無題Name名無し22/06/02(木)19:49:14 No.538806

本日6月2日はカレー記念日らしいですわよ皆様
というわけでインド軍スレ


無題Name名無し 22/06/02(木)22:04:57 No.538813
http://may.2chan.net/39/src/1654175097162.jpg
建造スケジュールが大幅に遅れた末に
やっと年内に就役が予定されている
インド海軍初の国産空母
2代目ヴィクラント

無題
Name名無し 22/06/03(金)11:05:34 No.538853
>No.538813
あらゆることが遅延するのが逆に当たり前のお国柄だから(棒)
きっと艦内区画や設備をカースト制度と両立させるのに時間がかかったんだろな

無題
Name名無し 22/06/02(木)22:26:45 No.538815
http://may.2chan.net/39/src/1654176405296.jpg
インドの国産戦闘機テジャス

無題
Name名無し 22/06/03(金)07:16:28 No.538850
艦上レセプションでインド海軍にカレー勧めたら美味しいと言ってくれたよ

無題
Name名無し 22/06/03(金)12:50:03 No.538856
空母持ってるのはいいけど護衛はどの船がやるんだ?
バラク8搭載のコルカタ?

無題
Name名無し 22/06/04(土)01:01:16 No.538901
http://may.2chan.net/39/src/1654272076441.jpg
>護衛はどの船がやるんだ?


少し古いけどヴィクラマーディティヤ戦闘群だと。

コルカタ級駆逐艦2隻
タルワー級フリゲート1隻
カルヴァリ級潜水艦1隻
ディーパク級補給艦1隻

にヴィクラマーディティヤを含めた6隻。駆逐艦を増やしたり、カモルタ級対潜コルベットを入れて10隻編成の場合もある。

無題
Name名無し 22/06/03(金)14:58:44 No.538865
http://may.2chan.net/39/src/1654235924860.jpg
インドの空母搭載機ってミグ29Kだったな。ラファール導入ならこれも艦載機になるのかな?

無題
Name名無し 22/06/03(金)21:58:08 No.538889
1654261088314

「大東亜戦争」緒戦で、エゲレス植民地だった香港を攻略したIJA第23軍の経理部糧秣主任だった宮崎弘毅さんという方の手記にある話なんですが、香港攻略戦終了後、

「当時香港で降伏した印度兵は(略)インド工作のためイギリス兵と分離して広東に移動させ、数ヵ所に俘虜収容所を設置した」

「ところが数日後、収容所付主計が私のところにきて、印度兵がハンガー・ストライキをしていると訴えた。私は俘虜の給養は戦争法規どおり、日本軍将兵と同定量定額としているにもかかわらず、ハンガー・ストライキをするのは甚だけしからんと憤慨したが、直ちに池本軍経理部長に報告した。

『宮崎大尉、きみは印度人の種族は何種類あるか知っているか』

私は印度人は印度人で同じであると思っていたので、何のことかわからず、ポカンとしていると、

無題
Name名無し 22/06/03(金)21:58:35 No.538890
1654261115623

『印度は種族により、また宗教により食物が異なるのだ。牛を食わぬヒンズー教。豚を食わぬ回教。肉を食わぬ種族等、異なっているので、日本軍の交付した糧食を食わないのだ。ハンガー・ストライキではないのだ』

と言われ、印度人に対する蛋白質食物を検討せよと指示された」

「これには私も困った。香港で押収した羊肉缶詰も数量にかぎりがある。大いに脳みそを絞った結果、冷凍くじらがいちばんよいと考えた」

「くじらは魚に見えるではないか。私は俘虜収容所の給養係将校を招集し、今後軍は印度兵に対し鯨肉を交付する。皆はくじらの絵を大きな紙に描いて俘虜に説明せよと指示した」

無題
Name名無し 22/06/03(金)21:59:13 No.538891
1654261153562

「すると某将校から、くじらは魚類でなく動物ではないかとの反論が出た。私は

『うそも方便。くじらは海を泳いでいると説明すれば、獣肉を食わん種族も反対しないであろう。大いに宣伝せよ』

と押し切った」

「その後ハンガー・ストライキはなくなり、鯨肉は魚肉として通用し、給養は順調に実施された」

…なんてことがあったそうです

まあちょっとある意味乱暴なハナシではありますが、初めての異文化コミニュケーションに戸惑う、当時の様子が良く伝わってくる挿話ではある気がしますですな

無題
Name名無し 22/06/04(土)11:02:54 No.538916
宗教上の理由で食べられないものが多いってのは補給上馬鹿にならない影響が出そうよね
かといって無視したらそれはそれで大変なことになるんだろうし・・・

無題
Name名無し 22/06/04(土)12:06:02 No.538919
>宗教上の理由で食べられないものが多いってのは補給上馬鹿にならない影響が出そうよね
>かといって無視したらそれはそれで大変なことになるんだろうし・・・
実際レーションでもムスリム用とかベジタリアン仕様とかあるし
アメリカみたいな補給の太いとこだから出来るんだろうけど

無題
Name名無し 22/06/04(土)12:45:15 No.538920
捕虜にした相手の食文化に合わせて食事供給なんてそりゃ難しいよな
現在だと食の多様化が進んでさまざまなものを食べる機会があるけど当時なんて自国の料理以外食ったことないって場合も多いだろうから
食事に対してより保守的だろうし

無題
Name名無し 22/06/04(土)14:39:02 No.538925
http://may.2chan.net/39/src/1654321142977.jpg
シク教は教義上ターバンが義務化されてるから
シク教の兵士もターバンに近い形状のヘルメットを被る
patkaと言うそうで結構防弾性能が高いんだと
ただ最近流行りのヘルメットにカメラやら暗視装置やら付ける場合どうするんだろうな

無題
Name名無し 22/06/04(土)17:09:10 No.538932
PKOのブルーターバンとかね

無題
Name名無し 22/06/04(土)20:04:03 No.538936
知らないで食べればセーフ、ノーカンって話なんだから
なんの肉?って聞かなきゃいいのに

人間の食える肉だ、さっさと食って糞して寝ろw

無題
Name名無し 22/06/05(日)17:59:12 No.538991
>知らないで食べればセーフ、ノーカンって話なんだから
>なんの肉?って聞かなきゃいいのに
日本で働くインド人にインド人の主食はカレー?って聞いたら
そんなしょっちゅう食ってないよ!って力説された
また宗教上食ってはいけない食材に関しては海外に渡った人達は
こっそり食う事が多いそうな(個人差有)
神様も大目に見てくれているよって茶化されたけど実際その人は食ってたw

無題
Name名無し 22/06/06(月)18:07:55 No.539026
1654506475851

>こっそり食う事が多いそうな(個人差有)

日本に来たムスリムが豚肉の旨さにハマり、イスラム教から神道に改宗しようと神社に行ったら神官から日本は神様沢山いるから1人に絞る(改宗)必要ないですと言われ、なんて慈悲深い宗教なんだと感動したらしい
>神様も大目に見てくれているよって
日本に来るとそういう考えになるのかね、呼び方変えただけで神様が誤魔化される訳もない

無題
Name名無し 22/06/05(日)10:33:14 No.538972
日本陸軍参謀本部第8課所属の参謀として、対インド工作の担当者に任命された藤原岩市さんという方がいらっしゃいまして、戦前から戦中にかけて、シーク族主体の秘密独立結社「インド独立連盟(ILL)」との連携や、インド人捕虜を主体とした親日的な「インド国民軍(INA)」の編成などに大いに働いておられるんですが、氏の回想によれば、対英米戦開戦後のある時、インド人捕虜との親睦の助けになればと、藤原氏ら「F機関」のメンバーとILLおよび捕虜の面子が参加する「昼食パーティ」を計画したことがあったんですとか

テーブルにはインド兵手作りの本場インド料理が並び、同じくインド兵の中の音楽家によるインド音楽の演奏が華を添えたんですが、反応は予想外に強かったそうでして、捕虜部隊の指揮官の一人だったモハンシン=サンという方が、やおら立ち上がると

「戦勝軍の参謀が、敗戦軍の捕虜、それも下士官までまじえて同じ食卓で、しかもインド料理を会食するとは、心から感激せざるを得ない」

無題
Name名無し 22/06/05(日)10:34:45 No.538973
「英軍では、同じ戦友でありながら、英人将校がインド兵と一緒に食事することもなく、インド人将校の切望にも拘らず、将校集会所でインド料理が提供されたことも、なかった。この敵と味方、勝者と敗者、民族の相違をこえた温かい催しこそ、日本のインドにたいする誠意の千万言にもまさる実証である」

…と、感謝のスピーチを始めたんだそうで

昼食会の想像以上の効果に藤原さんも

「古い川柳に『檀那寺食わせておいてサテといい』というのがあるが、なるほど、胃袋に訴える作戦は有効だと、しみじみ痛感しました」

…そうなんですが、内心満足しつつ、ゆったり笑いながらいざ食卓についたところで、おおいに困惑してしまったんですとか

無題
Name名無し 22/06/05(日)10:35:51 No.538975
なにしろインド人も満足の本場インド料理ということで、食卓上の料理は

「油でいためた甘い飯や、口が裂けるほど辛いカレー(略)など、私には全くもって手のつけようもない」

…という馴染みのないモノばかり、特に如何にも辛そうなカレーには躊躇されたそうなんですが、ここで手をつけなかったらせっかく生まれたての信頼感も台無しになってしまう…と意を決し、インド側に倣って素手でカレーを口中に放り込むと、なるべく二噛み以上は口内にとどめず、夢中で飲み込んだそうです

カレーの猛火に焼かれてこわばる頬に必死に微笑を維持しつつ完食した藤原参謀の努力の甲斐あってか、以降インド側と藤原氏の関係は非常に良好なモノになっていったそうなんですが、今でも例えばインドに派遣される自衛隊の武官の方なんかは、インド料理店等で予め「予習」されていったりされるんでしょうか…w

無題
Name名無し 22/06/05(日)16:04:53 No.538986
>「英軍では、同じ戦友でありながら、英人将校がインド兵と一緒に食事することもなく、
>インド人将校の切望にも拘らず、将校集会所でインド料理が提供されたことも、なかった
きっとイギリス人は辛いものが苦手だったんだな(棒)

無題
Name名無し 22/06/06(月)15:04:24 No.539021
まあ、最悪菜食メニューに逃げるという手もあるし・・・

無題
Name名無し 22/06/06(月)15:11:05 No.539022
士官学校は陸海空が一緒で防大みたいだったな
朝はベッドまで紅茶持ってきてくれた
艦もお茶の時間があって紅茶とビスケットが出てきた

無題
Name名無し 22/06/06(月)21:20:19 No.539033
1654518019811

WW1の際のエゲレスの出征軍人数はおよそ390万人を数えたそうなんですが、インドも英陣営の一員として150万人を動員、内110万人が海外の戦線に参加して、連合軍の重要な戦力となっているんだそうで

これらの外地に出たインド軍将兵の給養については、一応英側でもそれなりに気を使っていたそうで、菜食主義者の為にダール豆や牛乳、グル(インド伝統の無精製糖)などが用意されていた他、シーク教徒やムスリム、ヒンドゥーといった各宗教の教義に考慮が払われていたそうなんですが、特に苦労が大きかったのが食肉に関する問題であったそうです

エゲレス軍の軍用レーションといえば(不味い)コンビーフに(不味い)ガチガチのビスケット、というのが定番だったわけですが、かつてインド本国で1857年、現地人のセポイさん達が支給されたライフルの薬包に、牛さんや豚さんの脂が塗られていると信じた結果、ナニが起ったか…という苦い経験に基づき、コンビーフ缶はインド人部隊の駐屯地には決して近づけないよう、注意深く隔離されたんですとか

無題
Name名無し 22/06/06(月)21:25:23 No.539035
1654518323598

変わって支給されたのが新鮮な羊肉やヤギ肉で、幸い農業国フランス内の西部戦線のような場所では現地調達が可能であったそうなんですが、これまた各宗教で屠殺の作法が異なるために、各教徒用に生きたままのヒツジやヤギを調達して陣地まで連れてきたのち、充分間を離して設置された専用の屠殺場で、協議に則り処理しなければならなかったそうです(因みに冷凍肉供給の提案は丁重に拒絶されたとのこと)

それでも、時には片方の屠殺場から飛んで来たハエが、うちのお肉を汚染した!なんてことですらトラブルになったそうで、補給担当者の苦労の種はなかなか尽きなかったようです

それでも、逆に言えば常に新鮮な食肉を与えられるインド人部隊の給養は、毎日変わり映えのしないコンビーフ尽くしの一般英将兵さん達から、時に羨望の目で見られることもあったんだそうで

無題
Name名無し 22/06/06(月)21:27:07 No.539036
1654518427130

インド人兵士さん達が塹壕の中で、自前で拵えた簡易な器具を使い「アッタ(麦の全粒粉)」で焼き上げるチャパティも、カチカチに乾いていざ食べる時には「調理」すら必要な英軍のビスケットよりは余程食事としては優れていて、後にはエゲレス軍の方でも、フィールド・キッチンが使用できなような時でも作れるメニューの一つとして、自軍の野戦食メニューに取り入れたりもしているんだそうで

英軍将兵さん達の中には、時に自分の塹壕を抜け出してインド人部隊の陣地を訪れ、新鮮な羊肉や焼きたてのチャパティ、そしてエキゾチックなカレー料理のご相伴に与るのを楽しみにしていた方もおられたそうなんですが、やはり祖国の味と士気の維持の関わりというのは、どこの国の軍隊でも切り離せない問題なのですかしら…

無題
Name名無し 22/06/06(月)22:13:04 No.539039
http://may.2chan.net/39/src/1654521184386.mp4
あちらの本格的なカレーを作る極意として
日本人の感覚ではありえない量のタマネギをみじん切りにし
これまたたっぷりの油で焦がさないようにひたすら炒める
味の決め手は塩!ということで、実はベジタブルカレーであっても
油分や塩分の面ではヘルシーとは言い難いという
動画は偽インド人

無題
Name名無し 22/06/07(火)02:40:04 No.539045
たまねぎ大量にみじん切りであめ色になるまで炒めるって
それ日本でもよく聞く作り方だと思うが

無題
Name名無し 22/06/07(火)11:21:08 No.539053
http://may.2chan.net/39/src/1654568468740.jpg
インドは今後もロシアから兵器購入し続けるんだろうか。今回のウクライナ侵攻で使い物にならないって証明された感じがするが

無題
Name名無し 22/06/07(火)16:29:35 No.539062
>インドは今後もロシアから兵器購入し続けるんだろうか。今回のウクライナ侵攻で使い物にならないって証明された感じがするが
使い物になるかどうかは重要じゃない
主敵のパキスタンと中国に対峙するにはロシアと仲良くせざるを得ないし、
西側から武器供給がストップする可能性もある

無題
Name名無し 22/06/07(火)17:18:53 No.539063
テジャスって空母から飛ばしたり野心的な動きあるけどアージュンは?
自走砲作る計画あったよな?

sage
Name名無し 22/06/07(火)22:39:54 No.539070
http://may.2chan.net/39/src/1654609194638.webp
>アージュンは?

魔改造を重ねてここまで形が変わりました、
けどパキスタンのアル・ハリド2(VT-4)に対抗できるかは分からない
派生型の自走砲は察して下さい。

無題
Name名無し 22/06/09(木)12:58:25 No.539123
>魔改造を重ねてここまで形が変わりました、
>けどパキスタンのアル・ハリド2(VT-4)に対抗できるかは分からない
チャンカンアーマーとかいうのは完成したんだろうか
黄金聖衣って意味らしいけど…

無題
Name名無し 22/06/08(水)05:46:55 No.539074
http://may.2chan.net/39/src/1654634815686.jpg
あのFw190でお馴染みのクルト・タンク設計の
インド国産戦闘爆撃機HF-24マルート
エンジンが非力だったのと
ソ連機のほうが安値という理由で
やがてMiG-23に置き換わられていった

無題
Name名無し 22/06/09(木)10:32:11 No.539121
http://may.2chan.net/39/src/1654738331616.jpg
自動二輪車の機動力に全方位へ即座に指向可能な火力と情報収集能力をコンパクトにまとめた画期的な高機動兵員輸送システム

無題
Name名無し 22/06/10(金)05:56:59 No.539148
http://may.2chan.net/39/src/1654808219172.jpg
インド軍のINSAS小銃。銃として問題だらけだったとか

無題
Name名無し 22/06/10(金)21:14:34 No.539179
http://may.2chan.net/39/src/1654863274341.jpg
これがいわゆる魔改造

無題
Name名無し 22/06/11(土)08:54:46 No.539199
http://may.2chan.net/39/src/1654905286739.jpg
>これがいわゆる魔改造

立派な空母に見えるけど艦橋クソ邪魔だな
アークロイヤルとかクレマンソーは艦橋端っこにぺったりくっついてるのに

無題
Name名無し 22/06/11(土)02:04:44 No.539193
1654880684903

>カレー粉

WW1期のインド人兵士さんへの日額給与の規定によると、4オンスの食肉、24オンスの「アッタ」、4オンスのダール豆、2オンスの「ギー)精製バター)」などの他に、唐辛子とターメリック、ニンニクを0.16オンスずつ、0.33オンスの生姜などのスパイスを支給することになっていたそうです
玉ねぎは現地調達したんですかしら…

因みにWW2の頃のインド軍兵力は、およそ300万人ほどに拡大していたそうなんですが、人員確保の為に入隊基準を緩めたり、当時のインド国内の経済的苦境の影響を受けて困窮者が軍に志願したことなどから、その内の少なからぬ数が実戦投入前に「徹底的な栄養状態の修復」を要するという状態であったそうです

加えて軍の支給する糧食の内容も栄養学的に優れていたとは言い難く、対日戦初期のビルマ戦線で英印軍が日本軍相手に壊滅的な敗北を喫した理由の一つが、こうした劣悪な給養による兵の疲弊であったとも言われているんだそうで

無題
Name名無し 22/06/11(土)02:05:41 No.539194
1654880741192

そういうわけで、日本軍への雪辱を誓う英印軍ビルマ軍団司令官ウィリアム・スリム=サンなどは、デリーのインド軍総司令官オーキンレック=サンの所まで赴き直談判に訴えるなどしてその改善を訴えたそうなんですが、その甲斐あってか1943年頃から、種々の改善策が次々に導入されていったんですとか

それらは炊事部隊の設立にはじまり、栄養豊富なメニューの導入、生鮮野菜や果物の支給量の増大が行われた他、宗教上のタブーに触れることなく、全ての兵士が利用できるような新たなフィールドレーションの開発も行われたそうです

メインディッシュの羊肉缶には勿論、各宗派ごとの適切な屠殺方法を経たことを保証するラベルが貼られ、ビスケット・チョコレート・チーズ・イワシ缶、砂糖、粉末牛乳、お茶、塩などの他に、各種栄養が強化された1食1350キロカロリー相当の栄養チョコレートバーなども用意され、総エネルギー量も2700~4400キロカロリーと、それまでに比して格段に向上した内容になっていたとのこと

無題
Name名無し 22/06/11(土)02:06:18 No.539195
1654880778004

このインド人兵士向け配合食品セット、後の1944年のインパール作戦時の激戦地コヒマでの英軍戦記などにもその記述が出てくるんですが、当時同地で戦っていたエゲレス陸軍兵士のトニー・ベネット=サンという方の回想によると、インド人兵士向けの配給はイギリス人向けのモノに比べると、ビスケットの代わりに米、肉の代わりにオイル付のイワシが用意されるなどの配慮がされていたそうなんですが、「全てがカレー粉で味付けされていた」為、トニー=サンら英国人兵にとってはあまり魅力的ではなかったそうですw

ともあれ、インパールを目指して勇んで進軍した日本軍が、弱敵だったはずの英印軍の頑強な抵抗の前に、遂に頓挫を余儀なくされたのも、あるいはこうした「食」の面からの戦力増強の所為であったのかも知れないですな

もっとも、そもそも初期のインド軍兵士…というかインド人の方々が、ロクな栄養も取れないなんて程困窮していたのは、当時のインドの宗主国の責任だと思うんですが、さて、当時インド行政に責任を負っていたのは…一体どこの国でしたですかね(棒)

無題
Name名無し 22/06/11(土)12:29:46 No.539210
日本軍で攻撃前のご馳走にカレーライス陣地で作ったら、匂いで敵に接近を気付かれる!と怒られた人がいたそうな
つまりインド軍は隠密作戦は苦手・・・?

無題
Name名無し 22/06/11(土)12:58:10 No.539211
ヨットレースやってる人によるとカレーの匂いは
水平線の向こうで視認できない風上の艇からのものでもはっきり判るとか

無題
Name名無し 22/06/12(日)15:05:09 No.539269
http://may.2chan.net/39/src/1655013909145.jpg
インド軍は1961年に設立された防衛食品研究所(DefenceFoodResearcLaboratory:DFRL)が、陸海空軍向けの各種レーション、果ては宇宙飛行士の宇宙食開発などを一手に引き受けているそうなんですが、DFRLの開発した製品の一つに、パキスタンとの国境地帯の警備に当る兵隊さんたち向けの「スパイス入りチョコ」なんてものもあるそうです

チョコレートにコショウ、ジーラ(Jeera=クミンのことですね)、レモンで風味付けしてあるというこのチョコバー、間食ではなく、食事の30分前に齧ることで、高地の低酸素・低気圧・低温環境の影響を受けて落ち込んでしまう食欲を回復させる為のものだそうなんですが、逆に言うと低地で普通に暮らしている、私らのような一般人が普通に食べてもやっぱりおいしくないんでしょかね

無題
Name名無し 22/06/12(日)15:06:33 No.539270
http://may.2chan.net/39/src/1655013993911.jpg
仮想敵国パキスタンと対峙する緊張した国境地帯とあって、調理の必要がなく温めるだけで食べられる米料理の罐詰なんかも用意されているそうで、自衛隊の「缶飯」を知る我々には親近感が湧くんですがw
中味はやはりインドらしく、チキン・ビリヤニのようなスパイシーなメニューが中心だそうです

他にも米軍MREに相似形のレトルトのメインミールパック、フリーズドライ食品、体力増進効果のある飲料など、DFRLの開発した製品は実に多岐にわたるそうなんですが、非常用の栄養バーなどには、インド伝統のお菓子である「チッキ(Chikki、ナッツなどを糖で固めたもの)」「グル(粗糖)」が主用されるなど、やはりお国柄が反映された内容になっているんですとか

「グル」なんかはWW1の際にも、宗主国イギリスがわざわざ取り寄せて欧州で戦うインド人兵士さん達に支給していたものですし、伝統食への嗜好は根強いモノがあるんでしょうね、やっぱし

無題
Name名無し 22/06/12(日)15:10:26 No.539271
http://may.2chan.net/39/src/1655014226272.jpg
因みにDFRLでは、1時間に4000枚のチャパティを焼き上げる製造装置なんかも考案していて、民間にも技術移転され活用されているそうなんですが、日々の主食であるチャパティだけに、特にそのレーション化にも並々ならぬ努力が払われてきたそうです

焼きたてのチャパティも、1日か精々2日で変質して食べるには躊躇する状態となってしまうわけですが、保存性向上の為、まずソルビン酸やプロピオン酸のような化学防腐剤の添加が試されたものの、防腐剤の苦い後味や長期保存中の乾燥による食味の変化は将兵さん達に大不評、このチャパティはできそこないだ、食べられないよ!と総スカンを食ってしまったそうです

そこでソルビン酸の添加量を減らし、発酵乳などにも含まれるナイシンなどの天然保存料などで代替するなどして味の改善が図られ、最終的には包装・熱処理技術などを含む各分野の研究結果も総動員して、ようやく化学添加物を含まず、理想的な食味を保ったままの製品開発に成功したとのこと

無題
Name名無し 22/06/12(日)15:11:04 No.539272
http://may.2chan.net/39/src/1655014264998.jpg
日本の自衛隊の戦闘糧食も、各型の改良の変遷を経ても米飯がメニューから外れる事はありませんでしたが、偶にではなく、毎日食べるモノだからこそ、その品質には妥協は許されず、特に高いクオリティが求められるのも当然!ということなんですかしら…

無題
Name名無し 22/06/13(月)15:25:22 No.539305
インド、中国、パキスタンの三国が領有権を主張するヒマラヤ山地のカシミール地方は
超緊張地帯なんでしたっけ…
居住するには不向きな環境でも、兵力を貼り付け続けなければいけない事情もあるんでしょうね

無題
Name名無し 22/06/13(月)17:39:16 No.539306
http://may.2chan.net/39/src/1655109556277.jpg
フォーランド・ナット
開発元のイギリスでは戦闘機としては採用されなかったものの、
輸出先のインドでは印パ戦争などで大活躍した小型ジェット戦闘機
自重わずか2トン、ミサイルも複雑なFCSもないものの軽快な運動
性能を生かしてパキスタン戦闘機を食いまくった、シンプルイズベスト
を体現したような機体

好き。

無題
Name名無し 22/06/13(月)20:02:20 No.539309
1655118140301

熱心なインド独立運動活動家だったラース・ビハーリー・ボース=サンという方が、英当局の取り締まりを逃れて日本に亡命、その際潜伏先としていた「クリームパン」の元祖として有名なパン屋さんの新宿中村屋でインド料理を自炊していたのが、後に中村屋で「インドカリー」が商品化されるきっかけとなった…という有名なエピソードがあるんですが、R・B・ボース=サンは既に日本で定着していたカレーについて、
「インド貴族の食するカリーは決してあんなものではない」
と大いに不満を抱いておられたんだそうで

「中村屋」喫茶部で商品としてインドカリーを売り出すに当たり、コンサルタント役とも言うべき役割を果たした氏は作り方や材料に徹底的にこだわり、開店後も暫くは毎朝店を訪れては、その日の出来栄えを自らの舌で確かめていたとのこと

無題
Name名無し 22/06/13(月)20:03:36 No.539310
http://may.2chan.net/39/src/1655118216927.jpg
R・B・ボース=サンにとっては、エゲレス人流の改変を経て伝えられたそれまでの日本の「カレー」ではなく、本格的なインドカリーを売り出すことも、日本人の目を「現実のインド」に向けるための手段、反英植民地闘争の一環であり、イギリス人に奪われたモノを取り戻す活動の一つというわけであったんですとか

そんなR・B・ボース=サンも、残念ながら悲願のインド独立をその目で見ることは叶わないまま、1945年1月、日本国内で亡くなられておられるんですが、晩年の病床に診察に訪れたお医者さんが、「食欲はどうですか?」と聞くと、苦笑いを浮かべて
「食べたいものを、食べさせてくれないから駄目なのです」
…と答えたそうなんですが、
「何が食べたいのです?」
…と重ねての質問への答えは、勿論
「インドカリー」
…であったそうですw

無題
Name名無し 22/06/13(月)20:04:42 No.539311
1655118282028

一方、やはり熱心なインド独立の志士で、こちらはドイツに亡命、現地で対英戦で捕虜となったインド人兵士による義勇軍を組織したりしていたスバス・チャンドラ・ボース=サンという方も、戦中日独潜水艦を乗り継いで来日しておられるんですが、長い航海中も比較的元気にふるまっていたものの、潜水艦内生活での夜食含む1日4回の高カロリー食には閉口したらしく、同乗していた潜水隊司令相手に「またメシですか」なんて苦笑する姿がみられたそうで

それでも無事日本に到着したチャンドラ・ボース=サンは精力的に活動を開始、インド国民義勇軍総司令官に就任すると、同軍を率いてインパール作戦にも参加、念願の祖国解放に向けての進撃を開始するんですが、周知のように同作戦は失敗に終わり、翌年には日本自体が敗戦という事態に

それでも挫けないチャンドラ・ボース=サン、ドイツの次は日本、日本の次はソ連だ!…と反英勢力を頼っての独立運動継続の為に、IJA手配の97式重爆に便乗して満州へ向かったんですとか

無題
Name名無し 22/06/13(月)20:06:28 No.539312
1655118388582

ところがこの機がその途上台湾の飛行場で事故を起こし炎上、チャンドラ・ボース=サンも瀕死の大やけどを負ってしまうんですが、その夜、看護に当っていた衛生下士官さんが、せめてもの気休めに何か食べるか?とたずねたところ、返ってきた返事は
「カレー」
…というものであったんだそうで

うなずいた下士官さんは急いで炊事場にかけこみ、やがて出来上がったカレーライスをスプーンで掬って与えたそうなんですが、
「グッド」
とその味を褒めた氏も、2、3口食べたところで遂に力尽き、帰らぬ人となったそうです

インド開放に尽力しつつも叶わぬまま、故国を遠く離れて亡くなった二人の「ボース」サンが、共に末期の味に望んだのがカレー(カリー)だったようなんですが、二人にとってその味は他の何よりも、望んで止まない祖国を思い起させるものだったのかも知れないですなあ

無題
Name名無し 22/06/14(火)07:20:34 No.539319
テジャスMk.2の風洞試験モデル

https://youtu.be/ZgPZFBgHw4k

無題
Name名無し 22/06/14(火)07:23:08 No.539320
http://may.2chan.net/39/src/1655158988447.jpg
RCS低減のためか、以前公開された展示品に比べてインテーク形状やカナード位置が変更されているようです。
引用元:http://may.2chan.net/39/res/538806.htm