無題 Name 名無し 19/08/12(月)12:29:24  No.1281663

日本陸軍の航空母艦: 舟艇母船から護衛空母まで

http://cgi.2chan.net/f/src/1565580564517.jpg
陸軍特殊船舶スレ
神州丸はエピソードに事欠かないですね

無題
Name 名無し 19/08/12(月)12:37:58  No.1281666     
1565581078255
スレ画と違って実際は航空機のカタパルトへの搬出口はキャンパスで覆ってたっぽいですね

無題
Name 名無し 19/08/12(月)12:44:15  No.1281667      
1565581455533
あきつ丸
ものの本やwikiには武装に15センチカノン×4とありますが
バタビア沖海戦で輸送中の部隊が甲板砲列を敷いたという話でだったような?

無題
Name 名無し 19/08/13(火)19:10:24  No.1281741     
>あきつ丸
>ものの本やwikiには武装に15センチカノン×4とありますが
>バタビア沖海戦で輸送中の部隊が甲板砲列を敷いたという話でだったような?
あきつ丸みたいな特殊船は乗船中(輸送中)の部隊があくまで甲板上に陣地を構築・展開させてるだけ…って解釈じゃなかった?
特殊船も故ポール・アレンのチームが発見したら何か新しい事実や、今まで仮説止まりだったことが解明されたりするんでしょうか?
スレ違いかも知らんけど、神通も潜水調査のおかげで61cm四連装発射管装備≒前部ウェルデッキ閉鎖・連装発射管換装が確定…ってことでいいのかしらん?

無題
Name 名無し 19/08/12(月)12:50:43  No.1281668      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565581843531.gif
横から見ると貨物船の甲板を飛行甲板にしただけ
って感じがよくわかりますね

無題
Name 名無し 19/08/13(火)20:33:18  No.1281745      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565695998612.jpg
>横から見ると貨物船の甲板を飛行甲板にしただけ
って感じがよくわかりますね
にぎつ丸と見比べると上2階分取っ払っただけの
超お手軽改造なのが分かる
商船改造でも密閉型格納庫にした海軍が手間かけすぎなだけかもしれんが

無題
Name 名無し 19/08/12(月)16:00:30  No.1281671     
積載量が多く高速で自衛火器も充実と虎の子的存在の陸軍特殊船でしたが、沈められたときの損害も大きかった
あきつ丸、摩耶山丸、玉藻丸の撃沈で輸送中の将兵が1万人近く戦死しています

この3隻はいずれも潜水艦に撃沈されており、いったん船内のドックに浸水が始まると手の施しようがなくなる特殊船固有の弱点が出たのかも

無題
Name 名無し 19/08/12(月)17:16:10  No.1281673     
逃げても機銃掃射で全員死亡でしたっけ? 鬼畜ですなあ

無題
Name 名無し 19/08/12(月)19:58:56  No.1281681     
機銃掃射?

撃沈された3隻は船団に所属しており、潜水艦は撃沈確認後直ちには船団の残りの追撃に移ったと思われます

無題
Name 名無し 19/08/12(月)17:46:40  No.1281675     
ウェルドックが占めてるぶん悪名高い蚕棚船倉でなく上甲板寄り・船上構造物に居られる兵員が多そうなんだけども
被雷の衝撃や急速大傾斜・結局蚕棚入れた過密収容だとやっぱり逃げるのが難しいんだろうな

無題
Name 名無し 19/08/12(月)21:38:10  No.1281687     
相生で建造した理由は田舎すぎて人の目が無いから……

無題
Name 名無し 19/08/12(月)22:25:02  No.1281688      
陸軍特殊船は予備浮力が少なくて被雷後一瞬で沈んだようですが、現代のウェルドック型揚陸艦の防水区画はどういう配慮がされてるんだろう?

無題
Name 名無し 19/08/13(火)07:58:27  No.1281705      
>陸軍特殊船は予備浮力が少なくて被雷後一瞬で沈んだようですが、現代のウェルドック型揚陸艦の防水区画はどういう配慮がされてるんだろう?
神州丸(とその眷属)は後部デッキのスロープから泛水させてるだけだから、ウェルドックとは似て非なるものなんですよね
神州丸であれば、空母の格納庫のように上甲板は舟艇格納庫底面と考えるべきかも
ウェルドック型の場合は強力な注排水機能付なので、上甲板が移動するといったところでしょうか
バラストタンクを配置しなければならないから自然と水密隔壁は神州丸よりも多くなるのは確実ですね
勿論規格にもよりますが

無題
Name 名無し 19/08/13(火)10:40:15  No.1281715     
>防水区画
特殊“船”であって“艦”ではないから、基本的に商船構造で、防水区画はあっても気休め程度と考えるべきでは。
囮船のでりい丸も、かなりしっかりと防水区画を作ったようだけど、船体強度が追い付かずに沈んだわけで。

無題
Name 名無し 19/08/13(火)18:15:19  No.1281735      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565687719576.jpg
>No.1281705

船の構造自体は艦尾にランプのついたフェリーと
大発の泛水はコンテナから発進するサンダーバード4号と大差ない

無題
Name 名無し 19/08/12(月)22:41:56  No.1281689    
神州丸、船舶搭載能力を活かして大陸の河川舟艇として使う徴用漁船を大量に輸送してるんですよね

無題
Name 名無し 19/08/13(火)21:54:25  No.1281750      
青島文化教材社 1/700 ウォーターラインシリーズ 帝國陸軍 丙型特殊船 あきつ丸 前期型 プラモデル
「あきつ丸・新造時」とか「あきつ丸・前期型」で検索して出てくる姿をみると、艦尾にでっかいデリックは突っ立ってるわ、飛行甲板上はボコボコ砲座やら建物やらが設置されてるわで、とても「陸軍空母」には見えないんですが、コレはコレで味があって良いと個人的には思っております…w

他船に比べれば艦橋や煙突等の上部構造物も小さいですし、通常の貨物船のような複数の大型デリックもなく、設置場所も高くて射界の広く取れる飛行甲板は、ある意味高射砲兵さんたちにとっては理想的な「陣地」用地だったのかもしれないですなあ

無題
Name 名無し 19/08/13(火)21:56:50  No.1281751      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565701010610.jpg
因みにIJAでは日米開戦前、輸送船の中から優秀船8隻を選んで特に対空武装を強化し、船団防衛の任に当たる「防空基幹船」を整備しているそうなんですが、内1隻が「神州丸」であったそうです

そしてこの「神州丸」の兵装が88式7糎野戦高射砲6門、98式高射機関砲4門、38式野砲1門であったそうなんですが、対して開戦後に就役した「あきつ丸」の新造時の兵装が88式7糎野戦高射砲(特)10門、38式野砲2門なんだそうで

かつての「防空基幹船」を上回る高射砲の装備数に加えて、場合に依っては甲板上に更に特設砲座/銃座も設置可能、という設計だったのは、或いは緒戦の戦訓の反映なのかも知れませんが、ある程度「防空船」としての役割も期待されていてのことだったり…しないですかね…?

無題
Name 名無し 19/08/13(火)23:41:36  No.1281755     
>因みにIJAでは日米開戦前、輸送船の中から優秀船8隻を選んで特に対空武装を強化し、船団防衛の任に当たる「防空基幹船」を整備しているそうなんですが
ジャワで沈んだ佐倉丸やガ島突入の笹子丸やありぞな丸も防空船でしたっけ…岩重サンの戦時輸送船ビジュアルガイドに作例があったような

あきつ丸が登載したのは三式指揮連絡機のみで、カ号オートジャイロは着艦試験しただけだったみたいですね

無題
Name 名無し 19/08/13(火)23:51:13  No.1281757     
>理想的な「陣地」用地だったのかもしれないですなあ
真上から撮られたあきつ丸の偵察写真見ると上甲板にくまなく迷彩が施されていてまさしく「陣地」って感じがありますね

無題
Name 名無し 19/08/13(火)23:47:16  No.1281756     
陸軍特殊船の生き残りで南氷洋の捕鯨母船になったフネもありましたね

無題
Name 名無し 19/08/14(水)01:36:28  No.1281759     
防空基幹船と同用に通信能力を強化した無線基幹船という役割も担ってたようですね

無題
Name 名無し 19/08/14(水)10:09:53  No.1281775    
舟艇母船・防空基幹船・揚陸指揮船とよくばりなんやな
徴用船でない貴重な陸軍自前のフネだから欲張らざるをえないか

無題
Name 名無し 19/08/14(水)10:34:15  No.1281776      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565746455175.jpg
初代「防空基幹船」として選ばれた8隻の内訳は「神州丸」「熱田山丸」「宏川丸」「佐渡丸」「ありぞな丸」「善洋丸」「佐倉丸」「靖川丸」だそうで、いずれも19~20ノットで航行可能な優秀船で、フネに先だち編成された新編の船舶高射砲第1/第2連隊のヘイタイさんたちが操作する高射砲を6門以上装備されていたそうです

当時陸軍徴傭の輸送船の総数に対して高射砲数は2隻に1門程度であって、「防空基幹船」はいっそ少ない対空火器を重点配備して効果を挙げようという苦肉の策であったそうなんですが、その後の各船の戦歴を見てみると

・「熱田山丸」…マレー作戦後、広東へ回航中、米潜の雷撃により沈没(41年12月16日)
・「佐倉丸」…マレー作戦で空襲により大破、内地で修理後ジャワ作戦に参加、味方魚雷の命中で沈没(42年3月1日)
・「善洋丸」…マレー作戦、MI作戦参加後、ビルマへ航行中オランダ潜の雷撃で大破、解体(42年8月)

無題
Name 名無し 19/08/14(水)10:36:20  No.1281777     
1565746580885
・「靖川丸」…フィリピン作戦参加、ニューギニア輸送作戦中空襲により大破、処分(42年11月2日)
・「ありぞな丸」…フィリピン作戦参加、ガダルカナル島輸送作戦で空襲により大破、放棄(42年11月14日)
・「宏川丸」…マレー作戦参加、ガダルカナル島輸送作戦で海岸に強行擱座、空襲で大破(42年11月15日)
・「佐渡丸」…マレー作戦参加、ガダルカナル島輸送作戦で空襲で大破、ショートランド泊地に帰投の後、再度の空襲で横転・沈没(42年11月18日)
・「神州丸」…マレー作戦参加、ジャワ作戦に参加、味方魚雷により被雷転覆、引き揚げられて修理後各方面輸送作戦に従事、台湾へ航行中空襲と敵潜により沈没(45年1月3日)
…となるんだそうで、喪失原因を見ると敵潜によるものが3隻、味方魚雷のフレンドリ・ファイヤが2隻、敵航空機によるものが5隻となっていて(原因重複有り)、最前線での各船の激闘ぶりが偲ばれるんですが、逆になまじ速度の出る優秀船で、「防空基幹船」としてある程度の自衛力が期待できた故に、そういう激戦地に投入された面もあったりしたんですかしら…

無題
Name 名無し 19/08/14(水)23:35:54  No.1281834      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565793354996.jpg
特2TL型 山汐丸の主錨は
横浜みなとみらいセンタービル前に保存・展示されている。

結構立派な船だが出来た頃には活躍の場も無く

無題
Name 名無し 19/08/15(木)01:11:53  No.1281836     
基筒式三八式野砲、それなりに多くの船に積まれてるはずですが
ネットでは写真が出てこないですね…

無題
Name 名無し 19/08/15(木)19:20:50  No.1281874      
1565864450613
昭和元年(1926年)頃にIJA参謀本部で作成された「陸軍輸送船の艤装に就て」なる論文により
ますと、

「輸送船に砲装するの必要なるはもはや議論の余地なく問題は如何なる火砲を船の何れの部分に据付くるやに在り」

…としているそうなんですが、

「先年技術本部に於て38式野砲を輸送船の甲板上に据付くる目的を以て特別の砲架を試製し(略)射界狭隘にして片舷30度乃至40度を超ゆることを得ず(略)此の火砲にして高射をも兼ね得れば一層便利なり」

…なんて実際の実験レポートの内容が詳細に紹介されてあるんだそうでして、要は割合早い時期から、特に上陸作戦時に対海上/対空用の自衛火力を輸送船に持たせる研究がIJA内部で進められていたことを窺わせる内容だったりするんだそうで

無題
Name 名無し 19/08/15(木)19:22:58  No.1281875      
1565864578894
その後もこの流れを受けて、例えば昭和6年(1931年)7月には陸軍運輸部と陸軍技術本部が協力して野戦火器の船上装備と射撃に関する実験を行っていますそうでして、

(1)41式山砲および改造38式野砲の簡易砲床式
(2)41式山砲および38式野砲及び改造38式野砲の基塔砲架式
(3)11年式7糎半野戦高射砲および88式7糎半野戦高射砲の簡易砲床式

…の3種の装備を以て、これらの砲を輸送船上で発射した際の船体等への影響、運用状況の確認、あるいは輸送中の野戦部隊の装備が船上で臨時に使用できるか…等々を実地に検討しているんですとか

試験中には上原勇作陸軍元帥を筆頭に、各地の師団長や参謀の視察が異例なほど多かったそうで、逆に言えばそれだけIJA内でも関心が持たれていた実験であったようなんですが、上原元帥などは特に対潜水艦射撃の問題に関して意欲的で、更なる研究を促した…なんて逸話も残っているそうです

無題
Name 名無し 19/08/15(木)19:23:50  No.1281876      
1565864630196
この一連の実験の結果、技術本部としては41式山砲・38式野砲・改造38式野砲の全部に兼用できる基塔式砲架の開発の必要性を認めたんだそうで、翌昭和7年(1932年)5月に、参謀本部及び運輸部より出された通牒では

「昭和6年7月の研究においては38式野砲船載砲床取扱法により、野山砲を輸送船上に装備し射撃試験演習を実施した結果、本装備法は船舶の構造上、装備位置および射界を著しく制限され(略)その上に上陸作戦にあたる輸送船の甲板上には舟艇の搭載などで手ぜまとなり(略)さらに著しく制限するであろう。したがってこの不利を除去するために基塔式砲架の研究を必要とする」

…としておりまして、実際8月には大阪工廠で試作された2種の砲架のテストが始められています

「大東亜戦争」で活躍した「陸軍特殊船」含む陸軍船舶の多くが装備していた基塔式砲架のルーツそのものが、「上陸作戦時の輸送船の自衛」というテーマについて、長年IJA自身が研究を重ねてきた成果の一つであった、ということみたいですなあ

無題
Name 名無し 19/08/15(木)22:15:20  No.1281888     
ありがとうございます。
野砲での高射についても一応の考慮をしていたのですね。

無題
Name 名無し 19/08/16(金)06:10:44  No.1281910     
日露戦争でロシアに輸送船襲われて連隊全滅!とかあったし
陸軍が船舶自衛に熱心なのはそんなに不自然ではないよね

無題
Name 名無し 19/08/17(土)00:35:36  No.1281993      
http://cgi.2chan.net/f/src/1565969736186.jpg
あきつ丸や熊野丸のエレベーターはたいへん開放的な構造だったようで
幅広の三式連絡機も問題なく昇降可能だった訳だと勝手に納得

無題
Name 名無し 19/08/17(土)02:24:01  No.1282004     
>あきつ丸や熊野丸のエレベーターはたいへん開放的な構造だったようで
マンションの立体駐車場めいたすこぶる簡素なエレベーターだったそうで
重たい攻撃機を頻繁に出し入れするで無ければ、それで十分なんでしょうね

無題
Name 名無し 19/08/17(土)00:45:13  No.1281994     
http://cgi.2chan.net/f/src/1565970313163.jpg
比較用に山汐丸の模型作例画像を漁ったら
陸軍の知らない子を乗せた物が。こういうif運用もありか

無題
Name 名無し 19/08/17(土)18:40:24  No.1282059      
1566034824822
私はただ色んな著作から子引き孫引きさせて頂いてるだけですけれど、ホントに偉いのは地道に一次資料や証言の蒐集・整理に努めて、後世の私たちが参照できるような形で残してくれているそうした大勢の著者の方々でございますので…

>野砲での高射についても一応の考慮をしていたのですね

昭和10年(1935年)には88式7糎半野戦高射砲用の船載用砲床なんてのも試作されて、技術本部の設計を運輸部が製作する形で同年6月に試験され、成績良好であったそうです

後の「陸軍特殊船」や「防空基幹船」なんかは結局野砲と高射砲両方を塔載している場合が多いようなんですが(野砲だけの「野砲船」もあったとか)、装備法や装備位置の選定等にはこれらの事前実験が役立てられていたんでしょうね、やっぱし

無題
Name 名無し 19/08/17(土)18:41:59  No.1282060     
1566034919375
因みに陸軍船舶に搭載された88式7糎野戦高射砲は対水上目標射撃も考慮して、7度までの俯角射撃能力を付与されて平射照準具を持つ「88式7糎野戦高射砲(特)」と呼ばれるタイプが多かったそうなんですが、アジア歴史センターのサイトで公開されている戦中の史料なんか漁っていますと、こうした船載陸軍高射砲の水平射撃による「戦果」の記録なんかも見受けられたりします

例えば昭和19年(1944年)5月27日付で大本営陸軍部が公布した「戦訓報第36号・驀進し来る魚雷に対する爆破射撃に関する教訓」という文書は、要は航行中敵潜水艦から魚雷攻撃を受けた輸送船が、便乗する船舶砲兵さんの砲撃で魚雷を破壊し難を逃れた戦例についての報告書なんですが、野砲射撃による2例と共に、高射砲射撃による1例が紹介されていたりします

陸サンの高射砲が、陸戦でも水平射撃で戦果を挙げた例は度々ありますけれど、さしづめその洋上版とも言えるわけで、揺れる船上から見事必中の射撃で自船を救ったこの船舶砲兵さん達、さぞかし同乗者や船員さんらから喝采を浴びたんではないですかしら…w

無題
Name 名無し 19/08/17(土)18:46:35  No.1282061      
1566035195660
余談ですが、「戦訓報」の第30号がまた「船舶砲兵対潛戦闘の参考」だったりするんですが、面白いのはその中で「対潜被害と船砲隊編成との関係」と題して、輸送船の武装程度と潜水艦による被害の因果関係を分析していたりします
ソレによると、もっとも被害が少ないのは高射砲4門以上塔載の重武装のフネで、18回の対潜戦闘に対して被害は0、逆に最大の被害を受けたのは野砲1門のみのフネで11回の対潜戦闘で被害7(隻?)という結果になっているんだそうで

もっとも、高射砲を多く積んだ船の被害が少ないのは、対水上の弾幕射撃で迫りくる魚雷を撃破したから!ではなく、要はそもそも多数の船舶砲兵さんを砲の操作要員として同乗させる事自体が監視・警戒能力の大幅UPを意味しているのであって、また「防空船」に選ばれるような船は敵潜に捕捉されにくい優秀な高速船が多かったから、と「戦訓報」の著者さんは冷静に分析されておられましたり

まあ何にせよ、敵潜跳梁する海を渡る際には、少しでも搭載砲の多いフネを探して便乗するに越した事はなかったみたいですねえ…

無題
Name 名無し 19/08/17(土)23:07:50  No.1282079     
潜水艦の魚雷をカウンターするのは今ならホーミング魚雷とかで出来ないかなあ?

さすがに護衛艦クラスの艦砲じゃ無理だろうけれど

無題
Name 名無し 19/08/18(日)00:23:02  No.1282083     
>潜水艦の魚雷をカウンターするのは今ならホーミング魚雷とかで出来ないかなあ?
10年ぐらい前に米軍が対魚雷戦で衝撃波を使う研究していた
自衛隊で採用の話が無いから失敗したのかな?

無題
Name 名無し 19/08/18(日)16:57:23  No.1282115     
>潜水艦の魚雷をカウンターするのは今ならホーミング魚雷とかで出来ないかなあ?
ハードキルのATTはアメリカ海軍が開発を打ち切り決定、ドイツの企業が試験成功したとかそういうレベル

無題
Name 名無し 19/08/19(月)00:24:35  No.1282162      
http://cgi.2chan.net/f/src/1566141875504.jpg
ロシアのPaket-Nが対魚雷迎撃モードあり
実戦配備されてる

無題
Name 名無し 19/08/18(日)10:01:35  No.1282094      
1566090095963
IJNの造船官さん達の回想をまとめた「造船官の記録」という本に、「魚雷攻撃を受ける商船の防御に関する一つの試み」という一文が有るんですけれど、これは

「戦闘海面を航行中の商船が敵潜よりの魚雷攻撃を受けた場合(略)被害率はなかなか低下しないので、最も素朴な考えから着想した魚雷防御網を両舷側より約10米離して装備曳航し、被害を局限しようという目的をもって実施された一連の実験」

…についてのもので、要はそれまで停泊中に使用されていた船舶用の防雷網を、航行中にも使用できないか?という試みだったそうなんですが、
「昭和17年4月から開始して、昭和18年7月までに数回に分けて報告を提出し(略)一応の成果を収めたものと思う(略)昭和20年の春頃より、各工廠にこの防御網が多数製造納入されはじめたが、時すでにおそく、結局防御網を装備して戦闘海面を往復した船は一隻もなかったのではないか」

…という結末に終っているそうです

無題
Name 名無し 19/08/18(日)10:05:11  No.1282095      
1566090311745
一方、やはり「造船官の記録」に、「沈没英戦艦探索記」と題した回想記も収録されているんですが、こちらは緒戦のマレー沖海戦でIJNが陸攻の攻撃で撃沈したPOWおよびレパルスの捜索・引き揚げに従事した方の記録で、それによると内地から日本サルベージ社のサルベージ船「静波丸」を回航して、1942年3月から始められた捜索の結果、まず「レパルス」を発見して高角砲弾・機銃弾・双眼鏡などいくつかの物件を引き揚げたそうなんですが、その作業中

「一方、ジャバ作戦が進行し、バンタム湾で擱座した陸軍の揚陸船神州丸(当時本船を秘匿上、龍城丸と称した)救難作業に静波丸を転用することに中央での接渉で決定されたため、英戦艦の探索は一時中止となり、目まぐるしい戦局の進展のうちに終止符がうたれた」

…とのこと

あるいは「神州丸」の被雷が無ければ、POWも日本側に発見されて、技術的に興味深い遺物も回収されていたのかもしれませんが、当時としては英戦艦の秘密より、「陸軍特殊船」の一刻も早い引き揚げの方が大事であった、ということなんですかねえ

無題
Name 名無し 19/08/19(月)09:50:27  No.1282183    
>No.1282095
IJNがレパルスのサルベージを検討してたのには
沈船を発見できてた背景があったんですな
せめてレーダーだけでも引揚げできてれば大きく役立ったでしょう

無題
Name 名無し 19/08/19(月)04:35:22  No.1282170     
特殊船も潜水艦にやられたのが多いし、結局日本の輸送船最大の敵はやっぱり潜水艦だよね( ´・ω・`)
とくにあきつ丸なんて、見た目はまんま護衛空母だし、さぞかし優先的にねらわれたんじゃないだろうか・・・

無題
Name 名無し 19/08/19(月)16:00:53  No.1282209      
1566198053709
>見た目はまんま護衛空母

1942年6月に、大本営参謀部第一部長の名で出された「軍極秘 大海幕壹 機密第109号」なる通達が有るんですが、コレが当時就役したばかりの「あきつ丸」の情報を各海軍部隊に知らせるモノであったんだそうで、内容を引用させて頂くと

「各艦隊鎮守府警部府参謀長殿 各戦隊根拠地隊特設根拠地隊司令官殿 陸軍輸送船あきつ丸船型の件通知」

「首題の件、部図の通恰も航空母艦の如き船型を有するに付味方識別上注意せしめられ度」
「追って仝船には戦時日本船舶味方識別信号規定を適用しあり」
「総トン数(略)速力(略)完成年月日(略)船名符字 JGEP」
「(注)最上甲板に高角砲4門あり」

…というもので、要は前線の各海軍部隊に、見慣れぬ「恰も航空母艦の如き」アヤシイ船を見かけても、それは陸サンの新鋭輸送船だから手を出しちゃダメだよ!と注意喚起する呼びかけであったんですとかw

無題
Name 名無し 19/08/19(月)16:30:10  No.1282212      
1566199810324
因みに就役後、ジャワ島攻略作戦を初陣にあちこちへの輸送任務に就いていた「あきつ丸」は、1942年12月1日、ラバウルに入港していた所を米軍偵察機に発見されているそうなんですが、同月7日に出港した「あきつ丸」は翌8日午前再び米偵察機に捕捉され追跡を受けておりまして、これらの偵察結果により、米軍は日本軍に新しい「護衛空母」が就役したと判断し、以降識別表にも「護衛空母」として掲載しているんだそうで

IJNの危惧?したとおり、遠目にはまんま護衛空母に見えたみたいなんですが、当時ラバウルに陸軍船舶兵団の作戦主任参謀としておられた三岡健次郎さんの戦中日記によると(12月8日)

「昨日出港したあきつ丸は0715敵哨戒機に発見され追躡されている。直に全速北上を命ずると共に第11航空艦隊、第8根拠地隊に連絡して上空直衛を手配した」

…なんてありまして、折角の虎の子?の新鋭輸送艦を案じる緊迫したフインキが感じ取れる気がするんですが、上空直衛を命じられた各部隊では、早速前述の通達を引っ張り出して大急ぎで「護衛対象」を確認したりしたんですかしら…

無題
Name 名無し 19/08/20(火)01:20:44  No.1282257     
あきつ丸、米軍に航空撮影された段階ではあるぜんちな丸改造の護衛空母と認識されてましたよね

無題
Name 名無し 19/08/20(火)01:47:01  No.1282261     
実際最終的には3式連絡機積んだ対潜護衛空母になったわけだしな

まあ沈んだときはまた輸送船扱いの運用に戻っているんだが

無題
Name 名無し 19/08/20(火)02:53:11  No.1282267      
1566237191375
昭和18年(1943年)6月4日、折しも被害の深刻化してきた敵潜対策の一環として、当時内地の宇品港で整備中だった「あきつ丸」を使用して「カ号」オートジャイロ機の発着艦試験が行われる事になったそうなんですが、当時の「あきつ丸」はまだ改装前で、前述の通り船尾には未だ大型のデリックが設置されたままであり、テストパイロット側からは着艦上障害になるコレを撤去して欲しいと要望が出されたものの、試験後数日で再出港が予定されていたため却下されてしまったんだそうで

そこで「解決策」として、停泊中の「あきつ丸」左舷後方から進入の後、着艦寸前に左に急旋回して着艦する、という案が採られ、4日午前中、陸軍関係者や萱場製作所社長ほかの民間スタッフらが見守る中行われた初着艦は、見事成功したものの、着艦場所が左舷縁の約1メートル手前というギリギリで、関係者一同、肝を冷やした…なんて逸話も残されているそうです

無題
Name 名無し 19/08/20(火)02:54:10  No.1282268      
1566237250570
続いて午後からは広島湾を航行中の「あきつ丸」からの発着艦テストに移ったそうなんですが、今度は「カ号」オートジャイロには風速15m以上では飛行しない、という規定があったのに対し、「あきつ丸」が全速で航行中の甲板の相対風速は10.5m、仮に海上風速が5m以上なら規定値を超えてしまう…という懸念があったんだそうで

そこでここでも変則的な発進方法により解決することとなり、まず「カ号」は飛行甲板上に(風を左から受けるように)90度右に向けて置かれ、しかるのちエンジンを始動、ローターの回転数が200回転に達した所でクラッチを切り、右ブレーキを外して機体が艦首に向いたところで全速にして発艦する…という複雑な手順を踏むことで、無事?発艦に成功したんですとか

因みにこれは余談ですが、この時「カ号」のテストパイロットを務めたのは朝日新聞社の西堀善次さんという民間飛行士だったそうです

無題
Name 名無し 19/08/20(火)02:55:22  No.1282269      
http://cgi.2chan.net/f/src/1566237322786.jpg
「カ号」の制式採用が1942年(昭和17年)11月との事ですので、この時点で陸軍の空中勤務者さんにも経験者はいたでしょうに、初の発着艦テストの操縦者という大任を任されるとはよっぽどのワザマエの持ち主だったのか…?とも思ったんですが、調べると1932年に日本で初めてエゲレスからオートジャイロ機を購入したのが朝日新聞社(とIJN)で、翌1933年には同機を使った「空の膝栗毛」と題する日本各地の周遊飛行の連載記事なんかも掲載しているんですとか
http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/mukashino/2010080400005.html
出発時の記事には、見送りの陸軍第四師団付中村少将が、

「陸軍に関係してゐる私がいまだはっきり知らないこの飛行機を早くも手にいれられ民間の航空思想を啓発されることは感謝の外ない」

…なんて述べた、なんて書かれているんですが、つまりはオートジャイロの運用に一日の長のあった朝日新聞社の経験を当てにしての、同新聞社からのパイロット借用ということだったんでしょかね…?

無題
Name 名無し 19/08/20(火)09:50:54  No.1282274     
>「(注)最上甲板に高角砲4門あり」
陸軍側でありながら高射砲と呼称せず高角砲としているのは
海軍側に理解しやすいようにあえて海軍式に言い換えたんですかね
イメージされがちな陸海関係からすれば意外な気もします

無題
Name 名無し 19/08/20(火)11:36:58  No.1282284     
通達出したのは海軍の側の偉いさんじゃね?

誤射で神州丸を沈めちゃった後だから気を使って出した、とかだったりして・・・

無題
Name 名無し 19/08/20(火)14:26:05  No.1282297      
青島文化教材社 1/700 ウォーターラインシリーズ No.564 日本陸軍 丙型特殊船 あきつ丸 プラモデル
>No.1282274&No.1282284
申し訳ありません、正しくは「大本営参謀部」ではなく、「大本営海軍参謀部」でした…
訂正してお詫び申し上げます
因みに「カ号」の運用テストを終えた「あきつ丸」は直後にラバウルへ向かい、南方作戦に従事していた飛行第11戦隊の人員を便乗させているんですが、当時同戦隊副戦隊長だった谷口正義さんによると

「約半年間の戦闘で戦力を消耗し(略)機種改変して新任務に転戦するため(略)ラバウルに停泊する陸軍高速船『秋津丸』にわれわれは乗りこんでいた。出港を告げるドラの音もなく、船はしずかにラバウル港をはなれた(略)杉浦戦隊長以下、勇戦敢闘して散華された英霊安かれと祈るのであった。この『秋津丸』には473柱の白木箱が、無言の凱旋をすべく安置されていた」
「私はこの船の輸送指揮官となり、対潜、対空警戒に意をそそぎつつ宇品港へと船足をはやめた。外海に出ると、はやくも米潜水艦の触接をうけ、翌朝には、こしゃくにも潜水艦は浮上して、わが船を監視している。同夜、ついに(略)魚雷攻撃を受け、1発は回避したが、その直後(略)他の(略)魚雷を左船尾にうけたのである」

無題
Name 名無し 19/08/20(火)14:27:59  No.1282298      
1566278879986
「私は目撃した事実をのべたが、船長は信用しなかった。やがて、神の助けか前方に暴風雨圏がひろがっており、そのなかに船は逃避して潜水艦の追跡をくらまし、翌朝、パラオに入港した」

「この入り口で、またもや前夜の潜水艦の魚雷攻撃をうけたが、遠距離発射のため、ゆうゆうと回避して入港できた。入港後に船体を点検した結果、スクリューの1コが魚雷攻撃で破損していたが、不発だったため撃沈をまぬがれたのであった。これは英霊473柱(これを私はシナサヌと読み、英霊の加護と信じ、船内の会報で全員にしめして士気を鼓舞した)がまもってくれたものと感謝している」

…なんて事があったそうです

対潜水艦戦実験の直後の輸送任務で、さっそく敵潜水艦につきまとわれた揚句、危うく撃沈されるところを「英霊の加護」で乗り切ったとか、割りに洒落にならない状況だったみたいなんですが、逆に何故当時のIJAがカイグンさんに頼るだけでなく、「自前」の敵潜対策に熱心にならざるを得なかったのか、分かるような気がする話ではありますですねえ…

無題
Name 名無し 19/08/20(火)20:07:35  No.1282329     
アメリカの潜水艦が夜間に浮上して活動していたのは知っていましたが、昼間も浮上していたんですね
しかも日本近海で

無題
Name 名無し 19/08/21(水)08:35:41  No.1282382     
ってか、当時の潜水艦って可潜艦に毛が生えた程度だからな

無題
Name 名無し 19/08/21(水)11:08:36  No.1282400     
快速船なら潜水艦も浮上航行しないと振り切られちゃうしね

だからこそ、それこそオートジャイロの1機でも上空に飛ばせていたら
だいぶ違ってたんだろうけど・・・

無題
Name 名無し 19/08/23(金)00:06:17  No.1282686     
>アメリカの潜水艦が夜間に浮上して活動していたのは知っていましたが、昼間も浮上していたんですね
>しかも日本近海で
小舟やジャンク船も投入された末期の大陸本土間輸送は
その阻止のために空襲・機雷に加え潜水艦の浮上砲撃まで実施されたようだ

無題
Name 名無し 19/08/21(水)18:02:31  No.1282452      
1566378151863
飛行第11戦隊の谷口氏と同便で帰国された船舶砲兵さんの手記では、同航海では「あきつ丸」は護衛艦艇無しの単独航行だったそうなので、搭載野砲/高射砲の射程外で敵潜水艦が浮上しつつストーキングしてきてもなす術がなかった、ということみたいですなあ

因みに前述の三岡健次郎さんの戦中日記には、職業柄他にも「あきつ丸」や「陸軍特殊船」に関わる記述がチラホラ見受けられるんですが、例えば1942年12月1日の項では

「あきつ丸が駆逐艦2隻に直衛されて入港(※ラバウル)した」
…とあるのに続いて
「給油しなければならないが、陸軍はタンカーを持っていないのでどうにもならない。海軍は、洋上作戦では行李としてタンカーを必要とすることはよく分る。今、陸軍と全く同様に島嶼に固定してしまっているのに、タンカーだけは独占して頑として陸軍に譲らぬのは理解に苦しむところである」

…と、どうも陸海の間で面白からぬ事情が有った事が、窺える内容が記されておりましたり

無題
Name 名無し 19/08/21(水)18:04:22  No.1282453      
1566378262645
三岡氏は昭和18年(1943年)8月より大本営陸軍部参謀に任ぜられ、引き続き船舶輸送関連のオシゴトに励まれておられるんですが、昭和19年(1944年)8月12日には戦時標準船の一部を対潜航空機搭載用に改造する計画に触れて
「改TL改Aを対潜飛行機塔載用に改造するという議があるが、私はこの切迫した現状でそんな事をしても追付くものでない、とても間に合わぬと反対の意見で、課長以下同意してくれたが、第3課の浦少佐は私の考に大反対で抗議してきた」
「それでは、そんな改造を計画して、何時実施できるのか、実施して載せる飛行機があるのか、飛行機があったとして搭乗員の訓練は出来ているのか、それまで出来たとしても、その効果が現れるのは何時になるのか、どの程度の効果が期待できるのか。物事を考えるには、事柄のよしあしと共に、時間的縦深を忘れては困る」

「よさそうな考案であっても、日本が滅亡した後で実を結ぶ様な計画は役に立たない」

…なんて述べられています

無題
Name 名無し 19/08/21(水)18:07:26  No.1282454      
1566378446374
「改TL(戦時標準油槽船)」の航空機搭載船、というのはIJA側で実際に完成させたフネでは「山汐丸」にあたり、同船は昭和20年1月27日に完成したものの、既に戦局は「対潜航空機搭載船」としての運用を許さないと判断され、石炭機関塔載の貨物船への再改造の為、造船所沖に待機していた所に、米艦上機群による空襲を受け、大破してしまったそうで

その意味では「改TL」の改造は間に合わない、という三岡氏の危惧は、残念ながら的中してしまったようなんですが、一方でこの1944年8月上旬というのは、ちょうど「あきつ丸」が航空機運用艤装強化の改造を終えて、「三式連絡機」を使用しての関釜海峡の対潜哨戒を始めていた時期なんですとか(8月7日~11月9日)

もっとも、約3ヶ月の「対潜空母」任務を終えた「あきつ丸」は、風雲急を告げるフィリピン方面への輸送任務に転用され、折角再整備した飛行甲板上にダイハツと肉薄攻撃用の(レ)艇を満載した状態で敵潜水艦により撃沈されてしまいますので、結局陸サンが「自前」の海上対潜航空兵力保持の為に払った多大な努力の殆んどは、ほぼ報われないまま終わってしまった、というコトみたいですねえ…

無題
Name 名無し 19/08/21(水)19:44:53  No.1282472      
http://cgi.2chan.net/f/src/1566384293738.jpg
航路を欺瞞するための之字運動
その分、足は遅くなるので得失や如何に

無題
Name 名無し 19/08/22(木)01:32:32  No.1282506     
流石に優秀船舶だと潜航しながら追跡はできませんからね…

無題
Name 名無し 19/08/22(木)17:18:02  No.1282547      
1566461882432
1944年4月13日から、生まれ故郷の播磨造船所で改造に入った「あきつ丸」では、萱場式着艦制動機や着艦指揮灯、飛行甲板のすべり止め塗料といった本格的な航空機運用設備の外に、「ス号」警戒機なるものもこの時搭載されているんだそうで

「ス号」は要は水中聴音機で、IJNのみならずIJAでも独自に研究が進められていたもので、対潜装備の強化の一環として装備されたもののようなんですが、再び三岡氏の日記を引用させて頂くと

「水測兵器試験臨席のため神戸に向う(1944年9月29日)」
「陸海軍の兵器説明及現物実視。双方共に相当の能力ありと主張し、特に海軍は陸軍に比べて優秀だと強調している。陸軍に比べて優秀でも、敵に比べて劣るでは困る(10月1日)」
「水上及陸上試験。参観者には状況がよくわからぬ。わかる様に説明しないのである。それで判断させようとしても判断のし様がない」
「ス号故障で処置なし。この視察試験でこんな物が、役に立つ筈がない(10月2日)」
「研究会。判決、陸海共に極めて不十分、研究を要す」

無題
Name 名無し 19/08/22(木)17:20:02  No.1282548      
http://cgi.2chan.net/f/src/1566462002325.jpg
「何とも悠長な話である。この戦争に間に合わぬと言うことである。この戦争に間に合わす、と言う目標をきめずに何か研究していた、と言うことである(10月4日)」
「ス号の陸海打合せ。運用がはっきり決らないのに整備々々と言うが、一体海軍は何を考えているのか。海軍の手で整備したいと、えらく整備したがるが、その前に運用をはっきりする必要がある(10月16日)」
「ス号整備、海軍の態度は少しも変らない。整備の様な面倒な事を、自分の手でやりたいと頑張るのは、いろいろ言われているが、私は、陸軍に委しておけばろくな物は出来ぬから、技術的に自信ある海軍が、やっかいだけれどもやる外はあるまい、と言う風に考えていると理解したい。そうでないかもしれぬ(11月10日)」

…と、既に「あきつ丸」に搭載されて運用されている筈の兵器にしては、どうもその効果の程が疑わしくなるというか心細くなるような記述が続いておりましたり

また既述は簡潔で、技術的な諸問題の詳細には触れてはいないんですが、一方でなにやら純粋に技術的な分野以外でも、どうも色々な障害が有ったような書き方ではありますですねえ

無題
Name 名無し 19/08/23(金)14:11:33  No.1282767     
見えない敵潜の影に怯えて精一杯の船団速度で之の字運動を繰り返しても、そもそも相手は暗号解読で先回りして集団で待ち伏せているという…

ホント、戦争末期の太平洋は地獄だぜフーハハハーッ!

無題
Name 名無し 19/08/23(金)23:28:29  No.1282834     
す号装置、元々要塞用に開発されたもので大型な分
探知範囲自体は広かったんだとか
でも引用されたレスを見る限り故障も多そうですね…

無題
Name 名無し 19/08/24(土)20:00:43  No.1282905      
1566644443810
IJAの開発していたひみつへいきには面白いモノがいっぱいありまして、オートジャイロでない「か号装置」なんかは高圧電流利用のアイデアを示すもので、敵兵の頭上に蜘蛛の巣を広げるように投射したピアノ線に高圧電流を流して、文字通り一網打尽にするカートゥーンアニメめいた兵器なんかも研究されていたそうです…
コワイ!

>元々要塞用に開発されたもの
IJAでは戦中沿岸要塞で聴測任務に就く要員を主に重砲兵学校で養成しているんですが、その中から選抜されて台湾での任務に就くため繰り上げ卒業した少年重砲兵の水測要員さんが乗船したのが、運悪くというか「ヒ81船団」の「あきつ丸」及び「摩耶山丸」であたっため、沈没の際犠牲者を出していたりするんですとか

因みにコレは余談なんですが、「あきつ丸」沈没後も、オートジャイロ機による対潜航空部隊は細々とではありますが、壱岐を基地に朝鮮海峡の船団護衛の任務に就いているんですが、ある時立て続けにエンジントラブルによる事故が発生した事があるんだそうで

無題
Name 名無し 19/08/24(土)20:02:20  No.1282906      
1566644540469
そこでエンジンメーカーの組立責任者と、IJAの「カ号」担当の技術将校さんが現地に調査に向かうことになりまして、まずは博多埠頭の上級部隊(第14船舶団)に出頭したそうなんですが、団長室の壁面には朝鮮海峡附近の大地図が貼られており、そのあちこちに無数のピンが立てられており、聞けば「ス号」兵器によって探知された敵潜位置を示しているのだ、と聞かされたそうです

その後、雁の巣飛行場で出迎えの「カ号」オートジャイロで壱岐まで飛ぶ手筈となったそうなんですが、折悪しく米機動部隊からの艦上機による空襲に出くわし「カ号」は炎上、しかたなく船舶団団長の元へ引きかえし事情を説明すると、別途輸送船への便乗の手筈を整えてくれたそうなんですが、この輸送船がたまたま「ス号」聴音機装備をしており、なおかつ奇縁と言いますか、「カ号」担当の技術将校さんと同期で、「ス号」の研究・開発に当たっていた技術将校さんが乗船していたんですとか

無題
Name 名無し 19/08/24(土)20:04:13  No.1282907      
1566644653085
「彼の説明によれば<ス号>とは水中音響探知器(ソナー)で、発振する超音波を用心して敵潜も近づかないとのこと」

…なんて聞かされたそうなんですが、実際「ス号」の威力宜しくを得たものか、輸送船は何事もなく壱岐に入港し、無事上陸できたそうです


また朝鮮海峡上空を警戒した「カ号」部隊の船団護衛活動は、第14船舶団からも高く評価されており、1945年6月17日に同船舶団長の名で感謝状も出されているんですとか

いささか遅きに失したとはいえ、十分運用に慣熟し、また専門家自らのバックアップを受けられたなら、「カ号」も「ス号」も、スッゴイ効果を発揮できた場合も或いはあったのかもしれないですなあ

  引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1281663.htm
   

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