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軍事系まとめブログ

軍事・防衛ネタを中心としたおーぷん2ちゃんねる、ふたばちゃんねる等のまとめブログです。 政治的議論に深入りせず知識欲を満足させるようなブログを目指します。

    タグ:nona

    日本海軍、地中海を往く 第9回 議論倒れの連合国海軍指揮官会議

    文:nona

     榊と松が輸送船トランシルヴァニア護衛に従事していた1917年5月の初週、第二特務艦隊の佐藤司令と岸井主席参謀は連合国海軍指揮官会議に出席するため、第十駆逐隊第二小隊の梅と楠を率いコルフ島へ向かっていました。[1-1]

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    http://www.grekomania.com/places/kerkyra

    現在のコルフ島。ギリシャ読みでケルキラ島とも呼ばれる。

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    日本海軍、地中海を往く 第8回 松と榊の初交戦

    文:nona

     トランシルヴァニアと共にマルセイユを出港した翌日の5月4日、この日の空は曇り模様、さらに北からの強風とジグザグ航法によって、松と榊の艦橋は常に飛沫にさらされていました。[1-1]

     部隊の付近には、帆船が1隻ほど見られた以外特に周囲に変化はなく、[1-2]雨具を着ていた片岡中尉も、波の先が霧のようにふりかかり塩辛いに耐え切れず、とうとう後部哨戒長を一休み。士官室の長椅子で横になっていました。(後部哨戒長の職は、正式な役職ではなく、ただのあだ名のようです)[1-1]

     そして中尉がうとうとしていると、突然上甲板で戦闘ラッパが鳴り響き、緊張した号令がかかります。[2-1]同時に機関が増速を始め、振動も一層強まりました。片岡中尉は飛び起きて上甲板に上がると、女性達の乗ったボートが一艘、水沫に中を漂っているのを目撃します。[1-1]

     このときトランシルヴァニアは、サヴォナ沖に差し掛かった時に1発の魚雷を受けていたのです。時刻は午前10時20分。魚雷を放ったのは、ドイツ海軍の潜水艦U-63。[2-1]

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    https://en.wikipedia.org/wiki/Otto_Schultze
    U-63当時の艦長、オットー・シュルツ(1884~1966)

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    日本海軍、地中海を往く 第7回 欧州大陸の大地を踏む

    文:nona

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    Bibliothèque nationale de France Photographies de presse de l’Agence Rol ‒ Réf. 49.545, 49.547 et 49.548
    Marseille – Torpilleurs japonais dans le Vieux-Port (1917)
    マルセイユに入港した第二特務艦隊の駆逐艦

     出港が遅れ、救助には間に合わず、帰路では時化に巻き込まれ、翌日には迷子の憂き目にあった松と榊。4月17日の帰還後に、時化で損傷した個所の修理にボイラーの整備、遅れていた爆雷の装備を済ませる傍ら、状態の乗員達に久々の休暇が許されています。[1-1]

     さらに4月19日にはマルタ総督夫妻の招きで「アットホーム」会なる士官の親睦会が開催され、片岡中尉もこれに参加しています。[2-1]ちなみに、この日は雨天であったようですが、マルタの雨が珍しいものであると片岡中尉が気づくのは、後々になってからのことでした。[1-1]

     「アットホーム」会では総督とその夫人の他、楽団やイギリスの士官たち、さらに赤十字を付けた従軍看護婦たちも招待されていましたが、言葉の壁か、マナーとエチケットの壁か、両者互いに打ち解けられず、「アットホーム」とは程遠い雰囲気であったそうです。[1-1]

     アイスや菓子やらをつまでいた片岡中尉も、申し訳なく思う一方で、早く終わらないだろうか、と時計の針を見つめていた程です。[1-1]

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    日本海軍、地中海を往く 第6回 迷子になった2隻

    文:nona

     1917年4月10日、秘密裡にスエズ運河ポートサイドを出港した第二特務艦隊。目的地であるマルタ島までの3日間の航海で、昼は明石を中心に輪陣を組みジグザグ航法、ドイツ潜水艦の襲来に備えていました。[1-1]

     特に夕暮れと夜明けの薄明は最も警戒すべき時間帯でしたから、これまでの航海のように綺麗な日の出や夕日を仰ぎ、感傷に浸る余裕は誰にもありませんでした。[1-1]

     夜になると襲撃の危険性こそ低下するものの、危険な無灯航行を強いるわけですから、やはり見張りが欠かせません。眠る際もハンモックを使えず床に臥し、着の身着のまま睡眠をとることに。[1-1]

     このような24時間の緊張で身も心も削られる航海を続けた第二特務艦隊、4月13日午前11時に、ようやくマルタ島バレッタ外港へ到着します。同じ港には1日早くマルタへ向かった梅と楠の姿も港内にありました。[1-1]

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    http://mimcol.com.mt/portfolio/grand-harbour-regeneration-projects-ongoing/

    現代のマルタ島バレッタ港

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    日本海軍、地中海を往く 第5回 警戒を厳にすべきこと

    文:nona

     1917年4月4日朝6時、スエズ運河を通過した第二特務艦隊は、運河の北の河口にあるポートサイドへ入港します。ポートサイドはスエズ運河の開通に合わせて遠浅の海岸に作られた人口の港。スエズ運河を通過する船舶はもちろん、スエズマックスを超える大型船の中継貿易港としても、大戦中にもかかわらず大いに賑わっていました。[1-1]

     また日本人も多く進出し、「南部商会」のように食糧やその他の補給を請け負ってくれる商社や[2-1]日本の品を扱う商店もありました。[1-1]

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    http://www.searlecanada.org/misc/photographers.html

    ポートサイドの街並み。年代は不明。

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    日本海軍、地中海を往く 第4回 サイダーを葬る

    文:nona

     3月20日にコロンボを出港した第二特務艦隊、3月21日の春季皇霊祭(春分の日)から「ジグザグ」航法の練習が始まるものの、まだまだ緊張感は薄く、片岡中尉も転舵の様子を見て「酒も飲まないで千鳥足」[1-1]と記しています。

     さらに22日には速力を12ノットに引き上げ、暫時18ノットまで増速訓練を実施しますが、この時に燃料を石炭から重油へ変えたことで、幸運にも上甲板が石炭の煤煙から免れることになりました。さらに24日からは英国式手旗信号の練習やライフジャケットの支給など、地中海を目前にして各種訓練も進められました。[1-1]

     一方、22日に松の酒保(艦内売店)にあったサイダーが遂に売り切れてしまいました。片岡中尉いわく「熱帯航行で水分を多量に要することは言うまでもない。飯を喰う、サイダー1本。当直から降りる、シトロン1本。話しに花が咲く。また1本。」と松の乗員はフタを開けていた様子。[1-1]

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    www.amazon.co.jp/dp/B007CXNP46

    第二特務艦隊の調達記録にある有馬サイダーの復刻版「てっぽう水」

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    日本海軍、地中海を往く 第3回 飛魚とスコール

    文:nona

     出港直後の時化を乗り越えた第十一駆逐隊、1917年2月22日の朝に最初の寄港地である、イギリス領香港へ入港します。当時から香港には多くの西洋建築があり、片岡中尉も「本場を見てこないものには、これでも西洋へ行ったような気分」[1-1]と記しています。

     第十一駆逐隊は香港に2泊し、燃料、清水、若干の食糧の積み込みと乗員の陸上散歩を実施。片岡中尉も初日の夕方に観光に繰り出し、今でも香港名物として知られる二階付の路面電車香港トラムで街を巡り、ケーブルカー(ピークトラム)でビクトリアピークからの眺望を楽しんでいます。[1-1]

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    https://www.hktramways.com/en/our-story/
    1910~20年代の香港トラム

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    日本海軍、地中海を往く 第2回 出港は公然の秘密

    文:nona

     1917年2月10日に閣議決定された日本海軍艦艇の欧州・地中海派遣。海軍では一足早く2月7日に第二特務艦隊の編制を決定していました。[1-1]

    旗艦 巡洋艦明石(1898年進水、排水量2800トン、速力19.5ノット、兵装:6インチ砲2門、4.7インチ砲6門、小口径砲12門、魚雷発射管4門)[2-1]

    第十駆逐隊

    樺型駆逐艦 梅、楠、桂、楓(1915~1916年進水、公試排水量665トン、全長82.29m、全幅7.32m、速力30.0ノット、兵装:12センチ砲1門、8センチ砲4門、魚雷発射管2基4門)[2-1]

    第十一駆逐隊

    樺型駆逐艦 松、榊、杉、柏(第十駆逐隊と同型)[2-1]

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    日本海軍地中海遠征秘録よりP58
    第二特務艦隊の初代旗艦となる巡洋艦明石。右上は三宅大太郎艦長。

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