無題 Name 名無し 19/09/21(土)14:47:42 No.1285027
「戦艦の時代を終わらせた名機」…か…
ハセガワ 1/72 日本海軍 三菱 G4M2 一式陸上攻撃機 24型丁 桜花 11型付 プラモデル E20
posted with amazlet at 19.09.29
ハセガワ
売り上げランキング: 6,817
売り上げランキング: 6,817
無題 Name 名無し 19/09/21(土)14:48:49 No.1285028
「ワンショット・ライター」、空飛ぶ棺桶だったのか…?
ということで陸攻スレ
無題 Name 名無し 19/09/22(日)01:24:08 No.1285054
>ワンショット・ライター
じつは葉巻の形から駄洒落的な連想でいうてみただけで
そもそもは深い意味はなかった的な説をぶちあげてみよう
日本機に関する諸々ステレオタイプなイメージって
わりと戦後になってから作られたのが多い気がする
無題 Name 名無し 19/09/22(日)02:48:55 No.1285060
>ワンショットライター
明らかに特徴的な機体形状が渾名に影響しているとは思われるが
火が点きやすくなかったら穏当に葉巻の銘柄にでもなっていたはず…
無題 Name 名無し 19/09/21(土)15:27:06 No.1285029
http://cgi.2chan.net/f/src/1569047226030.jpg
あまりに悲しい・・・
無題 Name 名無し 19/09/21(土)15:31:38 No.1285030
でもワハハ行った行った行きよったーっ!って笑いながら死ねる死に方は羨ましい
無題 Name 名無し 19/09/22(日)04:25:31 No.1285062
http://cgi.2chan.net/f/src/1569093931767.jpg
鹿屋空・高雄空などで陸攻に搭乗して作戦に参加し、その後第1航空艦隊参謀などを務められた吉岡忠一サンの手記によりますと
「昭和18年春、ラバウルから1式陸攻が燃えやすくて戦闘の用に立たぬと次々に初見が送られてきた」
「支那事変の初めから戦争に参加し(略)上からも下からも信望厚かった三原元一中佐、続いて檜貝襄治大佐がガダルカナルの空で散華した。最優秀の搭乗員が次々に火の玉となって散って行った」
「われわれはいつの間にか1式陸上攻撃機を1式ライターと呼ぶようになった」
無題 Name 名無し 19/09/22(日)04:28:03 No.1285063
「敗戦後の(※昭和)20年9月、マッカーサー司令部で(略)訊問を受けていた」
「係官が、貴方は1式ライターという飛行機を知っているか、と質問した。『イエス』私は、われわれが18年以来言っていた呼称が、偶然、米国搭乗員の思想と一致していたことに対して驚きを禁じ得なかった」
…とのこと
要はまあ、そのまま「ワンショット・ライター」ではないものの、やや自嘲気味に陸攻を「ライター」と仇名すること自体は、戦中の日本国内というかIJN航空隊ですでに始まっていた、ということみたいですねえ…
無題 Name 名無し 19/09/22(日)06:16:45 No.1285067
>No.1285063
この画像見ていつも思うけどこの距離で相対して一式陸攻の銃座はもう息してないんだろうか
無題 Name 名無し 19/09/22(日)05:06:48 No.1285064
22型辺りから難燃化改修してるんだよね
航続距離減らして
無題 Name 名無し 19/09/22(日)06:25:18 No.1285069
設計の本庄さんが、この性能で防弾も考慮するなら4発機じゃないと無理!
ってのを押し切って双発でいかせたわけだしな
仮に撃たれ強さ自体は他と変わらなくっても、大航続距離の為大量に燃料積むんだからそりゃあ燃えやすくなるだろって話だ
無題 Name 名無し 19/09/22(日)06:34:42 No.1285070
中途半端な積層ゴム追加は主翼上面の孔なら気化ガス噴出で済むが
下面の孔は燃料が自重でドボドボ抜けていくんでより致命的って判断かね
無題 Name 名無し 19/09/22(日)08:31:04 No.1285076
当時のJIS規格ってどうなってたんだろう?
無題 Name 名無し 19/09/22(日)12:43:47 No.1285091
>当時のJIS規格ってどうなってたんだろう?
合って無きが如しだってよ
ある日一式戦部隊がいる基地に四式戦が出ていったんだが
増槽のパッキン径が合わない
少し引っ張って内径広げればいいが
ちぎれる可能性があるから熟練整備士しかできない
って大騒ぎになった
パッキンひとつ統一規格でできないのかと落胆したとか
松下電器が松下飛行機作って下請けに部品作らせれば全部不合格
営業「まけますから二級品で取ってくれまへん?」
担当「飛行機に二級品もクソもあるか!」
てな具合だったそうで
無題 Name 名無し 19/09/22(日)13:06:10 No.1285096
>JIS規格
それは戦後
戦前はJES(Japan Engineering Standard)
日本語名称はいくつかあったような
無題 Name 名無し 19/09/22(日)10:23:03 No.1285081
人材が少ないんだからイスラエル的な徹底的防御の思想に立つべきなんだろうが、未だに花と散ることを良しとする気風があるからね
無題 Name 名無し 19/09/22(日)15:48:24 No.1285108
世傑の1式陸攻の巻に、元搭乗員さん達と世傑編集さんの座談会記事が載ってるんですが
世傑「当るとすぐ火がつくと。」
搭乗員「本当に、”一撃ライター”。ポッと火が出ます」
(略)
世傑「あとで主翼の下にゴム板を張ったりしていますが」
搭乗員「あれは効果がありませんでした。速力を4ktほど落としただけです」
…なんて、ある意味率直というか、身も蓋もない言われようでしたり
因みに本庄技師が、1式陸攻の主翼構造と防弾装備についても手記を残されておりまして
「1式陸攻の主翼構造は当時としては斬新な構造で、桁の上面と下面が厚板で(略)厚板には(略)余り大きくないアングル引き抜き材を並べ、翼根は(略)数多くのアングル材を用い翼端に行くに従って(略)減じていく」
無題 Name 名無し 19/09/22(日)15:50:23 No.1285109
「こうすれば大量生産に適すると同時に従来の2本桁又は1本桁構造より捩り剛性が上がり(略)フラッタにも強くなる」
「従来の2本桁か1本桁構造にすれば、桁の傘木(フランジ)の断面が大きくなり、当時の我が国の軽金属会社の能力では、極めて短い物しかできず、桁は継目だらけの物になるし、かつ(略)工数のかかる機会仕上げを必要とし、量産には極めて不適当なものになってしまう」
「戦局が悪化し、最初から私が恐れていた防弾に弱い1式陸攻の弱点が出るに従って、軍は(略)燃料タンクの容量を犠牲にして、タンクを防弾したG4Mの設計を三菱に命じた。ところが試験飛行の結果を見た軍は予期されていたに拘らず、これでは余りに航続力が不足だとして、再び航続力を大きくせよという不可能な要求が出された」
無題 Name 名無し 19/09/22(日)15:52:07 No.1285110
「しかも生産に適した従来の基本構造まで変更して、量産に向かない2桁構造にしたG4M3は翼桁の生産にも行きづまる筈だったが、一方防弾タンクの材料カネビアンも種々予想外の欠点が発生し、翼桁の製作が行きづまる以前に、僅か2機分のカネビアン内袋が製造できた時に、その効果を試す暇もなく終戦を迎えた」
「1式陸攻の弱点は、双発としてはできない過大の要求が、どこに被弾しても、そこには燃料タンクがあるということに一番大きな原因がある」
「設計当初検討し研究調査した、生産性に優れた構造までも変更し、生産性のない旧式な構造に設計変えするに至っては、何とも批評のしようもない」
…とのこと
…アレ、本庄さん…その…もしかして…スゴく怒っていらっしゃいます…?(小声)
無題 Name 名無し 19/09/22(日)16:04:50 No.1285112
カネビアンことビニロン樹脂は接着が難しくて、制作担当者は苦心したようだがそれを克服して、ようやく米軍の50口径で試射しても火を吹かない内袋タンクができた。
第一線用の飛行機に付けようとし始めたら、天号作戦で航続距離の要求が再び出てきて、零戦や天山の既装備分も外して元に戻してしまったと。
無題 Name 名無し 19/09/22(日)18:22:41 No.1285125
戦中空技廠所属の海軍技術少佐だった堀輝一郎さんという方が、戦中のIJN機の防弾タンク開発について解説されたモノから引用させて頂くと
「支那事変の中頃、96式陸攻にかわるものとして更に強力な1式陸上攻撃機の試作を三菱航空機会社が受注して(略)本庄(略)氏が海軍航空技術廠へ来られて(略)本機の防弾に就き計画打合せをした」
「筆者は(略…※インテグラルタンクを止め、内蔵タンク式にする)型式にする必要が近き将来、自動消火装置を装備するにも外張式防弾タンクを装備するにも絶対必要であることを強く主張した」
「然るに、本機の計画要求書は(略)大航続距離、大攻撃力及び高速力で(略)本庄氏は(略)要求を充足した計画を終り(略)打合せに来られたのであるが、筆者提案の(略)如くするとタンクの容量が非常に減ずる」
無題 Name 名無し 19/09/22(日)18:24:27 No.1285126
「又主翼構造重量の増大等に依り根本から計画を改めなければならず、否本機はの成り立たないと説明されたが、筆者は当時の実験を説明して、此の原案によるタンク装備では防弾は極めて不完全なものとなり、96式陸上攻撃機と同様極めて戦闘に弱い飛行機になることを主張し、遂に(略)結論を得ず同氏は当惑して帰社された思い出がある」
…んだそうで
堀氏は支那事変当初から発生した96式陸攻の損害対策の為、各種防弾・消火装備の研究に従事されていた防弾のエキスパートだったそうなんですが、何といいますか、カイグンさん側から自案を否定されて四の五の言わずに言わずに新陸攻は双発で設計せよ!と言われた本庄さんが、苦労してまとめ上げた設計案を同じカイグンの防弾装備の設計者に持って行ったら、こんなんダメだよ!絶対燃えるやんっ!?と思い切りダメ出しされた時の心中を思うと、まあ非常に気の毒な気分になる話ではあります
無題 Name 名無し 19/09/22(日)18:25:48 No.1285127
因みに堀氏によると
「第2次大戦となって、米機ボーイングB-17爆撃機のタンクが(※内袋式防弾)のもので、耐ガソリン性のある人造護謨ネオプレンを以って作られてあったのを見て我が方も直ちに作らんと思ったが、当時我が国に於ては独逸のペルブナンを模倣して製造されていた人造ゴムが未だ実験室研究の域を脱せず(略)」
「やむを得ず当時鐘淵紡績にて製造される人造樹脂(商品名カネビヤン)の被膜を最内側に用い、其の外側に天然護謨板及び(略)スポンジ護謨板を張付け、再外側に(略)帆布を護謨で固めたものを張付けて袋を作り(略)アルミニウム製の函の中に入れ(略)たものを試作した」
「鹵獲した米機の13粍機銃にて連続6発を(略)射込んでも火災を発生することなく、又ガソリンの漏洩も少い優秀なものを得た」
ものの、
「此の防弾タンクの研究が完了したのは(略)材料の問題で甚だ遅れ、昭和18年秋のことであった」
…そうで…
無題 Name 名無し 19/09/22(日)18:37:13 No.1285128
https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu1944/45/1/45_1_4/_pdf/-char/ja
ここの15枚目に横浜ゴムの横井研究所長が、カネビアンタンクの接着の苦心談を語ってくれています。
加硫ゴムとカネビアンを、カネビアンとラテックス混ぜたカネビアンのりで接着したとか、独立気泡スポンジゴムの発泡剤が劇物で大変だったとか、当事者しか知り得ない逸話が。
ほかの方々も興味深い話ばかり。
無題 Name 名無し 19/09/22(日)20:34:23 No.1285142
やはりゴム無し生の火遊びは危険なんや・・・
無題 Name 名無し 19/09/22(日)21:38:14 No.1285150
米軍側からは落ちにくいなんて評価があったり要するにそれだけ激戦だったってことなんだろうか
無題 Name 名無し 19/09/22(日)21:45:19 No.1285153
海軍さん無茶苦茶だな
無題 Name 名無し 19/09/22(日)22:32:03 No.1285156
陸軍だって1式戦に運動性落ちてもいいから20mm積めっていって、積んだら運動性落ちて使えんっていうほどには無茶苦茶
無題 Name 名無し 19/09/23(月)04:55:19 No.1285177
>海軍さん無茶苦茶だな
先述の吉岡忠一海軍中佐さんの手記に依りますと
「昭和13年春、鹿屋海軍航空隊は支那事変の渡洋爆撃隊として赫々たる武勲を立てて凱旋した。その褒美に替えて、名古屋三菱製作所で作っていた一式陸上攻撃機の見学を許され搭乗員全員で出かけた」
「三菱製作所は大変歓迎してくれた。我々は三菱製九六式陸攻を使って支那空軍を殲滅したのだから、故郷に錦を飾ったお客さんとして大事に大事にしてくれたのだ」
…という事があったそうなんですが、
「後藤直太所長自ら出てくるとともに、重役の服部(譲次)技師が詳細を説明してくださった。一式陸攻は世界一良い飛行機で、速力、上昇力、搭載力は抜群であり、しかも小型で、航続力がこの級のものでは他のものの追随を許さない。これは当社考案の”インテグラル・タンク”を採用しているからである、と自慢するのであった」
無題 Name 名無し 19/09/23(月)04:56:39 No.1285178
…という三菱側の説明を聞いて、実戦帰りの搭乗員たちからは
「我々は実戦の生々しい体験から、鹿屋空司令の酒巻宗孝中将(当時大佐)以下全員でこの飛行機は使い物にならないと非難したものだった」
「翼をタンクにするなんていうのは実戦の経験のない人のすることだ。引火しやすい飛行機は実戦の役に立たない。”インテグラル・タンク”はすぐやめるべきである」
「後藤さん、これは図演にだけ働ける飛行機ですよ。畳の上の水練の達人が要求を出した飛行機です。海軍大学校出の兵隊さんが考えた飛行機ですよ」
…と、即座に大反発する意見が続出して
「服部技師の説明も白けて、元気が無くなってしまった。このタンクを止めたら航続力は無くなってしまい、実用価値は零になる」
「後藤所長はじめ、三菱の方々のご機嫌の悪かったこと。コーヒー1杯さえ出なかった」
…なんてこともあったそうです
無題 Name 名無し 19/09/23(月)04:58:57 No.1285179
他のヒトの手記なんかと合わせると、三菱側だって寧ろ防弾に無頓着だったわけではなく、海軍と「インテグラル・タンク」の危険性も含めて打ち合わせた上で、それでも作戦上必要な性能を優先して作りんしゃいっ!と言われて製作に取り掛かり、ようやく試作機が出来たら現場の使用者さん達からボロクソに言われるとかそりゃあ面白かった筈がないんですが(棒)
・用兵者:コレだけの速さでコレだけ遠くへコレだけの兵器を運べるヒコーキが欲しい!
・搭乗員:そりゃあ性能のイイのに限るけどさ、敵のタマが当たった時死ぬのは俺らよ?!
・技術陣:あんたら好き勝手いうけどさ、基礎研究と実用化に数年は普通にかかるからね?
・量産会社:あまり現場の実情を考えない高いレベルの要求されても答えられないよ!!
・設計者:じゃあ結局誰の意見が最優先なんですかねぇ?!
…という、それぞれに相反する要素を含みまくりのみんなの要求全てを、100%満足させられるわけはないので、どこかである程度の妥協点を見つけなければいけないわけなんですが…
…難しいですよねえ
無題 Name 名無し 19/09/23(月)08:52:47 No.1285190
B-17でも多数の損害を出しているが
その生存性を高めた一因には、防御力もさることながら
随伴できる戦闘機が護衛に付いた事により
さらに損害が減ったと言うので
一概に機体のみの防御力を問うても意味が無いのかも
『当たれば』ワンショットかもしれないが
戦局が悪化すれば、その頻度も上がってしまうし
相手の機銃が20mm標準になれば技術的にもう防ぐ手立てが無いとなれば
別の手立てを考えた方が良いような
下が陸地か海上かで大きく違うだろうが
機外へ脱出した者を水上機で同進行ルート上を探索して救助するとかダメ?
無題 Name 名無し 19/09/23(月)09:30:22 No.1285193
海軍は双発陸攻と四発陸攻を考えていて
四発のほうに十分な防御を施し、敵の最前線に行ける機体を考えていましたが
その機体が期待外れに終わったのも一式陸攻の被害を拡大させた要因でもあるようです
ただ米軍のエアキャップ考えると、帝国海軍がB17持っていても被害はそんなかわらんような気もします
無題 Name 名無し 19/09/23(月)09:48:57 No.1285194
コンバットボックスでハリネズミのように機銃防御するにはじっと陣形を組んだまま敵弾に耐えることが必要で4発エンジンでないと装甲板を積めない
そして何といっても十分な性能の護衛戦闘機が一番大事
しかし2つとも満足に無いとなるといかんともしがたし
それならいっそ双発の戦闘爆撃機にしちまえと言ってくれればね
ジェット見た伍長さんみたいに
無題 Name 名無し 19/09/23(月)10:11:55 No.1285196
既に言及されてる方々が仰る通り、陸攻の比でない防御力をもつ米4発重爆でも、戦闘機の掩護のない状況下で反復攻撃を受けるような場合は、日独の戦闘機の攻撃でしばしば大被害を出していますから、爆撃/攻撃機が機体そのものの防御力に頼る戦術というのは、少なくともWW2では限界があったんじゃあないですかしら
ただ、味方戦闘機がカバーについてくれていても、余程の絶対優勢でなければその間をすり抜けて遮断を浴びせてくる敵機が必ず何割かは出てくるわけで、運悪くその一撃を食った時に自機が為す術もなく炎上してしまうか、それとも少なくともその一撃位は耐えられる防弾、若しくは消火装備が用意されてるかどうかは、やはり搭乗員さん達の士気という面でも重要なトコロだったんじゃあないでしょかねー
ともあれ、例えば戦闘機の護衛もコンバット・ボックスを組む編隊僚機もなく、単機で長距離哨戒に出るような任務の場合、頼りは各搭乗員さん達の見張り能力で、いち早く敵機を相手に先んじて発見し、回避に入れるかが文字通り死活を分けるポイントであったんだそうで
無題 Name 名無し 19/09/23(月)10:14:23 No.1285197
ただ、延々12時間にも及ぶ洋上索敵飛行の間、逆に何事もなければ動くものは何も見えず、単調な飛行に各見張り員さんはついつい眠気に襲われるわけで、眠気覚ましに煙草でも一服吹かしたいところなんですが、元752空の陸攻搭乗員だった小林孝祐さんによると
「飛行機をあつかうものは、とくに火気に気をつかう。ガソリンとの生活であるから、タバコ、電池の火花など、耳にタコができるほど注意される。昔から、軍用機は禁煙であった」
…んですとか
それでも、
「1式陸攻の電池は、操縦席のすぐ後ろ、指揮官席の反対側にある。偵察員席は最前部にあるから、絶えず機内を風が通る。だいたいがガソリンの混合気があるから爆発するわけだから、なければ大丈夫だ」
「出発前に針金(安全線)を2尺(60センチ)ぐらい、飛行服のポケットにしのばせる」
無題 Name 名無し 19/09/23(月)10:17:01 No.1285198
「4時間、5時間、なにも変ったことはなく飛びつづける(略)かねての計画どおり、ポケットから、おもむろに針金を取り出す。電池(バッテリー)のカバーをとる。+と-の端子に針金を接続させる。みるみる赤くなる。そこでヨシっと防暑服のポケットから、『ほまれ』を出して腹ばいになるような格好で吸う。
『オーイッ、タバコだ、タバコだ、みんな吸え』
みんな拍手で喜んだ」
「喫煙時間の効果はてきめんで、だれも居眠りするものがなくなった。ペアの意思がいっそう固まったといっても過言ではない」
…なんて工夫?を凝らして、居眠り防止に努めたそうです
さしづめ1式ライターならぬ、1式陸攻「の」ライターの話、ということになるんでしょか…w
無題 Name 名無し 19/09/23(月)13:35:19 No.1285211
>12時間にも及ぶ洋上索敵飛行
トイレはどうしたんだろう・・・
無題 Name 名無し 19/09/23(月)15:44:34 No.1285222
>トイレはどうしたんだろう・・・
爆撃じゃないでしょうか(迷推理
無題 Name 名無し 19/09/23(月)15:51:21 No.1285223
一式陸攻はトイレあったそうな
っつても仕切りもなくて用足せるだけの簡易なものらしいが
出てきたモノを爆撃するシステムがあったのかは定かではない・・
無題 Name 名無し 19/09/23(月)19:16:34 No.1285260
一式陸攻のトイレは排泄物を貯めて、帰投後に捨てる方式だったと「丸メカニック」に記述がありますよ
単なる垂れ流し式だと、吹き返しで水浸しになるとか
無題 Name 名無し 19/09/23(月)22:00:18 No.1285276
>トイレはどうしたんだろう
支那事変初期の陸攻乗りさんの手記に、渡洋爆撃爆撃から帰投後「溜まりに溜まった生理的欲求」を滑走路脇で処理した、なんてありますから初期の96式陸攻だと機内にはなかったんですかねえ
因みに大戦後期の96式陸攻搭乗員だった横山長秋さんの手記によると
「両側の7.7ミリ機銃のあるスポンソンの後部に、小便用の便器があるが、ほとんどそれは使わない。なぜなら、天井が低くなっていることと、なによりもスポンソンから吹き込んでくる風で、放出する小便は、たいていは露となって我と我が身にふりかかってくるからである」
「それで、私たちはいつも、小便袋というのを何枚か持っている。小便袋は、元が10センチくらいの馬糞紙(ボール紙)でつくってあり、つまむとまるい筒になるようになっている。その先に、セロハン紙のような防水の紙袋がまるくついており、そこに放水するのである」
無題 Name 名無し 19/09/23(月)22:02:40 No.1285277
「そのあとは、元の部分をつまみ、たいていは洋上飛行であるから、スポンソンから爆弾投下よろしく、ポイとやる。それが陸攻乗りの小便である」
…んだそうで(大きい方については記述無し)
また、本庄氏によると、1式陸攻のお手洗いは
「胴体後端の銃座覆いには、銃身のでる切り欠きがあるが、試験飛行をしてみると、ここから相当激しく風が吹き込むことが分かった。この隙間から当時の5銭だったか10銭だったかの小銭を投げると、下に落ちずに胴体内に戻ってくる。軽いものは捨てることができなかった」
「こんなことから、便所を設けても胴体降下法に排出口をつけるわけにはいかないので、胴体にとりつけた便器は、排泄物を飛行中貯えておいて、着陸した時に捨てるようにした」
無題 Name 名無し 19/09/23(月)22:03:04 No.1285278
http://cgi.2chan.net/f/src/1569243784775.jpg
「もし排出口を設ければ、胴体内に吹き上げてくるおそれもあるし、戻ってこないまでも、胴体が汚れるからである」
「汚い便器の設計は、骨を折って考えたものだが、最初のうちは機体内に装備してあったが、どうしたことか、間もなく取り去るように軍から申し渡しがあった。せっかく臭い思いをして設計した担当者に、なんとなく気の毒な気がした」
…そうで
位置的にも大きさ的にも、そんなに場所をとるものでもなさそうなので、撤去を命じられたとしたならちょっと根拠が気になるところなんですが、結局大きい方は着陸までガマンしてたんでしょうか…
無題 Name 名無し 19/09/23(月)22:38:48 No.1285285
http://cgi.2chan.net/f/src/1569245928335.jpg
座った時だけ人の重みで底が開く二式大艇の便座は画期的だったのか
無題 Name 名無し 19/09/24(火)13:17:29 No.1285332
http://cgi.2chan.net/f/src/1569298649097.jpg
例え失敗作と言われようとも…
無題 Name 名無し 19/09/24(火)13:20:31 No.1285333
http://cgi.2chan.net/f/src/1569298831020.jpg
例え登場が遅すぎたと言われようとも…!
日本の数少ない実用4発陸上機の最後を飾ったのは「陸攻」なのです…!
無題 Name 名無し 19/09/24(火)13:47:25 No.1285334
B―17なんかは確か小便用のホースが座席から伸びているんだよね
そして日本で鹵獲機を調査中に知らずに伝声管と思って…
無題 Name 名無し 19/09/25(水)16:33:43 No.1285424
陸軍の経理士官だった方々の回想をまとめた本の中に、航空本部で飛行場等の施設担当だった方の話も有ったんですが、曰く
「連山というB29みたいな大きな飛行機を試作しておったらしいのですが、それを飛ばすんで、福生(フッサ)の飛行場をそれが飛べるように直せというんです(略)」
「技師連中もおりますから一緒になって計算してみると、飛び上がるときの重量26トンとか30トンとかあるんですよ、べらぼうに重い飛行機で、コンクリートの厚さ1メートルぐらいで作らなければならないのです」
「骨材が入るとなると電力がいります。それで東電なんかと交渉して電力を取る設備を作る」
「貨車で運び込むための設備をやって、降ろした所の荷揚げ等、そういうものを全部手配して、10車ぐらいずつ貨車が入り出したんです」
「やれやれと思ったら、あれは中止と来たんです。中止といったって、山元から骨材が出る準備しちゃってて止まりゃしないですよ」
無題 Name 名無し 19/09/25(水)16:38:45 No.1285425
http://cgi.2chan.net/f/src/1569397125514.jpg
「どんどんどんどん入って来るから、あっち行って断り、こっち行って断りで、やっと止めたんですが、その時分には福生の飛行場の傍はものすごい骨材の山でした」
「この後片付けは終戦の時にどうなるのかと思ったですけど、結構戦災復興に使われたようです」
「たった2ヵ月ぐらいの間にそんな大きな飛行機を飛ばすというのが、ガラッとこう変わってしまうんです。あれはなんか非常に実行するほうの側としては苦労したもんです」
…なんてありましたり
海軍サンは陸サン他関係各位にゴメンナサイしなきゃいけないよね、というのはともかく(棒)
海軍機の運用の為に、陸サンが自前の飛行場を多大な労力と資材をかけて改修するのを引き受けた、というのがちょっと興味深い所なんですけれども、或いは「連山」も、前作「深山」のように、開発が上手く行ったら陸軍でも重爆として使用するような申し合わせがあったりしたんでしょかね…?
無題 Name 名無し 19/09/25(水)18:19:30 No.1285428
千歳の連山滑走路は8月15日午後に滑走路の延長舗装工事が完成して、最初に着陸したのはB29という皮肉。
粗悪な施工で初着陸時にコンクリ一面にヒビが入ってしまったようだが、その後のB29の長距離記録飛行の寄港地にもなり、ずいぶん後にはジェット旅客機が千歳と間違えて連山滑走路に降りたこともあったね。
今も陸自の演習や戦車パレードにはよく使われてる
無題 Name 名無し 19/09/26(木)02:23:17 No.1285470
連山が間に合っていたら、「ライター」の汚名も返上出来たかな・・・
無題 Name 名無し 19/09/28(土)14:24:30 No.1285663
>「ライター」の汚名も返上出来たかな
先述の堀輝一郎さんによりますと、結局他の諸性能への要求との兼ね合いから
「13粍機銃時代に大型機『連山』に7.7粍機銃弾に対抗する薄い外皮の防弾タンクを装備する等、姑息不徹底な防弾対策を採用した」
…との事で、正直実質的な打たれ強さは依然アメちゃんの4発重爆並とは行かなかったんじゃあないでしょかね
もっとも、例えば未だ1式陸攻の打たれ弱さが重要問題化する前の昭和16年始めに、IJNが三菱に研究を命じた同機の後継機16試陸攻(後に「泰山」)では、既に燃料タンクへのゴム被膜防御を実施する、とされていたそうなんですが、一方では更なる高速性能に加えて長航続距離、急降下爆撃性能を持った機体でまた双発にまとめてね☆という要求に、だからそんなん4発機にしなきゃ無理にムリに決まってるだろオォンッ?!とミツビシ=サンがブチぎれるなど色々ありまして(棒)
結局最終仕様が纏まったのは昭和18年8月にまでズレこんだ、とモノの本にはありましたり
無題 Name 名無し 19/09/28(土)14:26:06 No.1285664
http://cgi.2chan.net/f/src/1569648366762.jpg
計画中には、一応雷撃も急降下爆撃も出来る機体という触れ込みゆえなのか、独の双発というか双子エンジンの変則4発爆撃機であるHe177を参考にした…なんて話もあるそうなんですが、本家のHe177自体が過大な要求性能のおかげで戦力化に手間取り、就役後にも様々なトラブルが続出して、ハインケル社社長のエルンスト=サンが
「だからまともな4発機で作らせろって言ったんだ!実際作ったし!!」
…と自伝でボヤきまくっている機体だったりしますし、そもそも降下爆撃も雷撃も出来る陸上双発爆撃機という触れ込みで、既に昭和15年末に15試陸上爆撃機(後の「銀河」)の計画もスタートしていた筈なんですよね
ソコに被る様な機体をまた別に三菱に発注したのは、それまでの実績を評価しての事だったのか、16試陸攻と15試陸爆を互いに保険的な存在にする思惑があったのか、それとも全く別の運用構想があったりしたんでしょうか
無題 Name 名無し 19/09/28(土)14:30:39 No.1285665
因みにHe177については、単なる参考より更に進んで国内でライセンスする構想もあったんだそうで、IJN航空本部監督官として戦中ドイツへ派遣されていた巌谷英一さんの手記によると、幾度かの交渉を経て、ドイツから技師の派遣と工作機械の譲渡を受ける前提で
「昭和18年春(略)日立航空機(略)と強力して千葉海岸に有名なHe-177型級大型爆撃機35機(略)の月産能力を持つ大工場の建設準備に取りかかっ」
…ているんだそうで
これまた時期的には未だ進行中だった16試陸攻(泰山)、更には17年末に始まった「連山」の開発計画とカブっていたりするんですが、コレが例えば遅延する「泰山」の代替として「He177」を生産する為のものだったとして、仮にある程度成功して居ましたら、或いは和製「グライフ」が日本陸攻史の掉尾を飾る、最後の4発陸攻になったりしたのですかしら…w
無題 Name 名無し 19/09/28(土)17:53:17 No.1285682
普通のDBエンジンであれだけ国産化に苦労した日本がHE177のライセンス生産とか
正直絶対挫折したと思うわ
無題 Name 名無し 19/09/28(土)19:05:13 No.1285687
急降下爆撃用ジャイロ照準器のstuviもコピー出来て無かったからね
無題 Name 名無し 19/09/29(日)14:45:10 No.1285728
ドイツ、更に言えばハインケル社製の機体をIJNの実戦制式機として量産するのは、既に94式艦上爆撃機で実際行われていたりはするんですけれどねー
更に、IJNが後に”アツタ”エンジンとして国産化するDB601エンジンのライセンス生産契約をダイムラーベンツ社と1939年6月に結んだ際には、同エンジンの「双子版」であるDB606エンジンについても製造権を購入しているんだそうで
(同時期に別に交渉していたIJA側はDB601のみだとか)
従って、ハインケル社製機体や独製液冷双子エンジンの国産・量産化については、ある程度先例というか下地がないわけではなかったみたいですなあ
尤も、厳密に言えばHe177が搭載するエンジンはDB601の発展型であるDB605を2基連結したDB610ですから、仮にそのまま国産化するとしたら、また別にライセンス料を取られるコトになっていたかもですが
無題 Name 名無し 19/09/29(日)14:46:57 No.1285729
http://cgi.2chan.net/f/src/1569736017619.jpg
IJNでは1938年にハインケル社よりDB606エンジン搭載のHe119偵察/爆撃機2機とその製造権を購入し、同時に技術者集団をドイツに派遣して、ハ社およびDB社から技術習得に当たらせているんだそうで、DB606エンジンの製造権獲得もそうした活動の一環ということだったみたいなんですが、一方でエルンスト・ハインケル=サンに言わせると、He119という機体とその双子エンジンは
「1936年のわれわれは(略)高速爆撃機として実験機He-119を開発したのだった(略)その主眼は、強力エンジンがないというハンディを二つのエンジンでひとつのプロペラを回すことにより克服することにあった」
「われわれの注文に対してダイムラー・ベンツ社は、DB601を二つつないで2000馬力を出せるといってきた。私にはいささかの疑念はあったが」
「のちに日本に売られた実験機実験機He-119のエンジンは、はじめ好調だった。1937年(略)陸上機国際速度記録をこれがたてている」
無題 Name 名無し 19/09/29(日)14:48:57 No.1285730
…そうなんですが、またこうした「実績」ゆえに
「いうなればエンジンに困って生じたダブルエンジンDB-606をここで初めて実用化したため、He177の開発がわが社にまかせられたのだった」
…んだとかで、これが後にWW2末期、日本でのHe177の量産にまで繋がる「縁」の始まりでもあった、というコトみたいですねえ
尤も、
「1941年から43年にかけて、ダイムラー=ベンツ社には、火災が発生しない安全な複合エンジンを造ることができなかった。5、6時間も飛ぶと(略)ピストン棒が折れてエンジンのハウジングに穴があいてオイルが洩れ、まずエンジンが、ついで機体が燃えあがるのである」
…なんてエルンスト=サンを嘆かせるほどの初期不良に見舞われたHe177とそのエンジンを、本家より条件の良かろうはずのない日本で生産しようとするなら、同様かそれ以上のトラブルが続出していたはずでしょうから…
…やっぱりちょっとムリがある話だったんです…?
無題 Name 名無し 19/09/30(月)09:54:07 No.1285758
http://cgi.2chan.net/f/src/1569804847657.jpg
九六式や一式陸攻設計者の陸攻設計者の本条さんは…
若いころドイツに留学して航空技術を学んでいるのです
無題 Name 名無し 19/09/30(月)09:56:23 No.1285759
同じ三菱で「零戦」を設計した堀越さんもまた同じ…
やっぱり、先進国に学んだ経験こそ名機を生むんです…?
無題 Name 名無し 19/09/30(月)11:43:08 No.1285764
それこそ深山なんか、仮想敵のはずのアメリカの旅客機をコピーしてものにしようって計画でしたから
まあそれでまんまと失敗作摑まされたわけだけどな!
無題 Name 名無し 19/09/30(月)16:02:36 No.1285770
>海軍は双発陸攻と四発陸攻を考えていて
まあ飛行艇ではすでに実績もあったし
無題 Name 名無し 19/09/30(月)17:31:03 No.1285772
本庄=サンの回想記によると、96式陸攻が実用機として舞台に配備され始めの頃、ある部隊指揮官さんから
「今までわれわれの航空隊では、木または金属の骨の上に羽布を張った飛行機をもらっていた。ところがこの96陸攻はブリキのようなものでできている。そして取扱説明書には、そのブリキの表面を洗う方法が書いていない。これは今までのように石鹸水をかけて洗ってよいのか?」
…なんて聞かれて、さっそく取扱説明書にジュラルミン外板の手入れ法を書き加えた、なんてこともあったそうです
何というか、時代を感じさせるエピソードですねえw
無題 Name 名無し 19/09/30(月)17:32:12 No.1285773
因みに本庄氏曰く、
「ユンカースという人を、私は実にえらい人だと思うんですよ(略)ものの考え方ですね。いま、システムエンジニアリングというのがあるでしょ。あれを、あの時代からすっかり実行しているのが、ユンカースですね」
…とのことなんですが、また別の氏の手記によると
「昭和3年9月三菱は独ユンカース社と契約を結び(略)多量の図面・資料並びに工作技術を輸入し、その優れた設計技術、工作技術並びに工場事務処理法等の全般を知ることができた(略)図面整理法・改造時の図面訂正手続・部品標準化実効要領等は日本人の最も苦手とする所とて、三菱には非常に良い見本と」
…なったそうです
無題 Name 名無し 19/09/30(月)17:33:06 No.1285774
「96陸攻の成功により三菱は(略)低迷時代から脱したが、その理由は(略)
1:優れた風洞試験装置の建設により、空力諸係数の信頼できる値を求められるようになったこと
2:ユンカース社との提携による(略)構造見本・図面取扱法・工場運営法の良い手本を得(略)実行したこと
3~6(略)」
…だそうなんですが、一方では
「しかし、その後1式陸攻設計着手までには、特に取り立てて性能を向上させるような技術も見当らない。従って、96陸攻の性能を更に向上させるためには、馬力増大以外には無かったのである」
「にも拘わらず、発動機出力は(略)1式陸攻設計着手の時までに、いくらも増加していない。こういう技術的環境の下で軍は無理難題を並べた(略)試作要求書を送って来た」
…なんて書かれてもいましたり
地道な技術導入の積み重ねの大切さを、身に染みて理解してきた当事者だからこそ、色々思う所があったんですかねえ
無題 Name 名無し 19/09/30(月)18:49:41 No.1285780
へー、羽布張りの飛行機は石鹸水かけて洗ってたんだ・・
無題 Name 名無し 19/09/30(月)19:58:25 No.1285783
>へー、羽布張りの飛行機は石鹸水かけて洗ってたんだ・・
羽布はペンキで塗り固めてるんじゃね?
無題 Name 名無し 19/10/01(火)00:06:48 No.1285805
羽布は飛行中にたわむので表面を塗り固めるのは難しいと思う。(´・ω・`)b
無題 Name 名無し 19/10/01(火)09:32:51 No.1285821
>羽布は飛行中にたわむので表面を塗り固めるのは難しいと思う。(´・ω・`)b
じゃあ零戦の動翼類は灰色や緑じゃなく生成りなのか?
それとも塗ったらジュラルミン並みの強度が出るペンキがあるとでも?
無題 Name 名無し 19/10/01(火)11:45:26 No.1285832
羽布は塗料は塗ってるが、たわみでそのうちひび割れてくるので手入れは必要
汚れたら、水をたっぷり含ませた雑巾で傷をつけないよう上から下へ一方向に洗い流すように拭いた、記憶がある
基本水のみ使ってたが、油汚れだったら石鹸水が必要かもしれない
無題 Name 名無し 19/10/02(水)20:42:29 No.1285969
海軍航空廠などで勤務された海軍技術少佐の野間口兼良さんという方の手記に、
「塗ると皴がなくなる化粧塗料羽布塗料」
…と題した一節が有るんですが、曰く
「羽布塗料は翼骨組に張った羽布に緊張力を与え、空気抵抗を減じ且つ翼面を構成する為に塗粧するのである。軽金属用防蝕塗料はジュラルミンは海水に腐蝕され易いので、之を防ぐために使用するのである。それらの為に羽布用には醋酸繊維塗料がよく、また軽金属用にはベンジル、セルローズが最も防水力防蝕力が強いので重用されるのである」
…そうです
要はまあ、羽布構造の機体に塗られる塗料はソレ自体がシワ取りスキンケア効果を期待されるものだったみたいなんですがw
おのずから金属機とは塗料に求められる性質、或いは塗料自体も異なってくるということなんですとか
無題 Name 名無し 19/10/02(水)20:47:58 No.1285972
これらの塗料は当初は殆んど輸入品で、その後国内での生産の為に多大な努力が払われたそうなんですが、アジ歴に残る国産軽金属(ジュラルミン)用塗料の耐久試験報告書など見ますと、比較先の輸入塗料の中には石鹸水、或いはガソリンなどで劣化するモノもあったようですので、「石鹸水で洗って良いのか?」というのは、案外深刻な問いだったりしたかもしれませんですねえ
また、コレは直接外板に塗る塗料のハナシとはまた違うんですけれども、本庄=サンによりますと、「陸攻」の開発が三菱で始まった当初、主翼の一部を為す構造の燃料タンクの洩れ止めパッキングについて相当研究を行ったそうで、この時使われたパッキング用の帯状材や洩れ止め塗料には米国の「THYOKOL社」製合成塗料を用いたそうなんですが、同社は紆余曲折を経て現在もATKランチ・システムズ・グループとして健在で、軍板的にはロケットやミサイル開発に深く関わっており、身近な所では車のエアバッグ用ガス噴出機で世界的に大きなシェアを持つ会社だったりするそうです
(ウィ〇ペディアを横目で見ながら)
無題 Name 名無し 19/10/02(水)20:49:07 No.1285973
因みに、IJNでなく陸サンで大戦中航空機の整備兵だったわち・さんぺい=サンの手記に、飛行後、エンジンから徐々に洩れる油と砂塵で汚れたジュラルミン製の機体の表面手入れを
「いったい、何で拭いたか?おわかりになりますか」
…という一節があるんですが、その答えはというか
「当時、ガソリンは血の一滴といわれるほど、大事なものであっても、なんと、ガソリンで拭いたのである」
…んだそうで、
「日本の軍用機で、油汗をたらさないエンジンは、ほとんど皆無」
「南方戦線で捕獲した(略)P51や(略)B-17などが、福生の飛行場へ届いた(略)ぼくに溜息をつかせたのは、まず油汚れ、油汗ひとつかいていないエンジン周りであった」
「敵国を賛美するつもりはなかったが、日本製エンジンの欠点(油もれ)は、発動機に付随する(略)パッキンにあることがわかった」
「日本製は、赤茶色のファイバーで紙を圧縮しただけで、敵さんのは、石綿を圧縮したものの両面を、錫箔で合わせたものである。要は、材質の問題である」
…なんて、当時を回想されていたりします
無題 Name 名無し 19/10/02(水)20:52:18 No.1285974
また、本庄氏の手記では、
「1式陸攻は、フラップの出し入れとか(略)の動力に、すべて電気モーターを使った。油圧装置を使った機体が(略)ほとんどどれも、油洩れの文句が持ち込まれたから、電気モーターでこれを解決しようとの考えからである」
「戦後米軍ではOリングという極めて簡単な形でありながら、はなはだ具合のよいものを多く使っているが、あんな良いパッキンが戦時中日本にあったら、われわれはずいぶん助かった」
…なんて、別の「油洩れ」への苦心について語っていられるんですが、その昔スペースシャトル「チャレンジャー」が打ち上げ直後に爆発する大事故を起こしたとき、原因として特定されたのが先のTHYOKOL社製の「Oリング」だったりするんですよね
無論、戦前の陸攻の開発と、戦中の日本機の整備性、戦後のスペースシャトルの間に直接の関係はないんですが、うっかり大事なモノが洩れると色々大変なコトになるのは、何時の時代も変わらないってことなんでしょうか(棒
無題 Name 名無し 19/10/03(木)09:06:07 No.1286024
96式陸攻は…初めての渡洋爆撃で往復8時間以上を飛行…!
無題 Name 名無し 19/10/03(木)09:34:54 No.1286026
>96式陸攻は…初めての渡洋爆撃で往復8時間以上を飛行…!
まあ払い下げられて軽く改造されたニッポン号が世界一周してるしな
航続距離の素性は良かったんだろ
無題 Name 名無し 19/10/03(木)09:08:49 No.1286025
http://cgi.2chan.net/f/src/1570061329559.jpg
1式陸攻は…マレー沖では10時間以上を飛行してイギリス戦艦を撃沈しています
例え燃料タンクだらけの機体が撃たれ弱い宿命を負ってしまったとしても…
中には、そんな機体だからできた戦果というのもあったと思うのです…!
無題 Name 名無し 19/10/03(木)12:52:02 No.1286045
逆にマレー沖あたりでなんの戦果もなくボコボコにされてれば、かえって陸攻という無理のある機種そのものが見直されたかも
そういう意味じゃ、悲運の機体だったよねえ
無題 Name 名無し 19/10/03(木)13:01:59 No.1286046
>かえって陸攻という無理のある機種そのものが見直されたかも
いや、陸上攻撃機自体は必要だろ
むしろレンジが
4発機:長距離
双発機:中距離
単発機:短距離
になるだけじゃね?
無題 Name 名無し 19/10/03(木)15:09:11 No.1286054
戦争末期、対潜哨戒部隊である901空大村派遣隊の96式陸攻の機長だった長谷川春一さんという方の手記に、ある日の哨戒飛行の様子が記されているんですが
「昭和19年8月23日(略)夜間飛行を終えた97式飛行艇と交代に基地を発進したのは午前8時前後だった(略)千哩ほどの行程で、扇形の飛行コースで6時間余り。任務を終えて基地の方向に機首を向けた時、操縦席の横に海図を差し出し
『おい、時間が早いから学童疎開船の前路哨戒をしてやろうじゃないか』」
「開聞岳を遠く左に見ながら南下するも船団が見えない(略)
『おい、あれは何だ!』
機首を下げ速力を増す。大小の木片が波に洗われて(略)その木片や四角いものの上には人が乗っている。
『やられたッ!』
思わず大声で怒鳴った」
無題 Name 名無し 19/10/03(木)15:10:55 No.1286055
「任務上、海面スレスレの飛行は専門であるが、あまり低空すぎるとプロペラの風により波立つので、機首を40メートルで水平に戻す」
「顔、顔、顔、遭難者の顔がはっきり見える。木片につかまった者、イカダの上の者、手を大きく振る者(略)搭乗員も窓から手やハンカチを振る」
「直ちに遭難者発見の無電が発信された(略)”ガンバレ、救助手配スル”『通信筒用意ッ。投下』
第一弾は漂流者の中ほど、一番人かたまりの多いところに投下する。漂流者の上空をひと回りして、徐々に高度を上げる」
「『浮袋投下よし!──投下ッ!』
不時着用の大型ゴム浮袋に”ガンバレ、救助船サガス”と書いて投下する。さらに第2・第3の通信筒も投下。高度を上げながら旋回半径を大きくする」
無題 Name 名無し 19/10/03(木)15:16:26 No.1286057
「高度2千、悪石島の近くに小型漁船を発見。急降下して漁船に近づく。翼を左右に振りマストすれすれに飛び、”遭難者アリ、救助セヨ、ワレ誘導ス”漁船に通信筒を投下、すれすれに落下する」
「上空を旋回しながら待つほどに、船員が(略)通信筒を拾い上げ、手を大きくまわした。機首を遭難現場に向け、漁船場を2度3度飛んで方向を示す。船もその方向に向かって進む」
「我々はまた南下する。少し離れてはいたが、もう1隻の漁船を発見、直ちに通信筒を投下し、誘導につとめた」
「遭難者近くまで来た時、搭乗整備員が燃料が少なくなったことを告げた。
『できることならいつまでも上空をとんでやりたい』
と思ったが如何せん(略)後ろ髪をひかれる思いで大村基地に帰投したのだった」
…そうです
無題 Name 名無し 19/10/03(木)15:31:24 No.1286058
因みにこの時、遭難した学童疎開船「対馬丸」の生存者の一人である平良啓子さんという方が、長谷川機の思い出について手記を残されておられるんですが
「多く漂流者を救助に導いた方々のことを忘れない。対馬丸沈没の翌日(略)日本の飛行機が漂流中の人々を発見し(略)通信筒を海面に落下させ、漂流中の人々を勇気づけ実際に、救助隊によって人々は助けられた」
「もしあの時、飛行機に見つからなかったら、もっと多くの死者が出たことだろう。私も漂流者の一人として、そのご恩は何時までも忘れません」
…との事
既に旧式化したとはいえ、長時間の巡航時間を持つ96式陸攻ならではの性能と、なにより本来任務外の学童疎開船の掩護に、自発的に向われた陸攻クルーの方々の厚意のどちらが欠けても、挙げ得なかった「戦果」だった、ってことなんでしょうかねえ
引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1285027.htm
一式陸攻戦史 海軍陸上攻撃機の誕生から終焉まで (光人社NF文庫)
posted with amazlet at 19.09.29
佐藤暢彦
潮書房光人新社
売り上げランキング: 43,191
潮書房光人新社
売り上げランキング: 43,191
コメント
中攻に限らず、双発爆撃機の防御そのものに限界が有りすぎな気が。
モスキートみたいに速さに頼るしか結局ないような。
大戦後半では、どのみち中攻で雷撃なんて危険すぎて無理筋だし。
飛行性能をとるか、防弾をとるか、生産性をとるか、海軍側と技術者側できちんと話し合いをしきれなかったのが一式陸攻の不幸でもあり、実戦に間に合った実用機になれた幸運でもあるのが難しいところ
ただ防弾に関しては無いよりはあったほうが当然良いけど、あったからと言ってどこまで変わるかは難しい
イギリス軍の艦上戦闘機フルマーは防弾版防弾タンク装備だったけど零戦相手に惨敗してて、結局いくら頑丈にしても飛行性能が悪ければ弾を撃ちこまれ続けて死ぬ
飛行機として優秀という前提の上で初めて防弾が活きる
ポートダーウィン空襲では一式戦闘機「隼」の護衛があったとはいえ、出撃した18機中16機が46機のスピットファイア隊の攻撃を耐え切って帰還しているという
お!ええやん…と思うのだけど、帰還した機体の多くが大破しており修理不能として現地で廃棄されるからやっぱり一式陸攻を例え百式重爆と同じようにしても、無理だったんじゃないかなと思う
某ゲームでも史実よろしく片道切符で敵艦戦や陸戦の真っ只中に突っ込まされる陸攻達の明日は....
無さそうだなぁ....(
個人的には戦艦を終わらせる程の功績を残した機体を1機種に絞るのは無理なんじゃないかと思ってる。
そのくらい航空機の進歩が早く新しい機体の出現が早かった。
ぶっちゃけ「空母艦載機」という大きな括りでしか回答出来なさそうだし、逆に言えば事実上太平洋戦争だけで艦載機が進歩したと言っても過言ではないくらい。
航空母艦の戦争における価値が戦艦を上回ったという文言なら納得できる。
(実際には艦隊運用が変わったと言うべきか)
ほんと、チート国家だよなぁ。。
二二型以前は上部の銃座が後方しか撃てないし、側面もまだ7.7mmでしかも射角が微妙だから、この写真の位置だと撃たれないのでは・・・
艦爆の彗星なんかも燃え易いが、高速のため生存率は高いと米軍に言われてますね。
足が実際に速ければ、戦闘機無用論も強ち机上の空論でもなかったってことですかね?
流星がマトモに動けば…
202空の零戦に護衛された陸攻は、それよりも被害が出てないから、護衛戦闘機の性能と戦い方に左右されてるんだと思うよ。
B29のエンジンの話で既にチート感あるもんな…(  ̄- ̄)
満足な護衛戦闘機を着けられなかったり、被弾面積の大きい双発機で雷撃したり。
結局お国事情にも左右されちゃうんだよね
どんな防弾性能や速度性能高めてもその分戦闘機側もより強力な機銃を装備したりより優速な機体を配備して対策するので難しい所、結局は国力に支えられた開発能力や生産能力による所もあるので これさえあれば って特効薬はないだろうな。
あとは末期の日本攻撃隊の不利は米側がレーダーとVT信管によって万全の防空体制を構築していた効果も大きく、日本側が同等の防空体制を構築出来ていれば結果が大きく変わっていた可能性は大きいのでは・・・
つまりレーダーと対空火砲マシマシの艦隊で両軍ともに航空作戦が不活発になり戦艦の重要性が復興した世界線でですね(ry
それはともかく、防御については戦中の戦闘機の武装向上も考えないと。
日中戦争ーまだ7.7ミリ機銃
大戦中―12.7ミリ多数or20ミリ機銃のように。
日中戦争初期なんて全金属性というだけで防弾強化だったわけで。
一式陸攻は、昭和十七年で旧式化したというところなんでしょうか。
その後の役職を見つけられただけでもよかったかもしれないな。
燃料タンクの防弾化で減った航続距離を補う苦肉の策で、機内の通路に外付け燃料タンク(というか単なるガソリンが入った気密袋)を設置するのがあったな。
交戦空域に着く頃には空になるので、そうなったら畳んでどこかにしまうとのこと。
そういえば飛龍のタンクの防弾化は、防漏を優先して下側だけなんだっけか。
ちなみにソ連機なんかだと、エンジンの排気を冷却して燃料タンク内に吹き込んで、それで被弾炎上を防いでいたりして。
中攻のトイレが、当初は固定式だったというのが意外。
『ブラッカムの爆撃機』に出てくるウェリントンのトイレは、単なるフタのついたバケツで、固縛し忘れた状態で乱気流に機体を揺さぶられると、トイレが機内を飛び回るという…。
そう、だから一式陸攻に防弾云々言あのってあまり意味がないのよね
防弾があってもなくても、護衛戦闘機次第という元も子もない話になる
ペイロード全体では大して増えてもないよ?
一式陸攻は、対艦攻撃機ではあるが、ただ防弾が足りないだけの機体になってしまったね
ドイツのju88やアメリカのB-25といったメジャーな双発機のそれと比べて陳腐化は否めないね
勉強になるし主計官にはやはり頭が下がる
もうちょっと推敲してから投稿してくれ
航続距離(と機動性)を優先したから搭載量と防弾が犠牲になったって話だろ?
それこそただ飛ぶだけなら2.2tの桜花も積めたわけで
日本本土から敵国の主要軍事施設を攻撃するという
雄大な長距離爆撃行を可能にせしめた96中攻の
航空機としての先進性と卓越性
結局これがアメリカとの戦いで日本海軍の戦術や戦略が
少なからず無謀なものになって行く両刃の剣でもあるのだと思いますが
渡洋爆撃に対する最新の評価や考察が知りたいと思いました
一式陸攻:過荷重重量12895kgー自重6741kg=6154kg
B-25:離陸重量15876kgー空虚重量8859kg=7017kg
ju88:最大離陸重量14000kgー自重9860kg=4140kg
重量基準は国によって違うけど特別日本機が外国機と比べ搭載量は劣るということは無い
ほんと、爆撃機がカタログ上の最大の爆弾搭載量で
最大航続距離を飛行できると思っている人の何と多い事か
一部で大人気のスカイレーダに爆弾満載したら
燃料どんだけつめるのか、巡航速度何キロぐらいに低下するのか
考えてみて貰いたいものです
いうほど先見性が有るとも言えんような。
むしろ海に囲まれた地域環境の産物ではないかと。
そういや、ウエークで中攻で爆撃に行ったら九六艦戦が護衛できず痛い目見たような。まず戦場に着けないと話しにならないのが太平洋なんでしょうねえ。
それはこっちのセリフだよ
航続距離を優先して爆弾搭載量減らしてるんだから、別にペイロード自体が多いわけじゃない
爆弾搭載量減らして燃料積んでるって言ってるの。繰り返してどうする
なんでこういう人達は一々一言多いんだろう?
日本機を批判したと思って脊髄反射的に喧嘩腰になるのかな?
逆に言えば爆弾搭載量を一式陸攻並みに減らすと同じ距離飛んだりする
実際長距離作戦時には胴体内に燃料タンク増設したりやってる
こうなるともう防弾弱いハンデしか残らない
>>27-29
だからその話を言ってるんだが
爆弾搭載量と航続距離はトレードオフ
一式陸攻が長距離飛べるのは爆弾少ないからに過ぎないって言ってる
こちらの言ってることを反復しても意味ない
爆弾と航続距離トレードオフしたから、残ってるのは防弾弱いという事実のみ
それはこっちのセリフだよ
航続距離を優先して爆弾搭載量減らしてるんだから、別にペイロード自体が多いわけじゃない
爆弾搭載量減らして燃料多く積んでるって言ってるの。繰り返してどうする
なんでこういう人達は一々一言多いんだろう?
日本機を批判したと思って脊髄反射的に喧嘩腰になるのかな?
逆に言えば爆弾搭載量を一式陸攻並みに減らすと同じ距離飛んだりする
実際長距離作戦時には胴体内に燃料タンク増設したりやってる
こうなるともう防弾弱いハンデしか残らない
今日は空母部隊に雷撃するので防弾装備マシマシで魚雷1本、燃料は適量
明日は哨戒任務なので、防弾と燃料マシマシ
みたいなことができればいいんだが、
同じものごとの受け取りかたが違うだけで論争してもね。
爆弾量減らしても1式陸攻並に飛べる双発爆撃機とかそうそういないよ
一式陸攻:爆弾1000kgで航続距離約3700km
B-25:爆弾1200lbs(約550kg)で航続距離3140km
ju88:爆弾500kgで航続距離3660km
で倍も違う
陸攻はもともと800~1000kgの魚雷を撃ち込むための機体なので爆弾を削って航続力を延ばすことに価値がない、それだけ積めて遠くまで飛べるのが前提の飛行機
なおju88、B-25ともに爆弾倉は約1800kgまででそれ以上は翼下懸架になるので各種性能が大幅に落ちる
またB-25の防御火力は高いがju88は一式陸攻以下で哨戒機にも撃ち負ける程度には貧弱
Ju88の航続力
爆弾500kg+燃料3263kg,離陸重量12300kgで、航続力3680km
爆弾1000kg+燃料2609kg,離陸重量12100kgで、航続力2900km
爆弾1500kg+燃料2106kg,離陸重量12000kgで、航続力2340km
爆弾2400kg+燃料1221kg,離陸重量11900kgで、航続力1260km
爆撃過荷と比べるのはアンフェア
Ju88やB-25は防弾が装備されて、遠距離も飛べる
はっきり申して、低い搭載量ありきの航続距離しかない。防弾が低いだけの機体と化してるよ
防弾が装備された三四型はその航続距離すら無くなってる
現代の公共工事みたい
設計・施工・審査・検査が違う部署だと、あんたらちゃんと申し送りやってんですか状態になる
強いて海軍側を弁護するならもう他の人が言ってるけど、三菱には双発型を
作らせたい!って思惑があったってことじゃないかな
一式陸攻の過荷重重量が12895kgなので、そこに上げてるju88の総重量と大差ない
防弾分の重量(他にも要素は色々あるけど)を航続距離に割り振ったのが陸攻なのだから、ju88の防弾が勝ることを主張するなら陸攻はその代償分の利点を考慮してこそフェアというもの
これでアンフェアならju88の長距離作戦時に燃料タンク増設なんて各種改造機を考慮することこそアンフェア、一式陸攻は無改造の仕様のままこれが実施できるのだから
また一式陸攻二四型が2270kgの桜花搭載時の航続距離が2093kmなので、やはり同じくらいの重さの爆弾ならより長く飛べることになる
つまり、機体と搭載物の合計重量比がほぼイーブンの状態での最大値なら一式陸攻の方が爆弾が倍近いか航続距離が1000km前後長く飛べる
近くに多くの爆弾ならju88が勝つが、遠くにより威力のある爆撃なら一式陸攻が勝る
だからさ
上で上げたJu88のスペックは離陸重量12トンちょいで最大離陸重量まであと2トンの余裕を残している
貴方が上げた一式陸攻の航続距離は爆撃過荷重
これがアンフェアでなくて何なの
一式陸攻もju88も互いに後期の改良発展型を除けば設計限界重量は同じ14000kg
つまりこの2機の上限は設計上の誤差や想定外の耐性が無い限り全く一緒
そもそも過荷重だろうが限界を超えての飛行は物理的に不可能だし、仮に限界が違うのであってもそれは限界性能の違いで、爆弾倉に入る爆弾の数や燃料ごとに飛べる距離や防弾版やゴムの厚さと同じ実用機としての性能を測る要素の一つに過ぎない
もし仮にju88が制限によって一式陸攻より荷重の軽い状態でなければ運用できないのであれば、それこそ明確に一式陸攻より長距離爆撃能力が劣ると言うことの証明にしかならない
もし仮にも制限も何も、単にそれ正規全備重量だから。
Ju88A-4は過荷重(実用上の最大搭載量であって当然まだ最大離陸重量ではないよ)で2400kgの爆弾積んで2430km飛行出来る
むしろ桜花の時こそ最大離陸重量の飛べるか飛べないかの境目の運用だ
B-25にせよそうだが、無改造をメリットにしてもその簡単な改造でできる様な航続距離の利点も大してデカくないって事だ
それを言ってるんだが
Ju-88も最初に上げてきた数字での3660kmでの爆弾搭載量は80パーセントどころか、それ以下しか爆弾を積んでない
>>「ju88:爆弾500kgで航続距離3660kmで倍も違う」から、ここから更に爆弾搭載量が増やせます
それも限界に近いけどもね、なお一式陸攻も二二型が制限重量が1500kgほど引き上げられてて重量だけなら別にそこまでギリギリじゃない、燃料も2950ℓでまだ1830ℓ分の余地がある
史料が無いから限界がどこまでかは不明だけど、単純計算なら2000後半~3000前半kmは飛べることになる
>>47
この話の焦点は一式陸攻は爆弾搭載量を減ぜずとも長距離を飛べる、なので爆弾搭載量増やせても航続距離が減るのなら主旨が違う
そもそもju88の燃料搭載量は翼内で1680ℓ、爆弾倉前部で1220ℓ、後部で680ℓの計3580ℓ、そしてこの場合爆弾は翼下懸架なので空気抵抗が強くなり飛行性能が低下する、増槽をさらにつけても900ℓで4480ℓ
一式陸攻は翼内で4780ℓと300ℓも多く、しかも爆弾倉に格納可能、増槽は960ℓ
でエンジン出力はだいたい同じ、なのでどっちか片方が極端に勝つということはあり得ず、それぞれが得意とする分野では大きく優位に出るのは当たり前のことなのよね
>>この話の焦点は一式陸攻は爆弾搭載量を減ぜずとも長距離を飛べる、なので爆弾搭載量増やせても航続距離が減るのなら主旨が違う
違う、もとから低い。だから焦点は、1トン以下と低いから長距離飛べる。
Ju88だって1トン程度の爆装ならかなり長距離を飛べる。
むしろ爆弾倉に燃料を搭載する事で、この規模の機としては極めて多い燃料搭載量だ
1トン程度の機外武装なら双発爆撃機にとっては凄まじい差というわけではない。
銀河に桜花22型を搭載した場合ですら37km/hの速度低下だった
もともと速力が劣っている一式陸攻が言えたことでは無い
Ju88がこの程度で遠距離で飛べるなら、一式陸攻の航続距離優位なんてその程度でしかない
1トン以下に爆弾搭載量減らせば、遠距離を飛ぶことが出来る、これは最初から言っている事
Ju88A-4だと機内燃料のキャパ自体は翼内と爆弾倉合わせて5500リットルにも達する
一式陸攻に何ら遜色ない
1トン程度の武装なら十分過ぎるくらいに遠距離飛べるんだから、航続距離の優位なんてその程度でしかない
その話をしているんだが。
Ju88にせよB-25にせよ、爆弾搭載量を1トンとかに減らして燃料を多く積む事で遠距離作戦も出来ちゃう
一式陸攻も爆弾搭載量を1トン低く抑える事で遠距離が飛べるだけだから同じ
この目的に特化した一式陸攻が、近距離で多数の爆弾を搭載する目的のこうした欧米双発機にすら同じ様に出来る時点で、もはや防弾弱いハンデしか残らない
長距離飛べる双発機は日本だけとでも思ってる人が多い気がする
1トンって少ない搭載量だから長く見えるだけ
1942年のニューギニア沖海戦の時点で陸攻の対艦雷撃はヤバイって解ってた筈なんだから、早期に普通の爆撃機として運用していればまた違った評価になってたんだろう
スキップボミングやるとか、と思ったけどあれもB26とかボーファイターだしなあ。
結局、中攻どころか中型爆撃機が陳腐化して、後はモスキートみたいな高速にふるか
もう少し小型で軽快なボーファイターとかA26とかの方向に向かうしかなかったのかな、銀河か。
中攻はいっそ陸軍に渡して大陸で爆撃に使い、かわりに襲撃機をもらって対艦攻撃につかうか。
ても結局隙を衝かれて一撃を食い、防弾の不備で何機か落とされ…で段々ダメージが
蓄積されていく感じだったな
無論、対空防御力の高い米艦に突撃しても大被害は出るんだけど、正直対艦雷撃でき
るまで育てた技量のクルーを飛行場爆撃で消耗しちゃったのは支那事変の頃から本当
は不本意だったんじゃないかなあ
水平爆撃なんて当たらん割には損耗率だけ高くて早々に中止されたし、そういう意味では上の人も言ってるけど、中攻そのものが陳腐化してしまったのが問題なんだよな。
雷撃での損耗率なんて対空砲火と戦闘機の迎撃をマトモに食らったら日米大差ないんだし、ライター扱いはあんまりだと思うな。
なお、後継機の銀河。
急降下爆撃機の銀河は1式陸攻の後継機で良いのだろうか?
ju88が1トン爆弾搭載して一式陸攻並の長距離飛ぶことは無理
これは重量を計算すればわかることで、ju88の空虚重量が8500kgそこに搭乗員や機銃の弾薬、携帯消火瓶や救命用具などの諸装備を搭載して9860kg、機内燃料満載で3580ℓ=約2573kg合計で13433kgと制限重量ほぼいっぱいで増槽をつける余地なし
>>37の2つ目と重さ燃料比がほぼ一致
大型タンク装備で5500ℓ=3951kgで1トン爆弾搭載だと14811kgになってオーバーする、当然500kgでも300kgオーバーになる
なお同じく1つ目の
爆弾500kg+燃料3263kg,離陸重量12300kgで、航続力3680km
は機体重量が8537kgと本体のみで搭乗員その他を計算されてない数字、作戦重量で代入すると13623kgとほぼ制限になる
燃料は3263kg=4535ℓなので通常の機体タンクと増槽全て使ってるので増やしようがない
つまりこれがju88の長距離爆撃の限界
参考までにもともとのju88の運用における満載だと翼内燃料1680ℓ=1207kg、胴体爆弾1800kg、本体9860kgで12867kg
通常は満載せず多くて8割ていどなのでその場合燃料965kg、爆弾1440kgで合計12265kg
ju88の通常運用最大が12550kgとされてるので、これが作戦常用における能力、12830kgを超えると過負荷とされるそう
実は30年代頃って独立空軍設立が叫ばれてて陸軍や民間はその気で、そうなって
しまえば海軍という組織が大幅に削られる状況に立たされてたわけで。
その時海軍は陸軍との仮想敵の違いを理由に統合を拒んだわけで、陸攻とは
ある意味正面切って米軍と戦争するつもりもないのに、空軍化してまで予算を
分獲って肥大化を続けた組織の負の象徴とも言えるのでは。
敵の対空砲火が貧弱だった頃のマレー沖ですら少なくない被弾機出してる
元山空
雷撃隊:被撃墜(自爆・九六式陸上攻撃機)1(戦死7人)、被弾(隊内修理可能)4
美幌空
爆撃隊:被弾(隊内修理可能)10
雷撃隊:被弾(隊内修理可能)3
鹿屋空
雷撃隊:被撃墜(自爆・一式陸上攻撃機)2(戦死14人)、被弾(大破)2、被弾(要航空廠修理)2、被弾(隊内修理可能)8
これが米艦隊相手ともなると目も当てられない結果になるという…
一式陸攻は他の双発と比較して、滑走路の条件は常に恵まれてないような。
燃料搭載スペースも本文にある簡易増設タンクを用いる方法もあるから、比較は微妙なのよね。
正規全備状態で600m。基準が分からないが帝国陸軍重爆よりは厳しい事は確実らしい。帝国陸軍のはそもそも重爆に滑走距離の指定が無いそうだ
そういうのは軽爆の仕事だったし
調べてみたら、イギリス軍のスターリング重爆が、爆弾2000ポンドで500ヤード、爆弾4000ポンドで700ヤードと中攻とそう変わらなかった
翼面積拡大後のB-26も1800フィートで事足りたらしく、むしろ一式陸攻より短い
他の奴らが短過ぎるのかな、なんでやろなと思って調べてみたら、本庄さんの設計のせいみたい。
一式陸攻のパイロットの証言で、中攻は這う様な低い姿勢でなかなか尾部が上がらず、台湾沖で飛龍(靖国)がスイスイ上がっていくのを見てえらい違いを感じたとか。
因みにこの本上流の設計(鼻が長く、尾部が大きい)のフォローの為に言っておくと、このおかげで卓越した操縦性能と、双発機としては抜群の舵の効きを両立させることに成功してる
これが雷撃機たる由縁。
管理人仕事速いな
一応ソースも提示
高橋淳さんという方です
「1式陸攻は重心が真中にあるせいか、離陸時はなかなか上がらず、ですんで乗員が全員後ろにいっせいに移動しました。
じゃないと機首が上がらないんです。
着陸時も搭乗員がやっぱり後ろに移動するんです。」
「4式重爆、銀河、ありゃあうらやましかったなあ・・・こっちがモタモタ離陸してるのにあっちはぱっと離陸していくもの。」
http://www.warbirds.jp/p-kun/other/jun/jun01.html
ありがとうございます。
同程度の運用環境なら、離陸滑走距離も大差ないレベルなのですね。
あとは細かい飛行特性の差になりそうですから、結局用途に合わせた細かな違いになりそうですね。
少しでも長く敵艦隊の頭上に留まって味方機を誘導するために、機内にある当面いらなさそうな物を、必要最低限以外の無線から機銃と弾薬まで、片っ端から全部外して投棄したという…(クルーの着てる飛行服まで脱いで捨てたという話もあるけど、いくら南方とはいえ空で飛行服脱いだら、流石に凍えて仕事ができなくなるんじゃないかと)。
朝6時に出撃して、POWとレパルスの最期を見届けた後、夜の7時20分にサイゴン飛行場に帰還して、タキシング中にガス欠になったということで、実に13時間以上空を飛んでいたことに。
ここら辺はフラップ(高揚力装置)の性能も絡んでくるから一概に厳しい条件緩い条件とは限らないかも
例えばフラップの研究が進んでたアメリカでは、F6Fの離陸滑走距離は73〜83メートル。
エセックス級が高速空母ってのもあるけど意外にも零戦とそう変わらない。
(その代わり、F6Fはフラップ幅を優先したせいで補助翼幅が詰まり、ロールレートが悪い機体となってしまったが)
その辺は、欧米とかの方が研究が先行しているから、一見して同じように見えても、日本機の方が不利な設計を強いられてるという面もあるだろうね
日本が1500→1850馬力に増えてもそう変更しなかった事も踏まえるとね
大戦後期になると日本のフラップも追いついてだいぶ洗練された感が。銀河とか彗星とか。
ちなみにF8Fは合成風力25ノット(毎秒12.86m)で150ガロン増槽1コで288フィート(95m)の発艦距離、150ガロン×1+100ガロン×2の増槽で417フィート
ミスった、F6Fの発艦距離はoverloadで合成風力25ノット(12.83m)で327フィート(99m)〜335フィート(102m)ね。
上の値は搭載物減らしたか合成風力増した奴かな?
まぁ意外にも小型空母向けのF8Fよりも発艦距離が短い方が分かる(仕様を考えりゃ当然だが)
投弾距離はさほど変わらんわけだし防弾はあっても的はデカいし
大型機の雷撃は単発機のもてる魚雷では威力不足と思われたので大型魚雷を運用できかつ長距離を動ける機体を求めた結果
魚雷が大型になれば威力だけでなく射程も延ばせるので敵艦隊の対空射程の外側から攻撃することで被弾リスクを下げる考え
ただしこれが実施できる機体、魚雷共に実用にまでは至らなかった
水上艦部隊の遠距離雷撃みたいに命中率が低かったか、水上艦よりは自由に撃てるぶん意外と効果ありだったかはもはや謎
航空雷撃が、遠くから撃っても2000mのところを、遠距離から発射して母機は4000mまでの接近で済むからね
舷側から突っ込むから喫水線付近に命中して大ダメージを与えることも出来る
非常にわかり易い
証明お疲れ様でした
まぁパクリ元のドイツの誘導爆弾がそうであった様に母機の被害が多すぎるから大型機での対艦攻撃自体がどんな手段でももうオワコンだったのでは?
例としては悪いけど桜花もそうだしな。
逆に、日本海軍の防空能力が米軍並みだったら、米軍の対艦攻撃はどうなってたかな?
敵の対空砲火で撃墜された桜花母機は無いはず。
対艦攻撃はあくまで敵戦闘機を突破した後に行われるものだから、雷撃そのものの損害と分けて考えないと
そもそも戦闘機を突破できなければ、急降下爆撃機だろうと雷撃機だろうと攻撃そのものにうつれないで未帰還機となる
となると問題は対空火器対策ですね。
ロケット弾で何とかなるかな。
台湾沖だと米空母Bの戦闘機が居たので日本軍は陸海とも大損害でしたが確か、巡洋艦を大破まではいっていた気が。
そりゃドイツ軍の主たる攻撃目標は敵艦隊じゃなくて輸送船団と地上目標だもの。
Hs293は「フリッツXとの混同などからこの数字には疑問が残る」としながらも、「以後、終戦まで1,900個生産され、連合国艦隊に多大な損害を与えた。ドイツ空軍の撃沈した艦船の実に40%は、このHs 293によるものといわれ、戦果は44万トンとされている」とまぁまぁ好評ですよ
命中精度と射程距離の兼ね合いは雷撃の比じゃないね。
Ju88の航続力
爆弾500kg+燃料3263kg,離陸重量12300kgで、航続力3680km
これから爆弾500kg増やしても12800kg
最大離陸重量14000kgにはまだ余裕があるし全然過負荷じゃない 常用最大がこれくらい
全然1トン積んで3680km飛べるじゃん
「爆弾500kg+燃料3263kg,離陸重量12300kgで、航続力3680km
は機体重量が8537kgと本体のみで搭乗員その他を計算されてない数字、作戦重量で代入すると13623kgとほぼ制限になる」
パイロット4人と機関銃が増えるだけ
機銃は貧弱だから大した重量でも無いし
1.3トンも増えるわけがない 誤差の範囲内
すまんなんでもない マニュアルを確認したら本当に1.3トン増えてた
無線機とか人間1人分あって結構重いんだな
失敬した ではさらば
コメントする