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軍事系まとめブログ

軍事・防衛ネタを中心としたおーぷん2ちゃんねる、ふたばちゃんねる等のまとめブログです。 政治的議論に深入りせず知識欲を満足させるようなブログを目指します。

    タグ:駆逐艦

    Name 名無し 17/04/03(月)16:24:20  No.454404

    オールアバウト海上自衛隊 増補改訂版


    http://may.2chan.net/39/src/1491204260641.jpg
    画期的な設計で駆逐艦(汎用護衛艦)としての高い評価を獲得する(特型駆逐艦・はつゆき型護衛艦)

    より発展させた艦を開発しようと試みるも失敗する。(初春型駆逐艦・あさぎり型護衛艦)

    前回の失敗を契機として試行錯誤を行い(白露型、朝潮型駆逐艦・むらさめ型・たかなみ型護衛艦)

    再び、傑作とも評される艦を生み出す(陽炎型、夕雲型駆逐艦・あきづき型・あさひ型護衛艦)
    【駆逐艦と汎用護衛艦の成り立ちって似てるような気がする】の続きを読む

    日本海軍、地中海を往く 最終回 再び地中海へ

    文:nona

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    http://www.mod.go.jp/msdf/formal/operation/enyo2016.html

    2016年8月26日、海上自衛隊の遠洋練習艦隊による第2特務艦隊に対する、シチリア島沖洋上慰霊祭の様子

     1919年7月に帰還を果たした第二特務艦隊。「日本海軍地中海遠征記」では彼らの作戦成果を以下のように示しています。[1-1]

    護送艦船数(うち4分の3が兵員輸送船)
    イギリス海軍艦艇12隻
    イギリス運送船767隻
    フランス運送船100隻
    イタリア運送船18隻
    その他の26隻

    連合国艦と共同で護衛した様々な国籍の輸送船
    (推定)500隻以上

    護送した各国軍隊及び非戦闘員
    75万名以上

    特筆すべき戦闘および救護回数
    36回

    第二特務艦隊の戦没者
    78名(うち遺体がマルタに埋葬されたもの73名)

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    日本海軍、地中海を往く 第21回 帰港は天覧の舞台

    文:nona

     7隻の戦利潜水艦がポートランドとポーツマスで修理の途中に遭った1918年2月3日、この機会に第二特務艦隊司令部はダンケルク港へ上陸し、自動車にてフランスとベルギーの戦場跡を視察、大戦の傷跡を目撃しています。

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    日本海軍地中海遠征秘録 P82
    ベルギー・イープル戦場後を視察する佐藤司令と第二特務艦隊司令部

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    日本海軍、地中海を往く 第20回 最後の大仕事

    文:nona

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    艦艇学入門 潜水艦P203
    ドイツ海軍潜水艦UB125改め、日本海軍第○六号潜水艦。

     潜水艦の回航は、第二特務艦隊にとっては本来の仕事ではありませんが、幸いなことに潜水艇の搭乗経験のある士官がいたことで、彼らを臨時に潜水艦の指揮官として、回航にあたらせることになりました。

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    日本海軍、地中海を往く 第19回 休戦成る

    文:nona

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    http://www.bbc.co.uk/schools/0/ww1/25403869

    戦争の終結を告げるイギリスのデイリー・ミラー紙

     第二特務艦隊の36回目にして最後の戦闘は、1918年11月2日午前10時に発生しました。[1-1]

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    日本海軍、地中海を往く 第18回 死の海を渡る

    文:nona

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    アジア歴史資料センターRef.C10080695000
    大正7年5月12日第22,23駆逐隊 戦闘詳報より
    第二回護送船団の往路の陣形。図に書き込まれていないものの、駆逐艦桂が前進して船団の進路を警備している。

     第二次護送船団は5月1日にアレキサンドリアを出港。今回は防諜に万全を期し、出港直後の潜水艦による待ち伏せもなく、無事に地中海へ出ています。[1-1]

     
    5月5日朝には潜水艦に出くわすものの、これを回避。5月6日の深夜1時15分には松と梅が衝突し軽微な損傷をうけるものの、5月7日に恙無くマルセイユへ到着しています。[1-1]

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    日本海軍、地中海を往く 第17回 「ビッグコンボイ」護衛作戦

    文:nona

     1918年3月の西部戦線崩壊の危機をうけ、イギリスから急遽兵員輸送船7隻の護衛を依頼された第二特務艦隊。当初はカルソープ中将の依頼で、オトラント海峡の封鎖作戦に参加する予定でしたが、[1-1]これを取りやめて護送船団の実施に備えました。

     
    なお第二特務艦隊内の3つの駆逐隊は海軍省令により、1918年4月1日から呼称が変更されています。[2-1]

    第十駆逐隊→第二十二駆逐隊 桂、楓、楠、梅
    第十一駆逐隊→第二十三駆逐隊 松、榊、杉、柏(臨時付属艦として橄欖、栴檀)
    第十五駆逐隊→第二十四駆逐隊 樫、桃、檜、柳

     
    第二特務艦隊にとって大規模な船団の護衛は初めてのことでしたが、マルタ会議などで護送船団の要領を確認していたため、手探りの状態からのスタートとならずに済んだようです。

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    日本海軍、地中海を往く 第16回 無制限潜水艦作戦の破綻と連合国軍の3月危機

    文:nona

     1917年2月のドイツによる無制限潜水艦作戦の布告から1年が経過した1918年の春。一時は連合国を圧倒する撃沈戦果を得て、跳梁を縦にしたドイツの潜水艦でしたが、戦果は1917年の4月をピークとして、以降は戦果の減少に転じます。

     
    これは1917年の春、連合国軍の輸送船護衛体制が大転換を迎えたためでした。

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    https://en.wikipedia.org/wiki/File:Sims_losses.jpg

    連合国船の被害数(トン数)の増減を示すグラフ

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