無題Name名無し21/03/03(水)09:20:18 No.18437

800px-JU_52_3M
Description : Junkers Ju 52/3m, Lufthansa Traditionsflugzeug D-AQUI auf dem Flughafen Hannover Langenhagen (HAJ)
Source : selbst aufgenommen
Date : Frühjahr 2000
Photographer : Gero Brandenburg
Upload : 11:27, 27. Mär 2004 Mex


軍用3発機スレ

三さんサン!爽やか3発!


無題Name名無し 21/03/03(水)13:14:20 No.18463
http://cgi.2chan.net/f/src/1614744860064.jpg
ハインドは3発機!

無題
Name名無し 21/03/03(水)13:19:36 No.18465
先生!APUは三発目に入りますか?

無題
Name名無し 21/03/03(水)16:08:35 No.18481
二段過給器は推進力にするエネルギー取られて大変
排気タービンは熱が大変
では過給器用エンジンを積むのは?

4発機からしかないんだっけあれ

無題
Name名無し 21/03/03(水)17:41:47 No.18487
http://cgi.2chan.net/f/src/1614760907382.jpg
>二段過給器は推進力にするエネルギー取られて大変

>排気タービンは熱が大変
>では過給器用エンジンを積むのは?
>4発機からしかないんだっけあれ

WW2中のドイツでは、旧式化したJu86双発爆撃機に二段遠心式過給機付きのユモ207A-1ディーゼルエンジン及び与圧室を積んだJu86P、更に亜酸化窒素によるGM1出力増強装置を増加したJu86Rなどの高高度偵察機(上昇限度1万2千~4千m程度)が造られて、実戦投入もされているんですが、計画だけで終ったJu86R-3では、胴体内に両翼のエンジン用の過給機と、それ専用のエンジンから構成される「HZ装置」を装備する「三発機」であったんだそうで

無題
Name名無し 21/03/03(水)17:43:48 No.18489
1614761028087

「HZ装置」用のエンジンには1500馬力のDB605Tが使われたそうなんですが、実機が製作されなかったJu86R-3の他に、やはり与圧室付の高高度偵察/爆撃機を目指した造られたDo217P、Hs130Eなどでは試作機に「HZ装置」が搭載されて試験を行っており、高度1万5千m近くの高高度への上昇にも成功しているそうです

もっとも、その後何れも実用化には至らなかったようなんですが、やはり過給機の為だけにエンジン1基を使うのは、当時のドイツにはちょっとゼイタク過ぎたんでしょうか…w

無題
Name名無し 21/03/03(水)16:28:41 No.18482
http://cgi.2chan.net/f/src/1614756521360.jpg
民間からの転用だけど、三発。

無題
Name名無し 21/03/03(水)20:42:52 No.18511
http://cgi.2chan.net/f/src/1614771772464.jpg
>民間からの転用だけど、三発。

こちらはDC-10の空中給油機版
KC-10エクステンダー

無題
Name名無し 21/03/03(水)16:37:20 No.18483
http://cgi.2chan.net/f/src/1614757040526.jpg
海上自衛隊の三発機!

無題
Name名無し 21/03/03(水)16:45:27 No.18484
http://cgi.2chan.net/f/src/1614757527393.jpg
わりとすぐにネタ切れが来そうなお題ですな

無題
Name名無し 21/03/03(水)17:57:26 INo.18493
http://cgi.2chan.net/f/src/1614761846779.jpg
現代の双発旅客機もAPUはジェットエンジンなわけだし
三発機といえないこともない

無題
Name名無し 21/03/03(水)21:31:37 No.18514
http://cgi.2chan.net/f/src/1614774697400.jpg
>現代の双発旅客機もAPUはジェットエンジンなわけだし

>三発機といえないこともない
じゃ、じゃあBLCエンジンも…!

無題
Name名無し 21/03/03(水)18:29:38 No.18499
60年代旅客機の華やかな競合以外はどうもパっとしたイメージがないな…
3~4t運べるSM82は枢軸側輸送機じゃかなり良かった方か

無題
Name名無し 21/03/03(水)18:50:53 No.18506
http://cgi.2chan.net/f/src/1614765053808.jpg
実用戦闘機で3発機があるかなーと探していたらYak-38とYak-141のソ連VTOL兄弟がリフトエンジン2基とメインエンジン1基で3基
反則ギリギリ感

無題
Name名無し 21/03/03(水)19:54:16 No.18507
1614768856610

さっさと貼っておく

無題
Name名無し 21/03/03(水)20:09:11 No.18508
http://cgi.2chan.net/f/src/1614769751981.jpg
エンジンの出力不足から米空軍での使用は短期に終わった
ノースロップYC-125レイダー

無題
Name名無し 21/03/03(水)20:29:03 No.18510
http://cgi.2chan.net/f/src/1614770943832.jpg
旧ソ連で開発された地面効果翼機(エクラノプラン)
推進用のターボプロップ1基、補助用ターボジェット2基を装備する
A90オリョーノク

無題
Name名無し 21/03/03(水)22:15:49 No.18518
http://cgi.2chan.net/f/src/1614777349055.jpg
プラモデルで有名なサザンクロス・・・

無題
Name名無し 21/03/04(木)00:27:06 No.18532
http://cgi.2chan.net/f/src/1614785226869.jpg
鬼才フォークト博士作

無題
Name名無し 21/03/04(木)18:27:49 No.18559
http://cgi.2chan.net/f/src/1614850069208.jpg
レシプロ2発ジェット1発の3発機

無題
Name名無し 21/03/04(木)20:55:51 No.18574
1614858951330

かつて満州国には、満州航空という独自の民間航空会社があったそうなんですが、その満州航空が設立された1932年9月26日の翌日、元満州国黒龍江省市政警備処長の蘇炳文=サンが満州里において蜂起、現地法人多数を人質にとって、独立を宣言するなんて騒動が巻き起こったんだそうで(ホロンバイル事件)

「満州航空」ではこの時、事態を知らずに満州里へ向かって消息を絶った、同社所属の「フォッカー3M(=フォッカーF.VII)」三発旅客機1機の捜索の為、別の「フォッカー3M」機を派遣しているんですが、捜索隊の指揮をとったのは、元陸軍大尉で、かつてシベリア派兵の際には偵察機の操縦士として活躍した経歴のある、永淵三郎総務部長兼運行部長であったそうです

捜索隊の「フォッカー3M」は、蘇炳文軍の占領する満州里にまで足を伸ばしているんですが、その行動はなかなか大胆で、満州航空の操縦士だった松井勝吾氏の手記によりますと、不明機の捜索に留まらず

無題
Name名無し 21/03/04(木)20:57:06 No.18575
1614859026647

「客席を全部外し床に爆弾投下の穴を開け、爆弾を沢山積みいざ離陸。敵は飛行機の事など殆ど知らないので高度百メートルで敵陣地の真上を直線に飛び、後ろの客室では永淵氏指導のもとに将校が次から次へとどんどん落とす」

「陣地を過ぎれば又迂回して最初の地点上空からどんどん落とす。落とし終わると直ぐに引き返して又積んで離陸再投下」

…なんて爆撃行まで行っていたそうなんですが、当時関東軍の主要機材だった、複葉単発の88式偵察機が精々積めて4、5発という爆弾を、数十発搭載して来襲する「フォッカー3M」三発機は、反乱軍には恐るべき「重爆撃機」と見られていたそうです

「満州航空」は民間会社といっても、国策会社として国の支援を受け、陸軍OBが多数在籍、有事の徴用も前提で設立された会社ではあったんですが、それでも曲りなりにも「民間機」が後方支援のみならず、爆撃まで行っていたというのは、日本では珍しいハナシではあるんじゃないでしょうか…w

無題
Name名無し 21/03/04(木)21:08:40 No.18577
http://cgi.2chan.net/f/src/1614859720509.jpg
こいつがまだ出てないなんて…

無題
Name名無し 21/03/04(木)21:23:08 No.18580
http://cgi.2chan.net/f/src/1614860588647.jpg
見た目からして三発なヘリはないかと探したらイギリスに辿り着いた

無題
Name名無し 21/03/04(木)21:56:48 No.18582
1614862608577

発進した時は3発機だから

無題
Name名無し 21/03/05(金)05:38:24 No.18600
>発進した時は3発機だから
でも最後は見捨てるんだろう?

無題
Name名無し 21/03/05(金)10:25:15 No.18605
>でも最後は見捨てるんだろう?
実際見捨てなかった場合帰れんのかなこれ

無題
Name名無し 21/03/05(金)11:51:18 No.18610
http://cgi.2chan.net/f/src/1614912678600.jpg
>>でも最後は見捨てるんだろう? >>1

>実際見捨てなかった場合帰れんのかなこれ
英文サイトを漁ったけど任務未達成時も時の対応に触れた所はなかったね
「武器の重量は3,500kgで、そのうち1,725kgはヘキソゲンとTNTの高い爆発物混合物でした」
との記載だから信管も生きてるだろうし投棄な予感
訓練時は子機の操縦装置を残した機体で行って分離して双方が着陸したそうだ

無題
Name名無し 21/03/05(金)09:58:16 No.18604
http://cgi.2chan.net/f/src/1614905896485.jpg
Yak-38やYak-141と同じく
推進用のエンジン1基、垂直離着陸用のエンジン2基を装備した
旧西ドイツのVFW VAK191B

無題
Name名無し 21/03/05(金)20:00:58 No.18626
http://cgi.2chan.net/f/src/1614942058490.jpg
WW2中、散々ボコボコにされて恨み重なる宿敵エゲレス海軍に一矢報いるべく、イタリア軍も色々と画策しているんですが、その一つにSM79三発雷撃機を丸ごと無線操縦の対艦飛行爆弾にする、なんて作戦があったんですとか

胴体下に特製の大型爆弾を塔載したSM79の離陸は便乗したパイロットが行い、所定の高度で安定した所で無線母機のカントZ.1007三発爆撃機にコントロールを受け渡して、SM79のパイロットはパラシュートで脱出、後はSM79の後方から追随するZ.1007が、目視でSM79を遠隔操作し敵艦に向けて突入させ、海中で分離した爆弾が遅延信管により、水中爆発で大きなダメージを与える…という目論見であったそうです

1942年8月12日には、実際に英国の輸送船団を目標にこの「三発コンビ」の飛行爆弾一組が出撃しているんですが、無線母機に操縦を移してからほどなく、無線操縦装置に故障が発生、コントロール不能となったSM79は燃料が切れるまで飛びつづけたのち、アルジェリアの山中に空しく爆・発・四・散!してしまったとのこと

無題
Name名無し 21/03/05(金)20:03:47 No.18627
1614942227687

「墜落」したSM79を発見した現地の方々は、無残に焼け焦げたバラバラの残骸の中に、乗務員さんたちの姿がないことに困惑したそうなんですが(棒)

それでも無線誘導飛行爆弾のアイデアを諦めないイタリア軍は、今度はSM79の改造機でなく、小型の単発単葉機でやはり離陸操作用のパイロットシートを持つ、"AR(Assalto Radioguidato)"機の開発に移り、実際に数機が製作されて、再び英艦隊攻撃に向けて準備が進められたそうです

マッキMC202単発単座戦闘機を誘導母機として、「ミステル」のような親子飛行機形式での運用も考えられていたという"AR"機なんですが、こちらも結局1943年9月のイタリア降伏により、実戦投入されないままに終ってしまったそうで

結局パッとしないまま終わってしまったイタリアの飛行爆弾なんですが、ある意味ではイタリア軍用ドローンの始まりは、「三発爆撃機」からだった…というハナシになるんでしょうか…w

無題
Name名無し 21/03/05(金)20:33:05 No.18628
1614943985737

三発機の見捨てるだと思った?残念!単発でした

無題
Name名無し 21/03/06(土)00:18:24 No.18636
Me262の初号機にレシプロエンジンが付いていたとかなんとか

無題
Name名無し 21/03/06(土)19:33:40 No.18672
http://cgi.2chan.net/f/src/1615026820058.png
>Me262の初号機にレシプロエンジンが付いていたとかなんとか

これはこれで妙にまとまっているような

無題
Name名無し 21/03/07(日)10:04:17 No.18727
1615079057281s
WW2中のドイツ空軍に、ハインツ・ベーア=サンという方がいらっしゃるんですが、この方は1935年9月25日、仏空軍のカーチスH-75(P-36の輸出仕様)を撃墜したのを皮切りに、1939年から45年まで総出撃回数1千回超、西部戦線から東部戦線、末期の本土防空戦まで闘い続け、総撃墜数220機という超ベテランであったそうです

メルダース=サン率いる第51戦闘航空団所属として戦争に参加して、その終結をガランド=サンを初代司令とする、Me262ジェット戦闘機装備のエリート戦闘機隊である第44戦闘飛行団で迎えたベーア=サンなんですが、初めてMe262に搭乗したのは、1945年1月、ジェット機パイロットの訓練・補充を担当していた第2補充戦闘航空団司令に転出してからのことであったんですとか

同飛行隊はMe262の新しい形式の実用実験も担当していた為、「ベーア実験飛行隊」の別名もあったそうなんですが、その中の1機に、ジェット2基と別にヴァルターロケットエンジン1基を装備した、Me262C-1aという「三発機」タイプがあったんだそうで

無題
Name名無し 21/03/07(日)10:06:20 No.18728
ベーア=サン曰く、

「ジェット機に移ってからの撃墜の一部は、Me262にMe163と同じタイプのロケット・モーターを追加装備した特殊型によるものだった。私はこの方に乗った最初の出撃の際に<モスキート>を撃墜することができた」
「この特殊型Me262は時速750キロまで加速した後に急上昇に移り、高度1万mまで3分間というすごい上昇力を持っていた」

…とのこと

終戦までにMe262で18機を撃墜し、独ジェットパイロット中での公認撃墜数1位となったベーア=サンが、ジェット最初の戦果を挙げたロケット付き三発のMe262C-1a、ロケットモーターを両翼2基に増やしたMe262C-2bともども、「祖国防衛機(ハイマートシュツッアー)」なんて勇ましい名で呼ばれたそうなんですが、如何せん十分な戦力になるまでの時間は、もう残されていなかったようですなあ

無題
Name名無し 21/03/07(日)10:41:19 No.18731
エンジンの性能があがると廃れましたね

無題
Name名無し 21/03/07(日)11:03:53 No.18733
イタリアの大戦機の三発機なんて、どれも解説読むとエンジンパワーが足りないから三発にした、なんてのばかりやからな
千馬力三発で三千馬力より千五百馬力双発で三千馬力のがそりゃあ使い勝手いいよね・・・

無題
Name名無し 21/03/07(日)13:57:52 No.18741
双発や4発機ならだいぶドライにできる胴体までウェットになって実際攻撃受けるとモロいものの
機体大型化抑えつつ馬力稼ぐ方法としては悪くなさそうに思えるが
エンジン生産に余裕があった国で採用がほとんど無いまでに嫌われるデメリットはなんだろ

無題
Name名無し 21/03/07(日)14:26:08 No.18746
爆撃機とかだと機首に機銃砲塔付けられないし、爆撃手席もずらさないとだからね

無題
Name名無し 21/03/07(日)16:38:54 No.18756
>エンジン生産に余裕があった国で採用がほとんど無いまでに嫌われるデメリットはなんだろ
前に指向できる防御火器が著しく減るとかですかね。
対爆撃機戦術として防御砲火に晒される時間が最小になる正面から突っ込んで一撃加えてそのまま離脱する戦術が効果的で、その対策にB17は機首下に連装銃塔を追加したりしましたよね。

無題
Name名無し 21/03/08(月)09:24:31 No.18791
>前に指向できる防御火器が著しく減るとかですかね。
さらに追加するとこれだけありますね。
・コクピットからの前下方視界が悪くなる。
・航法士(兼爆撃手)席を機首から胴体下面のゴンドラに移す必要がある。
・ゴンドラを張り出した分だけ空気抵抗や重量が増える。
・場合によっては爆弾倉のスペースを圧迫する可能性もある。

普通に4発機にした方がよさそうですね…。 (´・ω・`)b

無題
Name名無し 21/03/08(月)14:08:54 No.18796
輸送機なら戦闘に関する難点はそう問題にならなくないかね
二線級のエンジン寄せ集めてできるって点ではもともと向いてるし

無題
Name名無し 21/03/07(日)15:54:46 No.18753
1615100086540

イタリアのSM79雷/爆撃機には、機首のエンジンを除いて爆撃手席を設けた双発機仕様もあるんですが、、大出力液冷のユモエンジンへ換装し、三発機型の腹部に出っ張った(空気抵抗のもとの)爆撃手用ゴンドラを撤去したSM79JRなどは、三発機型とほぼ性能的には遜色がなかったそうです…w

因みにSM79というと、朝日ソノラマの「マルタ島攻防戦」の中に、1942年8月、マルタ島へ向かう連合軍船団を襲った独伊空軍連合部隊の話が出てくるんですが、

「20機のユンカース88爆撃機によって第1撃が行われ(略)18機の戦闘機と急降下爆撃機が低空から攻撃している間、10機のサボイア79イタリア雷撃機が、イギリス艦隊の前方(略)に『モトボンバFF』を投下する。これはパラシュートを付けた旋回する魚雷の1種で(略)水面に達すると(略)大きく円を描いて疾走する」
「イギリス艦隊の隊形を混乱させ(略)その後5以内に行われる魚雷攻撃に対して、船団各船を無防備状態にさらすことを意図したものであった」

無題
Name名無し 21/03/07(日)15:57:33 No.18754
http://cgi.2chan.net/f/src/1615100253054.jpg
「このほかグライダー爆弾という秘密兵器があって(略)無電操縦により航空母艦の攻撃に使用される事になっていたが(略)使用されるに至らなかった(先述)」

…という、大規模かつ多段の攻撃計画の要であったんですとか

実際の戦闘の経過を見ると、最初のJu88爆撃機の攻撃はエゲレス空母の艦上戦闘機により撃退され英側には被害はなく、続いて行われた「モトボンバ」及び通常の航空魚雷を積んだSM79の編隊による攻撃では、輸送船「デューカリオン」及び英駆逐艦「フォーサイト」が被雷して沈んでいるそうです

因みに米タンカー「オハイオ」では、空襲中、ブリッジの脇にパラシュート付きの「機雷」が引っかかっているのを発見し、海中に投棄したそうで、恐らくこれもイタリア機の投下した「モトボンバ」であったと思われるんですが、イタリア製の秘密兵器と三発機の組合わせ、それなりに戦果を挙げたということなんですかしら…

無題
Name名無し 21/03/08(月)18:37:07 No.18803
1615196227735

WW2のSM79部隊の対艦船戦果は、1940年7月8日にエゲレス軽巡「グロースター」を爆撃によって損傷させ、艦長以下18名を戦死させたのに始まり、同年9月18日には重巡「ケント」に魚雷を命中、同艦を1年近くドック送りにしているそうです
SM79の攻撃で損害を受けた連合軍艦船は、他にも軽巡「リヴァプール」「グラスゴー」「アリシューザ」「マンチェスター」「フィービ」空母「インドミタブル」(全て雷撃によるもの)等があり、撃沈した船舶も先の駆逐艦「フォーサイト」や駆逐艦「フィアレス」、累計数万トンに及ぶ輸送船など決して少なくなく、連合軍…というかエゲレス軍にとっては、独空軍機には及ばないとしても、決して侮れないと存在であったようですなあ

また、1943年9月のイタリア降伏後も、ドイツ側に立って連合軍と戦闘を続けた「共和国空軍」のSM79は出撃を続けていて、1944年4月10日にアンツォに停泊する連合軍輸送船3隻を撃沈、6月4日から5日にかけては、大胆にも長距離飛行用に改造した機体を用いて、長駆ジブラルタルの英軍基地に、夜間奇襲爆撃をかけるなど奮闘しているそうです

無題
Name名無し 21/03/08(月)18:39:33 INo.18804
http://cgi.2chan.net/f/src/1615196373662.jpg
因みにSM79の発展型としてスタートしたSM84の部隊も、1941年9月27日、英戦艦「ネルソン」に航空魚雷1発を命中させているんですが、この攻撃の際、英艦隊に触接して、その情報を送り続けていたのが、ジョヴァンニ・デル・ヴェント=サンという方の操縦する、カントZ.506三発水上偵察機であったんだそうで

ヴェント=サンは攻撃後も、味方雷撃機が海上に撃墜されたのを見て、その乗員救助に向かうんですが、運悪く英軍艦上戦闘機に発見されてしまい乗機は炎上、ミイラ取りがミイラになった形で、自身は負傷、クルーの方々共々海上漂流を余儀なくされてしまったとのこと

もっとも、十数時間の漂流後、やはり味方水上機に救助されたヴェント=サン、英戦闘機2機を反撃で落とし、漂流中も部下の人命保持に尽力した功を讃えられ、生還後叙勲されているそうなんですが、直接攻撃戦力としてだけでなくこうした「脇役」にも、「三発機」が重宝されていたみたいですねえ…

無題
Name名無し 21/03/08(月)22:08:17 No.18811
1615208897016

三発機といえばイタリアのSM.75
大戦中、東京まで↑の機体で連絡飛行を成功させた。
(途中、ウクライナと内モンゴルで中継着陸)
ただ途中でソ連領内を思い切り飛行してたため、日本はこの陽気な冒険者たちを半ば軟禁状態としこれを秘匿。憮然として彼らは帰路につく(もちソ連領内を飛行)。
イタリアでは帰還した英雄たちの偉業を称えこの出来事を大宣伝、以後は立ち消え…

イタリア人適正、◎冒険 〇少数戦闘 ×総力戦

無題
Name名無し 21/03/09(火)08:08:54 No.18827
>No.18811
領空侵犯中のソ連邦のウクライナに中継で着陸という経緯が原文を読まないと良くわからなげ

無題
Name名無し 21/03/09(火)15:19:32 No.18839
http://cgi.2chan.net/f/src/1615270772210.png
>領空侵犯中のソ連邦のウクライナに中継で着陸という経緯が


中継地は当時ドイツ勢力下にあったというだけの話
そっから先のソ連領上空を飛ぶのが最短ルートだった。
ソ連と厄介を避けたい日本は冷や汗もの

無題
Name名無し 21/03/08(月)22:19:38 No.18814
http://cgi.2chan.net/f/src/1615209578871.jpg
潜水艦で片道三か月を要した移動が空路なら三日程度と期待は大きかったが・・・
https://comandosupremo.com/rome-to-tokyo/
https://youtu.be/5rG0mOAV07U
内モンゴル―東京間は識別のためこのような塗色で飛んだそうだ。

無題
Name名無し 21/03/09(火)12:54:09 No.18834
3個目の部品は他とかなり違うはずだから維持費も高そう
4発なら左右か4つとも同じ部品多いはずだけど

無題
Name名無し 21/03/09(火)06:00:23 No.18823
整備員にしたら、同じ性能なら双発機の方が手間が減るんだろな
パイロットも慣れないとスロットル同調とか双発より面倒くさそう・・・

無題
Name名無し 21/03/09(火)13:27:37 No.18835
四発機になると当時のエンジンは調整が必要だったので機関士が乗って操作していました
双発や三発ではどうだったのだろう
双発くらいならパイロットがやっていたようだけど

無題
Name名無し 21/03/09(火)15:55:42 No.18840
3発機ってことは奇数だからプロペラトルクも起きているはずだよね
長距離の飛行は面倒そうだ

無題
Name名無し 21/03/09(火)20:35:44 No.18850
イタリア雷撃機は魚雷2発積めたんだっけね

無題
Name名無し 21/03/09(火)20:52:15 No.18851
1615290735991

>SM.75

戦中立川の陸軍審査部で、軍属の整備員として働いておられたわちさんぺいさんの「空のよもやま物語」に、「ローマから来た男」と題する一章があるんですが、曰く

「ある日の真っ昼間、『軍属は全員、自宅へ帰るべし』の命令が伝達された(略)翌朝、出勤してみると、北隣の爆撃隊の格納庫に、シッポ(尾部)だけかろうじて押し込み、頭(機首)が入りきれないでいる、化け物みたいな大型機があった(略)三つの発動機をみただけで、イタリヤのサヴォイヤ・マルケッティとわかった」
「中国大陸をぬけて飛来したもので、蒙古で吹き付け塗装したという日の丸の赤が、ばかに濃すぎた(略)この軍事機密が、外部に漏れるのをおそれて、われわれを帰したのである」
「機の”洗濯”にかかった(略)密使たちの姿は、最後まで見ることはなかったが、終始サヴォイアから離れぬ、口うるさい機関士がひとりいて、

『こらッ!そこへ上がってはいかん』『そこは、もっと丁寧に拭け』

無題
Name名無し 21/03/09(火)20:54:13 No.18852
1615290853241

これをイタリア語で言うのだから、言葉はわからない。が、声とゼスチュアで聞きとれる」
「ガミガミ怒鳴っている隙に、なんでも見てやれ…と、ぼくは機内へ入っていった。胴体の内部は、床がベニヤの板張りで、ガランとしただだっ広さ(略)重心位置とおぼしきあたりに、どかーんとドラム罐が一つ、大太鼓のように櫓にのせてあった。なんと…これが(略)潤滑油のタンクである」
「鹵獲されたアメリカ軍の大型機の内部の”作り”にくらべると、これは”空飛ぶ箱”である」
…という印象であったそうです

結局わちさんが会えたのはこのやかましい機関士さんのみで、余りにうるさいのでしまいには日本語が分からないのをいいことに怒鳴りつけたそうなんですがw

好意的にみれば、機関士さんに取ったら長距離飛行で命を託す愛機、整備の責任者として少し神経質になっていても、しょうがなかったのかも知れないですなあ

無題
Name名無し 21/03/10(水)01:17:40 No.18861
エンジン整備放って機体磨きの指導に専念してても大丈夫なくらい、エンジンの信頼性が高かったんだな(棒

無題
Name名無し 21/03/11(木)02:16:11 No.18981
http://cgi.2chan.net/f/src/1615396571122.jpg
カントZ.506三発水上機はWW2中、雷爆撃や偵察、輸送等様々な任務をこなしており、後半は主に海上遭難者の救助を主任務にしていたそうなんですが、時には連合軍側の遭難者を拾う事もあったんですとか

1942年7月28日、イオニア海のイタリア商船攻撃に出た、マルタ島基地の英軍ビューフォート雷撃機の内1機(ストレーバー大尉機)は攻撃で損傷し、ギリシャのナバリノ湾沖合に着水するんですが、脱出した乗員4名を救助したのが、イタリア空軍のZ.506機であったんだそうで

イタリア軍の捕虜となってしまった4名なんですが、翌日別のカント機でタラントへ輸送される最中、隙を見て監視兵に襲いかかると同機を空中で乗っ取り、首尾よくマルタ島付近まで辿り着くんですが、「敵機」とみた同僚のスピットに危うく撃墜されそうになって、慌てて海上に着水し、白シャツを脱ぎ振り回して難を逃れたそうです

無題
Name名無し 21/03/11(木)02:17:34 No.18982
http://cgi.2chan.net/f/src/1615396654064.jpg
燃料を使い果たして海上を漂うカント機の翼上、一緒に英国救助隊の到着を待っていたイタリア人乗員の一人は、ワインをとりだして皆に回しながら「休暇で生れたばかりの赤ん坊を見るつもりだったのに」なんて、ガッカリした顔でこぼしたそうで

ともあれ、「後方勤務」と言えど、実際飛ぶのは敵味方の交戦地域ですし、ハイジャックならまだマシというか、撃墜されることもしばしばであったとのこと

それでも時には一矢報いることもあったそうで、1943年1月7日、2機の英「ブレニム」爆撃機に襲われたZ.506が、射手のピエトロ・ボナンニーニ=サンの反撃により1機を撃墜、撃退しているそうです

ボナンニーニ=サンはそれまでに、ハリケーンやスピット等をZ.506搭乗時だけで5機撃墜していた、「射手」エース(そして「三発機」エース)であったそうでして、「ブレニム」側にしたら、相手を組し易い鈍重な水上機と侮って攻撃を掛けたところが、実はとんだ危険な相手であった…というわけみたいですねえ

無題
Name名無し 21/03/11(木)08:55:50 No.18997
イタリア人ちょっと3発好き過ぎじゃね・・・?

無題
Name名無し 21/03/11(木)09:26:07 No.18999
>ボナンニーニ=サン
ガナーでエースになる人なんて、いる処にはいるんですね。 (・∀・)b スゴーイ

あと海上を飛行する機会が多い機種なら、三発機は意外と実利的な選択肢かも知れませんね。
双発機は片方のエンジンが不具合を起こせば墜落の危険が高まりますし、かといって4発機では機体が大き過ぎて不便になってしまいます。
そんな場合は三発機が丁度いいのかも知れませんね。

無題
Name名無し 21/03/11(木)17:16:20 No.19028
http://cgi.2chan.net/f/src/1615450580743.jpg
イタリアは第一次世界大戦でも、3発爆撃機を多用しましたよね
双ブーム式の中央胴体に、後ろ向きに中央エンジンがつくんですが、おかげでプロペラを避けるための後方銃座の配置が大変なことになっています
もし飛行中足を滑らせたら…(汗)

無題
Name名無し 21/03/12(金)00:10:39 No.19076
>おかげでプロペラを避けるための後方銃座の配置が大変なことになっています
>もし飛行中足を滑らせたら…(汗)
日本も戦間期にそんな爆撃機を作ってましたよね。
アレ? 飛行艇だったかな? (・∀・)b

無題
Name名無し 21/03/11(木)19:38:39 No.19033
http://cgi.2chan.net/f/src/1615459119491.jpg
WW2時のイタリアに、イタロ・バルボ=サンという空軍元帥がおられたんですが、空軍大臣・空軍参謀総長等を歴任したムッソリーニ=サンの盟友で、その後継者と目されていたバルボ=サンが戦中トブルクで亡くなった時、最後に操縦していた機体がSM79三発爆撃機であったそうです

といっても氏の機は連合軍にではなく、防空艦に改装されていた装甲巡洋艦「サン・ジョルジョ」からのフレンドリ・ファイアによって撃墜されたそうなんですが、当時バルボ=サンがドゥーチェ=サンと政策面で深刻に対立していたため、一説には「誤射」ではなく、ムッソリーニ=サンの指示による意図的な「暗殺」であった、なんて言われているんだそうで

そんなバルボ=サンなんですが、WW2前のまだ平和な時代には、イタリア飛行艇隊を率いて大西洋を横断、ルーズベルト大統領以下のアメリカ国民に大歓迎を受けたりもしているんですとか

無題
Name名無し 21/03/11(木)19:42:03 No.19034
http://cgi.2chan.net/f/src/1615459323591.jpg
この時の乗機はサヴォイア・マルケッティS.55、双胴艇体をつなぐ主翼上に串型双発エンジンを乗せた独特のフォルムで、アニメ映画「紅の豚」にもチョイ役で出演しているんですがw
バルボ=サンと合わせて一躍有名となったS.55を、スタイルそのままに推進式三発機として拡大したS.66は、旅客機として使用される予定が、WW2の勃発により、旧式化したS.55に代わって「参戦」しているんだそうで

といってもこんな機体で連合軍艦艇へ攻撃が出来る時代ではなく、専ら海上救難任務に従事したそうなんですが、1941年7月、イタリア軍雷撃機隊がエゲレス巡洋艦「マンチェスター」等を撃破した戦闘において、撃墜されたSM79一機の乗員が、S.66飛行艇に救助されているそうです

そんなS.66飛行艇、戦前英仏との協調会議に臨むムッソリーニ=サンを運んだこともあるんだそうなんですが、ともあれ例えばイタリアでは政治を語る時でも、その背後には必ず「三発機」アリ、というハナシになるんでしょうか…w
引用元:http://cgi.2chan.net/f/res/18437.htm