日本のレーダーName名無し20/12/18(金)01:22:01 No.12465

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映るとも映らんとも灼熱地獄とも


無題 Name名無し 20/12/18(金)02:22:15 No.12468
アメリカとのレーダーの差が致命的な結果になって現れたのが船団護衛
夜間浮上したアメリカ潜水艦はレーダーで的確に日本の輸送船団を捕捉・撃滅していった
逆に日本の護衛艦艇はアメリカ潜水艦を捕捉することができず、護衛艦艇自身も次々とアメリカ潜水艦の餌食になっていった

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)00:47:18 No.12896
>夜間浮上したアメリカ潜水艦はレーダーで的確に日本の輸送船団を捕捉・撃滅していった
>逆に日本の護衛艦艇はアメリカ潜水艦を捕捉することができず、護衛艦艇自身も次々とアメリカ潜水艦の餌食になっていった
頼りの聴音機も探信儀も末期になるまで自己発生雑音の影響で探知能力が抑制されてたしねぇ
夜間戦闘能力の欠如は実に致命的な問題だった

無題
 
Name名無し 20/12/18(金)11:17:37 No.12486
伊58潜だとレーダー使いこなして敵のレーダー波同士の間を浮上航行したりと大胆不敵に振る舞えたよ
もっとも熟練した操作員やら機材やら末期じゃ不足してるからほんの一部だろうけど

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)16:44:37 No.12684
>伊58潜だとレーダー使いこなして敵のレーダー波同士の間を浮上航行したりと大胆不敵に振る舞えたよ
>もっとも熟練した操作員やら機材やら末期じゃ不足してるからほんの一部だろうけど

22号、13号、逆探を装備した伊361型も以下の様にアベンジャーや駆逐艦に先手を取られている
・伊361
掃海艇からの発見通報を受けた護衛空母からアベンジャーが発進、浮上航行中の伊361を視認してロケット弾攻撃
潜航した伊361にソノブイと音響誘導魚雷でとどめ
・伊362
浮上航行中をアメリカ駆逐艦がレーダーで発見(距離12800m)、1700mまで駆逐艦が接近したところで潜航した伊362はレーダーロスト
ソナーでの捜索に移行し、ヘッジホッグで撃沈

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)16:45:20 No.12685
続き

・伊364
浮上航行中をアメリカ潜水艦シーデビルがレーダーで発見し、追尾の後魚雷で撃沈
・伊368
浮上航行中をアベンジャーがレーダーで発見、ソノブイと音響誘導魚雷を投下して撃沈
・伊370
伊362と似た経緯で駆逐艦が撃沈
・伊373
伊364と似た経緯で潜水艦が撃沈

無題
 
Name名無し 20/12/18(金)13:03:07 No.12494
http://cgi.2chan.net/f/src/1608264187682.gif
工作精度はもちろんだけど、心電図みたいなオシロスコープでダイヤル回して探知して・・・よりPPIスコープで誰でも視覚的に理解できるって違いも大きいと思うの

無題
 
Name名無し 20/12/18(金)22:11:11 No.12541
駆逐艦に積んでも電探室が灼熱地獄になったという22号、
潜水艦に積んだらどうなっちゃうんでしょうね

無題
 
Name名無し 20/12/18(金)22:13:32 No.12542
Uボート 対 哨戒機、夜間戦闘機 対 重爆andモスキートなんかはイギリスとドイツのレーダーVS逆探の開発合戦の側面があるけど太平洋は...

日本は夜間戦闘機へのレーダー装備自体がものにならず、アメリカはP-61どころか単発戦闘機のF6Fにすらレーダーを積んで夜間戦闘機に仕立て上げてしまった

無題
 
Name名無し 20/12/18(金)22:56:14 No.12544
1608299774464

性能も上々で量産にも成功した13号

無題
 
Name名無し 20/12/19(土)09:20:54 No.12568
海軍の電探の話をするとこ?
射撃電探なら末期の31号、32号、33号辺りだと測距測角性能も概略要求を満たすようになってきたが間に合わなかったね。
22号も次世代型開発で獲得した要素を取り入れた改5は、レイテ沖海戦で電探射撃を各艦行えるレベルまで何とか安定化。
32号は陸上沿岸砲台にある程度設置されて実用化。

パスファインダー用のppi式(パノラマ電探)は、撃墜B29のAN_APQ13やドイツ経由のx2s(ロッテルダム電探)の情報を得て海軍だと51号電探が三沢で実験して、八甲田や十和田湖が鮮明に映るとこまで行って時間切れ。陸軍はより取組みが早く、米軍のAN_APQ8を参考にタキ14以後のパノラマ電探を試作したが、情報が全然ないね。
遠距離警戒用では海軍の14号電探が500キロ近い探知能力を発揮し、潮岬他5箇所に設置し始めたとこで終戦。

無題
 
Name名無し 20/12/19(土)09:45:58 No.12569
陸軍も電探開発では海軍より先行した部分があるが、あまり話題に上らないのが不憫。さきのタキ14など機上用PPI電探も海軍に先行して機上試験をやりタキ34など派生型を開発していたし、飛行98戦隊の雷装飛龍は全機に低高度用電波高度計を装備、三分の一に機上電探を装備して、末期は3機一組での夜間雷撃に取り組んだ。電波高度計は故障もなく夜間低空飛行に有用だったと。
陸上射撃用電探では、南方で鹵獲した米英の電探やニューマン文書を参考に、3号各型の対空射撃用電探を実用配備。
ドイツのヴュルツブルク射撃用電探の要素を取り入れたり(佐竹式ヴュルツブルク)、日本無線でまるっと複製したり。
海軍も陸上射撃用や探照灯用の4号各型を有効に活用。
探照灯用(英軍のSLC型の模倣発展)は照射毎に確実に敵機を捉える精度を発揮したが、末期はB29からの電波妨害を受けて対策中に終戦。電子戦の端緒ですかね。

日本陸海軍の電波兵器は、映る映らないじゃなく、精度や安定性向上を鑑みるレベルまでは行ってたな、一応。

無題
 
Name名無し 20/12/19(土)16:57:53 No.12595
13号と22号が大半を占めてるけど
陸海軍のレーダーの生産数ってだいぶ差がありますよね

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)14:18:54 No.12675
http://cgi.2chan.net/f/src/1608441534797.jpg
伊26潜水艦の水雷長だった今井賢二さんの手記に依ると、同艦には冷房設備はあったものの「冷気はジャイロやレーダー優先で、人間様にはあまり回って」こなかったそうですw

因みに伊26潜が電探及び逆探を装備したのは昭和18年後半、インド洋での作戦に出発する前であったそうなんですが、

「ようやく電子戦の仲間入りができた。ただし、レーダーは、機器の故障、導波管の浸水などで信頼性にとぼしく、1月に私が伊158戦の航海長のとき実験したものと、あまり変わっていなかった」
「また、電波輻射は、本質的に隠密性を阻害するものとして、潜水艦ではあまり使用されなかった。しかし、逆探は、方位がほとんど出なかったものの、どの艦でも積極的に利用された。周波数範囲は、4mから75㎝であったが、のちに10㎝波の出現により、ふたたび奇襲を受けることとなった」

…とのこと

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)14:20:03 No.12676
http://cgi.2chan.net/f/src/1608441603493.jpg
また今井氏によれば、同艦の22号電探は前述の通り殆ど使われなかったものの

「印度洋は、トビウオとそれを追うイルカが非常に多い」

「2個の大きなラッパ上のレーダー送受波管は、飛行機格納筒の上にガッチリ取り付けられているが、艦が水上航走中、逃げるトビウオがこれに衝突して、のびてしまう」

「艦首からの関係位置がよいのか、高さが適当なせいか、それとも受波管に吸い込む魔力があるのか、実によく当たるのである」

「1時間も走ると、それ以外の所も含め、艦全体で少ない時でも10匹はある」

「ある晩など、一晩で大きなバケツ十杯ほどとったこともある」

…んだそうで

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)14:21:26 No.12677
http://cgi.2chan.net/f/src/1608441686853.jpg
当時伊26潜にはインドに上陸するインド人工作員さん達や、救助した味方飛行艇の搭乗員さんたちなど、正規の乗組員以外に多数の便乗者があった為、

「臨時のお客様を迎えたホテル伊26の番頭として、入港までの数十日間、食料確保をどうしようかと、思い悩んでいた矢先である。まさにレーダーさまさまであった」

…そうなんですが、こういうのも日本製レーダーによる戦果の一つ、ということになるんでしょうか…w

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)14:28:33 No.12679
>…そうなんですが、こういうのも日本製レーダーによる戦果の一つ、ということになるん
>でしょうか…w
潜水艦用のラッパって潜航中に大きな水の抵抗になりそうなものですが
水抜き穴とかあったんでしょうかね
イタリアのGufoみたいな金網にはできなかったんでしょうが

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)14:22:56 No.12678
高雄の22号が乗員たちの手で改造されていたとか

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)17:34:40 No.12688
>高雄の22号が乗員たちの手で改造されていたとか
1944年5月にリンガ泊地に停泊中の重巡洋艦「高雄」に配属になった、橋本文作さんという電測士さんの手記によりますと、当時高雄に塔載していた21号一基、22号二基の計三基の見張り用レーダーは「いずれの電探も性能が思わしくなく」早速その改良に奮闘する事になったとのこと
とはいってもなにせ自身もこの年の3月に兵学校を出たばかり、電探に関しては在学時に2、3回手ほどき程度の講義を受けたかな…という程度で、関連のありそうな物理学や通信術の講義のテキストの類も手許になく、まずは電探取り扱い説明書を何度となく読み返す所からのスタートだったんですとか

また基礎理論の学習の他に、現場では解決すべき様々な問題が山積みだったそうでして、例えば当時の電探は作動開始直後よりむしろ長時間作動させた後の方が安定して稼働する傾向があったそうなんですが、そういう使い方をすると22号では高圧トランスが焼けてお釈迦になってしまい、次々交換となると「スペアも残り少なくなり、お手上げ」

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)17:35:36 No.12689
http://cgi.2chan.net/f/src/1608453336437.jpg
そこで艦内の電機分隊に依頼して、長時間作動に耐えるような容量に余裕のあるトランスを自前で作って貰ったそうなんですが、「あ号作戦」前に完成したこの「高雄」自家製変圧器は見事焼けることなく長時間運用に耐え、電探性能向上に大いに役立ったんだそうで他にも

「22号ではセンチ波発信用の磁電管、出力管の冷却装置が正常に働かない場合があり、冷却水の循環というような無線理論以前の問題を解決しなければならなかった」

「当時の電探はソケット等の接触不良や、不完全なハンダ付けなどによって機器の安定性は極めて悪かった。突然反射波が出なくなり、よくよく調べるとハンダ付けがはがれているのが発見されることもしばしば」
「性能向上対策の一つとして愛宕が採用しているのを、まず真似することとする。22号は電波の輻射と反射波の受信にそれぞれ一個のラッパを用いている(略)このメガホンを継ぎ足して大きく長くする(『何となく性能が向上したように感じられる』程度の効果だったそうですが)」

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)17:39:41 No.12690
http://cgi.2chan.net/f/src/1608453581381.jpg
「22号は左右両舷に一基ずつ装置されていて、その旋回範囲は160度くらい(略)旋回範囲の極限(艦首尾方向)になるとリミットスイッチによって旋回が止まるようになっている(略)この一段しかないリミットスイッチの作動が確実性に欠けていて、往々にして極限方向になってもモーターが止まらず、(ぶつかって)ラッパの中心軸が狂ってしまうことがしばしばあった」

「方向指示盤があるので、それを見ていて極限になる前にスイッチを切るということにしていたが、CRTの監視に熱中してしまうと、この方面に注意が行き届かない。そこで、この際電動旋回をやめ、電探室に大きなハンドルを取り付けて人力で旋回したらどうかという案が持ち上がった(後実現)」
…と苦労は続いたんですが、地道な改良の甲斐あって、1944年10月のレイテ決戦前頃には大分電探の信頼性は向上しまして、夜間演習では22号電探を使用して相手役の巡洋艦「利根」を32キロの距離で捕捉、「高雄」を見つけられない「利根」に無線電話で位置を通知してやるまでになったそうです

逆に言えば、ここまで現場で弄って、ようやく使いモノになるという事なのですかも…

無題
 
Name名無し 20/12/20(日)19:57:26 No.12707
性能はともかく、レーダー担当士官が配属されてからレーダーの勉強始めるとか泥縄もいいとこと言うか・・・
教育が追いついていなかったのかね

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)06:16:44 No.12733
当時の日本で電子機器の知識がある人材なんて限られていたでしょうし、
レーダーもどんどん新しい形式になるでしょうから…
日本のレーダーが評価が低いのも、そういった面での原因があったのかもしれないですね…

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)09:04:56 No.12740
飛行機のパイロットもそうだったんじゃなかったっけ?
ふだんからメカニズムに馴染みがあるかないかで教育の捗り方に差が出るとか

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)13:30:59 No.12752
拙いながらも現場レベルでは改良に奮闘してたが、基礎工業力やマネジメントが劣る感じだね~
コロナ対応でも泥縄感あんまり変わらんのは国民性なんだろうか

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)21:07:00 No.12787
重巡「最上」の高角砲指揮官だった、輿石辯さんという方の手記によると、1944年10月のレイテ沖海戦において、スリガオ海峡に突入する「最上」の射撃練度は

「ある程度の電探射撃は可能であった。すなわち、電探によりおおよその敵艦の位置が分かった場合、まず敵艦の上空に照明弾を打ちあげる」

「そしてわずかなりとも敵影が確認され、一度でも測距ができたら、ただちに射撃を開始出来る程度にはなっていた」

…そうです
もっとも、いざスリガオ海峡に突入して、暫くたった時のこと、

「はるか前方に閃光が見え、ヒューというぶきみな弾道音がきこえた。同時に敵弾が落下し、後檣のアンテナが切れてしまった」

無題 Name名無し 20/12/21(月)21:07:58 No.12790
http://cgi.2chan.net/f/src/1608552478940.jpg
「不意に横っツラをなぐられたようなものである。『くそ』とは思ったが、それにしても敵ながらあっぱれであった。しかし、電探射撃の能力差を思い知らされた一瞬でもあった」

「敵弾はつぎつぎに命中した。まもなく火災がおこり、わが艦影は暗闇の中にクッキリと浮かび上がった」

…そうで、敵側のレーダー射撃による先制で出鼻を挫かれた後は、ほぼ一方的に叩かれてしまったとのこと

輿石氏によれば、

「最上が敵艦から集中砲火を浴びた時、最上の電探では、敵影と島影とが分離できなかった」
…為、
「有効なる砲戦は困難との判断から(略)魚雷戦にはいった。測距のできない敵艦隊に対して、魚雷を射ち込む戦法である」

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)21:09:46 No.12791
http://cgi.2chan.net/f/src/1608552586826.jpg
…とのことなんですが、こちらも結局、有効な戦果は挙げられなかったようです

また当夜は日本側の計画では吊光弾を積んだ水偵と共同で戦闘を行う予定で、実際水偵はスリガオ海峡上空まで飛来していたものの、あいにく低く垂れこめる雨雲に邪魔されて高度を下げられず、遂に敵艦を発見できなかったとのこと

島影など地形の影響でレーダーの能力が制限される問題にはアメリカ側でもしばしば悩まされていて、時に日本側がその恩恵を蒙った例も見られるんですが、ことこの海戦に限っては、レーダー機材の能力差、地の利、天象に至るまで全てが日本側に不利という、徹頭徹尾、ツキに見離された戦いだったということなんですかしら…

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)22:02:46 No.12799
ここまでこのHPのリンクが張られないのに驚き

http://www1.odn.ne.jp/~aac00450/

無題
 
Name名無し 20/12/21(月)23:38:57 No.12808
スリガオの米駆逐艦隊、島を背にして日本側のレーダーを撹乱する戦術を取っていましたよね

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)08:19:56 No.12823
相手が自分たちに出来ないやり方で攻撃してくるってのは戦場じゃかなり嫌な状況だよね・・・
心理的な影響も大きくなりそう

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)09:28:45 No.12826
米はソロモンの夜戦でレーダーの特徴を身をもって経験しましたからねー
太平洋戦争最後の大規模艦隊戦で漸減作戦を見事に決められたのは何たる皮肉か・・・

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)12:56:47 No.12843
レイテ沖海戦の参加艦艇の戦闘詳報読むと、結構スコールや煙幕越しの電測射撃をやってるね。
泊地までレーボックやら改良部品運んできた技術士官も多少は報われた感じ。
金剛か榛名は射撃盤と電測情報の連携も工夫してやってたな。

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)13:22:41 No.12848
妙高が改良受信機付きの22号で夜間電測射撃をやって、襲撃してきた米潜水艦バーゴールに命中弾を与えて撃破したエピソードや、戦後の南氷洋捕鯨再開で保管品の22号を母船に再搭載して氷山回避や霧中航行に役立ったエピソードは好きだな。
3式水中探信儀も魚探代わりに使われたんだっけ。

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)22:51:36 No.12884
1608645096105

>襲撃してきた米潜水艦バーゴールに命中弾を与えて撃破したエピソード

当時第5戦隊所属だった石丸法明さんという方が、手記の中で「妙高」の「バーゴール」との戦闘状況について纏められておられるんですが、それに依りますと、夜間「妙高」の左舷1万2千mに浮上している「バーゴール」を最初に発見したのは電探ではなく、艦橋の20㎝双眼鏡で索敵していた熟練の見張員さんであったそうです

因みに氏によると

「22型水上射撃用の電探が、19年6月のマリアナ沖海戦後に装備されることになった(略)妙高では主砲射撃指揮所の両舷に設置された。なお、機械室は艦橋下の後部両舷に新設された」
「工事が完成したのは、リンガで訓練のはじまった8月上旬であった」

「ちょうどそのころ、久里浜の海軍通信学校に新設された電測学校の、第3期卒業生(略)4名の者が乗艦して(略)いままでの者と一緒に(略)訓練をはじめたのだった」

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)22:52:52 No.12885
1608645172171

「この22型は、水上戦闘用だけあって、性能はよかった。対象物によっては、3万m位まで測れた。切り換え装置でm単位まで測れたが、方位だけは正確さに欠けていた。遊びが大きく、歯車にガタがあり、ガクンと針が飛んだりした」

「大きいラッパ状のアンテナにも問題があった。高速を出すと風をふくみ、ガタガタ揺れるのだった。これらの欠陥はあったが、測距には自信が持てるようになってきた」

「これまでの訓練では、いつも(※双眼鏡の)見張りの7分隊に先を越されていた。『昼行燈』と陰口をいわれたりした。肩身のせまい思いから抜け出せる日が近いと、電探員は信じて訓練に励んでいた」

「レイテ沖海戦では、その機会が無かった。サンジャック沖の戦いが、最初で最後の機会となった」

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)22:54:13 No.12886
1608645253188

…そうなんですが、当時折角水上航行する「バーゴール」を目視で発見したものの、友好国タイの軍艦が近海を航海中との情報を得ていた「妙高」側は判断が遅れ、「バーゴール」に先制の雷撃を受けて艦尾を吹き飛ばされてしまうんですが(艦長さんは気の毒にこの後『陸軍大佐』のニックネームを付けられてしまったそう)、その被雷直後

「『電探、左浮上潜水艦を測れ』艦長からの命令がきた(略)真価の問われる時がやってきたのだ。『左42度5千840』浜砂左測距長の震えるような声が流れる。発信手の松本(略)上水が、目盛りに針を合わせてボタンを押す。トップや発令所に自動的に送る仕掛けになっている」

「ブラウン管をのぞくと、感度2である。測距値は伝令(略)を通じて艦橋にも送られている。刻々と近づき、感度も上がって3である。完全とはいえないまでも、精度は高いといえるであろう」

「午後8時35分、ついに主砲、高角砲が発砲する」

無題
 
Name名無し 20/12/22(火)22:56:33 No.12887
http://cgi.2chan.net/f/src/1608645393359.jpg
「この日、高角砲測距も主砲測距も、天候が悪くて測れなかった。もちろん、探照燈は照射していない。電探測距で発砲したのが(略)命中して、米潜水艦(略)は潜水ができず、やっとの思いで遁走したのだった」

「もしこの命中弾がなかったら、妙高の運命はどうなっていたかわからなかった(略)妙高は電探で救われたのだった」

…という顛末であったそうです

熟練の見張り員さんらが目視で発見・照準した目標に対して、電探情報で測距修正する…という新旧補い合う戦法が、見事功を奏した…ということになるんでしょうか…w

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)01:21:26 No.12900
東南アジアの資源の確保は日本の最大の戦争目的
それがレーダー装備の潜水艦(潜水艦だけではないけど)によって挫折に追い込まれた
戦争の勝敗はレーダーで決まったと言えなくもない

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)07:29:11 No.12911
http://www.yokohamaradiomuseum.com/shimodawebsite/shimoda.html
実際に22号や31号の改良、開発や米軍の電探調査に従事した霜田氏のレポート。22号の安定化に相当寄与してる。
この方達がいなければ、妙高もやられてたな。

無題
Name名無し 20/12/23(水)22:11:31 No.12930
1608729091296
>実際に22号や31号の改良、開発や米軍の電探調査に従事した霜田氏のレポート。22号の安定化に相当寄与してる。

10番が対空レーダーのSD、11番が水上レーダーのSJで、潜望鏡の上にアンテナがあるので、潜ってレーダーが使えたのが特徴ですね

技術的には波長の長いSD相当のものは日本でも作れた筈でしょう
"When Computers Went to Sea" David L. Boslaugh ISBN 0-471-47220-4 によれば
SJの潜望鏡の上のアンテナはIrvin L. McNally中尉(当時)によってデザインされたそうです

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)09:30:56 No.12915
>No.12911
技術者の目線で見た日米の格差がよく伝わってくるね
なまじ知識があって相手の凄い所が分かる分、絶望的な気分になっちゃうんだろうな・・・

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)20:37:46 No.12926
日本のパノラマ表示とPPI表示はその実現手法が全く違う
パノラマ表示はアンテナ一周回に周波数を合わせた正弦波をブラウン管の
縦横の偏向コイルに掛けて、それにレーダーの入力を掛け合わせることで実現するもの
問題はこの電流乗算の精度が無いことで、比例関係の保たれる範囲が狭い
対してPPIはアホのように単純な仕組みで、ブラウン管の偏向コイルをたった一個
管の軸周りをアンテナの回転に合わせて回転させるだけ
偏向コイルにアンテナからの入力をそのまま掛ければそれで精細な画面が得られる
アイディアの勝利と言うしかない

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)21:06:32 No.12927
日本海軍の陸上用電探
http://www17.big.or.jp/~father/aab/kikirui/navy_radar.html

海軍の対水上見張用電探の配備状況 http://www17.big.or.jp/~father/fortress/dentan/dentan.html

32号が結構配備されてる。

日本陸軍の電探 http://www17.big.or.jp/~father/aab/kikirui/army_radar.html

海軍の防空砲台、電探見張所の配備状況 http://www17.big.or.jp/~father/aab/aab.html
射撃用電探や照射用電探はそこそこ配備されてるな。

日本陸海軍の電探開発史 http://minouta17.livedoor.blog/?ref=head_btn_home&id=8096062
網羅的で米側の評価などもわかる

無題
 
Name名無し 20/12/23(水)21:30:37 No.12929
東大航空研究所の電波報国隊
https://todaidenki.jp/hist/?p=55

航研塔屋のアンテナが興味深い。
学徒の電探開発への協力体制がよくわかる。電波高度計や射撃用電探など。

https://todaidenki.jp/hist/?p=221
海軍の照射用電探の試験に風船使って追尾したり。
色々と苦労しているなぁ…

無題
Name名無し 20/12/24(木)02:16:33 No.12942
1608743793388

>潜ってレーダーが使えたのが特徴ですね

アメちゃんの潜水艦戦記とか読むと、潜望鏡で目標の方位を定めた後、レーダーで正確な距離を出し照準する…みたいな使い方をしてたみたいで、夜間とかにはかなり重宝しそうな感じです

戦艦「大和」なんかですと、レイテ沖海戦でサマール沖海域の米護衛空母を追いかけまわした際、煙幕に隠れる目標に距離およそ2万mで計6斉射の電測射撃を行っていて、これが同艦初の実戦における電探射撃になったそうなんですが、戦果は確認されず、後日「砲戦必勝の為には、方向精度良好なる電波探信儀の装備を急務とする」なんて戦訓が得られたとのこと

レイテ海戦1ヶ月後に作成された「比島沖海戦並びにその前後に於ける砲戦戦訓速報・水上の部」では、「今次戦闘は、千載一遇と称すべき敵機動部隊を捕捉し、而も最初より空母群に対し先制有効なる砲戦を開始し得る幸運に恵まれ」

無題
Name名無し 20/12/24(木)02:18:04 No.12943
http://cgi.2chan.net/f/src/1608743884663.jpg

…たものの、
「これを殲滅(略)戦果を徹底し得ざる原因を探求するとき、目下帝国海軍の水上砲戦戦術能力向上には正に電測射撃向上に帰すべきを痛感す。これが要するに今次戦闘最大の教訓として緊急解決を要する」
…と結ばれているそうで、「電探」の性能で敵の遁走を許したのはやはり相当悔しかったみたいですねえ

一方、スリガオ海峡で西村艦隊を夜間迎え撃った米戦艦部隊の場合、射撃の殆んどはレーダー照準で行われたそうなんですが、参加した戦艦6隻の戦闘状況を各個に見てみると、主砲弾93発の殆どが命中若しくは至近弾となったという「ウェストバージニア」から、遂に1発も撃てないで戦闘が終ってしまった「ペンシルバニア」まで随分差が出ていたりするんですが、米側戦史ではその一因を各艦の搭載していた「射撃用レーダー」の性能差によるものとしているんだそうで

http://www.ibiblio.org/hyperwar/USN/rep/Leyte/BatExp/Leyte-BE-78.3.html
http://ibiblio.org/hyperwar/NHC/OpExpFastBBs/OpExpFastBBs.htm

無題
Name名無し 20/12/24(木)02:19:30 No.12944
1608743970896

当時「ペンシルバニア」らが搭載していた射撃用レーダーであるMark3(FC)レーダーは、既に2年前、ソロモン海域で米戦艦「ワシントン」が日本戦艦「霧島」を撃破した際にも用いられている実績もあるものであったそうなんですが、それでもスリガオ海峡での夜戦においては、目標とその周りに林立する他艦の砲弾の水柱をスコープ上では分離して認識できず、照準が困難であったんですとか

それに対し「ウェストバージニア」ら3隻に塔載されていたMark8(FH)レーダーは、Mark3よりも遠距離から高精度の情報を提供したのみならず、射撃中もほぼ自艦や他艦の砲弾の水柱まで分離して認識する事が出来、その為に射撃が妨げられることもなかったと高く評価されているんだそうで

結果として、当夜の砲戦の主役は、これらのより新型の射撃用レーダーを塔載した戦艦となり、それが発射弾数にも反映されている…ということみたいですなあ

無題
Name名無し 20/12/24(木)02:20:29 No.12945
http://cgi.2chan.net/f/src/1608744029589.jpg
Mark8(FH)レーダーは14個のMUSA(マルチユニットステアブルアンテナ)で構成される、フェーズドアレイレーダーのハシリみたいなモノであったそうなんですが、米戦艦の16インチ砲の射程以上の検知範囲は余裕を持った戦闘行動の立案に寄与し、また長距離目標の探索モード(mainsweep)・発見した目標の周辺に表示を集中するモード(expandedsweep)・個別の目標を認識するための精密モード(precisionsweep)を切り替えて、レーダースコープ上の表示に反映することができる優れモノであったそうです

無題
Name名無し 20/12/24(木)02:21:34 No.12946
http://cgi.2chan.net/f/src/1608744094220.jpg
Mark8(FH)レーダーのマニュアルによれば”precisionsweep"での表示はこんなんになるみたいなんですが、確かにPPI上の単なる輝点、若しくはAスコープのギザギザの波線を眼で追うよりはだいぶ使い易そうな感じであります

ともあれ、1942年のソロモン戦の頃から、既に日本で言えば22号電探に相当するマイクロ波の水上捜索レーダーであるSGレーダーや、一定の精度を持つ射撃用のFCレーダーを実用していたアメちゃん自身の中でさえ、2年後のレイテ沖海戦の頃にはそれらしか持たない艦船は時代遅れになってしまうような急激な技術革新が進んでいたわけで、それらに何とか追いつこうと努力する当時の日本の電探関係者の皆さんの苦労も、やはり並大抵のものではなかったんではないですかしら…

無題
Name名無し 20/12/24(木)10:37:39 No.12965
>Aスコープのギザギザの波線を眼で追うより
日本軍でもベテランは機種や艦種まで見当がついたらしいし・・・
まあ、そういう熟練者でなくても使いやすい・わかりやすいインターフェイスを構築するってのも、
ある意味レーダー本体の性能を上げるのと同じ位大事なんだろな

無題
Name名無し 20/12/24(木)12:53:52 No.12969
米側も昭和18年のキスカでは、スコープ上のゴーストに皆で電探射撃して弾切れし、補給後退で日本艦隊の救出作戦成功の一員をなしてたね。

一方で伊7みたく霧中電探射撃で一方的にやられたり、日本側も電探搭載の島風を連れてきたり、電波戦の端緒があるね。

無題
Name名無し 20/12/24(木)13:20:04 No.12971
https://youtu.be/J6dYd5XMlPg
海軍の電探訓練風景

藤沢の六会にあった電測学校で撮影したのかな。
対空射撃用電探もやや旧式で教材用か。

無題
Name名無し 20/12/24(木)14:11:53 No.12973
バックに電子戦真っ最中のイギリスが居たものなぁ…。
PPIスコープもそっちから技術流れてきたんでしょ?

無題
Name名無し 20/12/24(木)17:25:49 No.12977
米潜水艦のレーダーで夜中に無茶苦茶やられたのは有名だけど
スリガオの時点でダコタのレーダーすら旧式になってたってのはすげえな

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:20:25 No.12993
http://cgi.2chan.net/f/src/1608808825767.jpg
>バックに電子戦真っ最中のイギリスが居たものなぁ…。

戦艦「大和」通信長などを務め、同艦の電探艤装強化に尽力した松井宗明さんという方が、手記の中でアメちゃんのレーダーの開発事情について触れられておられるんですが、曰く

「昭和15(1940)年末までに、英米間の研究所のレーダーに関する研究成果を交流し合う協定ができた。英レーダー技術使節団は15年9月、ワシントンに到着し、レーダー技術交流が開始された」

「英技術陣はNRL(※米海軍技研)、陸軍通信研究所、ライトフィールド航空無線研究所等を歴訪して、新型空洞共振型マグネトロンを展示するとともに、米国側で製造できるよう設計資料を提示した」

「米国防科学研究委員会のマイクロ波委員会での討議の席上、英使節団は二つの重要提案を行った。第一はマイクロ波迎撃装置の開発であり、第二はマイクロ波使用の対空射撃用レーダーの開発であった」

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:26:20 No.12994
1608809180449

「マイクロ波委員会はこの提案を実行するため、各大学から物理学者を集めて開発研究所を設立することになった(略)英国においては、すでに無線関係に何ら経験を有しなかった優秀な一般物理出身者を集めて設立した戦時レーダー開発庁が、非常に成果を挙げているのを知ったからであった」

「その結果、MITに同年11月、新研究所を設立し、ラジエーション研究所と称し、L・Aデューブリッジ博士が所長に就任し、解散まで62ヵ月の永きにわたり在職した」

「この新研究所の設立でもっとも喜んだのは陸海軍のレーダー技術関係者であった。彼らはいままでマイクロ波領域レーダーの有効性を知って、この分野の研究を推進せねばならなかったのであるが、これを新研究所に任せて、当面の激務である既製レーダー関係の生産、教育装備関係の山積した技術上の問題に専念できることになった」

「昭和15(1940)年末には、すでにマイクロ波のレーダー応用について着々と成果があがりはじめ、同時に各軍研究所もその業績があがってきたのである」

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:30:26 No.12995
1608809426367

「昭和16(1941)年1月4日、早くも新研究所の新方式マイクロ波レーダーが試験に成功している(略)陸軍爆撃機B-18Aに搭載してのフライトテストを3月10日に成功し、海上の水上艦船や浮上潜水艦にたいしきわめて有効であることを立証した」

「4月末にはPPI(略)付水上マイクロ波レーダー試作機を駆逐艦シームスに装備して、実験に成功している。この成功により、ラジエーション研究所の最初の結実品として、量産発注が6月末に出された」

「5月末には対空標定レーダーが作動をはじめたが、このマイクロ波レーダーは目標機の方向、高角を完全に自動的に追尾するという驚くべき方式を完成したのであった」

「研究開発のころには非常に投機的にも見えたマイクロ波レーダーの研究も、このように矢つぎ早の短期間の好成果に、各軍関係者は非常に関心を寄せ始めた」

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:32:37 No.12996
1608809557733
「膨大な開発計画がつくりはじめられたので、昭和16(1940)年初頭には40名ほどであったラジエーション研究所員は、昭和20(1945)年半ばの終戦のころには、4千人ほどに膨張していた。同用にNRLのレーダー部も6百人になっていた」

「陸軍通信研究所の電波標定部はエバンス研究所に独立昇格し、最盛期には3千人以上の陣容を擁していたし、ライトフィールドの航空無線研究所も同様に拡張されていた」

「多数の工業関係諸会社が研究、生産に関与して各種部門を担当し、ラジエーション研究所、各軍研究所あるいは国防通研などの基礎的発想段階から生産段階まであらゆる分野に協力した」

「生産段階のある機材にたいして、大きな仕様変更要求が研究所や前線からきても、迅速に対処する方策も完成した」

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:33:16 No.12997
1608809596911
「レーダー工業も昭和15(1940)年には存在しなかったが、昭和20(1945)年6月末までに陸海軍に供給したレーダーセット額は約27億ドル分であり、終戦時の月産額は1億ドル以上であった」

…そうです


アメちゃんが戦中に世界最大最強の「レーダー大国」に発展するにも、それなりの段階を踏んだ過程があったということみたいなんですが、技術力の面でも経験でも豊富な実績をもつエゲレスという最強のパートナーがいたことは、やはり米国にとって非常に幸いであったというか、羨ましいハナシではありますですねえ

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:39:38 No.12998
http://cgi.2chan.net/f/src/1608809978813.jpg
>バックに電子戦真っ最中のイギリスが居たものなぁ…。

>PPIスコープもそっちから技術流れてきたんでしょ?
"Solving the Naval Radar Crisis" Raymond C. Watson, Jr. ISBN 978-1-4251-6884-1 によると
PPIの発明は1939年米NRLのソナー部門で、すぐにレーダーに応用されたということです
写真は時期不明のNRLの建屋。屋上に初期の艦載レーダーの試作機と思しきアンテナが並んでいます

無題
Name名無し 20/12/24(木)20:53:25 No.13004
敵の電探を撹乱するためのチャフ入り砲弾を何十発かテキトーに打ち上げたら日本はアメリカと互角に戦えたんじゃね

無題
Name名無し 20/12/24(木)22:46:24 No.13019
日本がもっと八木アンテナなどに着目し重視していれば
引用元:http://cgi.2chan.net/f/res/12465.htm