空自の日本防空史71
コンピュータ時代の新爆撃法


文:nona


71
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/1980/w1980_03030.html
防衛白書に掲載された、爆装状態のF-1支援戦闘機。

 (防空の話ではありませんが)今回から3記事連続で、1980年代から1990年代にかけ空自が有していた、対地および対艦戦闘能力について解説いたします。

爆撃計算機能の復活

 かつて空自の戦闘機では、政治的な理由から、爆撃に関連するアビオニクス類が撤去されていました。

 この不足を補うため、現場部隊では空対空用の光学照準器を活用し、高精度の急降下爆撃、奇襲効果の高い跳飛爆撃、(命中は期待できないものの)水平爆撃の技を磨いたそうです。

 しかし、空自側の要望もあり、F-1戦闘機ではJ/ASQ-1兵装管制コンピュータに、爆撃計算機能が実装されました。

 当然、国会では野党から批判の声が上がりましたが、 防衛庁はF-1の戦闘行動半径が短いため(爆弾8個、増槽2個のHi-Lo-Lo-Hiミッションで300海里)、周辺国へ脅威を与える恐れはない、として採用を認めさせています。

 次に、F-15Jの導入に際し、その航続距離の長さからF-1と同じ論法は使用できなかったものの、防衛庁は、同機が要撃機能を主眼に置いた機体であり、爆撃機能は主として目視下での支援戦闘に限るため、特別な配慮は不要、としました。

 ただし、イスラエル空軍は1985年に制空型のF-15を用い、チュニジアのPLO本部を爆撃していますから、F-15Jも使い方次第では周辺国に十分な脅威を与える存在でした。

 最後に、F-4EJ改で爆撃計算機能を復活させた際、防衛庁は「最近における軍事技術の進歩等を考慮すれば、他国に侵略的、攻撃的脅威を与えるという誤解を生ずるおそれは、全くない」として、以降は爆撃計算機能の実装にあたり、特に理由を設けていません。


CCIPモード

 計算機能を用いる爆弾投下モードの代表として、CCIP(命中点連続計算)という機能があります。

 これは、機体のエアデータコンピュータと、慣性航法装置の情報をもとに、爆弾の落下地点を連続計算し、HUDに命中点を表示してくれる、というもの。

 CCIPの精度について、アメリカ空軍では高度3000フィートから2000フィートで爆弾を投下する場合、そのCEPは30フィート以内に収まる、としています。

 一方、元F-1飛行隊長である高部充博氏によると、空自で「命中」と呼ぶのは標的の半径5m以内に収めた場合だけ、とのこと。

 これを達成するため、空自では不断の研究と経験の積み重ねが重視されました。

 また、機体ごとに異なるわずかな照準の偏差すら精度に影響を与えるとして、パイロットは自分の専用機を選び、機体ごとの「クセ」を考慮して照準するのだそうです。


ポップアップ爆撃

 F-1以降の戦闘機では、CCIPを用いたポップアップ爆撃の訓練も実施されました。
 
 ポップアップ爆撃とは超低空で進入し、目標の手前で急上昇、降下爆撃を実施するもので、奇襲性と精度に優れた爆撃法です。

 1981年に、イスラエル空軍のF-16がイラクの原子力施設を爆撃した際にも用いられました。その時の動画は、こちらで公開されています。

 空自のポップアップ爆撃の手順としては、まず高度200フィート、4~500ノットで目標へ接近するところから開始されます。

 続いて、目標の手前2~3海里まで接近すると、今度は機体を4~5Gの加重で引き起こし、高度3000~6000フィートへ急上昇させます。

 そして、機体を反転・降下しながら目標を目視で捉え、降下角度15~45度を維持しCCIPモードで爆弾を投下。再び機首を引き起こして戦場を離脱します。

 ちなみに、戦闘機が超低空を高速で飛行する場合、機体は低空乱気流の影響を強く受けるため、F-15は毎分12~3回、F-4は15~16回ほど0.5Gの振動が生じ、乗り心地と操縦性が悪化します。

 一方、F-1は翼面荷重が高く空気抵抗が少ないため、振動の発生は毎分4~5回程度に抑制され、機体も比較的安定します。これはF-1の数少ない長所でした。


FACの支援をうけた対地・対艦攻撃

 空自の戦闘機部隊は、対地および対艦攻撃を支援する人員として、地上(又は艦艇)にFACを派遣します。

 FACとは前線航空管制官の略称(現在はJTACに改称)であり、地上から戦闘機のパイロットへ、現場の気象情報、攻撃目標の位置、攻撃タイミングなどを伝達します。

 時にはFACが陸自の部隊へ合流し、隠蔽された標的の攻撃を指示する、という実戦的な演習も行われました。

 基本的には、FACも戦闘機のパイロットであり、高部氏が飛行隊長を務めた第6飛行隊では、半数以上のパイロットがFACの資格を有していたものの、任務の特性から、経験豊富なベテランであることが望ましかったそうです。

 しかし、FACは陸では雨風の中泥まみれで部隊に随行しなくてはならず、艦艇に乗り込む場合も船酔いに悩まされたそうですから、進んで引き受ける人は少なかった、とのこと。


改造基板でF-1をアップグレード

 CCIPは爆弾の弾道を計算する目的で搭載された機能ですが、機関砲やロケットで対地射撃をする際の弾道計算も可能なようです。

 このため、F-1戦闘機では機関砲用のCCIP-GX、ロケット用のCCIP-RXモードが追加されていますが、それを可能にしたのは、なんと現場部隊で手作りされた改造基板でした。

 高部氏によると、当初はCCIP-GX/RXを正式な機能として要望していたものの、予算の折り合いがつかず改修が見送られており、そのような措置がとられたのだそうです。
 この改造基板はF-1の退役まで使用された、とのこと。


CCRPモード

 目視照準・降下爆撃用のCCIPモードとは別に、水平爆撃用やトス爆撃用としてCCRP(投下点連続計算)という爆撃モードも存在します。

 これは、HUDに表示される目標方位への進路を維持すると、コンピュータが適切なタイミングで爆弾を自動投下してくれる、という機能です。

 このとき、機体を引き起こし上昇させトス爆撃の姿勢をとった場合、爆弾の飛翔距離が延伸され、投下までの時間が短縮されます。

 CCRPを用いる場合、事前に目標までの距離を取り込む必要がありますが、これにHUDオフセットを用いる場合、まず、機体進路の直線上に目標を重ねHUDで照準し、その状態で取り込み操作を実施すれば、爆撃計算機が機体の高度とピッチ角から目標までのおおよその距離を算出してくれます。

 レーダーオフセットを用いる場合は、レーダーを対地マッピングモードなどにして、特定の反応を手動で選択することで、目標として取り込むことができます。

 レーダーオフセットはHUDオフセットと異なり、昼夜問わず使用が可能です。


CCRPの精度問題

 CCRPモードは投下時に機体の高度を維持できるため、対空機関砲や携帯式対空ミサイルの射程外から悠々と爆撃ができる利点があります。

 しかし、CCIPと比較するとCCRPの精度は悪く、動きのある目標にも使用できません。
 トス爆撃は極めつきに精度が悪く、かつては核爆撃専用の投下法だったことから、F-86FやF-104Jの時代には、ほどんど訓練されていませんでした。

 とはいえ、CBU-87/Bクラスター爆弾や、91式爆弾用誘導装置(GCS-1)、GBU-39/54など爆撃精度の不足を補える装備も導入されており、これらを用いる場合、水平爆撃やトス爆撃は有効な戦法であります。


 次回は、今は亡きCBU-87/Bクラスター爆弾と、91式爆弾用誘導装置(GCS-1)について解説いたします。


参考

日本の防衛戦力③航空自衛隊(読売新聞社編 ISBN4-643-87032-X 1987年5月14日)

F-4 ファントムⅡの科学(青木謙知 ISBN978-4-7973-8242-6 2016年)

世界の傑作機 No.117 三菱 F-1(ISBN978-4-89319-141-0 2006年10月5日)

ドッグファイトの科学 知られざる空中戦闘機動の秘密(赤塚聡 ISBN978-4-7973-5639-7 2012年8月25日)

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