無題Name名無し22/08/15(月)18:53:52 No.89284



https://twitter.com/Tamara2501e/status/1558503248419364864


無題Name名無し 22/08/15(月)18:54:24 No.89285
https://twitter.com/Tamara2501e/status/1558506900420931585

無題
Name名無し 22/08/15(月)19:00:36 No.89287
https://twitter.com/2011029/status/1558671982711164928

無題
Name名無し 22/08/15(月)19:05:22 No.89288
https://catalog.archives.gov/id/76375

本映像は、ここからダウンロードできます

全ての著作権は合衆国公文書管理局が所持しており、商用利用は認められません

無題
Name名無し 22/08/15(月)20:06:12 No.89299
>https://catalog.archives.gov/id/76375
>本映像は、ここからダウンロードできます

動画、アナタハンの女王事件の関係者だろうか?
それとも別の島からの送還者か・・・

無題
Name名無し 22/08/16(火)05:49:49 No.89355
>投降時に自分達が持っていた歩兵銃と米軍の歩兵銃を交換して使い方を説明する日本軍兵士とアメリカ軍兵士

~その時から77年後~
https://www.reddit.com/user/Mau_Beni/submitted/

無題
Name名無し 22/08/16(火)16:20:36 No.89454
>~その時から77年後~
>https://www.reddit.com/user/Mau_Beni/submitted/

そのredditの書き込まれてる、エジプト軍と共同演習した元米兵の体験記が面白いな

トラックの車内に誰かがヌードポスターを貼っていたため、50人ものエジプト兵が我先にと押し寄せて、阿鼻叫喚の大混乱に陥った
上官らしき軍曹が、混乱を収めようとして叫んでいたが、誰も聞く耳を持たなかった
やがて1、2分すると、エジプト軍の小隊長がやって来て、警棒か乗馬用の鞭か何かで兵たちを叩いて整列させて、ようやく混乱が収まった
そのとばっちりを受けて、米軍側はせっかく公開展示していたAAVを片付けるように命令された

鞭で部下を叩かないと言う事を聞かないとか、エジプト軍はやべぇな
旧日本軍より酷でぇ…っていうか戦国時代の若党や中間や下人レベルなんよ

無題
Name名無し 22/08/15(月)22:58:39 No.89311
ボルトアクション式の銃は米軍ではほとんど使われてなかったと聞いた

無題
Name名無し 22/08/16(火)06:04:25 No.89357
>ボルトアクション式の銃は米軍ではほとんど使われてなかったと聞いた
M1903スプリングフィールドなら第二次大戦中期まで使われてたと思うけど、それとは別の話?

無題
Name名無し 22/08/16(火)07:57:33 No.89368
>M1903スプリングフィールドなら第二次大戦中期まで使われてたと思うけど、それとは別の話?
戦前から使っているM1903は1942年末チュニジア上陸の陸軍部隊、1943年にガダルカナルに上陸した海兵隊などが使っています
陸軍憲兵などの後方部隊、海兵隊は戦時生産型のM1903A3を使っていますね
狙撃銃としては専用のM1903A4、M1903改狙撃銃(海兵隊)は戦中を通じて終戦まで使われています

無題
Name名無し 22/08/16(火)10:02:22 No.89376
>No.89368
後、1944年のノルマンディー上陸作戦でも一部の陸軍歩兵師団がM1903を装備していたと言う話を聞いた事が有ります。
また、非戦闘部隊ではM1903でも足りないのでM1917エンフィールドが配備され、同小銃の狙撃仕様も少数使われています。

無題
Name名無し 22/08/16(火)07:05:45 No.89362
今更詮無き話ではあるが、日本軍も自動小銃を配備して欲しかったな
ドイツからStG44の図面とか入手出来なかったんだろうか

無題
Name名無し 22/08/16(火)07:48:43 No.89366
>今更詮無き話ではあるが、日本軍も自動小銃を配備して欲しかったな
>ドイツからStG44の図面とか入手出来なかったんだろうか
パンツァーファウストとシュレッケも追加で

無題
Name名無し 22/08/16(火)11:52:21 No.89399
>ドイツからStG44の図面とか入手出来なかったんだろうか

仮に図面が有っても当時の日本の技術力では量産なんて夢のまた夢だったでしょうね。

無題
Name名無し 22/08/16(火)19:53:50 No.89496
> 仮に図面が有っても当時の日本の技術力では量産なんて夢のまた夢だったでしょうね。

短機関銃含めこの手の小型自動火器の大量生産にはプレス加工技術が必須
米英ソ独のように短機関銃を100万丁以上作った国にはその技術があった
それがない日本では百式短機関銃を全部切削加工で作るという贅沢品で2万丁どまり

無題
Name名無し 22/08/16(火)09:48:46 No.89375
>今更詮無き話ではあるが、日本軍も自動小銃を配備して欲しかったな
ドイツやロシアでも少ししか配備できなかったし当時の日本の国力と生産能力じゃ無理ゲーよなぁ
短機関銃もまともに配備できなかったし・・・

無題
Name名無し 22/08/16(火)10:11:50 No.89377
>No.89375
それと自動小銃を部隊配備する場合、意外と問題なのが弾薬補給で、WW2中にこの問題を解決出来たのは、早々と軍馬に見切りを付けて陸軍部隊の自動車化を進めた米軍だけでした。
当時の日本は勿論、米国以外の国の軍隊では弾薬輸送は馬かラバが主流だった時代に、小銃の自動化は補給面で無理が有ったんです。

無題
Name名無し 22/08/16(火)10:17:29 No.89378
>短機関銃もまともに配備できなかったし・・・

まぁ短機関銃は仕方ない
旧陸軍のように、中国大陸での戦闘に特化した軍隊だと、短機関銃の需要は無かったのだろう
有効射程の短い短機関銃なんて、塹壕での陣内戦闘とか、ジャングルや市街地での不意の遭遇戦くらいでしか役に立たないからな

というか、現代の観点から見ても短機関銃なんて要らねぇ…
そんなもんに余計な国力を注ぐくらいなら、まだショートカービンを配備した方がマシではなかろうか

無題
Name名無し 22/08/16(火)11:19:34 No.89384
>有効射程の短い短機関銃なんて、塹壕での陣内戦闘とか、ジャングルや市街地での不意の遭遇戦くらいでしか役に立たないからな

槓桿式小銃・装弾数5発では、当てられるようになるだけでも大変だが、短機関銃は訓練期間が短く済むと考えられていた
独ソ戦でソ連軍がPPSHを多用したのはそのため

自動小銃採用は補給段列も充実していないと結局モノにならない。軍馬は能力の割に維持費が高く、自動車化したほうが良いとどこの国の軍隊も考えていたが、当時はトラック1台でもとても高価…数が全ての輸送なのに、数が揃えられなかった。
実現はアメリカにしか考えられなかった

日本軍は単純にカネ・資源なしなので、槓桿式小銃以外選択はなかった
しかも将校は拳銃か軍刀のみなので、将校の頭数ぶん火力が少ない軍隊だった。

無題
Name名無し 22/08/16(火)11:50:12 No.89396
熟練工が兵員にされ、女子供が作ればな

無題
Name名無し 22/08/16(火)10:50:34 No.89382
>旧陸軍のように、中国大陸での戦闘に特化した軍隊だと、短機関銃の需要は無かったのだろう
上海海軍特別陸戦隊「えっ」

無題
Name名無し 22/08/16(火)10:54:23 No.89383
戦時の日本じゃそりゃ九九式を1丁でも多くつくろうとなるよねそりゃ
自動小銃や短機関銃なんて作る余裕なし
でも末期に作られた九九式なんて見た感じ撃ちたくはねぇな・・・

無題
Name名無し 22/08/16(火)12:16:51 No.89405
>>No.89384

99式短小銃や99式軽機なんか導入しないで
38式騎銃を主力の歩兵分隊火器で良かったんじゃね?

96軽機や38式騎銃は完全部品互換にするとか生産性を高めるような
工数を減らすとか部品数を減らすとか
96式軽機は銃身交換が容易なんだし、銃身の冷却フィンを省略して
少し肉厚の重銃身にして交換用銃身を分隊の歩兵に持たせておけばよくね?

実にタイミングの悪い時に歩兵銃の口径を変更したもんだ

無題
Name名無し 22/08/16(火)18:30:17 No.89477
>>>19
>99式短小銃や99式軽機なんか導入しないで38式騎銃を主力の歩兵分隊火器で良かったんじゃね?

結論から云えば、日本の実情では38式小銃&96式軽機の組み合わせが最善だった

当時、7-8㎜クラスの小銃弾が流行っていた
7㎜未満の銃弾だと1発じゃ倒せないとか、負傷してもすぐ回復してしまうと信じられていた
特に、ソ連兵が着ている厚手のコートや袈裟懸けしている厚手の毛布で弾道が曲がってしまうとさえ考えられていた
曲がらない弾道。当たれば1発で戦死か、廃兵(障害者)になる威力が求められていた

後知恵論だが、今の5.56㎜や5.45㎜を見れば、この考えは間違いなのが判る。
1発では斃せない、ではなく当たっていなかったのだ。
むしろ重傷者を増やした方が後送に人手が割かれて敵に打撃を与える。

38式の6.5㎜弾とは、先取り5.56㎜弾だった。

無題
Name名無し 22/08/16(火)18:47:28 No.89479
>96軽機や38式騎銃は完全部品互換にするとか生産性を高めるような工数を減らすとか部品数を減らすとか96式軽機は銃身交換が容易なんだし、銃身の冷却フィンを省略して少し肉厚の重銃身にして交換用銃身を分隊の歩兵に持たせておけばよくね?
>実にタイミングの悪い時に歩兵銃の口径を変更したもんだ

本当にこれだった。
貧乏な国が、最大消耗品である弾薬の補給系統を混乱させただけだった
生産簡素化と信頼性向上。弾薬系統の統一を図るべきだった

南方のジャングルでは交戦距離も短い。6.5㎜でも遜色なかった。

無題
Name名無し 22/08/16(火)19:30:50 No.89488
>No.89384 No.89477 No.89479
支那事変前からの大口径化の既定路線化
大口径化を後押しする支那戦線からの意見(陸軍の一番重要な戦線で金も人も支那で費やした)
ビルマ戦線は軍事的に44年まで日本の勝っていた戦線(綻んでいたのは軍政)
敵も長い小銃、長い軽機関銃でジャングル短距離戦向きの装備ではなかった(M14とAK-47のようなことながなかった)
前提懸案で、ジャングルは一番重要な戦線でなく、勝ち続けて、敵と明確な差が無い
どこに当時の日本に6.5mmを維持することを後押しする事例があるんですか?

無題
Name名無し 22/08/16(火)20:01:26 No.89498
だから、後知恵論。

日本陸軍にとって想定戦場は広大な満州や日中戦線だったが故に大口径化路線だったのに、数年の情勢変化で南方のジャングルで戦うことになった
陸軍と海軍で想定敵国が違うことから来る悲劇。
大戦後の小口径化の趨勢を見れば6.5㎜は決して的外れな弾薬でない。冬戦争でも38式小銃の評価は高い…
欧米は、WWⅠの記憶が鮮烈で想定戦場が交戦距離が長めのヨーロッパだったため口径を維持したに過ぎない。
米英は有り余る物量で、ビルマや南方には交戦距離が短くても良いSMGやM1カービン配備で対応している

無題
Name名無し 22/08/16(火)21:14:35 No.89519
>米英は有り余る物量で、ビルマや南方には交戦距離が短くても良いSMGやM1カービン配備で対応している
日本軍も連合軍ほどでないにせよ鹵獲したと思われる短機関銃を結構活用してたらしいね
当時の連合軍の報告によればマレー方面では中隊の前に短機関銃を持った斥候を一人か二人は配置していたそうだし
軽機関銃と併せて実際以上の火力を持ってるように思えたほどだとか

>Notes on Japanese Warfare on the Malayan Front
http://www.lonesentry.com/manuals/malayan-front/index.html

無題
Name名無し 22/08/16(火)22:01:07 No.89530
> 大戦後の小口径化の趨勢を見れば6.5㎜は決して的外れな弾薬でない。

大戦後の小口径化はライフルの時間当たり投射弾量の向上と1セットなので、ボルトアクション銃のままの帝国陸軍にはそのまま当てはまらない

無題
Name名無し 22/08/16(火)20:08:04 No.89505
小銃の大口径化は装甲車対策もあるしやらないわけにはいかないでしょ

無題
Name名無し 22/08/16(火)20:37:04 No.89511
あと弾小さいと茂みや枝でそれ易かったり
木の幹とか抜けなさそうだし…撃つ弾の数が増やせた自動化が
進んでから小口径化が進んだんだし

無題
Name名無し 22/08/16(火)20:57:05 No.89516
>だから、後知恵論。
308を採用してNATO諸国にも強要したのにベトナムでおっ始めたアメリカと似たような状況だよね
アメリカはさっさと自分だけ223に行って更新できる体力があったのが違うけど

無題
Name名無し 22/08/16(火)21:03:15 No.89517
6.5mmでは中国の土壁相手に威力が足りなかった
敵のチェコなんかの7mm以上が撃ち返してくると凄い勢いで崩れるので羨ましがった
そんな経験もあって大口径化が必要と思ったのかもね
機械化もし始めて車両や航空機も撃たないといけないので汎用性がある大口径化へ向かったのも分からなくない
対空の6.5mm機銃は正直使い物にならないと評価していたみたいだし
アメリカみたいに12.7mmの重機関銃が潤沢にあれば火力は十分とされて、日本も6.5mmのまま続行したかもしれない

無題
Name名無し 22/08/16(火)21:34:18 No.89522
馬でなくボンネットトラックには6,5は非力すぎただけで6,5は当時の歩兵の天敵であった騎兵隊相手に最適化された結果だろ
敵の自動車化を想定し7,7に行ったの当たり前過ぎるし徹甲ならBT抜けるとなりゃそりゃ7,7にしろなるわ!

無題
Name名無し 22/08/16(火)21:35:28 No.89523
日本人の体格が大きければ最初から大きな口径の弾が採用できててたかもね
歴史的にアジア人小さい、欧米人とたんぱく摂取量違いすぎるんだろな
漫画のゴールデンカムイみたいに日本人体格よければ絶対6,5ミリ弾路線行ってねぇよなぁ…

無題
Name名無し 22/08/17(水)14:10:11 No.89619
一応確認の為に書いておくけど、米陸軍に於けるSMGは戦車、装甲兵器車内装備、偵察部隊用などの補助兵器
カービンは本来拳銃装備者の火力向上を狙った拳銃代替品
従って将校、上級下士官や重火器兵用自衛火器、小銃射撃が主でない工兵等の装備品
英軍に於いてのSMGは分隊長クラスの装備品です
 米軍に於いては海兵隊のSMG、カービン装備率が高い印象が記録写真から伺えますが海兵隊は専門外で分かりません

無題
Name名無し 22/08/17(水)14:16:58 No.89620
あ、米軍のレンジャーや海兵レイダース、パラマリーンや英軍コマンドや空挺など特殊な兵科以外の話ね

無題
Name名無し 22/08/17(水)20:51:26 No.89667
1660737086013

>日本軍も連合軍ほどでないにせよ鹵獲したと思われる短機関銃を結構活用してたらしいね

およそ中隊単位で鹵獲銃による「自動小銃班」なる特設部隊を編成して運用する例とかもあったそうなんですが、当時はまだカテゴリー分けが厳密でなかったこともあって、「自動小銃班」と言っても実際の装備は機関短銃(サブマシンガン)であったとかなんとか

実際兵隊さん個人の手記などでも、自動小銃と機関短銃を混同というか同一視してる例がチラホラ見受けられるんですが、歩兵第18師団第124聯隊所属だった高崎伝酸という方の回想記によると

「(中国大陸で)各地区には武装巡警が日本軍に協力していた。当時の巡警が持っていた兵器は、オモチャのような小さな銃(これが自動小銃で、当時の私たちはその性能を無視していた)(略)」である。この兵器は、日本軍が中国軍から分捕ったろ獲兵器で、その一部を使用させていたのである」

無題
Name名無し 22/08/17(水)20:52:21 No.89668
1660737141693

…なんてありまして、コレなんかいかにも実際にはベルグマン等の機関短銃であったことを窺わせるんですが、高崎氏の手記を引続き引用させて頂くと

「私がはじめて自動小銃弾の洗礼を浴びたのは、太平洋戦争の緒戦『ボルネオ攻略戦』のときである(略)当時の植民地軍は豪州兵、インド兵、オランダ兵で、装備は自動小銃と軽機、それにライフルだけであった」

「前方から『ブルルル…ブルルルル…』と変な銃撃音が聞こえ、そのつど流弾が私たちの方へ飛んで来た。しばらくすると、前方から少尉と20人ぐらいの兵隊が血相を変えて後退してきた(略)少尉はあわてた口調で、『敵は自動小銃という新兵器で、バラバラ機関銃なみに撃ちまくるので、こちらは小銃ばかりでどうにもなりません。別の突破口を探している所です』」

無題
Name名無し 22/08/17(水)20:54:51 No.89671
1660737291597s

「(略)敵がだんだん近くなると、今まで『ブルルル…と聞こえた自動小銃音が、『ダッダダダ…』と大きくジャングル内にひびいてくる。無気味なことこの上ない」

「(略)そのときのろ獲兵器の自動小銃はまったくオモチャのような粗末なものであった。豪州製の自動小銃はその後、ビルマで分捕ったイギリス製と同じ型であったと記憶している」

…とのことで、以降戦中フィリピン、ガダルカナルからインパールと転戦してその度敵の「自動小銃」の威力に苦しめられたという氏の回想なんですが、これも実際はどんな銃だったんですかしら…

無題
Name名無し 22/08/17(水)21:47:08 No.89678
オーステンかオーエン??

無題
Name名無し 22/08/18(木)09:49:33 No.89727
>兵隊さん個人の手記などでも、自動小銃と機関短銃を混同というか同一視してる
私が以前読んだシベリア抑留体験記の文中にて、日本兵たちの作業区域の近くにいるソ連の警備兵が自動小銃を装備していたという記述があり、ずっと気になっていました。
確かにトカレフ SVT-40、シモノフ AVS-36といった本物の自動小銃もありましたけど、いずれも生産数が少ないので東シベリアの辺境の警備部隊にまで配備されていたか疑問に感じたからです。
もしかするとPPSh-41かPPS-43といった短機関銃だった可能性もあり得ますね。

無題
Name名無し 22/08/18(木)09:49:49 No.89728
ちなみにシベリア抑留体験記は多く存在しますが、出版社から発刊された本ばかりでなく、抑留体験者が自分の体験を少しでも人々に知って貰い、また後世に残したいとの思いから、少数のみ発行されて地元の学校や図書館などに寄贈された自費出版書籍が多くあります。
これらの書籍は出版社のバイアスが掛かってない分だけあらゆる事象が正直に書かれており、歴史的資料として価値が高いと思います。
中には自費出版を計画して原稿を書き上げたものの、予算的な理由から出版を断念して、原稿のみが保存されているケースもあり、私が先日読んだ抑留体験記も原稿の状態でした。
根気よく探してみれば、このような自費出版や完成原稿の抑留体験記は多く見つかります。

無題
Name名無し 22/08/18(木)11:52:50 No.89739
昭和一桁生まれの父もサンダース軍曹が撃つ鉄砲もソ連兵が使うマンドリンも「自動小銃」と言っていたので、自動火器は「自動小銃」になっていた可能性が高いように思います

無題
Name名無し 22/08/18(木)12:29:52 No.89743
伏龍隊の本に出てくる、自動小銃の弾倉が合わない話は本当かな?
確かにベルグマン、百式、百式改で皆互換性が無いけど。
百式だと個体毎にすり合わせが必要だったような。

無題
Name名無し 22/08/18(木)23:14:20 No.89854
1660832060721

>伏龍隊の本に出てくる、自動小銃の弾倉が合わない話は本当かな?

あれはそもそも筆者さんが「自動小銃」を選んだのも、その前に取った99式小銃の作りが余りにお粗末で、「薬室が爆発して自分の顔を吹っ飛ばすのは御免だ、と思ったからである」という話の流れでしたし、その後の

「戦後、先任伍長だった海老沢氏もこの日のことを覚えておられ、次のように話された。
『あのときの兵器は70パーセント使用不能という報告が、私のところにも来たのを覚えています(略)一応合格品は全部戦地へ行っていたのですね。兵器としての基準はあっても、当時の日本の情勢としては守れるわけがなく(略)不合格品でもなんでもそこらに積んであったのをよこせ、ということで持って来てばらまいた、というのが実情だったようです』」

…というのが、実際原因だったという話だったんじゃないでしょか

無題
Name名無し 22/08/18(木)23:15:47 No.89855
1660832147769

因みに陸軍中野学校出身で、終戦近くに台湾で現地高砂族の方々からなる山岳戦用の独立大隊の中隊長を務めた井後光弘さんという方の手記に依ると

「大隊長や小隊長の赴任以上に大きな喜びだったのは、山岳地帯の野戦に向いている新鋭兵器、機関短銃の到着だ。これはアメリカの自動小銃に対抗のため、日本で発明したもので、弾丸はピストルのたま。騎兵銃のように短いから、密林戦には邪魔にならないし、弾丸は1分間に3百発ぐらいも飛び出す」
「そう遠くまで弾丸は飛ばないが、密林戦では遠くまでの必要もなく、今まで使っていた散弾銃とは比較にならない性能だ。これが部隊全員の、半分ぐらいまでいきわたったから、その使い方(略)ゲリラ戦の要領を教育した」

…そうです

多いとは言えない生産数の中で、更に不良品も出ちゃうわけですが、それでも使えるロットは、やはりまずなるだけ外地の一線に送られたんですかねえ…

無題
Name名無し 22/08/18(木)23:32:54 No.89858
旧軍でそこまで現場で好評だったらもうちょっと早く多く何かと出せればなと…
既存の騎兵銃的な運用だったらベレッタのM1938Aみたいのが向いてそう

無題
Name名無し 22/08/19(金)21:04:09 No.90013
>熟練工が兵員にされ、女子供が作ればな

米国やソ連も同じ状況だが

無題
Name名無し 22/08/20(土)13:22:20 No.90087
>>熟練工が兵員にされ、女子供が作ればな
>米国やソ連も同じ状況だが
ソ連は知らんが米国の製造業はだれが作っても同じものができるようなシステム
だから経験のない女性工員でも品質を維持できる
日本の当時の製造業は職人が微調整しないと品質を維持できないシステム

無題
Name名無し 22/08/20(土)15:21:46 No.90106
現代日本でも、工場見学のテレビ番組などでやたらと職人がもてはやされるけど、本来は悪習なんだよなぁ…
NC工作機械やマシニングセンタという文明の利器が存在する現代では、よほど特殊な業種でもなければ、本来職人は要らないはずなのだ

どうして職人が未だ存在するのかというと、それは単に、その企業が最新設備を導入できるだけの資本が無く、人間の方が安いというだけだからだ
そしてそんな中小企業が、現代日本の製造業を支えているのが現実だ

将来的には、そういう業態を改革して、職人なんて居なくても、製品を大量生産できるような時代が来てほしいものだな
有事に防衛装備品を戦時量産することを考えても、その方が良いだろう

無題
Name名無し 22/08/20(土)15:31:54 No.90109
http://cgi.2chan.net/f/src/1660977114558.jpg
>だから経験のない女性工員でも品質を維持できる

>日本の当時の製造業は職人が微調整しないと品質を維持できないシステム

当時の日本でも大規模航空機工場とかではきちんと経験の少ない工員でも
品質を維持しながら大量生産できる体制にしているよ。
そうでなきゃ、毎年数千人を新規雇用して生産数を倍々していくなんてできないよ。

え?
それは本当に大きな工場だけで、一般の工場にはそんなシステマチックな
量産技術体制は普及していないって?
それはそう(無慈悲な国力差)

無題
Name名無し 22/08/20(土)15:41:24 No.90113
>どうして職人が未だ存在するのかというと
機械の精度はマザーマシンが保証してくれるけど
じゃあマザーマシンの精度は誰が出すんだ?っていう話でしてね…
弊社は精密加工のために〇下の測定器つかってますけど
営業の話だとワークに触れる測定器の針が職人頼みだそうで
微妙に個体差が出ますな
勿論公差から見れば無視できるレベルですけど

無題
Name名無し 22/08/20(土)15:50:17 No.90116
まあ日本で品質管理(QC)が物になったのは朝鮮戦争でアメリカの生産体制を学んでからだしね。拳銃みれば分かるけど日本ドイツの拳銃には部品一つ一つにナンバーが振ってある。この拳銃はこの部品で調整していますって事だね。アメリカの拳銃にはシリアルナンバーしかない。

無題
Name名無し 22/08/20(土)16:05:48 No.90119
>機械の精度はマザーマシンが保証してくれるけど
>じゃあマザーマシンの精度は誰が出すんだ?っていう話でしてね…

おお、想定通りのレスだ

「マザーマシンは例外だよなぁ。あとは航空機用の炭素複合繊維の成形などといった新素材の加工も職人芸だよなぁ」
と思ったので、「よほど特殊な業種でもなければ」という文言を入れて、逃げ道を作っておいたのだ

確かにその手の業種の職人さんは大事だね

無題
Name名無し 22/08/20(土)21:10:33 No.90163
1660997433347

前述の高橋さんの手記に依ると、ガ島戦当時見た米軍の「自動小銃」は

「溶接でかんたんなアングルをくっつけた程度の玩具のようなものでだった。テレビの『コンバット』で使っているような立派なものではなかった。しかし、命中率はきわめてよく、どうしてこれが日本軍にもできなかったかと、みなくやしがった」

…そうです
コレなんかも実際は当時米軍が使っていた内のどの銃を見ての感想だったのか、気になる所ですねえ

因みにこれは余談ですが、戦中日本陸軍航空本部飛行機課勤務だった山田直さんという方の回想記によると
「飛行機月産数は(略)毎月10%以上の大増産が当時の各種挺身隊、学徒動員等による青年男女の青春を代価として実現していた」

無題
Name名無し 22/08/20(土)21:12:58 No.90164
1660997578281

…ものの、

「(※昭和)19年正月のことであったと思う。飛行機班長藤井一美少佐が主務部員鈴木少佐に向かい『航空飛行機課は軍需省がせっかく増産した飛行機を何故全部、部隊に補給しないのか、補給計画数と軍需省の生産報告とには相当数の差異がある(略)200~300機の猫ババでなければ神隠し機のある明確な説明をせよとの上意であるが、いかにすべきか』と質問した」

…なんてことがあったそうです

要は軍需省が生産会社を指導して大増産した航空機の数に比べて、前線に補給される数が大幅に目減りしてるのは何故か?というのが問題になったという話なんですが、山田氏曰く

無題
Name名無し 22/08/20(土)21:14:09 No.90166
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「生産数ととともに質の問題である。判り易く言えば不合格品の問題を改めて解明せねばならぬのである(略)軍需省は数の要求に狂奔し、補給部飛行機課は質の究明すなわち軍需省のアラを探し、それを公表することになる」
「当時の工業生産にはZD運動等思いもよらぬ。A、Q、L、(合格品質水準)の数値を指摘する人さえなく、部品によっては20~30%の不合格は日常茶飯事」
「飛行機の会社完成から第一線の補給機として(略)飛行機の逓減率を数値、機種別に参謀たちに説明に及んだ」

…とのこと

つまりまあ、生産数として完成されたヒコーキの何割かが実際にはそのまま補給できない品質だったのが、コトの原因の一つだったみたいなんですが、なにか先の100式機関短銃の話が思い起させられますですなあ

無題
Name名無し 22/08/20(土)21:38:00 No.90177
製造工程や設計思想の違いは勿論だけど、材質とかどうだったんだろう
同じ作業でも工具と材質が違えば全く違う結果になる
引用元:http://cgi.2chan.net/f/res/89284.htm