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軍事系まとめブログ

軍事・防衛ネタを中心としたおーぷん2ちゃんねる、ふたばちゃんねる等のまとめブログです。 政治的議論に深入りせず知識欲を満足させるようなブログを目指します。

    タグ:帝国陸軍

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    冴えないペギーの育てかた -「昭和15年研究方針」と陸軍爆撃機開発計画-


    文:加賀谷康介(サークル:烈風天駆)

     旧日本陸軍航空隊の四式重爆撃機。略して四式重爆といえば、一般に知名度の低い日本陸軍爆撃機の中にあって、陸軍機ながら航空魚雷を装備し、連合軍艦隊に果敢な夜間雷撃戦を挑んだその経歴から、生産機数(約700機)や活動期間(終戦まで約1年)に比べ知名度の高い機体である。 
     そして四式重爆の評価には、「軽快俊敏な双発爆撃機の傑作」という好意的な見方と、「英米の戦闘爆撃機にも劣る爆弾搭載量」という否定的な見方が常に付きまとっている。故に日本陸軍の爆撃機に対する時代錯誤な見解を象徴する存在として、時には書籍等で取り上げられる場合もあるだろう。

     そのイメージを一概に誤りと決めつけることはできない。
     しかし、その経過を丹念に見てゆけば「四式重爆=キ67」が、はじめからそのような宿命を背負っていたわけでないことが判明する。
     今回は、その歩みを少しだけ視野を広くして辿ってみたい。

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    第12回 日本軍と冷蔵庫 パート2

    文:nona

    ■陸軍における冷凍食品■

     海軍に比べると陸軍では冷凍食品の導入が遅れていました。野営と行軍を繰り返す陸軍は冷凍の維持が困難であったこと、1918年から1922年のシベリア出兵の経験から(炊飯)大陸の寒冷地で解凍が困難になる状況を想定してのことでしょうか。1932年の時点で冷凍魚を副食としたのは内地では北海道、東京、京都、福岡の部隊のみで、その中でも冷蔵施設を持っていたのは北海道だけでした。北海道以外ではその日に必要な量を業者の冷凍庫から運び込ませていました。[1]

     しかし陸軍糧秣本廠の川島四郎(終戦時に少将)は「将来の戦場と冷凍魚は切っても切れぬ間柄にあり平時より冷凍魚の使用に慣熟して居らねば、戦争に当たって急に周章せねばならぬ自体となる」とのことで、寒冷地での冷凍魚調理法を団体炊事(給食)の専門誌「糧友」に公開しています。また同氏の1940年の講演会では「第一次上海事変(1932年)では野戦用の組立式冷蔵庫が登場しており、現在(1940年当時)では金属資源節約のため缶詰に変わって冷凍魚が戦場に送られている[1]」としています。

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    「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C04011543700、昭和8.3.16~8.3.30 「満受大日記(普) 其5」(防衛省防衛研究所)」糧食品追送の件

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    第11回 日本軍と冷蔵庫 パート1

    文:nona

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    http://gazo.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/hiraga2/show?id=10260101(平賀譲デジタルアーカイブより)
    日本海軍各艦の冷蔵庫容量比較(資料番号:1026〔「兵員室及倉庫面積・要領」,「冷蔵庫容積及製氷機能力比較表」,「寝室,兵員食卓及釣床」,「兵員室寝台装備要領及被服箱大体」綴〕
    温度別に野菜・肉・魚肉と分けるなど管理が徹底されている。

     日本冷蔵史の本を読んだ際、陸海軍に関する記述が興味深かったので自身で詳しく調査してまいりました。1920年代に日本で普及が始まった冷蔵庫と冷凍食品。当時は一般家庭に受け入れられずにいたものの、大いに関心を持っていたのが当時の日本海軍。1930年代には陸軍にも波及、中国戦線では野外用の組立式冷蔵庫も実用化されました。政府も奨励金を出して冷凍倉庫の建設を支援するようになり、将来の戦争の兵糧は冷凍食品が不可欠であると考えられていました。

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    陸軍戦闘飛行戦隊の分類とナンバリング

    文:加賀谷康介(サークル:烈風天駆)

     太平洋戦争中の日本陸軍航空隊のうち、飛行分科「戦闘」に属する飛行戦隊はのべ54個戦隊存在する。しかし陸軍は飛行分科に応じて戦隊名称を区別するような方式をとらず、一見通し番号のような2~3桁の数字で表示するため、どれが戦闘機隊なのか、具体的な部隊名を知るものでなければ特定は難しい。また、陸軍の表示方法はともすれば無味乾燥な印象を与えやすく、海軍航空隊の「台南空」や「302空」のような個性に結び付きにくいのも、陸軍航空を海軍航空に比べマイナーにしている理由の一つであろう。

     しかし、全54個戦隊を詳細に分析すると、編成経緯やその順番に応じて、個性ともいうべき幾つかの傾向を見出すことができる。手がかりとなるのは、「一見通し番号のような」飛行戦隊のナンバリングで、これと各飛行戦隊の編成経緯には当然のことながら深い関係性が存在した。


     以下に述べるのは、全54個戦隊を11グループに細分化し、それぞれの編成過程の特徴について言及したものである。

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    飛行第64戦隊は64番目の飛行戦隊か?


    文:加賀谷康介(サークル:烈風天駆)

     「日本陸軍で最も有名な戦闘機隊は?」と聞かれた場合、陸軍航空隊について少しでも興味のある方ならば、その多くが『加藤隼戦闘隊』こと飛行第64戦隊(以下、64戦隊)と答えるだろう(次点はおそらく本土防空戦の244戦隊か)。

     ビルマ戦線で約3年間、数と性能で勝る英米軍機を相手に一歩も引かず互角の戦いを繰り広げた同戦隊は、往年の俳優・藤田進演じる映画の存在も相まって、数々の武勲と逸話に彩られた有名部隊である。

     今回はその有名部隊について一風変わった分野から触れてみたい。

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