空自の日本防空史70
ベテランぞろいの空自パイロット


文:nona

70
航空自衛隊のF-15J戦闘機

航空自衛隊 (日本の防衛戦力)

読売新聞社
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空自と米空軍のパイロットの練度差

 2度のオイルショックに伴う燃料の高騰で、空自の戦闘機パイロットの飛行時間は減。1980年代の半ばには年間140~150時間、という低空飛行が続きました。

 諸外国では、米空軍の戦闘機パイロットが年間240時間、NATO諸国空軍180時間、ソ連空軍で120時間ほど飛行していた、と言われており、この数字だけを物差しとすれば、空自の練度は西側水準に届いていない、という見方もできます。

 しかし、1980年代ごろの日米共同訓練を経験した、元パイロットの岩崎貴弘氏は「総じて航空自衛隊のほうが米軍パイロットよりレベルが高い」と語っています。

 その理由は、米空軍にベテランのパイロットが少ないからだそうです。
 当時、訓練に参加した空自パイロットの飛行時間が1500時間程度であるのに対し、米軍の平均はこれを下回っていました。

 さらに、米軍パイロットは年間飛行時間こそ多いものの、機種転換も頻繁で、戦闘機から輸送機への機種転換も珍しくなかったそうです。

 一方、空自は年間飛行時間こそ少ないものの、戦闘機パイロットの希望を尊重し、長年に渡って同じ機種に乗り続けられるため、その機種のエキスパートが生まれやすく、機体の能力も最大限まで引き出せるようです。

 ただし、岩崎氏はF-86戦闘機への搭乗を希望し続け、機種転換の要請を断り続けた為に、最後は強制的に教育部隊に転属させられた、という苦い経験を語っています。


米空軍のパイロット不足

 米空軍ではパイロットが比較的若いうちに、自ら進んで退役してしまうため、ベテランが少ない、という事情もあるようです。

 米空軍のパイロットや整備士は、頻繁な作戦行動や海外展開に対し、給与や待遇が不釣り合いだと感じており、また、リタイヤ後のポストも少ないため、若いころから民間の航空会社への再就職を望む傾向にあります。

 特に、民間の航空会社が好況で人手が不足すると、パイロットを高給で引き抜くために、今度は空軍が人手の不足に陥るのです。

 空軍のパイロットの不足には、民間景気や燃料価格と連動した周期的なサイクルがあり、1950年代後半、70年代後半、80年代半ば、90年代後半から2000年代初頭、そして2010年代後半にもパイロットの不足が生じています。


空自の割愛制度

 実は、自衛隊でも1960年代頃からパイロットや、その他の人材の流出が問題となっており、対策として旧運輸省や民間航空会社と協議が行われ「割愛制度」が設けられています。

 これは、各航空会社にパイロットの引き抜きを自粛してもらい、その代わりに各自衛隊が一定の年齢に達したパイロットを民間航空会社への再就職を斡旋(割愛)する、というものでした。

 ただし、当初は比較的若いパイロットも割愛されており、1971年において転出したパイロットの平均年齢は31歳、階級にして1尉での転出が多かったようです。

 給与については、転出前の平均俸給が(飛行手当付きで)月13万~14万円程度のところ、民間へ移れば30万円は頂けた、といいます。

 自衛隊と民間の給与格差のため、自衛隊のパイロット不足と士気の低下が危惧されたほどでした。


パイロットも高齢化

 その後、パイロットの転出年齢は引き上げられ、1990年前後で37歳以上、現在は戦闘機パイロットで約40歳、輸送機パイロットで45歳ごろ、と言われています。

 一般的な転職の年齢としては高めで、特に戦闘機乗りは民間機の操縦を習得するための苦労も大きいようですが、民間航空企業では一定の需要があるようです。

 2009年に割愛制度が(天下りの斡旋にあたる、として)自粛された後には、「航空会社からの要望」があったとして、2014年に制度が復活しています。

 とはいえ、割愛されたパイロットが重宝されるのは民間航空会社が健全に経営されている時だけ。
 日本航空(JAL)の経営が破綻した2010年には、22名の自衛隊出身のパイロットが解雇を余儀なくされました。

 日本航空乗組組合の広報誌では、解雇された理由の一つとして、30代後半に日本航空に移籍したため、機長への昇格年齢が高くなり、規定の年限までに昇進できなかったため、としています。


若手が強いアメリカ空軍

 昭和の空自は割愛制度で中堅パイロットの民間流出を防ぎ、年間飛行時間の少なさにかかわらず、米空軍以上の部隊練度を維持していました。
 
 しかし若手同士の戦いとなると、事情は異なったようです。
 岩崎氏によると、飛行時間が500時間の空自パイロットと米空軍パイロットを比較した場合、米空軍のほうが優秀なパイロットが多い、と感じられたそうです。

 米空軍の教育にはマニュアルがあり、それに従えばだれでも教官ができ、学生もいくつかのパターンを習得することで、短期間でひと通りの戦技を習得できるのだそうです。

 一方の空自では、航空学生の時期を除き、「人の技を盗んで覚えろ」という風潮が強く、米空軍と比べ、若手が伸び悩んでいた様子。

 岩崎氏は、先輩パイロットが後輩に対し、積極的な教育をしない理由について「自分が追い越されるのではないかという了見の狭さがあるのかもしれない」と推測しています。

 そのような環境でも、優秀なパイロットは先輩から技を盗み、いずれ米空軍のパイロットを練度で凌駕するベテランへ成長するわけですが、その域に達するには相当な時間を要します。

 戦争の形態によってはベテランが払底し、若いパイロットの促成に迫られる場合も十分にあり得るため、その場合には日本の風潮が足かせになるかもしれません。

 岩崎氏は飛行班長時代、部下に基本教育を徹底させたそうですが、これには米空軍の教育法を参考にしており、これも日米共同訓練の成果、としています。


 次回は防空の話ではありませんが、昭和後期に進化した空自の対地対艦能力について解説の予定です。


参考

Foreign Policy
What’s Driving the U.S. Air Force Pilot Shortage?(David Axe  2018年5月4日)
https://foreignpolicy.com/2018/05/04/whats-driving-the-u-s-air-force-pilot-shortage/

防衛省 航空自衛隊
主要装備 F-2A/B
http://www.mod.go.jp/asdf/equipment/sentouki/F-2/index.html

日本の防衛戦力③航空自衛隊(読売新聞社編 ISBN4-643-87032-X 1987年5月14日)

最強の戦闘機パイロット(岩崎貴弘 ISBN4-06-210672-8 2001年11月20日)

日本航空乗員組合 乗員速報 No.61038(2014年10月17日)
http://jfcob1.web.fc2.com/no61038.pdf

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