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軍事系まとめブログ

軍事・防衛ネタを中心としたおーぷん2ちゃんねる、ふたばちゃんねる等のまとめブログです。 政治的議論に深入りせず知識欲を満足させるようなブログを目指します。

    カテゴリ: 支那事変

    支那駐屯砲兵聯隊記
    第2回 盧溝橋事件、出動命令下る(第一大隊編その1)


    文:たわわ星人


    1935_Type_75mm_Mountain_Gun
    wikipedia:九四式山砲

     盧溝橋事件後の翌日、支那駐屯砲兵聯隊に出動命令が下ります。聯隊は第一大隊、第二大隊が分離と合流を繰り返します。
     今回はわかり易くするため支那駐屯砲兵聯隊第一大隊の行動を中心に解説しますが、資料が少なく、また部隊誌も個人の回想中心で書かれておりまして不正確な部分があると思います。
     間違い等ございましたらコメント欄でご指摘ください、訂正いたします。

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    支那駐屯砲兵聯隊記
    第1回 部隊創立の経緯と編制について


    文:たわわ星人

    Type_38_150mm_howitzer
    wikipedia:三八式十五糎榴弾砲。支那駐屯砲兵聯隊第二大隊は自動貨車で牽引した。

     1.はじめに

     昭和十一年五月、北支の山海関で山砲一個大隊(二個中隊)、機械化重砲一個大隊(二個中隊)の二個大隊編制という少し変わった砲兵聯隊が編成されました。部隊の名称は支那駐屯砲兵聯隊。

     昭和十二年七月に勃発した支那事変に最初期から参加し、帝国陸軍の主力重砲である九六式十五糎榴弾砲をはじめて配備、運用した部隊として知られています。
     昭和十三年六月に山砲兵第二十七聯隊に改称となり、武漢作戦に参加。その後、満州に移駐し、昭和十九年の一号作戦(大陸打通作戦)に参加して南昌で終戦を迎えました。

     本連載は支那駐屯砲兵聯隊の創立から九六式十五糎榴弾砲の初陣である正定城攻略まで部隊の行動を追っていきます。

     第一回は支那駐屯砲兵聯隊編成までの経緯について解説します。

     素人の拙い文章で読みにくいところがあるかもしれませんが、ご容赦願います。また、複数の資料を使用してなるべく裏をとりながら記述しますが、当時の関係者の記憶違いを検証できずに事実とは異なる記述をしてしまうことがあるかと思います。誤りについては訂正をいたしますのでコメント欄でご指摘いただければ幸いです。

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    無題 Name 名無し 17/10/16(月)12:42:13  No.465035

    1509013135261
    戦場で生き残る秘訣について考えるスレ
    死んだじーちゃんが「敵と撃ち合いになったらな、まず勇気を出して一番最初に飛び出るんだ。そうすると敵はビックリしてマトモに狙いをつけられない。二番目に飛び出すやつはもう狙いを付けられてるのでだいたい撃たれて死ぬ」
    みたいな事を言うておりました。

    祖父:近衛兵の迫撃砲担当、最後は伍長、相手は新四軍だったそうです
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    無題 Name 名無し 14/03/29(土)19:26:27  No.1064070
    日中戦争―和平か戦線拡大か (中公新書)
    ところで事変という、ことば・・・日華事変・・・満州事変等の言葉、戦争していません~事変ですとのこと

    日本人のファジーな国民性ですよね。

    例えば、今の若い人は人にモノを教えるときに、
    これは、「こんなふうにするんですよ」。
    ではなく、「こんなふうにしたほうがよいですよ」。

    戦闘、危機管理等では失敗をおそれず○✖のはっきりした欧米式のモノの考え方のほうがよいのかな。

    たとえば、防空戦闘機を上げていたほうが良いよ。
    ではなく・・・
    【【再掲】支那事変という呼称の理由】の続きを読む

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