無題Name名無し23/10/17(火)22:35:47 No.553664

1697549747026
Hs129スレ
無題Name名無し 23/10/17(火)22:36:01 No.553665
1697549761904s

無題
Name名無し 23/10/17(火)22:36:09 No.553666
1697549769956

無題
Name名無し 23/10/17(火)22:36:20 No.553667
1697549780445

無題
Name名無し 23/10/17(火)22:36:30 No.553668
1697549790881s

無題
Name名無し 23/10/17(火)22:37:59 No.553669
1697549879852

無題
Name名無し 23/10/18(水)05:16:35 No.553675
空飛ぶ缶切り
>No.553669
操縦席が狭いので計器をエンジンカウリングにつけて直接見るという割り切りよう

無題
Name名無し 23/10/22(日)04:04:49 No.553772
1697915089586

Hs129のコクピット周りの
バスタブ式の装甲板は後のA-10の防御の先駆と言える

無題
Name名無し 23/10/22(日)09:58:20 No.553777
1697936300331

WW2時の独空軍戦闘機総監だったアドルフ・ガーランド=サンが、1942年5月頃から東部戦線に配備され始めたHS129について43年3月の報告書で、42年6月には早くもハリコフ攻防戦でソ連戦車23両を破壊した、と述べておられるそうです

ガーランド=サンは他にも
「1月2日(1943年)、ヴォロシロフグラド~ミレロヴォ戦線上空で、敵を求めて行動中の地上攻撃機(※=Hs129)が、支援の戦車を伴ったソ連軍の歩兵部隊を発見した。この部隊は、小さい村の中に包囲されている孤立したドイツ軍部隊を攻撃中だった」

「機関砲装備の地上攻撃機は敵部隊に爆弾を投下したのち、ソ連軍戦車を攻撃してT-34二両を破壊(略)残った戦車と歩兵部隊は退却して行った」

無題
Name名無し 23/10/22(日)09:58:44 No.553778
1697936324879

「地上攻撃機のパイロットの一人はこの戦闘で敵弾を受けたが、無事に不時着陸して味方の地上部隊に救出された。包囲されていた部隊(第575装甲擲弾兵聯隊)は、まさに最後が迫った時、ちょうど良いタイミングで地上攻撃機が戦闘に参加し、危うく全滅をまぬがれたと報告した」

「危機を救われた将兵には、不時着したパイロットが、”超自然的な存在”のように思われ、誰もが彼を見、彼に触れ、彼と言葉をかわそうとして、負傷者までも彼に向かって手を差し延べた」

「この戦闘団の指揮官である老年の大佐は、パイロットを自ら歓待しようとしたが、1本の煙草さえも持っていなかった(略)、敵の手に渡すのを防ぐために、すべてを破壊、焼却してしまったためである」

Name名無し 23/10/22(日)09:59:34 No.553779
1697936374121

「擲弾兵はそれぞれライフルの銃弾、最後の10発を持っているだけだった。地上攻撃機がこの状況を救ったのである」

…なんて戦闘の一例についても詳細に報告されていつんですが、地上の歩兵さんたちにとって危機的な状況下で駆けつけてくれる航空支援がいかに有難く、時に神々しくすら見えるというのは、いつの時代も変わらないんでしょかねえ

無題
Name名無し 23/10/23(月)12:09:11 No.553793
装甲と武装に対してアンダーパワー気味であまり使い勝手は良くなかったみたいね
操縦席からの視界も最悪だったそう

無題
Name名無し 23/10/23(月)12:29:59 No.553794
>装甲と武装に対してアンダーパワー気味であまり使い勝手は良くなかったみたいね
>操縦席からの視界も最悪だったそう
エンジンがフランス製だってのは初めて知った
700馬力の双発か・・・
九九式双軽の方がまだスペック的にはマシだってのも

無題
Name名無し 23/10/23(月)18:17:02 No.553801
https://may.2chan.net/39/src/1698052622985.jpg
>No.553794

Hs129に使用されたGnome-Rhône 14Mエンジンは当時のフランス空軍の主力空冷エンジンで、
Potez630シリーズやBréguet690シリーズに使われていた。
適度に性能が有って量産されてるから信用性もあり
安価に数が調達できる見込みがあったから採用されたのではないかと思います。
又は、当時独空軍主力のBMWやユモやDB社のエンジンは戦闘機や爆撃機に集約したかったのかもしれません。

無題
Name名無し 23/10/24(火)20:02:52 No.553811
Ju87とかfw190F/Gとの棲み分けってどうなってたの?
対戦車攻撃もするんでしょ?

無題
Name名無し 23/10/25(水)20:36:23 No.553827
1698233783166

WW2中のドイツ空軍パイロットで、ブルーノ・マイヤー=サンという方がおられるんですが、この方はHs123襲撃機のパイロットとしてWW2開幕時から戦い、1941年8月21日には既に200回以上の戦闘飛行の達成とその戦功により騎士十字章を授与されている大ベテランであったそうです

そんなマイヤー=サンは、1942年2月には新鋭機Hs129で編成された部隊の指揮官に命じられ東部戦線で活動、同年5月にはウクライナのクビャンスク近郊のソ連軍陣地攻撃で戦闘飛行500回目に到達

その後短期間のチュニジア派遣を挟んで再び東部戦線に戻ったマイヤー=サン、地上攻撃各飛行隊の各Hs129中隊を統合指揮して戦い更に戦功を重ね、1944年5月1日には戦闘飛行は遂に1000回目に

その後空軍上層部での幕僚勤務後、FW190及びJu87装備の地上攻撃飛行隊の指揮官としても勤務、ほぼ地上支援攻撃一筋の軍歴であったんですとか

無題
Name名無し 23/10/25(水)20:38:00 No.553828
1698233880903
wikipedia

一方、アルフレッド・ドゥルッシェル=サンというやはり独軍のパイロットさんは、マイヤー=サンと同じくHs123襲撃機のパイロットとしてWW2の開幕を迎え、BOBの最中にはBf109の部隊に転属となるも、その任務は戦闘爆撃機としての地上攻撃が主であったそうです

氏の率いる部隊はBf109からFW190に機種転換するも、その任務は変わらず地上攻撃航空団(シュラハトゲシュヴァーダー)の一隊としての地上攻撃で、主に東部戦線で出撃を重ね、1943年には800回以上の戦闘飛行達成と戦功により柏葉剣付騎士鉄十字章を受章

その後やはり幕僚勤務を経て、1944年12月に第4戦闘航空団司令官として前線任務に復帰しますが、1945年1月1日から西部戦線で行われた大規模な航空反攻、いわゆるボーデンプラット作戦に部隊を直率して出撃した際乗機が連合軍の対空砲火に被弾、そのまま消息不明となられておられるそうです

無題
Name名無し 23/10/25(水)20:41:21 No.553829
1698234081395

そんな主用機種は違えど、地上攻撃一筋だったお二人が轡を並べて戦ったとして有名な戦闘が生じたのが、1943年のクルスク大攻防戦の最中の7月8日であったんだそうで、まずこの日の早朝、Hs129の小編隊を率いて戦場上空を哨戒していたマイヤー=サンが、味方のSS装甲軍団の側面に当る森林地帯で、まさに攻撃に移らんとする戦車と歩兵からなるソ連軍旅団を発見したんですとか

マイヤー=サンは直ちに攻撃に移るとともに無線で応援を要請、程なく駆け付けた増援と共に行われたHs129による地上攻撃は恐るべき威力を発揮して、1時間余りで凡そ50輌の敵戦車が炎上してソ連軍部隊は壊滅

そしてこのHs129が敵戦車を襲う間、対人破片爆弾を投下して、ソ連軍歩兵及びあわてて配置される対空火器の対空砲火を制圧したのが、ドゥルッシェル=サン率いるフォッケウルフ戦闘機隊であったとされているそうです

無題
Name名無し 23/10/25(水)20:44:28 No.553830
1698234268512s


もっとも、50両以上というこの「大戦果」、実際にはどうも某〇ール・カレル=サンの著書などで盛られた数字が通説となっているようで、地道にソ連軍側の資料等も調査された方々の検証によれば、実際に撃破された戦車の数はせいぜい一桁、またときに航空攻撃のみで得られたように語られるこの日の戦果も、実情は地上攻撃部隊との協同によるものであった可能性が高いようです

それでも、ソ連側の戦史にもこの日の独軍の航空反撃が効果的であった旨の記録は確かに見受けられるそうですし、機関砲装備の上、低速乍ら反ってピンポイント攻撃に向くHs129が戦車攻撃に専念して、高速のFw190は地上の対空火力を叩いてソレを支援する…というやり方自体は、それなりに理にかなった分業であったように思えますですなあ

無題
Name名無し 23/10/26(木)05:41:57 No.553840
>地道にソ連軍側の資料等も調査された方々の検証によれば、実際に撃破された戦車の数は
>せいぜい一桁、またときに航空攻撃のみで得られたように語られるこの日の戦果も、
>実情は地上攻撃部隊との協同によるものであった可能性が高いようです
「缶切り」の有名なクルクルの戦果が眉唾物であったとは
むう・・・

無題
Name名無し 23/10/26(木)13:23:12 No.553845
攻撃力の高い代わりに低速で打たれ弱い攻撃機隊を支援するために、高速の別動隊がレーダーサイトやSAMを潰す
…というのは、ジェット機時代でも変わらぬ定石ですよね
ある意味、やはりドイツ空軍は先進的だったといえるのかもですね…?

無題
Name名無し 23/10/26(木)17:59:29 No.553846
エンジンパワーや搭載量の問題で制空攻撃両用が不可能なら他の選択肢無いが

無題
Name名無し 23/10/27(金)19:45:46 No.553880
1698403546971

マイヤー=サンはやはりクルスクの戦いの最中の43年7月19日、Hs129に搭乗しての偵察飛行中、ソ空軍のYak-9の攻撃を受けブリャンスクの附近の鉄道沿いに不時着を余儀なくされたそうなんですが、そこで偶々無数の念入りにカモフラージュされたソ連戦車の大部隊が潜んでいるのに出くわしたんですとか

コレは独軍の後方を遮断するべく密かに進出していたソ連第70戦車旅団の一隊であったそうなんですが、マイヤー=サンは直ちにまだ生きていた自機の無線機を使ってその位置を通報(最寄りの地上部隊に駆け込んたとも)、やがて友軍のFW190が250kg爆弾を抱き次々飛来して猛撃を加え、同旅団の戦車の大半を破壊し、戦線の危機を救うことに成功したそうです

ある意味、これもHs129とFW190の協同作戦の戦果!ということになるのですかしら…w

無題
Name名無し 23/10/27(金)19:48:25 No.553881
1698403705517

もっとも、こうした各Hs129部隊とそのパイロットさんらの奮戦の数々にも関わらず、同機体そのものへの独空軍上層部の評価は必ずしも高くはなかったようで、前述のガーランド=サンなどは同機について、この型が本当に効果を発揮するのは、戦線を突破して、地上の対戦車防御が弱い地域で行動している少数の敵戦車に対する攻撃である…として、同機の大量配備にはあまり積極的でなかったそうです

また数か月の実戦での使用経験により、広範囲が装甲防御されている胴体に対して、左右2基のエンジンが無防備に近いこと、またグノーム・ローンエンジンが「正札付きのダスト食らい」と整備員に揶揄されるほど、野戦運用に向かないデリケートなエンジンで、東部戦線では当たり前の無舗装滑走路での運用が大幅な稼働率の低下を招いた…など、深刻な問題点も幾つか明らかになっていたんですとか

無題
Name名無し 23/10/27(金)19:49:29 No.553882
1698403769873

1943年5月の対戦車攻撃機戦訓分析では、「敵からの攻撃による被撃墜の内、少なくとも75パーセントが歩兵の火器射撃によるエンジン被弾である」…とされているそうですので、Hs129のこの面での脆弱性は大いに問題視されていたであろうことが窺えるんですが、一方ではいよいよソ連側の巻き返しが始まり戦局が苦しくなりつつあったクルスク会戦終了後の状況を踏まえ、独空軍最高司令部作戦部長だったルドルフ・マイスター=サンは、ソ連側の戦車生産の劇的な拡大と、それに支えられる機甲部隊による戦線突破・急進撃戦術に対抗する手段として、対戦車航空隊が今後の防御戦で非常に重要になっていく、と述べておられるんだそうで

そして、今後対戦車攻撃機に要求される最低限の性能条件についても明確にしているんですが、その内容は最も強力な対戦車兵器(50㎜ないし75㎜機関砲)を持つこと、高速であること、適切な防御武装を持つこと、エンジン1基が停止しても帰還できること…というものであったそうです

無題
Name名無し 23/10/27(金)19:51:39 No.553883
1698403899035

ただ、Hs129や機関砲装備の対戦車型Ju87などを含む、この時期の現用機にこの条件を全て満たせるものはなく、後継機も実用化の目途が立っていないことから、マイスター=サンは
「現用の対戦車攻撃機には弱点が多いが、これを装備した部隊を注意深く節約して運用し、長持ちさせねばならない」
…と結論
地上における対戦車兵器の不足を補う対戦車攻撃部隊を、集中運用する為の組織改編なども同時に行なわれたそうなんですが、結局これらの飛行隊は事実上、否応なくガランド=サンの言うような、「戦線を突破して後方地区に進入した敵戦車に対する攻撃」という、火消し役にとしての用途に限定して運用されることになったそうです

積極的に防御の硬いトコロに突っ込ませるような勇ましい運用は、性能的にも独軍自体の懐具合からしても、既に許されなくなっていた、という事なんですかしら…

無題
Name名無し 23/10/28(土)12:25:55 No.553899
生産数がたった900機弱じゃあ、性能以前に全然数が足りてないよなあ
アホほど作りまくったIL2ほどとは言わないが、せめてもう一桁は増やさないと・・・

無題
Name名無し 23/10/29(日)07:28:13 No.553914
>生産数がたった900機弱じゃあ、性能以前に全然数が足りてないよなあ
>アホほど作りまくったIL2ほどとは言わないが、せめてもう一桁は増やさないと・・・
でも占領下のフランスで微妙な出力のエンジンを900x2で予備考えたら2000基を越える数を生産させるのって案外困難な行政って気がするんだけど……

無題
Name名無し 23/10/29(日)11:40:35 No.553921
30mm機関砲の戦車破壊実績がどのくらいあるのか
無いならJu87では何が困る…?って感じなんだけど

無題
Name名無し 23/10/30(月)00:25:02 No.553932
1698593102566

鈍足(Hs129も同様ですが)かつ脆弱なJu87はやはり敵戦闘機の跳梁する空域では使用が困難ですし、戦争後期のキビシイ状況下では使いづらい面があったんではないでしょかね

その点、地上攻撃機隊の主要機材になっていったFw190は実用化されている地上攻撃機の中では最速の上、戦闘機型に準じる空戦能力もあるわけで、そのパイロットの中には空戦で116機の撃墜戦果を挙げると同時に、地上車両も100両以上を撃破したとされるアウグスト・ランバート=サンのような、対空対地戦のWエースなどもおられるそうです

急降下爆撃こそできませんが、主翼下にゴンドラ式で30mmの大口径機関砲搭載もできますから、対戦車「スツーカ」の後継としてはベストではないにしてもベターな存在ではあったんではないでしょうか

無題
Name名無し 23/10/30(月)00:25:52 No.553933
1698593152307s

ただそれでも、どんどんカタく大きく頑丈になっていくソ連戦車相手に、フォッケが積んで飛べる程度の機関砲程度では歯が立ちがたい…ということで、更なる武装強化策として対戦車ロケットの搭載が試験されたそうなんですが、当初はとにかく火力!火力こそ正義!!ということで、口径280㎜の大型地対地ロケットをそのまま搭載できるか試されたとのこと

もっとも、見た目からして無茶そうなこの試み、実際に試してみるとやはりイロイロと無理があることが分かって計画は変更、より常識的な大きさのロケットで開発が進められたそうなんですが、「パンツァーブリッツ」の名を与えられたこの新兵器はそれなりに有効で、成形炸薬弾頭の採用などいくつかの改良を加えられながら、戦争末期の地上攻撃機隊でFw190の武装として有効に使用されたそうです

無題
Name名無し 23/10/30(月)00:27:05 No.553934
https://may.2chan.net/39/src/1698593225959.png
一方、爆弾や機関砲以外の対戦車攻撃手段は、Hs129でもテストが行われていたそうなんですが、1944年には77㎜という大口径の無反動砲を装備しての運用も行われているんだそうで

機体への装備方法は6門の砲身をまとめて、胴体上下をブチ抜いてほぼ垂直に(後方へ8度傾斜)設置するという豪快なものなんですが、考案者はポール・ハッケマン=サンという独の工学博士さんで、元々垂直発射式の地上攻撃システムについてアイデアを温めていたところに、うってつけの機体がHs129であった…という流れであったとのこと

ハッケマン=サン曰く、

「パイロットは地平線を見て目標を確認し、射撃の時間を知るだけで済みます。ターゲット上を垂直に飛行できなかった場合でも、飛行機を傾けることによっていつでも垂直軸をターゲットに通過させることができます」

無題
Name名無し 23/10/30(月)00:27:37 No.553935
1698593257884

「ターゲットまでの距離が近いため、要求される調整精度は低くなります。したがって、位置合わせプロセスは、銃を前方に発砲する場合よりもはるかに簡単」

…というのがこのシステムの利点であるそうなんですが、最終的に完成して試験に供された構成は、Hs129の機首に装備されたT字型の磁気アンテナで敵戦車の金属反応を検知、その上空を通過する際に自動的に発射される…という自動式の凝ったシロモノなんですが、鹵獲された戦車などを使用したテスト結果はまあまあ順調に作動したんですとか

もっとも、確実に作動する高度はわずか10m、敵上空で極低空の水平飛行を行う飛行技術が要求されるのみでなく、試験に当ったHs129のベテランパイロットさんなどは、これじゃあ命中した敵戦車の爆発に巻き込まれるんじゃあないか?と言う危惧を抱かざるを得なかったそうです

無題
Name名無し 23/10/30(月)00:28:18 No.553936
1698593298041

それでも自信満々なハッケマン博士の指揮の下開発と試験はその後も続けられ、地上攻撃機隊の主力機材になりつつあったFw190にも搭載が試みられたそうなんですが(こちらは左右両主翼に搭載)、結局最終的には制式採用は見送られたとのこと

全自動式の新型缶切りは、ついに戦場の空に現れずに終わったようなんですが、或いは何かの間違いでこの試みが上手く進んでいたなら、この一種異様な装いのHs129あるいはFw190が、WW2末期の欧州戦線上空で乱舞する光景が見られたのかも知れないですねえ…

無題
Name名無し 23/10/30(月)12:00:24 No.553938
戦局の差し迫った中で無駄に凝った新兵器の開発に延々と人手と
時間を費やして結局間に合わない・・・
まさに典型的なドイツ軍仕草


無題Name名無し 23/10/30(月)14:30:38 No.553950
使用機体なんてスツーカのままでもいいんだよ
…一人でソ連戦車を300台撃破出来るパイロットのほうを
量産さえ出来ればな!
(白眼)

無題
Name名無し 23/10/30(月)21:13:47 No.553955
ゆくぞガーデルマン!
しゅつげきだー!!

無題
Name名無し 23/10/30(月)22:06:16 No.553958
1698671176268

似たような装備だとホルニッセがあるんだけど、あっちは駆逐機で対爆撃機用ですよね?
あれこれ機種数を増やさずに対空対地で機種を統一した方が生産とか楽なんじゃないのかな…?
やっぱりゲルググも欲しいしギャンも欲しいのかな?

無題
Name名無し 23/10/31(火)00:31:33 No.553964
1698679893877

Hs129にはエンジンをイタリア製イソッタ・フラスキーニ「デルタ」エンジンに換装したHs129Cなる発展型の計画もあったそうなんですが、単にエンジン変更のみならず、胴体下にある程度の旋回能力を持つ30mm連装砲塔を持ち、また自衛用に後方射撃用の機銃も装備される予定であったようです

もっとも、射手席を新たに設けることは考慮されていなかったようで、試験用に改装されたHs129Bの一機の写真では、コクピットに後方射撃用の潜望鏡タイプの射撃照準器が設置されている様子が残されておりましたり

それまで後方に迫る敵機に対抗する手段を持たなかった、同機の前線からの要望や戦訓を取り入れての装備だったのかも知れませんが、あまり使い易そうには見えない気も…
無題Name名無し 23/10/31(火)00:35:06 No.553965
1698680106562

因みに、元々Hs129自体、色々と初期設計の時点で不満のある機体ながら、差し迫るWW2開幕という事情の中で取り急ぎ戦力とする為採用された…なんて経緯の産物であるそうなんですが、その後継機たるべき次世代の近接地上攻撃機のプランは、当のヘンシェル社含め、独の航空機メーカー各社が様々なプランを練っていたんですとか

例えばフォッケウルフ社が1943年から44年にかけて提案していた”PVII ”と称する計画案は、エンジンを装備する短い中央胴体に、主翼から延びる双ブームで尾翼を保持するレイアウトの単座戦闘機で、制空型の20mm機関砲×4に対し、地上攻撃型では50㎜の大口径機関砲を機首に装備する計画であったそうです

無題
Name名無し 23/10/31(火)00:36:11 No.553966
https://may.2chan.net/39/src/1698680171224.jpg
戦後のエゲレスの単発ジェット戦闘機「ヴァンパイア」あたりによく似たスタイルなんですが、こちらは主動力のターボジェットの他に、補助動力としてロケットエンジン1基も積む、混合双発機の計画

前方および下方視界は中々良好そうですし、どこか後年のA-10攻撃機を思い起させるなかなか精悍な容姿なんですが、残念ながらモックアップ審査止まりで終ってしまったとのこと

無題
Name名無し 23/10/31(火)00:36:41 No.553967
https://may.2chan.net/39/src/1698680201113.png

一方、本家ヘンシェル社が1943年ごろに検討を進めていた地上攻撃機のプランの内、”P87”の試案番号を振られた機体は、先尾翼のエンテ形式で、機尾のエンジンで二重反転推進式のプロペラを駆動するというなかなかラディカルというかカッコよさげなスタイル

野暮ったいHs129から随分と飛躍したというか、同じ会社の後継案とは思えないくらいなんですが、おかげでやはり前下方視界は良好、固定武装も30mm機関砲4門を前方へ集中配備する凶悪なプランであったそうです

無題
Name名無し 23/10/31(火)00:37:17 No.553968
https://may.2chan.net/39/src/1698680237450.png
パワープラントは2200馬力のDB610エンジンを予定、コレは所謂双子エンジンですので、一見単発機に見えるこの機体、実質的には双発機であったみたいなんですが、緊急脱出時には後方のプロペラを避けるため、コクピットから乗員さん達の入るカプセルを分離して射出する機構なんてのも採用される予定であったそうです

こちらも惜しくも模型による風洞試験程度までで終ったプランのようなんですが、もし仮にWW2の終結がもう少し長引いていたならば、Hs129やFW190に代わってこれらの斬新なスタイルの新型地上攻撃機が、ベルリンに迫るスターリン戦車やパーシングに、果敢に襲い掛かる光景が見られたかも知れないですねえ…w

無題
Name名無し 23/10/31(火)13:50:02 No.553973
1698727802249

世紀末対戦車魔王様なんかは、後部射手がいないからってフォッケに乗り換えたがらなかったらしいね
まあ、確か片足を吹き飛ばされた時には後ろから励まして操縦を続けさせてくれる相棒がいないといけないしな(棒)

無題
Name名無し 23/11/01(水)06:40:39 No.553991
「たかが片足吹き飛ばされた程度で痛いだなんてみっともないですよ大佐、いい大人なんだから我慢して」

by 肋骨折れてウンウン唸っているのに無理やり出撃に同行されられた相棒

無題
Name名無し 23/11/01(水)06:54:00 No.553992
結局戦争後半は米英の戦略爆撃対策で戦闘機生産が最優先になるからね
地上攻撃機や爆撃機に割くリソースはなかったのだ・・・

無題
Name名無し 23/11/02(木)16:22:01 No.554012
1698909721370


Hs129はルーマニア、ハンガリーなど独の枢軸同盟国にも供与されているんですが、1943年5月頃から編成を始めたルーマニアのHs129部隊は、同年8月には早くも東部戦線ウクライナ地域のソ連軍相手に出撃を始めていたとのこと

そうして暫く日時は過ぎて9月10日のこと、いつものように近接航空支援の任務を終えたHs129部隊の編隊が帰還中、トウモロコシ畑の上空に差し掛かったところ、突如中に潜んでいたT-34戦車から主砲の射撃を受けたんだそうなんですが、コレが運悪く1機に命中して墜落、搭乗していた独空軍の連絡士官さんが戦死する…という椿事が起きたんですとか

もっとも、結果的にこの不意打ちは藪蛇もいい所で、復仇の念に燃える残余のHs129は帰還すると直ちに再補給、トウモロコシ畑にとって返し隠れ潜んでいるT-34を見つけ出しては片っ端から攻撃、折角戦線背後に浸透成功していたT-34部隊は、あえなく壊滅と相成ったそうです

無題
Name名無し 23/11/02(木)16:24:10 No.554013
1698909850709

その後もメルトポリ、ヘルソンなど、最近何かとお馴染みの地域を転戦しつつ戦果を重ねたそうなんですが、例えばゲオルゲ・ザムフィール=サンという1パイロットさんは10月6日の戦闘の際、まず1回目の出撃で地上攻撃中に20mmクラスの高射機関砲弾に被弾するも、弾丸は運よくコクピット背後の装甲板で止められ、無事生還することが出来たんだそうで

そして損傷した愛機を別の機体に乗り換えると直ちに再出撃するんですが、今度はなんとまたもやT-34戦車の主砲弾が胴体に命中、今度はなんとか基地地まで帰り着けたそうなんですが、タキシング中に胴体は真っ二つに折れてしまったそうです

しかし未だ意気軒高なザムフィール=サン、またまた機体を乗り越えて3回目の出撃に出るんですが、今度は対空砲火で機体が炎上、そのまま敵地に不時着することに

無題
Name名無し 23/11/02(木)16:25:20 No.554014
1698909920420

それでもそれを見ていた同僚の一人が機体の傍に強行着陸してくれ、間一髪のところでソ連軍の捕虜となることなく、無事基地に戻ることが出来たそうです

こうした不時着からの生還体験は、ひとりザムフィール=サンのみならず、ルーマニアのHs129パイロットさん達の間では珍しくなかったようで、ある意味同部隊の激しい戦いぶりと、被弾や不時着に際しても高い生存性を保証した、Hs129のコクピット周りの頑丈さを示すものだったのかも知れないですな

もっとも、本来ギリギリパイロット一人分にまで切り詰めた同機のコクピットに、拾い上げた同僚まで押し込むのは、なかなか大変であったようですが…w

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無題
Name名無し 23/11/02(木)16:27:51 No.554015
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全般には既に枢軸側の敗勢が濃い東部戦線、Hs129部隊の任務も勢い敗走する味方地上部隊の上空掩護が中心になったようなんですが、部隊の各機は前述のように可能な限り出撃を繰り返し奮戦、中には20㎜機銃による空中戦でソ連側のIl-2攻撃機を墜とした猛者までおられたそうで、ルーマニア軍のみならず、独軍にとっても頼もしい上空のカメラードであったようです

ただ1944年8月23日、ルーマニア本国で国王ミハイル=サンらを中心とするクーデターが発生、新政権が枢軸側からの離脱を図ったことで独との関係は急激に悪化、一転してルーマニアは連合国側の一員として戦うことに

Hs129部隊もかつての友軍相手に出撃することになったそうなんですが、前線では味方にHs129がいるなんて想像もしないソ連部隊から「同士討ち」を受けて墜落するという、笑えない事例も生じたそうで

無題
Name名無し 23/11/02(木)16:28:50 No.554016
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共産陣営に下るを良しとせず、機体ごと脱走を図ったHs129のパイロットさんがかつての同僚に撃墜される…なんて悲劇も生じたそうで、部隊の方々の心中もさぞ複雑であったと思われるんですが、その後終戦までハンガリー、チェコスロバキアなどで戦ったルーマニアHs129部隊の実力はやはり歴戦の猛者のソレで、枢軸側に多くの被害を齎し、勝利に貢献した…とソ連側にも賞賛される戦いぶりであったんですとか

終戦後も1940年代末、ソ連から供与されたIl-10地上攻撃機に機種転換するまで運用を続けていたというルーマニア空軍が、Hs129の最後の働き場所になった…ということになるんですかしら…
引用元:https://may.2chan.net/39/res/553664.htm