無題 Name 名無し 19/07/19(金)21:18:32  No.1279983

1563538712814
軍刀とはなんだったのだろうか?

カッコよくて中二心をくすぐるアイテムだったけど
実際は邪魔者扱いされてたとか無かったとか・・・

無題
Name 名無し 19/07/19(金)22:24:55  No.1279987     
ジャングルでは、大型のブッシュナイフ用途で案外と活用されたという話も、
あと、斃れた軍馬や、撃った野ブタ水牛などを介錯して解体したりするのも、戦記で時々見かける。

無題
Name 名無し 19/07/20(土)00:06:24  No.1279992      
明治の頃は西洋風のサーベルだったのにね
いつくらいから日本刀になったんだろう

無題
Name 名無し 19/07/21(日)22:57:08  No.1280129      
>いつくらいから日本刀になったんだろう
またまた海軍の話で申し訳ないのですが
第一次上海事変あたりから日本刀式刀身に置き換わっていったそうです

無題
Name 名無し 19/07/20(土)01:18:35  No.1279996      
小隊長(陸自)「どうせ俺小銃なんて撃たないし重くて邪魔だから軍刀復活しないかな」

無題
Name 名無し 19/07/20(土)08:35:17  No.1280014      
>>小隊長(陸自)「どうせ俺小銃なんて撃たないし重くて邪魔だから軍刀復活しないかな」
敵スナイパー「将校がいるぞ、撃っちゃお」

無題
Name 名無し 19/07/20(土)10:23:04  No.1280020
>>小隊長(陸自)「どうせ俺小銃なんて撃たないし重くて邪魔だから軍刀復活しないかな」
>敵スナイパー「将校がいるぞ、撃っちゃお」
小隊の誰かがくじ引きで太刀持ちに……

無題
Name 名無し 19/07/20(土)02:08:56  No.1279997     
しばしば自活の作業に使ってるのは銃剣でないか?
軍刀は撤退行では重いわ錆びるわで面倒だけど将校のシムボルだったり先祖伝来の名刀貰い受けてたりで
なかなか手放せない姿がチラホラ

無題
Name 名無し 19/07/20(土)03:43:25  No.1280001
http://cgi.2chan.net/f/src/1563561805377.jpg
海軍さんの殆どの士官にとっては、無用の長物であるはずの軍刀ですが、いらないとかいう評判は聞きません
今も昔も日本人のみならず外国人ですらワクテカな日本刀は、中二病に罹患した心をくすぐる魅力があったのかもしれませんね
(だったら拳銃や機関短銃装備した方が良いのではという無粋な意見は聞かないふり)

無題
Name 名無し 19/07/20(土)06:51:06  No.1280007      
もし仮に現代で軍刀を実戦運用するとして、どんなふうに携行するのか、ビジュアルが想像できない

旧軍の軍装や自衛隊の儀仗服なら想像できるけど、
マルチカムの迷彩服にPALSテープいっぱいのプレキャリを着て、暗視装置やらカメラやらでゴテゴテの多機能ヘルメットを被り、オモチャみたいに色んなカスタムパーツを盛り付けた銃を携える
そんないかにもタクティコーな現代の兵士に、伝統的な軍刀を持たせるとしたら、どんなビジュアルになるだろう?

無題
Name 名無し 19/07/20(土)07:28:11  No.1280008      
もし軍刀様のものが必要になればパラコードか付属の紐で括りつけるかホームセンターでちょうど良いベルクロを探して無理矢理括りつけると思うけど軍刀提げるくらいだったら予備マグを増やすかせいぜい小太刀かマチェット、あるいは斧だろうな。

無題
Name 名無し 19/07/20(土)07:52:48  No.1280010     
昔のラノベEGコンバット(もうぞくへんでないよ)で実戦仕様の軍刀持ってきちゃったとかのシーンが有って
もう詳細忘れたけど柄はパックマイヤーとかだったような……
現代に軍刀が蘇っても拵えからして全くの別物になりそう

無題
Name 名無し 19/07/20(土)08:01:07  No.1280011
昔、沖一先生が
日本刀振り回すジオン軍日系士官描いてた

無題
Name 名無し 19/07/20(土)08:57:40  No.1280015      
映画の中でも実際に軍刀で敵兵を切るシーンは無く
二〇三高地で、軍刀を抜き放って「突撃ー!」と敵を指し示すシーンくらいしか
見た覚えが無いな

無題
Name 名無し 19/07/20(土)09:35:39  No.1280016      
あんましないね
機関銃の登場で一気に価値が下がった

無題
Name 名無し 19/07/20(土)11:48:35  No.1280024
http://cgi.2chan.net/f/src/1563590915326.jpg
刀は武士の魂
アイデンティティとして必要だが

西郷どんが突然とち狂ったり
なんだか強い相手ばかりに挑んだり
弾が無いのにまだ戦える幻想を持ったりする
諸刃の剣

無題
Name 名無し 19/07/20(土)13:11:05  No.1280026      
よくわからんけど、機関銃は大型で重いから士官がつかわないだろうし、士官といえば長距離で撃ち合うライフル銃ではなくピストルだよね?
ってことは武器として考えるとピストル同等かそれを補完するようなものになるんじゃない?
具体的に言うと白兵戦のような至近距離だから自衛用武器ではなく部隊の軍旗的な意味合いとすれば刃を抜いて突撃などの指揮や指揮官のシンボル的意味合いとか

無題
Name 名無し 19/07/20(土)14:28:14  No.1280030     
米海兵隊の曲刀とかルーツや突撃精神の誇示アイテムとしてよっぽど歴史が深かったり

無題
Name 名無し 19/07/20(土)15:04:12  No.1280031      
陸軍の挺進連隊で、降下技術が未熟で小銃の携行が困難視されてた初期の頃も、武士の魂だからと長い軍刀を持って降下した猛者が居たようだ。
戦争中盤から両足にぶら下げる銃袋が配備されて、小銃や軽機、機関短銃も身に着けて降下できるようになったが。

無題
Name 名無し 19/07/20(土)17:58:25  No.1280038      
騎兵刀は別として、歩兵の軍刀が最後に組織的に実戦使用されたのって
西南戦争の抜刀隊かな?
警視庁は日清戦争にも抜刀隊派遣するって言って陸軍に却下されたらしいけど。

無題
Name 名無し 19/07/20(土)19:02:29  No.1280045      
サーベルとバグパイプを装備したさる紳士がWW2で無双したと…

無題
Name 名無し 19/07/20(土)19:07:09  No.1280046
http://cgi.2chan.net/f/src/1563617229027.jpg
現在使ってるのは人民解放軍かな

無題
Name 名無し 19/07/21(日)20:21:48  No.1280125
http://cgi.2chan.net/f/src/1563708108700.jpg
>現在使ってるのは人民解放軍かな

サーベルは鞍に取り付けてあるみたいだね
中国の騎兵隊は道がない原野を補給無しに何日もパトロールして密輸団や麻薬犯のアジトを急襲するのが仕事みたいだから補給考えなくてもいいサーベルは最後の手段として長く残るんじゃないの?

無題
Name 名無し 19/07/20(土)19:11:05  No.1280047
http://cgi.2chan.net/f/src/1563617465761.jpg
黄南軍分区騎兵中隊

無題
Name 名無し 19/07/20(土)23:15:20  No.1280055
http://cgi.2chan.net/f/src/1563632120736.jpg
>現在使ってるのは人民解放軍かな

軍が急速に近代化してるからいずれ消えてしまう伝統かもしれないね

無題
Name 名無し 19/07/20(土)23:45:39  No.1280057
1563633939783
太平洋戦争中、陸戦で夜襲をかける際
指揮官の抜いた軍刀が暗い中で光を反射し
その方向へ一斉射撃されて文字通り玉砕

ほぼ全滅なので他の残存部隊に
「この方法やばくね?」と伝わる事も無く・・・

無題
Name 名無し 19/07/20(土)23:58:19  No.1280058      
いや、下士官・兵卒はやばくね?と、
わかってたかも知れないのだけど
もはやそれをどうこう言う状況でも無く
諦観していたとも考えられたり。

無題
Name 名無し 19/07/21(日)01:30:17  No.1280065      
白タスキみたいな話ですね

無題
Name 名無し 19/07/21(日)07:51:18  No.1280073      
>太平洋戦争中、陸戦で夜襲をかける際
>指揮官の抜いた軍刀が暗い中で光を反射し
>その方向へ一斉射撃されて文字通り玉砕
>白タスキみたいな話ですね
敵からは見えてはいけないが同士討ち防止で味方には目立たないといけないという
すごい矛盾した命題があるからね夜襲には
反射しないよう刃物には墨をひいておくという戦訓があった筈だけど
やっぱり時間がたつと廃れるのかね

無題
Name 名無し 19/07/21(日)00:12:13  No.1280059
1563635533391
騎兵隊は・・・・ちょっと刀使いづらそうね

無題
Name 名無し 19/07/21(日)02:24:38  No.1280067      
上海特別陸戦隊の報告書を読む機会があったのですが
中々興味深いものでした
まず、ちゃんと鍛錬された古刀は、それなりに有益だったそうです
内容は生々しいので割愛しますが、刃こぼれもせずに接近戦ではピストルと共に有益だったとされています
ちなみに「刀」より刃長60㎝以下の大脇差とか脇差の方が接近戦において有利と書かれていました

無題
Name 名無し 19/07/21(日)02:36:07  No.1280068      
この報告書は軍刀の有益性に関して懐疑的だった小生にとって、まさに目からフィッシュスキンでした
単なる飾りや中二病ではなく、きちんとした理由と戦訓があったという証左でしょう
ちなみに第一次上海事変では、軍刀の完全装備が間に合わず、日本刀拵(たぶん江戸期以前の拵のままのことか?)はましな方で、白鞘で出撃した士官も大多数いたことも記載されています

無題
Name 名無し 19/07/21(日)07:45:33  No.1280072      
積まない士官も多かったと聞くけど
航空機内にも持ち込むのはちょっとどうかしてる
…なおのちに空自でもスクランブルに上がる隊員は
ブローニング持ち込むことがあった模様(ハチロクの時代まで)

無題
Name 名無し 19/07/21(日)08:16:42  No.1280074      
第一次世界大戦まではメインウェポンの一つだったんだけどねえ
騎兵なら全員もってたし

無題
Name 名無し 19/07/21(日)08:20:35  No.1280075
守城の人―明治人 柴五郎大将の生涯
ちなみに歴史上で有名なのは
1900(明治33)年の義和団事件
各国の外交官などが北京に籠城していたとき、会津出身の柴五郎中佐が指揮する日本兵の勇敢さと規律のよさが世界中に報道された
特に軍刀、銃剣を使った白兵戦で日本兵は傑出した強さを見せつけたとか

無題
Name 名無し 19/07/21(日)08:21:49  No.1280076      
黄砂の籠城(上) (講談社文庫)
義和団事件最大の危機であるイギリス公使館地区に数百の清国兵突入時の迎撃戦は未だ語り草
危機的な状態になったので速やかに救援部隊を差し向けて欲しいとイギリス兵の伝令が柴中佐に届いた
イギリス公使館地区には、各国の婦女子や負傷者が収容されていました、戦闘力皆無
柴中佐は安藤大尉を指揮官とする8名の救援隊を編成し、直ちに向かわせた

無題
Name 名無し 19/07/21(日)08:22:23  No.1280077      
黄砂の籠城(下) (講談社文庫)
安藤大尉の救援隊は、到着するとすぐ清国兵に一斉射撃を浴びせ
次いで白兵戦で斬りかかり激しい戦闘に
300人を超える清国兵と8人の日本兵の戦いは壮絶、だがついに勝利
清国兵を掃討し血まみれでたたずむ安藤大尉の救援隊に歓声をあげて抱きつく各国の婦女子や負傷者たち
その戦いは後ろで見守る各国の婦女子や負傷者の眼前で行われたため、後に世界各国で語られることになる

無題
Name 名無し 19/07/21(日)15:23:16  No.1280098     
駐屯地観閲式で中隊長やら幹部全員
拳銃ホルスター太ももに巻いてたけど
アレ敵から見たら楽な識別法にされるんじゃね?と気になった

無題
Name 名無し 19/07/21(日)16:58:43  No.1280105      
http://cgi.2chan.net/f/src/1563695923288.jpg
>駐屯地観閲式で中隊長やら幹部全員

>拳銃ホルスター太ももに巻いてたけど
>アレ敵から見たら楽な識別法にされるんじゃね?と気になった
前線では草木とかでカモフラージュするだろうし
後方だと武装はある程度外すだろうけど
言われてしまえばそうである

無題
Name 名無し 19/07/21(日)18:26:33  No.1280114      
1563701193487
IJNの落下傘部隊だった方の手記に、1942年2月20日にチモール島へ降下した際、敵守備部隊(豪州軍)と白兵戦を交えた時の話が有るんですが、塹壕に籠る敵兵を手榴弾の一斉投擲で牽制した後、突撃に移った後の戦闘の様子は

「味方手榴弾の炸裂で一瞬、目がくらんだようだ。敵も塹壕に頭を引っ込めた。
──この辺だ…。振り上げた私の日本刀の下に、敵の鉄カブトが見える。敵弾がこちらに向きを変えた(略)私のすぐ後ろの、宮近兵曹長と入田一水の胸の真ん中に敵弾が命中し、二人は一瞬にのけ反った。
『この野郎』
一小隊が、間髪を入れず銃剣を振って一斉に飛び込んできた」

「私の、敵の首への第一撃は失敗した。敵の鉄カブトの縁の幅が広すぎて、敵兵の体がその下にすっぽりと隠れている」

無題
Name 名無し 19/07/21(日)18:27:54  No.1280115      
1563701274316
「敵兵が小銃を構えようとしたとたん、鉄カブトからその首がチラッと見えた機を逃がさず、サッと一閃、二の太刀が命中し、敵はガクリと豪内に崩れた。(私は、この体験以後、第一撃は突きおとし、返す刀で首を切ることに腹を決めていた)
一小隊の安部兵曹が銃剣をふるって飛び込んできた(略)味方の肉弾攻撃に、敵はすっかり周章狼狽し、陣地を捨てて逃げだした」

…というものだったそうです
落下傘降下の空挺部隊と日本刀、という最新&最古の組合わせが威力を発揮した話というわけみたいなんですが、その後ジャングルの中を行軍する際にも

「右手に日本刀、引金に指をかけて左手に拳銃を握りしめ」

…て行ったとの事

…やはり後の装備は、唇に火の酒、背中に人生…なんでしょうk(

無題
Name 名無し 19/07/21(日)18:35:47  No.1280117      
レイテの薫空挺隊やミンドロ島の川島遊撃隊などに配属された高砂義勇隊は、メイン武器の一つが蕃刀だったね。
生還者の多いミンドロ島では、敵野営地や飛行場の斬り込みで蕃刀を振るって白兵戦を乗り切ってた述懐が幾つも見られる。
蕃刀は諸刃で突きでも使えて、ジャングルの伐開や狩りにも使えたみたいだ。

無題
Name 名無し 19/07/21(日)18:56:54  No.1280119     
あっ、川島遊撃隊はモロタイ島だった。訂正いたします。
パレンバンの挺進第二連隊や、レイテの高千穂降下部隊でも斬り込みで軍刀振り回してる述懐があるから、確かに不思議な感覚。
高千穂部隊はバレンシアやオルモック、リモン峠の攻防では機関短銃を積極使用していて、夜間斬り込みでも便利だったようだが、ゲリラとの咄嗟遭遇戦で白刃を振るったら、ゲリラの自動小銃に撃たれて死んだ隊員の話もあり、軍刀なんて持たせなきゃ良いのにとも思った。

無題
Name 名無し 19/07/21(日)22:14:38  No.1280128     
>パレンバンの挺進第二連隊
「私の軍刀は、むりをして箱につめていたので、先が少し曲がつている。それを抜きはなつてサヤを捨て、先頭に立つた。軍刀で密林を切りひらきながら進むと、敵の高射砲陣地があつて、いきなりダーン、ダーンと水兵射撃を浴びせてきた(挺進第2連隊の大城隆少尉)」とあるように、視界不良の湿地帯へ降下してしまったパレンバンでは軍刀が伐開にも役立ったようです。
唐瀬原降下場の訓練では手に掴んだまま降下しており、軍刀へのこだわりは強かったんですね。

無題
Name 名無し 19/07/21(日)21:54:17  No.1280127     
これはワタクシの所感ですが
日本陸海軍において軍刀が急に復活した理由
その①接近戦では銃剣より有利
 刺突のみの銃剣(特に着剣時)より軍刀は斬撃と刺突が可能です
 故に攻撃機会は銃剣より多く、有利と言えるのではないでしょうか?
特にリーチの差は銃剣と軍刀とでは明白です
その②弾切れがない
 乱戦に陥り気味な接近戦時では有利かも?
その③戦争の近代化
 銃火器の発達や戦術の近代化により甲冑類は捨てられました
 それが故に殆どの兵士は生身となりました
 逆説的な考え方ですが、戦争の近代化が過去の遺物であった軍刀(刀)に復権を許したと考えられないでしょうか?

無題
Name 名無し 19/07/21(日)23:01:44  No.1280130     
軍刀と軍装品に係わる話ですが
日華事変の激化により、将校の大量動員が始まるのですが
それに伴い将校用軍装品も大変な事になります
まず拳銃が市井から払底
苦肉の策として日露やウラジオストク事件の時に捕獲したモノや幕末時の回転式拳銃まで流通します
そして軍刀
これも大変な状況だったそうです
最後に双眼鏡
これは二流品まで法外な値をつけられて売りに出されます

ちなみにこれは昭和12年の話です・・・

無題
Name 名無し 19/07/21(日)23:05:20  No.1280131     
こういった状況で不逞の輩が現れます
情報に疎い将校をつかまえて法外な値段を吹っ掛けて二流品を売り付けるのは、まだ良心的
凄いのは偕行社で販売されている軍装品を、こっそり侵入して買い付け、情報に疎い将校に倍の値段で売り付ける事例が続発してそうです

なんというか商魂たくましいというか・・・

無題
Name 名無し 19/07/21(日)23:16:53  No.1280134      
昭和に起きた軍装業界のビッグウェーブに、更に便乗するものまで現れます
軍装品入手に苦労する将校さんの為に、業者一覧表とカタログが発売されました
その中には当然軍服や軍装品の販売業者がずらっと記載されているのですが
「家政婦派遣します」という売込みも
更にすごいのが
「土木作業は当社にお任せ!!ちなみに当方在郷軍人です!!!」
といった広告まで
どうやら当時の人の方が笑いのセンスはあるようです

無題
Name 名無し 19/07/22(月)16:02:11  No.1280169     
仲間内で広告張るのはよくある事じゃないのか?
今でもイベントのカタログとか、最後の方にスポンサーとして
会社が名前連ねてるぞ。
同好の士なので贔屓にしやすい。

無題
Name 名無し 19/07/24(水)16:42:10  No.1280371
1563954130925
IJAの陸士歩兵科を出て、戦車学校教官や参謀職、軍務局軍事課員等を歴任された加登川幸太郎さんという方の書かれた「三八式歩兵銃」と題する日本陸軍史本が有るんですが、その中では「軍刀」について

「ここで、極めて日本的な兵器の製作について触れておこう。それは『軍刀』である」

「陸軍の兵士の主兵器の三八式歩兵銃や三〇年式銃剣は、もとより日露戦争型の兵器であった。
騎兵は軍刀と四四式騎銃が主兵器、そのほか各兵とも曹長や本部付きの下士官などは、軍刀を帯びていた」

「騎兵用のは『三十二年式軍刀』(甲)といい、その他のは(乙)と呼んだ。甲の方が少し長い」

無題
Name 名無し 19/07/24(水)16:42:44  No.1280372
1563954164218
「満州事変後に兵器の刷新をはかることになって、まず着手したのが、軽機関銃でも小銃でもなくて、軍刀であったことが、何とも象徴的なことに思われる」

「昭和7年2月27日、『九一式乗馬刀、九一式徒歩刀』というものの仮制式制定が上申され、同年4月、公布されている。現制の三十二年式軍刀(甲)(乙)にかわるものであった」

「その後、陸軍部内には、日本精神作興の声がおこり、将校の軍刀(これは当時官給ではなかったが、様式は護拳のついたサーベル式のものに定められていた)も、日本刀様式の鍔を持ったものに改められた。そうなると、九一式軍刀も当然、改めねばならない」

無題
Name 名無し 19/07/24(水)16:44:13  No.1280373
1563954253393
「昭和14年4月20日、『九五式軍刀』の仮制式制定が上申され、同年9月に公布されている。九一式軍刀がそんなにたくさん作られているわけはないから、結局これが現用の三十二年式にかわるものであったのだろうが、どれくらい更新されたかは、詳らかにしない」

…なんて紹介されておりましたり

要は明治以来のIJA制式「軍刀」は昭和に入って2度更新されており、1回目は満州事変の戦訓を受けて?折からの兵器刷新の先頭を切ってのもので、2回目は「日本精神作興」のフインキの中でのより古来の日本刀様式に戻すための変更であった、ということみたいなんですが、明治の制定以来大正から昭和にかけて特に問題視されずそのまま使用されてきた軍刀の仕様が、昭和に入って急にアップデート頻度が上がった…というのは、ある意味ではそれだけ使用の機会が増えた事の裏返しだったりするんでしょかね…?

無題
Name 名無し 19/07/24(水)18:33:51  No.1280384
昭和7年と言うと軍服を切り替えた年だな。
別に軍刀重視じゃなくて一緒にだったのでは?

無題
Name 名無し 19/07/24(水)20:29:06  No.1280395      
大量生産の軍刀も刀匠が一つ一つ打ち作ってたんだろうか

無題
Name 名無し 19/07/25(木)08:06:55  No.1280427      
>大量生産の軍刀も刀匠が一つ一つ打ち作ってたんだろうか
町工場、板バネ、グラインダー

無題
Name 名無し 19/07/25(木)16:38:58  No.1280455
http://cgi.2chan.net/f/src/1564040338123.jpg
>大量生産の軍刀も刀匠が一つ一つ打ち作ってたんだろうか

>町工場、板バネ、グラインダー
『気分は、もう戦争』のって、リアルなんだな。

現在ので白兵戦用の刃物と言うと、ククリでしょう。
英軍グルカ兵とかネパールで現役

無題
Name 名無し 19/07/28(日)00:47:37  No.1280676      
>大量生産の軍刀も刀匠が一つ一つ打ち作ってたんだろうか
刃物で有名な岐阜の関は「美濃刀匠擁護会」と「日本刀鍛錬塾」を立ち上げ、刀匠たちによる本格的な軍刀製作を始めます
他にも電気鍛錬鋼「群水鋼」と「日下純鉄」を使った群水刀や興亜一心刀が作られます
これらは電気鍛錬により、折り返し鍛錬や心鉄の作りこみをせずとも従来の日本刀と同等かそれ以上の切れ味と頑丈さを発揮しました

有名なステンレス刀は鎌倉天照山鍛錬場や豊川海軍工廠で制作されました
色々と風評被害の多いステンレス刀ですが、意外に切れ味かよく、手入れの心配が全く必要ないので、かなり評判は良かったようです

無題
Name 名無し 19/07/28(日)01:00:26  No.1280678      
これまた話に尾ひれがついてるスプリング刀ですが
成瀬関次 著「戦ふ日本刀」の中で
軍刀修理班の加古伍長という方が修理班用の自前の武器
つまり賄い飯の感覚で古い車のリーフサスペンションを整形して刀に仕立てたものだとされています
ちなみに加古伍長の超絶テクニックにより、かなり切れ味が良く丈夫で、兵器としては満点だったそうです

無題
Name 名無し 19/07/28(日)01:08:07  No.1280679
純然たる古式鍛錬が施された関の軍刀はもちろんのこと、折り返し鍛錬や心鉄の作りこみが無いと言う理由で群水刀や興亜一心刀を邪道と切って捨て、なまくら刀と決めつける風評は残念ながら現代ではよく聞かれます
また美術刀剣界では「日本刀は美術品。軍刀は人殺しの武器で邪道」というSUN値を本気で削りにかかような謎理屈がまかり通っています

無題
Name 名無し 19/07/28(日)01:19:41  No.1280680      
ちなみに陸軍の報告書では、先祖伝来の古刀は何度も研磨されることにより、銘が打たれた物でも、なまくら化しているものも多かったそうです
一方、群水刀や興亜一心刀、ステンレス刀こと不銹鋼刀/耐錆鋼刀などの工業刀は、最新の技術と戦訓により作られているので実用向きとの事です
軍刀とは中々面白い物で、日本刀に対する幻想や現実が判るとともに、それに向き合う人間の姿ですら解らせてくれます

無題
Name 名無し 19/07/28(日)02:48:55  No.1280686      
日本人はもちろんガイジンサンも大好きな日本刀ですが、色々と思い出補正が掛かって中二病的なパワーを有するアイテムに昇華しました
ですが日本刀の本質は武人にとっての武具、つまり道具ではないでしょうか
道具というのは、使い手のニーズや実情に合わせて進化するものです
ニーズや実情に合わせて進化した軍刀を、日本刀ではないと断ずるか否かは個々人の価値観にお任せするとして、戦場という究極の現実主義が支配する空間で、思い出補正や中二病心を捨てて、現実主義に全振りして発達した軍刀に対して、日本人の可能性を見出したのはワタクシだけではないと信じている今日この頃でございます

無題
Name 名無し 19/07/24(水)21:26:36  No.1280396      
米軍は万歳突撃の時真っ先に日本刀持った将校を撃てと指示してたな

無題
Name 名無し 19/07/25(木)18:04:45  No.1280463
1564045485424
加登川氏の手記には「満州事変」当時の回想として、

「混成第14旅団は第7師団から編成派遣された部隊であったので、筆者の属した歩兵第25連隊からも1個大隊が出動していた。筆者はこのころ札幌でこの旅団や大体の健闘に想いをはせ、従軍できぬことを残念に思っていた」

「中国軍の反撃は、混成第14旅団の正面で激烈をきわめた。喜峰口方面は特に苦戦で、歩兵第25連隊の将兵もおおくたおれた」

…なんて記述があるんですが、「喜峰口」というのは所謂万里の長城を巡る要地の一つで、実際氏の言うように事変終盤における激戦地であったそうです

そして当時の日本側の対手である中国側には、この喜峰口を巡る戦いで「大刀隊」なる精鋭部隊が活躍した、という伝承が残されているんだそうで

無題
Name 名無し 19/07/25(木)18:05:14  No.1280464
1564045514987
「大刀隊」は元々1920年代ごろ、中国国内の軍閥間闘争の最中に誕生した部隊で、文字通り大刀(青龍刀)や苗刀(日本刀ルーツの細刀)をメインウェポンに、モーゼル拳銃や手榴弾で武装して肉薄戦闘を挑む精鋭歩兵で、国民党軍第29軍軍長・宗哲元=サンの発案とされているそうなんですが(諸説あり)高名な武術家を招いて訓練を行うなど大いにクンフーを積んだ結果、軍閥闘争で目覚ましい功績を上げたのみならず、満州事変においては華北に進出してきた関東軍相手に「喜峰口」で奮戦、

「宿営中の日本軍騎兵隊を夜襲、大戦果を挙げた」
「日本兵800人を斃し砲18門を捕獲した」

…という大戦果を挙げ(たという事になって)いるんですとか

無題
Name 名無し 19/07/25(木)18:07:37  No.1280465
1564045657554
「大戦果」の真偽は取りあえず置くとしても(棒
ともあれ戦争というものは何事も相手次第というか、相手の出方次第でコチラの打つ手が決まるわけですから、少なくとも至近に起った実戦において、相手側が刀剣による白兵戦闘を意識した部隊を編制・投入していて、それと刃を交えている、という状況下で考えるなら、満州事変後に白兵戦用の兵器である軍刀の更新に着手した、というのも、案外実際の現場のニーズに沿う形での動きだったりするのかもですな

また、喜峰口の戦闘に限らず、事変全体で中国側の「大刀」と交戦した種々の戦訓が、片手剣術&洋式軍刀法から、古来の日本刀型式への使用・用法の復活という変更に影響したのだとしたら、それはそれで興味深い話な気がしますけれども…実際どうだったんでしょうかねえ…?

無題
Name 名無し 19/07/26(金)08:57:47  No.1280537      
上海事変の話とかも出てるけど、市街地や塹壕戦での近接戦闘なら結構軍刀は使いでがあったんじゃないかねえ

日中だとお互い小銃もボルトアクションだし…

無題
Name 名無し 19/07/26(金)16:21:51  No.1280564      
刀対銃みたいな話聞くとどうしても映画インディジョーンズの主人公とモブ敵の刀使いの戦いのシーン思い出しちゃう

まあ、アレはハリソン・フォードが腰痛だかで殺陣が付けられなかったから苦肉の策であんなギャグシーンになったっていうけれど

無題
Name 名無し 19/07/26(金)19:53:26  No.1280573
1564138406725
児島襄センセイの「日中戦争」に、喜峰口での対「大刀隊」戦闘の記述があるんですが

「混成第14旅団(略)は(略)喜峰口の攻略をめざしていた。攻撃主力は、松野尾勝明少佐が指揮する第27連隊第1大隊を基幹とする970人である」

「喜峰口は、萬福麟の小部隊が守備していて、この日、(※1933年)3月9日、第3軍団第29軍(宋哲元)を構成する第37師(略)第38師の主力が、増援のために急行中であった。この部隊の到着を得て、喜峰口は(略)激戦場になる」

「3月12日(略)第29軍の主力は(略)抽出した兵力約千人で日本軍の後方を攻撃することにした」

「第27連隊第1大隊も、中国軍の大部隊が(略)集結している様子は、承知していた。この夜、松野尾少佐は、喜峰口の(略)防備を強化するとともに、配備されている野砲兵第7連隊第2大隊(高森孝平少佐)の主力を喜峰口の北約3キロの白台子部落に位置させた」

無題
Name 名無し 19/07/26(金)19:54:31  No.1280574      
1564138471665
「また、敵が喜峰口、白台子間の遮断をねらう危険も顧慮して(略)配兵した(略)中平峰吉大尉指揮の山砲兵中隊(略)塩見貢中尉の乗馬討伐隊である」

「午前2時15分(略)乗馬討伐隊の駐止斥候は、月光をあびて接近する敵部隊を発見した(略)中国軍部隊は(略)一旦停止したのち(略)包囲態勢をとった」

「その動きはよくわかったが、塩見中尉は、味方兵力が少ないので迎撃で撃退することにして、敵の攻撃をまった。だが、なかなか攻めてこない」

「たまりかねて斥候を派出すると、やがて帰ってきて報告した。
『敵は青龍刀をふりまわして踊っております』
『踊り……?』
塩見中尉は首をひねった。わからない」

無題
Name 名無し 19/07/26(金)19:55:42  No.1280576      
1564138542178
「実際には、青龍刀で斬り込みをする大刀隊が、突撃にそなえて準備をしていたものらしい」

「午前2時40分ごろ。ラッパの吹奏とともに、中国軍部隊の攻撃が開始され、塩見隊は銃撃、手榴弾の投擲で応戦し、ときに青龍刀をふりかざしてまぎれこむ敵を刺殺した」

…との事

ソード・ダンス?ソード・ダンス・ナンデ?…という塩見中尉さんの困惑はともかくw

それこそ三国時代の軍記ものよろしく、白刃を月光に閃かせて夜襲をかけてくる相手に白兵戦に巻き込まれるような戦場でなら、「軍刀」もあながち時代遅れの兵器でもなかった、という事だったのかもですなあ

無題
Name 名無し 19/07/27(土)02:57:41  No.1280616     
深夜に青龍刀振りかざした集団が押し寄せてくるとか、想像すると結構怖いな…

無題
Name 名無し 19/07/27(土)15:29:24  No.1280646     
まあある意味、日本刀対青龍刀は秀吉の朝鮮出兵以来の因縁だったりするのかもな

そちらも結局、実際は火縄銃の方が威力を発揮した、なんて何かで読んだ気がするけど

無題
Name 名無し 19/07/28(日)05:16:28  No.1280688      
1564258588341
引続き児島センセイの引用を続けさせて頂くと

「中平隊も、乗馬討伐隊方面の敵襲を知って緊張していた。なにぶんにも、砲兵は歩兵の直接攻撃には弱い」

「中平隊約60人にたいして、銃器は軽機関銃2挺、小銃12挺にすぎず、保有する山砲3門にしても、携行弾薬はわずか60発にすぎない」

「すると、まだ満月に近い大きさをたもつ月が山端に消える午前4時ごろ、突然、中平隊の後方に銃声がわき起り、手榴弾が飛来した。いつの間にか、敵は背後に迂回していたのである。ついで、糧食など補給物資をおさめた民家に放火され、どっと火焔が吹きあがった」

無題
Name 名無し 19/07/28(日)05:17:36  No.1280689      
1564258656973
「『砲車転換ッ』
中平大尉は軍刀をぬいて号令し、3門の山砲は反転して砲撃した。中国兵はもう砲兵陣地の約4、50メートルに突進してきていた」

「砲弾は、その突撃隊形を直撃し、轟音と火煙の中に粉砕された肢体が四散し、爆風は吹きとんだ血しぶきと肉片を山砲陣地にまではこんできた。中国側は、山砲の砲撃がつづいている間は接近しなかったが、やがて中平隊は50発をうつと、砲撃をひかえた」

「威嚇射撃で消費した2発を加えると、60発の保有弾薬のほとんどをうちつくし、もはや、よほどに確実な効果が得られる場合以外に砲撃の余裕はなくなったからである」

無題
Name 名無し 19/07/28(日)05:20:00  No.1280690      
1564258800724
「中国側は、それと知り、手榴弾を投げながら突進してきた。」

「砲兵は軍刀、銃剣で応戦したが、砲列にいた28人は、11人が戦死し、残り17人も全員が負傷した」

…そうです

主兵器の山砲弾薬に余裕なく、自衛用の小火器の配備数も乏しい中で、夜間浸透してきた中国兵相手に近接戦闘を余儀なくされた砲兵さんたちにとって、軍刀や銃剣は自身と砲を守る為の最後の拠り所であったみたいなんですが、せめてこちらは十分な数が配備されていたのか、ちょっと気になる所ではありますですねえ…

無題
Name 名無し 19/07/28(日)14:49:43  No.1280724     
>まあある意味、日本刀対青龍刀は秀吉の朝鮮出兵以来の因縁だったりするのかもな
>そちらも結局、実際は火縄銃の方が威力を発揮した、なんて何かで読んだ気がするけど
勿論日本国内の戦闘における刀のウエイトが鉄砲の登場により下がっていったように
世界有数の火力国家になってた日本が朝鮮出兵で鉄砲を使って破竹の進撃をしているけど
ひとたび補給線が延びきってくると弾薬の不足から日本刀対青龍刀という事態になる
No.1280688からのレスもだけど時と場所を変えても同じ状況に陥ってるわけで
兵站こそが日本の外征のアキレス腱でありジレンマって事になる

無題
Name 名無し 19/07/28(日)16:20:14  No.1280732    
軍刀なら弾切れはないもんな

現地生産も銃よりはハードル低そう

無題
Name 名無し 19/07/28(日)18:35:36  No.1280742      
1564306536124
この晩の「大刀隊」を含む中国軍の夜襲は、結局夜明けを迎えて勢いを失った中国側が撤退して終るんですが、当時は日本軍に対する貴重な勝利の戦いとみなされ、第29軍指揮官宋哲元=サンには蒋介石=サンより祝電が送られたそうです

もっとも、松野尾部隊970人が受けた損害の実数は、戦死31人・負傷83人の計114人、中国側に鹵獲若しくは破壊された砲は実際には1門も無し

対する中国軍側の損害実数は児島センセイの本には「数百名」程度とあるんですが、「大刀隊」に関する伝承の中に、1933年の戦いで「攻撃に参加した500名の内、生還者はわずか23名」なんてものもあるそうで、実態としては一部がIJA陣内への突入に成功したものの、結局は防御側の火線に捕捉されて大損害を出し、中国側が撃退された戦闘であったということみたいですなあ

無題
Name 名無し 19/07/28(日)18:36:48  No.1280744      
http://cgi.2chan.net/f/src/1564306608294.jpg
もっとも、背中にデッカイ大刀を背負って進撃し、時にモーゼル拳銃との「2刀流」を振り回して戦う「大刀隊」のヴィジュアルイメージはやはり向こうの方々にはウケがよろしいらしく、抗日戦時代を題材にしたドラマ等で度々登場していたりするそうです

検索すると中文サイトも随分ひっかかるんですが、一方でググル先生のホンヤク機能便りですが

「超人部隊的イメージだけが先行している」
「十分な火器弾薬を支給出来なかった結果の苦肉の策」
「部隊員も、ホントはカタナより機関銃や砲が欲しかった」
「装備に勝る日本軍相手に実際は戦果も余り上げられていない」

…と、案外身も蓋もないというか、率直な意見もチラホラと見受けられましたり

無題
Name 名無し 19/07/28(日)18:39:34  No.1280746     
http://cgi.2chan.net/f/src/1564306774868.jpg
実際、昼間に砲兵・航空機の支援を受けて、重火器から歩兵用小火器にいたるまで優勢な日本軍相手にまともな会戦が不可能だった故の、夜間後方への浸透作戦であり、「大刀」を引っ提げての近接白兵戦…という選択であったんじゃないかとは思うんですが

それでも「支那兵はすぐ逃げる」が常識の大陸での戦闘で、攻撃側の中国側が、日本側の防御火網の前に屍を積み上げながらも突撃し続けたこういう戦闘は、確かに稀有の部類に入るんでしょうし、向こうの人からすればそうした士気の高さの象徴が「大刀」である、ってことなんでしょうかねえ…?

引用元: http://cgi.2chan.net/f/res/1279983.htm

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