将来の宇宙兵器はこうなる⁉︎ 後編:衛星攻撃兵器とその問題点

文:誤字脱字 ツイッターブログ


防衛省が想定する人工衛星に対する様々な脅威。今日の宇宙空間は様々な脅威に晒されているのだ。(画像出典:防衛省令和2年度概算要求の概要P4より一部抜粋
 

 前回の投稿で紹介したように宇宙開発は日進月歩で、最新鋭の衛星が軍事衛星として利用された場合にはステルス機や航空母艦などの従来型の兵器は大きく価値を減じることになるでしょう。
 しかしある技術が発展すればそれを防ぐ技術も発展するのが軍事業界の習わしです、今回は各種の「衛星攻撃兵器」とその問題点を紹介したいと思います。

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「衛星攻撃兵器」代表、衛星破壊ミサイル

SM-3 launch to destroy the NRO-L 21 satellite

制御不能に陥ったアメリカ国家偵察局の偵察衛星NROL-21を破壊するためにSM-3ミサイルを発射するイージス巡洋艦「レイク・エリー」(画像:アメリカ海軍

 「衛星攻撃兵器」と言えば少なく無い方々が衛星破壊ミサイルを連想するでしょう。
 人工衛星を破壊するミサイルは冷戦時代から開発が進められており、21世紀になってからも米国中国インドがミサイルによる衛星破壊を実証して見せました。
 しかし人工衛星を不用心に破壊すると大量の宇宙のゴミ・スペースデブリが飛散し、これが周辺の人工衛星に見境なく襲いかかるので非常にリスキーな方法と言わざるを得ません[1]
 そのこともあって現在は人工衛星を無力化する別の手段が様々に考案されており、一部は実際に効果をあげていると言われています。

夢か現実か? レーザー兵器

 ミサイルに変わる衛星攻撃兵器の1つがレーザー兵器です。
 冷戦時代に米国が発表した戦略防衛構想(SDI)・通称スターウォーズ計画では衛星軌道にレーザー衛星などを配備してソ連から飛来する大陸間弾道ミサイルの迎撃を目指しており、これに対抗する形でソ連が開発した宇宙兵器「ポリウス」には高出力の炭酸ガスレーザーが装備されていたと言われています。
 しかし米国の戦略防衛構想は多数の技術的課題と膨大な費用もあって頓挫、ソ連の宇宙兵器「ポリウス」も軌道投入に失敗して失われました。

Space Laser Satellite Defense System Concept.jpg
戦略防衛構想で提案されたコンセプトの1つ、原子力レーザー兵器というアブナイ構想。他にも反射レーザー衛星など頭のおかしい極めて野心的なプロジェクトも存在したが、あまりにも実現困難な構想であった。(画像:Wikimedia Commons:アメリカ空軍

 冷戦終了とソ連崩壊も重なり衛星攻撃用レーザー兵器の開発は一時的に停滞しましたが、しかし21世紀に入り中国では2005年に地上のレーザー砲によって高度600キロにある人工衛星の衛星機能停止に成功、予算が付けば2023年には重量5トンの対衛星レーザーを軌道上に配備出来る とする論文が発表されています。[2]
 

実績十分 電波妨害とハッキング

 人工衛星にはレーザー兵器による物理的な破壊以外にも電子戦的手法、つまりジャミングも有効です。
 地上から遠く離れた人工衛星とのやりとりは電波通信が主であるため、『湾岸戦争において多国籍軍が大規模な電子攻撃を実施した際には、その影響で、コーカサス地方の衛星照準・通信ステーションからペルシャ湾で作戦中の艦への衛星通信が阻害された』事があります。[3]
 また最近でもシリア内戦においてロシアはGPS妨害装置を長期間にわたり使用、民間旅客機やドローンがGPSを利用するのを妨げている上に米軍が利用している軍用GPS信号にまで妨害が行われていると指摘されています。[4]

Krasukha-4
ロシア軍のKrasukha-4広帯域多機能妨害ステーション。AWACSや航空機レーダーへの妨害のほか、低軌道の人工衛星やGPS信号の妨害も可能とされている。(画像出典:ロシア国防省


 人工衛星に対するジャミングを考える場合には距離による電波の減衰が非常に大きい点は見逃せません。
 用途や波長に関わらず電波というものは距離の二乗に反比例して減衰します。そのためはるか上空数百キロから3万6千キロという遠方の人工衛星から発せられる電波は地表に到達する頃には大きく減衰しており、条件次第で発信電力は受信時には-200dB前後、つまり1垓(1兆の1億倍)分の1まで減衰しうるのです。
 この大きな減衰は無指向性アンテナを使う種類の衛星通信やGPSの妨害を安易にし、またレーダー衛星の妨害にも大きな意味を持つと類推できます。[5]

 また最近新たに確認されている衛星攻撃手段がハッキングです。
 2008年と2009年にNASAの科学調査用の人工衛星2基がハッキングにより制御を失ったという報道がなされており、衛星の制御システムやデータサーバーに対する外部からのハッキングに大きな懸念が持たれています。[6]

新たな脅威 キラー衛星

 さらに2018年には他の衛星を破壊するための「キラー衛星」を打ち上げたと米国国務省の軍縮担当補佐官がロシアを非難し、この非難についてロシアはプラズマ推進/イオンスラスタシステムのテストベッドや新型の検査衛星であると反論しました。
 難しいのはこれらの能力が同時に持ち得る事で、高効率のプラズマ推進で自国衛星に接近して検査・修理する能力を持つ衛星はそのまま敵対する国の衛星に接近して物理的な破壊を行うキラー衛星になりうるのです。[7]

 同様の話はデブリの除去衛星にも言えて、欧州のエアバス系企業などが開発・実証に参加したデブリ除去衛星は画像認識によるデブリへの接近と投網や銛によるデブリの捕獲を実証しましたが、これらの技術は安易にキラー衛星に応用可能だと言わざるを得ません。
デブリ除去実験衛星の紹介動画、不明な物体への接近、捕獲、除去のプロセスはそのまま「キラー衛星」に必要な技術でもある。(動画:サリー・サテライト・テクノロジー公式サイト

 キラー衛星は各国で計画が動いており、米空軍の運用しているX-37Bはキラー衛星として必要な能力を備えていると言われているほか中国も同様の衛星を実験していると言われ、フランスはレーザーやマシンガンを装備した衛星を構想、自衛隊でも衛星を妨害する衛星:キラー衛星保有の検討が報道されています。[8]


穴だらけの宇宙条約

 問題をより複雑にするのが宇宙における軍事利用を規制する国際法の不備です。
 1967年に書名発効したいわゆる「宇宙条約」は宇宙空間の平和利用を掲げて核兵器など大量破壊兵器の宇宙配備を禁止していますが、一方で核・大量破壊兵器以外の兵器については事実上規制がありません。
 宇宙における無制限の軍事利用はスペースデブリの発生などで人類全体に弊害を及ぼす可能性が高く、シリアにおけるGPS信号への妨害はすでに周辺空域を飛行する多くの民間旅客機に悪影響を与えています。
 適切な宇宙の軍備管理のためにジュネーブ軍縮会議において宇宙軍縮についての議論が長らく進められていますが合意を得るのは難しく、"非侵略"で”自衛”のための宇宙の軍事利用は認められる という解釈が一般的ながら宇宙空間における『武力の行使』または『武力による威嚇』に関する定義も曖昧で、衛星に対するジャミングや目くらましは宇宙軍事大国同士では事実上黙認されている状況のようです。[9]
 防衛省の令和2年度概算要求では新たに「宇宙分野における国際法規範形成の国際的取組への参画」のための予算が要求されており、自衛隊・日本国政府もこの方面に関心を持っていることが伺えます。

重要性高まる宇宙状況認識

 法的枠組みが無いままに衛星破壊実験によるスペースデブリの増大や「キラー衛星」のような新たな脅威が増大しているため、それらに対応する形で重要になっているのが宇宙空間の衛星やデブリを監視する「宇宙状況監視」です。
 米国では地上のレーダーと光学望遠鏡を利用した宇宙監視網を古くから構築していますが、最近新たに宇宙監視衛星を打ち上げて人工衛星による宇宙監視網構築を推進しています。[10]
 欧州でも宇宙状況監視に関する動きが活発になっているほか、自衛隊でも令和2年度概算要求において「宇宙設置型光学望遠鏡の整備」の予算を要求しておりJAXAなどとも協力して宇宙状況監視の体制構築を進めています。
宇宙設置型光学望遠鏡の整備
令和2年度概算要求の概要で示された宇宙設置型の光学望遠鏡のイメージ図、『Xバンド防衛通信衛星等の周辺を飛しょうするデブリや不明物体の特性を把握するため』とかなり具体的な用途を掲げている。(画像出典:防衛省令和2年度概算要求の概要P4より一部抜粋


宇宙防衛のまとめ

 以上、「衛星攻撃兵器」とその問題点について簡単に紹介しました。
 現在のところは主要国では衛星破壊ミサイルを持ちつつも電波妨害や宇宙条約による”ソフト”な規制を目指し、同時並行でキラー衛星や増加するスペースデブリなどの新たな脅威に宇宙状況監視で対応していると言ったところでしょうか?

 注意すべきは「衛星攻撃兵器」が実際に使用された場合、どのような兵器がどのような規模で利用されるか状況次第な点です。

 使用されたとしても宇宙空間の平和利用という崇高な理想を維持して必要最低限で一時的なジャミングや目くらましが行われるだけかもしれません。
 逆に軍事的合理性に基づき「衛星破壊ミサイル」や「キラー衛星」による最大限の破壊が行われるかもしれません。
 もしかしたらハッキングやスペースデブリに紛れた攻撃で誰が実行したのか分からないまま甚大な被害が軍組織や民間経済に生じる可能性もあります。

 攻撃の方法次第では便利な人工衛星に依存した兵器体系や民間経済が大きな影響を受けるため、今後の兵器開発や国家安全保障において人工衛星にどれだけ依存するべきなのかは大きな論点となるでしょう。

六分儀の扱いを練習する米海軍兵士
六分儀の扱いを練習する米海軍兵士。人工衛星が破壊された場合に備えて米軍ではこのような”ローテク”な技術を復活させている。(画像:アメリカ海軍


 近年宇宙開発のスピードは凄まじく人工衛星により色々な新しくて便利なサービスが安価に普及しつつあります。
 一方でその技術を使った軍事分野の兵器開発も進んでおり、変化の激しい時代にどうやって「宇宙防衛」を達成するかは世界共通の課題と言えるでしょう。

 今後”宇宙兵器”がどのようになっていくかは難しくも興味が尽きない話題です。
 今回の投稿を通じて皆さんに「宇宙防衛」とそれに深く関わる宇宙開発について、少しでも興味を持って下されば幸いです。