無題Name名無し22/10/22(土)12:33:34 No.544013

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10月22日!
本日はパラシュートの日らしいですわよ皆様
・・・というわけで古今東西空挺部隊スレ


無題Name名無し 22/10/22(土)12:35:15 No.544014


究極の奇襲部隊についてなんでも語ってくださいまし
鷲は舞い降りた!

無題
Name名無し 22/10/22(土)20:27:58 No.544031
見よ落下傘 空を行く
https://www.youtube.com/watch?v=XOTZJnRt6Lo

無題
Name名無し 22/10/23(日)01:26:52 No.544046
http://may.2chan.net/39/src/1666456012806.jpg
>本日はパラシュートの日らしいですわよ皆様

ちょうど一ヶ月後(11月23日)は川南の空挺慰霊祭
参列者も年々減り続けて、いつまで継続できるのか……

無題
Name名無し 22/10/23(日)08:45:02 No.544052
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ドイツの降下猟兵さん達は、作戦中の食糧としてソーセージやベーコン、チーズ等や、粉末レモネードやコーヒー、チョコレートなどを与えられていたそうなんですが、それらの中に「デキストロ・エネルゲン」なる四角いタブレットなどもあったそうです

グルコースを主成分とするこの食品、戦前のドイツで民間メーカーによって製造が始められていて、ベルリンオリンピックでは選手たちのための公式サプリメントとして採用されたりもしていたそうなんですが、戦争が始まると国防軍によって優先的に買い上げられ、戦闘中の栄養補助を目的に(降下猟兵さん達限定というわけでもなかったようですが)支給されていたんですとか

無題
Name名無し 22/10/23(日)08:46:17 No.544053
http://may.2chan.net/39/src/1666482377354.jpg
因みに、他にも長期保存用の堅パン(Dauerbrot)なども携行したそうなんですが、1944年12月、西部戦線で「バルジの闘い」に投入された降下猟兵の部隊に支給されたものは、生地の中にペルビチンが混入されていたとのこと

メタンフェタミンを主成分とする覚醒剤であるペルビチンも、当時はドイツの陸海空全軍で広く「愛用」されていて、降下猟兵さん達もパンに混入するだけでなく、錠剤の形で支給されることもあったそうなんですが、服用すると「喉が渇くのが難点」であったそうです(棒)

「デキストロ・エネルゲン」は今も製造会社が吸収合併を経ても健在で、類似製品の生産も行っているそうなので、マニアの方は購入して降下猟兵気分が味わえるようなんですがw

覚醒剤入り堅パンの方は、流石に気合の入ったリエナクターの方でも、再現してみようとは思わないんじゃないですかしら…

無題
Name名無し 22/10/23(日)12:20:05 No.544060
昔エネルゲンってオレンジのボトルのスポーツ飲料があったなあ・・・
アメリカ軍のKレーションとかも、最初は空挺部隊用に要求されて開発されたそうだね
1食分が軍服のポケットに入るよう収めるように指示されたとか・・・

無題
Name名無し 22/10/23(日)13:42:44 No.544062
http://may.2chan.net/39/src/1666500164828.png
あの不味いショカコーラを1日2缶か…

無題
Name名無し 22/10/23(日)14:51:46 No.544065
ドイツ人には美味しいのかもしれないし…

無題
Name名無し 22/10/24(月)11:54:49 No.544089
ショカ・コーラは眠気覚ましの為に支給されるというか、その為にカフェイン等が多く配合されているんでなかったでしたっけ?
一日二個も食べたら相当強烈そうですが…

無題
Name名無し 22/10/24(月)20:19:09No.544100
>一日二個も食べたら相当強烈そうですが…
一缶あたり200mgだからまあ多いかな?位
子供やカフェイン耐性低い人がエナジードリンクや鎮痛剤と一緒に一気に食べると急性カフェイン中毒起こすかもね

無題
Name名無し 22/10/24(月)19:58:04 No.544093
クレタ島降下作戦で同島を占領した独降下猟兵さんたちは、友軍後詰めの到着までしばらく戦利品のエゲレス軍レーションで食いつないでいたそうなんですが、

「最初、英軍のレーションは非常に美味に思えた。しかし、ドイツ降下猟兵たちはコーンビーフ、缶詰肉、野菜シチューにあきてしまい、何か別のものはないかと捜すようになった」
「ハイファで製造された独特の白っぽいジャムが見つかった。が、このジャムは殆ど味気がなかった。降下猟兵たちは、イギリスのミート・プティングなどという奇妙な食物ですら熱帯地における食事に含まれていると考えるようになってしまった。しかし、南アフリカ産の果物の缶詰は非常に美味だった」

…とのこと

逆にエゲレス軍メシが美味しいと思えた、普段の独空挺部隊員さん達のメシってどんなんだったんでしょかね(真顔)

無題
Name名無し 22/10/24(月)20:01:09 No.544094
http://may.2chan.net/39/src/1666609269425.webp
そんなエゲレスの空挺部隊の降下バッグには、調理用のメス缶を容器がわりに、ビスケットやチーズ、コンビーフの缶詰等がスペースの無駄なくコンパクトに収納されていたそうなんですが、もちろん茶葉の缶、そして個人用のポータブルストーブも用意されていて、降着したら直ちにお茶が淹れられるよう、万全の装備が整えられていたんですとか

もっとも、1944年秋に行なわれたオランダ領内への空挺作戦時にアーンエムで孤立した英空挺部隊では、補給も途絶して多くの将兵さん達が紅茶どころでさえない飢えに苦しめられる羽目に陥ってしまったわけですが、そんな中炊事係軍曹だったアルフ・ルーリア=サンという方は、飢えて疲れ切った周囲の戦友たちの姿を見かねたある日、陣地を抜け出すと破壊された市街に食糧を探しに出かけたんだそうで

無題
Name名無し 22/10/24(月)20:09:31 No.544097
激しい市街戦が続き、飛び交う彼我の銃砲弾を搔い潜って掻き集めた食物は「しなびたにんじん少々、にんにく少量、じゃがいも1袋、塩、固型ブイヨン少し」…で、更に運よく見つけた鶏1羽が加わったそうなんですが、これらを廃墟の中に煉瓦で組んだ即席の竈で、やはり徴発してきた金盥で煮込みシチューを作ると、再び迫撃砲弾が降る合間を縫って塹壕まで戻り、戦友さん達に振るまったとのこと

信じられない御馳走の出現に、感謝の言葉を呟きながら集まってきた空挺隊員さん達が、次々と使い古した食器を盥の中に突っ込み掬っていき、チキンシチューは10分ほどで完売、結局アルフ=サン自身の取り分は、最後に鍋底に残ったジャガイモの小さなかけらが2、3個のみ

それでも、ようやくその日初めての食事にありついたアルフ=サンは
「こんな幸せな気分になったのは、生まれてはじめてだった」
…そうです…w

無題
Name名無し 22/10/25(火)10:21:08 No.544109
クレタ島作戦は終わってみればドイツ軍側の勝利だけれども、勝ったドイツ側は空挺部隊のあまりの損害の多さに
以降パラシュートによる降下作戦に消極的になったのに、やられた側の連合軍側は自分たちの空挺戦力の整備に
力を入れるようになるんだよね
やっぱり、相手の良いところだけが目に入るものなんだろうか・・・

無題
Name名無し 22/10/25(火)15:17:07 No.544114
>以降パラシュートによる降下作戦に消極的になったのに
なまじ緒戦で成功してしまった日本はその判断が遅れた。
負け戦のレイテへ降下して全滅。ルソンへ向かった挺進集団も主力が雲龍とともに海没。

無題
Name名無し 22/10/25(火)12:07:04 No.544110
http://may.2chan.net/39/src/1666667224587.jpg
そこでこのダミー空挺隊員くんの出番ですよ!

…今の技術で本気で作ったら、本物そっくりというか実際に自立駆動してそのきになれば戦闘もこなせる代物が
作れるかもしれませんね(笑

無題
Name名無し 22/10/26(水)01:19:36 No.544134
http://may.2chan.net/39/src/1666714776030.jpg
落下傘部隊による非武装~軽防備地帯への奇襲自体は有効とはいえ
落下傘だけでは重火器や車両を送り込めないので結局グライダーも必要になるのが当時の悩み

無題
Name名無し 22/10/26(水)02:18:33 No.544135


>結局グライダーも必要になるのが当時の悩み

そのためにつくった滑空歩兵部隊は米軍機に阻まれて一度も降下作戦を実施できなかったし
たとえ実施できたとしても、失われたグライダーと操縦士の再補充が難しい
結果、義号作戦みたいな「爆撃機ごと強行着陸」という初期案に逆戻りしたケースもあって大変だなと

無題
Name名無し 22/10/26(水)04:24:50 No.544138
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1945年5月、米軍に占領された沖縄の読谷飛行場に突入した義烈空挺隊では、作戦前に隊員さん達に配られた最後の糧食についても記録が残されているそうなんですが、沖縄への飛行中の機内食としての海苔巻き寿司(手巻2個)、稲荷寿司(普通大10個)、生卵(2個)、梅干及び大根漬若干の他に、羊羹(1個)、キャラメル(1個)、生果実(水分多きもの1個)、「力餅」2人前なども支給されていたんだそうで

他にも非常食として「救急食」3個、「固型塩」10個、番茶・紅茶・飲料水なども各個で携帯したそうで、「餅」が含まれているあたり日本の軍隊独特のメニューと言った感じですがw

一方で「活力増進剤」として配られたという「熱地戦力源」「撃滅錠」あたり(特に後者)はどうも疲労がポンと飛ぶあのクスリというか、そのあたりの薬物に類したものであった気がしますですねえ

無題
Name名無し 22/10/26(水)04:25:37 No.544139
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余談ながら、「義烈航空隊」の突入についての後日談、という話になるのかもしれませんが、1945年6月頃、沖縄本島南端の島尻・摩文仁の洞窟陣地に布陣していた日本陸軍第5砲兵司令部付だった清水徹也さんという方の手記に依ると、当時同司令部には「義烈空挺隊の生存者が1人」おられたそうです

無線隊に配属されていたという、この隊員さんについての清水氏の記述はごく簡潔で、その氏名も判然としないんですが、5月24日の読谷飛行場周辺での部隊がほぼ全滅した激戦から数週間、摩文仁まで移動する間に前述の携行食糧もほぼ尽きてしまったと思われるんですが、それでもその超人的な活動のいくらかは「力餅」他の効用あってのものだったのかもしれないですな

この方はその後斬り込み用に編成された「特設中隊」に参加して消息不明とのことで、詳細が不明なのは残念なんですが、きっと最後の最後まで敢闘されたんでしょうね…

無題
Name名無し 22/10/26(水)15:13:30 No.544145
義烈空挺隊はたった1機分の隊員であの戦果と考えるとすごいけれど、逆にいうとそれだけの技量と装備に鍛え上げた部隊の大半が着陸前に失われているわけなんだよね・・・
まあ精鋭中の精鋭が実際に戦場に到着するまでにある程度失われるのを覚悟しなきゃいけないのは空挺部隊の宿命ではあるんだが

無題
Name名無し 22/10/26(水)19:51:37 No.544150
1666781497093

戦中に作られた日本海軍空挺部隊をモデルにしたアニメ桃太郎海の神兵
海軍全面協力で作られただけあってリアリティがすごい

無題
Name名無し 22/10/26(水)21:34:44 No.544152
>No.544139
上着の模様は迷彩パターンですか?
汚れでしょうか?

>海軍空挺部隊
陸戦隊は知っていたのですが、空挺部隊まであったんだ…。

無題
Name名無し 22/10/27(木)01:55:45 No.544161
http://may.2chan.net/39/src/1666803345216.jpg
>上着の模様は迷彩パターンですか?

義烈空挺隊員は軍服に緑色の塗料で迷彩を施していました
当時のフィルムの各コマを調べると、動画ではわかりにくい装具の細部が鮮明に確認できて興味深いです

無題
Name名無し 22/10/27(木)22:06:39 No.544188
>>30
>>31
両名様ありがとうございます!

「爆破突撃空挺大隊」とかB級映画の午後ぽくていいですねw
しかしイギリス人というのは、どれだけ不味いものを喰い続ければ人の心を失えるんでしょうかね?

無題
Name名無し 22/10/27(木)19:53:51 No.544180
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WW2時のイタリア軍では陸海空3軍のそれぞれが独自の空挺部隊を擁していたそうです
日本には独立空軍はありませんでしたので、イタリアの方が1個多い計算ですなw

その中でイタリア空軍が創設した「爆破突撃空挺大隊(ArditiDisstruttoridellaRegiaAeronautica:ADRA)」などは1943年6月、北アフリカの連合軍航空基地に対し、義烈航空隊と同じような襲撃作戦に投入されているんだそうで

もっとも、こちらはグライダーではなく、輸送機からのパラシュート降下による襲撃法を取るもので、およそ12機のSM82三発輸送機に分乗する122名の隊員が、6箇所程の飛行場周辺に隠密に降下、基地に潜入して携行する時限式のT4爆薬により所在の航空機を破壊する計画であったんですとか

無題
Name名無し 22/10/27(木)19:56:40 No.544181
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ただいざ作戦実施時には、のっけから連合軍の爆撃で参加機の一部が飛び立つ前に失われたり、悪天候で目標を見失ったり、強風で降下隊員が負傷したり、物量箱の一部が失われたり…と不手際と不運が連続し、また折角降下に成功した隊員さん達も、大半は直ぐに連合軍側の捕虜になってしまったとのこと

それでもベンガジ西方のベニーナ第2航空基地付近に降下した一隊の内、辛うじて捜索を搔い潜ったフランコ・カルネル=サンとヴィート・プロチダ=サンの2名は数日間砂漠に潜伏、警戒が緩んだところで夜陰に乗じて基地に侵入、片っ端から爆薬を仕かけて回り、米軍のB-24重爆や英ウェリントン爆撃機など十数機(機種・機数は諸説あり)を見事に爆破

翌日に2人とも連合軍の捕虜となってしまったものの、休戦成立後無事イタリア本国に帰還した後、戦功勲章を授与されているそうです

無題
Name名無し 22/10/27(木)19:58:56 No.544182
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イタリア側史料によると、2人が過酷な潜入作戦の最中に活動力を維持するのに、「シンパミン錠」という覚醒剤が役に立ったそうなんですが(棒)
ともあれ、イタリアというか世界の空挺戦史史上の中でも、一際輝く抜群の活躍ぶりを示しておられるそうです

因みに余談ですが、同作戦に於て、二人を除く部隊の大半の活動が振るわなかったのは、イタリア側自身の準備不足も有ったものの、何より作戦の情報が事前に英情報部に筒抜けになってしまっていたことが、大きな原因であったんですとか

英軍の捕虜になった空挺隊員さん達の回想によると、作戦前飲みに出かけた近郊の町の酒場で仲良くなった、「非常に親切な女の子」について、なぜか英軍の尋問官がよく知っている節があったとのこと

イタリア人の男性が、絶対に抗えない罠と知って敢て仕かけるなんて…なんて狡猾かつ卑劣なんでしょう、エゲレス人…!

無題
Name名無し 22/10/28(金)09:53:19 No.544197
不味いもので心が荒むのか、心がないから不味いものに耐えられるのか・・・
それはそうと、ハニートラップ以前に隠密作戦前に隊員が自由に外出してる時点で駄目駄目だろう

無題
Name名無し 22/10/28(金)11:55:34 No.544198


>No.544014

>究極の奇襲部隊についてなんでも語ってくださいまし
>鷲は舞い降りた!
鷲は舞い降りた!は
続編で、鷲は飛び立ったなんかもありますね。
こちらはまだ、映画化されてないようです

無題
Name名無し 22/10/30(日)20:06:03 No.544270
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WW2中、スターリングラードを巡っての激しい攻防戦中、味方部隊への空中補給は独ソ両軍とも行っていたそうなんですが、ソ連軍では食糧補給の際、空中投下する梱包に特にパラシュートは付けず、そのまま投下していたそうです

それでも、「ある品目」だけはキチンとパラシュートを付けて投下していたんだそうで、それは勿論「ウォッカ」であった!…なんて小咄が残されているとかなんとか

そんなソ連軍が戦争末期満州に侵攻した際、満州国皇帝溥儀=サンの一行を奉天で拘束したのは空挺部隊であったそうなんですが、このキンボシ・オオキイは「本職」によって狙って上げられた戦果ではなく、そもそも陸上から奉天進駐を目指していた第6親衛戦車軍が燃料切れで進出が止まり、急遽選抜編成された先行部隊が飛行場に空挺輸送されて到着した所に、ちょうど日本本土への亡命を前に休息していた皇帝一行が居合わせていた…という幸運(日満側にとっては不運)によるものだったんですとか

無題
Name名無し 22/10/30(日)20:08:45 No.544271
http://may.2chan.net/39/src/1667128125453.webp

ソ連空挺部隊の乗機は、日本側の証言によると「DC-3」型輸送機だったとの事で、おそらくレンドリースによって供与されたC-47輸送機、あるいは同機をソ連でライセンス生産したリスノフLi-2だったのではと思われるんですが、ソ連空挺隊の指揮官だったザバイカル方面軍司令部政治部長アレクサンダー・D・プリトウレ=サンの回想によると、当時既に日本軍との停戦交渉が始まりつつあり(8月19日)、必要以上に日本側を刺激したくないと、指揮官機に軍使機めいた白色ペイント(標識?)を施すことにしたんだそうで

ところが前線飛行場のどこの倉庫を掻きまわしても白ペンキのストックがなく、往生していたんだそうなんですが、そこにたまたま通りがかったのがコンデンスミルクの箱を抱えたパイロットだったそうです

かくて塗料問題は無事解決して、数十個のコンデンスミルク缶を空にして塗装を終えた輸送機は奉天へ向けて飛び立ったそうなんですが、恐らくこのミルクなんかもレンドリース品だったんじゃないでしょかね

無題
Name名無し 22/10/30(日)20:09:50 No.544272
http://may.2chan.net/39/src/1667128190386.webp

ともあれ、満州国の超VIPを拘束するという思わぬ大手柄を上げたプリトウレ=サンの報告を受けたソ連軍司令部の指令により、その日の内に溥儀=サンらはソ連へ移送されることとなり、午後4時にはDC-3型機に乗せられ奉天を発ったそうです

失意の溥儀=サンら一行には、機内でソ連空挺部隊の携行レーションである黒パンと肉の缶詰が供されたそうなんですが、時期的にもおそらく、この肉の缶詰も、米国から輸送されたおなじみのスパム缶あたりだったんではないですかしら…

無題
Name名無し 22/10/31(月)11:40:16 No.544304
クレイジーキャッツの映画を撮った古澤監督ってパレンバン降下作戦に参加したという噂があってパレさんって呼ばれてたとか
実際は参加してないってどこかで読んだけど
クレイジーキャッツの映画みたいに歌いっぱなし踊りっぱなしの作戦になったんだろうか
引用元:http://may.2chan.net/39/res/544013.htm