弾システムや110mm個人携帯対戦車弾でも同様の用法が可能とされています。

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2012年に霞ヶ浦駐屯地で公開された中距離多目的誘導弾。ミッ◯ーのイラストはまずい
撮影:nona 


■中距離多目的誘導弾の射程■


 射程については資料でも言及のない極秘事項です。そのため諸外国の類似重量のATGMからの性能から推測となりますが、


・イスラエルのスパイク-ERが重量34kgで、射程8000m

・ロシアのコルネット-EMが重量31kg前後で、射程10000m(HEAT弾)~8000m(HE弾)


 中距離多目的誘導弾は26kgとのことなので、同程度か若干劣る射程であると考えます。ただ6000m以上の射程があれば、戦車の滑腔砲弾は風の影響で命中率が落ち、大型化に制約のある砲発射ミサイルも射程圏外となります。そのため海外のATGMより射程が短くともアウトレンジ射撃は可能でしょう。


■同時多目標対処能力■


初参加時の標的は2つだったが、2014年には標的が3つに増加。

 中距離多目的誘導弾の最大の特徴である同時多目標攻撃能力は、地上兵器としては珍しい捜索レーダーを搭載することにより獲得しました。このレーダーによってもたらされる敵位置情報によってミサイルは発車前のロックオンすることなく、複数の目標へ連続して射撃することが可能となっています。さらに飛翔中のミサイルは自動で目標をロックオンできるため、射撃後の誘導も不要で速やかな退避が可能となっています。このため射手の生存性は大きく向上しました。未確認ながらレーダーの電波についてAH-64DのAN/APG-78レーダーのようにLPI (低探知性)能力が付与されているかもしれません。

■対装甲戦の重荷を背負う、普通科部隊と中距離多目的誘導弾■

 非常に高度な射撃システムを持つ中距離多目的誘導弾ですが、代償としてコストの上昇を招いていることは否めません。また79式や87式の陣地発射型ATGMとジャンルが若干異なりますから(特に87式)、これを後継装備として良いものかという思いもあります。しかしながら調達ペースを調査するとはおおむね順調に推移しています。

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防衛省・自衛隊予算等の概要我が国の防衛と予算平成21~27年度より作成。自衛隊の装備は最初の5~10年で大量調達され、後の10年は生産システム維持のため少量調達に切り替わる傾向にあるので、今後導入価格の上昇が予想される。 

 この理由は諸兵科連合による防衛戦闘が困難になり、普通科部隊主体の戦力で舟艇や装甲戦闘車両と対峙しなくてはならない可能性が高まりつつあるためです。

 

・AH-1S対戦車ヘリコプターの旧式化、AH-64D戦闘ヘリコプターの調達失敗

・74式の後継として全国配備を予定していた10式戦車の導入数削減と配備基地の減少

オスロ条約によるMLRS用クラスター弾や03式155mmりゅう弾砲用多目的弾等の対装甲クラスター弾(DPICM弾)の破棄

 

 上記の理由もあってか、より強力な対戦車戦闘能力を普通科部隊に付与すべく、中距離多目的誘導弾に対して高い期待がなされています。逆に他兵科の対装甲能力が維持できていれば、高価な中距離多目的誘導弾はここまで採用数が伸びなかったかもしれません。開発時にこの現状を見通していたかは不明ですが、結果的に時代にマッチした装備となりました。現在は96式多目的誘導弾誘導弾システムの後継や、次期戦闘ヘリで運用できる「ネットワーク型多目的誘導弾システム」や、条約対応型クラスター弾「誘導弾用EFP弾頭技術」といった研究が技本で行われています。将来は再び諸兵科連合による対戦車戦闘に回帰できることに期待しましょう。

 

■おまけ■

車載型のATGMは一国での開発が容易なため、軍の要求が反映されやすい兵器です。

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http://www.rafael.co.il/Marketing/332-1608-en/Marketing.aspx

 前述のスパイクATGMでは射程25km超のNLOS型が開発されています。無線データリンクやGPS誘導、マルチプラットフォーム化(艦艇やヘリコプターからの運用)が可能なため、96式多目的誘導弾システム以上の性能を持っているかもしれません。ただし韓国軍では海霧によって精度を落としたとか。

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http://www.janes.com/article/41871/bahrain-orders-latest-kornet-atgw


 同様にロシアでも車載ATGMのコルネットDが開発されています。(ミサイル自体はEM型、車載システムがD)ではタイガー装甲車に格納式4連装発射機を2つ搭載し、レーザー誘導方式ながら2名の操作員による2目標の同時攻撃を可能としています。

 

■参考■

防衛省技術研究本部

10年の歩み (II-45)3技術開発官(誘導武器担当)
http://www.mod.go.jp/trdi/data/pdf/60th/2-5.pdf