無題 Name 名無し 19/08/31(土)04:44:29  No.1283433

ハセガワ 1/48 日本海軍 中島 C6N1 艦上偵察機 彩雲 プラモデル JT84

ワレニ追イツク グラマン ナシ!

というわけで古今東西偵察機スレ

無題
Name 名無し 19/08/31(土)04:47:56  No.1283434      
1567194476210
因みに自分は100式司偵なんかもお気に入り

日本軍で陸海両方で使った数少ない機体の一つでもありますねー

無題
Name 名無し 19/08/31(土)14:03:41  No.1283499     
>日本軍で陸海両方で使った数少ない機体の一つでもありますねー
先代の九七司偵を海軍が九八陸偵で採用してるし機数が少ないから独自開発は・・・ってことらしいね
もっとも測定法の差から鍾馗を落として雷電開発したりと
少数機でも要求に届かなきゃ独自開発だけど

無題
Name 名無し 19/08/31(土)05:09:34  No.1283435      
タミヤ イタレリ 1239 1/72 フォッケウルフFw189 A-1 'ウーフ' プラモデル
Fw189 ウーフー(ワシミミズク)。
またの名を【空飛ぶ額縁】。
偵察機にとって視界は一番大切だよね。 (´・ω・`)b

無題
Name 名無し 19/08/31(土)05:16:30  No.1283436      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567196190257.jpg
でもFw189に競争試作で破れたコッチの方が個人的に好きなんだ。
変態機の神様、リヒャルト・フォークト博士が設計したBv141。

無題
Name 名無し 19/08/31(土)06:47:55  No.1283442      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567201675034.jpg
九九軍偵/襲撃機
偵察から対地攻撃、最後には対潜哨戒にも使われ米潜水艦も沈めた隠れた万能機

無題
Name 名無し 19/08/31(土)13:32:11  No.1283493     
彩雲は最後まで左傾癖が治らなかったんだっけね。
終戦前に翼端に樹脂カバーを付けて電探装備試験をしたようだが、写真は見ないなぁ

無題
Name 名無し 19/08/31(土)16:26:02  No.1283507      
>ワレニ追イツク グラマン ナシ!
海軍のこの電文をカッコイイと思っていた陸軍パイロットが極秘偵察中に同じような電文を発して帰還したら「極秘の意味ないやろ!」と上司にシバかれたとか

無題
Name 名無し 19/08/31(土)18:17:19  No.1283520      
1567243039901
飛行第81戦隊所属だった、森屋正博さんという方の手記にある話だそうなんですが、曰く

「(※対米英)開戦前の12月2日、英国最新鋭戦艦プリンスオブウェールズとレパルスの2艦が駆逐艦を伴ってシンガポールに入港した」

「早速サイゴンに前進していた海軍航空隊の元山中攻隊の隊長は翌3日、プリンスオブウェールズを見させてくれと言って、わが陸軍第81戦隊(司偵機装備部隊)のプノンペンに現われた。私は加藤静男陸軍中尉が12月1日にシンガポールを偵察しているので、同中尉にその期待に答えるよう命じた」

「天候の都合もあって結局3日目の12月5日、その目的を達した。開戦期日も迫っているので、中攻隊長は大急ぎでサイゴンに帰って行った」

…なんてことがあったんだそうで

無題
Name 名無し 19/08/31(土)18:25:44  No.1283521      
「12月末の或日、元山の中攻隊長は、大きな風呂敷包に煙草を一杯包んで御礼に見えた」

「そして敵艦撃沈時の海軍航空隊の攻撃隊形の事や、超低空で接近し吃水線をねらって投下した各機の弾着状況のこと、敵艦が15度も傾いており乍ら仲々沈まなかった事など、細部に亘っての色々な話があった」

…そうなんですが、やはり大事の前には入念な下調べが大事と言いますか、「マレー沖海戦」の勝利には陸サン&司偵の協力も一役買っていた、というお話しなんでしょかねえ…

無題
Name 名無し 19/09/01(日)04:22:24  No.1283559     
開戦前の隠密偵察は結構しっかりやってたみたいね

国籍マーク消した司偵やら陸攻で飛んでったらしいが

無題
Name 名無し 19/09/01(日)07:21:43  No.1283568      
エアフィックス 1/24 デハビラント モスキート FBVI プラモデル
皆様色々なレス有難うございます
スレ主は軍事知識の細かいところはほぼウィキ頼りというレベルなので
面白い話ばかり・・・

画像は全木製の蚊

無題
Name 名無し 19/09/01(日)07:23:27  No.1283569      
1567290207426
敵ハソノ後方ニ 空母ラシキモノヲ トモナウ!

一通の電文が戦局を変えちゃうことだってあるとです・・・

無題
Name 名無し 19/09/01(日)11:19:11  No.1283578      
1567304351771
二式艦上偵察機

無題
Name 名無し 19/09/01(日)12:34:56  No.1283584      
1567308896725

>開戦前


水上機母艦「神川丸」所属の零式三座水偵の搭乗員で、緒方英一という海軍少尉さんがおられたんですが、この方が対米英戦開戦の直前、マレー半島へ向かう陸軍攻略部隊を乗せた輸送船団前方の警戒飛行中に、エゲレスの「カタリナ」飛行艇に遭遇したんですとか

このまま上陸船団を発見されては一大事!というわけで、英機の気を逸らすべく彼是試みても効果がなく、遂に決心して後席の7.7mm機銃を撃ちかけたものの、僅か一連射で機銃は故障、慌てて修理に取り掛かっている最中に、同じく船団護衛中だった陸軍の97式戦闘機の一隊が飛来して「カタリナ」を撃墜してしまったんだそうで

「僕の機が大東亜戦争の第一撃を撃ったんだけど(略)陸さんに墜されちゃった。陸さん、大喜びで上がったり下がったりしていたよ」

…なんて、後に内地に帰還した際、弟さんに語られているそうです

無題
Name 名無し 19/09/01(日)12:36:20  No.1283585      
1567308980267
その後も南方戦線で任務に従事していた緒方さんなんですが、1942年5月頃、対潜哨戒の途中でまたも、今度は米軍の「カタリナ」飛行艇と遭遇したんだそうで、因縁の相手との再会(?)に奮起した緒方さん、今度こそは!というわけで再び果敢に攻撃に移ったんだそうで

幸い今回は機銃も快調で、並行しながら2連射ほど浴びせると、左エンジンが停止した敵機は海面スレスレに降下して逃亡を図ったんですが、ここで緒方機は一端敵機の前方に出ると、旋回して反航の体勢で接近しつつ、敵機の前方海面に未だ抱いていた対潜爆弾を投下、コレが見事図に当たりまして、炸裂した爆弾の爆風&水柱に突っこんだ「カタリナ」は姿勢を崩し、そのまま海面へと突っ込んだんですとか

零式水偵の航空機撃墜戦果自体が稀で、更に「対潜爆弾」による「撃墜」戦果とくれば、日本以外含めてもそうそうない話な気がしますけれど…どうなんですかしら

無題
Name 名無し 19/09/01(日)13:29:30  No.1283590     
自分的にはその話の並走して後部銃座の7.7㎜を撃ったって話がどうにも信じられないんだよな
PBYは側面銃座にブローニングM2があるのでいい的になる

97戦が落としたって話は逆に信ぴょう性があるけどね
この機体後部は銃座の死角になるから火力悪くてもしっかりエンジン狙って落とせると思う

無題
Name 名無し 19/09/01(日)14:23:33  No.1283592     
ひと通りの海軍偵察機に乗った方の手記。
2式艦偵の艦爆譲りの頑丈さと機動性を買ってるね。
電探装備の彩雲にも乗ってるが、彩雲は機体強度が弱くて水平直線飛行で逃げるしかないとあるな。
http://www.naniwa-navy.com/senki-1-rikuteisoujyuuinnomoide-nakagawa1.html

無題
Name 名無し 19/09/01(日)15:13:39  No.1283597    
現実はグラマン相手でも未帰還だらけやな
優位からダイブされたらもう厳しいし常に全開速力で飛ぶわけにもいかんし
目標高度も出せるようなレーダーで邀撃機の管制・誘導されたりうじゃうじゃ数飛んでて警戒の網に穴がなかったり
どういうコースとって接近しようが見るべき基地や艦隊上空って点は通らなきゃならんし

高速戦闘機の武装撤去した偵察型やタフな重爆を長距離哨戒に使うのうらやまし

無題
Name 名無し 19/09/01(日)17:52:24  No.1283605      
1567327944165
>並走して後部銃座の7.7㎜を撃ったって話

緒方さんの2度の対「カタリナ」戦の様子を、碇義朗氏の「海軍航空予備学生」からもう少し詳しく引用させていただくと

「心を決めた緒方は、大胆にも思い切って敵機に接近し、横に並んだ。『カタリナ』の前方と側方の機銃がいっせいにこちらに向けられ、操縦席の童顔と髭面の二人のパイロットがはっきりと認められた。さらに接近して手を振り、敵意のないことを示すと、『カタリナ』からも手を振って応じてきた。そこで敵機の針路を変えさせようと徐々に自機の向きを変えてみたが、敵はその手に乗らず、船団の方向への直進を止めようとしない」

「攻撃を決意した緒方は、機を沈めて敵『カタリナ』の腹の下に入り、旋回機銃による一連射を浴びせたが、すぐに射撃が止まってしまった(※一回目)」

「遭遇した『カタリナ』と、せっかく有利な体勢に持ち込んで射撃を開始しながら、機銃故障で撃墜に至らず(略)陸軍戦闘機隊に功名を奪われてしまった」

無題
Name 名無し 19/09/01(日)17:53:27  No.1283606      
「それを思うと今日は何が何でも墜としてやろうと決意した緒方は、前の時と同じように敵機の腹の下にもぐり込んだ」

「後席に旋回銃のある水偵はこういうときは便利だ。平行に飛びながら2連射を加えると、左エンジンが止まった敵機は海面すれすれに降りて逃げ始めた(2回目)」

…というものだったんですとか

因みに零式水偵VSカタリナの空戦例は他にも有りまして、ミッドウェイ海戦の際にも水上機母艦「千歳」の搭載機がミッドウェイ基地から飛来した「カタリナ」を空戦で撃破して、不時着水させる戦果を挙げていたりします

案外、対「カタリナ」戦に限っては、相性の良い機体だったりしたのかも知れないですなw

無題
Name 名無し 19/09/01(日)17:57:11  No.1283608      
1567328231805
因みに、「大東亜戦争」開幕直前に緒方機と交戦した後、97戦に撃墜された「カタリナ」では機長パトリック・エドウィン・ベデル中尉以下8名全員、ミッドウェイで「千歳」の零式水偵に撃破された「カタリナ」では機長ロバート・S・ホイットマン中尉他2名が帰らぬ人となっているんだそうなんですが、殊勲の緒方さんも珊瑚海海戦の最中、索敵飛行に出た後消息不明になっており、公式記録では

「敵機と交戦の後自爆」
「0800頃相当多数来襲せる敵戦闘機と空戦、自爆戦死」

…と推定されているそうです

「本職」の戦闘機と交戦したらひとたまりもない点では「零式水偵」も「カタリナ」も同じなんですが、かつての彼の最後は、後の我の運命…って話なんですかねえ…

無題
Name 名無し 19/09/01(日)23:33:30  No.1283630      
1567348410738
零式三座水偵、およそ思い付く使い方は大体されてますけど
前方に撃てる火器が無いのはさぞ不便だったでしょうね…

無題
Name 名無し 19/09/02(月)01:07:58  No.1283637      
>前方に撃てる火器が無いのはさぞ不便だったでしょうね…
言われてみれば…確かに。(´・ω・`)
九七式艦攻も天山も前方機銃がついてなかったけど、どうして付けなかったんだろうね?

無題
Name 名無し 19/09/02(月)08:14:48  No.1283644      
流星とか瑞雲には付いたし(震え声)

まあ、艦攻や水偵が積極的に敵機を追う運用なんて想定してなかっただろうし…

無題
Name 名無し 19/09/02(月)08:23:07  No.1283645     
天山は途中で廃止したから、意外に使い手がないんだろう。

無題
Name 名無し 19/09/02(月)12:52:37  No.1283652      
複座止まりで機動性は良好な艦爆でも戦闘機の真似事した例は少ない
三座の大型機はなおさら厳しいな
米攻撃機は雷撃や水平爆撃以外の低空襲撃もわりとこなすせいか伝統的に固定機銃ついてるけども

無題
Name 名無し 19/09/02(月)16:04:44  No.1283658      
1567407884255
>九七式艦攻も天山も前方機銃がついてなかったけど、
どうして付けなかったんだろうね?
個人的にも不思議な気はしたんですが故 秋本実氏が寄稿した雑誌「丸」の記事によると「原則、急降下爆撃任務がある機体には対空砲火制圧や爆撃の軸線調整の為に射撃をしたため搭載した」
「無論、艦爆辺りは要求仕様からも敵戦闘機との空戦もある程度考えられていたこともある」と書かれていました(・w・
確かに光人社NF文庫の「空母瑞鶴の生涯」あたりにも敵戦闘機に突っかかっていく九九艦爆のお話もありましたし間違いでは無いとは思うんですけど、じゃあ何で「天山」の初期生産型は左翼に7.7mm機銃を搭載していたの?(・w・
って話になりますが、これは明らかに「敵艦船対空砲火制圧用」だったそうなんです
但し、これ敵艦艇の未来位置を目標とする雷撃機には不要じゃね?ってお話になったようで、すぐに廃止になったようですね(・w・

無題
Name 名無し 19/09/02(月)18:02:29  No.1283663     
そうか瑞雲も流星も急降下爆撃機としても運用するから前方機銃があったのか
特に後者は艦攻のイメージが強くて艦爆兼用なのが頭からすっぽ抜けてた

無題
Name 名無し 19/09/02(月)19:03:17  No.1283666     
んでも巡洋艦に積む水偵って爆弾も積めますわよね?

無題
Name 名無し 19/09/02(月)20:21:08  No.1283670    
水偵ではゆる~い緩降下で対潜爆撃するくらいが関の山だろう

急降下爆撃でも機体軸と降下軸と爆弾の落下軌道はそれぞれ微妙にズレてるだろうし
ガイドと制圧目的で撃ちまくりながら突撃するというのはあんまりイメージがないな

無題
Name 名無し 19/09/02(月)20:43:50 No.1283671      
まあパイロットの心理としちゃ
対空火器撃ち上げてくる敵に何かぶつけてやりたい
って誰か書いてたわ
急降下だとなおさらだろうね

無題
Name 名無し 19/09/03(火)16:50:49  No.1283727      
>No.1283658
なるほど、急降下爆撃だったらそんな感じで前方銃を使ったでしょうね。
確か、南太平洋海戦の時、アメリカ海軍の急降下爆撃機が爆撃の折り
翔鶴の飛行甲板を銃撃した話が有ったと思います。

無題
Name 名無し 19/09/03(火)17:31:36  No.1283730     
少なくとも日本海軍では、急降下爆撃は銃撃ちながらするもんだろ?
投弾後は準戦闘機扱いになるので、弾は残しとかないといけないけど。

無題
Name 名無し 19/09/03(火)18:07:36  No.1283733     
操縦桿に機銃発射スイッチついてるならいいが日本海軍機はおおむねスロットルについてるから
その近くにある爆弾投下レバーに手やっておかなきゃならん以上両手がふさがってて難しいでしょ

無題
Name 名無し 19/09/03(火)19:03:04  No.1283740     
99艦爆は操縦桿に爆弾投下レバースロットルに機銃引金ってレイアウトで
彗星は操縦桿の頭に射撃ボタンでスロットルを内側に倒すと爆弾を投下するという
スロットルそのものを投下レバーにするスタイルなので両方同時というのは特に問題ないかな

無題
Name 名無し 19/09/03(火)21:09:41  No.1283787      
書き間違えてた
彗星の射撃ボタンは操縦桿でなくてスロットルの頭

無題
Name 名無し 19/09/02(月)15:15:49  No.1283655      
1567404949138
>高速戦闘機の武装撤去した偵察型


エゲレス軍なんかは「スピットファイア」の偵察機型を運用しているんですが、相手方のルフトワッフェの戦闘機パイロットだったハインツ・クノーケ=サンという方の手記に、WW2初期のノルウェー戦線で、この偵察機型スピットを追いかけた話が有りましたり

クノーケ=サンに言わせれば、スピットファイアは「すごい飛行機」で、当初はなかなか「エミール」では捕らえられず、優速を利して飛び去る相手に振り切られて口惜しい思いをしたこともあったそうでして、独側の戦隊長さんは撃墜したものに賞品としてヘネシー・ブランディを提供する、としていたそうです

そんな手ごわい相手ではあったものの、ある時クノーケ=サンは相手が地上の撮影に夢中になっている隙を捉えて奇襲攻撃に成功、続く僚機の攻撃も受けたスピットファイアは遂に炎上、真っ逆さまに地上へ落下していったんですとか

無題
Name 名無し 19/09/02(月)15:17:20  No.1283656      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567405040949.jpg
「スピットファイアは松明のように燃えながら、雪原に激突しようと落ちていく。そいつはそこで粉々に壊れてしまうだろう。パイロット諸共」

「ぼくはまるで、そいつに言い聞かせるかのように自分が叫んでいるのに気付いた。『おい、脱出しろ、脱出だ!』
(略)
「そのとき炎の中から体が躍り出ると、機体と別れて落ち始めた。白いパラシュートが開き、揺れながらゆっくりと山の中に落ちて行った」

「ぼくは心からほっとした。これがぼくの最初の空中での戦果だった。ぼくはかれに勝ち、かれも生き延びた」

「ぼくとディーターは1本のブランディを分け合った。ぼくらはわが戦闘機隊のために乾杯し、不運なトミーのためにも乾杯した」

無題
Name 名無し 19/09/02(月)15:18:35  No.1283657      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567405115862.jpg
…そうなんですが、この空戦にはもう少し後日譚?がありまして

「ディーターはスキーを装着したフィゼラーシュトルヒ連絡機でトミーを雪原から拾い上げて来た。痩せて背の高い英国空軍の飛行将校だった」

「アルコール分の強いブランディを飲んで、かれも少しは気分が良くなったようだ」

「ぼくらが、このブランディは君が呉れたもんなんだと説明すると、かれもぼくらと一緒に笑い転げた」

…そうです…w

無題
Name 名無し 19/09/03(火)09:23:49  No.1283705      
1567470229349
まだ飛行機が爆弾や機銃を積めないうちからその軍事利用は始まっていた…

つまり偵察機こそが全ての始まりにしてもっとも由緒正しい軍用機なのです!
(キリッ

無題
Name 名無し 19/09/03(火)09:26:25  No.1283707      
1567470385699
そんな偵察機にとって一番大事な装備と言えば…

…やっぱりカメラ、になるのでしょうか?

無題
Name 名無し 19/09/03(火)15:16:48  No.1283719      
1567491408802
RAFの公式記録では、偵察機型スピットを「わが国のもっとも重要な武器のひとつ」と称しているそうなんですが、WW1開戦から1940年1月中旬までの統計によると

「英国空軍は、総面積6千3百平方キロにわたる敵の領土を撮影した。航空機損失は計40機であった」
「フランス空軍は、総面積1万5千4百80平方キロにわたる敵の領土を撮影した。航空機損失は計60機であった」
「(※偵察機型スピット部隊は)1万2千9百平方キロを撮影したが、これは隊が持つただ1機のスピットファイアによってなされたものであり、したがって航空機の損失は皆無であった」

…そうです
従って出現当初は「メッサーシュミット機」よりはっきり優速だった偵察型スピットと、そのパイロットさん達にとって、一番の危険は燃料切れであったそうで、エゲレス写真偵察部隊の初期の指揮官だったジョフレイ・タトル=サンなんかは、「スピット」の自衛用武装強化を求める部下に対して

無題
Name 名無し 19/09/03(火)15:19:40  No.1283720      
1567491580846
「敵に出会って1戦を交えることになったら、油がかかる一方じゃないか。これ以上高速の飛行機はほかにないんだから、銃を持つ必要はないさ」

…なんて言い聞かせていたんですとか(実際には武装した偵察機型もあるみたいですが)

偵察機型スピットはその後何回もモデルチェンジを繰り返し、特に長距離飛行が可能なタイプなんかはあまりに大量に燃料を積むので、部隊では”飲兵衛”という仇名で呼ばれたそうですw

また「スピット」に続き、より大型の「モスキート」双発偵察機が導入され、更に長距離への偵察が可能になるんですが、

「モスキートにはそれぞれ強い酒の名前がつけられた」

無題
Name 名無し 19/09/03(火)15:21:34  No.1283721      
ベネディクティン DOM 750ml
「ウィスキー、ベネディクティン、ウォッカなど。のちにもっとふえてドランビュイ、コワントロー、クレメ・ド・メンテが配備された。はじめのうち操縦士たちは、航法士の指図で操縦するのが変な気がしてならなかったが、間もなくそれにも馴れて、二人いっしょに搭乗する方がはるかに有利だということがわかった。」

「モスキートにすっかりなじんだパイロットたちは、心からこの飛行機を愛するようになった」

…んですとか

「飲兵衛」の次はサケそのものが愛機の名前に、というコトみたいだったんですが、やっぱり強い蒸留酒は、木製の樽の中で熟成させるに限るからだったりするんでしょか…w

無題
Name 名無し 19/09/04(水)12:57:50  No.1283812     
台湾沖航空戦での97大艇の夜間電探哨戒は非常に有効で、遠距離で敵機動部隊の動静をプロット出来てたようだから、小型機用の電探が今少しまともなら、偵察哨戒の犠牲も減ったかな。

無題
Name 名無し 19/09/04(水)14:47:38  No.1283813      
1567576058032
1937年にエゲレス海軍が、「フリートシャドワー」なる艦上偵察機を計画しているそうなんですが、コレは夜間敵艦隊に触接して、朝になるまでそのままストーキングし続けるのが主任務とされていたんだそうで

従って要求仕様は

「航続時間は6時間、しかも敵艦隊にくっついて低速で飛ぶこと。偵察員の視界は広くする。空母に夜間着艦するから、失速速度は思い切り低くて、脚は頑丈なこと。勿論艦上機だから、機体寸法はできるだけ小さく、主翼も折りたためるように」

…と結構うるさく指定されていたんですとか

無題
Name 名無し 19/09/04(水)14:48:59  No.1283814      
1567576139442
試作にはジェネラル・エアクラフトとエアスピードの2社が応じたそうなんですが、出来上がった機体は両者とも高翼4発固定脚、機首にガラス張りの観測手席を置くよく似たスタイルに

それぞれに高揚力装置等に工夫を凝らし、ジェネラル・エアクラフト社製の方で巡航速度時速68.6km、最小飛行速度時速60.5kmと無事「遅い」機体が出来上がったものの、実際の所余りに低速すぎるゆえに舵の効きが悪く操縦性は最悪、各種要因による気流の乱れも影響しやすぎて飛行安定性に欠けるという結果になってしまったんだそうで

そこへ艦上/機上レーダーの進歩やその他諸々の状況の変化もあって、結局空母の搭載機にこんな目視夜間偵察専門の「一芸芸人」の枠は要らないよね?という話になり、「フリートシャドワー」構想は一時の徒花として終わってしまったそうです

もっとも、逆に今なら無人UAVかドローンの艦上搭載型を使っての、「フリートシャドワー」ばりの任務は、むしろ需要があったりするのかもしれませんですな…w

無題
Name 名無し 19/09/04(水)16:16:36  No.1283816     
夜偵だっけ?
フリートシャドワーに似たような機体は日本も作ったよね
やっぱり海軍国同士、同じような考えに行き着くんじゃろか

無題
Name 名無し 19/09/04(水)18:01:17  No.1283819     
夜の闇の下じゃ大艦のウェーキですらなかなか見えない上に気象や海象の不安定要素が加わってしまう
触接機放つにはまず索敵にはっきり成功してる必要があるし
触接専用機の遅さじゃ発見から派遣までのタイムラグが激しくなる

無題
Name 名無し 19/09/04(水)19:41:52  No.1283821      
1567593712007
>海軍国同士、同じような考えに行き着くんじゃろか


我がIJNの艦載夜間偵察機の系譜は、昭和6(1931)年の「6試六試小型夜間飛行艇」ぐらいまでさかのぼれるんだそうで、むしろ発想の時期としては「フリートシャドワー」より前から始まっていたみたいですなあ

「6試六試小型夜間飛行艇」の要求性能として、やはりできるだけ低速で、長時間安定した飛行ができることが求められていたそうなんですが、昭和7年に初飛行した試作機は要求性能は満たしたものの、離着水時の舵の効きの悪さや乗員配置の不備を指摘されて不採用に

それでも「夜偵」はその後も昭和9(1934)年の「9試夜間偵察機」、昭和11(1936)年の「11試特殊水上偵察機」と試作が続けられ、「96式水上偵察機」と「98式水上偵察機」の2機種が制式採用されていますから、IJNの夜間低速の敵艦隊ストーカーに対するニーズ、というのはそれなりに根強いモノがあった、ということなんですかしらん

無題
Name 名無し 19/09/04(水)19:44:49  No.1283822      
1567593889916
因みに戦史家の雨倉孝之さん曰く、「96式水上偵察機」の場合は

「(※昭和)11年7月に制式採用されたのだが、複葉・飛行艇型の胴体で、前方視界をよくするためプロペラを後向きに装備する推進式にしてあった。暗緑色に塗粧し、通称を”夜偵”といったが、夜間低速(65~80ノット)でゆっくり飛ぶので、またの名を”馬鹿烏”とも」

「何時間も暗黒の洋上を飛んで訓練をつみ、他の搭乗員がまだ眠っている夜明け前に帰ってくる(略)昼間はそんな飛行にそなえて(※搭乗員は)濃い黒褐色のサングラスをかけており、自ら『夜烏商売』と称していた」

…そうなんですが、後に「大東亜戦争」初期まで運用されていたこの「夜偵」「夜烏」「馬鹿烏」、仮に搭乗員さんたちのアイボール・センサ頼りだけでなく、手ごろな機上用電探の搭載でも間に合っていたなら、太平洋なら案外大戦の後半まで出番があったりしないですかね…?

無題
Name 名無し 19/09/05(木)09:21:58  No.1283848      
1567642918134
アメリカ軍のF-5と言ってもジェット戦闘機でなくて…

P-38ライトニングの偵察機型!

無題
Name 名無し 19/09/05(木)09:23:29  No.1283849      
1567643009695
機首の中には機銃の代わりにカメラがぎっしり!

…やっぱり、カメラの一杯詰める機体が良い偵察機でもあるのでしょうか…?

無題
Name 名無し 19/09/05(木)09:31:03  No.1283850      
水木しげるか誰かの戦記マンガの中で、夜戦襲撃中に米軍が飛行機を飛ばして照明弾を落とし、それに照らされた味方艦が集中攻撃浴びてピンチ!という展開があったのを覚えているんだけど
あの「夜戦中に飛んでいた米軍飛行機」って何だったんだろ

無題
Name 名無し 19/09/05(木)11:46:23  No.1283854      
普通にキングフィッシャーあたりじゃね?

サボ島海戦あたりで実際やってなかったけか

無題
Name 名無し 19/09/05(木)12:26:11  No.1283855      
海軍零式観測機 (世界の傑作機 NO. 136)
観測機って偵察機に入るんですかね
なんか相手の観測機落すのも仕事とか言う血の気の多い奴らしいですが

無題
Name 名無し 19/09/05(木)18:17:34  No.1283862     
敵の観測結果で母艦に命中弾出されたら帰るところがなくなるのです

無題
Name 名無し 19/09/06(金)01:52:02  No.1283882     
>「フリートシャドワー」
英国らしい無駄にかっこいい名前だなぁ。
司令官「フリートシャドワー、発進せよ!」
搭乗員「ラジャー!」
    ~みたいな。
それにしても超低速の艦上4発機とか変態機の極みですがな。
さすが大英帝国!そこに痺れる、憧れるゥ!
もしも量産され艦隊に配備されていたらソードフィッシュ以上にバカにされ・・・いや、リスペクトされていたんじゃないかと。

無題
Name 名無し 19/09/06(金)02:29:07  No.1283883     
スラバヤあたりで那智や那珂の水偵が夜間ABDA艦隊に張り付いてましたよね

無題
Name 名無し 19/09/06(金)03:26:01  No.1283884     
>巡航速度時速68.6km、最小飛行速度時速60.5kmと無事「遅い」機体が出来上がったものの、

巡航速度68kmて下手すれば高速機動中の艦隊に追い付けないんじゃ....。なぜベストを尽くしたのか。

無題
Name 名無し 19/09/06(金)19:44:32  No.1283912      
1567766672995
重巡「妙高」搭載の零式水偵の操縦員として、「スラバヤ沖海戦」に参加した安永弘さんの手記によると、遠距離砲戦に終始した同海戦の昼間砲撃戦の命中率は日本・連合国側とも頗る悪く、上空から眺めていると

「敵にとって痛くもかゆくもない1000メートルも離れた海に砲弾はパラパラと落ち、水柱が林立する(略)命中しない原因は、若年下士官の私にもよくわかる。砲戦距離が遠すぎるからである」

「高度2500メートルのわが機から見て、海のこちらと遥か彼方と、まるで40センチの戦艦同士の海戦のように離れて20センチを撃っているのだから、いい弾丸が出るはずがない」

「敵が射弾回避のジグザグ運動をやるので一層当たらなくなる。右へ回避した敵艦の左の方に、わが方の誤差も加えて『近2000メートル!』の弾着が現れることになる」

…という有様だったそうなんですが、続いて始まったIJN艦隊お家芸の魚雷戦でも

無題
Name 名無し 19/09/06(金)19:46:49  No.1283913      
1567766809213
「幾度も艦隊訓練でお目にかかった、日本海軍お得意の統一魚雷戦だ。数十発か、あるいはもっと多くの魚雷の網の中に敵を包み込んで、そのうちの一発か二発かあるいは三発かを命中させようと言う作戦だ」

「我々が可愛い魚雷を見送り、旅路の成功を祈り、一息ついた時、突然(略)水柱が眼下に上がった。見たこともない大きい奴で(略)敵味方の大体中央あたりだ」

「『魚雷どうしブチ当たっても爆発するんでしょうか』と私。
『調整が過敏すぎれば、波に当たっても爆発するんだぜ』と機長。水柱がベラボーに大きいから、魚雷が2本か3本一緒に爆発したのだ、と私は決めた。もったいない話である」

「ボツボツ魚雷の到達時間だ(略)海上に変化は少しも起こらず、『ウーム』と我ら一同うなるのみだった」

…そうで、全般にやや肩透かし気味に終った戦闘の印象を正直に記されておりましたり

無題
Name 名無し 19/09/06(金)19:48:29  No.1283914     
1567766909799
因みにこれには後日談がありまして、海戦後内地に帰投した際に

「呉軍港碇泊中のある日、副長某中佐が搭乗員室にきて『お前が写したフィルムのうち、弾着が写ったのは全部出せ。撒布界がどれくらいかというのは軍機に属する(略)』
といって皆持って行ってしまった。
『今さら散布界でもなかろうに』
と搭乗員室は大いに不満であった。
『1000メートルオーバー』『次、2000メートルショート』てなヤツばかりお前が撮ってくるからだよ。司令官も艦長も砲術長も、あんなのが世に出たら恥の上塗りだからさ』
との意見もあった」

…なんて事があり、「極めて不愉快なあと味を残した」そうです
実際に不手際の隠蔽を意図して持っていかれてしまったのかどうかは置いても、どんな写真だった後かは、是非見て見たかったですねえ…

無題
Name 名無し 19/09/06(金)20:35:16  No.1283916      
1567769716894
秘密の酸素魚雷じゃないにせよ修正でも加えたのかってくらい航跡が派手なエクセターへの介錯の写真もたしか同クルーの手記に出てくるね

海外のサイトではスラバヤ沖エクセターのものとして見慣れない見事な挟叉弾着の空中写真があるが…
ボッシュートされなかったものが残っていたのかどうか

無題
Name 名無し 19/09/06(金)20:39:37  No.1283918      
戦艦の水偵って着弾修正を知らせるんじゃなかった?
戦果確認の為に飛んでいるの?

無題
Name 名無し 19/09/06(金)21:23:25  No.1283921      
1567772605887
>見慣れない見事な挟叉弾着の空中写真があるが…

初見ですけれどこんな写真も残っているんですね、有難うございますw

>戦艦の水偵って着弾修正を知らせるんじゃなかった?
安永さんの機も着弾修正の任務に就いていたそうですが、操縦員ですので直接母艦に指示や交信はしてないみたいですねー

因みに同じスラバヤ海戦でコチラは重巡「羽黒」の95式水偵で、やはり着弾観測の任に就いていた宇都宮道生さん(当時「羽黒」飛行長)の手記によると

「西方に傾いた太陽を顧慮して、弾着観測にもっともよい位置についた。2番機はぴったりと後方に付いている(略)敵の艦型、隊形、針路、速力などを規定にしたがって送信する。交信状況は最良とのことである」

「射程距離約2万メートル(略)で、最大射程に近い」

無題
Name 名無し 19/09/06(金)21:25:11  No.1283922      
1567772711832
「敵艦の方に落ちるわが方の射弾はおおむね近弾で、いっこうに命中しそうにない」

「敵艦はひんぱんに左右に転舵して、わが方の射弾を避けるような運動をしている(略)わが海軍では、私の知るかぎり(略)射撃にたいしてこのような運動をすることはなかった」

「さらに敵は着色弾を多用した。日本海軍でも試験的には使っていたが、この戦闘での使用はなかった」

「交戦海域の中間付近で、ときどき大きな水柱があがる(略)自慢の93式魚雷の自爆であった」

「2時間にもおよぶ砲戦に、いっこうに命中弾がない」

…との事で、やはりイロイロと混乱が続いた戦闘の状況について述べられておられるんですが、もしや自機の観測報告にも何か間違いがあったのでは…?と不安に思われたようで、帰投後早速艦橋の砲戦指揮所まで赴いたんだそうなんですが、

無題
Name 名無し 19/09/06(金)21:26:49  No.1283923      
1567772809233
「『砲術長、近弾ばかりだったようですが、飛行機の観測が間違っていましたか』と(略)聞くと、『いやいや、観測は正確でよくわかった。問題はね、艦橋がどうしても敵の方に舵を取ってくれないのだよ。なにせ最大射程ぎりぎりの射撃になってね。艦上には93式魚雷というぶっそうなものをかかえているので、これを放すまでは、ふん切りがつかないのさ』
『敵の20センチ砲は、観測機も持たないのに見事な射撃だったよ(略)敵さんもなかなかやるね』
砲術長の敵をほめる雅量と、艦長の心中をはかる言葉に、やっと疑問が氷解した」

…そうです

戦前、観測機との連携を含め猛訓練を積み、周到な準備で実戦に臨んだはずのIJNでも、結局想定外の事態の連発の前に、思うような成果を発揮できなかった同海戦の事情が垣間見える感じではありますですなあ

無題
Name 名無し 19/09/07(土)00:30:57  No.1283931     
着色弾はどの艦が撃ったかわかるよう色が違うみたく覚えてたのですがIJNは試験的にしか使ってなかったのですなあ
勉強になります

無題
Name 名無し 19/09/07(土)10:16:13  No.1283956     
正しい観測結果が来てもその通り撃てるかどうか、はまた別物ってことやね
当たり前っちゃ当たり前だけど

無題
Name 名無し 19/09/07(土)12:47:00  No.1283967      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567828020519.jpg
同じ観測機でも陸軍はこんなんで…

無題
Name 名無し 19/09/07(土)12:48:00  No.1283968      
1567828080803
海軍ではこんなのに

一口に観測機・偵察機と言っても実際は用途も姿も様々ですよね

無題
Name 名無し 19/09/07(土)17:23:01  No.1283974      
1567844581563
重巡「那智」の高角砲分隊長だった方の手記によると、スラバヤ沖海戦の際は、
「艦橋は(略)敵弾の飛沫を浴びて、着色弾の染粉のために赤鬼、青鬼(のような乗組員)が出来」
…たそうです…w


>用途も姿も様々ですよね
ガダルカナル島を巡る攻防戦の最中、夜襲で米軍飛行場の奪取を目指したIJA川口支隊の戦果確認を、ショートランド基地配属の2式水戦が翌早朝に行っており、当初の報告は

「飛行場に味方部隊使用可能の規約信号(焚火数ヵ所)を認め、地上砲火及び飛行場に敵機なし」

…と攻撃成功を思わせるもので、一時は日本側を狂喜させたそうなんですが、実際にはこれは完全な誤報で、この後「占領された」筈の飛行場に陸軍参謀さんを乗せて、強行着陸すべく飛来した二式陸偵なんかは敵戦闘機の邀撃を受け、零戦の掩護を受けながら危うく離脱した…なんて椿事も発生しているんですとか

無題
Name 名無し 19/09/07(土)17:25:55  No.1283975     
1567844755510
当時ショートランドにおられたIJN搭乗員の小野彰久さんの手記によると、この「誤認」の原因は

「当時、ガ島の偵察はまったく水戦のみにたより、連合艦隊および17軍司令部は、その報告を鶴首して待つという情況であった。水戦隊の任務は正に重大であったのである」

「しかるに水戦は(略)無線能力が劣り、生還しなくては任務が達成できないので(略)敵地到達時刻を黎明か、薄暮に選ばざるをえなかったのである」

「地上は薄暗く(略)敵機を警戒しながらの行動なので、誤認をおかすことおこり得るのであった(略)全速で離脱しながら記憶によって要点をメモし、2時間あまりも飛んでから報告するのである。そのため誤謬を重ねる機会が生じてくるのである」

「陸軍の参謀が飛んで偵察してくるのならまだしも陸上戦闘には縁のない海軍の搭乗員の報告を期待するのだから、それには無理があったわけである」

無題
Name 名無し 19/09/07(土)17:30:06  No.1283976      
1567845006069
…という事情によるもの、とされているんですが、早朝の偵察で「誤報」が伝えられたその日の薄暮、別ソースからの「飛行場占領!」報告を受け、再び水戦2機によるガ島偵察が行われたそうなんですが、これまた水戦が発進して20分後に「敵飛行場占領不確実」の訂正電が入り、基地では水戦隊に警告を試みたものの、通信能力の不足から果たせなかったそうです

この日は終日「占領!」「やっぱ無し!」の誤報と訂正を繰り返すドタバタに明け暮れてしまったみたいなんですが、そんな中夕闇迫るガ島に到着した水戦隊は、結局未だ米軍占領下の飛行場の状況を確認した後、着陸する米軍機の群れの中にコッソリ紛れ込むと、SBD艦爆1機を撃墜、そのまま無事脱出・帰投しているんですとか

これなんかは、或いは零戦同等の武装を持つ2式水戦ならではの「戦果」だったりするのかもしれませんけれども、一方で「正確な情報を掴み、味方に伝達する」という、偵察機本来の役割を考えた場合、カメラも積まず、専門の電信員や偵察員もなく、航法・通信用機材の質もに劣る単座の水戦が頼りだったというのは、色々と関係者さん達には不本意だったのかもしれないですねえ…

無題
Name 名無し 19/09/07(土)19:13:03  No.1283978      
1567851183438
> No.1283976

これまでの水上機の要素を掛け合わせたような高性能な複座で火力のある水上機が求められるのも致し方が無いと言う事でしょうね

無題
Name 名無し 19/09/08(日)04:53:40  No.1284008      
> 致し方が無い
そこまで往復出来る偵察機も無いのにガ島に進出する無茶

無題
Name 名無し 19/09/08(日)00:33:11  No.1283997      
1567870391525
海上の艦艇なら目視や手持ちカメラでも有効な判定できるだろうけども
ジャングルに見え隠れする地上物や兵員・兵器は大口径レンズ・大判高精度フィルムの固定カメラ使った上に
頻繁に撮影して解析班が差異を見出さないと何も分からんだろうな

無題
Name 名無し 19/09/08(日)10:12:11  No.1284014      
フジミ模型 1/72 CシリーズNo.19 中島二式陸偵 ラバウル航空隊
水戦が偵察ついでにSBDを撃墜した翌日にも、水戦3機及びラバウルからの零戦8機に護衛された2式陸偵1機がガ島の昼間偵察に飛んでいるんですが、前者はF4F戦闘機6機、後者は24機の邀撃を受けて未帰還となってしまっているそうです
因みに米軍側には見慣れぬ2式陸偵について

「大型の液冷エンジン塔載の双発機で、装甲と防弾タンクを装備している可能性あり、ドイツ製のフォッケウルフ、またはハインケル機ではないか?」

…なんて大分実情と違う報告例が残されているそうで、パイロットさんの戦闘中の刹那の目視報告だけを頼りにする情報があまりも当てにならないというのは、向こうも同じだったみたいですなあ

>解析班
IJNの戦艦「大和」なんかは、戦前からの秘匿策が功を奏して、開戦後も米海軍情報部では正確な諸元を掴み切れず、「3万5千トン、16インチ砲9門」といっただいぶ過小な数字に推定されていたんだそうで

無題
Name 名無し 19/09/08(日)10:13:08  No.1284015      
1567905188368
そんな中、1944年2月ごろに米海兵隊機がトラック島に碇泊中の「大和」の写真撮影に成功するんですが、肝心の写真は現像してみると

「これまで扱った事のないほど、不鮮明で、歪みのある航空写真」

…で、「大和」も中心から外れてピントも合っていない「大きな不定型の塊」でしかなかったそうなんですが、立体写真ビューワーでソレが未知の艦である事が確認されると、解析の為に写真情報判読センターに送られたそうです

そして1週間後、判読センターから送られてきた解析結果は、

「全長950フィート、船幅110フィート、9門の18インチ砲を持ち、艦尾に2基のカタパルトと1基のクレーンを備え、後部の切込み部分は恐らく飛行機の格納庫」

…と非常に実際の「大和」のスペックに近いものだったりしたんですとか

無題
Name 名無し 19/09/08(日)10:14:29  No.1284016      
1567905269456
実際、想定外の巨艦の「発見」情報は米海軍内に波紋を呼び、艦艇設計の専門家の協力も得ての討議の結果、件の巨艦は最低でも6万トン以上の基準排水量を持つ…という結論まで出されているそうなんですが、その一方では鹵獲されたIJNの内部文書や、降伏したイタリア軍からもたらされた情報により、”YAMATO”が16インチ砲砲塔載のフツーの戦艦である、という従来の情報が反って強化されてしまったため、結局のところ、終戦に至るまで米軍側は、「大和」の本当のスペックについて確信を持てないまま終わってしまっていたりするんだそうで

偵察機が写真を持ち帰って、判読班がそこから正しい内容を解析したものが上層部にキチンと報告されても、それは他からもたらされる同じくらいもっともらしく見える誤情報と合わさって届けられるわけですから、時に最終的な判断が現実と異なってもしょーがないトコロもあるのですかしら…

無題
Name 名無し 19/09/11(水)00:29:35  No.1284129      
>No.1284016
制式名称でも「九四式四十糎砲」とするほど徹底して隠匿した甲斐があったというべきか
そのせいで戦略兵器ではなく秘密兵器で終わってしまったというべきか

無題
Name 名無し 19/09/08(日)12:14:16  No.1284022     
戦時中の新聞を読むと、陸軍新司偵撮影などとキャプションのある空撮写真がたまに出てきて、士気高揚策その他に活用されていたのがわかる。
ニューギニアやソロモン辺りの航空基地建設戦でも、多数の誘導路と補助滑走路を連結した航空要塞を、大量の土木機械で密林を切り開いて敵が建設中…みたいな写真解説が付いていたり、敵の科学力をあまり侮るなという論調だったりもする。
沖縄戦でも波照間辺りに集結した米艦隊や、上陸用舟艇のウェーキを解説付きで載せていたり、物量戦への危機感を呼び起こして、自らの生産戦に邁進させるという意図も感じられます。

無題
Name 名無し 19/09/08(日)18:47:15  No.1284036     
写真は嘘をつかないと言うけど、写っている内容を解釈するのはやっぱり人間だしね

知らない間に見落としや分析の間違いで失敗してた例もいっぱいあるんだろな

無題
Name 名無し 19/09/08(日)18:55:54  No.1284037      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567936554837.jpg
平間洋一『戦艦大和』でっか
不鮮明な写真だろうとなんだかんだ18インチの砲口径まではじき出すような解析で
タテヨコのサイズとでっぷりした艦型わかっててフッド程度の排水量出して
ほっておくアバウトさはどうも米軍らしくない
エニグマ情報のように読めてるの伏せておくべきものでもないだろうし

無題
Name 名無し 19/09/08(日)20:00:37  No.1284040      
http://cgi.2chan.net/f/src/1567940437684.jpg
>米軍らしくない

米海軍が写真判読要員育成に取り組み始めるのは意外に遅くて、写真判読要員養成学校が設立されるのが真珠湾攻撃の1ヶ月後、判読のノウハウについてもこの分野で先行していたエゲレスに学んでのスタートであったそうです
逆に言えば、そこからわずかな間にピンぼけの写真から「大和」の正確な寸法を出せるぐらいには成長していたわけですが、その技術の確かさについて、未だ十分な信頼を得るまでには行っていなかったのかもしれないですなあ…


>新聞
エゲレスの写真判読部隊員だった方の手記に、戦中のジルト島のドイツ軍の水上機基地爆撃への爆撃行の話があるんですが、この時エゲレスの各報道機関は、いまだ戦果確定する前から、独軍基地はわが空軍の猛爆撃の前に壊滅!炎上(物理)!!と、早手回しにはなばなしい見出しでその成果を讃える記事を発表したんだそうで
もっとも、当の英空軍ボマー・コマンド本部も、未だ戦果確認機が帰着する前から大戦果を疑わず、写真諜報部に幕僚さんから

無題
Name 名無し 19/09/08(日)20:02:39  No.1284041      
1567940559860
「ひげ剃りは済んだかね?(略)いっちょうらの服を着たまえ」
「ジルトの引き伸ばし写真をもって、バッキンガム宮殿に参内するんだ」
…なんて、ウッキウキの電話がかかってきたそうです
しかしながら、実際にブレニム偵察機が持ち帰ってきた偵察写真を諜報部が立体鏡で詳細に解析した結果は、

「朝までかかって鉛筆で印しをつけた爆弾の痕をかぞえてみると、6箇所にも足りないしまつだった。砂丘に残された弾孔らしき穴数個と(略)格納庫の屋根にあいている、小さな穴ひとつ」

…だけという惨憺たる結果で、「大戦果」を国王陛下に奏上するどころか、空軍省の公式発表も
「偵察写真の示すところによると、猛爆撃によって敵に与えた物的損害の程度はとるに足らぬものであった」

…と、正直に告白せざるを得なくなってしまったんだそうで

無題
Name 名無し 19/09/08(日)20:04:17  No.1284042      
1567940657478
ところがこの話の後日談というかオチは、

「一方ドイツ軍は、中立国のジャーナリストたちを急いでジルト島に招いた。だが都合のいいようにばかり考えていた英国の新聞や一般国民は、そんな報道は問題にしなかった。そして、記者たちを完全にあざむくために、労働者の一団がうまく弾孔を埋めたり、被害箇所を修理したのだと、もっぱら希望的観測に甘んじていた」
「ドイツ軍の突撃に揺らぐヨーロッパ(略)すさまじさに気をとられて、5、6週間もすると、ジルト当時軒の真偽のほどを云々するひとはいなくなった。」

…というモノだったそうです(棒

「だが爆撃と写真諜報の関係からすると、”大成功をおさめた”ジルト島攻撃と、写真はついにうそをつけなかったという実相は、永久に消えない烙印を残した」

…と手記の著者さんは結んでらっしゃるんですが、まあ色々考えさせられる話ですねえ…

無題
Name 名無し 19/09/09(月)09:52:47  No.1284057     
失敗しても味方が勝手にいいように解釈してくれるのはありがたい気もするけど、よく考えたらやっぱりちょっと恐ろしいな…

無題
Name 名無し 19/09/11(水)00:20:10  No.1284125      
1568128810231
これも先述のエゲレス軍写真判読員さんの手記にある話なんですが、戦争も後半になり、連合軍優勢の戦局の元でドイツの主要航空機工場があらかた焼き尽くされると、上司からは冗談交じりに、君らももうすぐ失業だね!(意訳)なんて言われたそうです

ところがそんな折、ようやくヒトラーおじさん最後の切り札たるMe262ジェット戦闘機が戦場に現われて来ますと、一転してこの恐るべき戦闘機を造った工場は何処だあ?!と、緊急の偵察写真判読の仕事が大量に舞い込んできたんですとか(棒

曰く、

「わたしと部下は(略)航空機工場の疎開先の探知を始めた。想像もつかないような隠れ場所を追って、報告やニュースのかけらを徹底的に調べ、ドイツ全土にわたってくまなく眼をくばった。精神病院、チョコレート工場、巨大な地下工場、森林の防火線、アウトバーンのトンネル等々(略)カメラがとらえた事物に関して何か不思議な事実が見つかると、それをありのまま報告する──ただそれよりほかに手はなかった」

無題
Name 名無し 19/09/11(水)00:21:28  No.1284126      
1568128888383
「1943年にドイツ軍は、分散した工場にはかならずペンキを塗ってカムフラージュしたので、どの工場で軍需生産が行われているかひと目でわかり、おかげでわれわれは大助かりだった」

「しかし(略)もっとも効果的なカムフラージュは、いっさいカムフラージュをやらないことだとさとったらしい。彼らの方法が巧妙になるにつれ、われわれも利口になった。ほんの些細な手掛りも見落とさないようになった。建物がちょっとでも増築された場合、道路や鉄道の交通がほんの少しふえた場合、多忙に追われる工場の異常な空気など」

「組み立て工場があるらしいと思われる飛行場では、人や物の往来に注意した。かすかな線が集っていると、判読者はすぐ人間や車輪が地面を何度も行き来している証拠と見た。白っぽいかすかな線は、ものに踏みつけられた無数の草の葉が、陽の光を反射してできた線なのだ」

無題
Name 名無し 19/09/11(水)00:22:34  No.1284127      
1568128954587
「われわれは”きっと”とか”たぶん”とか以上にはっきりしたことは言えないことが多かった。だが確実にある工場がジェット機を生産している証拠をつきとめ得た場合は、爆撃機が直ちに出動してそれを”消して”しまった」

「ヴァッサーヴルグにある、パヴァリア風の製靴工場の中にメッサーシュミット262機の翼が数箇置いてあった時もその例にもれなかった」

「その小さな工場は完全に破壊されたが、工場長は生き残った。ヨーロッパでの戦争が終って、連合軍の調査団が、被害情況視察のため工場に行った時、工場長はたずねた。
『いったいどうしてわかったのですか?』」

…というような状況であったそうなんですが、文字通り草の根分けての徹底した捜索を受けて発見され、飛び立って戦力となる前に破壊されたジェット機の数は、実際どれ位の数に達したんでしょうね…?

無題
Name 名無し 19/09/11(水)06:29:40  No.1284142     
>判読
今でもきっと衛星写真で似たようなことはやっているよね…

無題
Name 名無し 19/09/11(水)07:20:42  No.1284143      
http://cgi.2chan.net/f/src/1568154042330.jpg
>今でもきっと衛星写真で似たようなことはやっているよね…


2003年の米軍のイラク侵攻の際にコリン・パウエルがイラクの大量破壊兵器保有の証拠だとして公開した衛星写真に写っていた車両を、3人の専門家がそれぞれ「化学汚染除去車両」、「ソ連製のボックスボディ型バン」、「消防車だと思う」と三者三様の見解が出て草も生えない。

こんないい加減な分析で国を滅ぼされたらたまらんな

無題
Name 名無し 19/09/11(水)19:27:35  No.1284186     
>イラク侵攻の際
電波の発信源は全てイラク軍の通信施設として扱われ
砂漠の真ん中の電話ボックスすら片っ端から空爆を受けたという話を思い出した

まー、電話ボックスでも臨時の報告くらいは出来るだろうから
潰しておいた方が良いと判断したのかもしれないけど

無題
Name 名無し 19/09/11(水)07:38:27  No.1284144     
ポツンと一軒家なんかは空中写真と実際のギャップがわかりやすいね(笑)

無題
Name 名無し 19/09/11(水)17:20:35  No.1284175      
1568190035578
時期的にはやや米英に後れを取ったカタチになるものの、我が日本軍でも写真判読セクションが設けられていたそうでして、いわゆる学徒出身の予備士官としてIJNの写真判読員を務めた、矢吹彰男さんと大川定夫さんという方々の回想をまとめた記録に依りますと

「二人は大井基地での訓練ののち館山基地で開かれた第1回の写真判読講習に参加した。受講生は予備学生、予備生徒を混ぜて30数人。教官は(略)横須賀海軍航空隊で写真判読を習ったひとたちだった」

「館山での講習は昭和19年8月から約2ヵ月間で、教材は味方が撮影したガダルカナル島の写真や、日本国内の飛行場の写真が主だった」

「石油タンクの色が黒い時は重油タンクで、地面より白くみえると軽油タンクだった(略)船が岸につけないのにどうして油の貯蔵が可能なのかとふしぎに思っていると、ある日島の周辺に投錨しているタンカーから島まで海面に油送管が延びているのを見つけた」

無題
Name 名無し 19/09/11(水)17:21:54  No.1284176      
1568190114525
「こうしてガ島だけでもおぼえることはたくさんあった」

「館山での講習が終ると2人は(略)第3航空艦隊(略)の131空と141空にそれぞれ配属され(略)141空の方は艦隊司令部のあった木更津基地に就役することになった。サイパン、テニヤン、グアム島のB29の基地偵察をうけもっていた141空では写真判読班を置くことになったのだ」

「ここに始めて専門の判読員が生れた。飛行要務判読士官というのが正式の職名で、班員は2名でどちらも少尉だった。日本では唯一の判読班である」

「偵察は昼間も夜間も行われ、だいたい3日に1回の割でB29基地の監視がつづけられた。」

「飛行機の数をつきとめることは困難だったが油の補給状態とか、機の動き、飛行場の開発などから敵の攻撃力を累推した」

無題
Name 名無し 19/09/11(水)17:23:49  No.1284177      
1568190229595
「海軍の航空基地には個々独立した諜報部はなく特信班が偵察隊に必要な情報を現地から暗号で打電していた。〇〇に現われた米軍飛行機はその速度や活動状況からして新型機で、基地は〇〇らしいとか〇〇機動部隊の艦上機らしいとかいうニュースだ」

「偵察員だけでなく判読員も写真判読の合間にこれを念頭に置いてつぎの偵察にそなえた。また諜報将校というものはなかったので、参謀と司令官がその役をつとめた。前線基地では偵察員が写真を判読し、国内でもだいたい他の基地では”セミプロ”が写真を判読していた」

…という活動ぶりであったそうです

因みにお二人が写真判読訓練を受けて部隊に配属された19年10~11月というのは、ちょうど艦上偵察機「彩雲」の量産機が部隊に配備され始める時期でもありますので、いわば新型高速偵察機と、その偵察写真の判読班、敵通信の傍受(2世の方々が当たられたとか)・解析等を複合的に組み合わせた、IJN初の本格的な航空偵察チームの初めての目標は、マリアナ基地で活動を始めたB-29爆撃機であった、というコトみたいですねえ…

無題
Name 名無し 19/09/11(水)18:32:38  No.1284181      
下志津陸軍飛行学校で写真判読要員育成を大正末からやっていた陸軍のほうが、一歩進んでる感じだな。
大陸作戦の時からすでに司偵隊もあるし、戦前から陸地測量部も空中写真から作図を試行しているし、海軍より必要性が高かったのもあるか。
開戦後まもなくのグラフ雑誌の取材でも、空中写真のステレオ判読や写真から地形図を作図しているシーンがあったり、陸軍も進歩的だ。

無題
Name 名無し 19/09/12(木)00:18:29  No.1284216     
>No.1284181
昭和4~5年には鮮鉄から委託を受けた技術本部が新路線の航空測量を実施して
満鉄もこれを追うように航空測量を使うようになった
この分野だと詳細な地図の少なかった外地でよりニーズがあったよう

無題
Name 名無し 19/09/12(木)15:35:35  No.1284255      
1568270135748
国土地理院の空中写真閲覧サービスに41年や44年陸軍撮影のものもチラホラあるな
進駐した米軍のマッピングミッションによる記録の物量と精細度に比べるとつらいが

無題
Name 名無し 19/09/14(土)20:45:28  No.1284364      
1568461528012
ここまで瑞雲なしか、爆撃もできる偵察機

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1283433.htm
    

艦上偵察機「彩雲」 (世界の傑作機 No. 108)

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